覆される者、歪むもの【一幕】

■シリーズシナリオ


担当:みそか

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 44 C

参加人数:9人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月20日〜07月29日

リプレイ公開日:2005年07月30日

●オープニング

 ゴーヘルド領で起こった暴動は各地で領主たちの雇った冒険者や傭兵・私兵に駆逐され、あっという間に鎮圧されていった。
 だが、それは同時にゴーヘルド領に決定的とも言える荒廃をもたらすこととなった。かつてあった肥沃な大地はもはや見る影もなく、農民たちは自らが起こした暴動を恥じて全てをやり直すべく再び畑を耕し始める。
 ゴーヘルドも事態を重く見てそれまでの圧政を一時的に中止し、農業を推奨するようになった。‥‥まだそれらは始まったばかりだが、二年もすれば再びあの肥沃な大地が戻ることは誰しもが予想していたし、信じていた。

 ‥‥そう、ザーランド軍が動いたとの報告を聞くまでは。

<ゴーヘルド領>
「ベガンプは動かぬのか‥‥」
「‥‥はい。使者を送ってはいるのですが返事はありませぬ。それどころか、ザーランドと密約を結んで我が領を分割しようとしているとの噂も‥‥」
 かつての荒々しい語気はなりを潜め、憔悴しきった様子のゴーヘルドは地図を眺めながら部下からの報告に耳を傾ける。
 正当な理由さえ与えなければザーランドが攻め込んでくることなどないと思っていたが、それは希望的観測に過ぎなかったのか‥‥‥‥『圧政に苦しみ、疲弊しきったゴーヘルド領を救う』などとはよくいったものだ。
「貴様らが介入して、本当にこの領がうまくいくと思っているのか!? とんでもない傲慢だ!!」
 あらん限りの力を込めてテーブルを叩く。机よりも脂肪が揺れ、彼が今まで犯してきた過ちの大きさを指し示す。
「他領主も不満はあっても声を大にできぬのが現状のようで‥‥‥‥」
「食い止めるのだ! 持久戦に持ち込めば、勝機も開けるかもしれぬ。民意もこちらに傾くやもしれぬ! 戦力を削り‥‥‥‥守るのだ! 総力を結集せよ! ザーランドに‥‥ひと泡吹かせてやるのだ!!」
 ゴーヘルドはザーランドが送り込んだクラックの騎馬隊に対抗すべく、方々に書状を書き送るのであった。

<冒険者ギルド>
 ザーランドは解放軍がほぼ壊滅した今になって解放軍支援を理由に軍を動かした。これは明らかな横暴であり、我らは到底これを看過することはできない。
 今回、諸君らには砦の防備を固めるまでの時間稼ぎをお願いしたい。大変危険な任務ではあるが、それだけの報酬は出すつもりだ。保存食もこちらが持つし、依頼中に使用した矢やポーション類も常識の範囲内で事後支給しよう。
 今回の部隊は、寄せ集めではあるが諸君らを含めて100名もの大部隊となる。クラックの騎馬隊が70名。歩兵隊を含めると200名前後という話であるから、苦戦は免れないだろうが‥‥どうか、名誉のため、戦ってほしい。

 頭を深々と下げる依頼主。かつての感情を隠したような微笑は、もはやそこには存在しなかった。

●今回の参加者

 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1003 名無野 如月(38歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2387 エステラ・ナルセス(37歳・♀・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea2998 鳴滝 静慈(30歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5456 フィル・クラウゼン(30歳・♂・侍・人間・ビザンチン帝国)
 ea6769 叶 朔夜(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9462 霞 遙(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1715 エリック・シアラー(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb2238 ベナウィ・クラートゥ(31歳・♂・神聖騎士・パラ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

アンドリュー・カールセン(ea5936

●リプレイ本文

<ザーランド軍・陣地>
「クラック様、敵は古城にたてこもることをよしとせず、路上に陣を展開しているようです。敵の数は凡そ九十。罠の存在が確認されており、材木を切り出して‥‥‥‥」
「なるほど、つまり我が軍と正面から戦おうというのか。いかに寄せ集めの部隊とはいえ、もう少し賢明だと思ったが‥‥やれやれ、命を失うということに鈍感らしい」
 溜息を漏らす剣王・クラック。兵の質でも数でもその差は歴然である。急ごしらえの陣地であることは遠目にも分かる。一気に押し込む策もできるが‥‥
「クラック様! 敵陣より単独でこちらに向かう人影が! どうやら交渉を望んでいる者のようです」
 彼の考えは、予想外の報告によって打ち消された。

「エリック・シアラーだ。代表として諸君らに一つ提案したいことがある。村人がまだこの近辺におり、戦いの被害を被る可能性があるのだ。よって、我らに一日だけ村人を退避させる時間を与えて欲しい」
 敵の真っ只中に一人赴いたエリック・シアラー(eb1715)は、クラックに対して村人を退避させる時間を要求する。
「なるほど。我が軍としても――例えそれが我が軍に敵対的行動をとった者であれ、一般人を争いに巻き込むことは好まない。‥‥たが、一日はやれぬ、半日だけ時間を与えよう。並びに、その時間は村人を逃すことだけに費やすように。陣地の強化などに費やせば‥‥どうなるかわかっているだろうな?」
 それに対して帰ってきた返答は、要求の半分にも満たないものであった。エリックは頷きながらも拳を握り締め顔を地面に向けつつ‥‥‥‥口元を大きく綻ばせた。

<ゴーヘルド軍・陣地>
「半日時間を稼げたか。‥‥早速リーダーの面目躍如といったところだな」
「ああ、危険な賭けだったがどうやらうまい方向に転がってくれたようだ。これで依頼成功の芽が出てきたぞ」
 陣地に帰還したエリックは鳴滝静慈(ea2998)はじめ冒険者達からねぎらいの言葉を受ける。人的にも金銭的にも一切の被害を被ることなく、実に半日もの時間を稼ぐことに成功したのだ。
「それでは、時間は有効に使わないといけないな。傭兵達にも疲れがたまっているから、休息の時間にあてさせよう」
「私は酒でも振舞ってくるよ。一杯くらいなら戦意高揚にちょうどいいだろう」
 ベナウィ・クラートゥ(eb2238)と名無野如月(ea1003)は、陣を設置した疲れの残る体を動かし、兵士たちの鼓舞に向かう。本音を言えば休みたいところなのかもしれないが、倍の兵力を誇る精鋭舞台と戦うことに比べれば、疲れなど微々たるものである。
 他にも叶朔夜(ea6769)と霞遙(ea9462)は罠の確認へ向かい、アリエス・アリア(ea0210)やエステラ・ナルセス(ea2387)もそれぞれの持ち場へと移動していった。
「俺は村人を避難させるぞ。エリック、構わないな?」
「ああ。俺たちに協力してくれた数少ない村人だ。これ以上迷惑をかけるわけにもいかないだろう。‥‥戦いが始まれば、逃がすタイミングもないだろうしな」
 村人を連れて山を登るフィル・クラウゼン(ea5456)を見送るエリック。
 半日時間は稼いだ。つまり半日後には‥‥‥‥負け戦が待っている。

●本幕(決戦)
<ゴーヘルド軍陣地>
 障害物が次々に取り外されていく。
 それにつれて徐々に鮮明になっていく敵歩兵の姿。その装備は行軍の影響で汚れているが、遮蔽物の陰から覗き込むような状態でも、体格を見れば彼らが海千山千の兵であるということくらいは予想がついた。
「‥‥名無野の姉御。本当に今からあんなのと戦うんですかい?」
「ああ、その通りだ。ウズウズするだろ?」
 ブルブルと震える傭兵の肩を叩き、激励する如月。もったいつけるようにゆっくりと遮蔽物や罠を解除していく敵の行動は、作戦的に言えば願ったり叶ったりではあるが、『敵を殲滅させる』ではなく『二日間時間を稼ぐ』というこの依頼の成功条件思い起こさせる一因となった。
 最初から勝機などない。ぶつかれば敗北し、命からがら逃げなければならない。‥‥だが、戦わざるを得ない!!
「‥‥気合いを入れていこうぜ。どんな依頼でも、受けたからには遂行しなければならない」
 誰へ向けたかも分からぬフィルの独白が終わったその時、敵の歩兵部隊の動きが変わる。こちらを睨み据え、十分な間を置いてから‥‥奇声をあげながら突進してくる!
「来たぞ! 怯まず、勇敢に戦え! 持ち場を死守!!」
 興奮のためか、単語の羅列とも思えるベナウィの叫び声が轟く中、傭兵たちは武器を握り締める。
「引き付けて‥‥切断してください!」
 ロープが切断され、冒険者が仕掛けた丸太が道に落下する。アリエスは敵が巻き込まれることを期待したが、ロープや釣り糸の強度ではそれほど多くの丸太を縛り付けておけず、敵は山から転がり落ちてきた丸太に驚きながらもそれを回避し、突撃を再開する。
「矢を惜しむな! 敵めがけて射撃を続けよ!」
「構わず射撃を続けてください! 正面を塞ぐ人たちの負担を少しでも軽く!」
 圧倒的に実力では傭兵の上をいく相手の歩兵部隊ではあったが、狭い道幅と遮蔽物の影に隠れ防衛戦を繰り広げる冒険者達を相手に押し切ることが出来ない。
 それどころか逆に、山に潜むアリエスの部隊と古城に陣取るエステラの部隊から矢を放たれ、徐々に負傷を負っていってしまう。肝心の騎馬部隊はといえば、丸太や小枝が転がる地面の影響で前進することすらできず、戦局は膠着の様相を呈していた。

<山中>
「これはひょとすると‥‥勝ってますか?」
 木々の間を移動しながら、敵に矢を放っていくアリエス。予想外に押し込む展開に、自然と緊張のため固まっていた体の動きもスムーズになる。彼が放った矢は敵の胸に突き刺さり、歩兵はその場にうずくまる。
 このままの状況で戦局が展開すれば敵を退けることもできるかもしれない‥‥‥‥そんな期待すらも膨らんでくる。
「ハハッ! クラックの騎馬隊なんてこんなもんだ!! 待ち構えたところに飛び込んでくれば逃げるしか‥‥」
「貴様‥‥我が名誉ある騎馬隊が撤退などするものか!!」
 山に潜んでいた傭兵の首が飛び、血の噴水の向こうから怒りに震えるクラックの顔が現れる。騎馬隊が馬から降り、伏兵の掃討にあたりはじめたのだ。
「ど、どうして剣王がこんなところに‥‥ぃ!」
 言葉を言い終える前に首が飛ぶ。ザーランド最強の部隊であるクラックの騎馬兵は山の斜面をかけまわり、逃げ回る傭兵達に一人ずつ止めを刺していく。
「女子供といえど容赦はセヌ!!」
 恐怖のあまりか動けない霞に振り落とされるイカヅチのような一撃! 切っ先は彼女の脳天に突き刺さり‥‥そのまますりぬけていった。
「かかり‥‥ましたね」
 分身の横から山に響く霞の声。ロープが切断され、樹木がミシミシと音をたてながらクラックへ倒れ掛かっていく。
 樹木が激突し、『ズーン』と大きく轟き渡る音。霞はクラックの姿を確認しようと、一歩前に歩み出す。
「ドラゴンのブレス程の射程もなければ、親友に毒を盛られる程の意外性もない! ‥‥女、相手が悪かったと後悔し、その一生を終えよ!!」
「オオオォオオオ!!」
 胸から剣の先端が飛び出し、霞はその場に倒れる。容赦なく首を切り落とそうとするクラック、そうさせまいと、正面から大声をあげて矢を射るエリック!
「勘違いをするなよ、素人め。お前の腕ではこの絶望的な差は到底埋められん!」
 刃により切り落とされる矢! 信じられない光景に、次の矢をつがえるエリックの指先は震えたまま止まろうとしない。
「行くぞベナウィ! 困難な相手だが、こいつを倒さない限り勝利はない!」
「俺はベナウィ・クラートゥ。三対一は卑怯かもしれないが、ここであんたを倒させてもらう!!」
 倒れた霞を庇うようにして、クラックに刃を向ける朔夜とベナウィ! 刃は二回空を裂き、彼らの前には汗一つかいていないクラックの姿が変わらず映る。
「貴様らが何人束になろうと俺の敵ではない。‥‥包囲せよ! ここを片付け、一気に奴らを挟撃する!!」
 その絶対的な自信とは裏腹に、部下を呼び寄せて冒険者を包囲するクラック。見れば、エステラの部隊が展開していた古城も既に制圧されたのかザーランドの旗が掲げられていた。

<ゴーヘルド軍陣地>
「今の内に、全員後退してください!」
 ライトニングサンダーボルトが歩兵を貫き、エステラはもはや片手で数える程になった味方を引き連れて古城から脱出を図る。一度敵に侵入されてしまえば射撃中心の彼女の部隊では食い止める事もできなかった。
 彼女達は背後から迫る敵の恐怖に怯えながら、山の方向へ逃げようとする。
「逃がすとでも‥‥っ!」
「ちぇえすとおぉぉぉ!! ‥‥って!」
 背を向けた弓兵に斬りかかる如月。だが、その一撃はあっさりと敵に受け止められてしまう。少なからず自分の腕に自信があった如月は、一般兵士に攻撃を受け止められた事実に、舌打ちをせずにはいられない。
「冒険者如きが俺の相手になどなるものか!」
「‥‥名前ばかりの解放軍が、偉そうに威張るな!!」
 振り落とされた刃は、如月の右足を掠める。如月は熱くなった右足を大地へ叩きつけるようにして強引に踏みつけると、そのままカウンターの要領で日本刀を浴びせかけた!
 金属と金属がぶつかり合い、炸裂音が古城に響く。猛烈な衝撃を受けた敵兵士は、後ろに控えていた味方ごと、後方に弾き飛ばされた。
「如月さん、エステラさん、合図があったぞ。‥‥ここはもう駄目だ、早く逃げてくれ!」
 もともと斬られていた山の木々が、ロープを切断されたことによってミシミシと音をたてて倒れこむ。これを合図にして、一斉に撤退を始める冒険者達。
 鳴滝も最後まで傭兵達を逃がすべく戦っていたが、多勢に無勢と判断して、山に向かって走っていった。

●余幕
「クラック様! 敵が逃走していきます。ここで追撃を仕掛ければ‥‥」
「目的を見失うな愚か者。あくまで目的はゴーヘルドの首だ。あんな奴らと戦い、兵力を無駄に失うことだけは絶対に避けねばならない。‥‥勝ったとはいえ、予想外に被害を負ってしまったな。近隣の村で体勢を立て直すぞ!」
 クラックは逃げていく冒険者達の追撃をせず、そのまま下山していった。冒険者達が稼いだ時間は一日半程であったが、クラックの騎馬隊は近隣の村に部隊を立て直すために駐留したので、結果的には二日以上の時間を稼ぐことができた。

 キャメロットに命からがら逃れた冒険者達は、依頼主から報酬を受け取り、傷ついた体の治療を行うのであった。