●リプレイ本文
Weapons Enchanter 第1期3
●職能を変えるということ
ゴーレムニスト育成には、実は最終実技試験が無い。現在のところだが。
理由は、『知識と実践は別』だからである。
『ゴーレムニスト』を名乗るのは自由である。世の中には『自称世界一』などごまんと居るし、自称するなら世界の王にだってなれる。
ただ必要なのは、『実績』を積んで『他者から認められること』であって、それが無くてはその人物は何者でもない。『自分のことは自分で決められる』ことと、『世間に認められる』ことは別なのだ。
今回ゴーレムニスト志望で集まった者たちは、『他者から見てゴーレムニストである』ことを望む者達である。ゆえに、今までの生活とは決別しなければならない。ゴーレムニストとして息をして、ゴーレムニストとして生活するのである。もちろん、今までの職能と同じく技能を磨いたりすることは出来ない。例えば、ゴーレムニストに戦技を磨いているヒマなど無いのだ。その時間があればゴーレムニストとして必要な技能を磨く。それが出来なければ、その人物はゴーレムニストにはなれない。
ある意味、今までの日常との決別である。
●カルロという人物プロファイル
カルロ・プレビシオンという人物は、たまにキ印なゴーレムを作る割には、実務では非常に堅実である。少なくとも使えないモノは作らないし、夢想論者に対してはかなり辛辣である。
――それでは良くない、と異を唱えた者がいる。レンジャーのフェリーナ・フェタ(ea5066)である。
「綺麗事っていうのは、言い換えれば人間が生きる上で必要な、『夢』や『希望』だと思います。綺麗事を言うゴーレムニストにしか作れないものをあると思います。あ、頭ごなしの否定は無しで。未来には何でも起こりますから」
ややもすると現実主義者に傾きがちなカルロに対し、地雷に近い言葉である。
「別に未来まで否定しません。もっとも、未来はゴーレムニストそのものの意義が変わっていると思います。前にも誰かが提案しましたが、将来農耕用のゴーレムなどが登場するかもしれません。それまでは否定しませんよ。ただ現在をきっちり見据えた視野を持っていないと、今現在預かる鎧騎士たちの生命に責任を持てないというだけです。例えば‥‥私はいまだに、生物ゴーレム事故で死亡した鎧騎士の家に弔問に行っても、敷居もまたがせてもらえません。他人から追い打たれるというのは、やはり堪えます」
実年齢60歳を超えるフェリーナでも、あまり経験の無い話だ。彼女は割と、幸せな時間を多く過ごしている。
「まあ、とりあえずフェタさんの望む物を作ろうと思うのでしたら、同志を3名集めましょう。他の方にも言えますが、人型ゴーレムは最低4名のゴーレムニストが必要なので」
「それは難しいかも‥‥」
お人好しのフェリーナでも、なかなかハードルの高いオーダーである。
カルヴァン・マーベリック(ea8600)が黙々と修練を積んでいる間、シュタール・アイゼナッハ(ea9387)はそのスキル修得に全力を傾けていた。
「こんな雑な修理方法とはのぉ」
「驚きましたか? まあ、今はこのようなところです」
カルロが、多少自慢げに言った。
カルヴァンが今指導を受けていたのは、人型ゴーレムの修理方法である。モナルコス級ストーンゴーレムとグラシュテ級アイアンゴーレムの修理に携わったのだが、その実がすごかった。
モナルコスの場合はローマコンクリートこと『コンクル』、グラシュテの場合は溶けた鉄を外傷部に『充填』し、それにゴーレム魔法をかけるというものだったからである。ちなみに修理にも4人のゴーレムニストが必要だ。
「これでは膨張したときに、歪みが起こるのではないか?」
「その辺は『経験と勘』で補うしか無いですねぇ。よく天界人は『部品化して交換を』とおっしゃるのですが、そもそも『パーツ分け不能』なものですから、こういう方法しか今のところ無いのですよ」
ゴーレムの素体が、某世界最強の州知事氏のように、一体成形なのは周知の通りである。つまり折れたり欠けたりすると、ほとんど修理不能なのだ。
「ストーンゴーレムとかだとまだ『融通』が効くのですが、金属ゴーレムの場合、素体の金属配合が違うと、修理されない場合が多いです。クレリックのキセキというものでも他人の手足を接合することは出来ないみたいですが、つまり『同じもの』でないと修理出来ないみたいですね」
同じA型の血液を持つ者でも、適合できず輸血できない場合がある。ゴーレムは『その辺』の特性を持っているようで、むしろ生物に近しい特性があった。まあ、元々がコンストラクトなものなので、魔法生物のカテゴリになるが。
「カルロ殿、われらの足元にあるは死体のみなのじゃろうか?」
ウルリカ・ルナルシフォル(eb3442)の問いに、カルロはあっさり「そうですよ」と答えた。
「世界から戦争が無くならない限り、私たちが作るものは『兵器』です。よしんば天界でいう『ジドウシャ』なるものが作れたとしても、天界ではそれらが起こす事故で年に何万人も死んでいるそうです。将来、私たちゴーレムニストは『兵器限定』という状況から解放されると思いますが、いずれにせよそれら『過ぎたる力を持つもの』は、何かあれば被害は避けられません。私に限って言えば、私は生きている間に可能な限り安価で高性能なゴーレムを1騎でも多く生産し、なるべく早く戦争を終結させることしか出来ません。他のゴーレムニストや私に師事しているゴーレムニスト見習いの皆さんも、『ここだけは避けられません』。どこの国でも現在カオスと戦争状態にあり、先のことを考えている余裕など無いからです。それに発達したゴーレム技術は、残念ながら新たな戦争の火種になります。強力な兵器を持ったら、人間、使ってしまうものです」
「愚かな‥‥そんな昏い未来しかないというのか?」
「『技術は長く人生は短し』。どんなに長生きしても私は確実に貴女より先に死にますが、私が遺した『技術』は誰かが受け継ぎ発展させてゆくことでしょう。そこに『選択肢』はあっても、『正しいルート』はありません。ゴーレムが便利になれば生活は豊かになるでしょうが、兵器として発展させる者も居るはずです。現に今受講している方にも、他国で兵器用ゴーレムの整備なり生産に携わりたいと明示している人がいます。それまでは止められません」
――未来までは、背負えん。
長命でも常命であるウルリカには、限界がある。今を受け止められても、未来の責任は取れない。
「人型ゴーレムの生産および修理には、最低4人のゴーレムニストが必要‥‥と」
モナルコス級ストーンゴーレムの製作現場を見学させてもらった月下部有里(eb4494)は、講学を反芻して堅実に知識をため込んでいた。
基本的に人型ゴーレムは、属性の違う4人ゴーレムニストが必要である。だがチャリオットやグライダーなど、またフロートシップについては、究極一人でも製作が可能だ。ただし船大工やグライダーの機体設計の技術が必要だが。
もっとも『人型4人縛り』も裏技があって、4属性全てを修得していればなんとかなる『可能性もある』らしい。カルロは実際、モナルコス級なら軽傷程度であれば修理できないこともない。必要なスキルがそろっていれば、二人で作ることも『実際にできないことは無い』らしい。
まあ、まったく現実的ではないが。
「私が仲間と新型ゴーレムを作ったら、メイでは採用していただけるのかしら?」
「モノによる、ですね」
有里の質問に、カルロが答える。
「前に、盗まれかけた試作ゴーレムがあったでしょう。ジャンプ能力を持つの。あれは確かに『高性能』だったのですが、正式採用は見送られました。実質開発中止ですね。理由は簡単で、『使える人がいない』からです」
「もったいない‥‥」
「そうでも無いですよ。使えないのは無いのと同義です。データ取りに試作騎は残しますが、使えないことが分かれば、別のことに目を向けられます。出た結果は受け止める。それが例え『千人を殺したゴーレム』でも、です」
底意の悪い台詞を、カルロが言った。悪意は無いだろうが、実際鬱な気分になる。
もっとも、現在のところもっとも数多く人を殺したゴーレムは、カルロが作ったサイサリス級カッパーゴーレムなのだが。言を深めてはいないが、カルロは覚悟して受け止めているのだろう。
「レジュメを図書館に提供しろ、だと? あなたは正気か?」
突然の指示に目を剥いたのは、アリウス・ステライウス(eb7857)であった。ゴーレムの製造より先に整備・修理などの対処法を学んでいる最中、カルロから『任意で』と条件付きで言われたのである。
「我が国のゴーレム技術は、残念ながら遅れています。それに、皆さんに教授した知識で他国が欲しがる情報はありません。実際『センコクショウチ』というレベルのものでしょう」
まあどんな分野でもそうだが、例えばジェット戦闘機パイロットも、最初はセスナやグライダーから入るのである。いきなりF−15とかに乗れるわけではない。基礎がきっちり出来ていなければ、上を目指せないのである。
「しかし、一般に流れても良い情報なのか? カルロどのはあれほど兵器の流布を忌避していたではないか」
アリウスが、もっともな事を言った。
「私は善良な個人ですが、邪悪な組織人でもあります。私個人の能力で在る程度メイのゴーレム事情を支えてきましたが、我が国がご存じの通り『ゴーレムニスト育成』に乗り出したからには、『ある程度モノが想像できる情報の流布』は新しいゴーレムニスト候補生の獲得に役立ちます」
――政治、か。
アリウスも、鈍いわけではない。どのみち魔法までは教えられないし、『ゴーレムニストとして学ぶべき事全て』を網羅しているわけではないのだ。乱暴な種の撒き方だが、理にはかなっている。
むろん、『王宮び意向』が絡んでいるのは当然だろうが。
「ここまでストレートに批判されるとは思いませんでした」
と、クラリベル・ミューゼル(ec2341)の言葉に、カルロは舌を巻いた。
クラリベルは、強いて言うなら『ドラグーン至上主義者』である。『高性能騎体至上主義』と言い換えてもいいかもしれない。
――敵に数多くの『反英雄』が居るなら、味方に『英雄』を作ればいい。それを実現できるのはドラグーンだけである。
士気とかそういう問題を考えれば、一つの正しい結論である。カルロもそれを否定することは無かった。
が、現実問題として『使える人間が居ない』以上、机上の空論である。現実、ゼフィランサス級カッパーゴーレムのような『ジャンプ』程度でも危なっかしい状態であり、空を飛べるレベルの鎧騎士ともなると、国中探して果たして存在するかどうかも怪しい。
「ゴーレム先進国のウィルと違って、我が国はゴーレム操縦者が圧倒的に不足していますからねぇ‥‥。前にどこかでも言いましたが、モナルコスが生還率偏重なのも、攻撃は出来ても防御の出来ない『攻撃偏重』な鎧騎士が大多数だからです。『強力な1騎』が必要になるのは、おそらくバの国が本気侵攻してきた時になるでしょう。そして、それがそう遠くない未来であることも承知しています」
クラリベルの眉が、何か言いたそうに跳ねた。
「この話はここまでです。高速小型舟艇の試作品については、後日テストをします」
「どうやらご不満があるようですね」
凝っとカルロを見上げるポロン・ノーティラス(ec2395)に、カルロが言った。前回、ケチョンケチョンに叩き伏せられた、若干12歳のウィザードである。
「人を煽って、気分いい?」
「確かに、煽りましたよ。ポロンさんはプライド高そうですし、優秀で生徒としては模範的です。出来が良すぎて怖いぐらいです。12歳という年齢を考えれば、その人生の密度は私などかなわないでしょう。あなたは一度聞いて覚えたことを再び聞き返すことも少ないですし、様々な事に対して知識があります。私の年齢になるころには、私みたいな努力しか出来ない凡人は、皆お手上げになっているでしょうね」
「ボクが努力していないとでも!?」
「いいえ、あなたは自分の才能にあぐらをかかず、努力も惜しんではいません。どこかでおっしゃった『今は無理でもいつかはカルロ・プレビシオン超えて見せる』という言葉もそう時間を置かずに実現出来るでしょう。しかし、あなたには決定的に足りないものがあります」
ポロンが、じっとカルロを見ていた。
「『経験』です。あなたは若く優秀過ぎて、『敗北』や『失敗』『挫折』を知りません。あなたが前回新機軸のゴーレム開発に出した提案には、『人の命』が乗っていませんでした。技術屋にありがちな『嗜好で物事を判断する』という陥穽に陥っていました。あなたに必要なのは、自分の脳内ではなく『周囲の情報』です。いかに冷静で現実的な判断を下せる能力を持っていても、情報が少なければ的確な判断は下せません。私が示したのは、搭乗者の家族について。そして戦争で人が死なない事は無いという現実です。余計なお世話と思うかもしれませんが、いつか活きてくるでしょう。感謝してほしいなどというおこがましい考えはありません。ただ兵器開発で、いの一番に直面する現実の一つを提示しただけです」
ポロンは引き下がったが、不満顔は当分消えそうになかったようだ。
「あなたは現実主義者ですねぇ」
マリア・タクーヌス(ec2412)は、カルロにそう言われた。
「逆のことを言われると思ったが‥‥」
と、マリアである。
「確かに『メイの人々が笑って暮らせるように――』なんて台詞、普通の人が言えば私も叩くと思いますよ。ただ、あなたは大変長命で、そのお子様たちも長命です。私には不可能なことも、あなたは可能に出来る可能性がある。可能性を論じるなら、家族という動機があるあなたは、非常に現実的に物を考えているとも取れます」
「エルフには分からない話だ」
カルロの言葉の真意を測りかね、マリアは言葉を別方向に振った。
「しかり。人間の私には、想像の及ばない領域です。家族を持てばあるいは想像ぐらいできるかもしれませんが、あいにく縁が無くて。しかし、兵器を作る上で一番必要と私が考えることを、あなたは保持しています」
「?」
マリアが首をかしげる。
「『守るべき物を守るために、必要なことを行う』というスタンスです。耳に心地よい理想を掲げるのではなく、必要なときに必要な分だけ。『人間』は強欲なので、なかなかそうもいかないのですが」
カルロのカミングアウトと言ってもいいだろう。彼は理想主義者でもなく現実主義者でもなく、『唯物主義者』らしい。
「卒業証書とか無いの?」
最後に、おちゃらけて言ったのは布津香哉(eb8378)である。まあ、地球の日本人ともなると『なんでもアニバーサリー』な文化があるので、彼のパーソナリティーとしては至極当然の発言だ。
「我慢してください。まあ、徒弟制度の卒業とかになると、普通は親方や師匠あたりから、職能の逸品を一つもらえるのが習わしですが、それだとゴーレムを1騎あげないといけないので‥‥」
刀鍛冶の師匠から記念に1本剣をもらってゆく。それは技術を全て譲渡したという証であり、生涯の記念になる物品だ。弟子はそれを超えるものを作らなくてはならない。
が、ゴーレム1騎となると、さすがのカルロでも気安く譲渡できない。
「ともあれ、皆さんはゴーレムニストとしての第1歩を、今踏み出したばかりです。努力と研鑽を怠らずに、出来れば『私がたどり着くことの出来ない道』を行ってください。どんなことであっても、可能性だけは、必ずあります。皆さんが選んだ道です。楽しく苦労してください」
【おわり】