箱根温泉防衛隊 2――ジャパン・箱根
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■シリーズシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 46 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月11日〜05月18日
リプレイ公開日:2005年05月20日
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●オープニング
●ジャパンの事情
極東の島国、ジャパン。
表面上は神皇家の統治する封建君主国家だが、その実は超多数の封建領主が乱立し、派閥を作り互いにけん制しあっているプレ戦国時代国家である。
ジャパンを統一するのは誰か? と問われれば、江戸の源徳、京都の平織、長崎の藤豊あたりが濃厚だろうと答えられる。それ以外の領主たちは、月道を含めた地政学上、いろいろと不利だ。奥州には大国があるが、これもぱっとしない。というより、手を出すタイミングを逸して状況を静観しているような感じである。
この微妙な緊張をはらんだ十数年の平和の間に、個々の勢力は着実に力を付け、戦争準備を行ってきた。いまや状況は膨らみきった風船のようなもので、何かひと刺激あれば簡単に激発してしまうだろう。それが火山の噴火なのか隕石の激突なのかはわからない。ただ何かの拍子に『それ』が起きたとき、事態は風雲急を告げる、ということになるはずであった。
とは言っても、そんなことは庶民たちにはあまり関係無い。市民たちは日々の生活に追われており、ちゃんと三度の食事を取るのも大変である。
そして様々な揉め事は、冒険者ギルドに持ち込まれるのだ。
箱根はその地勢学上、西国からの防衛の要衝となる。天下の嶮(けん)と呼ばれる箱根山を中心に、関所、陣、城砦が作られ、『駅』と呼ばれる飛脚や早馬を利用した情報伝達手段も確立した。現在の箱根駅伝はその名残である。
神聖暦980年ごろ、源徳家康によって東海道が整備されると、湯本から須雲川沿いに元箱根へいたる道が開かれ、湯坂道にかわる本道となった。最近になって小田原から8里、三島から8里の芦ノ湖岸に箱根宿が開設され、元箱根にあった箱根関が宿の東に移転。道筋には杉並木と石畳がととのえられた。箱根神社への参詣も活況をとりもどし、元箱根は門前町として発展した。
一方、芦之湯と早川沿いの湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀は箱根七湯の名で知られるようになり、湯治場として賑わっている。とくに湯本は、唯一東海道沿いにあるため繁栄し、一夜泊まりの客は小田原宿や箱根宿をしのぐほどである。
その箱根は、小田原藩11万5千石の支配地で、東海と関東を隔てる境界にもなっている。源徳家康の支配地の、西端というわけだ。
藩主は、2代目大久保忠吉(おおくぼ・ただよし)。若干24歳ながらよく箱根を治める、賢主であった。
「今回の依頼は、箱根の役所から来てるわ」
そう言ってキセルをくゆらせたのは、冒険者ギルドの女番頭、“緋牡丹お京”こと、烏丸京子(からすま・きょうこ)である。漆を流したような黒髪が艶やかしい妙齢の女性で、背中には二つ名の由来となる牡丹の彫り物があるという話だ。
京子がキセルを吸いつけ、ひと息吐いた。紫煙が空気に溶けてゆく。
「役人と冒険者の折り合いが悪いのは周知の事実よね。でも箱根の君主、大久保忠義さまはそれをなんとかしたいと考えているみたい。江戸にもそのことを奏上して、現在いろいろと行動を開始しているわ。そのひとつが、役人と冒険者混成の治安組織の設営、つまり『箱根温泉防衛隊』の樹立というわけ」
タン!
京子が、キセルで火箱を叩いた。火球が、灰の中に転がる。
「依頼内容は、この箱根温泉防衛隊に参加して次の依頼を遂行すること。役人側の筆頭には小田原の武士、日ノ本一之助氏が立っているわ。堅物で有名だけど、有能な侍よ。うまく協力してちょうだい」
【ミッション2:牛鬼退治】
東海道近在のとある山村で、牛頭鬼が現れました。それも2匹。強力な敵です。今回は官・民で組まれた組織『箱根防衛隊』によって、その駆除を行います。役人側からは、日ノ本一之助以下10名の小田原藩士が出ます。
●リプレイ本文
箱根温泉防衛隊 2――ジャパン・箱根
●幕間
グラス・ライン:「あのな、男の人が女の人を護って傷ついて浸るんは勝手や、でもなうち等もただ護られてるだけの存在や無い。そこんとこ、勘違いしてもらいたないわ」
日ノ本一之助:「何か、勘違いをなされているようですが」
グラス・ライン:「なんやて?」
日ノ本一之助:「私は、戦隊を率いる指揮官としての義務を果たしただけです。私の義務は、主君の命の通り、この組織を正しく運営すること。私の指揮下で死亡者などだされては、迷惑だからです。女だから護られた? その程度の見識しか持っていないのであれば、それでも結構。その程度の仕事をしてください。咎めはしません。ですが、足を引っ張るような真似はしないで下さい」
その晩グラスは、めずらしくもかなり荒れた。
●箱根温泉防衛隊、西へ
牛頭鬼――ミノタウロスは、西洋ではギリシャ神話に出てくる牛頭人身の怪物である。伝説ではクレタ島のミノス王の王妃パシファエと、海神ポセイドンがミノス王に送った供犠用の見事な雄牛との子供とある。
ミノス王がこの雄牛を犠牲としてささげなかったため、怒ったポセイドンは、パシファエが雄牛に恋するよう仕向け、その交わりからミノタウロスが生まれたいう。
ミノス王は、建築家にして発明家のダイダロスに命じて建造させた、脱出不可能な迷宮にミノタウロスを幽閉し、毎年アテネから貢ぎ物としておくられてくる14人の少年少女を餌としてあたえていた。
アテネの英雄テセウスは、この怪物を退治しようと、自分からすすんで貢ぎ物のひとりとなった。ミノス王の娘アリアドネは、クレタ島に到着したテセウスの姿をみてたちまち恋におち、彼が迷宮の中でまよわないように麻糸の玉をわたした。テセウスは麻糸の端を迷宮の入口の戸にむすびつけ、奥へすすんでいった。迷宮の奥でミノタウロスを発見したテセウスは、この怪物を退治し、それから麻糸をたどって犠牲の少年少女たちをつれて、迷宮からの脱出に成功したとある。
ジャパンにも牛頭鬼、あるいは牛鬼として名前を知られており、東国には民話にいくつもの出現例が見て取れる。
ミノタウロスは戦斧の使い手で、モンスターとしてはかなり強力な部類に入る。油断のならない相手である。
冒険者10名を含む『箱根温泉防衛隊』隊士20名は、桝目(まずめ)村という村に来ていた。桝目村は、牛鬼の被害を直接受けた村である。農耕を営む村で、拠点防衛能力は無きに等しい。
「だから、どうしてわかってくれないんだ!」
今回、冒険者側の指揮を担った西中島導仁(ea2741)が、日ノ本一之助を前に激昂していた。
このやりとりは、すでに30分以上繰り返されている。
導仁たち冒険者サイドは、村に拠点を置き、防衛設備を整えた上で牛鬼を待ち受ける手段を取ろうとしていた。しかし日ノ本は、その案を斬って捨てたのである。
「先ほども言いましたが、時間と金と人員が足りません。牛鬼はいつ攻めてくるかわかりませんし、金は言わずもがな。あなたの言うような村の砦化を行うならば、人員がもっともかかります。20名の隊員だけでそれらを準備するのは、現実的に不可能です。あなたの案を軌道に乗せるならば、村人の協力が必要不可欠ですが、もしその準備中に牛鬼がやってきたら、準備の意味も無くまた村人を危険にさらします。そして何より重要なのは、牛鬼が必ずこの村に現れるとは限らないのです」
導仁の論拠は、一度うまい思いをした牛鬼が再び同じ村を襲う可能性が高いというものである。それに対して防備を整えれば、最少の危険で最大の効果を得られるというものだ。
ただ、村ひとつ守る設備を整えるとなると、その費用と人員は馬鹿にならない。時間と金と人は有限なのである。
その辺りの感覚については、日ノ本はかなり厳しいものを持っていた。現実主義者である日ノ本には、論拠の薄い予測とそれを基にした作戦計画案はなかなか通らない。
結局、導仁はこてんぱんに叩きのめされ、隊は村を出、牛鬼を追撃することになった。唯一通った案は、小田原藩藩士に弓を装備させることだけだった。
●追撃・牛鬼
「多分‥‥こっちだと思います」
「異論ありません」
琴宮茜(ea2722)と李雷龍(ea2756)が、地面に残された足跡や糞などを手がかりに牛鬼を追跡している。
牛鬼の移動速度は思いのほか速く、追撃にはかなりの手間を食いそうだった。
「魔法での探知によると、牛鬼はそれほど離れていないそうだよ」
レダ・シリウス(ea5930)のシフール共通語を、アオイ・ミコ(ea1462)が訳す。精霊魔法の《サンワード》である。
「偵察に行ってくるね」
アオイが、羽根を羽ばたかせて飛んでいった。
グラス・ライン(ea2480)は、前半いつになくややカリカリした様子を見せていたが、今は落ち着いている。自分の役目も把握し、遺漏無く事を進めていた。
ルーラス・エルミナス(ea0282)と緋邑嵐天丸(ea0861)は、いざというときの接近戦要員として待機していた。こういうとき、戦闘人員は出番が無い。
琴宮茜と南天流香(ea2476)、そして南天桃(ea6195)は、今回隊士で編成された弓隊を率いて山間に分け入っている。馬隊も準備されたが、山道ではかえって機動力を失うので徒歩(かち)に変更されていた。これは日ノ本の助言あってのことである。
誤解の無いように言っておくが、日ノ本の言動は常に合理的で、理にかなっている。見たところそれなりに誠実であり、冒険者相手に見下した態度も無い。頭もよく切れ、戦闘能力と作戦立案能力をしっかり同居させている。
唯一の欠点は、時と場合と相手を選ばずに、歯に衣着せぬ言動を行うことだろうか。そこら辺の、おべんちゃらばかり言って出世する官僚とは、180度反対の人間である。現在防衛隊に見られるようなギスギスした人間関係を見るに、そういう『政治』に向いた人間では無いのだろう。
――だが、もう少し他人の体面というものに気を配って欲しい。
と苦々しく思っているのは、西中島導仁であった。自分の立案した作戦を完膚なきまで叩き伏せられ、見た目には大きな恥をかいた形になっている。同じ事を日ノ本が他の官僚に行っているのならば、その官僚からはかなりの恨みを買っていることだろう。
――せやけど、冒険者を使い捨てのコマみたいに思っている役人とは違いまはんな。
グラス・ラインが思う。日ノ本の発言でかなりトサカに来た彼女ではあったが、認識が甘かったのは自分であると今は思っている。女だからといって、魔物は差別してはくれないからだ。
牛鬼の追撃は夕方まで続き、アオイ・ミコの知らせにより位置が把握された。
レダ・シリウスの《ウェザーコントロール》で雲も呼び出され、十全の状態で2匹の牛鬼を強襲することになった。
●強襲・牛鬼
2匹の牛鬼は、沢の谷間で居眠りをしていた。
「チャンスですよ〜。弓隊、射撃準備ですよ〜」
南天桃が言う。
「わたくしの魔法を合図に、弓隊は矢を放って下さい」
南天流香が、呪文の詠唱に入った。ルーラス・エルミナスもオーラ魔法《オーラパワー》《オーラエリベイション》に入り、緋邑嵐天丸も武具を構えた。
「俺の出番は無しかと思ったぜ」
嵐天丸が言う。
「《ヘブンリィライトニング》!」
流香の魔法が完成した。レダ・シリウスの呼び出した雷雲から雷が、空気を割って牛鬼に落ちる。
ズッドオオオオオオオオン!!
「ブモ――――――――ッ!!」
目を灼く光条が、牛鬼の一体を焼いた。
「撃てー、ですよー!」
三味線を弾きそこなったような音が数個鳴り、長弓の矢が一斉に牛鬼を狙う。9本中、6本が命中し、牛鬼にいくばくかのダメージを与えた。
「先手必勝ぉ!」
緋邑嵐天丸が、太刀で《ソニックブーム》を放った。向かって右側の牛鬼が、よけ損なってダメージを受ける。
「ウーゼル最大攻撃、『白い戦撃』!」
ルーラス・エルミナスが突貫した。オーラ魔法を付与した上での、ロングスピアにおける《チャージング》《スマッシュ》。物理ダメージでこれを上回る攻撃は、まず無い。
ルーラスの攻撃は、狙い誤らたらず牛鬼にクリティカルヒットした。どん腹を貫かれ、牛鬼は一撃で絶命した。不意打ちというのも効いている。
「ブモ――――――――ッ!!」
怒った牛鬼が、今度は突進してきた。相手は、グラス・ライン。
「!」
攻撃能力の乏しいグラスには、なすすべが無い。しかし横合いから日ノ本が割り入ってきて、グラスへの攻撃を刀で受け止めた。
「《オーラマックス》!」
高速詠唱・呪文発動。攻撃能力の増した日ノ本が、牛鬼を切り刻む。
「《サンレーザー》!」
とどめを刺したのは、以外にもレダ・シリウスの魔法であった。
苦労は多かったが、成果はあった。2匹の牛鬼を仕留めるという偉業は、なかなか果たせないだろう。
日ノ本の負傷を治し、一同は帰路についた。冒険者の作戦が功をそうし、日ノ本の判断力が噛みあう。
成果は、着実に現れつつあった。
【つづく】