箱根温泉防衛隊 1――ジャパン・箱根
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■シリーズシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 46 C
参加人数:10人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月21日〜04月28日
リプレイ公開日:2005年04月29日
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●オープニング
●ジャパンの事情
極東の島国、ジャパン。
表面上は神皇家の統治する封建君主国家だが、その実は超多数の封建領主が乱立し、派閥を作り互いにけん制しあっているプレ戦国時代国家である。
ジャパンを統一するのは誰か? と問われれば、江戸の源徳、京都の平織、長崎の藤豊あたりが濃厚だろうと答えられる。それ以外の領主たちは、月道を含めた地政学上、いろいろと不利だ。奥州には大国があるが、これもぱっとしない。というより、手を出すタイミングを逸して状況を静観しているような感じである。
この微妙な緊張をはらんだ十数年の平和の間に、個々の勢力は着実に力を付け、戦争準備を行ってきた。いまや状況は膨らみきった風船のようなもので、何かひと刺激あれば簡単に激発してしまうだろう。それが火山の噴火なのか隕石の激突なのかはわからない。ただ何かの拍子に『それ』が起きたとき、事態は風雲急を告げる、ということになるはずであった。
とは言っても、そんなことは庶民たちにはあまり関係無い。市民たちは日々の生活に追われており、ちゃんと三度の食事を取るのも大変である。
そして様々な揉め事は、冒険者ギルドに持ち込まれるのだ。
箱根はその地勢学上、西国からの防衛の要衝となる。天下の嶮(けん)と呼ばれる箱根山を中心に、関所、陣、城砦が作られ、『駅』と呼ばれる飛脚や早馬を利用した情報伝達手段も確立した。現在の箱根駅伝はその名残である。
神聖暦980年ごろ、源徳家康によって東海道が整備されると、湯本から須雲川沿いに元箱根へいたる道が開かれ、湯坂道にかわる本道となった。最近になって小田原から8里、三島から8里の芦ノ湖岸に箱根宿が開設され、元箱根にあった箱根関が宿の東に移転。道筋には杉並木と石畳がととのえられた。箱根神社への参詣も活況をとりもどし、元箱根は門前町として発展した。
一方、芦之湯と早川沿いの湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀は箱根七湯の名で知られるようになり、湯治場として賑わっている。とくに湯本は、唯一東海道沿いにあるため繁栄し、一夜泊まりの客は小田原宿や箱根宿をしのぐほどである。
その箱根は、小田原藩11万5千石の支配地で、東海と関東を隔てる境界にもなっている。源徳家康の支配地の、西端というわけだ。
藩主は、2代目大久保忠吉(おおくぼ・ただよし)。若干24歳ながらよく箱根を治める、賢主であった。
「今回の依頼は、箱根の役所から来てるわ」
そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「役人と冒険者の折り合いが悪いのは周知の事実よね。でも箱根の君主、大久保忠義さまはそれをなんとかしたいと考えているみたい。江戸にもそのことを奏上して、現在いろいろと行動を開始しているわ。そのひとつが、役人と冒険者混成の治安組織の設営、つまり『箱根温泉防衛隊』の樹立というわけ」
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「依頼内容は、この箱根温泉防衛隊に参加して次の依頼を遂行すること。役人側の筆頭には小田原の武士、日ノ本一之助氏が立っているわ。堅物で有名だけど、有能な侍よ。うまく協力してちょうだい」
【ミッション1:箱根鬼種駆除】
東海道の要所箱根の周囲に、春になって鬼種の跳梁が確認されるようになりました。その数は100とも200とも言われますが、詳細は不明。しかし東海道の整備の為に、彼らの駆除は必須です。今回は官・民で組まれた組織『箱根防衛隊』によってその駆除を行います。役人側からは、日ノ本一之助以下10名の小田原藩士が出ます。
●リプレイ本文
箱根温泉防衛隊 1――ジャパン・箱根
●無役の者たち
武士とは、役(仕事)もらってナンボの商売である。
君主を持ち侍や志士という階級にあっても、役をもらえるとは限らない。箱根界隈で『暇人』の名を欲しいままにしている、何でも首を突っ込んでしまう貧乏旗本の四男坊、大野進之助などもそうである。
それゆえに、『冒険者』という職業が活きてきたとも言える。武士は、戦う武器と技量を与えられた者たちである。『荒事専門の何でも屋』にはうってつけであり、需要と供給のバランスもそれなりに取れていた。ただ一つの問題は、武士の理想と現実に大きな乖離(かいり)が発生していることだ。
無役の浪人でも、冒険をすることによって碌(ろく)、つまり収入を得ることが出来る。人によっては、その辺の侍より稼いでいる者も居るだろう。そういうのはわりと金離れが激しいのがほとんどだが、少ない俸給でコツコツやっている君主持ちの侍には面白い光景ではあるまい。
ちなみにこの時代、俸給は金銭ではなく玄米で支給された。つまり石高というのは、領地における米の産出量というわけである。それを換金し食用の白米を購入したりするわけだが、貧乏な家では碌米を自宅で精米して白米にしたりしていた。武士余りはそこまで深刻なのである。
だから。
「私は、冒険者が嫌いだ」
と日ノ本一之助が、開口一番に言ってしまったのもやむをえないであろう。これには、友好的に振舞おうと思っていた冒険者諸賢も、あっけに取られた。いきなり鼻っ柱にガツンと食らったような感じである。
日ノ本一之助は、無役の者ではない。小田原藩藩士で120石20人扶持の、わりとマトモな侍である。年齢は28歳。以前は『箱根関美和通番方』という、関所でも結構重要な役割を担っていた。はたから見ると左遷されたようにも見えるが、どちらかというと小田原藩藩主、大久保忠義の期待と入れ込みようがこの人選を実行させたと言える。
ただ、下の者が「はい、わかりました」と素直にうなずけない人選だってある。
日ノ本は、はっきり言って『柔軟』とか『愛想』という言葉を母親の体内に置き忘れてきたような男だった。
今回の仕事を行うために、冒険者たちは日ノ本以下10名の小田原藩藩士と、一応の手合わせしてみた。日ノ本以外の藩士たちは、はっきり言って小鬼にも遅れを取りそうな練度の低さを確認することになったのだが、日ノ本だけは冒険者と対等――あるいはそれ以上の技量と力量を見せたのである。体格に恵まれていない日ノ本ではあったが、《オーラソード》と《オーラシールド》《オーラエリベイション》《高速詠唱》などのコンボで、技術系戦士としていっぱしの戦闘力を示したのだ。これは、今回の冒険者の面子を考えれば、驚異的な強さの部類に入る。
冒険者達は、あてがわれた宿屋で密かに話し合った。
「意外と‥‥手ごわい方でしたね‥‥」
苦笑いの表情で、言葉を選びながらそう言ったのは、ルーラス・エルミナス(ea0282)である。彼は柔和な性格なので、あれこれ日ノ本にアプローチしているのだが、日ノ本の心の壁は鋼鉄なみに固かった。
「ありゃぁ、絶対に嫁さんいないぜ」
緋邑嵐天丸(ea0861)が、やれやれとぼやく。彼は『箱根防衛隊』の腕章を作らないかと提案し、却下されていた。「目立つ必要は無い」というのがその理由だが、長く続けるつもりの無いものに金と手間をかける気がさらさら無かったというのがもっぱらの噂であった。
アオイ・ミコ(ea1462)は空から偵察を行い、箱根近辺の鬼種生息地マップを作っていた。唯一日ノ本が評価した冒険者の成果であったが、シフールの作と聞いて口をへの字に曲げてしまった。異種族はお嫌いらしい。
「はあ‥‥ちょっと憂鬱ねぇ」
南天流香(ea2476)が、ため息をつく。日ノ本は女性に対しても態度は厳しく、決して妥協はしなかった。山中で《ヘブンリィライトニング》を使用したときなどは、「山火事が起きたらどうするつもりですか」と、冷ややかに突っ込まれたものだ。
「ほんまにヤなヤツやなー」
と言葉に衣着せぬのは、エルフの女僧侶のグラス・ライン(ea2480)である。ジャパン語が西国言葉なのは置いておくとして、かなりあけすけかつ友好的に話しかけた彼女は、日ノ本にほぼ無視されていた。流香の時もそうだったが、どうやら日ノ本は女性冒険者というものになにやら抵抗があるらしい。
同じ理由でほぼ無視されていたのが、琴宮茜(ea2722)である。彼女はすでにジャパンでは有名を馳せていたのだが、そんなもの知らんと言いたげな日ノ本の態度であった。「侍のできる事にも限界があるのですし、民(冒険者)の協力があれば、箱根に平穏を持てるでしょう」という彼女の申し出も、冷たくスルーされてしまっていた。
「あれは‥‥同じ侍として気持ちは分からないではないが、それにしても極端だ」
西中島導仁(ea2741)が、苦虫を噛み潰したような表情で言う。実際問題として、日ノ本は組織力には十全の能力を持っているが、人を使う才能に長けているとは言いがたかった。ゴマすってヨイショしてというような、人間関係の潤滑油が枯渇しているように見える。
李雷龍(ea2756)は、無言で瞑目し、片眉をぴくぴく動かしていた。友好的な態度で日ノ本に話しかけ、そして外国人だからという理由でその友好的な雰囲気をばっさり斬り捨てられたからだ。
「外国人が、本当に日本の事を考えているわけは無いでしょう」
などと言われて、雷龍はかなりトサカに来ていた。
レダ・シリウス(ea5930)は、『箱根防衛隊』の決起式で舞を披露しご満悦であったが、日ノ本が彼女を見ていなかったことについて気が付いていたどうか。その後の鬼種退治で、《サンワード》を用いてかなりの成果を挙げたのだが、日ノ本はそれを認めている気配は無い。
南天桃(ea6195)は、防衛隊の屯所の設営を提案したが、箱根関所近くに仮宿を借りるにとどまった。箱根防衛隊は東海道の安全を守るのが目的で、箱根関や宿場を守るのとはちょっと違ったからだ。そんなささいなことだったが、日ノ本の物言いはドスドスと突き刺さるような言い方だった。
結局、鬼種掃討は官民一体と言うには程遠い状況で行われ、成果はあがっても藩主大久保忠義の思惑とはずれた方向性に進みつつあった。
●日ノ本、怒る
そんなある日である。
その日も、一行は鬼種討伐のために東海道へ出ていた。魔法や偵察で手に入れた情報で鬼種の居場所を探り、ピンポイントで殲滅する。他の藩士たち(腕から察するに無役の者だったのだろう)は、だんだんと冒険者を認めるようになったが、日ノ本の態度はかたくなに変わらない。冒険者諸賢もやや愛想を尽かし始めた。こうなると、互いの歩みよりは絶望的に遠くなる。
しかし、ちょっとした事件がおきた。
「待ち伏せだ!」
藩士の一人が叫ぶ。
このところの鬼種狩りの成功で油断していたか、それともたまたま相手の作戦が図に当たったのか。箱根防衛隊は土の中から飛び出してきた小鬼、茶鬼などの群れの不意打ちを受けたのだ。《サンワード》は土の中に隠れていたものまでは見通すことはできない。アオイの偵察も、この場合はあまり機能しなかった。
戦いは、箱根防衛隊始まって以来の乱戦になった。連携などまったく無し。ガチの混戦である。
「街道まで下がれ! 陣形を立て直して反撃に出る!」
日ノ本が叫んだ。冒険者たちは言わずもがな。日ノ本の部下たちもそれに倣い、撤退を始める。冒険者たちは藩士たちをフォローしつつ、じりじりと撤退していった――が。
「琴宮殿!」
導仁が叫んだ。琴宮茜が、ざっと片手以上の茶鬼に囲まれて退路をふさがれていたのである。
琴宮茜は、かわし身についてはすくれたる達人だが、攻撃能力は皆無に等しい。このような肉の壁に囲まれると、進退窮まることがあるのだ。江戸随一と呼ばれる冒険者の、唯一の弱点であった。茜は乱撃をことごとくかわしていたが、一撃がかなり致命的になる。
ばっ。
そこで真っ先に動いたのは、意外にも日ノ本一之助であった。《高速詠唱》でオーラ魔法の奥義《オーラマックス》を唱え、また同時に《オーラソード》を出す。防御無しの斬りこみに対し、茶鬼もさすがにひるんだ。
数十秒後、茶鬼の包囲の一角は崩れ、茜と日ノ本、そして他の冒険者達は陣を敷くために街道まで撤退した。のち、組織戦闘力を回復した防衛隊が、鬼たちを退けたことは言うまでも無い。
その時、がくりと日ノ本が膝をついた。ごふごふと咳をし、そして胃の内容物を吐き出す。《オーラマックス》の代償の、ノックバックである。今の日ノ本は、平時の10分の1以下の戦闘能力しか無い。顔面は蒼白になり、立ち上がろうとしても膝が笑って立てない状態だ。
「大丈夫ですか」
しかし、気丈にそう言ったのは日ノ本のほうだった。まず全員の様子を確認し、そして最後に茜を見る。
きゅん。
目が合った瞬間、茜の胸に、何かが突き刺さったような感覚があった。
日ノ本はその後自力で立ち上がると、笑う膝を叱咤しながら、自力で帰路に付いた。かたくなに、誰の助けも借りなかった。
その後、箱根防衛隊のお陰で、箱根近辺の鬼種は相当数が駆逐され、安全性は格段に上昇した。
防衛隊には、次の任務が待っている。
【つづく】