●リプレイ本文
「あとは根城か。攫われた、となるとどういう目に遭っているか‥‥」
沈痛な声がもれた。目深にかぶったフードの中で、よく光る眼を伏せたアルカーシャ・ファラン(ea9337)の声である。
彼自身、その身と心に無数の傷を負ってはいるのだが‥‥なればこそ、なおさら攫われた娘達のことが気がかりなのだ。
青ざめた顔で頷いたのは巨躯でありながら、そうと思わせぬほど清純可憐な緋芽佐祐李(ea7197)だ。
「一刻も早く救出しなくては‥‥村を解放しても、攫われた女性達を取り戻し、山賊達を殲滅しなくては成功ではありませんからね」
佐祐李の視線は、戒められ転がされているバスク達を捉えている。クウェル・グッドウェザーや李飛が連行を申し出てたいたが予定がつかず、こうしている訳だが――仲間達の事について尋問を重ねたのだが口が堅く、未だ有効な情報は得られていない。
が――
憐れな村娘達の事を思えば、もはや躊躇している場合ではない。彼女達の為なら、喜んで手を汚そう。
佐祐李は部屋の中に踏み入ると、ジオスの傍らにかがみこんだ。
「まだ口を割る気にはなれないみたいですね。なら――」
佐祐李は忍び刀を抜き払った。百合の花のような微笑を浮かべ、ぞろりとした刃をそろそろとジオスの股間に近づけていく。
「貴方の大事な所を切り落してから話をしましょうか?」
佐祐李の眼が、ジオスのそれを射た。蒼い炎の揺らめく眼が。
と、横からのびた手が、佐祐李の腕を掴みとめた。
「貴方が手を汚す必要はありませんよ」
ふうわりと笑うユイス・アーヴァイン(ea3179)の手には、一巻のスクロールが握られている。やれやれとばかりにこめかみの辺りをかく彼は、
「まぁ、盗賊さん達にはそれ相応の『報い』とかいうモノを受けてもらいましょ〜」
この世のものならぬ絶叫があがった。涙と涎を垂れ流しながら、のたうち回っているのはジオスだ。
彼は他者には分からぬ何かを見、何かを感じ取っている。
その様を天使の微笑で眺めていたユイスは、次にバスクに眼を向けた。
「さて‥‥話していただけますよね〜?」
悲鳴の響く建物をちらりと振り向くと、女豹を想起させるしなやかな肢体の女戦士――フィリス・バレンシア(ea8783)は、隣に佇むガルム・ガラン(eb0977)にぼそりと尋ねた。
「殴り飛ばしそうなんで任せたが‥‥イリュージョンのスクロールを使ったはずだな。何を幻視させているのだ?」
「分からん。が、ユイスとやら‥‥あ奴だけは敵にまわしとうはない」
再びあがった悲鳴に、ガルムは剛毅な面をしかめた。
「とにかく、これで住処の場所は知れる」
第三の声は、建物に背をもたせかけた黒影からした。美獣――フレドリクス・マクシムス(eb0610)だ。
「あんたか‥‥」
言葉を紡ごうとして、フィリスはマクシムスのうかぬ表情に気づいた。
「どうした。柄にもなく武者震いか?」
「いや、何やら胸騒ぎがとまらん。どうもこの手の予感は外れた試しが無いんでな」
舌打ちするマクシムスに、ガルム達は顔を見合わせた。
木立の中を、疾風のように駆けぬける無音の影一つ。麗しきこと、まさに金狼――アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)だ。
彼女の眼前には幾つかの小屋――バスク達から聞き出した賊の住処がある。彼女の目的は、その偵察であった。
その時、血を吐くような女の悲鳴が響いた。
小屋からだ。おそらく攫われた娘のものだろう。
思わず身を乗り出しかけて、慌ててアレクセイは身を伏せた。
動物の鳴き声を耳にしたからだ。警戒せよ――佐祐李とかねて合図の連絡手段である。
「必ず助けます。もう暫くの辛抱ですからね」
なおも響く悲痛な声に、アレクセイの眼は異様な光を放ち出した。
頬を上気させて、村の若者達が我先にとまくしたてている。
彼等の述べているのは「残る賊の様子」と「囚われた娘達の特徴と人数」であり、そしてその憧憬に近い眼差しの先にあるのは――天使の如く愛くるしい美少女、エルマ・リジア(ea9311)と豊満華麗なフィリスであった。
「――消えた?」
一人の若者の言葉をエルマが聞きとがめた。
「あ、ああ。でっかい男が、建物の中から忽然と‥‥」
「‥‥?」
エルマが長い睫を伏せた。
建物の中から消えうせるなどという芸当は魔法としか思えない。と、なると‥‥
突如わいた喧騒に、エルマは夢から覚めたような眼をあげた。
村の広場に押し問答をしている集団がある。ガルム達数名の冒険者と棒きれなどで武装したアルセル達だ。
「一刻も早く助けたい、その気持ちはわかる。だが、無闇に奪還に向かえば、手も足も出ずに返り討ちにあうが関の山じゃ」
懸命に押し止めるガルムだが、アルセル達に聞き入れる様子はない。
「だからって、このままじっとしてなんか――」
ガルムを押しのけようとするアルセルの頬が、この時、高らかにはためいた。閃いたのは――セシルの繊手だ。
「いいかげんにしないさい! 兄の願いに応えてくれた、この人達――風のように迅く、炎のように猛き彼等を、あなたは信じられないの!」
セシルの叱咤に、アルセルが力なくうなだれた。
その肩を、力強く叩く者がいる。ファランだ。
「あんたらが手を汚すまでもない。血に汚れた手では、子供や恋人と手を繋げまい」
そうだ、とガルムもまたアルセルの肩に手をおく。
「儂らが預かってゆこう。おぬし達の想い。そして伝えよう、その言葉を」
「娘さん達はいないみたいですよ」
透視を終えたユイスの声に、氷の面に炎の魂を宿したマクシムスが頷いた。
「思い上がったケダモノ共、さっさと仲間の居る所に送ってやるとしよう‥‥地獄へとな」
「これで奴らとも終わりにしたいところだけどね」
呟くフィリスは、戦い慣れた彼女らしく、すでに賊の配置などは確認を済ませている。
「頑張りますか〜」
ゲームでも始めるかのようなユイスの柔らかな声に、必死に狂化を抑えていたファランは、瞑っていた眼を開いた。
乾し肉を酒で流しこむと、賊の一人が立ちあがった。ただれた笑みをうかべているのは、すでに娘を抱いてでもいるつもりなのだろう。
刹那――
入り口のドアが開き、賊が吹き飛んだ。一瞬呆然とし、しかしすぐに中央に座した巨漢――グリプスはドアの向こうに佇む影を見とめ、喚いた。
「な、何だ、てめえら!」
「死神だ」
冷然と告げると、マクシムスが屋内に滑り込んだ。疾る二条の光芒は、瞬時にして賊の二人を薙いでいる。
同時に左右に別れた瞬影――フィリスは容赦ない閃光の一撃を賊に叩きこみ、ガルムの剣は雷の如く賊を撃つ。
「さあ、懺悔の時間だよ」
不敵に笑うフィリス。呼応するガルムもまた凄絶な笑みを浮かべた。
「ぬしらの牙が暴虐を尽くすためにあるならば、儂らは誰かを守り助ける為に振るう牙――冒険者じゃ!」
「!」
春花の術で見張りを黙らせた佐祐李は、小屋の内部を一目見て息をのんだ。
全裸に近い状態で放り出された娘達。すすり泣く者もいれば、呆けてしまっている者もいる。
人はここまで惨くなれるものなのか――
「助けにきました――」
アルセル達の名をだし、娘達の動揺を静める佐祐李。アレクセイはただキリキリと歯を噛みながら、娘達を包むシーツ――寝床代わりに干草に被せてあった――を用意している。
「狂犬退治も大事ですが、早くこの女性達を自由にしないと」
「正念場ですね」
優しきエルマが娘達の為にポーションを取り出そうとした、その時――
苦鳴をあげて佐祐李が倒れた。
何がどうなったのかわからない。とっさに駆け寄ったアレクセイは、狼狽の視線を周囲に走らせる。
「な、何が――」
「!」
ハッとエルマが瞠目した。村の若者の言葉を思い出したのだ。
「魔法を使う者が――」
言葉を終えるり早く、背後からのびた手がエルマの首を掴んだ。
刃が唸る。空を灼く一撃を、しかしフィリスは盾で受け流し、返す刃はさらに鋭く賊を薙いだ。
攻防はすでに小屋の前へと移っている。
ファランとユイスの戦闘魔法の援護を受けているとは云え、倍の敵には抗しきれず、軽傷ながらも冒険者達は満身創痍だ。特に敵の首魁――グリプスの相手をしているガルムの傷は深い。が、ガルムの満面を彩るのは血笑だ。
「儂が傷つき倒れようとも、それは儂らの負けにはつながらん。それが仲間じゃよ」
ガルムの凱歌にユイスが頷いた。
こちらの方も上手く持ちこたえませんと〜――
あくまで涼風のような風情の彼だが、この時、薄墨のような漠たる不安を覚えている。
いやに救出が手間取っている――
「グリプスの予感が的中したか――背の太刀を抜けば、この娘の首をへし折るぞ」
エルマの細い首をがっきと掴んだ巨漢――ギュレンの恫喝に、アレクセイの手が凍結した。
鯉口を切る音一つで、眼前の凶漢は躊躇なくエルマを縊り殺すだろう。が、刻はかけられぬ――
瀕死の佐祐李に想到して、アレクセイの美しい貌が焦燥に歪んだ。
その時――
エルマの繊手が上がり、ギュレンの手を掴んだ。
「何の真似だ小――」
嘲弄の声は途中で途絶えた。瞬時に紡がれたエルマの呪が氷流を呼び、ギュレンを氷棺に閉じ込めてしまったのだ。
「見事です」
アレクセイの賞賛に、頬に薔薇の花びらを散らせたエルマが応えを返そうと口を開き――鮮血が滴り落ちた。
愕然とするアレクセイは見た。エルマの腹から刃が突き出ているのを!
がくりと膝を折るエルマを、慌ててアレクセイが抱きとめた。
その彼女の前に佇む、血刃をひっ下げた一人の男。爬虫にも似た眼を囚われの娘達に向けると、口を鎌のように吊り上げ――
閃!
突如疾った男の刃を、アレクセイは背から抜きうった刃で受けとめた。
受けとめえたのはアレクセイなればこそだ。が、それは彼女の渾身の業でもある。
「貴方達狂犬相手に、血を見る事への恐れなど無用です。狼の牙に掛かって地獄に堕ちなさい!」
叫ぶアレクセイの瞳が、この時血色に輝きだした。
すでに感情を喪失した彼女であるが、なればこそ彼我の力量の格差、エルマ達の致命の程は冷徹に計算している。はじきだした答えは――絶望だ!
と、男が後方に跳びずさった。同時にアレクセイは彼方から駆けてくる足音を聞き取っている。
「ちぃ! 三獣士の一人でもおってくれれば――」
舌打ちすると、男はドアをぶち破るようにして外へ飛び出した。
小屋の前で、二つの影が対峙している。
一つはマクシムス。そしてもう一つはエルマを刺し貫いた男――グランだ。
「まさかこんな所で出くわすとはな‥‥」
冷笑を浮かべるマクシムスに、同じくグランは口を歪めた。
「冒険者がからんでいるとは知っていたが、貴様とは‥‥」
再び相対した二人。端倪すべからざる強敵であることは、互いに承知している。
「貴様とは、いつか決着をつけねばならぬ宿命のようだな」
サメのように笑うと、しかしグランは崖に身を躍らせた。
あっと息をひき、駆け寄るマクシムス。もはや追っても及ばず――そう判断すると、マクシムスは惑う眼を小屋に向けた。
奴が、なぜ――
セシルの姿を見とめ、アルセルは荒い息をつきながら口を開いた。
「もう行ってしまったのか――せめて礼くらい云いたかったな」
「そんなこと、あの人達は望んでないわ」
応えるセシルは、静かな微笑を傍らに咲く野の花に向けた。ただ在るだけで、癒しを与える花。彼らも――
「気高き魂の命じるままに――それが冒険者よ」
セシルの言葉に、アルセルは確信をもって頷いた。
キャメロットに向かう八つの勇姿。グリプス達を弊した冒険者達だ。
それと共にある小さな影。村娘達とともに囚われていた美少女である。
海の色を宿したような碧瞳の持ち主である彼女の名は、マーヤといった。