狼よ、再び
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■シリーズシナリオ
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜4lv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月30日〜04月04日
リプレイ公開日:2005年04月07日
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●オープニング
ポタリ。
銀色の髪の青年がよろめく足を踏み出した。その度に、ポトリ、と鮮血が滴り落ちる。
袈裟に切り裂かれた背の傷口は刃によるものだ。かなり深手に見えるが――しかし、青年の歩みはとまらない。
ここで、倒れる訳にはいかぬ。
血の跡をひきつつ、闇の深淵に沈みそうになる意識を奮い立たせて、ひたすら青年は前を目指した。ただキャメロットへと――
「やめてっ!」
悲鳴をあげたのはスミレの花を思わせる可憐な娘だ。
その華奢な体を抱き寄せると、脂ぎった顔の男は、ヒルに似た舌を彼女の頬に這わせた。襟元から潜り込ませた右手は娘の乳房を弄んでいる。
他の男達も、それぞれに村の娘達を組みしいていた。幾つもの悲鳴と哄笑が重なり合い、さながら地獄絵図のようで――
くくく、という忍び笑いに、娘を抱き寄せていた男――グリプスが問うた。
「なんだ、ギュレン?」
「村から一人、抜け出た者が」
先ほどまで何もなかった闇の空間に、男が一人。寸瞬前まで虫の姿に変形していたとは思えぬほどの巨躯の男――ギュレンという。
「しかし、始末はつけた」
「殺したか」
「背に一太刀」
「そうか」
頷くグリプスは、すぐに、
「お前がこっちに来て、村の見張りは大丈夫なんだろうな?」
「バスク達がいる」
ギュレンの応えに、グリプスは口の端をゆがめた。
「あの三人か――奴らは血の気が多い。無茶をしなけりゃ良いがな」
「村人の心配か。似合わぬことを」
「ふん。そうじゃねえ。野郎はいくら殺してもかまわねえが、女は別だ。下手に傷でもつけられたら値が下がる」
グリプスがニンマリした。ややあって、背後のギュレンの口の端もキュッとつりあがる。喜悦の笑みだ。
刹那――
吹く風に蝋燭の火が揺れ、壁に映る男達の影が踊った。それは不気味でおぞましく――
悪鬼達の饗宴が始まろうとしていた。
「もう我慢できねえ」
棒を手に、若者が部屋を飛び出そうとした。
その前に立ちはだかる少女が一人。短髪の凛とした娘だ。
「だめよ」
「とめるな、セシル!」
若者がセシルと呼ばれた少女を睨みつけた。が、セシルに怯む様子はない。
「アルセル。貴方が行ってどうなるの?」
「どけ! こうしてる間にも、ノリアがどんなめにあっているか――」
若者はキリキリと歯を噛み鳴らした。ノリアとは彼の恋人の名である。
「気持ちは分かるわ。でも、無理よ。一人で何ができるの? ノリアを助けるどころか、見張りの連中すら弊せやしないわ」
セシルの言葉に、若者の面を暗澹たる翳が覆った。五人の見張りの残虐さは骨身にしみている。しかし、
「じゃあ、このまま指をくわえて見てろっていうのか。愛する者が嬲られるのを!」
血を吐くような若者の言葉に、背後に佇む幾つかの影も頷いた。若者と同じく愛する者をさらわれた他の村人達だ。
「もう何人も攫われた。恋人、妻、娘。こんな貧乏な村から奪うものは女だけだ。奴等はそれを知っている。女を玩具にするのに飽きたら娼館にたたき売り、また別の女を連れ去るつもりなんだ!」
「だから、兄さんがキャメロットに向ったわ。冒険者ギルドに助けを求める為に」
「ばかな――」
若者が口をゆがめた。
「あの五人の眼から逃れて、村から抜けられるものか。たとえ抜けられたとしても、冒険者ギルドが助けてくれるはずがない」
「そんなことはないわ」
懸命にセシルはかぶりを振った。が、若者は嘲笑で報いた。
「ふん。お前は何も分かっちゃいねえ。世の中ってのはな、金が全てなんだ。金がありゃあ、命すらも購える。――セシル、マットはいくら用意したんだ」
若者の問いに、セシルは面を伏せた。それが応えだ。
「その様子じゃ、どうせ文無しだろう」
俺達にそんな余裕はねえと、若者は自嘲した。
「そんなもので、あの山賊どもから村を救おうなていう酔狂な奴はいねえ。そんな奇跡みたいな事が起こるはずがねえんだ」
叫び、飛び出そうとする若者を、セシルは両の手を広げて制止した。
「だめ、行かせないわ。兄さんが帰るまで、待って!」
「云っただろうが。そんな奇跡みたいことは起こらないって!」
「奇跡――」
若者の言葉の断片を、セシルは繰り返した。その眼が遠くを見るかのように細められ、睫が伏せられる。
「あの時――」
ゆっくりとセシルは言葉を押し出した。
「ゴブリンに襲われた村から少女が助けを求めてきた時、誰もお婆さんの言葉を信じなかった。気高き者の存在を告げる言葉を。そして嗤ったわ。ゴブリンに襲われた村を無償で救う者などあるはずがないと‥‥。わたしもその一人だった。でも――」
セシルははっしと眼をあげた。その眼に異様な光がやどっている。
「でも、彼らは――狼は来たのよ。少女と村を救うために!」
云い放つと、セシルは腕をあげた。若者達の眼前に伸ばした四本の指を突きつける。
「あと四日――あと四日だけ待ってちょうだい。そうすれば、わたしたちは――」
己自身の言葉を確かめるように、セシルはゆっくりと口を開いた。
「奇跡を見ることになるわ」
亡くなる前にマットという若者が告げた言葉。それは依頼書へと変じ、冒険者ギルドの壁に貼りつけられた。
幾許か後――
一つの手がのび、依頼書を引き剥がした。そして幾つかの影が冒険者ギルドを後にした。
かくして狼は再び立ちあがったのである。
●リプレイ本文
疾る鉄は花吹雪を鮮血に染め、吹きすさぶ風雪は牙を凍らせる――
悲鳴が響き渡った。
「あれは――リーア!」
雷に撃たれたかのようにアルセルが立ちあがり、部屋を飛び出した。あとをセシルと他の村人達が追う。
村の中央広場――そこに二つの人影がもつれあっていた。一つはリオルゲという賊の一人であり、もう一つは綺麗な金色の髪の娘だ。
「貴様――リ―アに、妹に何をする!」
その絶叫に、リオルゲの足がとまった。うるさい蝿でも見るようにアルセルに目を向ける。
「なんだぁ? せっかく味見をしようと思ったのによ」
「き、貴様――」
憤怒に身を震わせて、アルセルが棒をかまえた。が――
「ガキ共がどうなっても良いのか?」
声に、アルセルが凍りついた。
その様を嘲笑いつつ、リオルゲはリーアのスカートをまくりあげた。リーアの顔が恥辱に歪む。
「もう、我慢できねえ」
「アルセル、だめ」
制止するセシルをアルセルが振り払った。
「放せ! 奇跡なんか起こらねえんだ!」
叫び、アルセルが棒をふりあげた。
刹那、風が唸り、アルセルの腕から血がしぶいた。
呆然と立ちすくむアルセルの前で、転がる棒を踏みつけたリオルゲの肩に一羽の鷹がとまる。
「くくく。馬鹿が」
口の端を鎌のように吊り上げ、リオルゲはリーアの顔をアルセルの方にねじむけた。
「退屈していたところだ。妹の眼の前で嬲り殺しにしてやるぜ」
酷薄に歪んだ口に指をあて、リオルゲは指笛を響かせた。
と、疾風のように駆けて来るものがある。黒い獰猛な犬だ。狼ほどもある犬は、容易くアルセルの身体を引く裂くだろう。
「や、やめて!」
セシルの哀訴を嘲笑うがごとく、再びリオルゲは指笛を吹き鳴らした。残る二体の刺客を呼び寄せる為に。が――
爪が地を掻く音も、空をうつ羽音も聞こえぬ。ただ寂たる風音だけが――
「おかしい。バスクでなくとも、呼び寄せるくらいは――」
わずかに眉をひそめるリオルゲは、三度指笛を鳴らそうとし――彼は動きをとめた。
リオルゲの鋭敏な感覚は、村の入り口から近づいてくる凄絶な殺気を捉えている。
凄愴の気をはらんだ風は砂塵を舞い上げ、紗のベールの彼方に――立つ影が三つ。
「いくら呼んでも、犬も鷹も来ないぞ」
嘲弄の響きをおびた声は、影の一つ――不敵な笑みをうかべた美しい娘の口から流れた。
「な、なんだ、きさまら――」
問うリオルゲに、抜き身の刃のごとき美影身――フィリス・バレンシア(ea8783)はさらりと応えた。
「冒険者」
それは――
その声は鐘の如く村人の胸に響いた。村人の、セシルの待ち望んでいたものの到来を告げる鐘の音――
ここに、奇跡の刻は訪れたのである。
「やっぱり――狼は来てくれた」
泣き崩れる娘が一人。セシルである。
その肩に、冒険者の一人がそっと手をおいた。深く被ったフードから輝きもれる美しさは、人のものというより天上に属しているような――
「私は、狼と呼ばれるに値するほどの者ではありません。しかし、助けを求めた手を取り、握り返すくらいのことはできます」
セシルに微笑みかけ、そして後、エルマ・リジア(ea9311)は、蒼い炎を宿らせた眼をリオルゲに転じた。
すでにアイスブリザードで犬の一匹を屠っている彼女である。罪のない動物といえど、人を襲う事を覚えた犬を生かしておくわけにはいかぬ――その哀しみも、彼女は賊に対する怒りに変換させていた。
「盗賊で人攫いか‥‥どちらにせよ下衆には違いない。今までの報い、その身で受けると良いさ」
剣を抜き払ったフィリスは、リオルゲから建物に眼を移した。周到な彼女は、すでに賊の数と位置を確認している。
「ふふふ」
苦笑が流れ、建物から二人の男が姿を現した。残る賊――バスクとジオスだ。
「どうやら、俺達の居場所も気づいていたようだな」
バスクが剣を抜き払った。それが合図であったか、犬と鷹が一斉にエルマ達に躍りかかる。が――
数歩いきかけて、犬の足がとまった。
鋭敏な犬の感覚はとらえていたのだ。吹きつける灼熱の殺気を。
犬の足をとめた殺気の主――三人目の影であるガルム・ガラン(eb0977)は獰猛な笑みをうかべ、呟いた。
「派手に暴れるとするか」
少し前――
疾風と化した影が、村から滑り出ると、樹間の茂みに飛び込んだ。
巨躯でありながら、その身ごなしは猿のごとし。くノ一、緋芽佐祐李(ea7197)である。
「どうです?」
声に、忍びというより、むしろ姫君といっていい清楚な面を佐祐李は振り向かせた。そこに身を伏せているのは風よりもなお涼やかな美丈夫――ユイス・アーヴァイン(ea3179)だ。
「賊と村人の位置は掴めましたか?」
問うユイスに、佐祐李は頷いた。
「大体は――犬と鷹の数が減っていたので助かりました」
この時、すでに鷹は佐祐李の手裏剣で、犬はエルマのブリザードで屠られている。と――
「何処にでも居るもんだな、こういう手合いは」
押し殺した声がした。それが強いて情動を抑えつけたものであることは、声の主の身体が怒りで震えていることからも窺える。
「色々嫌な事を思い出させてくれる」
吐き捨てるように呟いたのは、全身を布で覆い隠し、面だけを露出させた若者だ。名をアルカーシャ・ファラン(ea9337)という。
彼の脳裡をよぎるものは、彼を勇者と呼んだ少女のことだ。その少女もまたモンスターにさらわれ、また彼自身も賊に拉致された過去を持つ。
常に傷つくのは弱き者。ならば――
「命を懸けて伝えた危機、その声に答えてやりたい」
「相変わらずだな」
冷笑を返した者がいる。
しなやかな美獣のごときフレドリクス・マクシムス(eb0610)だ。彼はファランとは顔見知りであった。
「お前も変わらぬすね者ぶりだな。なぜ、この依頼を受けた?」
「ふん。少しばかり、信用を取り戻さなければならん理由が有ってな」
冷然たる語調だ。が、その身裡に誰よりも熱い想いを抱いていることをファランは知っている。
その二人のやりとりを眺めていたユイスが身を起こした。
「とにかく、やるれるだけ頑張りましょ〜」
「そうです。村人達の苦しみの代価、山賊達の命で支払ってもらいます」
頷く佐祐李に、ユイスはクスリと微笑み返した。
「罪は罪、罰は罰、と言う事ですね」
四つの影が交差した。
地を疾る牙、そして空を飛ぶ爪も共に瞬速。が、返すフィリスとガルムの刃はさらに迅かった。
血飛沫をあげて地に弊れる犬と鷹を見下ろすように、血塗られた刃もつコナン流の剣士二人。
「野郎――」
絶叫とともに、バスクとリオルゲが抜刀した。
中天に煌く凶刃は二つ。対する破邪の剣は真紅に染まり――
「どうだ?」
マクシムスの問いに、ユイスはふんわりと頷いた。
「広場の人達を除いた村人達は逃がしました。しかし――」
ユイスが言葉を濁した。あまりの呆気なさに、さすが物に動じぬユイスの胸にも、この時陽炎のように漠たる不安が揺らめいたのだ。
「残るのは、ここだけですね」
佐祐李が建物の裏口に手をかけ、開く。
「あっ」
思わず声をもらす佐祐李の視線の先――部屋の中央に数人の子供達が転がされていた。全員手足を縛られ、猿轡まではめられている。
「なんて酷い――」
踏み込もうとして、佐祐李の足がとまった。ふっと冷気の一滴のようなものを彼女は背に感じたのだ。
それは幾つもの修羅場を潜り抜けてきた、忍びとしての本能が知らせたものであるかも知れぬ――そろそろと足を戻した佐祐李は見た。子供達が激しく首を振るのを。
「どうした?」
問うマクシムスに、佐祐李は青ざめた顔を向けた。
「どうやら罠が。おそらく魔法のトラップ――」
「少人数で村人を監視、支配下に置くには何か手をうっているはずと思ったが――」
ファランが唇をかみ締めた。
が――
「大丈夫ですよ」
ユイスが微笑を深くした。その手にはアースダイブのスクロールが一つ。
「私が地から潜り込み、子供達を放り投げます」
自らの案だが、クスリとユイスは笑った。相変わらずのマイペースだと友人のフォウラ・ラディエンスなら云うだろうと想像したのだ。
「よし、僕もいこう」
ファランがフードを被りなおした。
その肩をマクシムスが掴む。
「急げ。ガルム達が心配だ」
「動くな」
ねっとりとした声に、バスク達の刃をはじき返したフィリス達が凍結した。サメの笑みを浮かべたジオスがリーアの首にダガーの刃をあてている。
「もう遊びは終わりだ。動けばこいつの命はねえぞ。おい」
ジオスがエルマに眼を向けた。
「お前はこっちに来な」
ジオスが顎をしゃくった。
一瞬の逡巡の後、エルマは強張った面を俯かせ、足を踏み出した。ジオスに向かって。
「こんな上玉が手に入るとはな」
舌なめずりするジオスの眼が、この時細められた。
この小娘、光をおびてやしねえか――
「貴様!」
ジオスのダガーが疾るより早く、エルマの繊手がリーアの身体に触れた。刹那、蒼い氷光が渦巻き、リーアを氷柱の人とする。
が、ダガーの一撃をうけて、エルマは身をのけぞらせた。かすり傷だが、続くリオルゲの一撃は致命の殺気をおびている。エルマは避けもかわしもならぬ剣風の圏内にあり――
その時、風が暴虐の牙をむき、エルマ達の身体を宙に舞わせた。
十数メートル吹き飛ばされたあと、賊は地に叩きつけられ、エルマはがっしりとした腕に抱きとめられた。
「あやつ、たおやかな風情に似合わぬ無茶をする」
エルマを抱いたまま苦笑を浮かべるガルム。その視線の先で、秀麗な風の魔導士が手を振っていた。
「くそっ!」
ようやく身を起こしたリオルゲが刃を奮った。地に這っていたとは思えぬ鋭い一撃だ。
が、盾ではじいたフィリスのカウンターはさらに鋭く――血煙をあげて、リオルゲが崩折れた。
ほぼ同時に、ジオスも苦鳴をあげて弊れ伏している。瞬速無音の佐祐李の手刀の一撃によるものだ。
そして、独り立つバスクは――
「な、なぜ、おめえらのような手練れが、こんな貧乏な村を――」
信じられぬものを見るように呻いた。
「助けを求める者がいる。命を賭して託した願いがある。儂ら冒険者という名の牙を奮うのに、これ以上の理由はいるまい」
淡々と応えるのは心優しきドワーフだ。
おぬしもそう云うに違いない。ガルムの脳裡に浮かぶのは友人の王零幻だ。
その応えに逆上したか、バスクが躍りかかった。
ガルムではない。村人達に向かって。
が、その眼前に立ちはだかる影一つ。黒狼の如きマクシムスだ。
「女子供の陰に隠れなければ、まともに相手が出来んのか?」
「ほざけ!」
絶叫とともに二つの影が交差した。
技量は互角。しかし――
バスクの刃は空をうち、マクシムスの手刀は敵の鳩尾を貫いている。
独り、マクシムスのみは気づいていた。燐光に包まれたファランがニヤリと笑みを浮かべていることに。
泣き伏すセシルをファランは痛ましげに見つめた。
彼女の手には兄の遺髪が握られている。佐祐李より手渡されたものだ。
「儂は戦う以外の術を知らぬ、すまんのぅ」
うなだれるガルムを、セシルは泪溢れる眼で見上げた。
「いいえ、貴方達のおかげで、兄の死は――」
その震える肩を、そっとエルマが抱きしめた。
一人の若者の想いは無駄ではなかった。それでも――
哀しみに沈む冒険者達。が、同時に彼らは次なる戦場が待ちうけている事を承知している。
さらなる過酷な戦場が――