炎の、そして風の如く

■シリーズシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月20日〜04月25日

リプレイ公開日:2005年04月29日

●オープニング

 組み敷いていた娘から身を起こすと、グリプスは苦い顔のまま、酒に手をのばした。
「どうした?」
 同じく娘を押さえつけていたギュレンが顔をあげた。
「いや――」
 グリプスはグビリと酒を喉に流し込むと、
「バスクの鷹が来ねえ」
「バスクの鷹?」
 ギュレンが口をゆがめた。
「バスクと一緒に酔い潰れてでもいるんだろう」
「鷹はバスクの野郎とは違う」
「獣は飼い主に似るというぞ。気に病むことはない」
「いや、しかし――どうも気にかかる」
 似合わぬ思案顔のグリプスに、ふっと皮肉な笑みをもらしたギュレンは、娘を脇におしやると、自らもまた酒に手をのばした。
「ならば、バスク達に何かあったと云うのか?」
 問うギュレンの声音には嘲弄の響きがある。
「奴等に手を出せる奴がいるとは思えぬ。村の者にはそんな度胸も力もない。領主の配下がこんな山の中に出張るとも思えぬ。ましてやあんな貧乏村が傭兵を雇えるはずもなし。いったい、どこの誰がバスク達に手を出せると云うのだ?」

「いるぞ――」
 声は馬車の中でした。一台の黒塗りの馬車だ。
 中には二つの影。
 一人は秀麗な面に薄笑い貼りつけた青年である。対するもう一人は青白い顔色の小男だ。
「いる、とは――グラン殿には心覚えがおありで?」
 小男の問いに、グランと呼ばれた青年はさらに笑みを深くした。
「ああ。無報酬でも命をはることのできる愚か者。以前関わった事がある」
 頷くグランの眼に、この時、刃の如き物騒な光が閃いた。
「先日、ヴァルキリーとかいう小娘どもに狙われたことがある。その折に見知ったのだが――」
 グランは馬車の窓外へと視線を外すと、
「小娘どもにしてやられた時は、さほどでもないと侮った。が、なかなか――」
 グランの笑みに、苦いものがまじった。
「まんまと兄上の裏の顔を暴きおった」
「オーベル殿の?」
「そうだ。おかげで兄上には死んでいただかねばらなくなった」
 グランがキュッと唇を吊り上げた。
「ところで――」
 グランが小男に視線を戻した。
「例のものは大丈夫なのだろうな?」
「確かに。南で偶然手に入れ、大事に扱っております」
 小男の応えに、グランが満足げに頷いた。
「よし。これでゴウニュの宴の連中も喜ぶだろう――よいか、グリブスにしかと伝えろ。例のものを守れと。しくじれば、命で購うことになるぞ」
 
 グランが窓外の闇を見つめている。鷲に変じ、飛び去った小男の姿はすでにない。
 この時、グランの脳裏には八つの顔が浮かんでいた。様々な力を秘めた八人の顔――
「冒険者か――厄介な奴らがからんできたな」
 グランが呟いた。
 余人は知らず、グランのみは冒険者の侮るべからざる実力を悟っている。が、さしものグランも、バスク達を討ち果たした冒険者の中に、かつて見知った若者の姿があることは知る由もない。しなやかな美獣の如き冒険者――
「絶えざる生命か――急げ!」
 云い知れぬ焦燥に駆られ、グランは馬車を急かせた。

●今回の参加者

 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7197 緋芽 佐祐李(33歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea8783 フィリス・バレンシア(29歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9311 エルマ・リジア(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9337 アルカーシャ・ファラン(31歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb0610 フレドリクス・マクシムス(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb0977 ガルム・ガラン(62歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

クウェル・グッドウェザー(ea0447)/ 李 飛(ea4331)/ ルイーゼ・ハイデヴァルト(ea7235

●リプレイ本文

「あとは根城か。攫われた、となるとどういう目に遭っているか‥‥」
 沈痛な声がもれた。目深にかぶったフードの中で、よく光る眼を伏せたアルカーシャ・ファラン(ea9337)の声である。
 彼自身、その身と心に無数の傷を負ってはいるのだが‥‥なればこそ、なおさら攫われた娘達のことが気がかりなのだ。
 青ざめた顔で頷いたのは巨躯でありながら、そうと思わせぬほど清純可憐な緋芽佐祐李(ea7197)だ。
「一刻も早く救出しなくては‥‥村を解放しても、攫われた女性達を取り戻し、山賊達を殲滅しなくては成功ではありませんからね」
 佐祐李の視線は、戒められ転がされているバスク達を捉えている。クウェル・グッドウェザーや李飛が連行を申し出てたいたが予定がつかず、こうしている訳だが――仲間達の事について尋問を重ねたのだが口が堅く、未だ有効な情報は得られていない。
 が――
 憐れな村娘達の事を思えば、もはや躊躇している場合ではない。彼女達の為なら、喜んで手を汚そう。
 佐祐李は部屋の中に踏み入ると、ジオスの傍らにかがみこんだ。
「まだ口を割る気にはなれないみたいですね。なら――」
 佐祐李は忍び刀を抜き払った。百合の花のような微笑を浮かべ、ぞろりとした刃をそろそろとジオスの股間に近づけていく。
「貴方の大事な所を切り落してから話をしましょうか?」
 佐祐李の眼が、ジオスのそれを射た。蒼い炎の揺らめく眼が。
 と、横からのびた手が、佐祐李の腕を掴みとめた。
「貴方が手を汚す必要はありませんよ」
 ふうわりと笑うユイス・アーヴァイン(ea3179)の手には、一巻のスクロールが握られている。やれやれとばかりにこめかみの辺りをかく彼は、
「まぁ、盗賊さん達にはそれ相応の『報い』とかいうモノを受けてもらいましょ〜」
 
 この世のものならぬ絶叫があがった。涙と涎を垂れ流しながら、のたうち回っているのはジオスだ。
 彼は他者には分からぬ何かを見、何かを感じ取っている。
 その様を天使の微笑で眺めていたユイスは、次にバスクに眼を向けた。
「さて‥‥話していただけますよね〜?」

 悲鳴の響く建物をちらりと振り向くと、女豹を想起させるしなやかな肢体の女戦士――フィリス・バレンシア(ea8783)は、隣に佇むガルム・ガラン(eb0977)にぼそりと尋ねた。
「殴り飛ばしそうなんで任せたが‥‥イリュージョンのスクロールを使ったはずだな。何を幻視させているのだ?」
「分からん。が、ユイスとやら‥‥あ奴だけは敵にまわしとうはない」
 再びあがった悲鳴に、ガルムは剛毅な面をしかめた。
「とにかく、これで住処の場所は知れる」
 第三の声は、建物に背をもたせかけた黒影からした。美獣――フレドリクス・マクシムス(eb0610)だ。
「あんたか‥‥」
 言葉を紡ごうとして、フィリスはマクシムスのうかぬ表情に気づいた。
「どうした。柄にもなく武者震いか?」
「いや、何やら胸騒ぎがとまらん。どうもこの手の予感は外れた試しが無いんでな」
 舌打ちするマクシムスに、ガルム達は顔を見合わせた。

 木立の中を、疾風のように駆けぬける無音の影一つ。麗しきこと、まさに金狼――アレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)だ。
 彼女の眼前には幾つかの小屋――バスク達から聞き出した賊の住処がある。彼女の目的は、その偵察であった。
 その時、血を吐くような女の悲鳴が響いた。
 小屋からだ。おそらく攫われた娘のものだろう。
 思わず身を乗り出しかけて、慌ててアレクセイは身を伏せた。
 動物の鳴き声を耳にしたからだ。警戒せよ――佐祐李とかねて合図の連絡手段である。
「必ず助けます。もう暫くの辛抱ですからね」
 なおも響く悲痛な声に、アレクセイの眼は異様な光を放ち出した。

 頬を上気させて、村の若者達が我先にとまくしたてている。
 彼等の述べているのは「残る賊の様子」と「囚われた娘達の特徴と人数」であり、そしてその憧憬に近い眼差しの先にあるのは――天使の如く愛くるしい美少女、エルマ・リジア(ea9311)と豊満華麗なフィリスであった。
「――消えた?」
 一人の若者の言葉をエルマが聞きとがめた。
「あ、ああ。でっかい男が、建物の中から忽然と‥‥」
「‥‥?」
 エルマが長い睫を伏せた。
 建物の中から消えうせるなどという芸当は魔法としか思えない。と、なると‥‥
 突如わいた喧騒に、エルマは夢から覚めたような眼をあげた。
 村の広場に押し問答をしている集団がある。ガルム達数名の冒険者と棒きれなどで武装したアルセル達だ。
「一刻も早く助けたい、その気持ちはわかる。だが、無闇に奪還に向かえば、手も足も出ずに返り討ちにあうが関の山じゃ」
 懸命に押し止めるガルムだが、アルセル達に聞き入れる様子はない。
「だからって、このままじっとしてなんか――」
 ガルムを押しのけようとするアルセルの頬が、この時、高らかにはためいた。閃いたのは――セシルの繊手だ。
「いいかげんにしないさい! 兄の願いに応えてくれた、この人達――風のように迅く、炎のように猛き彼等を、あなたは信じられないの!」
 セシルの叱咤に、アルセルが力なくうなだれた。
 その肩を、力強く叩く者がいる。ファランだ。
「あんたらが手を汚すまでもない。血に汚れた手では、子供や恋人と手を繋げまい」
 そうだ、とガルムもまたアルセルの肩に手をおく。
「儂らが預かってゆこう。おぬし達の想い。そして伝えよう、その言葉を」

「娘さん達はいないみたいですよ」
 透視を終えたユイスの声に、氷の面に炎の魂を宿したマクシムスが頷いた。
「思い上がったケダモノ共、さっさと仲間の居る所に送ってやるとしよう‥‥地獄へとな」
「これで奴らとも終わりにしたいところだけどね」
 呟くフィリスは、戦い慣れた彼女らしく、すでに賊の配置などは確認を済ませている。
「頑張りますか〜」
 ゲームでも始めるかのようなユイスの柔らかな声に、必死に狂化を抑えていたファランは、瞑っていた眼を開いた。

 乾し肉を酒で流しこむと、賊の一人が立ちあがった。ただれた笑みをうかべているのは、すでに娘を抱いてでもいるつもりなのだろう。
 刹那――
 入り口のドアが開き、賊が吹き飛んだ。一瞬呆然とし、しかしすぐに中央に座した巨漢――グリプスはドアの向こうに佇む影を見とめ、喚いた。
「な、何だ、てめえら!」
「死神だ」
 冷然と告げると、マクシムスが屋内に滑り込んだ。疾る二条の光芒は、瞬時にして賊の二人を薙いでいる。
 同時に左右に別れた瞬影――フィリスは容赦ない閃光の一撃を賊に叩きこみ、ガルムの剣は雷の如く賊を撃つ。
「さあ、懺悔の時間だよ」
 不敵に笑うフィリス。呼応するガルムもまた凄絶な笑みを浮かべた。
「ぬしらの牙が暴虐を尽くすためにあるならば、儂らは誰かを守り助ける為に振るう牙――冒険者じゃ!」

「!」
 春花の術で見張りを黙らせた佐祐李は、小屋の内部を一目見て息をのんだ。
 全裸に近い状態で放り出された娘達。すすり泣く者もいれば、呆けてしまっている者もいる。
 人はここまで惨くなれるものなのか――
「助けにきました――」
 アルセル達の名をだし、娘達の動揺を静める佐祐李。アレクセイはただキリキリと歯を噛みながら、娘達を包むシーツ――寝床代わりに干草に被せてあった――を用意している。
「狂犬退治も大事ですが、早くこの女性達を自由にしないと」
「正念場ですね」
 優しきエルマが娘達の為にポーションを取り出そうとした、その時――
 苦鳴をあげて佐祐李が倒れた。
 何がどうなったのかわからない。とっさに駆け寄ったアレクセイは、狼狽の視線を周囲に走らせる。
「な、何が――」
「!」
 ハッとエルマが瞠目した。村の若者の言葉を思い出したのだ。
「魔法を使う者が――」
 言葉を終えるり早く、背後からのびた手がエルマの首を掴んだ。

 刃が唸る。空を灼く一撃を、しかしフィリスは盾で受け流し、返す刃はさらに鋭く賊を薙いだ。
 攻防はすでに小屋の前へと移っている。
 ファランとユイスの戦闘魔法の援護を受けているとは云え、倍の敵には抗しきれず、軽傷ながらも冒険者達は満身創痍だ。特に敵の首魁――グリプスの相手をしているガルムの傷は深い。が、ガルムの満面を彩るのは血笑だ。
「儂が傷つき倒れようとも、それは儂らの負けにはつながらん。それが仲間じゃよ」
 ガルムの凱歌にユイスが頷いた。
 こちらの方も上手く持ちこたえませんと〜――
 あくまで涼風のような風情の彼だが、この時、薄墨のような漠たる不安を覚えている。
 いやに救出が手間取っている――

「グリプスの予感が的中したか――背の太刀を抜けば、この娘の首をへし折るぞ」
 エルマの細い首をがっきと掴んだ巨漢――ギュレンの恫喝に、アレクセイの手が凍結した。
 鯉口を切る音一つで、眼前の凶漢は躊躇なくエルマを縊り殺すだろう。が、刻はかけられぬ――
 瀕死の佐祐李に想到して、アレクセイの美しい貌が焦燥に歪んだ。
 その時――
 エルマの繊手が上がり、ギュレンの手を掴んだ。
「何の真似だ小――」
 嘲弄の声は途中で途絶えた。瞬時に紡がれたエルマの呪が氷流を呼び、ギュレンを氷棺に閉じ込めてしまったのだ。
「見事です」
 アレクセイの賞賛に、頬に薔薇の花びらを散らせたエルマが応えを返そうと口を開き――鮮血が滴り落ちた。
 愕然とするアレクセイは見た。エルマの腹から刃が突き出ているのを!
 がくりと膝を折るエルマを、慌ててアレクセイが抱きとめた。
 その彼女の前に佇む、血刃をひっ下げた一人の男。爬虫にも似た眼を囚われの娘達に向けると、口を鎌のように吊り上げ――
 閃!
 突如疾った男の刃を、アレクセイは背から抜きうった刃で受けとめた。
 受けとめえたのはアレクセイなればこそだ。が、それは彼女の渾身の業でもある。
「貴方達狂犬相手に、血を見る事への恐れなど無用です。狼の牙に掛かって地獄に堕ちなさい!」
 叫ぶアレクセイの瞳が、この時血色に輝きだした。
 すでに感情を喪失した彼女であるが、なればこそ彼我の力量の格差、エルマ達の致命の程は冷徹に計算している。はじきだした答えは――絶望だ!
 と、男が後方に跳びずさった。同時にアレクセイは彼方から駆けてくる足音を聞き取っている。
「ちぃ! 三獣士の一人でもおってくれれば――」
 舌打ちすると、男はドアをぶち破るようにして外へ飛び出した。

 小屋の前で、二つの影が対峙している。
 一つはマクシムス。そしてもう一つはエルマを刺し貫いた男――グランだ。
「まさかこんな所で出くわすとはな‥‥」
 冷笑を浮かべるマクシムスに、同じくグランは口を歪めた。
「冒険者がからんでいるとは知っていたが、貴様とは‥‥」
 再び相対した二人。端倪すべからざる強敵であることは、互いに承知している。
「貴様とは、いつか決着をつけねばならぬ宿命のようだな」
 サメのように笑うと、しかしグランは崖に身を躍らせた。
 あっと息をひき、駆け寄るマクシムス。もはや追っても及ばず――そう判断すると、マクシムスは惑う眼を小屋に向けた。
 奴が、なぜ――

 セシルの姿を見とめ、アルセルは荒い息をつきながら口を開いた。
「もう行ってしまったのか――せめて礼くらい云いたかったな」
「そんなこと、あの人達は望んでないわ」
 応えるセシルは、静かな微笑を傍らに咲く野の花に向けた。ただ在るだけで、癒しを与える花。彼らも――
「気高き魂の命じるままに――それが冒険者よ」
 セシルの言葉に、アルセルは確信をもって頷いた。

 キャメロットに向かう八つの勇姿。グリプス達を弊した冒険者達だ。
 それと共にある小さな影。村娘達とともに囚われていた美少女である。
 海の色を宿したような碧瞳の持ち主である彼女の名は、マーヤといった。