【サイレント・ジェシー】救出

■シリーズシナリオ


担当:美杉亮輔

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 87 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:06月06日〜06月12日

リプレイ公開日:2005年06月15日

●オープニング

 ドン、と――
 テーブルに叩きつけられた拳の音に、びくりとトーレは身をすくめた。衛士のリーダーをつとめているが、眼前の脂ぎった初老の男の一喝に声もない。
「――それで、嗅ぎ回っていたネズミが何者で、その目的もわからぬというか!」
 初老の男――ゲスナがギラとトーレを睨みすえた。
 思いのままにならぬ事は許せぬ――生来の傲慢さが、震える唇と青い血管の浮いた額にあらわれている。
 対するトーレは顔色をなくし、ただ頷くばかりだ。
「ナリスが関係しているとしか――」
「あの混血の同族だな」
 忌々しげに、ゲスナが吐き捨てた。
「もう一度、締め上げてやれば良かろう」
「いや――」
 冷たい汗を滴らせ、トーレが頭を振った。
「一度しくじっております。これ以上、騒ぎを起こすのは拙いかと‥‥」
「なに!?」
 ゲスナがギリリと歯を噛み鳴らした。
「ならば、混血の青二才の処刑を早めるまでだ。ネズミの正体が何者かは知らぬが、処刑の邪魔はさせぬ」
 うそぶくとぬたりとゲスナは嗤った。

「ルードの交友関係は?」
 確認する声に、別の声が応えを返す。
「ギブソンとレナード。共に貴族の子弟だ。ゲスナほどの力はないがな」
「ならば証言させるのは難しいな」
「しかし目撃者は奴らしかおらぬ。ジェシーの無実を知る者は他にないのだ」
「かと云って――」
 苛立ちの滲む声を、第三の声が制した。
「ナリスが襲われた事からみて、ゲスナは手段を選ばぬ男のようだ。脅したくらいでは証言はすまい」
「しかし――」
 声は、言葉を途切れさせた。
 ややあって、四つめの声が重い沈黙を破った。
「ゲスナの敵対関係の貴族はどうだ?」
 応えたのは五つめの声だ。
「いる。が、どれほどの力になるか‥‥ジェシーが助かったとしても、ゲスナ本人に傷がつくわけではないからな。得るものがないのに、貴族が手を貸してくれるとは思えぬ。ましてやハーフエルフのために」
 怒りのこもった声音は、何度目かの沈黙の中に消えた。それっきり、誰も口を開こうとせぬ。
 正攻法でジェシーを救う事がどれほど困難を極めるか――その難しさを知る彼等であった。
 その時――
 ドアが開き、冒険者達は報告書から眼を上げた。眼前には蒼白な顔色の冒険者ギルドの男が立っている。
「知らせが届いた。ジェシーの処刑が早まったそうだ」

「ミシェル」
 呼ばれて、金髪の少女が振り返った。細面の、優しげな少女だ。
「何してるの? 雨が降る前に、洗濯物をしまってちょうだい」
 母親の声に頷くと、ミシェルと呼ばれた少女は表に駆け出していった。
 ぽつり、と――
 外に出たとたん、ミシェルの頬を水滴が濡らした。
 慌てて洗濯物を手にとりかけて、ふとミシェルの動きがとまる。見上げる先は暗澹たる雲の海だ。
「ジェシー兄ちゃん、早く帰って来ないかな」
 ミシェルは小さな声で呟いた。

●今回の参加者

 ea0163 夜光蝶 黒妖(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0933 狭堂 宵夜(35歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea8745 アレクセイ・スフィエトロフ(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9098 壬 鞳維(23歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0753 バーゼリオ・バレルスキー(29歳・♂・バード・人間・ロシア王国)
 eb0901 セラフィーナ・クラウディオス(25歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

御蔵 忠司(ea0901)/ カノ・ジヨ(ea6914)/ ガイン・ハイリロード(ea7487)/ ネイ・シルフィス(ea9089)/ 佐倉 美春(eb0772)/ フォウラ・ラディエンス(eb1721

●リプレイ本文

 ●プロローグ
「ほんとキミって、私情で依頼を受けることが多いわよねぇ‥‥」
 呆れ顔のフォウラ・ラディエンスだが、当のユイス・アーヴァイン(ea3179)はどこ吹く風といった様子だ。
 その様子に苦笑を浮かべ、ガイン・ハイリロードと佐倉美春は調べ上げた内容を冒険者達に伝えた。
「できれば囮として手を貸したかったのだがな」
「怪しまれないように注意したから、たいした情報じゃないわよ」
 申し訳なさそうなガインと美春に、そんなことはない、とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が首を振る。
「さぁ、師匠の分も頑張って来るんだよ!」
 声に、ライル・フォレスト(ea9027)が振り返った。蒼玉の瞳を瞑って見せているのは彼のお師匠様ネイ・シルフィスだ。
 ライルが親指を立てて突き出すのを見とめ、ネイは冒険者達を見渡した。
「助けられるとあたしは信じているからさ‥吉報を待っているよ!」
 送る信頼の言葉。
 受けるのは、それに値する者達ばかりだ。

 そして――
 ヒュウと‥‥皆の想いを乗せた風が、今、渦を巻き始めた――

 ●疾る風
「助かった。間に合わないかと‥‥」
 ほっと息をつくナリスの前で、壬鞳維(ea9098)は目深に被っていた外套をはずした。赤と黒のメッシュ状態の髪が露わになる。自分で染めたものだが、不器用な為にしでかした結果だ。
「き、聞いておきたい‥こと、が‥」
 隠れ家に招じ入れられた鞳維が切り出した。拘留場所から隠れ家への最も安全な逃走経路、そしてジェシーの狂化条件。彼が問うた内容である。
「‥‥確か」
 逃走経路を説明して後、首をひねりながらナリスが続けた。
「狂化は大量の血に触れたら――だったと思う」
「ふ、触れたら‥ですね。み、見るだけじゃ‥なく‥」
 ナリスが頷くのを確認して、鞳維は立ち上がった。
「か、必ず無事に御連れしますから‥ま、待ってて下さい、ね‥」
 暗鬱な面持ちで鞳維は告げた。
 そう――迷うのは、自分一人で十分なのだ。

「何だか、いやに落ち着きのない街だね」
 声に、露天商の親父が顔を上げた。みればターバンを頭に巻きつけた若者だ。身なりからして旅人と見うけられる。
「知らないのか、公開処刑があるんだよ」
「!」
 絶句する若者に、親父はニヤリと笑って見せた。
「人殺しの混血のな」
「そう‥‥で、処刑はいつ?」
「ほう。見物していくつもりか?」
 親父はさらに笑みを深くし、告げた。
「明後日の昼だ」
「‥‥」
 応えを返すことなく背を向けると、怪訝な面持ちの親父を捨ておいて、若者は歩き始めた。
「明後日‥‥か」
 若者――セブンリーグブーツを用いて潜入を果たしたライルは、決然たる眼で、そっと呟いた。

「その時が来たわね」
 身支度を整える黒髪の凛とした娘のもらした言葉に、ベッドに横になっていた巨漢がむくりと身を起こした。
「そうだな」
 巨漢が薄く笑う。
 セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)と狭堂宵夜(ea0933)の二人である。
「うずうずしてくるぜ」
 拳を握りしめる宵夜が身を震わせた。武者震いというやつだ。
「行くのか?」
「ええ。詰め所の周りと衛士の巡回の時間、隠れ家への道なんかを調べてくるわ」
「そうか‥‥ところで、あんたを送ってくれたバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)はどうしてる?」
「彼?」
 セラフィーナがちらりと壁――隣の部屋に視線を走らせた。彼女の脳裡を、銀髪の皮肉屋の笑みが過る。
「お昼寝の真っ最中よ」
「昼寝だとぉ!?」
 宵夜が顔をしかめた。
「バーゼリオといいユイスといい、どうして今回の仲間には、外見に似合わねえ太ぇ奴が多いんだ」
 一番ふてぶてしい男の文句に肩を竦め、セラフィーナはナリスが用意してくれた宿のドアを開けた。
「さて、鬼がでるか、蛇が出るか? ‥‥一発限りの大勝負と行きましょうか」
 青い笑みを浮かべると、セラフィーナは静かにドアを閉めた。

 ●光と闇
 夜半――
 揺れる蝋燭の光に、八つの影が浮かびあがる。
 ドア越しに外の気配を窺っていたライルが席に戻るのを待って、夜光蝶黒妖(ea0163)が口を開いた。
「‥俺が‥調べたのは‥」
 衛士の大体の巡回ルートと時間、逃走路、緊急時の隠れる場所――頭の中で思い浮かべると、彼女は人形のように愛らしく無機質な面をユイスに向けた。頷くユイスはその内容を思念によって仲間に伝える。
「い、良いと‥思う、よ。でも‥‥」
 鞳維がゲルマン語で告げたのは、黒妖とは別の隠れ場所だ。一通り予定逃走経路を歩いてみて気づいた点なのだが――ふむ、と呟いたのはバーゼリオである。
「確かに、その場所も使えそうですね。で、ジェシーの処刑日と場所は?」
「明後日。場所はマルクト広場」
 短くライルが応えた。
「なるほど‥‥それで、肝心のジェシーの居所は?」
「やはり衛士の詰め処のようですね〜」
 ほんわり、と。
 ユイスは街で得た情報を心話で伝えた。
 ゲスナの処には地下牢などはない――言葉をそえ、アレクセイが続ける。
「絶対に死なせないと誓いました。必ず助け出しましょう!」
 おう、と立ちあがったのは宵夜だ。
「貴族とマジで戦り合いか。ブルっちまうぜ」
 ふふ、と――宵夜の口辺に不敵な笑みが刻まれた。

「いよいよ明日だ。ぬかりはなかろうな」
 月光に蒼く染め上げられた庭から、ゲスナはトーレに眼を転じた。
「はい。今宵は用心の為に、衛士の数も増やすよう手配をしております」
「そうか‥‥」
 くくく、とゲスナが嗤った。すでに彼の眼には、吊るされたジェシーの姿が幻視されている。
「思い知るがいい。衆目の中で、無様な死様をさらしてやるぞ」

●そして、彼らは動き出した
 数刻後――
 煌とした月に街は蒼く沈んでいる。さすがにマルクト広場に通じる中央大通りにも人影は絶え――
 ノックの音に、不寝番の衛士の一人が顔をあげた。
 最初は風の悪戯と思った彼だが、続くドアを叩く音に、仕方なさそうに立ち上がる。やれやれと首を振り、衛士がドアを開いた。
「!?」 
 街路に佇む二つの影を見とめ、衛士が息をひいた。
 一人はマスカレードで顔を隠した巨漢、もう一人はターバンで面を包んだ中背の男――
「な、何だ、お前ら!?」
 ようやく誰何の言葉を押し出した衛士に、巨漢がニンマリと笑って見せた。
「親しい連中には『羆』なんぞと呼ばれてるようだぜ?」
「ジェシーを見殺しになんて出来るか!」
 叫び、ターバンの男が地を蹴った。

 詰め処入り口での怒号をよそに、三つの人影が疾風のように地下室に滑り込んだ。
「い、いました‥」
 蒼闇の片隅――牢の中でうずくまる人影を見出し、鞳維が胸を撫で下ろした。
「――あ、あんたらは‥‥」
 気配に、ジェシーが身を起こした。
 その彼に頷いて見せると、黒妖が開錠にかかり始める。
「‥すぐ‥出してあげる‥から‥」
「よせ! 俺はもうだめだ。あんたらまで巻き添えにしたくない」
「諦めては駄目です! 貴方は妹さんと再会したいのでしょう!」
 アレクセイの叱咤に、ジェシーが沈痛な面を伏せた。
「‥‥す、すまない」
「き、気にしない、で‥」
 鞳維が応えた時、ガチャリと錠がはずれた。
「さあ、急いで」
 アレクセイがジェシーを抱き起こした。あまり時はかけられぬ。
 が、うめくジェシーの顔を見たとたん、アレクセイは息をひいた。
 亡霊のようにやつれた顔は、ほとんど食事を与えられていなかったことを窺わせる。そして、はだけたシャツの胸元から覗く青痣――
「――ひどい‥‥」
 怒りに身を震わせ、アレクセイが唇を噛んだ。

 パシリッと――
 拳を掌で受けとめると、宵夜の蹴りが唸った。爆発音のような音が響き、文字通り衛士が吹き飛んだ。傍らで、ライルに鳩尾に手刀をつき込まれた衛士がずるずると崩折れる。
「殺しちゃだめだよ」
「わかっちゃいるがよ‥‥」
 荒い息で注意するライルに、対する宵夜はうんざり顔だ。
「きりがねえ」
 宵夜がごちた時、その隙をつくように衛士の一人が斬りかかってきた。
 咄嗟に避けもかわしもならぬ宵夜に刃を走らせ――剣が音をたてて床に転がった。その衛士の手には一本の矢が突き立っている。
「ちょっと、こんなに相手していられないわよ」
 セラフィーナが叫んだ時、呼子が音が鳴った。――合図だ!
 顔を見合わせてほくそ笑むと、ライルと宵夜は同時に叫んだ。
「俺達の仕事はここまでだ」
「ハ、ここの衛士はとんだ給料泥棒だな!」
 刹那――
 詰め処の前が漆黒の闇に閉ざされた。もれるランタンと蝋燭の光、それどころか月光ですら飲み込まれたように消失している。
 乱入者二人が闇に飛び込んだのを見とめ、トーレの絶叫があがった。
「に、逃げたぞ。追え!」

 顔を隠した二人が走り去るのを見届けると、銀髪の若者が背を向けた。二、三歩行き過ぎかけて、
「お前!」
 呼びとめる声に足をとめた。
「何か?」
「怪しい奴らが飛び出して来ただろう。どこに行った?」
 トーレの問いに、ああと頷き、若者は顎をしゃくって見せた。
「あっちに‥‥それよりも」
 若者が、ついと上に眼を上げた。つられて見上げたトーレの口から愕然とした呻きがもれる。
 銀月に、箒に跨り空を飛ぶ二つの影が浮かびあがっている。あれは――
「ジェシーだ!」
 トーレが叫んだ。

 慌しく動きはじめた衛士達に手を振り、若者――バーゼリオは再び歩き始めた。その面に会心の笑みが浮かんでいる事を、衛士達が知るはずもない――。

「‥うまく‥いったみたい‥だね」
 街路を流れるように追いかけてくる衛士達を見下ろし、人遁の術を使ってジェシーに化けた黒妖が呟いた。
 その腕はしっかりとアレクセイに掴まっている。当然だ。この高みから落ちれば、骨折どころではすまない。
「‥まぁ‥遠目からじゃ‥見破られ難いんだけどね‥」
「あの二人、大丈夫でしょうか?」
 別の衛士の一団に追われるライルと宵夜を見遣り、アレクセイが懸念の言葉を口にした。応える黒妖の語調は、彼女らしくもなく、どこか楽しげである。
「大丈夫。‥ライルは‥ああみえて‥しっかりしてるから。‥それに‥熊さんも‥いるし」

 その熊さんは――
 ライルとセラフィーナとともに懸命に駆けていた。
 えっほ、えっほ、と声をあげながら。
「上手くやれよ、出来るだけはやったぜっ!!」
 ちらりと詰め処の方向に眼をやり、宵夜が子供のような笑みをライル、セラフィーナと見交わした。

 もぬけの殻となった衛士詰め処の裏手から、すうと二つの人影が現れた。
 一つは外套を被ったジェシーであり、もう一つはよろめく彼に肩をかす鞳維である。
「い、急ぎましょう‥」
「あ、ああ。‥‥しかし、彼らは――」
「し、心配は‥いらない。ま、まだユイスも‥いる、し‥」

「あっちだ!」
「いや、こっちだ!」
 すれ違い、衛士達が走る。一団はこっちこっちと呼ぶ声の方向に向かって。別の一団は走る人影を追っての疾走だ。
 そして――声の方に向かった一団が行きついた先は行き止まりである。
「くそっ!」 
 地団太を踏む彼らは、背後を走る影を見とめた。
「あれだ!」
 再び衛士達が人影を追って駆け出した。角を曲がった影を追いつめんと、一気に足を速め――塀に次々と激突した。むろん逃げ込んだ人影の姿は消失している。
「い、いったい奴らは何人いるんだ!?」
 鼻血と涙に濡れながら、衛士は呪詛の言葉を呟いた。

 その嘆きを、塀の向こうでユイスは聞いていた。
 さすがに泰然自若とした彼も、今は荒い息をついている。連続の魔法使用は、彼の肉体にも無視できない疲労を強いているのだ。
「適度に休憩を入れませんと、身体が持ちませんしね〜」
 クスクスと笑うと、ユイスは用意していた一握りの灰を取り出した。彼の呪に応え、それはたちまち彼自身の姿となる。
「“楽”をしたり、させようとするのは意外と大変なんですよね〜」

 フライングブルームを降り、アレクセイと黒妖は用意した愛馬へと向かっていた。馬は街外れの公園に繋いである。
 建物の陰から出ようとして、二人はぴたりと足をとめた。前から走りよってくる足音がする。顔を見合わせた二人の耳に、別の背後から響いてくる足音が――
 いきなりアレクセイが黒妖を抱き寄せた。そして唇を重ねる。
 直後、二人の姿をランタンの光が浮かびあがらせた。
「チッ」
 大きな舌打ちの音をたてると、衛士達は二人の傍らを駆けぬけて行った。それが遠ざかるのを待って、アレクセイは黒妖の唇から自分のそれを離した。
「‥ナイト‥お待たせ‥。‥行こうか‥」
 ふらふらと、黒妖は愛馬に歩み寄って行った。

 同じ頃、へたりこんだ衛士の一団を見遣り、ユイスは仄かな微笑を浮かべていた。
「それではご機嫌よう、と云ったところでしょうか〜」
 潮時とばかり――
 すう、とユイスの姿が地に沈み込んだ。

「お疲れっ!」
 隠れ家に戻ってきたアレクセイ達を、大仰な仕草で宵夜が迎えた。抱きしめようとするその手を、しかし黒妖はするりとかわした。
「‥疲れた‥アレク‥膝枕して‥」
「な、何なんだよ、それ」
 はじめて見せる黒妖の微笑に眼を丸くした宵夜は、口をへの字に曲げて、鞳維が救出してきたジェシーの前に歩み寄って行った。気配に気づき、窓から外を窺っていたライルが振り向く。
「あんた、良いダチもってるじゃねえか‥‥それで妹さんに土産でも買いな」
 ジェシーの前に、無造作に宵夜が報酬として受取った金をおいた。これで、当分安酒しか飲みなくなるのは覚悟の上だ。
「救出は成りました‥‥が、如何にして彼を故郷まで逃がすか、ですね」
 膝にのせた黒妖の髪を撫でていたアレクセイが云った。そうね、と頷いたのはセラフィーナである。
「のんびりは、あまりしていられないと思うわ‥‥怒りに狂ってどんな余波が来るか、分からない。少しでもゲスナの力が及ばない所まで逃げるつもりでないと」
「そうだ。これで終わりのハズがねえ‥‥」
 家族を殺られた執念の重さは知ってる――
 ギラリ、と。
 吹き戻す嵐の到来を予感して、宵夜は眼に刃の光を揺らめかせた。