【導きの章】冤罪、恋人たちの救い手を求む
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■シリーズシナリオ
担当:深空月さゆる
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 97 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月13日〜02月20日
リプレイ公開日:2009年02月21日
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●オープニング
【6番 LOVERS】のカード
正位置――誘惑の中での選択。神聖な愛と世俗的な愛との戦い。
逆位置――結婚生活の破綻の可能性。
●
「ねぇ、あの人達。私を殺しに来るのかしら」
女は『恋人』を見上げ、ささやく。耳を澄ませば、海沿いに広がる町からこの丘の屋敷まで。その曲がりくねった坂道を灯りを手にした者達が足並みを揃えて登ってくるのが――目に見えるようだ――そんなふうに、彼女は思う。
そう、――その娘は。真白な肌。色素の抜けた白髪、そして炎に似た紅い瞳の持ち主だった。
異端とされる外見――でも、そんな事は関係なく。
乳母の娘で乳兄妹だったその二人は。いつしか身分を越えて――恋人同士になった。
「ルー」
「港町に現れている―――髑髏の絵が羽に浮かび上がった、大きな蠅の大軍――・・‥。それを操るのは丘の上の屋敷の貴族の恋人――。あなたを惑わした女。皆その話が好きなのね。私に石を投げた人、そう言ってたわ」
町で起きた怪異を気にする彼に代わり、屋敷の侍女と共に向かったその女性は。町での惨状と、町で以前より好奇の視線にさらされてきた自分に疑いが向けられている事を知った。
「魔物を操る私によく似た女がいたなんて」
「君がそんなことしていないのは、私は知っているよ」
「ありがとう」
「・・・・いいかい、良くお聞き。いざとなったら、私を置いてすぐにお逃げ。私のような足の悪い男を連れて君が逃げきれる訳がない。その時は信頼できる護衛をつけよう」
傍にある杖を一瞥したのを、女は見逃さなかった。
「一緒に逃げないの」
「君が私を心配してくれるのは判ってる。でも、足手まといにはなりたくないんだ」
「そんな」
「すまない、ルー。でも私はこの足だ。すぐに追手がかかり君を巻き込む。判ってくれないか」
娘の顔に驚愕が広がる。嘘でしょう、と繰り返す。
その頬を軽くはたいて、胸に顔を埋める。
「冗談でもそんなこと言わないで。あの者達が本当にこの屋敷を襲ってきたら、この屋敷に住む者に手を出したら、あいつらを絶対に許さない」
怒り込め、そういい放つ。男は悲しげに顔を歪めた。
「だめだよ、ルー。人を傷つけてはだめだ」
強風が窓を叩く。身を竦ませる体を男は抱き締め、あやすように背を叩いた。
「あなたは、優しすぎる」
「そうかな」
「殺されるのを受け入れる気なの」
「私の命で、君達が逃げる時間を稼げるならこの首を差し出す価値があるかもしれない」
「なぜ笑えるの。そんなこと言わないでよ・・・・! どこかにいるのよ、あの変な蠅がこの町に増えてきた原因を作った奴が」
「・・・・だから私は、ここに残り。君に罪を着せようとしたものを見つける」
女は目を見開いた。
「旦那さま! あ、も、申し訳ありません」
「いや、大丈夫だよ。それより、どうした?」
「あの、お客人ですわ。その、町の者ではなく――」
「こんな鄙びた屋敷に、しかもこんな時間に。一体どういったお客様だい」
「そ、それが。娘と、若者と。小さな竜が一緒で――」
「マーシャ夫人。どうしたんだ。竜なんて、夢でも見たのか」
くすっと笑い。屈託なく言った主人に、
「いいえ! 違うのでございます。そ、それにあの藍色のローブをまとった娘、その姿、崩御なさったサラ様の生き写しなのですわ!!」
「・・・・なんだって」
「ダート」
「・・・・マーシャ夫人、その方達を中へお通しして」
「は、はいっ」
一礼し慌ててその場を後にした婦人。男は杖を突き、娘に支えられながら屋敷の入口へと向かった。
●
そして、フードを取り、一礼した娘と、少年と。その傍に浮かぶ小さな竜を見た。
『こんばんはー』
のんきそうに告げた竜の口を、慌てて少年が塞ぐ。
屋敷の主を護るように庇い立ち、突然の来訪者を白髪の女は――凝視する。
「こんな夜更けに、なに?」
何かを言いかけた少年を制して。娘は口を開く。
「あの、私達は怪しい者ではありません・・・・」
「・・・・いや、ロゼ。俺ら普通に怪しいと思うぞ」
『きゅっきゅっ』
「そうよね。突然訪問してしまって、すみません。私達は――」
「見た感じ町の者ではなさそうだけど。仮にも貴族の屋敷に非常識にも程があるのでは」
「ルー。喧嘩腰で話すのは、やめなさい」
「でも」
「それに―――違うよ、マーシャ夫人。サラ姫の瞳は薄い水色、このお嬢さんが似ているのは双子の妹姫の、リヴィアナ様のほうだ」
皆がロゼを一斉に見る。
「―――あなたは、彼女に縁ある方だね?」
「そんなに、似ていますか?」
「ええ、とても。その暁の空の瞳は、彼女そっくりです」
男はロゼを見つめ、懐かしそうに、感慨深そうに――微笑んだ。
「遠縁の者として、あの二人に今なお好意を寄せる者として――。再会を喜びたいところだが、事情があり、ここは安全ではない。どういった理由で来てくださったのかは判らないが――早く、立ち去った方がいい」
「本当に突然で・・・・驚かせてしまってごめんなさい。私は、ロゼといいます。ジプシーの占術師。幾つかの占いの結果を元に、こちらに訪れました」
「しかし、あなたのお名前は――」
「どうぞ、ロゼと。今の私は他の名は持ちませんから」
「・・・・」
「あの・・・・不躾で御免なさい。・・・・この町で起きている怪異の元凶があなた達にあると――悪評が立っているのでは・・・・ありませんか? 人々をカオスの魔物が襲い、原因不明の病がはやり。魔物を手引きしているのは、そちらの女性だと。違いますか?」
「そんなの、占うまでもない事よ。ついでにこの屋敷の主人の身分違いの恋人は、魔性のものだとでも聞いたでしょ」
「ルー」
「だって町ではどうせその噂でもちきりだもの。占いなんていって、そこで聞いたに決まってる。私がヴァンパイアだなんて噂もたっているんでしょう? 私はこんな赤い瞳で、髪も人とは違って。病のせいで陽の光を沢山、浴びる事ができないから!」
「姉さん、落ち着けよ。俺達はメイディアから来たんだ。本当に、こいつの占いを元に。得た占いの結果から、この地に詳しい男に協力してもらって、その条件に合う町と貴族を割り出した」
「なっ・・・・」
女性は言葉を失う。男性も使用人の女性も、同様といった様子だった。様子を伺っていた他の侍女達の間にもざわめきが走る。
「王都から・・・・!? だってそんな・・・・この大陸の東の端じゃない!」
「でも、来たんだ。グリフォンに乗って。ダートさん。ロゼの遠縁のあんたを助けるよう、『その男』からも頼まれてきた。あのおっさんは、今別件で手が離せねえから。だから――俺達はあんたの汚名を晴らしてやる」
「まさか・・・・彼が」
「町の怪異を鎮めて、あなた達への疑いを解きます。・・・・手伝ってくださる方を募りましょう」
「今、私達に味方しようとする奴なんて、この町には――いるとは思えないわ」
「メイディアの冒険者ギルドで依頼を出します。きっと手を貸してくださる方がいますよ」
ロゼの真摯な口調に、女は沈黙した。
「この件を解決させたあと、13年前の『事件』について、教えてください。あの時、私は幼くて――真相を突き止める事が、出来なかった。私が解っているのは、両親が無実の罪を着せられ命を落としたということ。他に多くの事を知らないんです・・・・ですから、あなたが知る限りのことを聞かせてください」
娘の真剣な目に気圧されたように―――やがて男は頷いた。
●リプレイ本文
●疫病
自然の物とは到底思えない、髑髏の模様を羽に浮かび上がらせる『蠅』――。陽精の先導のもと、ペガサスまたはグリフォンに乗り『蠅』による被害の起きている町へと向かう。
そして。依頼人デルタダート・ジークの屋敷、彼の自室へと通された。
仲間の一人、僧兵、晃塁郁(ec4371)は、
「以前ウィルで受けた依頼で似たような事がありました。外見は一致しています。それぞれ何らかの方法で蠅から魔物の反応が確認されたなら、ほぼ同種だと見て間違いないでしょう」
と告げ、続けた。皆真剣な顔つきで聞き入り、頷く。蠅の触れた物は、感染を広げない為にもまとめて焼却する事に決まった。
同種の場合、『デスハートン』の使用は確認されていない。普通に治療できる事も伝えられた。
「ミーアちゃんも、いつもありがとう」
ロゼの言葉にお安い御用ですよぉ、とミーアは片目を瞑る。焼却は炎の魔法を使用できる、彼女が行う。
町へと行く前に、感染予防の為の準備も万端に、と。住人の治療を中心に行う事に決めた者達は、クロード・ラインラント(ec4629)より布や手袋を受取った。彼が都で予め購入してきたものである。費用は、ダートから報酬と共に後に渡される事になった。
また彼はダートが足が不自由で在ることを知り、自分が天界出身の医師であることを告げた上で滞在中に足の診察を、と申し出る。
「ありがとう。・・・・でもこれは先天性のものでね。気持ちだけありがたく。・・・・そうだ、主治医が私にはいてね。町に降りたら彼に会いに行って、先程の事を、伝えてくれないか。・・・・今でも私達に味方してくれる、数少ない味方だ。きっと力になってくれるだろう」
紹介状を書こう、と彼は羽根ペンを取った。現れた彼らが真剣に事に当ろうとしてくれているのを感じたものか、ルーも大人しくしている。
「ちびドラ元気〜?」
その間、手持無沙汰な風にぱたぱた浮かんでいたちび竜。面識のある鎧騎士――ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)にもふっと抱きしめられ、嬉しげに竜は鳴く。お菓子を差し入れて貰ったりしてご機嫌な様子もまた、微笑ましい限り。
「よ。ロゼ。お前もさ、めんどくせー出身だろうがお前はお前じゃん」
小声で耳打ちしてきた村雨紫狼(ec5159)に、ロゼはくすりと笑った。
「もし紫狼さんが来てくれるなら、そう言ってくれるような気がしてました」
「へへ。まぁヘタレ仲間のクインにゃ、荷が重いだろ。手伝ってやんぜ!」
ひとしきり軽口の応酬をしている二人。どちらも、自分で思っているよりずっと強いと思うんだけどな、というロゼの発言は残念ながら二人の耳には入っていない。――そしてロゼは滞在中に得た情報を、冒険者達に語り始めた。
●偽物
診察と、謎の女を捜索――仲間達は、手分けして事に当たる。ただ、港町に住む人口は、五百人は超えるらしい。
「どうやら、この建物のようですね」
クロードが呼び鈴を鳴らし、塁郁、紫狼、ミーアは中へと通される。町で暮らすダートの主治医は息子達と共に診療所を営む、温和そうな老人だ。
ウィルで起きた怪異の話を興味深く聞き、重々しく頷き。期待をこめた眼で彼らを見つめ。診療所で働く者達も診察、往診の際に、クロードや塁郁が告げた注意点を必ず伝えることを約束してくれた。
「わしらで協力できる事は何でも致しますから。どうかあの方達の汚名を晴らして下さいませ」
『焼却』は、診療所傍の空き地で行う事になった。
*
皆は例の医師から渡された紹介状を手に、一軒一軒家を回り病人の様子を診て、的確に指示を行っていった。時に根気強く説明を繰り返しながら。クロードはミーアと組み、塁郁のサポートは紫狼が行う。
「蠅が触れた危険のある物は、全て焼却しますから残らず出して下さい。それに触れた手も、口や鼻に持っていかないように。水は煮沸したものを必ず口にするようにしてください。そのまま飲むのは危険ですから、決してしないように」
クロードが、そして塁郁が。訪ねる先々で正しい情報を伝える。
「無事な食糧は、蠅に触れる事がないようしっかりと保存を。暫くは辛いかもしれませんが、先程説明した事を護って温かくして、お大事にしてください」
「あ、ありがとうございました、先生」
「それでは」
感謝され家を後にし。息をついたクロードを、ミーアが見上げる。気遣うような目だ。
「ダートさんのお屋敷の方達が使っている井戸は、汚染されていない――そう伝えられればいいんですけど、ね」
「想像以上に彼らへの――いえ、ルーさんへの敵意は根深いようですね。いえ、ダートさんは元々慕われていた様子なのに。ルーさんに、魅入られてしまっていると」
「確かな証拠もないのに・・・・」
「ええ、ですが皆が彼女を魔性の者だと認識している。余程噂の女性が、彼女に似ているようですね。今井戸の存在を伝えても、誰も行こうとしないでしょう」
屋敷の近くに安全な井戸はあり、ダートはそこを開放してもいいと思っている。だがそれを教えるのを躊躇わせるだけのものが、住人から等しく伝わってくる。
「蠅を手引きしているものは、どうしてこんな真似をするんでしょうか・・・・」
「ロゼさんと縁の深そうなダートさんを、窮地に陥れようとしているのか」
「!」
「ともかく、今は治療に専念しましょう。それが結果的に、彼らの益になるでしょうから」
「――はい!」
*
蠅の活動が活発なのは、日中――。町には淀んだ空気が満ちている。河沿いの石が敷き詰められたその道をベアトリーセは歩いていく。注意深く辺りを見ながら歩いていくと。後方から数匹の蠅が飛来し、まさに彼女の脇を羽を鳴らし過ぎていった所だった。行き交う人々の悲鳴が上がる。そんな中指輪――石の中の蝶は羽ばたいていた。それを確認し、彼女は躊躇なく駆けだした。
規模こそ小さいが市は、今も開かれ。蠅がたからないよう、布を被せているが。今まさに布をはぎ取ろうとする蠅と、その傍にいる者達を見つける。
「離れて!」
鋭く、言う。攻撃の体勢をとった蠅、剣を抜いてその羽を傷つける。――絶命はさせない。
落下しのた打ち回る蠅に、彼女は傍にあった網目の粗い籠を被せ足で押さえつける。そしてそこに素早くある瓶の蓋を取り、中の聖水を振りかける。籠の中でそれが、じゅっと溶ける音と事切れた気配があった。傍にいた数匹の蠅は、彼女が残さず仕留めた。石の中の蝶の羽ばたきも収まる。
籠をどけるととうに絶命した蠅が、体を爛れさせて――徐々に消えていった。
「聖水に耐えられなかった――やはり、魔物でしたか」
周囲から、歓声が上がった。
*
ルーの汚名を晴らす為、考えられた作戦。同時刻に真犯人と、彼女が別の場所にいれば無実を証明できる。蠅の活動時間同様、女もまた昼間に現れる。
ルーは陽光をあまり浴びる事が出来ない。だが、――本人もまた同行を望んだ。ロゼとクインも傍にいる。竜の子はダートの傍で、護衛として残った。
鎧騎士ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が携帯電話で彼女と、目立つ建物と、持参した腕時計を一緒に映す。その行為を幾度か繰り返した。同時刻にベアトリーセがどこかで例の女を撮影出来ていたら事がうまく運ぶのだが。
「・・・・ふぅ」
緑色のローブで姿を隠すルーは、額の汗を拭い息をついた。傍らのロゼが気遣う。
「大丈夫ですか?」
「少し休みますか」
ルエラが切り出すと。ありがと、と小さな声が聞こえた。
「ごめんなさい。私、足引っ張ってるわ」
彼女から初めて零れた、謝罪と弱音。そんな事はない、と励ます二人に小さく頷く。傍でその様子を見守っていたクインは。以前ルエラから譲り受けた指輪に、変化を見た。
「魔物が近くにいる」
武器に手をかけたクイン。ルエラもまたそれを見た、――だがその羽ばたきはすぐに収まる。
「今」
「ロゼ?」
「・・・・何かがそこにいた」
占い師の娘が指さす先は、虚空。何もいない場所を見て、視線を感じたのと告げた。
*
ベアトリーセは先程の一件後も河沿いを中心に歩き、騒ぎを聞きつけては、蠅を退治していった。そしてやがて、女の悲鳴じみた叫びを聞いた。
「皆、またあの女が出たよっ!!」
「またか・・・・いい加減にしろってんだ!」
怯えたように身を竦ませる者だけではない、殺気といっていいものを膨れ上がらせて武器を手にそちらへ向かっていこうとする者達もいる。
彼らの恐怖が危険な方向へと加速している――それを断ち切るよう、声を上げた。
「待って下さい。私が代わりに行きます」
*
「それでは、失礼します」
「じゃあ、これは預かっていく。ちゃんと処分するからな」
蠅が少しだけ触れたという食べ物、触れた危険のあるもの等を布に包んで。紫狼は抱え家を出た。借りてきた荷台にそれを乗せる。
「大変だなぁ、こりゃ。噂はさっきロゼから聞いたことと似たり寄ったりだし。どの家庭も被害が出てやがる。皆が荒れるのも無理はねぇよな・・・・。」
「根気強く事に当たれば、疫病はやがて鎮静化するかと。正しい対処でこれ以上の感染を食い止めれば皆さんも落ち着いていくでしょう。・・・・?」
河沿いの地区の家庭を中心に回っていた仲間達――塁郁と紫狼がその異変に気づいた。それ程遠くない場所で、騒ぎが起きているようだ。
「塁郁さん?」
「魔物の反応が・・・・」
塁郁はディテクトアンデットを使用し、強い反応が出た方向へと向かう。紫狼も後を追った。
まさにそれは仲間が今向かっている場所――。
●変幻
そしてベアトリーセは河の傍を歩く、その人物を見つけた。薄い大きな白のベールを持つ彼女。腰程まで波打つ白い綺麗な髪。
「ちょっと、そこの白い美しい髪のおねえさーん」
明るい呼びかけに、その女性が振り向く。紅い瞳が向けられた。それを携帯のカメラ機能でパシャリと撮る。腕時計も一緒に撮る事も忘れない。
「失礼。あまりにも美しいので絵画のインスピレーションが沸いたもので」
「・・・・では、もう用事は済んだわね」
「いえ、よろしければお名前を教えてもらえませんか」
「不躾ね。ルヴィアよ。ダートの恋人の」
「あの方は陽の光の下、長時間いられないのだそうですよ」
「・・・・あなた、誰?」
探るように問い、ちらりと笑う。
「さぁ? あ、他にも聞きたい事は色々ありまして。なぜこの蝶が反応するのか、とか。蠅の王という名を知っているか、とか」
「何の事かしら? 邪魔しないで。散歩を楽しみたいの」
くるりと背を向けて。体を白く淡い光が包み込む。
「――何なの、あなた達?」
「ルーさんに化けてねえで、正体現しやがれっ」
駆け付けた二人。
女が何か言うよりも早く。塁郁は詠唱を終えた術、ホーリーを打ち込む!
「ニュートラルマジックが効かない――けれど、魔物です」
女が白い光に包まれ、そして空中に飛び上がる。直後、ドドドドドドッ。弾丸のように至近距離から発射される水弾は炸裂し、ベアトリーセは辛うじて受身を取り、紫狼は転がる。塁郁は呻き声をあげた。二人より多くの攻撃を加えられたのだ。そして空中に飛び上がった魔物はくるりと回転し、姿は丈の短い黒ドレス、金髪の13程の美少女へと変化をした。
「お前、あの時の!」
紫狼の叫びは魔物の耳に入っていない。相手の殺気に反応し、紫狼のよーことふーかは竦み上がり、その背後に逃げ込む。
「ったく、痛いじゃないのさ」
憎々しげに言葉を紡ぐ。その目は塁郁を見据え。咄嗟にベアトリーセが彼女を庇い立ち、紫狼が塁郁を助け起こす。
「例の娘がこの町に現れましたぜ」
水弾を打ち続け無視する。
「現れた場合すぐさま引けと!」
「ケッ!!」
人々が集まってくる事に、毒づき。彼らが体勢を整える前に蠅を放ち。隙をついて傍にいた蝙蝠に似た魔物と共に、そのまま飛び去っていった。蠅の羽が鳴る音が辺りに響くが――三人は、確実に仕留めていった。
*
夜。アイテムと術を駆使して、仲間達は残りの蠅の行方を追った。今は使用されていない遺跡、町の光が届かぬ暗闇に身を潜めている者達。その数50は軽く超える――塁郁のディテクトアンデットで調べ済みだ。
根本を絶つ為に、仲間うち三人が騎獣を駆りその場へ向かう。灯りはミスラが。ペガサスと塁郁は聖なる魔法ホーリーで蠅を滅し、ベアトリーセは剣で、レミエラを起動してソニックブームもまた使用し飛び交う蠅の命を絶つ。ルエラの所持する武器、嵐を凝縮して形を成したと言われる剣は既にレミエラを起動している。魔物への効果が期待できる上、数分に渡りソニックブームを容易く打ち出せる力を得ている。
攻撃を回避できる、蠅はいない。
「フォデレ!」
斬り裂かれ勢いよく床に落ちる。髑髏を背負う魔性の物の最後の一匹を滅するまで。酸の息を浴びせられようと怯むことなく彼女達は戦い続け――勝利を掴んだ。
*
「私達の依頼主はダート殿です。恋人への冤罪を晴らす事を求められ、私達は彼の意に従って行動しました。――ルヴィア殿が蠅を放っていた女と別人であるのは、今明らかになった通り」
ルエラの声が朗々と響く。集会場は町民が詰めかけた。同時刻で別の場所に二人が存在したことを、撮影した写真を使い、ルエラは言葉を尽くして説明した。次々、順番に代表の者達が歩み出、二つの写真を見比べる。また女が変貌するのを、目の当たりにした者達も居て。仲間達が町で誠心誠意、疫病の治療に臨んだ事も効果があり。人々は最終的に落ち着きを取り戻していった。
信憑性を出す為に必要ならば呼べ、と言っていた精霊と、似たような事を言った竜の子のそれを思い出し、ロゼは静かに微笑んだ。
「(大丈夫だったみたい。皆さん、本当に頑張ってくれたもの)」
そしてざわめきが強まる。現れたのはダートとルー。彼は恋人の為にこの場で彼女に纏わる様々な噂を払拭したいと決意していた。仲間達は二人を見守る。ダートの誠実さが伝わる語り口、町民の態度に。彼等は二人の未来に光が差す兆しを、見た。
●次章
ありがとう、と恋人達は言った。事件が一応の収束を見せた後、ダートはロゼとの約束を果たした。語り終えた後――。
「とはいえ、私が知るのもそれ程多くの事ではないか」
「いえ。・・・・少し、視えてきました。ありがとうございます」
明らかになった事、謎に包まれている事、過去と、今この地で起きつつある事――。
占い師の娘は、札を捲る。取り出した磨かれた玉でさらなる詳細を占う。
「この町に現れた魔物、そしてこの地で起きる全ての怪異は一つの源から溢れ出てきているもの――悪意の籠った計画、生贄にされる人――溢れ出たものは激流となって人を飲み込もうとしている」
占い師としての彼女が厳かに言葉を紡ぐ。
ダートはロゼにこの地に訪れる事を願った。ロゼの未来を、彼もまた案じていた。
そしてすべては――次なる、物語へと。