蟲毒変 3――ジャパン・京都
|
■シリーズシナリオ
担当:三ノ字俊介
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 46 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月09日〜08月16日
リプレイ公開日:2005年08月22日
|
●オープニング
●平安の都――その裏事情
京都は、まがうことなきジャパンの首都である。
南北約5.3キロメートル、東西約4.5キロメートルの長方形。中央部を南流していた鴨川は、河川流路の改修の結果、都の東辺に移動し、西をながれる桂川とともに重要な水上交通路となった。
北部中央には南北約1.4キロメートル、東西約1.2キロメートルの政庁や官庁をあつめた大内裏があり、その南面中央が朱雀門で、そこから南に、幅85メートルの朱雀大路が都の南端の羅城門までのびている。大内裏の中央東よりに神皇の御所である内裏があり、公事や儀式をおこなう正殿の紫宸(ししん)殿をはじめ、神皇の日常の居所である清涼殿などの建物がならんでいる。
京都は、朱雀大路を中心として南北に走る9本の大路、東西に走る11本の大路によって碁盤の目のように区画されている。中央を南北に走る朱雀大路で左京と右京にわかれたが、西側の右京は桂川の湿地で沼沢が多く、現在ややさびれぎみである。
京都における冒険者というのは、いわゆる不正規兵員――つまり傭兵的な雰囲気がある。
そもそもジャパンにおける冒険者ギルド自体が、東国である江戸文化に成り立ちがあり、同じジャパン国内でありながら『異文化』と見られがちだ。西国にある組織の中でも、これほど東国の言葉を使用する組織は無い。ついでに言えば、京都人は江戸人を『東国の田舎者』と蔑視する傾向がある。プライドの高い京都人からすれば、そんな組織に頼るのは正直はばかられる。
が、背に腹は変えられない。揉め事を抱えているのは貴族にせよ武士にせよ一般人にせよみな同じであり、『荒事専門の何でも屋』や『智賢ある知識人』に頼らなくてはならない事態もあるのだ。そしてそれを放置しておけば、事態が悪化するのは目に見えている。つまり、選択肢は無いのだ。
組織に縛られない、『自由人』である冒険者。
彼らはまさに、澱んで固化した京都に新風を吹き込む、活力なのである。だから首長の平織虎長も、彼らを容(い)れたのであろう。
そしてその評価を決めるのは、冒険者自身である。
「はじめまして。烏丸節子(からすま・せつこ)と申します」
楚々とした仕草で、その女性は冒険者諸賢に対し、丁寧に頭を下げた。
「東者(あずまもの)で至らぬところもありますが、姉の薦めもあり、この京都で冒険者ギルドの番頭を勤めさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」
やけにきっちりした仕草で、節子は言った。姉は、聞けば東国でやはり冒険者ギルドの番頭をしているという。名前は烏丸京子。聞いたことがあるかもしれない。
「本日お集まりいただいたのは、ほかでもありません。いささか難儀な事件が起こっております」
と、まじめな口調で、節子は切り出した。
話はこうである。
『京都の近隣で蟲毒が行われている』
陰陽寮からこのような報告が入ったのは2ヶ月前のことである。
蟲毒は、ムカデ、蜘蛛、サソリ、ガマガエル、ヤモリなどの小動物を、1つの瓶(かめ)にいれて作られる。その動物の数は、多ければ多いほどよい。それを密封させ放置すると、それぞれが共食いを始める。そして最後に生き残った1匹が、蟲毒となるわけである。
蟲毒とは、決して邪悪な使い方に限るというわけではない。蟲毒を住まわせておくと家に富みを運んでくれると言われ、定期的に生け贄をささげ続ける限りそれは続くと言われる。
だが、生け贄を捧げないと蟲毒に食われると言われ、それが邪悪な呪法に利用されるわけだ。
蟲毒そのものは、剣や火では殺せないと言われている。遠くに捨てても戻ってくるらしく、捨てるには、蟲毒がくれただけの財と同じ価値の財と共に、捨てなければならないらしい。
この性質を利用し、呪うべき相手のところへ、少しの金品と共に蟲毒を送りつけるわけである。そうすると蟲毒は相手のものとなり、養えぬままに、食われてしまうのだ。つまり、呪いである。
ちなみに、蟲毒を食べることにより、蟲毒のパワーを手に入れることができると言われている。それは瓶の中の、ヒエラルキーの頂点にたつことになるため、ということらしい。つまり食ったものその者が、蟲毒になるわけだ。
蟲毒は、陰陽術の一つである。陰陽術の中では、それほどキワモノだった呪法というわけではない。ただ伝える者が少ないだけ。手軽にできて効果覿面(てきめん)。そんなものを気軽に伝えられては、陰陽師自体が困る。
ただ、京の都のそばでソレをやる、というのは、由々しき事態とも言える。その呪法の目的はわからないが、陰陽寮の管轄内で蟲毒をやることは、京都の陰陽寮に対する挑戦とも取れる。
そしてその邪悪な呪いの余波は、普段目につかない化け物を呼び寄せることもある。
「最初は巨大なスズメバチ。前回は、死食鬼でした。そして今回は、どうやら地系の精霊のようです。正直、難敵です。しかし今回の怪物の出現で、蟲毒の存在場所がかなり絞れると思います。それはまた別の依頼となりますが、とにかく皆さんには、その精霊を殲滅していただきたいのです」
●リプレイ本文
蟲毒変 3――ジャパン・京都
●坂田実篤を探せ
「――年齢43歳、性別男。身長は約165センチほどでやや痩せ型‥‥あごに傷のある威力のある顔‥‥と言われても、ジャパン人はみな黄色い肌に黒い目黒い髪ですから、見分けがつきにくいですね」
人相書きを見ながら、エルフのクレリックであるアンジェリーヌ・ピアーズ(ea1545)は小首を傾げた。育ちの良さそうな面端に困惑の表情を浮かべているのが、ちょっと絵になる。
今回の『蟲毒』の首謀者らしき人物である陰陽師、坂田実篤(さかた・さねあつ)――。
アンジェリーヌは志士の玖珂刃(ea0238)や結城紗耶香(ea0243)と共に、この人物の捜索活動を行っていた。
「『蟲毒』ってのは『手段』だと思う」
自称『居合い斬り友の会会長』を標榜する玖珂刃が言う。
「その根拠は?」
結城紗耶香が、刃に問うた。
「『蟲毒』は元々、陰陽術の出自のものだ。陰陽寮に復讐するために使用するには、手の内がばれ過ぎている。簡単に言えば、陰陽寮に『蟲毒』は通じない。だから『蟲毒』は、直接陰陽寮に仕掛けるものとはありえない。自分の術に引っかかるバカはいないだろう?」
刃が行った。筋は通っている。
「ならば、なぜ『蟲毒』など行う?」
紗耶香が食い下がる。
「だから、『手段』なんだ。何かをするための。その『何か』については分からないがね」
「ふむ」
刃の言葉に、紗耶香がうなづく。
「いずれにせよ、邪悪な呪法を放置するわけにはいきません。はやくそのサカタ・サネアツなる人物を見つけましょう」
アンジェリーヌが言う。
「そうは言ってもなぁ」
刃が苦笑をもらした。
「手がかりは途切れている。ヤツが何か行動を起こすまでは、行方はつかめないだろうよ」
刃が言った。
謀(はかりごと)は密なるをもってよしとする。
実篤の行動は、まさにその通りなのである。
●探索
「これはひどいであるな」
維新組局長『火の志士』を名乗る小坂部太吾(ea6354)が言った。ここは京都近郊の山の中。例の『狂った精霊』なるものが目撃された場所である。
そこは山腹の一角。不自然に森が破壊されている場所だった。
「多分ダイダラボッチですね。地系の巨大精霊となると、そのあたりが予測できます。しかし想像以上の破壊能力ですね」
維新組『水の志士』を名乗る、海上飛沫(ea6356)が感嘆したように言った。
その場所は、地面ごと深く抉(えぐ)り取られていた。木々はなぎ倒され、その場所だけもともと空き地だったかのように空間が開いている。
「足跡が無いところを見ると、多分《アースダイブ》で移動しているんだべさ」
維新組『地の志士』を名乗る、郷地馬子(ea6357)が言う。精霊は呼吸を必要としないと聞く。地面の下を行かれたら、人間たちにそれをなんとかする手段は無い。
「なんか聞こえるよ」
鋭敏な感覚を持つパラの凪風風小生(ea6358)が、耳をそばだてて言った。
――ぎりぎり――ぶちぶちぶち。
木の根が引き絞られ、次々と千切れてゆく音だった。
「地すべりよ」
朱蘭華(ea8806)が言う。
「その音は地面が引っ張られて根が切れる音。このままだと、ここら一帯地すべりで崩落するわよ」
「地すべりの方向は! 馬子!」
山岳知識を持つ馬子が周囲を見渡した。
「あっちのほうじゃねぇかと思うんだども‥‥」
馬子が指した方角には、確か村があったはずである。
維新組を含めた5名は、村の危機を知らせるために山を駆け下りた。
●ダイダラボッチ――?
「家財は置いてゆけ! 避難を第一に考えろ!」
小坂部太吾が、村人たちに避難を呼びかけている。大慌てで村を出る者、家財をなんとか持ち出そうとするもの、子供とはぐれ途方に暮れる母親。
阿鼻叫喚。まさにパニック現象であった。
村側でも、異変には気付いていたらしい。山側の地面の下から急激な漏水がおこり、村の半分を水浸しにしていたからだ。
だが、まさか地すべりという事態にまで発展するとは考えていなかったらしい。
幸い、村の古老は話の分かる人で、冒険者たちがもたらした情報と漏水を結びつけ、目前の危機を信じてくれたのである。それからは、緊急脱出作戦の始まりとなった。
「状況はどうよ!」
玖珂刃と結城紗耶香、そしてアンジェリーヌ・ピアーズがそこにやってきた。
「狂った精霊のまえに、自然災害と一戦交えなければならんようだ」
太吾が答える。村人は今も村を脱出中で、漏水はもはや絶望的な状況になっていた。
「いけない!」
紗耶香が言った。すさまじい音をたてて、山はだが崩落し始めたのだ。
地すべりの崩落速度は、状況にもよるが時速にして60キロメートルほどにもなることがある。土を噛んだ木がいっせいに斜めに倒れ、そして土砂と共に押し寄せてくる。
呑まれれば――死。
轟っと、茶色の濁流が村を飲み込んだ。冒険者たちも可能な限り人を助けようと思ったが、逃げている最中に子供を一人母親に託され、二尺――つまり腕一本分間に合わず目の前で母親が飲まれた。
轟々という音は山々にこだまし、泥流は下の方の河川敷まで崩れ落ちそこで止まった。
――思考的空白。
もう崩落が無いのを確認して、村人たちが安堵の息を漏らす。
「いや、まだ終わっておらん」
太吾が、崩落した山の斜面を見て言った。山の斜面からは、何かが盛り上がっている途中だった。それは身長7〜8メートルの、人型だった。ただ皮膚とか髪の毛、あるいは顔などもなく、どちらかというと泥でできたゴーレムのような印象を持っていた。
――ダイダラボッチ? じゃない。
冒険者たちが思った。精霊は、その嗜好の違いはあれ洗練されているものである。それは生物の形態を模倣しており、知能もある。
が、この精霊――劣化ダイダラボッチは、そんなもののなりそこないにしか見えなかった。
「あれが原因か!」
怒りも顕に、刃が吼える。状況的に見て、『アレ』がこの地すべりの原因と考えていいだろう。
「落ち着け刃。冷静さを失うと死ぬぞ」
紗耶香がその刃をたしなめる。
「すいません!」
アンジェリーヌが、冒険者たちに頭を下げた。
「私、村人さんの様子を見てきます。けが人がたくさん出たようなので‥‥」
申し訳なさそうに、アンジェリーヌが言う。だが冒険者たちは、笑ってそれを許した。
「さて、大事だな。目とかあればまだ弱点などもあろうが‥‥」
起き上がった『ソレ』は、泥で出来た木偶人形そのものである。視覚があるかどうかもわからない。
「これだけのことをやってくれたんだ。やるしかあんめえよ」
刃が言う。
足場に不安があったが、次に《アースダイブ》で逃げられたら、今度こそ何が起こるかわからない。
今、叩く。
「私からいかせてもらいます」
海上飛沫が言い、前に出た。
それが、戦闘の合図となった。
●被災――その後
劣化ダイダラボッチとの戦いは、過酷なものだった。
まず、足場が悪くて満足に剣を振るう事もできない。
魔法に対する対呪力が高く、魔法も効果が期待できない。そして何より、タフだった。敵の攻撃はまず当たるような速度ではなかったのだが、いくら斬っても手ごたえが無いのである。
結局勝負を決めたのは、戻ってきたアンジェリーヌの《コアギュレイト》だった。叩きまくって抵抗が落ちたところに決めたのである。
そこからの作業は、楽だった。
「さて、これで大体の場所はつかめるようになりましたね」
冒険者ギルドの番頭、烏丸節子が言った。
「被災した村には平織さまから救援が向かうとの事です。ひとまずこの件は解決と見ていいでしょう。ですが、最後にもうひと働きあります。『蟲毒』を発見し妨害すること。おそらく坂田実篤も、そろそろ動くと思います」
暗雲が立ち込めていた。
戦いは、まだ終わらない。
【つづく】