●リプレイ本文
●プロローグ
「ほんとキミって、私情で依頼を受けることが多いわよねぇ‥‥」
呆れ顔のフォウラ・ラディエンスだが、当のユイス・アーヴァイン(ea3179)はどこ吹く風といった様子だ。
その様子に苦笑を浮かべ、ガイン・ハイリロードと佐倉美春は調べ上げた内容を冒険者達に伝えた。
「できれば囮として手を貸したかったのだがな」
「怪しまれないように注意したから、たいした情報じゃないわよ」
申し訳なさそうなガインと美春に、そんなことはない、とアレクセイ・スフィエトロフ(ea8745)が首を振る。
「さぁ、師匠の分も頑張って来るんだよ!」
声に、ライル・フォレスト(ea9027)が振り返った。蒼玉の瞳を瞑って見せているのは彼のお師匠様ネイ・シルフィスだ。
ライルが親指を立てて突き出すのを見とめ、ネイは冒険者達を見渡した。
「助けられるとあたしは信じているからさ‥吉報を待っているよ!」
送る信頼の言葉。
受けるのは、それに値する者達ばかりだ。
そして――
ヒュウと‥‥皆の想いを乗せた風が、今、渦を巻き始めた――
●疾る風
「助かった。間に合わないかと‥‥」
ほっと息をつくナリスの前で、壬鞳維(ea9098)は目深に被っていた外套をはずした。赤と黒のメッシュ状態の髪が露わになる。自分で染めたものだが、不器用な為にしでかした結果だ。
「き、聞いておきたい‥こと、が‥」
隠れ家に招じ入れられた鞳維が切り出した。拘留場所から隠れ家への最も安全な逃走経路、そしてジェシーの狂化条件。彼が問うた内容である。
「‥‥確か」
逃走経路を説明して後、首をひねりながらナリスが続けた。
「狂化は大量の血に触れたら――だったと思う」
「ふ、触れたら‥ですね。み、見るだけじゃ‥なく‥」
ナリスが頷くのを確認して、鞳維は立ち上がった。
「か、必ず無事に御連れしますから‥ま、待ってて下さい、ね‥」
暗鬱な面持ちで鞳維は告げた。
そう――迷うのは、自分一人で十分なのだ。
「何だか、いやに落ち着きのない街だね」
声に、露天商の親父が顔を上げた。みればターバンを頭に巻きつけた若者だ。身なりからして旅人と見うけられる。
「知らないのか、公開処刑があるんだよ」
「!」
絶句する若者に、親父はニヤリと笑って見せた。
「人殺しの混血のな」
「そう‥‥で、処刑はいつ?」
「ほう。見物していくつもりか?」
親父はさらに笑みを深くし、告げた。
「明後日の昼だ」
「‥‥」
応えを返すことなく背を向けると、怪訝な面持ちの親父を捨ておいて、若者は歩き始めた。
「明後日‥‥か」
若者――セブンリーグブーツを用いて潜入を果たしたライルは、決然たる眼で、そっと呟いた。
「その時が来たわね」
身支度を整える黒髪の凛とした娘のもらした言葉に、ベッドに横になっていた巨漢がむくりと身を起こした。
「そうだな」
巨漢が薄く笑う。
セラフィーナ・クラウディオス(eb0901)と狭堂宵夜(ea0933)の二人である。
「うずうずしてくるぜ」
拳を握りしめる宵夜が身を震わせた。武者震いというやつだ。
「行くのか?」
「ええ。詰め所の周りと衛士の巡回の時間、隠れ家への道なんかを調べてくるわ」
「そうか‥‥ところで、あんたを送ってくれたバーゼリオ・バレルスキー(eb0753)はどうしてる?」
「彼?」
セラフィーナがちらりと壁――隣の部屋に視線を走らせた。彼女の脳裡を、銀髪の皮肉屋の笑みが過る。
「お昼寝の真っ最中よ」
「昼寝だとぉ!?」
宵夜が顔をしかめた。
「バーゼリオといいユイスといい、どうして今回の仲間には、外見に似合わねえ太ぇ奴が多いんだ」
一番ふてぶてしい男の文句に肩を竦め、セラフィーナはナリスが用意してくれた宿のドアを開けた。
「さて、鬼がでるか、蛇が出るか? ‥‥一発限りの大勝負と行きましょうか」
青い笑みを浮かべると、セラフィーナは静かにドアを閉めた。
●光と闇
夜半――
揺れる蝋燭の光に、八つの影が浮かびあがる。
ドア越しに外の気配を窺っていたライルが席に戻るのを待って、夜光蝶黒妖(ea0163)が口を開いた。
「‥俺が‥調べたのは‥」
衛士の大体の巡回ルートと時間、逃走路、緊急時の隠れる場所――頭の中で思い浮かべると、彼女は人形のように愛らしく無機質な面をユイスに向けた。頷くユイスはその内容を思念によって仲間に伝える。
「い、良いと‥思う、よ。でも‥‥」
鞳維がゲルマン語で告げたのは、黒妖とは別の隠れ場所だ。一通り予定逃走経路を歩いてみて気づいた点なのだが――ふむ、と呟いたのはバーゼリオである。
「確かに、その場所も使えそうですね。で、ジェシーの処刑日と場所は?」
「明後日。場所はマルクト広場」
短くライルが応えた。
「なるほど‥‥それで、肝心のジェシーの居所は?」
「やはり衛士の詰め処のようですね〜」
ほんわり、と。
ユイスは街で得た情報を心話で伝えた。
ゲスナの処には地下牢などはない――言葉をそえ、アレクセイが続ける。
「絶対に死なせないと誓いました。必ず助け出しましょう!」
おう、と立ちあがったのは宵夜だ。
「貴族とマジで戦り合いか。ブルっちまうぜ」
ふふ、と――宵夜の口辺に不敵な笑みが刻まれた。
「いよいよ明日だ。ぬかりはなかろうな」
月光に蒼く染め上げられた庭から、ゲスナはトーレに眼を転じた。
「はい。今宵は用心の為に、衛士の数も増やすよう手配をしております」
「そうか‥‥」
くくく、とゲスナが嗤った。すでに彼の眼には、吊るされたジェシーの姿が幻視されている。
「思い知るがいい。衆目の中で、無様な死様をさらしてやるぞ」
●そして、彼らは動き出した
数刻後――
煌とした月に街は蒼く沈んでいる。さすがにマルクト広場に通じる中央大通りにも人影は絶え――
ノックの音に、不寝番の衛士の一人が顔をあげた。
最初は風の悪戯と思った彼だが、続くドアを叩く音に、仕方なさそうに立ち上がる。やれやれと首を振り、衛士がドアを開いた。
「!?」
街路に佇む二つの影を見とめ、衛士が息をひいた。
一人はマスカレードで顔を隠した巨漢、もう一人はターバンで面を包んだ中背の男――
「な、何だ、お前ら!?」
ようやく誰何の言葉を押し出した衛士に、巨漢がニンマリと笑って見せた。
「親しい連中には『羆』なんぞと呼ばれてるようだぜ?」
「ジェシーを見殺しになんて出来るか!」
叫び、ターバンの男が地を蹴った。
詰め処入り口での怒号をよそに、三つの人影が疾風のように地下室に滑り込んだ。
「い、いました‥」
蒼闇の片隅――牢の中でうずくまる人影を見出し、鞳維が胸を撫で下ろした。
「――あ、あんたらは‥‥」
気配に、ジェシーが身を起こした。
その彼に頷いて見せると、黒妖が開錠にかかり始める。
「‥すぐ‥出してあげる‥から‥」
「よせ! 俺はもうだめだ。あんたらまで巻き添えにしたくない」
「諦めては駄目です! 貴方は妹さんと再会したいのでしょう!」
アレクセイの叱咤に、ジェシーが沈痛な面を伏せた。
「‥‥す、すまない」
「き、気にしない、で‥」
鞳維が応えた時、ガチャリと錠がはずれた。
「さあ、急いで」
アレクセイがジェシーを抱き起こした。あまり時はかけられぬ。
が、うめくジェシーの顔を見たとたん、アレクセイは息をひいた。
亡霊のようにやつれた顔は、ほとんど食事を与えられていなかったことを窺わせる。そして、はだけたシャツの胸元から覗く青痣――
「――ひどい‥‥」
怒りに身を震わせ、アレクセイが唇を噛んだ。
パシリッと――
拳を掌で受けとめると、宵夜の蹴りが唸った。爆発音のような音が響き、文字通り衛士が吹き飛んだ。傍らで、ライルに鳩尾に手刀をつき込まれた衛士がずるずると崩折れる。
「殺しちゃだめだよ」
「わかっちゃいるがよ‥‥」
荒い息で注意するライルに、対する宵夜はうんざり顔だ。
「きりがねえ」
宵夜がごちた時、その隙をつくように衛士の一人が斬りかかってきた。
咄嗟に避けもかわしもならぬ宵夜に刃を走らせ――剣が音をたてて床に転がった。その衛士の手には一本の矢が突き立っている。
「ちょっと、こんなに相手していられないわよ」
セラフィーナが叫んだ時、呼子が音が鳴った。――合図だ!
顔を見合わせてほくそ笑むと、ライルと宵夜は同時に叫んだ。
「俺達の仕事はここまでだ」
「ハ、ここの衛士はとんだ給料泥棒だな!」
刹那――
詰め処の前が漆黒の闇に閉ざされた。もれるランタンと蝋燭の光、それどころか月光ですら飲み込まれたように消失している。
乱入者二人が闇に飛び込んだのを見とめ、トーレの絶叫があがった。
「に、逃げたぞ。追え!」
顔を隠した二人が走り去るのを見届けると、銀髪の若者が背を向けた。二、三歩行き過ぎかけて、
「お前!」
呼びとめる声に足をとめた。
「何か?」
「怪しい奴らが飛び出して来ただろう。どこに行った?」
トーレの問いに、ああと頷き、若者は顎をしゃくって見せた。
「あっちに‥‥それよりも」
若者が、ついと上に眼を上げた。つられて見上げたトーレの口から愕然とした呻きがもれる。
銀月に、箒に跨り空を飛ぶ二つの影が浮かびあがっている。あれは――
「ジェシーだ!」
トーレが叫んだ。
慌しく動きはじめた衛士達に手を振り、若者――バーゼリオは再び歩き始めた。その面に会心の笑みが浮かんでいる事を、衛士達が知るはずもない――。
「‥うまく‥いったみたい‥だね」
街路を流れるように追いかけてくる衛士達を見下ろし、人遁の術を使ってジェシーに化けた黒妖が呟いた。
その腕はしっかりとアレクセイに掴まっている。当然だ。この高みから落ちれば、骨折どころではすまない。
「‥まぁ‥遠目からじゃ‥見破られ難いんだけどね‥」
「あの二人、大丈夫でしょうか?」
別の衛士の一団に追われるライルと宵夜を見遣り、アレクセイが懸念の言葉を口にした。応える黒妖の語調は、彼女らしくもなく、どこか楽しげである。
「大丈夫。‥ライルは‥ああみえて‥しっかりしてるから。‥それに‥熊さんも‥いるし」
その熊さんは――
ライルとセラフィーナとともに懸命に駆けていた。
えっほ、えっほ、と声をあげながら。
「上手くやれよ、出来るだけはやったぜっ!!」
ちらりと詰め処の方向に眼をやり、宵夜が子供のような笑みをライル、セラフィーナと見交わした。
もぬけの殻となった衛士詰め処の裏手から、すうと二つの人影が現れた。
一つは外套を被ったジェシーであり、もう一つはよろめく彼に肩をかす鞳維である。
「い、急ぎましょう‥」
「あ、ああ。‥‥しかし、彼らは――」
「し、心配は‥いらない。ま、まだユイスも‥いる、し‥」
「あっちだ!」
「いや、こっちだ!」
すれ違い、衛士達が走る。一団はこっちこっちと呼ぶ声の方向に向かって。別の一団は走る人影を追っての疾走だ。
そして――声の方に向かった一団が行きついた先は行き止まりである。
「くそっ!」
地団太を踏む彼らは、背後を走る影を見とめた。
「あれだ!」
再び衛士達が人影を追って駆け出した。角を曲がった影を追いつめんと、一気に足を速め――塀に次々と激突した。むろん逃げ込んだ人影の姿は消失している。
「い、いったい奴らは何人いるんだ!?」
鼻血と涙に濡れながら、衛士は呪詛の言葉を呟いた。
その嘆きを、塀の向こうでユイスは聞いていた。
さすがに泰然自若とした彼も、今は荒い息をついている。連続の魔法使用は、彼の肉体にも無視できない疲労を強いているのだ。
「適度に休憩を入れませんと、身体が持ちませんしね〜」
クスクスと笑うと、ユイスは用意していた一握りの灰を取り出した。彼の呪に応え、それはたちまち彼自身の姿となる。
「“楽”をしたり、させようとするのは意外と大変なんですよね〜」
フライングブルームを降り、アレクセイと黒妖は用意した愛馬へと向かっていた。馬は街外れの公園に繋いである。
建物の陰から出ようとして、二人はぴたりと足をとめた。前から走りよってくる足音がする。顔を見合わせた二人の耳に、別の背後から響いてくる足音が――
いきなりアレクセイが黒妖を抱き寄せた。そして唇を重ねる。
直後、二人の姿をランタンの光が浮かびあがらせた。
「チッ」
大きな舌打ちの音をたてると、衛士達は二人の傍らを駆けぬけて行った。それが遠ざかるのを待って、アレクセイは黒妖の唇から自分のそれを離した。
「‥ナイト‥お待たせ‥。‥行こうか‥」
ふらふらと、黒妖は愛馬に歩み寄って行った。
同じ頃、へたりこんだ衛士の一団を見遣り、ユイスは仄かな微笑を浮かべていた。
「それではご機嫌よう、と云ったところでしょうか〜」
潮時とばかり――
すう、とユイスの姿が地に沈み込んだ。
「お疲れっ!」
隠れ家に戻ってきたアレクセイ達を、大仰な仕草で宵夜が迎えた。抱きしめようとするその手を、しかし黒妖はするりとかわした。
「‥疲れた‥アレク‥膝枕して‥」
「な、何なんだよ、それ」
はじめて見せる黒妖の微笑に眼を丸くした宵夜は、口をへの字に曲げて、鞳維が救出してきたジェシーの前に歩み寄って行った。気配に気づき、窓から外を窺っていたライルが振り向く。
「あんた、良いダチもってるじゃねえか‥‥それで妹さんに土産でも買いな」
ジェシーの前に、無造作に宵夜が報酬として受取った金をおいた。これで、当分安酒しか飲みなくなるのは覚悟の上だ。
「救出は成りました‥‥が、如何にして彼を故郷まで逃がすか、ですね」
膝にのせた黒妖の髪を撫でていたアレクセイが云った。そうね、と頷いたのはセラフィーナである。
「のんびりは、あまりしていられないと思うわ‥‥怒りに狂ってどんな余波が来るか、分からない。少しでもゲスナの力が及ばない所まで逃げるつもりでないと」
「そうだ。これで終わりのハズがねえ‥‥」
家族を殺られた執念の重さは知ってる――
ギラリ、と。
吹き戻す嵐の到来を予感して、宵夜は眼に刃の光を揺らめかせた。