●リプレイ本文
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首都オリハルクの港は、通常以上の活気に包まれていた。子爵領の各地で、本日大きな祭りが開かれる事は噂に上っていた為だろう。
小型のゴーレムシップに乗船した者達は、この祭りを聞きつけ商売をしにきた、王都からの行商人を装っている。綿密な積み荷の検査をされたとしても、そこにあるのは食糧や王都の特産品等で別段怪しい物など一つもない。ただし依頼主達が気がかりだったのは、それとは別に皆が密かに持っている愛用の武器防具等だった。現在彼らはすぐに武人である事がばれないよう、雀尾煉淡(ec0844)と別チームの僧兵が見繕ってくれた行商人風の服装に身を包んでいるが、隠している物が見つかったらどう切り抜けるか。密かに案じていた者が多い中、港で検品作業を行っていたオリハルクの兵士らは、左程綿密な調べを行っていた訳ではない事が解った。一応は調べるが、事細かにやるには時間も人手もいる為か大雑把なものだった事が幸いした。勿論変装をしたのは有効な策で、いつもの也で乗船していたら兵士らから見て目について仕方なかっただろう。行商人の護衛にしては物々しすぎるからだ。
ともかく、皆は左程苦労せず最初の難関を突破した。荷物は同船したマチルダの知己である商人らが実際に売りさばき、処理は引き受けるとの事。皆、事前に聞いていた手筈通り、荷物を運び出すところまで手伝えば良かった。その内の一人にミーアは言う。
「露店を出す場所は、出来る限り港寄りにしてください、なのですぅ。危険を感じたらすぐにこの船に戻ってくださいね」
「判ってますって。ミーアさん、皆さんと絶対無事に戻ってきてくだせぇよ。あの方にとってあなたは娘みたいなものなんですからね」
冒険者の皆はこの中年の商人と顔合わせはこの旅が初めてだったが、その振る舞いから、声からミーアを案じる気持ちが伝わってくる。ミーアははい、と頷いた。
「どうか、頼みますぜ。ここをあのルジニアの町みてぇにしねぇでくだせぇ」
その言葉にはっとする冒険者らも多かった。作戦に深く関わらない為、船内では打ち合わせに加わらなかったが男は、一夜にして悲劇の町と化したルジニアに縁のある者なのだ。力をこめて頷いた冒険者らに、あんたらに幸運を、と早口に呟いて仲間達と荷物を率いて街の中央へと向かっていった。鎧騎士の富永芽衣らとも、ここから別行動になる。
祭りを一目見ようと詰めかけているのだろう、人混みに紛れて行動はし易くなるだろうが、港で落ち合う予定のクインらと合流するのが連絡手段を持たなければ案じられたに違いない。しかし依頼人のミーアは指にはめたテレパシーリングで、クインと思念で会話した。ミーアが目を凝らすと目立たぬように港のある場所にいるクインともう一人の女性を確認する事が出来た。ミーアが冒険者達に素早くそれを伝える。
「―――お待たせしましたっ」
「よぉ」
浅黒い肌の目つきのきつい若者は、ロゼが捕らわれの身になった後も、関係者らと未曾有の大惨事を最小限に食い止める為、聖都、カゼッタ島、ミスティドラゴンの住処を行き来し奔走してきたらしい事を、船の中で冒険者らはミーアより伝え聞いていた。その顔には疲労が僅かに滲んでいたが、目は強い光を宿していた。そして一番要となるのはこの『祭り』―――子爵達が宴と告げたそれの結果如何が、子爵領の今後を決めるだろう。
「クインさん‥‥」
「クイン、あのさ」
進み出た忌野貞子(eb3114)と村雨紫狼(ec5159)を見て。
「そんな、顔すんな。別にお前達に腹を立ててなんてない。俺が傍にいたからって護ってやれたかは、怪しいしな。それにロゼが言い残したように、俺も【宴】が終わるまであの男はあいつに決定的に危害は加えない。自分の傍で見せ付ける為に浚った、って腹なんだと思うしな」
「本人も否定していなかったし、‥‥嘘をついているようでもなかったわ。‥‥今度は絶対に出し抜かれたりしないわ」
貞子が不快さを滲ませ、呟く。紫狼も大きく頷いて。
「あんにゃろめ! 許さねえ。ぜってー成功させるぞ」
「ああ」
「‥‥ラス達は」
貞子が気がかりな様子で、そうと問うと。固まって移動すると目立つから、例の場所付近で待機していると語った。貞子は小さく頷く。
「クイン、無事合流できて何よりだ。リフィア殿もこの度はご助力感謝いたす」
クインの傍らにいる若い女性に、アマツ・オオトリ(ea1842)は礼を言った。無愛想なクインとは逆に、よろしくお願いしますと朗らかに笑った女性は、コロナドラゴンと縁の深いメイの山岳地帯に住む隠れ里の剣士だ。目立たないようにか長い金髪を無造作にくくって、くたびれた感じの古着を纏っている。エイジス・レーヴァティン(ea9907)が駆け寄る。
「リフィアちゃんも来てくれたんだ」
「はい。スフィンクス殿が背に乗せ、子爵領まで運んでくれたんです。‥‥嬉しい、エイジスさんと皆さんと戦えるなんて」
里をかつて二度も救ってくれた英雄に心からの笑みを、そして冒険者らに目礼して。すぐに彼女は表情を引き締め囁く。
「あと、里の子達が摘んでくれた薬草を持ってきてるの。クロードさんに後で渡しますね」
「ありがとう。いただきます」
隠れ里の祭りの際親しく接した里人達の事が思い出されたのか、彼の目に懐かしげなものが浮かぶ。リフィアが僅かに苦く笑った。
「これを使うような状況にならないといいんですけど」
「全力を尽くします。そうならないように」
「うん。リフィアちゃんやちびドラのお父さんにミスティドラゴン、それにホルスにまで手伝ってもらうんだ。必ずここでカオスの陰謀を打ち砕いてみせないとね」
声を低めそう言ったエイジスと面識のある力強い鎧騎士ルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の言葉に、娘も、皆も頷く。
「正午まであとそう時間はないですね。ここから先は用心するに越したことはないでしょう。皆さん、近づいて頂けますか」
煉淡が皆にレジストデビルをかけた。燦燦と降り注ぐ中術の詠唱光は目立たない。また後程かけます、と手短に彼は言う。彼の詠唱した魔物探査の術に今のところ反応は返らなかった。
「煉淡さん、ありがとうございます。‥‥では皆さん、船内でわたくしが言ったこと覚えていてくださいね」
クリシュナ・パラハ(ea1850)は誰も予想していなかったある危惧を抱き、皆に警告していた。それが彼女の杞憂に終わるだろうか―――?
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皆は装備を人目につかない路地裏で素早く整え、待機した。『ロゼ奪還班』に紫狼と精霊ら、クイン、ミーア、クリシュナ、『邪聖の導師らカオス退治班』にエイジス、煉淡、リフィア、アマツ、リフィア、『援護、民衆対策班』でクロード・ラインラント(ec4629)、ルエラ、貞子、エドとラスの師弟、という編成だ。スフィンクスとチビドラはホルスらと共に外にいる。連絡をとる事を考え、船内で各チームに風信機は行き渡るようにした。
「くそ、‥‥今からここでとんでもねー事が起きるなんて、ここの人らは全然考えてもいねぇんだろうなー」
楽しげに通りを行きかう人々の姿に、紫狼が。その時アマツより各班に連絡が入った。鎧騎士の富永芽衣側の方で新たに、計画に関わってきた者がいたというのだ。この地のあるゴーレムニストが子爵ではなく、人々を助ける為動く者達へ加担するつもりである事を示してきた事。芽衣の姉の宮廷音楽家とそのゴーレムニストは繋がっているらしい事。子爵の裏をかく為いままで服従の意志を見せ信用させてきたのか、こちらに接触してきた事が何か目的あってのことかまでは判断する材料がない。
「どこまで信用できるか分からんが、向こうのお嬢さんもそれを承知でいるようだな。俺達の目的もすべき事も、話し合った通り。アマツさんの班分けも計画も異論はない。―――そのゴーレムニストが奴に対して反旗を翻すつもりであれば構わんし、もしよからぬ事を考えて俺達の前に立ち塞がるなら排除させてもらうまでだ」
動揺を見せた者達もいたその中、彼らに言い聞かせるように冷徹ささえ匂わせてエドは言いきった。
「俺達は出来る事をするだけ‥‥ロゼさんの事、皆を助けられるよう精一杯やるだけだ」
そう言うラスには迷いがない。それを貞子は満足そうに見つめ、頷いた。
「必ずロゼを助けだしましょ。勿論‥‥都の人達もね」
そして音楽が響き始めた。
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通りを先頭に立ってくるのはこの大役に胸を高鳴らせているのだろう、誇らしげな様子の騎手達だった。子爵領の紋章が刺繍された旗を手に、馬と共に飾り立てられた彼等は今これから起きる事を知らされていないのだろう。ずっと長い間、この土地に起きている出来事を追い続けてきた者達は、自分達の心情とは全く逆に、華やかなかつ見事な弦楽器の音色を聴き、心を揺さぶられないようにしながらも、その一行を見つめた。
人々が花を投げ。楽師を乗せた馬車が続き、その後に来るのは白毛の二頭の馬にひかれた馬車。煩い程に通りを埋め尽くす人々の盛大な歓声にこたえるように天蓋のない馬車に立ちあがり手を振るのは、金の巻き毛に見事な美貌の持ち主であるこの領地の君主。そして傍らに座っていた白い衣装の女性の手を取り、立たせた。薄いヴェールと被っているが子爵が淑女として扱うその仕草に皆好奇心をかきたてられ、さらなる歓声を生んだ。顔は見えないが、背を覆う長い髪も、その背丈、華奢な体つきも皆が知ってる娘に間違いなかった。子爵は何かを楽しげに娘に耳打ちする。娘は僅かに逡巡した後、皆に向かって同じように手を振り始めた。怒りの籠った目を向けていたクインをはじめ、気付いた冒険者らが眉を寄せた。
効果的に術を使えるように、噴水付近、前列に近い場所にいてタイミングを見逃さず貞子が術を詠唱し解き放つ。ミストフィールド、直径十五メートル程の霧が彼女のミストロッドで濃くなった霧が馬車一体を、周囲の観客を包みこむ。歓声が途切れ、悲鳴が上がった。
「主よ、始まったようです!!」
竜の翔派―――ナーガ族の男が都上空より異変を察知し、一瞬で百メートル程離れた小さな島上空へと現れる。彼は主とクインと予め打ち合わせていた通り、海に潜むただ一人の主に大声で呼びかけた。応えるように海面が震え、優美な曲線の美しい白竜が海面から一気に飛び出してきたからだ。生じた激しい波―――そして竜は瞬時に港上空へと現れた。人々は地に降りた巨大な影に驚愕の声を上げる。ミスティドラゴンは作戦通り、冒険者らに請われるままにその凍てついたブレスを、眼下に生まれていた濃霧のある一点周辺に吹きかけていった。アイスコフィンを立て続けに発射されたように、民衆は氷の棺に閉じ込められていく。民にはアイスコフィンが即死の魔法ではないとは分からない。唐突に竜に襲われている、逃げなければととっさに皆が我先にと競って逃げ始めた。白竜は都にひしめく民衆らを憐れむように見ながらも、そのブレスを吐き続ける行動を止める事はしなかった。
「皆さんこっちですよ!」
インフラヴィジョンを高速詠唱し優れた視力を武器に霧の中、ロゼ救出班と邪聖らカオス退治班を先導するのはクリシュナ。彼女と離れ過ぎると一気に濃霧に飲み込まれ身動きが取れなくなってしまう。大音量でブレスが吐き出され、立て続けに周囲で何かが凍るような音がした。右往左往していた観客達が霧の竜のブレスで凍りついたのだ。冒険者達も例外ではなかった。クリシュナとエイジスとリフィアは抵抗に成功、ミーアとクインは辛くも抵抗に成功、アマツと紫狼は巻き添えを食って凍りついてしまった。
「紫狼さん! アマツさん!」
「あちゃ。とにかく皆さん。こっちっすよ!」
ここで皆で固まって居ても仕方ない。無事な者達が先行すべきなのだ。
煉淡が、紫狼とアマツに即座にニュートラルマジックをかけ、術を解除。棺から自由の身になった紫狼とアマツは動揺を押さえ礼を言い、馬車に向かう。この人ゴミの中自分達だけが無事ブレスの影響を受けずにいる事など出来ない事は、少し考えればわかる事だ。ミスティドラゴンに文句など言える筈もない。
氷漬けになる民衆をすりぬけ馬車に皆が近づいた時、煉淡の鋭い声が響く。
「魔物が私達を囲むように近づいてきています」
エイジスが馬車に飛び乗り、そこにいる驚きに目を見張った子爵に、躊躇わず閃くように剣を突き差す。彼は笑いながら見る見るうちに姿を魔物へと変えた。剣を引き抜くと同時に、男はエイジスに術をかける。生命力が一気に失われていくような心地。それは神聖魔法のロズライフだと術に長けていれば解っただろう。エイジスは舌打ちを一つ、大きく飛び退く。子爵の也をしていたのは邪聖の導師だ。傍らにいた女性の姿も歪むのを確認。それに気を取られた一瞬の隙をつき、エイジスの右腕目掛けて術を放つ。
「くっ!」
神聖魔法のディストロイは彼の利き腕に確かなダメージを与えた。
「ロゼちゃんは馬車に乗ってない。子爵もだ!」
戦闘開始と共に思うように馬車に近づけなくなったロゼ救出班の者達は、はっと息を呑む。やっぱりっすか、とクリシュナは迷惑そうに言った。罠にはまり囲まれた。周囲には邪気を振りまく者や死の幻を紡ぐ者が次々姿を現しつつある。クインは魔力の籠った矢で空飛ぶ下級カオスを打ち落としながら推測を口にする。
「――まさか、宮殿か!?」
「クインさん、ロゼさんを捜しに行きましょうですぅっ!」
しかし彼女の箒に、クインまでも乗せるのは難しい。
煉淡がホーリーを立て続けに打ち込み、エイジスとアマツの援護を行っていった。さしもの邪聖の導師といえど熟練の女騎士の繰り出す攻撃と、その脇から放たれる煉淡程の使い手に連続で攻撃を加えられれば、思うように力が振るえない―――相手は空へと逃げた。
向こうでは旋律を奏でる者と冒険者らの闘いが始まっているようだ。余計な霧を払うべく向こうのチームの冒険者が、その霧を払う力がある者達が風を起こし霧を吹き飛ばす。それと共に、上空から滑空してくる陽精の姿が目に入った。魔物を蹴散らし、互いの背を護るようにして戦っていたクインと紫狼の近くに降り立つ。見違えるように腕を上げた紫狼に、雑魚の魔物はもはや敵ではない。それでも攻撃をよけきる事など出来ず、次から次へと出てくる相手に苛立ちは隠せない。彼の援護を、二人の精霊が上空から必死に行うが、魔はまだ姿を露わす。
「‥‥ったく次から次へと、どけっつーのっ!! おー来やがったか、スフィンクス! チビドラも!」
『お待たせー♪♪』
愛想良く言うパピィが張りつくのは、厳めしい顔をした半人半獣の生物。クインはずっと長い事自分達を見護ってくれてきた陽精へ願う。
「スフィンクス、俺達を宮殿に連れて行ってくれ!!」
「―――あの娘と子爵はそこにいるのか」
「おそらく」
「乗れ! 鬣をしっかり掴め。振り落とされるな!」
「ああ! いくぞ、ミーアも!」
「了解しましたっ」
「ふーかたんも、よーこたんも!」
『はいっ』
頷く二人の精霊はスフィンクスを追い、ミーアはまたフライングブルームに乗り上空へ飛翔していく。紫狼らも空中戦を行い、ミーアもまた火の精霊魔法を駆使し、魔物を退けていった。
*
貞子が霧を生み、ミスティドラゴンの息が馬車の周囲にいた者達を凍りつかせ始めた時。ルエラは持参したランプを素早く擦り、道具の内なる精霊を解き放つ。
「私を乗せて。皆を誘導します。敵を見つけたら接近してください」
頷く風を操る精霊ジニールの雲に身軽に飛び乗り、民衆の上を飛び回り始めるルエラ、氷棺に閉じ込められていない民衆らの悲鳴にかき消されないよう、腹に力を入れ声を張り上げ続ける。
「落ち着いて! 北門を潜りその先に避難してください!!!」
霧は15メートル範囲内に限る為、子爵らの馬車が突如霧に包まれ恐怖にひきつった顔で互いを押しあう者達の中で、ジニールの姿を見止めて驚いた様子を見せる民衆らもいた。邪気を振りまく者達が人々に襲いかかるのを見つけるや否や、ジニールはそちらへ滑空していく。
「セクティオ!」
力をため狙いをさだめ剣を魔の体に突き立て、引き抜く。相手の攻撃が発動する前に一時離脱。ジニールの風刃が魔の体を木の葉のように切り裂く。ルエラとジニールは息を合わせ敵を確実に仕留めていった。自分達が攻撃を受けてもそれは、致命打まではいかない。自らの回復より民衆らの命を最優先に行動する。
「この場に留まれば戦いの巻き添えを食います! 北門を潜りゴーレムの訓練場の方へと向かってください!」
クロードもまた声を張り上げる。子供達が押し合う大人達に潰されないか、混乱する民衆らが将棋倒しにならないよう声をかけ続ける。
「だ、だけどよっ。なんで竜が、魔物と一緒に俺らを攻撃してくるんだ」
そういう風にしか見えないのだろう。声を張り上げ掴みかかってくる恐慌をきたしていた老人の手を掴み、クロードは真摯に告げる。
「魔物はあなた達を狙っていますが、竜は敵ではありません。氷漬けにさせているのは、皆さんの命を魔物から守る為。あの氷が解ければ皆さんは元通りになります」
「し、あいつら、死んじまったんじゃねえのか」
がたがた震えている相手に、はっきりと告げる。
「はい。生きていらっしゃいます」
「だ、だけどよっ」
老人の後方、その上空にいる魔にクロードは連続して銀の矢を放つ。見事命中して耳触りな叫びを上げて翼ある鬼は後方へ弾き飛ばされた。
「私達も竜もあなた達を助けたいのです。どうか信じてください」
心の底からの言葉だと解ったのだろう、気圧されたように老人は頷きその人の流れに乗り、北門へと向かっていった。その間も民衆らに舞い降りてきた邪気を振りまく者を。エドとラスが息のあった連携プレーで石化魔法を発動させ、貞子は混乱の最中落としたロッドを取りに戻る事は困難と判断し、気持ちを素早く切り替えアイスコフィンで魔の動きを封じていく。
戦いながらも皆、民衆らの目指すべき場所を口にし、誘導を行う事は忘れない。そこを中心にして、大通り添いにいた者達も突如竜の襲撃を受け―――そちらにはジニールに乗ったルエラが向かう。聖都から駆け付けた烏天狗らもオーラショットとその槍で空飛ぶ魔に空中戦を挑みながら誘導すべく口をかけ続ける。そして民衆らに見えるよう旋回していく体長50メートルはある黄金の鷲、皆の中から驚愕の声が上がる。その姿を目で追う者達の中に恐怖以上の何かが芽生えた。気を取られる民に伸びた邪気を振りまく者の腕を薙ぎ払い、そのもう片腕による爪での攻撃をアイギスの楯で封じ、カウンターアタックを浴びせスマッシュを叩きこみ絶命させた。次々現れる魔の戦闘を重ねながら、ルエラは叫んだ。
「私達は魔物達から、貴方がたを助けに来た者です!! この私の横にいらっしゃる精霊様が、今空をかけていた聖都のホルス様がそれが真実であると証明しています―――さぁ、お早く!」
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邪聖の導師がにやりと笑い、ひらりと着地する。馬ごと氷漬けになった兵士らをニュートラルマジックで術の解除を行っていった。彼は表情を改め、朗々とした声で叫ぶ。
「子爵を狙う曲者共だ! 魔物らを使役して首都を壊滅に追い込むつもりだぞ! 打ち捕えよ!!」
兵士らは強張った顔つきで辺りの惨状に目を見張ったが、邪聖に敬礼をし冒険者らに向きなおった。人を殺す訳にはいかない、何とか当て身をくらわせるなり気絶させようと皆が判断した時、その背を邪聖の指示で魔物達が攻撃を加えていく。黒い炎の焼かれる者達を呆然と見た冒険者達に、ふむ、と邪聖の導師は頷く。
「と、本来なら首都を襲う逆族共に全ての罪を着せて、混乱に乗じて民の命を吸いつくす筈が、予定変更といったところか。まさかホルスだけでなく霧の竜までも連れてくるとは」
嘲笑っているようにも、口惜しげな様子にも見える。
「貴様らの悪事、竜族や精霊達らから見ても正すべきと判断されたのだ。先程のような虚言、例え民にどれ程紡ごうとも彼らの言葉を前にどれ程の重みがあろうか!」
黒い結界に入るとダメージを被る。そんな事はお構いなしに突っ込んだアマツが邪聖に切りつける怒鳴る。深手を負わされ怒りを込めカウンターでディストロイを食らって後方へ押しやられるが、アマツは激痛を堪えながらも刀を落とす事はない。クリシュナから繰り出された炎の鞭をかわし、上空へ逃げた邪聖をウィングシールドでエイジスは追う。緻密に考えていた作戦も、狂化を起こし敵を殲滅する事を最優先にする体では実行するのは難しい。それでも彼の持ちうるCOを繰り出し叩きこんだスマッシュEXは相手に致命打を与えた。
「我らの悲願、大切な物はこの地にはない。貴様らはこの地で起きる出来事に気を取られ、我が主君の復活を止められぬ」
エイジスは冷やかに見据え相手にとどめを刺す直前で、大きく眼を見張り、石のように落下する。邪聖の放ったデスに抵抗できなかった為だ。煉淡の詠唱したレジストデビルは三メートル以内にいた仲間のみに付与されている。想像以上の人ゴミの中、ひと固まりでいる事など出来なかった為レジストデビルの加護を彼は受けていない。即死魔法を受け地に落ちたエイジスに、煉淡が急ぎ駆けよる。その煉淡目掛けて、皮肉げに笑い邪聖が煉淡にもデスを放とうとする。しかし煉淡は抵抗に成功し、彼にリカバーを施した。死して数分以内なら蘇生可能な煉淡の術だからこそ一命を取りとめられた。彼らを庇うようにリフィアが下級カオスらをその剣で打倒しながら、怒鳴る。
「お前達のやってる事は、もう全てお見通しよ。今カゼッタ島にはコロナドラゴンの長を始め数多の精霊らが向かっている。儀式が行われる魔物の眠る地もミスティドラゴン様が突き止めた。捧げる魂を護る魔物も、ロゼさんの弟さん達を始め力あるもの達が今頃未然に防ぐ為に戦っているわ」
襲ってくる魔物を倒しながらリフィアが。アマツも刀でいままさに術を詠唱しようとしていた死の幻を紡ぐ者の喉笛をかききり倒しながら、上空へ逃げた魔物に宣言する。
「リフィア殿の言うとおり。貴様らは負けるのだ!」
目覚めたエイジスは、煉淡に短く礼を告げ頭を振り頭上を仰ぐ。
「ルジニアの一件を僕等は忘れない。あの事を知ったコロナドラゴンが立てた計画―――その顔だと裏をかけたようだね」
邪聖の反応を見るように、一言一句力をこめてエイジスが言う。
「この宴は陽動で今まさにこの時にあの地で、カゼッタ島で復活の為の儀式を行う予定だったんだろう?」
船の中でミーアを通し聞かされた計画―――。それをはっきりと口にし、エイジスは目を眇める。全身に深手を負いながらも勝利を確信しているという、その邪聖の余裕の笑みがはっきりと拭われたのを目の当たりにしたからだ。万事休すって奴っすねとクリシュナはにやりと笑い、煉淡と共に魔法を撃ち込んでいく。
まさか、と言いたげに顔を歪ませながら、邪聖の体は虚空で砕かれ塵となって風に紛れた。
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宮殿のエントランスで、混乱の坩堝にある大通り一体をイクシオン子爵は、ある道具を覗き見て確認して冷やかな笑みを浮かべる。
「霊鳥に霧の竜まで連れて来て、まるでお伽噺に出てくる英雄気取りじゃないか。でも最後に勝つのはこちら―――愉快だ。人々が虫みたいに右往左往しているよ。どう思う、ロゼ?」
傍らに椅子に力なく座わる、魂の抜けた人形のような女に語りかけ。輝くばかりの満面の笑みに変化が生じた。
パァァンッ。
素早く女が立ちあがり、その男の横面を痛烈に叩いたからだ。
息荒くヴェールを捨て、目に燃えるような激しさと、深い悲しみを湛え睨んでくる娘。彼女はみるみる間に赤くなっていく片頬を押さえた子爵を冷静に見据え、はっきりと口にした。
「ゲーム(遊び)は終わりよ、イクシオン」
「なぜ――? 何故そんな風に動ける。旋律を奏でる者に確かに奪わせた筈」
よろめきながら後方で尻もちをつく男を見下ろし、ロゼは静かに教える。
「私の魂は抜かれた後、暫くして戻されたの。あの男は私にデスハートンで魂を奪われふりをするように言ったのよ」
「‥‥? ははは、面白い事を言う。あいつが君を助けてどんなメリットがある?」
「‥‥。旋律を奏でる者は、最も今回の計画に興味を持たなかった魔物だったようよ。それを、あなたは少しでも気付いていた? あの男は、私達と竜と精霊の絆を軽視していなかった。たぶん貴方がたに忍び寄る滅びの足音に気付いていたのね」
「つまり自分が負けると解っていたからそちら側についたとでも‥‥? 愚かな奴!!」
イクシオンははっきりと侮蔑を露わにした。立ち上がり、ロゼに手を伸ばす。彼女は少しずつ下がり、それでも睨む事をやめなかった。相手の心臓をサンレーザーで打ち抜く、それは確実に致命傷になるだろう。だが、その前に―――。
「あの御方が蘇るのも間近、そうすればこの地の人々を皆殺しにし、見渡す限りの荒野にする事ができるというのに!」
後ずさるロゼの背がエントランスの端まで追いつめられた。背に当たる手すり。術を発動させる前に。彼女はイクシオンを見つめて呟く。
「‥‥あなたは、都ごとあの男が大切にしていた『楽器』まで壊そうとした。だから裏切られたのよ」
イクシオンの顔に訳が分からないといった表情が浮かぶ。そしてその首に細い矢が鋭く突き刺さり、ファイアーボムが炸裂した。よろめく相手、一番に上空から降り立ったのはクイン。ロゼに素早く眼を走らせると、一気に緊張が解けたのか目に涙が浮かんだ彼女を抱きしめる。
「無事だな? 良かった―――。紫狼!」
すぐその手を放して、背後を振り返る。炎に身を焼かれ茫洋と虚空を見上げる男――まだ息がある子爵の胸を足で押さえつけ、その喉元に刃を当て、言う。
「お前だけに手を汚させたりしねぇよ。あのな、子爵、言っとくが俺はお前に同情しねぇ。お前を放っておくと泣く奴が沢山増えちまうし、ロゼもずっと辛いままだ。女の子はやっぱり笑ってるのが一番だ」
ぼんやりと紫狼を目で追ったイクシオン。心配そうに紫狼を見つめる二人の精霊。ロゼもまた涙を浮かべ声もなくその様子を見ていたが、進み出た。
「‥‥紫狼さん、私が」
「クイン、ロゼを押えとけ。いいか、それが解らずその上みんなを巻き添えにして心中を望むようなやつには、誰も同情してくれねぇんだよ」
剣に力が籠り、刃が硬い床にぶつかる音が、した。子爵の魂は速やかに精霊界へ向かうだろう。彼の所業はそこでまた裁かれるだろうか―――。
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霊鳥ホルスと、霧の竜の説明もあり、混乱の最中にあった人々は次第に落ち付きを取り戻していった。そう、彼等は『全て』を話していったのだ。今起きている事、そして13年前から今に至るまで起きた出来事、仕組まれた陰謀、全てを。
紡がれるその物語は、壮大でなおかつ悲しみと痛みに満ちた話だった。そして民衆らからすすり泣きが聞こえたのは、彼らが崇めていた君主が魔に魂を売った者だと、嘘など到底つく筈のない者達の言葉で断定されたからだろう。
そして霊鳥ホルスやオレリアナの精霊達、そして竜までもが、子爵と側近を倒す計画した者達側についている以上どちらに正義があるのかは―――民の目からも明らかだった。崩壊の危機に晒されていた子爵領は、際どいところで冒険者らの尽力もあり救われたのだった。
都に残った下級のカオスらを倒す作業は、決して楽な作業ではなく。手傷を負いながらも一匹残らず仕留める為救護班以外の者達が主に、退治に当たっていた。死者は最悪の予想からしたら死者は少数に留まったものの皆無ではなく、怪我人は続出していた。それを回復アイテムや使用できるものはリカバーを、深刻な怪我を負っていない者達には、クロードは医学の知識を生かし応急手当を速やかに行っていった。
また、ミスティドラゴンが、ホルスと共に突き止めたカゼッタ島に眠っているとされた魔物。千変万化を可能とする途方もない力を有すその魔物が蘇れば子爵領だけでなく、破壊はこのアトランティス全域に及んだだろう。人々の魂を供物として行われようとしていた復活の儀は、コロナドラゴンと精霊らの尽力、そしてロゼの弟やフール・パーターらの活躍もあって未然に防ぐ事ができたらしい事が使者の言葉で明らかになった。場所を突き止めた以上、今後二体の竜、ホルスらが強固な封印を施す事を冒険者らに、人々に約束をした。
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「皆さん、今まで本当にありがとうございました。皆さんがしてくださった事、力を尽くして下さったこと、私絶対に忘れません」
「ロゼさん達はこれから、どうするんですか?」
ルエラが案じて問えば、復興に協力し奪われた魂を何とかして人々に戻す方法を探します、と彼女は告げた。子爵がいなくなった事で、またホルス達の後ろ盾を得ている事でロゼ達に協力してくれるのは仲間達以外にも現れるだろう。魂を人々に戻す―――それは気の遠くなるような作業だが、彼女達はきっとそれを行っていくだろう。今尚苦しんでいる人達を救う為に、力を尽くそうとする筈だ。
この首都を始め、これから子爵領は君主の座を巡り大きな政治的な波乱の時代に突入するだろう。それでも彼らならきっと乗り越えていく。また力になれる事があれば、声をかけてほしいと皆が言えばロゼは笑顔を見せ、丁寧に頭を下げた。
「こんなに長い間付き合ってくれたのに、まだ手を貸してくれるつもりか。お人好しな奴らだなぁ」
ぶっきらぼうなクインの発言は、嬉しい気持ちの裏返しだ。それが解るから冒険者らも笑みを誘われる。飛びまわるチビドラが満面の笑みできゅわっと鳴いた。
『とりあえず、一応は。ハッピーエンド、だねっ?』