ベノンの聖女救出作戦〜第1段階・調査〜
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■シリーズシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:12人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月03日〜03月09日
リプレイ公開日:2007年03月07日
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●オープニング
●日之本一之助の作戦室
冒険者ギルドに、密かに設けられた部屋がある。
別に、造りが特別というわけではない。ごくありふれた宿屋の一室で、独りで暮らすにはやや広いというだけだ。
ただこの部屋には、窓がない。周囲は土壁に囲まれ、やや湿気のこもったかび臭い臭いが、室内にわだかまっていた。広さがあっても、圧迫感はある。隣室は全て倉庫類で、この部屋も元は書庫だ。
後に『日之本一之助(ひのもと・いちのすけ)の作戦室』と呼ばれるようになる、彼の居室である。
この場所は、今いきなり用意されていたわけではない。彼の来訪と同時に解放され、機能し始めたのだ。それまでは、彼と面識のあったらしい冒険者ギルドスタッフ、烏丸京子(からすま・きょうこ)の管理下にあったらしい。おそらくはシフール便などを利用して、準備を進めていたのだろう。
「で、日之本さん」
室内の壁を入念にチェックしている日之本に対して、京子が問いかけた。
「これからどうするの? 冒険者の中には、今にも飛び出しそうな人たちがいっぱい居るけど。あたしも『その辺の依頼』の頒布については、わりと同じ気持ちだわ」
キセルをくゆらせながら、京子が言った。人間としてという以上に、女としてディアネーの状況は看過できない。
が、しかし。
「何もしません」
日之本は、信じられない言葉を吐いた。京子が、さすがに唖然とする。
「あ‥‥あなた、わざわざメイディアまで来たんでしょ? 『何もしない』って、どういうこと!?」
日之本は振り返り、口を開いた。
●『名無しの砦』探索
「状況は、ある程度把握させていただきました。そのネイ・ネイという暗殺者の言葉は、信用してもいいと思います。理由は簡単です。利害が一致しているからです。向こうが望んでいるのは我々との『より打算的な関係』であり、つまるところ討ち合ってもらって『彼らの諜報網を活用するように』し向けたいのでしょう」
自室に呼び入れた冒険者たちに向かって、日之本は演説のようなものを打っていた。
人間がカオスニアンの間諜を使っていることは、公言されていないが周知の事実である。金だけの話をするなら、情報を正しくリークして状況を操作したほうが、きっちり利食いすることが出来るのだ。
現代風に言うなら、株のインサイダー取引のようなものであろう。株価が上がるような情報が出る前に株を買い、株価が上がってから売却する。ネイ・ネイの行動は、彼らの持つ情報の価値を吊り上げる効果がある。
ただそれが、『説明のしやすい金銭的側面』であることも認識している。しかしカオスニアンのパーソナリティにまで言及する愚を、日之本は犯さなかった。彼は徹頭徹尾、『目に見える敵』と戦う人間なのである。
そして彼の実力が真に発揮されるのは、『目に見えない相手を衆目に晒す』ことだった。
彼が来落したタム村の村人は、それまで武器を持つ盗賊たちにおびえるだけだった。しかし彼の手引きによって正しい視点を確保し、『なんだかよくわからない恐い奴ら』が『大人数でかかれば倒せる相手』にまで引き下げられてしまった。
つまり、地に足の付いた判断が出来る人物なのだ。それが、日之本を評価する上で重要な項目だろう。
「今回は、出来れば12人で3隊の編制をしたいと思います」
日之本が、具体的な作戦指示に入った。
「1番隊、陽動部隊。これにはモナルコス級ゴーレム2騎とチャリオットを使用して、派手に負けていただきます。野戦を挑んでください。おそらく数で圧され戦力を分散させられ、全力で戦っても後退は必定だと思います」
地図上の×印に向けて、将棋の駒のようなものを三つ、日之本が東側から進ませた。
「次に2番隊、上空偵察になります。ゴーレムグライダー2騎とフロートシップで、敵兵の動きを把握してください。ただし、飛行速度は全力で。グライダーもフロートシップも、立てられる稼働音は全開でお願いします」
やたら細かい注文が入ったが、とにかく指示は通達された。
「最後に3番隊。潜入調査班になります。敵兵の出動に合わせて砦に潜入し、内部調査をしてください。もちろん目的はディアネー嬢です。彼女の顔を知っている者が望ましいですね。ただし、見つけてもまだ助けないでください」
――なっ!!
嫌な空気が、室内に満ちた。さもありなん、目の前に彼女を見ても、自重しろというのである。
「ご不満なのは分かります。しかし彼女は、築城に使役されている数百の奴隷に対する人質になっています。そしてその数百の奴隷たちも、彼女にとって人質です。我々が望んでも、彼女はその場を離れないでしょう。そしてもし、彼女が自分のみの救済を求めるようなら、すでに彼女の心は致命的なまでに『折れて』います。その時は、むしろ貴族の責務として命を絶っていただいたほうがマシです。その時は人目の無い場所で、ひと思いに殺してあげてください」
この冷徹な計算に、反感を覚えた者はかなり多い。不信ではない。「こいつは気にくわない野郎だ」というような『感情』だ。
そして正論を言っているのが、なお腹立たしい。彼が僧侶だったら、確実に黒教徒だっただろう。
「作戦骨子は以上です。必ず敗北し、相手を油断させてください。築城が通常通り続く限り、彼女が殺されたり移動させられることはありません。そして、助けるときは全員を助けます。誰一人、取りこぼしません。隊編制は各自で。個々の細かい作戦や手順は、各隊の判断に任せます。作戦同期は、隊長同士で取ってください」
●リプレイ本文
ベノンの聖女救出作戦〜第1段階・調査〜
●参謀殴り
ぱーん!!
室内に痛烈な音が響き、周囲の空気が緊張に包まれた。
フィーノ・ホークアイ(ec1370)が、日之本のほほを張ったのである。
「‥‥憎まれ役なのは分かるが、やり過ぎであろ」
フィーノが言う。その顔には、憐憫とも取れる表情が浮いている。
フィーノは日之本の肩を軽く叩くと、部屋をそのまま辞した。
「何をしているんです?」
残っていた冒険者たちに、日之本が何事も無かったかのように言った。
「時間は無限ではありません。出来ることはすぐに取りかかってください」
ぎくしゃくした動きで、冒険者たちは席を立った。
「やれやれ‥‥」
一人残った日之本は、普段見せない柔らかな表情をしていた。
「私もまだまだ、修行が足りないですね」
そう言い、部屋のランタンを吹き消して、日之本は部屋を辞した。
暗闇だけが、部屋に残っていた。
●作戦決行
「都合良く雲がかかっているが、これでは厚すぎだ」
フィーノはフロートシップ《シムリス》甲板上で、雲海に近い空を見つめていた。
今回の目的は、『表向き』は威力偵察である。その実がディアネー・ベノンであることはカモフラージュされているが、下手を打つと看過されかねない。
そのために出来るだけ派手な陽動作戦が必要であり、そのために実に多くの装備が投入されている。
《シムリス》もその一つであり、それに搭載されているグライダーやチャリオットも同じだ。少なくとも、一つの作戦に五つも六つもゴーレム兵器が投入された前例は、かなり少ない。
「これを『個人の理由』で借り受けたのだから、日之本の交渉能力は本物だな。まあ、合格点をやってもいいだろう」
ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)が日之本を評価している。人を見下したような発言が多いが、他人を評価することにかけては、彼には確かな見識眼があった。
「ハウルさん、戦域に入ります。高度を下げます」
《シムリス》の艦長が、ゼディスに言う。
「グライダー発進準備! 下ではすでに戦闘が始まっているはずだ。艦長、機関最大戦速! 派手に音をたててくれ!!」
実質の船隊指揮官であるゼディスの指示で、船がその機動を変える。静謐を良しとする奇襲戦において、彼らの行動はその逆をいっていた。いかな意図があるかはしれないが、日之本が「音を立てろ」というのである。
――単純な陽動目的ではあるまい。
ゼディスが思うが、今はそれに思考をめぐらせている場合ではない。雲が低いと言うことは、戦域は近いということだ。
「シルビア・オルテーンシア(eb8174)、一番騎、いきます!」
シルビアが、グライダーを起動させて飛び立つ。もう一騎、スマルという名の鎧騎士が、この作戦に随伴を申し出、やはりグライダーで飛び立った。彼らの任務は、偵察である。敵の数や布陣などを記録し、それを持ち帰るのだ。
「さて、わたしも始めるとしようか」
フィーノが、呪文を唱え始める。
《ヘブンリィライトニング》が大気を割り、地面に直撃した。
◆◆◆
――大丈夫。ガス・クドは、ここにいない。
自分に信じ込ませるように、クウェル・グッドウェザー(ea0447)は祈っていた。剣を振るいながら、作戦の成功を神に祈る。
「右旋回! 梅! いくよ!」
リィム・タイランツ(eb4856)が、彼らの乗ったチャリオットの舵を切った。『梅』とうのは、旋回の難度である。『松』『竹』『梅』にちなんだもので、松のほうがきつい。
「ううおおおおおおおおおりゃっ!」
マグナ・アドミラル(ea4868)が、斬馬刀をその勢いを借りて振るった。命中率はきわめて悪いが、威力は抜群である。
リア・アースグリム(ea3062)は、もてる魔力を総動員して恐獣に向かって《コアギュレイト》をかけている。恐獣は魔法に対する抵抗力が低いのか、かなりの戦果を挙げていた。
――いける! 今日の僕はけっこういけてる!!
縦横無尽にチャリオットを振り回しながら、リィムは手応えを感じていた。チャリオットは歩兵に比べれば速度があり、重量もあるので突進力もある。敵が兵馬や兵獣類であれば、攪乱戦術にはもってこいだ。
――遠くへ、遠くへ。もっと遠くへ。
日之本の指示の通りに、敵を砦から引き離すため舵を切る。全力稼働でどれほど精神力が保つか分からないが、速度をゆるめるわけにはいかない。
が。
ぶゎん!!
羽虫の群れのような音とともに、彼らの周囲一帯に、何か鋭く小さいものが多数降りかかった。十や百ではない。千や二千という数である。
『なんだこれはっ!!』
モナルコスの中から、スレイン・イルーザ(eb7880)の叫び声が響く。同じくレイバンナ・ジェロン(eb8980)の乗るモナルコスも、被害を受けていた。
――何か隙間から入り込んで、制御胞の中をはね回った。
レイバンナが、からくも状況を把握する。そしてはっとなり、チャリオットの方に目を向けた。チャリオットは横からの攻撃には強いが、上はがら空きである。モナルコスの鎧の隙間に飛び込んだ飛礫でコレなら、チャリオットは――。
「ぐ――これは、なんだ‥‥」
血を頭から流しながら、タフで鳴らしたマグナが立ち上がる。
その視線の先に、一人のカオスニアンが居た。赤い帽子をかぶった、痩身の男。
そいつは、赤い槍を持っていた。
「リィム! 離脱しろ! これは2度も食らうとまずい!!」
「う‥‥」
やはり上半身を血で濡らしたリィムが、震える手で舵を握る。
どっ。
その瞬間、陽動班の冒険者たちは凍り付いた。長く赤い槍が、リィムの頭蓋を撃ち抜いたのだ。即死だった。そして槍は、飛んできたのと同じ速度で戻っていった。
――『虎』かっ!
マグナが歯噛みする。戦技や装備で武装しているマグナたちと違って、リィムは鎧騎士のため飛び道具に極端に弱い。そして敵は、その弱いところを的確に突いてきたのだ。
◆◆◆
――あれは何!
一部始終を見ていたシルビアは、驚愕を隠せなかった。
多分槍――だと思う。その赤帽のカオスニアンが持っている細長い物体は、投擲されたあと空中で四散し、身方の布陣している一帯の地面をほじくり返したのだ。
――まさか、ゲイボルグか!!
さすがのゼディスも、今回は度肝を抜かれた。千の飛礫となる必殺の槍、《ゲイボルグ》。あまりに強力すぎて、その所有者であるクーフーリンまで害したという、伝説の武器。
オリジナル、というわけではあるまい。しかし魔法の武器が『器物』である以上、それを鍛え造った者がいるはずである。それはつまり、亜種やコピーも存在するということだ。
「シルビアさん、援護願います!」
鎧騎士のスマルが、翼をたたんで急降下をする。シルビアが止める間も無かった。飛行恐獣が迫っていたからだ。
●聖女は死なず
「‥‥表は派手にやっているようだな」
肌を黒く塗り、カオスニアンに身をやつしたリューグ・ランサー(ea0266)が、城壁の向こうの音を聞いてつぶやいた。
「保たせてくれよ‥‥」
バルディッシュ・ドゴール(ea5243)が、やはり小声で言う。
「みなさん、こっちです」
イェーガー・ラタイン(ea6382)が、建物の陰に二人を呼び込む。そして、小さな羊皮紙を広げた。
「主な建物は記録しました。あとは捕虜収容施設と、奥の大きな建物だけです」
「行こう。俺たちはそのために来た」
リューグが言った。二人がうなずく。
外での陽動作戦が効いているのか、兵舎も収容所もカオスニアンの姿は無かった。皆頑健な牢獄に囚われているだけ。
そして、牢獄の中央に『白い肌のカオスニアン』が居た。
「ディアネーさま‥‥」
バルディッシュがつぶやく。
憔悴し、あばらが浮くほどやせ細っていたが、それは間違いなくディアネー・ベノンであった。全ての捕虜から見える位置におり、そして台座のような場所に据えられている。半身はすでに数多くの入れ墨に浸食され、彼女が受けた傷の数を具体的に示していた。
バルディッシュが思わず前に出そうになるのを、リューグが止める。今の一歩は、確実にバルディッシュの心に焦りが出ていることを表していた。
「イェーガー、おまえが話せ」
イェーガーが、短くうなずく。3人は生け贄の祭壇の供物のようなディアネーに向かって、歩を進めた。
「ディアネーさん、ディアネーさん」
イェーガーが、ディアネーに声をかける。しかしディアネーはうつろな表情のまま、動かない。
――『壊れて』しまったか?
3人の心に不安が差し込んだ。折れる折れない云々の前に、すでに遅かった可能性もある。
「ディアネー、目をさましてくれ! 頼む!」
懇願するように、バルディッシュが言う。すると、ディアネーの目に、わずかに光が戻った。
‥‥みず。みずを。
ディアネーの口が、言葉を形作る。イェーガーが革袋を取り出し、ディアネーに水を含ませた。ほとんどこぼしてしまったが、それでも口を利くには十分な補給になった。
「‥‥みなさん、どうして」
か細い声で、ディアネーが言う。
「あなたを助けに来ました」
イェーガーが、言った。そしてディアネーの次の言葉を待つ。
彼女の心が折れているかどうか、見極めるためにだ。
「‥‥カオスニアンは、恐ろしいことを考えています」
しかし、ディアネーの口から出てきた言葉は、予想もしなかったものだった。
「カオスニアンは‥‥近隣の村落から人々を狩り、この砦で‥‥カオスの地へのトンネルを‥‥掘削しています。カオスの地と‥‥メイの国を隔てる山脈を‥‥迂回するために‥‥目的は‥‥メイの国への‥‥大規模侵攻‥‥はやく‥‥このことを‥‥ステライド王に‥‥」
一同は、胸からこみ上げるものを、抑えることが出来なかった。
これほどの仕打ちを受け、並々ならぬ汚穢を飲み込み、それでいて彼女は、今なお『メイの騎士』なのである。心が折れるどころか、敵の作戦を伝えるために、このような姿になっても生き抜いてきたのだ。
「‥‥バルディッシュさん‥‥」
「何でしょうか、我が君」
「少し‥‥疲れました。私を、楽にしてください」
だが、その言葉で一同は凍り付いた。そう、彼女は今、騎士としての責務を果たし、解放されたのだ。武士の情けがあるなら、ここで楽にしてあげるべきである。
――日之本、話が違うぞ!!
想定外の事態に、一同は困惑した。日之本の予想の中に、このような状況は髪の毛一筋ほども想定されていない。それは日之本の限界でもあるのだが、トンネルのことは彼も知らなかったのだ。知らないことを予想することは、不可能に近い。
バルディッシュは冷静さを失い、リューグは葛藤の中にあった。二人とも、ついに忠誠に値する主君と巡り会った、と思っていたからだ。
かろうじて日之本の言葉を思い出すことが出来たのは、立場の違うイェーガーだった。
――考えろ、考えるんだイェーガー。
葛藤が、胸を焼く。
『築城が通常通り続く限り、彼女が殺されたり移動させられることはありません。そして、助けるときは全員を助けます。誰一人、取りこぼしません』
そこで、イェーガーは口を開いた。
「いいえ、ディアネーさん。あなたには、まだ『生きて』いただきます」
イェーガーが言った。
「あなたが生きている限り、ここの捕虜は殺されることはありません。そしてあなたが生きていれば、ここにいる全員を助けることが出来ます。ディアネーさんは領民のために、生きなくてはならないのです。生きて、生きて、生き抜いてください!」
わずかな、そして永遠のように長い一瞬が過ぎた。
「水を」
はっきりと、ディアネーは言った。再び革袋に口を付け、そして今度はしっかりと飲み干す。
「バルディッシュさん、私を起こして下さい」
力を取り戻したのか、はっきりした口調でディアネーが言った。肩を支えるようにして、バルディッシュがディアネーを起こす。
「預けたダガー、まだお持ちですか?」
「はい」
「それを、私の手に」
一瞬迷ったバルディッシュだったが、バルディッシュは素直にそれを手渡した。ディアネーが鞘を抜き放ち、白銀の刃をひらめかせる。
「みなさん、そこに片膝をついてください」
言われたとおりに、3人は膝をつく。そしてまず、バルディッシュの肩に、ダガーを乗せた。
「名前を」
「ば、バルディッシュ・ドゴールです」
「我、ディアネー・ベノンの名において、汝を騎士に序する。弱き者を守り清貧を尊び、主君に忠誠を誓うならば、精霊と竜を前に沈黙を以て答えよ」
ディアネーが行っているのは、略式の騎士叙勲である。彼女はベノン家の当主ではないので空手形に近いが、確かに騎士の誓いだ。
様々な思いが交錯し、頭の中を引っかき回されながら、バルディッシュはやっとで無言を通した。
次はリューグだった。
「名前を」
「リューグ・ランサー」
「我、ディアネー・ベノンの名において、汝を騎士に序する。弱き者を守り清貧を尊び、主君に忠誠を誓うならば、精霊と竜を前に沈黙を以て答えよ」
もちろん、リューグは沈黙を通した。
そして最後に、イェーガーである。
「名前を」
「イェーガー・ラタインです」
「我、ディアネー・ベノンの名において、汝を騎士に序する。弱き者を守り清貧を尊び、主君に忠誠を誓うならば、精霊と竜を前に沈黙を以て答えよ」
イェーガーは、うつむきながら無言を通した。
「これを以て、汝等は我が騎士となる。我が剣となり我が盾となり、尊きアトランティスのために忠孝を果た‥‥せ‥‥」
くたっ。
そこで、ディアネーは糸の切れた人形のように崩れ折れた。力尽きたのだ。
「ディアネー!!」
バルディッシュが、それを抱き上げる。
「‥‥大丈夫です。それより、汝らの主君は、もうそれほど保ちませんよ。ここの人たちは、私が身命を賭して守ります。必ず、助けに来なさい‥‥もう見張りが来ます。その前に去るので‥‥す‥‥」
そこまで言うと、ディアネーはついに意識を失った。
誰も、何も言えなかった。言えば何もかも安っぽいものに変わりそうで、言いたくなかった。
彼らは、本物の『聖女』に出会ったのである。
●帰還――そして困惑
リィムの訃報は、帰還した3人に届いて物議を醸し出した。
あのあと、駆けつけた鎧騎士スマルによってチャリオットは操縦され《シムリス》に帰還した。損傷はしたがモナルコスも回収でき、損失はグライダー1騎という軽微さで済んだのである。しかし、絶命したリィムが生き返るわけではない。
このままでは、リィムは『完全に』死んでしまう。腐敗を始めた死体には、蘇生魔法も効かないのである。
「私がやりましょう」
そこに現れたのは、日之本が『念のため』と随伴させたケーファー・チェンバレンである。彼は慎重に祈りの聖句を唱えると、白い光を放ってリィムに手を付けた。
「‥‥う、うー」
二日酔いから覚めたような、ぐらんぐらんに酔っぱらったような風体で、リィムが身体を起こした。蘇生が成功したのである。一同はほっとした。
「ケーファーさん、ありがとうございます。あなたさえ居れば、いざというときに最悪の事態を避けられそうです」
クウェルが、すなおに感謝の言葉を述べた。しかし、それにケーファーはあまり浮かない顔をしている。
「そうだといいんですが‥‥私の傷が回復しないのは、お話しましたよね?」
「は? はい‥‥」
ケーファーは呪われている。それは傷が治らないという呪いで、大きな負傷をすると死につながるのだ。
「実は、魔力も回復しないのです」
その言葉に、クウェルがぎょっとなった。
蘇生クラスの魔法は、かなりの魔力を消費する。それを使用してしまったケーファーはつまり、その持てる魔力の多くをほぼ永久に損失してしまったということなのだ。
蘇生は出来て、あと1度か2度――。
ケーファーの見立てでは、それで彼の魔力は尽きるという。
たいした損害は無い。しかし、余力はどんどん減っている。
時間を始め、全てが有限であることを、冒険者たちは実感せざるを得なかった。
【おわり】