蜘蛛女の憂鬱――ジャパン・江戸

■シリーズシナリオ


担当:三ノ字俊介

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 95 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月16日〜04月23日

リプレイ公開日:2006年04月24日

●オープニング

●今昔江戸物語
 江戸開闢(かいびゃく)から21年。関東と呼ばれる、本州中央にある平地帯の治安は、かつてに比べ恐ろしいほど良くなった。
 その多くは、『関東王』源徳家康の覇力によるものである。この21年間の間に、彼は関東の豪族達を傘下に置き、磐石に近い国礎を作り上げた。絢爛たる江戸城は、豪奢さでは藤豊秀吉のそれに劣るというが、当代最新の築城技術で建設されており、まさに難攻不落。江戸のシンボルとして江戸の中心にそびえたっている。こうなるともう、源徳が恐れるものは後顧の憂いとなる奥州藤原軍団ぐらいしかない。
 だが、国が大きくなると組織も大きくなる。大きくなった組織は必ずと言っていいほど腐敗し、そして膿を抱え込むことになる。そしてそれは、より弱い部分――弱者である庶民を汚染することになるのだ。
 政治の腐敗は、何をどうやっても避けられない。綺麗な政治などというものが幻想だ。権力の快楽に溺れ、汚れてゆく聖人など掃いて捨てるほどいる。むしろそういう人物ほど、堕ちたときは激しい。
 政治家の器量というものは、つまりいかに上手に汚れるか、ということでもあるのだ。
 源徳の抱える侍集団が江戸の表の顔なら、『冒険者ギルド』はその裏の顔である。そこはある意味、江戸の持つ負債が吹きだまるこってりとした坩堝(るつぼ)であり、多くは『冒険』という麻薬のような刺激にとり憑かれた性格破綻者の集まる場所である。
 だが、何事にも汚れ役という存在はなくてはならない。些銭と名誉に命を張る『冒険者』という存在。彼らなくして、社会の運営は成り立たないのだ。
 それを束ねるのが、『冒険者ギルド』という組織である。
 冒険者ギルドの役目は、仕事引き受けの窓口、仕事の斡旋、報酬の支払い、報告書の開示などが主に挙げられる。大きな仕事や疑わしい仕事は独自の諜報機関を用いて裏を取り、怪しい仕事は撥(は)ねるのだ。
 基本的に、咎を受けるような仕事は引き受けない。仇討ちの助勢を行うことはあるが、暗殺などの依頼は原則として受けないのが不文律である。報酬の支払いは確実なので、冒険者としても安心して仕事を受けられるというものだ。

「早速だけど、話を聞いてもらえるかしら」
 と、艶やかな口調で言いキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪がなまめかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
 京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「依頼人は、北関東にある針井(はらえ)村の村長さん。依頼内容は、女郎蜘蛛の警護よ」
「「「は?」」」
 集まった冒険者一堂が、顔に疑問符を浮かべた。
「詳しい事情を話すと長くなるわ」
 京子は話し始めた。

 針井村には古刹がひとつある。といっても仏教伝来の前からあるもので、仏像も無く何らかの神事に使われていたのではないか、という程度のことしか分かっていない。
 そこには一つの封印があったらしいのだが、それを村の子供が破ってしまったのだ。きもだめしか何かをやっていたそうだ。
 その翌日、村長の家に美しい娘が現れた。村長は江戸に行っていた孫娘が帰ってきたというが、そんなものが居るなどとは村の誰もが聞いたことが無い。
 それから、村に怪しげな事件が起こり始めた。家畜と村周囲の動物が消え、何かの気配が村の周囲にあるようなのだ。

「村長の話だと、その『孫娘』は長年村を守っていた土地神――まあ正体は女郎蜘蛛らしいんだけど、村人がその正体を疑っているっていうのが現状なのよ。そしてその女郎蜘蛛の話だと、古刹に封じられていた魔物――その正体はその女郎蜘蛛も知らないんだけど、それが村を狙っているらしいのよね」
 タン!
 京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「あなたたちの任務は、急いで針井村に向かい村長の話を確かめて、『問題を解決する』こと。慎重な調査と微妙な判断が必要とされるわ。上手に解決してちょうだい」

●今回の参加者

 ea1435 ノリコ・レッドヒート(31歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb2628 アザート・イヲ・マズナ(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 eb3773 鬼切 七十郎(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3843 月下 真鶴(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

蜘蛛女の憂鬱――ジャパン・江戸

●針井村へ
「『ジョロウグモ』。ジャパン固有のモンスターで、『ヨウカイ(妖怪)』などに種別されるクリーチャー系モンスター。近付いてきた男性を虜にして糸で絡めとり、生き血を吸うと言われている。美しい女性の姿に変身することができ、呪縛糸を吐く――か」
 ノルマン出身のレンジャー、ノリコ・レッドヒート(ea1435)が、冒険者ギルドで調べた女郎蜘蛛に関する情報を反芻(はんすう)していた。ノリコはどことなく垢抜けない容貌の女レンジャーで、年齢的に言えばたぶん婿さんを絶賛募集中だと思われる。
 女郎蜘蛛というのは総じて知能も高くて寿命も長く、一部の村落では贄(にえ)を与えて土地神に奉る風習もある。逆説的に言うと禍津日神(まがつひのかみ)にもなりやすく、対処を誤った村落が丸ごと壊滅させられたという事件は枚挙に問わない。
 つまり、対処方法によっては大変な結果を生む。敵として見た女郎蜘蛛は、難敵である。農民風情が100人束になってかかっても、逆に返り討ちになる可能性が高い。
 つまり村人が短気を起こした瞬間、針井村は消滅すると考えていい。
「村長さんがその女郎蜘蛛を孫娘と言っているのなら――もちろん村長さんがキ印だという可能性もあるんだけど、そんなことを言ったら始まらないからマトモだとしておくね。その場合、女郎蜘蛛も村長さんにいろいろ話していると思うんだ。だから、色々話を聞けると思うんだよね」
 仲間に同意を求めるように、ノリコが言う。
「俺もいい加減怪しい部類に入ると思っていたが、そのジョロウグモなるものはその上を行くな」
 白髪白皮のハーフエルフのファイター、アザート・イヲ・マズナ(eb2628)が言う。ハーフエルフは忌み子ゆえ、故郷のインドゥーラではあまり良い思い出の無い彼ではある。が、ジャパンでは事情を知る外国人からの迫害はあっても、ジャパン人そのものからの迫害は少ない。まあエルフに関する知識が少なく耳の短いエルフ程度にしか思われていないのもあるだろうが、ジャパンでは『異人』のひとくくりで見られているからでもあろう。そういう意味では、ジャパンはハーフエルフにとってそれなりに住みよい土地である。
 興味本位で物事に当たる奇癖があるアザートとしては、このジョロウグモに対する興味は尽きない。しかし事態が彼に不向きな――つまり戦士として、『力ずく』で解決するにはやや難しい問題になっているのが、いささか気になる。彼にとっては、物事を力でねじ伏せる方が楽なのである。
「胡散臭ぇな。妖怪が人助けかよ」
 と、始めから疑ってかかっているのは、浪人の鬼切七十郎(eb3773)である。彼は初(はな)からその女郎蜘蛛を疑っており、むしろその女郎蜘蛛を斬って事態を解決する事を主に想定していた。装備品もほぼ持てるものの中では一級のものをそろえ、不測の事態に対して余念が無い。
 が、暴力であっさり解決できるなら、冒険者の存在価値は半減する。『暴力』と『智賢』、この相反する両者を兼ね備えて初めて、一人前の冒険者と言えるからだ。
「まあ、がんばりましょう。冒険者の名誉を守るために、この事件をきっちり解決するのです!」
 家庭的な容貌の女性が言った。月下真鶴(eb3843)、ジャパンの女侍である。年齢的には家庭に入ってもおかしくないのだが、冒険という魔力にとりつかれて婚期を逃しつつあるのは余談だろうか。
 ともあれ今回の依頼を受けた一行4名、針井村へは無事に到着した。
 が、状況は最悪だった。

●暴動
 冒険者たちが針井村に到着したのは、日も山陰に落ちて結構経ったころである。通常なら夕闇の中に村は沈み込み、人々は闇の中に息を殺しているはずだった。
 が、村にはいくつもの煌々たる明かりが灯り、それが一軒の家屋に集まっていたのである。それが村長宅であることは、容易に想像できた。ついに暴動が激発したのだ。
「こりゃいかんな」
 七十郎が、あまり大変ではなさそうな口調で言う。
「急ぎましょう!」
 てきめんに反応したのは真鶴である。羽織を跳ねて山道を駆け下りる。一同もそれに続く。
「落ち着け村の衆! 落ち着くんじゃ!」
 たいまつの集まった家屋では、一人の老人が、集まった村人をなだめるのに必死だった。おそらく依頼人の村長であろう。
 集まった村人はたいまつと鍬や鋤、鎌などの農具を手にしていて、今にも村長を押し切らんばかりである。迷信深い農民が迷妄している構図――迫害を受けてきたアザートあたりには、おなじみの光景だ。
「待ちなさい! 道を開けて!」
 その人垣の中に、真鶴は飛び込んでいった。
 村人は面食らったようだった。異貌の冒険者たち(おそらく多くの村人は見たことが無いであろう)が、その場に割りこんで来からだ。
「落着きなさい! 短慮を起し物事を早急に決めて掛かるのはいけません! ただ妖しいからといって吊るし上げて、もし何もなかったらあなた達はどう責任を取るのです! 僕らがこの怪異の元凶を突き止めるから、ますは落着きなさい!」
 真鶴が村人たちに向かって言う。
「なんだお前は! よそ者は出て行け!」
 村人の誰かが言った。
「出て行ってもいいが、お前たちに妖怪の相手がつとまるのか? まあ、最低でも10人は死ぬぞ」
 七十郎の言葉は、村人に冷や水をかけるような効果があった。七十郎が放った殺気は本物である。それは村人の、臆病な心を呼び覚ますのには十分だった。
「彼女が犯人だとか言う証拠はないでしょう? 危害を加えて、事態が改善するどころか抑止力が居なくなって事態が悪くならないって保証もないでしょ! 今は、誰かを害する事じゃなくて、自分や家族を守ることを考えて。ね?」
 ノリコの言葉が、村人のパニックにとどめを刺した。何よりも自分とその家族を守ること。村人にとっては、それが重要なのだ。
 村人は憑きものが落ちたように、それぞれの家へ帰っていった。
「ありがとうございます‥‥冒険者の皆さんですね? 私は村長の吾平と申します」
「事情を伺おうか」
 アザートが、村長に言った。

●女郎蜘蛛との対話
 それは、美しい女性だった。掃き溜めに鶴どころではない。美しさの基準が違う。それは人外のものが持つ美しさで、いっそ妖しいほど艶やかな女性だった。
 白無垢に身を包んだ女性は、名を真奈と名乗った。
「あなたが‥‥その、妖怪なの?」
 真鶴が、一枚布を噛ませたような口調で真奈に問いかける。
「しかり、この地にくくられて300年ほどになるかの」
 貴人のような超然たる様子で、真奈は言った。
 彼女の話を総合すると次のようになる。
 300年前、華国から渡ってきた僧侶が彼女を調伏し、この土地にくくったそうである。それがいかなる秘術かは計り知れないが、いずれにせよ彼女はこの地に根ざしこの地を守護することとなった。
 といっても、たいした仕事は無い。せいぜいが魑魅魍魎のたぐいを寄せ付けないことぐらいで、そんな事件も30年に一度あるか無いかというところである。
 が、彼女も知らないことがあった。くだんの封印の件である。
「例のものは、私がこの地にくくられるより200年は前にあったものらしい。神代とまでは言わぬが、それなりの『もの』らしいの。その正体については我も知らぬ。そして、300年を生きた我よりしたたかで強力な『もの』じゃ」
 そう言うと、女郎蜘蛛は衣服に手をかけた。するりと脱ぐと白磁の肌があらわになり、そしてそこにあるえぐられたような醜い傷跡を見せることになった。
「脚を2本食いちぎられた。糸の結界を張ってこの地を守ってはいるが、それもあまり持たぬ。一両日には『それ』も動き出すじゃろう」
 女郎蜘蛛を一蹴した化生。
 もしかしたら手に余るかもしれないと、冒険者の誰もが思った。

●調査
 翌日、村を中心に調査が行われた。
 アザート・イヲ・マズナはその間、村の警戒に当たっていた。
 ノリコ・レッドヒートは家畜やその他の被害状況を、周辺の地図に書き込んだ。それによると『敵』の足跡は山側に集中していることがわかった。
 月下真鶴は子供たちに話を聞き、件の古刹を捜索した。封印というのは石に貼った符らしきもので、その石は一抱えもある大きさだがまっぷたつに割れていた。そこに獣のものらしい毛が落ちていたのを真鶴は採取した。
 鬼切七十郎は猟師としての経験を活かして、『敵』の痕跡の捜索を行った。具体的には『敵』が食い殺した獣と、真鶴が発見した獣毛らしいものと同じものを発見することになった。足跡も発見したのだが、大型の犬かオオカミのたぐいのように見えたぐらいの発見しか無かった。
 ただ、毛の採取が頻繁に行われたことから、相手はごく短期間に何度も毛の生え替わりをしているらしいことが想像できた。それはつまり、超速の代謝によってものすごい勢いで力を取り戻しているのであろう。
 時間が経てば経つほど状況は悪くなる。
 事態は、余談を許さないようだった。

【つづく】