【サイレント・ジェシー】発端
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■シリーズシナリオ
担当:美杉亮輔
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 48 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:04月27日〜05月03日
リプレイ公開日:2005年05月08日
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●オープニング
キャメロットからのびる街道を前に、一人の若者が立っている。
しなやかな肢体の若者。名をジェシーという。
見上げる蒼穹は高く、明るく――
ジェシーの面に、ふうわりとした微笑が浮かんだ。彼は、蒼い空の彼方に母と妹の面影を描いていた。故郷で待つ二人の肉親を。
もうすぐ帰るからな――
望郷の想い、そして輝かしい将来に対する期待を胸に、ジェシーは足を踏み出した。
「おい」
呼びとめられ、ジェシーは振り返った。
雨に濡れた街路に、幾つかの人影が立っている。薄闇の為にしかとは分からないが、身なりからして貴族らしい。
「何か、用か?」
問うジェシーの前に、中央の影が一歩進み出た。
ほとんど銀に近い金髪の青年だ。細めた眼に揺らめくのは嘲弄の光。他人を見下すのに慣れた目つきをしている。
「お前、ハーフエルフだな」
青年が問うた。上気した顔色と、やや呂律のあやしい口調から察して、酒にでも酔っているのだろう。
「そうだ」
ジェシーが頷いた。
すると青年は口の端をつりあげ、
「やっぱりだ。臭い匂いがすると思ったら、やっぱりハーフエルフだったぜ」
他の仲間を振り返る。それに応えて、仲間達の間から哄笑がわいた。
「‥‥」
ジェシーは無言のまま背を向けた。この手の輩と仕打ちには、数え切れないほど巡り合っている。
「待てよ」
青年が呼びとめた。が、ジェシーの歩みはとまらない。
命令を無視された事のない青年には、それは耐え難い出来事であった。ましてや相手はハーフエルフだ。
青年はジェシーの肩を掴む為に手を伸ばした。
その手を――
後ろも見ずに、包帯を巻きつけた右腕でジェシーが振り払った。意図したものではなく反射的な動作であることは、一瞬ジェシーの顔に浮かんだ狼狽の色が示している。が、青年にその事が分かろうはずがない。
「き、きさま――」
怒りに満面をどす黒く染め、青年が腰に吊り下げたダガーを抜き払った。夜を映した刃が霧雨に濡れる。
「やっちまえ、ルード!」
仲間の煽りたてる声に、ルードと呼ばれた青年がニンマリと笑った。
「へっ、礼儀を知らないサルにはお仕置きが必要だな」
ルードが刃を繰り出した。酔っているとは思えぬほどの、意外に鋭さをひめた一撃だ。
が――
ジェシーはそれを紙一重でかわした。渾身の業ではない。余裕の所作である。
そして、二撃三撃――
ことごとく空をうつ刃に、そして仲間の揶揄する声に、ルードの形相が醜くゆがんだ。
「お、おのれ――」
もはや形振りかまうことなく、ルードがジェシーに躍りかかった。片手で胸倉をつかみ、ダガーの刃を突きたてようとする。
さすがにこれには堪らず、ジェシーは胸元を掴むルードの手を捻り、突き放した。
よろめくルードは、酔いも手伝ってさらに足をもつれさせた。あっと誰かが発した声の一瞬後、彼は建物の壁にもたれるように倒れ込んだ。
ゴキリッ、と――
夜の帳がおりた静かな街路に、異様なほど大きく異音が響いた。
「おい、ルード――」
身動きせぬルードに不審を覚え、仲間達が近寄って行く。
「ひっ!」
「し、死んでる!」
愕然とした悲鳴は重なって聞こえた。
逃げるように駆け去って行く足音。後には――
呆然としたジェシーのみが、なす術もなくただ立ち尽くしていた。
「――必ず縛り首にしろ」
口髭の初老の男が傲然と云い放った。脂ぎった顔の中で、ただ眼だけが憎悪の炎に濡れ光っている。
ルードの父、ゲスナだ。
頷いたのは大柄の壮年の男。自警団のリーダーで、名をトーレという。
「可愛い息子の命を奪ったハーフエルフ。何があっても殺すのだ」
「御意」
鳥を思わせる痩せた老人が深々と頭を垂れた。
「――と云うのが事のあらましだ」
冒険者ギルドの男は、書類に視線を落とすと、
「その場でジェシーは衛士に捕らえられた。当然裁きが下される事になるのだが‥‥厄介な事に、ルードは街の支配貴族の子息だ。父親の威光をもって速やかに下された裁きは――」
ギルドの男が眼を上げた。
「死刑だ」
ざわり、と冒険者達の間に動揺の波が伝わった。
「ジェシーは元冒険者だ。二十三歳。徒名は静かなるジェシー。サイレント・ジェシーと呼ぶ者もいた。最近冒険者であることを辞め、貯めた元手で商売を始めるべく故郷に戻る途中であったらしい。人となりを調べて分かったのだが、意味もなく乱暴を働くような男ではない」
が、このままではジェシーに下された裁きを覆すことは難しい――そう付け足すと、ギルドの男は書類を前に押しやった。
「依頼はジェシーの救出だ」
●リプレイ本文
「こらっ、じっとする!」
じたばたする壬鞳維(ea9098)の髪の毛をクシャッと掴んで、キリク・アキリが叱りつけた。鞳維の変装を手伝い、目立たせぬようにする為である。
「そうそう。可哀想な同族を救いたんでしょ」
覗き込むエルザ・デュリスに、褐色の肌の若者は真摯な瞳を向けた。
「む、無実の罪なら誰であれ‥‥た、助けてあげたい、です」
その眼差しに微笑を返しはしたものの、エルザの眼は笑っていない。経験豊富な彼女は、今回の依頼がいかに困難であるか察している。
彼女はキャメロットで過去の裁判事例や死刑になる犯罪内容を調べるつもりであった。
「私を使うなんて高くつくわよ」
敢えて鞳維を鼓舞するが如く、エルザは凄艶な笑みを浮かべた。
同じ頃、メル・コーウェインとサクラ・アギトはキャメロット中を駆けずり回っていた。商人や貴族をあたって、ゲスナ達の事を調べる為である。
離れたこの地で、一介の冒険者にできる事は限られようが、それでも――
息する刻すら惜しむかのように、二人は足を速めた。
その街は、いつもと変わらぬ喧騒で賑わっていた。
日々の生活を営む人々は活計に忙しく、気づく者とてないが――
八つの影が、ひっそりと街に足を踏み入れていた。
微風のような彼等の来訪であるが、その風が何れこの街に嵐をおこす事になろうとは、神ならぬ人の身が知る由もない――
ジェシーの友人、ハーフエルフのナリスは細身の気弱げな青年であった。
その彼とテーブルを挟んで対しているのは同族の――ライル・フォレスト(ea9027)とセラフィーナ・クラウディオス(eb0901)である。
彼等はナリスから聞き出せる限りの情報を得たばかりであった。すなわち――自警団の予備知識。ルードの交友関係と住所。そしてジェシーの故郷と、そこまでの道筋。
聞き終えたライル朗らかに頷いた。
それはナリスを元気づける為――が、彼の眼はいつになく真剣だ。過去を全て捨てている彼であるものの、しかしそれでも捨てられぬものもある。
暗殺者に育て上げられた同族の少年達。その命を救えなかった事を、ライルは未だに悔いている。
想いは同じ――
何なの? 状況がハッキリしてないというのに、同族が死刑? 厄介だわ、と呟くセラフィーナの凛とした面持ちもまた昏い。何となれば、彼女は先の少年の一人を己が手にかけているのだ。
「ところで、ジェシーの事なんだけど‥‥」
一息ついたところで、セラフィーナがジェシーの人柄について尋ねた。
ナリスは遠い眼を上げると、
「良い奴だよ。可愛い妹と優しい母親がいてさ。いつも自慢していたなぁ」
頬に微笑の翳を滲ませると、彼は続けた。
「冒険者としてもかなりの腕だったと聞いてる。俺も何度も助けられた事があるよ。あいつが拳をふるうのはいつも他人の為さ」
言葉を途切れさせると、ナリスは唇を噛み締めた。
「そんなジェシーが、強盗なんかするはずがない!」
「‥‥」
言葉もなく、ライルとセラフィーナは顔を見合わせた。
ふうわりと。
爽たる風に衣を翻し、街をゆく銀髪の若者があった。たおやかな物腰と優しげな美貌は女と見紛うばかり――ユイス・アーヴァイン(ea3179)である。
まるで風と戯れているかのように微笑を浮かべている彼であるが――ユイスは話を拾い集めていた。時には風と会話し、時には――
「さて‥‥どれだけ“使える”情報があつまるでしょうか〜?」
クスリと笑うユイスの心底は、風というより雲の如くであるのかも知れぬ。
談笑しながら街をゆく二つの影があった。
すれ違う人は何れも、その一人に眼をとめる。竪琴と横笛を背に負った姿はさすがに人目をひくらしい。
楽士――バーゼリオ・バレルスキー(eb0753)である。そして、その傍らを歩くのはナリスの元を辞したライルであった。
旅の者よろしく、もの珍しそうに街を見まわす二人であるが、その視線は獲物を狙う獣の如く鋭い。
「こうして見ていると、偏見が強い街には見えないじゃん」
ライルの呟きに、バーゼリオは皮肉な笑みを返した。
「毒蛇ほど忍びやかですからね。油断は禁物ですよ」
彼等は情報交換の為の宿を探すとともに、街の地理と警備状況の調査をしているのであった。
ナリスから聞き出したゲスナの家や自警団詰所の位置、自警団の街中における人員配置、巡回ルートと時間など――来るべきその時の為に、密やかに仕掛けは施されつつあった。
石造りの平屋。衛士の詰所である。
ゆっくりその前を歩き過ぎた二つの影は、巡廻に出ようとする衛士をやり過ごすと、再び詰所の前に戻った。
「碌な審議も行わずに、それもハーフエルフと云うだけで死刑ですか‥‥故郷ではまず有り得ない判決ですね」
押し殺した声は、一つの影からした。深く被ったフードで美しい面を隠したアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)である。彼女の故郷はロシアであった。
頷いたのはもう一つの細身の影――忍びの夜光蝶黒妖(ea0163)だ。
「理不尽な‥裁き‥か‥。愚か‥だね」
黒妖は仮面の如き美麗な顔を詰所に向けた。
ジェシーが囚われている可能性が最も高い場所――衛士の詰所の調査が彼女達の目的だ。人通りや見張りの死角、侵入や逃走経路の目星等、その時に備えて把握しておかねばならぬ事は山ほどある。
そして――
隠身の得意な彼女達の真価は、その夜に発揮される事になる。
背に灼けつくような視線を感じ、鞳維は足を速めた。
先ほど話を聞いた街人の視線であることは承知している。レンと名乗り、法学者見習いを装ってゲスナやルードの評判や交友関係を調べていたものだが、どうやら不審をもたれてしまったようだ。
衛士に通報される前に姿を消さなければ――
鞳維は走り出したい衝動を必死になって抑え込んだ。
澄み渡った横笛の音色が流れている。奏するのはバーゼリオだ。
その音に酔いしれる街人達。が、彼等は知らぬ。その音に隠された真の意味を。そして、その意味を読み解く事を可能とする七つの影が聴衆の中に潜んでいる事を。
今宵の宿と情報をゲルマン語で、あるいはテレパシーで伝え合った冒険者達は、さらなる情報を求めて、再び街に散っていった。
「ふふふ〜。日ごろ無駄にお勉強なんてしていないワケですよ〜」
立役者の一人である美しき風使いの会心の声は、そよと風に流されて消えた。
「この酔っ払いが!」
吐き捨てると、見回りの衛士は姿を消した。気配が完全に失せるのを確かめて後、八人目の冒険者はむくりと見を起こした。
酒場で騒ぎを起こし、衛士詰所の牢に潜り込んだ無頼の巨漢――狭堂宵夜(ea0933)である。
「殺しは殺し‥‥だが、罪と罰は適当なモンじゃねえとな」
ニヤリとすると、宵夜は窓に忍び寄った。
「逢いに来てくれて、嬉しいぜ」
「冗談を云っている場合じゃありませんよ。それより――」
壁にとりつき、窓から顔を覗かせたアレクセイが声を潜めた。
「ジェシーは?」
「ここには居ねえ。どうやら地下だな」
「分かりました。それじゃ、手筈通り――」
頷く宵夜は、大きく息を吸い込むと、大音声で喚き始めた。ついでに鉄格子や壁も蹴りつける。
巨躯凄貌の宵夜の暴れ回る様は凄まじく、慌てて駆けつれてきた当直の衛士も顔色をなくすほどだ。
疾風のような黒影が地下室に滑り込んだ。宵夜の起こした騒ぎの隙に潜入した黒妖とアレクセイである。
地下室は物置と牢として使われているらしく、その牢の一つに――
「いた!」
壁にもたれて座る人影を見出して、アレクセイと黒妖が駆け寄った。
「ジェシーさんですね?」
「そうだが‥‥あんたらは?」
頷くジェシーに、冒険者達は手短に事情を説明した。
「――ナリスが。しかし‥‥」
無駄だとジェシーは眼を伏せた。
「この街で、俺の無実を晴らす事はできない」
寂しく笑うジェシーに声をかけようとする黒妖を、アレクセイが制した。下手な長居は危険だ。
が――
駆け去り際、黒妖がもらした小さな囁きを、アレクセイのみは聞き届けた。
「理不尽な‥裁きは‥もうすぐ‥無くなるから‥待ってて‥」
抑揚のない声音であるが、刃の下に心をおくくノ一の万感の想いが込められている――アレクセイはそう感じた。
街外れの宿――代金はナリスが用意した――の一室に、人目を忍んで集合した六つの影があった。云うまでもなく冒険者達である。
防諜の為にゲルマン語で情報を確かめ合う彼等であったが、やがて――
漠たる不安に襲われたものか、揃わぬ一人の事を鞳維が口にした。
「お、遅いな‥‥セラフィーナ殿」
「私が――」
立ちあがったのはユイスだ。
「放っておくわけにはいかないでしょ〜」
「一人で大丈夫ですか?」
問うライルに、返すユイスの笑いは春風駘蕩だ。
「大勢では目立ちますから」
――“使える”モノは、何でも使って生きましょ〜。
幾つかのスクロールを手にしたユイスは、涼やかな風を残し、部屋を後にした。
それより少し前――
ナリスの元を辞したセラフィーナは手筈の宿に向かうべく、道を急いでいた。
仲間はすでに集合している頃だろう――
と、セラフィーナの足がとまった。彼女の優れた聴覚が異音を捉えたのだ。虫の知らせとしか云えぬ不安も相俟って――
もしや!
セラフィーナは踵を返した。
ドアを叩く音に、ナリスはベッドから身を起こした。護衛に残っていたセラフィーナは仲間のところに向かったはずだが――
「どうした、セラ――」
開いたドアから躍り込んできた幾つかの人影に、ナリスは息をひいた。
人影――全員が眼の部分だけ穴の開いたおぞましい覆面を被った集団だ。
「変な奴がハーフエルフの犯罪者の事を嗅ぎ回っている。何者だ?」
問う声は、集団の中からした。
「あんたらこそ、何者なんだ!」
問い返すナリスの顔を、覆面の一人が殴りつけた。
「訊いているのはこっちだ。答えねば――」
「どうするつもり?」
声がした。
はじかれたように振り返った覆面の者達は見た。部屋からもれ出る明かりに浮かびあがる、弓に矢をつがえた美影身を。
すなわち北国の狩人、セラフィーナ・クラウディオス!
「矢は貴方達の胸をポイントしてる。死にたい人はどうぞ」
凄絶なセラフィーナの声音に、覆面の者達は声もなく後ずさった。
宵夜の釈放に、衛士はいやにあっさりと応じた。昨夜の覆面の一団との一件が影を落さないかと危惧していたセラフィーナだが‥‥
賄賂と恋人を想うセラフィーナの泣き落としが効いたのか。いや、衛士の辟易した態度からして、宵夜がよほど迷惑な存在だったに違いない。
「恋人が迎えに来てくれるってのは、気分の良いもんだな」
詰所を出るなり、宵夜がニンマリした。返すセラフィーナの言葉はそっけない。
「ご苦労様。アレ、嘘だから気にしないで」
「その様子じゃ、何かあったみたいだな」
「ええ。宵夜さんの大好きな剣呑な事がね。‥‥さてと、やる事多いから、早く行くわよ」
促すセラフィーナに、宵夜はご馳走を前にした子供のような笑顔を向けた。
「さアて、往くも帰るも修羅の道‥‥いよいよ俺の出番だな」
街にはいつもの賑わいが溢れていた。普段と変わらぬようでありながら――
しかし、今、街の底には殺意がたゆたっている。
その修羅の巷に、今日も音楽が流れる。バーゼリオの爪弾く竪琴の音だ。
その意味するところは新情報の入手。
集まった聴衆の中には悠然たる風情のユイスが、凍りついた面の黒妖が、悲劇を食いとめんと奔走するライルが、裁きの問題点を解明しようと試みる鞳維がいる。そして――
「絶対に死なせません、こんな理不尽な理由では」
決然たる眼を、アレクセイは上げた。
嵐の刻は、すぐそこまで迫っている。