●リプレイ本文
●ある魔物について
カオスの魔物の中で高い位につく存在。遥か昔には別の存在として崇められていたが、いつしか魔物として野に下る。―――を招喚するには、祭壇で生贄に―――を捧げなければならないという言い伝えがごく一部の者の間のみに、密やかに語り継がれてきた。
●決意を胸に
この地に暮らす者達が置かれている現在の状況―――ろくな物ではない事を、以前ロゼ誘拐事件の際関わったクロード・ラインラント(ec4629)と、忌野貞子(eb3114)は他の者達より強く確信していた。どれ程善行を重ねて見せようとも、町の者達をその力と圧力で怯えさせ恐怖で支配している側面を、二人は見聞きし覚えているからだ。
「クロードさん、幽霊ちゃん、急に手紙出してすまねぇ!」
村雨紫狼(ec5159)にそう言われ、何のというふうに二人は微笑う。クロードにはハーブ束を、貞子にはプロテクションリングが渡された。良ければ使ってほしいとの事―――二人は礼を言い受け取った。
「つらい戦いはまだ続くけど、9月上旬ならまだ海水浴もいけるわよね? 8月の子爵さんの宴とやらに勝てたら、みんなで行きましょ」
何やら妖しい笑い声を立てている貞子、今遠い地にいるラスは軽く寒気を感じているところかもしれない。
「はぁぁ‥‥その為には邪魔者を全て倒すしかないのよねぇ」
「ええ。街の皆さんや子供達の安全の為にも、お城の秘密を暴いてあげましょう」
二人はもとより、誘拐された当人であるロゼ・ブラッファルドは当然、ゼフィロの危険さを重々承知している。当初マチルダと冒険者らがルジニアの町に乗りこむ事を聞き、すぐに同行する事を申し出た。勿論相棒のクイン、チビドラも。そんな彼らを、マチルダは制した。
「私達に任せておきなさいって。大体、あなた達はやる事があるでしょう?」
聖都オレリアナの霊峰の主ホルスを元とする精霊達、ミスティドラゴンとその僕のナーガ――そして彼らの眷属、そしてチビドラの両親や仲間達が暮らす山脈へ行き、コロナドラゴンらに改めて協力を仰ぐのだ。
今まで子爵らは表だっては行動を起こさなかった。民衆に良い施政者としての面だけを見せ続けていた―――けれど何かが変わるのかもしれない。
「よろしくお願いします。‥‥皆さんどうぞ、気を付けて。ただ、絶対に無理はしないで」
『頑張ってねー、皆! やつらをけちょんけちょんにやっつけて』
「頼んだ。けどな、誰かが欠けるような事にはならないでくれよ」
クインはある事をクロードに耳打ちする。それに頷いて。三人はかの子爵領へとグリフォンを駆り、旅立っていった。
*
ルジニアの町に向かう途中、一度皆で休憩をとった。城の大まかな構造、以前の事件の事を改めて知ってもらう意味でクロードと貞子が皆に説明。
古城の主の恐らく息子と思しき、男が口にしたことを貞子が伝える。
「自分の限界に目を背けて安易に力をカオスに頼ったおばかさん‥‥。その時の仲間にも言い捨てたらしいわ」
風の術を操る事、子供らを利用して如何わしい真似をしているようだった事、ロゼと子供達の救出でその時は終わったがあの後も恐らく―――。
「証人になりそうな人が、無事でいてくれたらいいんだけどね」
との発言はエイジス・レーヴァティン(ea9907)のもの。紫狼がうんざりした様子で、言う。
「ほんとだよな。証拠っつってもよ、死体がごろごろとかしてたら嫌だぜ〜〜。とにかくこれが終わったら子爵との対決だからな。ここの一件も何とかカタをつけたいけどよ」
「対決――。宴、ね‥‥」
それは恐ろしい惨劇の予告とも言える。
ラスとエドの師弟も、ロゼの弟らも子爵領で旋律を奏でる者達が起こしている幾つかの事件に遭遇し、少しずつ相手の戦力を削ぎつつそれでも決定的に魔物達を劣勢に追いやれている訳ではない。
「奴らがその宴とやらで何を仕出かす気なのか、じっと考え込んでいても仕方なかったからね。そのゼフィロの者達が子爵領の魔物と繋がっているなら、ここで戦力を削ぐのよ」
人間を裏で操るような奴は、下級の魔物には無理だからねと冷やかに微笑う。
「あう、マチルダ様本気モードですぅ‥‥!!」
弟子のミーアが慄くほどの力の入りよう。冒険者らも若干遠巻きに見ている―――いざ目の前に魔物が現れたら、マジックアイテムを持ち込んで商売を、というゼフィロの城を訪れる建前上の理由を忘れ魔物殲滅に走りそうで怖い。
「マチルダ様、我々は皆さんがかの城の秘密を暴くまでの時間稼ぎをするのですから、判っておられるとは思いますがくれぐれも軽はずみな言動はなさいませんように」
「レンは心配性ね。しないわよそんなこと」
「よろしくお願い致します」
「皆、危険だろうけどどうにか奴らの尻尾を掴んで。宜しくお願いするわ」
彼女の手には一通の招待状が握られている。行動を起こす事を決めた後のマチルダとレンは迅速で、類稀なる魔力を秘めた品を幾つか持参するから、気に入るものがあれば購入をと、商談を持ちかけた。
その招待状は彼らからの返答である―――どうぞ、お越し下さいと。昼間は別の商談があり、夜なら都合がいい事も告げるとその要求も通った。マチルダが挙げた品は、嘘偽りなく強い魔力を秘めた品で、名もその筋では有名なもの。興味を引くことは成功した。後は冒険者らにかかっている。
●情報収集
森の中、その道を抜けると海沿いに広がるルジニアの町が見えた。そこからはマチルダとレンとは別行動。ミーアはテレパシーリングを所持している為、密かにマチルダ達と連絡は取れるようにしてある。勿論ある一定の距離にいないと思念の会話は不可能な道具だが、マチルダ達が滞在する宿はミーアが把握済みだ。範囲内に入れば、何かを密かに伝えあう事はできる。
「一年前の依頼を鑑みるに街の状況は好転しておらんはず。住民達は領主一族を怖れておるだろうし、密告されてしまっては拙い。だが」
ここは閉鎖的な町である為、見るからに冒険者風の者達がゼフィロらの事を尋ね回っていれば、間違いなく目立ち、下手をすれば即連行という事も可能性としてはありえる。
「ルエラ殿のお陰でだいぶ、動きまわるのに支障はなくなったかもしれん。ありがとう」
「いえ」
にこ、とルエラ・ファールヴァルト(eb4199)は笑う。彼女がメイディアの古着屋で皆の服を買い揃え、行商人を装えるよう古着を人数分購入し、怪しまれないよう変装作業を事前に手伝っていた。勿論見た目だけ変えても振る舞いは行商人のそれとは当然異なる、だが目眩し程度の役目は果たせるだろう。煉淡のペガサスも翼を布でくるみ後は荷物などで普通の馬を装い、連れ歩いている。
皆クロードの過去の記憶を辿り、その関係者の家へと向かう。――だが。
「そうですか、お引っ越しされたのですか」
誘拐された子供の家を訪ねたが、中から現れたのは別の婦人で。その家の新しいその住人は事情を当然知らないらしく、随分急な退去だったようですよと軽く訝しみながらも教えてくれた。その後、前の事件の際にクインや冒険者らが世話になったある宿屋の老人を尋ねたが、宿の営業は既にされておらず、その一家は既に別の地に移り住んだと証言してくれた者がいた。最初は友好的であるのに、住人の消息を訪ねてきた事を知るや否や、途端に彼等は言葉少なになったり態度に不自然な点が見られた。
事情を知って、さすがにクロードが暗い顔で黙りこむ。
「‥‥これは参ったわね。事件の関係者、‥‥まさかと思うけど皆‥‥」
貞子が不快げに呟くが、最後までは言わない。だが仲間達にも、それが意味する事が察せられたのか重苦しいムードが漂った。
「下手に動き過ぎると、奴らに筒抜けになる可能性がある。やはりこれ以上はうかつに動かぬ方が賢明か」
アマツ・オオトリ(ea1842)が事前に関係者以外の聞き込みはやめようと提案していた事もあって、また皆も思うところがあった為情報収集はそれまでにしようといった雰囲気が漂う。
「‥‥ディテクトアンデッドを使ったところ、町の中に魔物が紛れこんでいるようですね」
「!」
「我々に気付くのも時間の問題かもしれない。気づかれた様子が見られたら退治しますか?」
皆驚く。皆、城での探査に気を取られていて町で魔物に遭遇した場合の事を考えていたのは煉淡一人だった。悩んだ皆に、ミーアが一言。
「えっと、提案なのですけどぉ。積極的に襲ってくる様子がなければ、今は無視しませんか〜? もし気付かれたときはその時、例え私達が城に忍び込むのを予期して待ち構え裏をかいたつもりでも、それならこちらも更に裏をかけばいいのではと」
裏? と聞き返す皆に、ミーアはちらりと笑う。
「出迎えがあるのを予期しながらも更に潜入、証拠を見つけて、尚且つ勝つという事ですよ」
●疑惑
「でもおかしい。ロゼさんの事件の後、その者達による悪事が続いたのならなぜもっと大事にならないのでしょう? いくら彼らに力があり逆らえば危険という認識があったとしても、それでも我が子が誘拐などされたら黙っていられない母親も多いでしょうに」
夜までの滞在場所に選んだ宿屋で、まず気になった点を口にしたのはルエラだ。アマツも違和感を覚えたのか、窓の外、町の様子を見ながら同感の意を示す。
「‥‥確かに。もしそういった母親達の命をすぐさま秘密裏に絶ったとしても、そうすればその家族に関わりのある周囲の者達も気付く。それが度重なればさすがに不信感が爆発して、暴動でも起きても不思議ではないような気がするが」
「暴動は起きてね―し。それどころか、俺が聞いていたより、思ったよりぴりぴりしてねぇのな、この町」
とは、紫狼が。ロゼが言っていた言葉を思い出す。彼らが繁栄する限り、魔との繋がりが断たれることはないと。
「‥‥これは推測ですが、今は『町の子供達には』手を出していないのでは」
煉淡が寝台に腰掛けながら、言う。皆が驚き彼を振り返る―――その視線を受けて彼は冷静に続けた。
「孤児院、医療施設、外から来た難民、利用するのは徹底して『騒ぎ立てる親がいない子供か、元々この町にいなかった者達』に決めたのではないでしょうか。ならば、町の者達の様子にも得心がいきます」
「‥‥街の人達は、対岸の火事という訳ですか。自分達に禍の火の粉が降りかからなければ、傍観に徹すると」
クロードの呟きに、エイジスが息をつく。
「もしそれが当たっているなら‥‥嫌な話だね」
もしそうであれば自分達に関係のない命なら奪われることを肯定した、という事になるからだ。
自分の子が傷つけられるのではないなら、見て見ぬふりをする。それで自分達の安全が護られるならば。
「なんだよそれ! むがっ」
アマツに口を抑えられ、紫狼は沈黙する。貞子がしぃと唇に指をたてた。
「孤児院や医療施設はヒースさん、ああ、マチルダ様のお知り合いですぅ。彼も入りこむ事ができなかった。だから異変が町でなくその限られた場所で起きていたのなら、町の様子も、諸々の事が外に漏れないのも不思議じゃない‥‥ということになりますね」
●商談と潜入と
本来暗闇に全てが沈んでいる時刻、その城の正門は今無数の灯りに照らされ、マチルダ達を迎え入れる為に開いた。御者を務めるレンの操る馬車事彼らは城の塀の内へと招かれる。それを確認し皆は行動を開始した。
*
潜入は二手に分かれる事で打ち合わせ済みだ。Aチーム、エイジス、アマツが前衛、後衛、煉淡と貞子。Bチームは、ルエラ、紫狼が前衛、後衛がクロードとミーアになる。アマツの最終確認に皆が頷く。
「前衛は引き受けますので、城内の道案内等はよろしくお願いいたします」
とはルエラが。勿論皆変装を解き、元の装備に戻っている。
敷地に潜入するまで同一行動だ。海を背に在る古城、ぐるりと取り囲む重厚な城壁の左奥に古びた――今は使われていない扉がある、その傍に立ち並ぶ木々に紛れて皆気配を可能な限り殺し、侵入口へと向かった。
ルエラは煉淡に、魔物の攻撃に耐性を得られるよう神聖魔法の使用を願う。皆に近寄ってもらい、グッドラックとレジストデビルを付与。中で彼の神聖魔法は大いに役立つ事だろう、けれど煉淡がソルフの実を持参を忘れていた事に気付いたのはこの町に来た後の事だった。ルエラとミーアがそれぞれソルフの実を煉淡に渡した。煉淡は恐縮しつつもそれを受取り、礼を言う。
あの時はクインが扉の鍵を開いた。だが今はその扉の前は侵入を封じるように石がうず高く積まれ、厳重な警戒が幾重にも張り巡らされていた。例えばエイジスやルエラなら、技で破壊する事も出来るが、そうすれば間違いなく気付かれるだろう。戦闘が避けられないのなら、証拠を握ってからにしたいところだ。
煉淡が闇に紛れ連れてきたペガサス、エイジスのジニール、ミーアのフライングブルーム等持ち得る飛行手段を利用し、助け合い皆壁の向こう側へと侵入を果たす。ペガサスのその姿は目立つだろう事を仲間に指摘され、その場から離れるよう煉淡は言い聞かせる。深い絆を持つペガサスは主人の意をくみ取り彼らから離れた。
さてここからが本番である、ああ見えて、マチルダだけでなくレンもまた弁が立つ。知識も教養もある彼らは、ウィザードとして間違いなく優秀であることを弟子のミーアは断言した。しかしマチルダとレンが巧みに彼らの興味を惹きつつ、話を引き延ばす事に成功したとしても計画は今夜一晩が勝負。二度の訪問は、難しい。不審がられるのは必至だ。
「城には二つの塔があるのは、皆さんに話した通り‥‥。左右の塔は、海側の城壁の上にある通路でつながってるからそこを通っていけるわ。‥‥‥‥風が物凄く強いだろうけど、いきなり城の内部を通っていくより、まだ安全だと思う‥‥」
塔を先に調べ、城の内部への潜入はその後に試みる。
以前来た時は渡り廊下へロープを使い侵入をしたが、今回はロープを持参している者がいない。それぞれ精霊など移動手段を持つ者に頼り、数メートルは上のその渡り廊下へと降り立つ。
●塔に隠された証拠
塔の入口には兵が巡回していた。彼らの姿に気付いた直後ひとりが慌てて笛を鳴らそうとするが、クロードが高速詠唱ムーンアローで攻撃、エイジスと紫狼がそれぞれ他の兵隊を気絶させる。ルエラが気絶した彼らから鍵を奪い取り、ミーアがアイスコフィンのスクロールで氷の棺に封じる。ロゼが幽閉されていた奥の塔へ向かう間際、煉淡が知り得た情報をクロードらにも教えた。
「マチルダ女史達がいる場所でしょうか‥‥城のあちこちに、さらに城のある一角に、複数の魔の存在が感知されました」
彼らのチームにはミーアもいる。
「面会の席には城主達だけでなく魔物も人のふりをして同席している‥‥? いえ、城主らがデビノマニになっていても探査魔法には引っ掛かりますよね。どちらにせよ煉淡さん、マチルダ様達が危ないってことなのですね?」
「―――はい」
「ブレスセンサーで反応する存在は我々を除いて十人程‥‥。殆どが人に化けている魔物です」
クロードが調べた事を伝える。
「ミーアたん」
「大丈夫、紫狼さん。‥‥お師匠はやると言ったことは必ずやり遂げる人なのですぅ。魔物達に危害を加えられるような事があっても、絶対に黙ってやられる人じゃありません。証拠を捜しましょう、できるだけ早く」
よろしくお願いします、とミーアは頭を下げた。
*
螺旋階段、そして幾つもある小部屋―――それは間違いなく牢屋だ。小さな窓が所々あるだけの、光が殆ど入らぬ暗い塔。見張り兵を倒し扉の鍵を奪い、煉淡のランタン、ミーアの生み出した炎で照らし、それぞれの塔を進み、独特の臭気が漂う其々の塔で彼らが見たものはここで幽閉されていたであろう者達の代わり果てた―――子供の白骨死体だった。
生存者は、ひとりもいなかった。またそれらが街の子供達ではなく、孤児や他所から来た者達であるなら遺留品を持ち出しても証拠としては使えない。
塔で囚われた子供が悲鳴を上げてもかき消される程の激しい海鳴り、食事すらも与えられず弱っていく子供達が挙げられる悲鳴などどれ程のものか、さらに城にいる兵士らも皆ゼフィロの息がかかった者達であるならば聞こえたとしても黙殺されるだろう。
―――デスハートンで魂を抜かれ死に至る、そういった事例は数多く皆知っている。だが。夥しい数の遺体を前に皆押し殺した悲鳴を上げた。
「‥‥ウェストタリス‥‥」
クロード、アマツ、貞子の三人は遠い西の地にある【虚飾の町】を思い出した。けれどそれ以上に凄惨さを感じるのは全て子供の遺体であるように見えるからか。携帯電話の写真に収める紫狼の手が震える。どれ程厳しい戦いを潜りぬけてきた者にも直視でき無い物がある、目の前にある光景がまさにそれだった。
●明かされる真実
ゼフィロの暮らしは、名のある領地の主といっても良いほどの豊かなものだ。飾られている絵画、一級品を思われる石像も、好事家として数多の品と向き合ってきたマチルダの目から見ても文句の出ない物ばかり。
広間に敷かれた上質な赤の絨毯、そこにある優美な長テーブルの中央で、今マチルダとレンは城主ゼフィロ父子と向き合い、側近や兵士らに囲まれて食事をしつつ談笑をしている所だった。
「失礼ながら、少しだけ貴女の事を調べさせて頂きました。マチルダ殿は好事家のウィザードとしてメイディアでは名の知れた方、以前は高名な冒険者してメイの各地でご活躍されていたそうですね。ご持参くださるといった品に興味を引かれたのも本当ですが、私は貴方にお会いしたかったのですよ」
どちらかといえば寡黙な父に代わり息子は快活で、マチルダに大層興味を抱いた様子だ。傍目から見ると好意しか見当たらない言動。マチルダも、華やぐような笑みで答える。
「こちらこそ、ゼフィロのご当主とご子息様にお目通り適って、光栄ですわ」
美麗な燭台に乗せられる蝋燭の明かりに、マチルダが持参した幾つものマジックアイテムが上質の箱の蓋を開かれ、ゼフィロ父子の興を多いに惹いた様子だ。
「こちらの品はぜひとも購入させて頂きたい、と言いたいところなのですが、残念ながら我々にはもう不要のものなのです」
「‥‥それはどういう?」
「とぼけなくてもよろしい」
とはゼフィロ当主が。
「最後の晩餐が貴女のような教養のあるご婦人を交えてのものでよかった。いえ貴女が来ると解ったから今夜にそれが決まったとも言えるのですが」
「‥‥?」
「マチルダ・カーレンハート殿。イムレウス子爵領、カゼッタ島を治めていた大貴族ディオルグ家の生き残りであり、現在ロゼ・ブラッファルドを名乗る娘の協力者、子爵、ひいては我が君に仇なす者達の金銭的、様々な事に関しての援助を行う者」
僅かに驚いた様子を見せ。マチルダは扇を弄びながら、言う。
「知ってるのならある意味話は早いわ。私達はあなた達の悪事を明らかにして、その地位から引きずり下ろす為に来たの。招き入れたのはどんな考えあっての事かしら?」
「貴方がたが何をしようが無意味だからお招きしたまで。なぜなら、今宵、このルジニアはこの地から消えるのですよ」
「‥‥消えるですって?」
「―――それは一体、どのような意味ですか」
今まで言葉を控えていたレンが、問いただす。
「このルジニアは来たるべき【宴】の為の贄になるのですよ。我々の命全てをかの方に捧げるのです」
父は恍惚とした表情で、若者は決意を覗かせ、はっきりと告げる。
さしものマチルダも絶句する。
「生贄‥‥?」
何が。
―――この町、全てが?
「正気なの?」
彼等は黙して語らない。だが口元に浮かぶ歪んだ笑みが意味するところは。動き出した兵士に、レンが素早く気付き、素早くマチルダの手を引き立たせる。
「マチルダ様!」
「マチルダ殿、我々の一族には古くからある言い伝えがありましてね?」
「‥‥」
「我々が更なる力を求めてある招喚の儀式を執り行ったのです。そうしたら、言い伝えは真実である事が解った。その大いなる存在は無垢なる子供を捧げる事で招喚に応えこの城に降り立ち、更にある一定の命を捧げる事で我が一族の後ろだてとなる事を約束してくださいました」
「それが、邪聖の導師?」
「ふふ‥‥。言い当てたのは、あの占い師の娘ですか?」
「‥‥‥」
「はは、その様子だとどうやら正解のようだ。あの時も思いましたが死んだ筈の娘、利用価値についてなど考えず、やはりあの時、―――ここで、この手で殺しておくべきでしたね」
「力が欲しくて魔物と関わったんなら、自分達まで滅んだら本末転倒じゃない! 自分達も生贄になるって意味解って言ってるの!?」
若者は青ざめた顔に、薄ら微笑いを浮かべた。
「城の中に入った彼らには、他の魔物のお相手を願いましょう。その間、我々は邪気を振りまく者達の手で住人らの魂を奪います。もっと沢山お話したいのに残念ですが、そろそろお引き取り願いましょう」
生じる漆黒の光。ゼフィロの父子はその場に崩れ落ちた。
彼らの頭にしがみ付いていたのは翼ある鬼。にやりと笑うそれは、父子の魂を握り。その喉元を鋭い爪で掻き切り、絶命させた。
●脱出
城中に魔物の気配がする、と煉淡が告げていた通り。塔より城内部へと潜入を試みた彼らの前に、ある時を境に急に魔物が姿を次々と現し始めた。先程まで静寂が嘘のような有様だった。見つかった場合を想定して対策を考えていた貞子、体を透明化する飴などを使用していた紫狼だったが、戦闘を避ける事は出来ず各々の武器と魔法でその場を切り抜ける事になった。
翼ある灰色の肌の鬼、首に縄をかけた幽鬼のような月魔法を操る男達。メロディが響き渡るが、皆精神攻撃の影響は受けない。エイジスはスマッシュEXで下級の魔の体を打ち砕き殲滅していき、心を決めてアマツもまた愛刀で敵を切り裂き、その命を絶つ。貞子が高速詠唱のアイスコフィンで魔物を封じ、煉淡もまた時にホーリーフィールドで仲間を庇い、熟練を極めた神聖魔法ホーリーを放ち、聖なる光で魔物を倒していった。機動力、技、高速詠唱で敵に先んじて攻撃、脇からダメージを受けても致命傷にはならない。激しい戦闘の中倒れた石像が魔物に当たる、攻撃が立て続けにきまる等、グッドラックの効果もまた見受けられた。
一方別班も魔物の襲撃を受けていた。一匹一匹は弱い魔物なれど数が多い、だが隠密は不可能と悟った彼らもまた戦いに身を投じる。
「ルケーレ!」
アイギスの楯での防御とカウンター攻撃スマッシュを合成させ、騎士として卓越した能力を誇るルエラは前衛で皆の文字通り楯となる。だが紫狼もまた遅れはとらない活躍ぶりを見せる。
ある場所で磨いてきた武術の腕を仲間を護る為に振るった。
後方からクロードがムーンアローで援護、ルエラの窮地を高速詠唱ホーリーフィールドで護る。狭い場所故他の者達の身に被害が及ばぬよう、注意しながら離れた場所にいる魔物にファイアーボムをぶつけ、通路を塞ぐ炎は消火の術でかき消し、スクロールのアイスコフィン等も使用しミーアもまた懸命に援護を行う。
そう、皆の鬼神の如き戦いぶりを前に、下級の魔ごときが足止めを出来る筈もない―――。その時ミーアに、マチルダより連絡が入った。
*
「――どうしました?」
通路の魔物を倒し。クロードの問いにミーアが弾かれたように顔を上げ、答える。
「あのっ、今マチルダ様からテレパシーが。マチルダが、皆さんに急いで城を脱出し町の人達を助けてくれるように伝えろと」
「町? 今、町で何か起きているのですか?」
声を殺したルエラの問いに、ミーアは忙しく頷く。
「行けば判る、詳しい理由は後で話すから急いでくれと」
クロード、紫狼、ルエラが顔を見合わせたが。クロードがテレパシーで別行動をしている皆に思念を飛ばし要件を伝えた。持ち出せる証拠はないが、あの塔に山積している白骨死体こそが、何より雄弁に彼らの悪行を物語る。自分達と縁のない子供だからといって町の者達が目を背けようとするのは許さない、信じられないというのなら彼らを連れて来てあれを直視させるまでだ。
「マチルダ様の様子がおかしい‥‥ただ事じゃないです、急ぎましょう!」
●絶望への
城内に残る魔物は、一騎当千の戦闘力で敵を殺戮する―――狂化を起こしているエイジスに殲滅を任せ、ルエラのレミエラ使用のソニックブームとバーストアタックにより城壁を破壊し、外へと抜け出、急ぎ他の皆は町へと向かった。クロードのテレパシーで合流し、煉淡が再度グッドラックとレジストデビルをかけ直す。町へと到着した彼らが目にした光景は、地獄絵図といっていいものだった。空を覆う夥しい数の邪気を振りまく者、その手に握られた白い球。体当たりで、或いは鈍器を使い家の窓を破壊し侵入し、人々の魂を奪っていく。家を飛び出し逃げ出した者が道に倒れ伏し、他の者がその体を踏みつけ町の外を目指していくが、皆思うように進めていない。奇妙な程陽気な笛の音がどこからともなく響き渡り、踊り出すものが続出した。人が魔物に襲われ次は我が身が危うい中狂ったようにステップを踏む彼らは涙を流し、恐慌状態の中何かを騒ぎ立てていた。
レジストデビルで魔物の精神攻撃を防ぎつつ、皆片っぱしから魔物を退治していく。どれ程皆が高い能力の持ち主だろうと、混乱は隠せない。この町の今の状態は間違いなく、異常だった。一体、一体何が、起こっているのか。
「上空に――――邪気を振りまく者ではない、何か別の魔物がいます!」
喧騒の中、煉淡の声を比較的に近くにいた者は拾えた。その示す先。視力の良い者は虚空に黒い光に包まれ浮遊する、人型の魔物に気付いた。高速詠唱で煉淡がホーリーを、クロードがムーンアローを、マチルダがファイアーボムを力のある限り連続で叩きこむ。空中で爆発を起こし飛び散った強烈な光、けれどその煙幕の中から皆に降り注いだのは黒炎の雨、其々を射抜く銀色の矢。爆発する影に、皆吹き飛ばされ地面に叩きつけられ、ある者は受身をとる。
タリスの砦に行った者には聞き覚えのある響きの、場違いな程に優しげな声が降った。
「ゼフィロの秘密を暴き、証拠でも押さえて町の者達を救おうとしましたか」
黒い怪火で炎上する町、その光に照らされ女と見紛うばかりに美しい魔が楽しげに問いかけてくる。
傍に浮遊する旋律を奏でる者が演奏を止め、控える。余計にその声はよく通り、辺りを圧した。クロードが怒鳴る。
「塔で子供達の死体を見つけました。あれは孤児か難民の子供達のものですか」
「謎のままでは後味が悪いでしょう。ええその通りですよ。けれど、それを知ったところでその町そのものが消えうせるのならどうします? ゼフィロの者達は我々と契約し他者を圧倒する力を得る代わりに、必要な時、未来において我らが望むものを捧げる約束をしました。今宵、この町は我々に捧げられる贄になるのですよ。遠きかの地で蘇る方の為に」
冒険者らが城で敵を葬る間に、町では夥しい数の魂が奪われただろう。倒しきれなかった下級の魔物が翼をはためかせ舞い上がっていく。その手には魂を握り遠き地の、イムレウス子爵領へ。
「‥‥‥‥お前達が来た事でこの町の寿命は縮まったのですよ。この町の利用価値を思い出させてくれた事には感謝しますがね、愚かな正義感故にしかけてきたゲーム、我々の勝ちです」
青ざめ言葉を失ったマチルダを庇うようにミーアが進み出て声を荒げる。
「詭弁です! マチルダ様が、皆さんがこなくても、貴方は遠からずこの町の方達をくだらない計画に利用しようとしたに違いありません! 責任転嫁をしようとしても騙されるものですか!」
「ミーアの言う通り、皆惑わされますな。何を言っても彼らがした事が消える訳ではないのですよ」
にや‥‥と男は微かに笑う。予期せぬ事態に、思わず呆然と凍り付く皆のもとに城から駆けつけたエイジスが、既に剣を鞘から抜き放ちウィングシールドで邪聖の導師の元へ凄まじいスピードで飛翔し向かっていく。立ち塞がる厳めしい武人風の男と組合い、激しい空中戦を繰り広げる。エイジスの実力が上と思われたが、旋律を奏でる者の後方からの援護、冒険者らの攻撃を邪聖の導師が黒き炎の結界で阻む。
「―――うん、旋律を奏でる者や、マリに言わせるならば、これは【絶望への序曲】といったところか。残念ですがお前達との戦いは、今暫くお預けです」
仲間達の攻撃を防ぎ切り、三体の高位の魔物は姿を消した。
「なんて事‥‥!! でも、―――デスハートンなら肉体は無事かもしれない。お願い、可能な限り助けて!! 怪我人は治療を、レン、動かせる者達は安全な場所へ避難させて。私とミーアは消せるだけの火を消すわ」
皆力強く頷き救援活動に奔走した。煉淡のリカバー、クロードの治療を中心とする、皆の不眠不休の救援の努力の甲斐あって、朝陽が差し込む頃には町は一応の落ち着きを取り戻していた。レンが万が一皆が怪我を負った場合の為にもちこんだ、多数のポーションやソルフの実もまたかなりのところ役に立った。破壊された家屋、荒れ果てた町の惨状の中、死者は驚く程に少なかった。けれどデスハートンの被害はもはや―――数えきれない程。かつてのロゼの身に起きたかのような、生気を失った脱け殻のような肉体が残されていた。
「マチルダ様‥‥あのっ、少し休まないと」
「ごめん、暫く一人にして」
塔で死んでいった子供達はこの、悲惨な町の状況を知ったら何を思うだろうか。冒険者らは思った。―――自分達の命と引き換えに平穏を手に入れていた者達の住んでいた町の破壊を見たら、何を。