●リプレイ本文
Guild War #3
●深く静かに潜行せよ
――正直、ネイ・ネイという人物は計りかねる。
オルボート城塞に居る冒険者の、ほぼ統一見解はこれである。分析しようがプロファイルしようが、結局その目的とかがはっきりしない以上、推測すら出来ない。ただ『現象』として分かっているのは、『とりあえず敵ではない(らしい)』ということだ。彼女が誰かを殺すつもりなら、とっくにやっている。そもそも警備が厳重だったはずのディアネー・ベノンの寝室に入り込めた事自体、ネイ・ネイにとって『厳重な警備』も紙同然ということだ。
また同じく『現象』から想像するしか無いのだが、ネイ・ネイはなぜかディアネー・ベノンに友好的である。どこかに接点でもあったのだろうか? と考えて、聡いゼディス・クイント・ハウル(ea1504)は、すぐに思い出した。
「簡単な話だ。ディアネー・ベノンは、2ヶ月以上カオス勢力に拉致されていたじゃないか」
ディアネー・ベノン救出の口火になった情報は、ネイ・ネイが『売却』したものである。つまり、ネイ・ネイはディアネー嬢と接触できたのだ。ディアネーが特に語らないところを見ると、ネイ・ネイが一方的に知っているだけのようだが。
余談だが、これまたほとんどの冒険者の統一見解であるが、『出来ればあまり派手に動き回らないで欲しい』と本人に会えたら要望を出したいところである。一応『暗黙の了解』で王侯貴族がカオスニアンを『使って』いるのは周知の事実だが、あくまで『暗黙の了解』であって公知していい話ではない。
それにネイ・ネイは、歴史的反英雄である。もしかしたらステライド王が持っている手札よりも、遙かに強力な切り札かもしれない。まずもって得難いエースだ、が、破壊力はある意味核弾頭なみでだ。
「そんなもの使えるか」
というゼディスの言葉は、正直真理だろう。
●作戦会議
「その作戦には賛成できん」
リューグ・ランサー(ea0266)が、城塞内の作戦本部(仮)で言った。というのも、マグナ・アドミラル(ea4868)が『ディアネー・ベノンによる事態の解決』を提案したからである。
「実際に解決していただくわけではない。わしらが先遣として向かい、状況が終了してからおいでいただくだけだ」
マグナが言う。もちろん状況というのは、民生施設を『なんとかする』ということである。
「『政治的判断』からすれば、あまり賛成できません」
ルメリア・アドミナル(ea8594)が、口を挟んだ。
「カタヤマ某が何を考えているか、その情報をつかんでから対応したほうが良いのではないでしょうか? 今のところ敵のほうが戦術オプションが多く、わたくしたちは現状守勢に回らざるを得ません」
「理詰めで言えばそうなるだろうな」
フィーノ・ホークアイ(ec1370)が、携帯電話を見ながら言った。
「だが、私は正直はらわたが煮えくり返っている。すぐにでも奴らを掃除してしまいたい気分だ」
かろん、と、携帯電話を転がす。そこには5人の写真のうち一人が表示されている。
「落ち着け。今は『先遣の先遣』を送るのが上策だろう。幸い、ラタインと殺陣が変装して内部に入り込める状況を持っている。これは使えるだろう」
ゼディスが言った。論理的に考えれば、順当なチョイスである。
「対外的な対応はアドミナル嬢に一任する。ランサーはベノン嬢の警護。大アドミラル(名前がにているので、ゼディスはこう区別している)は潜入班2名の支援。俺は後から理由を付けて、内部調査をする。ホークアイは、その写真の人物を洗い出してもらう。頭を冷やすにはちょうどいいだろう」
ゼディスの発言で、大筋の指標は決まった。
フィーノが多少荒れたが。
●潜入、施療院
『民生施設』と言えば語呂がいいが、ここはいわゆる『病院』に相当する施設である。といっても抗生物質の投与や外科手術が出来るわけではないので、現代で言う内科の療養病棟のようなものだ。
そこでは僧籍にある者や天界で医療ボランティアをしていた者、あるいは地元の有志などが、業病に苦しむ民人のために奉仕活動をしている。施療院の患者の多くは収入など有って無きがごとしで、ほとんどはスタッフのボランティアと領主からの援助金で運営されているのが現状だ。残念ながらアトランティスでも、善行はなかなか金にならない。
――どう思います?
――『アトランティスの』普通の施療院に見えます。
イェーガー・ラタイン(ea6382)と殺陣静(eb4434)が、小声で情報を交換する。二人ともそれなり以上の知名度なので、きっちり変装してだ。もっとも静は近視なので、眼鏡だけは外せなかったが。
施療院は、静謐なたたずまいに似合わぬ『生命の臭気』に満ちていた。誰もが、ここでは生きている。生きるために、出来ることをしている。あるいは生かすために、出来ることを行っている。
静も天界に居たら、あるいは将来経験した雰囲気かもしれない。『人が生きるためにいる場所』。現代のものより遙かに生臭いが、病院そのものの姿だ。
5人の人物は、すぐに見つかった。施療院のスタッフとして働いていて、他の者と同じく献身的な善人にしか見えない。
数日監視してみたが、怪しい動きは見られなかった。途中ゼディスが『公式訪問』をしたが、何も情報が得られなかったらしい。
二人の調査は、かなり煮詰まった。あるいはネイ・ネイの情報がガセだったのでは? という疑いが、首をもたげてきた。その可能性だけは、誰にも否定できないからだ。
「どうしましょうか‥‥」
イェーガーが、結構途方に暮れていた。
「お疲れのようですね」
そこに、鈴を転がしたような声が響いてきた。施療院のボランティアの一人、エマという避難民だ。清楚な少女で、イェーガーはここ数日で結構仲良しになっていた。
「いやぁ、なかなか慣れなくて」
イェーガーが、照れ隠しに言う。確かに、イェーガーは病人を介護する訓練を受けた事はなく、ここはちょっと不慣れすぎる。
「みんな大変ですものね。ちょっと待ってください。疲れの取れる飲み物を用意しましょう」
そういうと、エマは厨房に行って湯で割ったワインを持ってきた。
「ハチミツ入りですから、疲れが取れますよ」
それを受け取ったイェーガーは、喜んでそれに口をつけた。甘い口当たりが、非常に飲みやすかった。
「おいしいでしょう――毒なんだけど」
「え?」
ぐわん。
突然、イェーガーの視界が歪んだ。平衡感覚を失い、その場にぶっ倒れる。
「うーん、ディアネーの側近がこんな無警戒じゃ困るなー。手間ばっか増えてしょうがないし。まあ、そろそろ動いて欲しいかな」
歪んだ視界の中でイェーガーが確認できたのは、エマの顔の辺りが真っ黒になっていることだった。
――ネイ・ネイ!?
イェーガーの意識は、そこで途絶した。
●思わぬ盲点
イェーガーが再び目を覚ましたとき、側には静が居た。
「目が覚めた? どうしたの?」
静が、イェーガーに問う。イェーガーは数十秒視線を中空に彷徨わせて、自分の最後の記憶を思い出した。
「うわ! 俺生きてますか!!」
静が、微妙な表情をした。額に手をあてて、熱を測る。
「熱は無いみたいですね。で、何があったんですか?」
しばらく口をぱくぱくさせていたイェーガーが、事の顛末を話した。
「‥‥というわけで、僕、毒殺されそうに‥‥」
「その『毒』って、このカップの中身ですか?」
イェーガーのベッドのサイドテーブルに、飲みかけとおぼしきカップがある。あの状況では確実に床にぶちまけているはずだが、きっちり保持されていた。
静がなめるように口に含み、その正体を看破した。
「これは‥‥大麻系の麻薬です。全部飲んでいたら、致死量だったかもしれません。もっとも、全部飲む前に倒れると思いますけど‥‥そうか!」
静が、考える顔になった。
「こんなことに気づかないなんて‥‥当たり前すぎて忘れていました」
「どういうことですか?」
一人納得する静を訝かしむように、イェーガーが問いかける。
「麻薬を規制しているオルボート城塞で、ここだけが『麻薬の使用許可が出ている』ということです」
静が言った。
末期ガンを含め、病人の苦痛緩和に麻薬が使用されるのは、結構昔からある。麻薬を規制しているメイの国でも、この件だけは例外だ。
逆を言えば、施療院関係だけは『堂々と麻薬を流通できる』のである。あまりに堂々としていて、不敵などという単語をブッチしているが。
静の確認した範囲では、例の5人は重度の疾患を抱えている患者を主に担当している。それだけ、麻薬を患者に投与する機会が多いということである。
状況証拠、なら十分であろう。
●しらみつぶし
フィーノが徹夜明けの顔で美貌を曇らせ作戦本部再登場した時、彼女は該当者たちを逮捕することが出来る『情報』を持参していた。
「奴らには領民籍が無い。少なくとも城塞に正規の手段で入っていない」
オルボート城塞の領民2000名余には名簿があり、城塞の入出者にも記録がある。もちろん『その中に無い人物』を探すのはコンピューター管理の無いアトランティスでは非常に大変な作業だが、並々ならぬ熱意とゼディスにハブにされた怒りを行動力に変えて、フィーノはやり遂げたのだった。
もっともゼディスには「ご苦労」の一言で、2秒でスカされたのだが。
ただ、オルボート城塞の『文』の部分の二人――ゼディスとルメリアは、そこで動く愚を犯さなかった。諜報戦を仕掛けてきている敵のやり口から、施療院は『手段』であって目的では無いからだ。カタヤマが狙っているのは、あくまで『冒険者権威の失墜』のはずだからである。
「長期戦になるかもしれませんね」
ルメリアがつぶやいた。何せ施療院には、50人からの患者が居る。それは全て、人質と同義なのだ。
また、同時に5人の人間を確保し拘束する手段を、誰も所有していなかった。彼らが一つ所に集まるのは施療院だけで、外出してもバラバラなのだ。一人に異常があれば、他の者が何らかの動きを見せるだろう。個人戦闘技量において群を抜くマグナでも、さすがに5人に分裂しなければ状況を解決できそうにない。そんなプラナリアみたいなのは、彼の知人でも一人しかアテが無い。
いや、5人も居たらアトランティスが破滅するかもしれないけど。
「手段の内容も、だいたい見当がついておるというのに!!」
フィーノが吠える。闇ギルドの麻薬戦術と、施療院が所有する治療用麻薬。その関連性に早くフィーノは気づいていたが、手を出す手段が無かったのだ。
が、『機』は向こうからやってきた。静が帰還したのである。
静の報告を受けたルメリアとゼディスは、数秒だけ考え即断した。「行動すべし」と。
「相手に口実を与えないよう、被害は最少にしてください」
すでに文官として残務処理の準備を始めながら、ルメリアが言った。ゼディスも内務執政の準備を開始している。
「‥‥くっ、なぜ建物の中なのだ」
フィーノが悔しそうに呻いた。なぜなら、彼女の戦闘オプションはつくづく野外向きだからである。
●捕り物
施療院の襲撃は、深夜に行われた。マグナが先行し、状況をクリアしてゆく。背後にリューグが続きイェーガーと合流した時には、3人は1戦闘単位として機能する陣容になっていた。
騒ぎは、マグナが3人目をスタンさせた時に起きた。さすがに、いつまでも発見されないわけにはいかなかったからだ。ただ相手の装備はほとんど無手状態で、戦闘能力も通り一辺倒の腕前程度。『その気』でやってきた3人が遅れを取る理由は無かった――はずだった。
「動くな!」
最後の一人が、壁のタペストリーの影から、つり下げひもを引っ張りだした。
「これを引けば、この建物に仕掛けられた燃料が着火する。俺は逃げるが、患者は全員焼死だ」
――なんて定番な野郎だ!
マグナが思うが、定番もマンネリも『安定感』があるから支持されるのである。姑息だろうが卑怯だろうが、目的を達した者の勝ちなのだ。そういう意味では、この場所にたどり着く前に5人全員を無力化出来なかった、マグナ達の実力不足である。
この中で、このひもを『なんとか』出来るのは、イェーガーの《シューティングポイントアタック》のみ。しかし、2ミリでも動けばひもが引かれそうだ。
施療院が全焼し人が死ねば、またひとつカタヤマに口実を与えることになる。マグナたちも、動くに動けない。
ぽと。
が、その瞬間、全員が状況を把握するのに数秒を要した。
結果だけを表示すれば、つり下げひもが『敵の手からぶら下がって』いた。根本から切れて、落ちてきたのである。
「今です!」
イェーガーが叫んだ。
その3秒後、事件は解決した。
男は、気絶してもひもを離さなかった。
●解決したけどさ
数日後、ネイ・ネイは、また城内に居た。マグナから『感謝の印』として供された酒瓶を傍らに、相変わらずナイフを研いでる。
声をかける者が増えたが、彼女は相変わらず「ヒマだから」とか「面白そうだから」とかしか答えない。
ただ、『現象』から分かることがある。彼女は『敵ではない』。
多分、今後もそうだろう。
【おわり】