●リプレイ本文
Guild Wars #1
●諜報戦
諜報戦というものは、通常人目に出ないし明るみにもならない。それはその戦闘手段が密なるをもって由とする性格のもので、明るみに出たらそれは戦術変更を余儀なくされる。
例えば、2007年現在の地球の北朝鮮。彼らは核開発を明るみに出して、周辺諸国に対し高圧的な外交を迫っている。親元と言える中国の制止さえ振り切って核開発を行うのは、つまるところ『恫喝外交』のための手札が欲しいからだ。実際に存在しなくても『ある』と言うだけで、それは外交上の武器になる。使えば世界各国から非難の誹りを受けるのは当然だが、米ソや米中のように戦争抑止力として使用するのではなく、『おれはこんな危ないものを持って居るんだ! だから食料と金をよこせ!!』というかなりレベルの低い要求をするわけだ。
『あるモノ』を確認するのは容易いが、存在しないモノを『無い』と確認するのは難しい。過日北朝鮮が行った核実験も、隣国である日本の学者も韓国の学者も皆『失敗した』と言っているが、それを確認した者は居ないのである。脱北朝鮮人の中には、すでに原子爆弾の開発に成功し、十数発所持しているという者もいるし、真実を曖昧模糊として他国から『かすりを取る』ことにかけては、北朝鮮は悪魔的に上手だ。
問題は、事実の確定である。北朝が恐れるのは内情を知られることで、肝心な部分が明るみに出ると恫喝外交そのものが成立しなくなり、飢えた国民はさらに飢え、政治は腐敗し国体は立ちゆかなくなる。最後に待っているのは、ソ連崩壊のようなカタストロフである。
その時、北朝総書記が国外逃亡してくれればいいが、もし韓国を攻めるという暴挙に出た場合、在日米軍と日本海沿岸の自衛隊施設がテロに遭う。その中には原子力発電所も含まれているから、日本にとっても他人事ではない。
国際問題としてメイの国とバの国を比較した場合、バの国は国力も安定し損逸した兵力も過去にそれほど多くなく、何より国内に内憂を抱えていないことが大きい。ガル家の統治はすでに50年を越え、政治の腐敗も発酵の類にまで達している。腐敗しすぎた政治が逆に強固になる例は、過去の中国王朝でも多数ある。つまり宦官が自分の政権を維持するために、現状維持に全力を尽くすのだ。そのため少数の民をあえて殺し、多くの民の支持を得る。差別政治、階級政治などと呼ばれるものである。
ゆえに、冒険者達が『現地』で見たバの国の印象は、『貧富の差の激しい国』であった。『リネ村』と呼ばれるバの国の港湾都市は、真っ白な平民街と真っ黒なスラム街の二色に彩られていたからだ。富める者は富み、貧しい者は貧しい。そうやって公平主義・平等主義を徹底的に叩き伏せ、カースト制度のような階級社会を作ることによって、バの国は多くの虐げられた者の上に社会を建設しているのである。
「と、まあ、バの国のあらましはこんなところだ」
ゼディス・クイント・ハウル(ea1504)が、宿屋の一室に集まった冒険者諸賢に向かって言った。
「あえて血を流し膿を吐き出して、社会を維持する。実に効率的だ。バの国は悪の国ではなく、腐敗を逆に利用しているある意味高度な王朝主義の国と言える。大多数の者が不幸に見えるが、流れる血は最小限で済むから、逆を言えば多くの国民を食わせているとも言い換えられる。どんなに貧困に嘆いても、ほとんどの国民が生きて行くことは出来るんだ。案外メイの国なんかより進んでいるかもしれない」
と、ゼディスにしては手放しな褒めようである。彼の理想の一種が、このバの国にあったからだ。
もっとも、不満を持つ者は結構多かったが。ゼディスのように割り切ることが出来ない者には、『ただ生かされているだけ』となんら変わりが無い。多くの冒険者は、そういう『甲斐無き生』を否定して冒険者になったのである。
ともあれ、『プラチナ』というコールサインの間諜と接触するため、冒険者達は班を編制し手分けした。
リネ村の中央部をゼディス、イェーガー・ラタイン(ea6382)、ランディ・マクファーレン(ea1702)が担当。ハルナック・キシュディア(eb4189)、ルメリア・アドミナル(ea8594)、アリオス・エルスリード(ea0439)は、市街外苑の施療院など。イリア・アドミナル(ea2564)、カルル・ディスガスティン(eb0605)、フォーリィ・クライト(eb0754)、セシル・クライト(eb0763)は、スラム街を担当することになった。
問題は、彼らが間諜と知られないことである。ゆえに装備や服装、また同伴する動物類は、慎重に厳選した状況で行われた。
ただそれにも、多少の限界はあるのだが。
●血の旗を翻す白銀の勇者
「意外と異種族の多い国だな」
ランディが、周囲を見渡して言った。
「信仰的なタブーが無いからだろう。カオスを肯定すれば、諍(いさか)いの原因は確実に一つは減る。メイの国よりその点では、この国は優れているとも言える」
ゼディスが冷静に評価をする。
「二人ともそんなに冷静に評価している場合じゃないですよ。カオスが広まれば、このアトランティスそのものが無くなるかもしれないんですから」
「だが、確認した者は居ない」
イェーガーの言葉に、ゼディスが言った。もっともゼディスも分かって言っているらしく、嫌みはあまり感じない。
イェーガーの言葉は、現象だけを見るなら真実なのだ。カオスの穴が開き、大地が汚染されサミアド砂漠が拡大した。カオスニアンとの戦いは止まず、日々流れる血の量は増し続けている。
だがその遺恨さえ無くなれば、カオスニアンと人間の共同体というのは実現するのである。バの国のように。
無論、まだ見えているのは表面上の話しである。カオスニアンが麻薬などの反社会的な薬物の扱いに長け、自らの思うままに振る舞うことが多ければ、犯罪の温床に居るのは黒い肌をした彼らなのだ。これは人間と彼らのモラルの違いであり、生まれ持った性癖の違いであるから、距離は縮んでも埋まることは無い。それはバの国でも同じであろう。
が、毒もうまくコントロールすれば薬になる。それがバの国とも言える。
バの国の兵士の一団が、彼らの前を通過した。一同はさりげなく視線を外したが、ゼディスがちょっと信じられないようなものを見たような表情をしていた。
――どういうことだ?
ゼディスは表情には出さず、思考の迷路に足を踏み入れた。『ヤツ』が何を考えているのか、類推するために。
◆◆◆
アリオスは、ルメリアとハルナックという二人のエルフを連れていたため、ちょっと目立つ3人組になった。特にルメリアは美女で目を惹くし、ハルナックはオッドアイなので珍しい物を見る視線が結構刺さっている。
「『プラチナ』と『白銀の勇者』は同義でしょうね」
ルメリアの推論は、そこに至った。なぜかというと、今までカオスニアンをじっくり見る機会が無かったのだが、バの国に来てはっきりと分かったことがあったからである。
カオスニアンには、結構な数の白髪、ないし銀髪の者がいるのだ。赤とか金とかはいないが、モノクロームの範囲内なら結構バリエーションがある。
『プラチナ』の名がそこで外見に結びつき、符丁と組み合わさって外見情報にいたるのは、わりと必然である。
ただ、『血の旗』が分からない。怪我でもしているのなら、時間を考えれば治っているか腐っているかのどちらかである。後者の場合は、すでに死亡している可能性が高い。頑健なカオスニアンでも、満足な治療を受けられない逃亡者という立場では、破傷風でも敗血症でも起こして死ぬのが生物としての筋だ。それで死なないようなら、対カオスニアン戦線の考え方を改める必要がある。別の意味で。
ゆえに、施療院などを探した彼らは、空振りに終わった。そもそもカオスニアンが施療院などを使用する頻度は少ないらしく、市街を探すのはむしろ外れくじのようだった。
「となると、市外でしょうか‥‥」
ハルナックが言いかけたそのとき。
「まさか‥‥?」
アリオスが、小さくつぶやいた。その視線の方向には、馬を走らせる兵士が1個小隊ほど。市外へ向けて進んでいる。
ハルナックは市外での悶着=仲間を想像したが、アリオスの驚きはそこには無かった。
●再び現れた者
「だいたいあたしは考えるのが苦手なの。だからめんどいのはパース」
フォーリィがお気楽に言うのに、義弟であるセシルはイリアとカルルに対して苦笑いしながら謝った。
市外の――具体的にはスラム街には、メイの国とは違った活気があった。メイの国のスラムの多くが避難民で形成されているのに対し、バの国はただ単純に貧民街として機能していたからである。ここはアンオフィシャルなギルドが多数横行し、それでいながら『秩序』が保たれていた。例えて言うなら、戦後の日本のようなものである。つまり任侠映画に出てくるヤクザたちが、地回りと称して独居老人のご用聞きなどをしていた時代と同じだ。縄張り(シマ)の争いはあるが決められたルールで行われ、それには侠客として従う気っぷの良さがあった。
無論、暴力や反社会組織を肯定するわけではない。ただ現代の暴力団と違い、バのスラムにあるのは古式ゆかしい『秩序無き秩序』である。切った張っただけが、ヤクザの世界ではないのだ。
それは特に、芸能などに浸透していた。ジプシーやバードは、優秀な情報の運び手である。そして娯楽を提供し、代価を得る。そしてショバ代としてその何割かを地元に還元する。金銭の循環が、キッチリできていたのである。
イリアもカルルも、目的のためには手段を選ばないクチである。ゆえに『こういう場所』には多少の慣れがあり、目利きもある程度ついた。
そして、ついに『血の旗を翻す白銀の勇者』を見つけたのだった。
「なるほど、確かにそうだ」
「想像とは違いましたが、考えられる答えと合致します」
カルルとイリアが、それぞれ言う。
一人のカオスニアンの女性が、きわどい衣装で踊っていた。まあカオスニアンの衣装はきわどいものが多いので、実際は普通なのかもしれないが。
その手首に、真っ赤な布が翻っていた。手を振るたびに、赤い旗が翻っているように見えた。
「さて、どう接触するか‥‥」
衆目の中で間諜と接触するのは、危険を通り越して愚かな行いである。しかし時間的猶予がどの程度あるかも分からないし、彼女の行動は一種の賭けであろう。
つまり、味方が見つけるのが早いか敵が見つけるのが早いか。手がかりを持っている分冒険者達のほうが有利だが、ここはなんと言っても敵の地元である。条件は五分と考えていい。
この考えが非常に僅差であったことを、彼らは後で認識することになる。この時馬の蹄鉄の音がして、1個小隊の兵団がやってきたのだ。
――え?
そのときのフォーリィの顔こそ、見物だったかもしれない。このメンバーでは彼女しか面識が無かったが、忘れようにも忘れられない顔がその中にあったからだ。
「ひ――」
と言葉を発しかけて、フォーリィの口がカルルによって塞がれた。間一髪であった。
「『プラチナ』さんですね?」
踊り子に向かって、『日之本一之助』が言った。すでに下馬し、刀に手をかけている。
「おとなしく捕まれば由。抵抗するなら口を塞いでもいいと言われています」
プラチナは逃げようとした。が、逃げようとした姿勢で停止してしまった。
ぼろりと首が落ちるのに、十数秒もかかったような気がする。噴水のように血を噴き出して目前の光景が動き出したとき、日之本はすでに刀をしまっていた。プラチナは首と右手を切り落とされて、絶命していた。
日之本は無言で切り落とした腕を手に取ると、それをフォーリィに投げつけた。
「ステライド王へのメッセージです」
日之本が言った。
「バの国にある間諜組織は、ほぼ壊滅させました。無駄な抵抗はやめて、皆さんもバに降ったほうが良いですよ」
その様子は、イェーガーの班やアリオスの班も目撃していた。
フォーリィは、何が何だか分からなくなった。
●真意はどこに?
フォーリィたちは、無事に帰還の途についた。全員である。送り狼も無く、本当に無事に帰路についたのだ。
赤い布のついた『プラチナ』の右手は、持ち帰られた。そして、その布にプラチナのもたらした『情報』が縫い込まれていた。
『バの国の天界人は、ニホン人のカタヤマという男。天界では戦略研究を行っており、現在メイの国に潜伏中。特徴は首の刀傷』
こより状にされた、紙に書かれた文章である。開いてみて初めて分かる物だ。
「これ‥‥見逃したのかな?」
まだショックを隠せない、フォーリィが言う。
「ヤツの底意が那辺にあるかなど、分かるものか。ヤツなら、目的のためには一国ぐらい滅ぼしかねん」
と、これはゼディス。
「いずれにせよ、やっかいですよね。多分メイの間諜組織を潰したっていうのも本当でしょうし」
イェーガーが、陰鬱な表情をして言う。面識のある者には、『敵に回したくない人物ナンバー1』の対象が目の前に現われたのである。
そして彼らの帰還後、メイの諜報組織が本当に潰されていることを彼らは知ったのだ。『プラチナ』が優秀でメイに情報をもたらせただけであって、他の諜報員はことごとく『未帰還』になってしまったのである。これでは、メイの国は目隠しされたも同然だ。
どうやら、状況はのっぴきならない状態になりつつあるらしい。
【つづく】