覆される者、歪むもの【序幕】

■シリーズシナリオ


担当:みそか

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 66 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月29日〜07月07日

リプレイ公開日:2005年07月09日

●オープニング

<ゴーヘルド領・北部>
「既にザーランドの協力は取り付けた! 我らこそ正規軍、我らこそ正義なのだ!!」
 驚くほど滑らかな演説が流れ、領主であるゴーヘルドの圧政に虐げられていた民衆達は皆歓喜の声を上げる。
 『独立』『独立!!』ああ、なんと素晴らしい響きなのだろう。もうあの不条理な税金を取られることはない(戦うための費用でそれ以上のものを搾取されている? それは自分達のためなのだ、問題ない)。奪われていた結婚の自由、移動の自由も取り戻された(戦いの準備でそれどころではない? なに、もうすぐ本当に取り戻す時が来る)。そして何より我々にはクロウレイ地方一の実力を持つ領、ザーランドの後ろ盾がついているのだ。
 恐れる物は何もない。お前は見たか、あの騎馬隊の勇壮さを! 途中彼らを阻もうとした冒険者などものの五分で逃げ出したそうじゃないか。彼らはすぐに帰ってしまったが、きっと自分達が危なくなれば助けに来てくれるはずだ!
「今こそ‥‥今こそ諸悪の根源、ゴーヘルドを撃ち滅ぼすべき時なのだ!! 我等の総力を結集し、南進しよう。今はまだ小さな力だが、我らに呼応する者は数多い。きっとその力はゴーヘルドを打ち滅ぼす力となろう!」
 振り上げられる演説者の腕。両手を挙げる聴衆。まさに彼らを支配するは希望のみ。‥‥‥‥彼らの瞳に、現実というものは映っていなかった。

<ゴーヘルド領・南部>
「暴徒どもは周辺の村々を襲い、勢力を拡大しているようです。このまま奴らが大きくなれば、いずれ我等を脅かす存在にもなるでしょう。やはり冒険者などに任せたことが問題でした。ザーランドの退いた今、奴らなど恐れるに足りませぬ。この私に命令していただければ今すぐにでも奴らを殲滅してみせましょう」
「黙れ! そんなことをしてみろ、自分の首を自分で締めるようなものだ。ザーランドにまた下手な口実を与えてしまってみろ。この程度の被害ではすまぬぞ」
 ここ最近の敗戦続き‥‥もはや誰の目から見てもこの領が危機にさらされていることなど明らかである。下手に動けば矢面に立たされ、動かなければ各地の不満因子が一斉に表面化することは目に見えている。冒険者はあてにならず、かつて頼りにしていた組織は瓦解した。
「‥‥まあ、とはいえこの程度のこと、それほど心配する程のことでもない。こんな時のために後ろ盾を用意しておいたのだ。ベガンプのラミア・ダイゼン殿に手紙を送るのだ。ベガンプが動いたのとあらば、あのような暴徒どもなど一蹴されるであろう」

<ベガンプ>
「‥‥という書状が届いておりますがどうなさいますか?」
「自分の領のことくらい自分で処理しろって送り返しておけ‥‥って、言いたいところだが、一応あいつらには恩もあるから返さないわけにもいかねえよな」
 ゴーヘルドから書状を受け取り、口元を歪ませるベガンプ最高権力者であるラミア・ダイゼン。ここでゴーヘルドを救ったところで、奴の領は既に崩壊状態である。かつてのような食糧供給は望ない以上、ゴーヘルドを救う旨みは少ない。
「‥‥一般人掃討に俺達が出張る必要なんてどこにもないだろう。適当に冒険者でも雇っておけ。‥‥ああ、そんなに強い奴じゃなくてもいい。俺達の名前を貸してやればザーランドも動けないとか言ってな」

<冒険者ギルド>
 ゴーヘルド領で蜂起した暴徒はその大半が山賊化し、周囲の村々を襲って無理やり勢力を拡大している。
 今回、諸君らには名誉にもベガンプ雇い上げの兵士として山賊化した暴徒の討伐に当たって欲しい。手段は問わないが、その土地に甚大な被害を与えるような作戦は禁止とする。敵は訓練など受けたこともない一般人が大半だが、その数は諸君達を大きく上回る60名程だ。ひょっとするともう少し多くなるかもしれない。
 まあなんとかしてこの人数差を埋め合わせる作戦を考えてくれたまえ。

 ベガンプからやってきた依頼人は、抑揚のない声で冒険者に依頼内容を通達したのであった。

●今回の参加者

 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1003 名無野 如月(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2387 エステラ・ナルセス(37歳・♀・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5456 フィル・クラウゼン(30歳・♂・侍・人間・ビザンチン帝国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9462 霞 遙(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1715 エリック・シアラー(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2238 ベナウィ・クラートゥ(31歳・♂・神聖騎士・パラ・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●一幕
<村近郊>
 状況は余りにも複雑で、全ての解決など見えないように思える。
 さまざまな場所でさまざまな思惑が入り組み、色分け合戦は領主の枠を飛び越えて民衆にまで及んでいた。
「なるほど、何か、厄介ごとに首ぃ突っ込んじまったみたいだね」
 各々が集めた情報を交換し終えると共に、壁に全体重をかけてよりかかる名無野如月(ea1003)。集めた情報の中にはところどころ尾ひれのついたと思われる話もあるが、それを根こそぎ削除してもこの依頼が単純な山賊鎮圧とは比べ物にならない程の規模と困難さを持っていることは容易に推察できる。
「‥‥敵の数はおよそ百二十名といったところでしょうか。ひょっとするともう少しいるかもしれません。もっとも、士気の割に武装はたいしたことないようですが」
「おーおー、なんかキャメロットで同じような台詞を聞いたような気がするぞ。もっとも敵の数はその半分程度だったような気がするがな。‥‥ひょっとしなくても、ゴーヘルドにしろ、俺たちにしろ、依頼人(ベガンプ)にとっては捨て駒扱いか」
 霞遙(ea9462)が敵陣に潜入して得た衝撃の情報を聞いてもさほど驚いた表情を見せないエリック・シアラー(eb1715)。大局において個人の価値など多くの場合で無視されてしまうのだ。
「予想通りになりすぎてむしろ呆れるがな‥‥」
「呆れてばかりもいられないだろう。このままでは彼らに待っているのは不幸な現実だ。俺達がどうにかして止めなければならない」
 呆れる余り宿屋の床に寝転びそうになっていたエリックを厳しい口調で諌める鳴滝静慈(ea2998)。エリックも別にそのまま寝るつもりはなかったのだろうが、そこは性格の違いである。こんなことで仲間と対立していては冒険者などつとまらない。
「‥‥どちらにしろ、正面から戦うのは得策ではないようだな。まだ情報が少なすぎる。霞さん、叶さん、引き続き情報収集をお願いします」
 思案顔で暴徒との打開策へ思いを馳せるベナウィ・クラートゥ(eb2238)。霞と叶朔夜(ea6769)はより詳細な情報を収集するために、再度敵陣近くまで向かっていった。
「一応確認のために言っておくが説得なんて考えないことだ。その失敗は奴らと正面から戦う結果になる」
「‥‥わかっているさ。だけど、できることならば被害の一番少ない方法で決着をつけたいんだよ」
「まあ、その話は潜入班の方から情報が入ってから考えることにしましょ。今は二人ともゆっくり休んでおいてください」
 冒険者としての考え方の違いか、エリックとベナウィの間に一瞬流れた険悪な空気を笑顔でほだすエステラ・ナルセス(ea2387)。
 そう、考え方は違えども目的は一つ。依頼内容‥‥甚大な被害を与えることなく暴徒を鎮めることである。

<村内部>
「さあっ新入り。遠慮はいらねぇ! 村で一番の腕自慢だっていうな‥‥‥‥ら?」
「悪いな。こちらも村の沽券がかかっているのでな。油断はできなかった」
 目で捉える事もできずに突きつけられた刃を目の当たりに、へなへなとその場に腰を落とす『解放軍』の一人。解放軍の中では腕自慢とはいっても、普段まともに剣を握ったことなどない人間である。常に依頼でギリギリの緊張感を味わってきたフィル・クラウゼン(ea5456)に敵うはずもない。
「‥‥ははっ、いや、きょうは珍しい日だ。さっきの弓を使うねえちゃんといいあんたといい、一日に強力な助っ人が二人も来てくれるなんてな。これでゴーヘルドの野郎もイチコロだぜっ!」
 陽気に笑い飛ばす解放軍の一員。ちなみに弓を使うねえちゃんとは同じく村に潜入したアリエス・アリア(ea0210)のことである。性別的にアリアはねえちゃんではなくにいちゃんなのだが、まあその点に関しては触れないことにしておく。
「ああ、この反乱が成功するといいな」
「もちろんだともっ。これさえ成功すれば、この地域ももっと豊かになる。今までは取れた作物の半分以上を領主に持っていかれてたんだ。自分たちの統治になれば‥‥」
 笑顔で言葉を紡ぐ解放軍の一人。‥‥山賊紛いの集団と依頼主からは聞いていたが、それが大きな間違いであることなど村に一日と滞在していない彼にも分かる。彼らは本当に信念に基づいて勇気を振り絞り行動しているのだ。
 その証拠に、笑顔で紡がれる言葉の裏には―――常に不安が内包している。
「この反乱が終われば‥‥‥‥本当にそうなるのか?」
「‥‥‥‥もちろん、そうに決まっているじゃないか」
 この問答でフィルの予想は確信へと変貌する。彼らとて薄々わかっているのだ。民衆による統治など有り得ないということなど。ザーランドが認めても、イギリスがそんなことは認めまい。ゴーヘルドと争い、興廃した土地に残るものといえば――――
 だがこのままでは何も変わらない。ゴーヘルドを倒せば少なくとも今の状況からは変わる。この豊かな土壌が痩せようとも、少しでも希望ある未来のために戦ったと誇れるために‥‥‥‥ザーランドの騎馬隊と扇動者の言葉という怨霊に突き動かされた彼らは、今こうしてここに集まっているのだ。
「噂ではベガンプがゴーヘルドの要請を受けて兵を動かしたという話もありますから‥‥もしかすると、自分たちでなんとかしないといけないのかもしれませんね」
 しかし、その一つの『真実』を知ろうともアリエスは彼らの不安を煽るためにさまざまな噂を流していく。このまま戦えば、彼らに待っているのは最悪の未来でしかない。ここで彼らを退かせることによって未来はさらに悪い方向へと流れてしまうかもしれないが、依頼を受けてしまった以上、冒険者も‥‥少しでも状況がよくなると信じて作戦を遂行するしかない。
「ああ、そうだろうな。‥‥だが、なんとかなる。ベガンプの正規兵が襲ってこようとも、俺達の力でなんとかしてやろうじゃねぇか!」
 声を張り上げる解放軍の面々。例え自らの命を犠牲にしたとしても、きっと後に続く者が出てくれるはずだ!
 ‥‥この時の彼らは、本当にそう考えていた。

<村近郊>
「『暴徒』と依頼主は言っていたが、無理な搾取や略奪などはしていないようだ。士気は高そうに見えるが内情はそれほどでもない。数は百四十名。警備はボロボロだ。演説者はこれと同じような暴徒達の集団を巡っては鼓舞し続けているらしい。‥‥さて、どうする。どんな事情が依頼人にあるにせよ、受けたからには依頼を全うする様動くだけなのだが」
 潜入班からの報告を受け取った叶が発する言葉に、冒険者達は暫し無言で耳を傾ける
「‥‥‥‥」
 そして彼らに訪れる暫しの静寂。単純な山賊退治の方がよほど楽だったと、今改めて気付かされる。
「‥‥やれやれ、本当に厄介事に首を突っ込んじまったみたいだね」
 歯をギリリと噛み締める如月。情報が誠とするのなら、今から自分達が行おうとしていることは‥‥‥‥
「盗賊の真似事というわけですか。彼らのためだと思って割り切るしかないのでしょうが」
「‥‥どちらにしろ、誰かがやらなければならないことなんだ。場を丸く収めるためには多少の被害はやむなしだ」
 それぞれの立場から別々の意見を述べる鳴滝とエリック。
 ‥‥言葉こそ違うが、行動は決まっている。
「やるしか‥‥‥‥ないのか‥‥」
 ベナウィがうなだれながらも反対はしなかったことで、彼らの行動は決定した。
「‥‥複雑ですわね」
 搾り出すようにエステラが言葉を紡いだことを合図に、彼らは夜の闇の中へと移動していった。

●幕間
「もう少し人数が多くなればいよいよゴーヘルドと決戦か‥‥この星空を一年後も見ることが‥‥‥‥でき‥‥」
 『解放軍』のリーダーは自らの胸に矢が突き刺さっていることが信じられなかったのか、暫し呆然とした後‥‥地べたに倒れこんだ。
 悲鳴が村の内部を支配し、冒険者達は一斉に『暴徒』へと突撃していった。

●終幕
「何事だ!? どうなっているんだ?」
「わからねぇ! わからねぇが大将と何人かやられたみたいだ! ひょっとしたらベガンプの正規兵が来たのかもしれねぇ!」
 奇襲されることなど想定していなかった寄せ集めの『解放軍』の面々は、突然の出来事に皆浮き足立つ。皆慣れない武器を手に取り、自らの身を守るために怪しい人間に斬りかかる。
 それは当然のように連鎖を生み出し‥‥『解放軍』であった彼らは本当の意味で『暴徒』となった。
「てめええぇえええ!! ‥‥ぇ‥‥」
 もとより寄せ集め。味方の顔などこの暗がりでは識別できない。斬りかかった相手が自分よりたまたま強かったか、弱かったかで彼らの一生は続くか終わるかの二択の内一方を選ぶことになる。
「いやだ、死にたくない‥‥しにたく‥‥ぃ‥‥」
 目の前で絶命する村人を目の当たりにする冒険者達。村人は逃げ惑い、勇敢に戦おうとした者は次々に命を落としていく。
「やめておけ! お前たちの腕は他人のドタマぁかち割る物ではあるまい!?」
「最早勝機は逸した! 時流はいずれまた来る! 後に続く者のためにも、今は退け!」
 暴徒達の攻撃を受け止めながら叫ぶ冒険者達。
 自分たちで起こした混乱を自分たちで鎮める‥‥その矛盾に心は疼くが――――だからといってここで何もしないでいられるか!!

「なぁ、あんたら助けてくれよ。凄腕なんだろ? 侵入した賊をさ‥‥」
 フィルとアリエスにすがりつく一人の村人。怪我人がのたうちまわる、死体が転がる‥‥‥‥命を失うことなんてないとどこかで信じていた。
「‥‥‥‥‥‥いえ、私たちの‥‥負けです。村に‥‥‥‥帰りましょう」
「‥‥う、うああぁあああうああああ!!」
 搾り出すように紡がれたアリエスの言葉を受け、その場に倒れて泣きじゃくる村人。

 ‥‥混乱は夜明けと共に収まり、この村を占拠していた『暴徒』は事実上壊滅した。

 依頼主は賛辞の言葉を冒険者達に贈り、彼らは成功報酬を受け取ったのであった。