【昏き祝福】悪党の前奏曲
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■シリーズシナリオ
担当:宮本圭
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 89 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月06日〜10月15日
リプレイ公開日:2004年10月14日
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●オープニング
「夜盗退治、ですか」
「そうです。商隊の荷物を取り返して、ついでにあの野郎どもを懲らしめてやってほしいんでさあ」
ありふれた依頼だ。机の上に羊皮紙をひろげ、依頼人である商人を見返して、冒険者ギルドの係員は顎をつるりと撫でた。状況にもよるが、そう難しい依頼ではない。登録している冒険者の中で、今は誰が手が空いていただろうかと考える。
「なるほど。商品は主に香辛料と塩‥‥量はどれぐらいです? 奪われたというのは、馬車ごとですか。その馬車が無事なら、そのまま街まで運べますね」
羊皮紙に、冒険者募集のための必要事項を書き付ける。事務的にことを進める係員に、あわてた様子で商人が待ったをかけた。
「ああ、それだけじゃない。実は子供をさらわれちまいまして」
「子供? あなたのお子さんですか?」
聞き返すと、商人はあたしゃ独身ですよ、と首を振った。
「途中の街で、便乗させてほしいって頼んできたんですよ。たぶん六歳か七歳かの、アルマンって男の子で‥‥お遣いの帰りなんだって言ってましたがね」
「おつかいって‥‥ひとりで?」
「ああ、ひとりで。いや、猫を抱いてたな。飼い猫なんだとかで」
旅の移動手段として、同じ方向に向かう商隊に便乗させてもらうというのは稀にあることだ。商隊は大量の荷物を運ぶために馬車や馬で移動するし、護衛として傭兵や冒険者を雇っているから、徒歩よりもずっと速く安全に移動できる。
「そうひどい身なりでもなかったし、手癖の悪そうな感じじゃあなかったんで乗せてやったんですよ。たまにいますからね、便乗しといて荷物や金をくすねて逃げちまうのが。まあそんなこともなく街が近づいたころに」
盗賊に襲われたというわけだ。
「恥ずかしい話ですが‥‥逃げるのに皆必死だったもんでね。襲われたときに荷物の奥に押し込んでやったんだが、護衛がみんなやられちまって‥‥命からがら街に逃げ込んで、あの子がいないことに気がついた。逃げ遅れちまったんでしょうな」
「当然、連中はアルマン君を見つけるでしょうね」
見つけたものはみんなしゃぶり尽くしてしまうのが悪党というものだ。アルマンが見つかれば‥‥すぐには殺されることはないかもしれないが、どちらにしろ胸が悪くなるような想像しか浮かばない。
「親御さんには?」
「それなんですよ」
何か思い出した様子で、商人はどんと机を叩いた。
「よそ様の子供なんだから、知らせないわけにはいかねえ。住んでるところは大体聞いてましたから、そこを尋ねました。とにかく早急に助け出す手配をするから、一緒に冒険者ギルドまで行きましょう‥‥って言ったら、その家の野郎、こうですよ!?」
――助けに行く必要などありません。このまま帰ってこないのなら、いい厄介払いですよ。
係員は腕を組んでしばらく考え込んだ。
どう考えてもその子供はなにか訳ありだ。たぶん何かの事情で、家から煙たがられる存在なのだろう。だが商人の依頼は大きく分けてふたつ、奪われた荷物の奪還と、その子供を助け出すこと。アルマンの事情自体は、依頼にはあまり関係なさそうである。
「わかりました。とりあえず募集を出しましょう。依頼料ですが、こんなところでいかがです?」
●リプレイ本文
頭上を覆う枝葉が陽光をさえぎって、森全体に薄暗い影を落としている。涼しい秋風が葉をざわめかせる中、森島晴(ea4955)は小さく息をついて馬首をめぐらせ、周囲を見回す。愛馬『戒』はかるく鼻を鳴らして歩みを緩め、ちらりと背の主人を窺った。その視線には気づかずに、晴は周囲に向かって大声で呼びかける。
「リーニャ! 何か見つかった?」
「‥‥そんなに怒鳴らなくても」
「ひゃっ!?」
がさり、とすぐ近くの茂みがざわめき、青々とした緑の中から、突然、火のように赤い頭が勢いよく顔を出した。驚いた戒が思わず前足を上げていななき、不意打ちに晴もあやうく落馬しそうになる。
「‥‥ちゃんと聞こえてる」
「お、脅かさないでよ!」
なんとか手綱をさばいて愛馬をなだめ、晴は突然現れたリーニャ・アトルシャン(ea4159)に抗議した。真っ赤な髪にくっついた葉を払いながら、リーニャは立ち上がり、悪い、と短く謝罪する。
「足跡みたいなもの、見つけたんだけど‥‥獣のもの、だったみたい‥‥」
「そう。‥‥やっぱり森に慣れてないと厳しいわね」
晴もリーニャも、森林に関する知識は持ち合わせがない。まだ興奮気味の戒のたてがみを軽く撫で、晴は小さく肩を落とす。
ここに至るまでの道中一度見舞われた雨はどうやらこの近辺にも降ったようで、地面は所々ぬかるんでいる。そのことが探索を困難にしていた。おかげでたまに足跡を見つけてもなかなか追跡できないし、戒は水たまりの泥で汚れるのを嫌がって歩みが重いしで散々だが、天候ばかりは出発してみないとわからない。
「この方向はやっぱり外れね。街道の反対側を探したほうが良さそうだわ。乗って」
「いいの? ‥‥リーニャが乗っても」
茫洋とした表情で聞き返すと、晴は当然といった様子であっさりと答えを返した。
「だってそのほうが速いじゃない。あんたぐらいの体格なら、二人乗りでも大丈夫だと‥‥なによ、戒。まさかさっきリーニャに驚かされたのを、まだ根に持ってるんじゃないでしょうね?」
「一切合財、って感じだわね」
「そうですね」
マリことマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)の言葉尻には揶揄と、それからかすかに呆れが混じっている。周囲にどうやら敵らしき気配がないことを確かめて、ショー・ルーベル(ea3228)が手にした弓をようやく下げて応えた。
依頼人のものであった馬車の荷台からは、半ば以上予想はしていたが、目ぼしい荷はすべて消えていた。
「この馬車を曳いていた馬は、逃げたんでしょうか‥‥?」
「逃げるので精一杯だったのに、馬を馬車から放す余裕があったとは思えないわ。‥‥そうね、考えるべきだった。馬は行くところに行けばいい値段で売れるもの」
馬は交通手段であり、労働力でもある。名馬ともなれば富の象徴にさえなりうる。多くの人々にとって、馬というのはすなわち財産に等しい。宝石などよりもよほど換金はたやすいのだ。
「では、馬は盗賊たちに?」
「そう考えたほうが自然でしょう。シェアトが荷馬車を手配しておいてくれて助かったわ。奴らが馬をもう売り払っているとしたら、荷物を取り戻してもここで立ち往生だし」
「おかげで、皆さんに少し遅れてしまいましたけどね」
水を向けられたシェアト・レフロージュ(ea3869)が、荷馬車の御者台に腰かけたまま微笑する。近隣の農家から借り受けたものなのか、荷台には藁くずが散乱していた。
「動かすのは、大丈夫そうですか?」
「はい。走らせたりするのは自信がないですけど‥‥ゆっくり歩かせるぐらいなら、私でもできると思います」
まだ馬の扱いを習いたてだというシェアトに、それ以上は無理だろう。
「‥‥問題は、そいつらの塒を見つけられるかどうかね」
「大丈夫でしょうか? 森の中に見張りがいないとも限りませんし‥‥」
「そうですね」
やや心許なさそうに呟くショーの言葉に、シェアトがそっと目を閉じた。
「今、ちょっと聞いてみます」
「んっ」
ちょうど目の高さを飛んでいたシーナ・ローランズ(ea6405)が、何かに気づいたようにふと顔を上げて止まった。
「何だ? シーラ、何かあったのか」
『ちょっと待ってなの。今受信中で、送信中なの』
受信、送信?
こめかみに人指し指を当てなにやらうんうん唸っているシーナを見て、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)は何か新手の病気だろうかと一瞬考える。もっとも原因にはすぐに思い至った。
テレパシー。離れた相手と思念の交感を行える、月の精霊魔法だ。
「‥‥シーナ。もしかして頭に何か‥‥」
シーナはノルマンの公用語であるゲルマン語を話せない。会話はイギリス出身のクロウを仲介して行われていた。彼と同じことを考えたシェーラ・ニューフィールド(ea4174)に説明しているうちに『送受信』が終わったらしく、お待たせなのとシーナが振り返る。
「シェアト、なんだって?」
『こっちの様子が心配になったみたいなの。盗賊さんたちの棲家はまだ見つかってないけど、あたしたちも盗賊さんたちには見つかってないって言っておいたの』
「そっか。今日じゅうに見つからないようなら、暗くなる前に戻らないとね」
くどいようだが、この会話はクロウを仲介して行われている。
まとまった人数で行くと却って見つかりやすいだろうということで、何人かに分けて森の中を探索していた。手配してきた荷馬車の番もしなければならないので、シェアトは森の手前ほどで待機中のはずだ。もっとも森の外とはいえ、彼女ひとりで盗賊に襲われたりしたらどうしようもないので、交代で何人かが荷馬車についている。
「生活している以上、水場は欠かせない。川とか泉とかな。アジトが近くにないとしても、そこからの行き来は必ずあるはずだ。それに雨で足跡が消えていても、これだけ木が密集してれば痕跡は残る。あ、そこ踏むなよ、音がするから」
先ほど越えてきたばかりの小川のせせらぎが耳にかすかに届いている。折れた小枝がいくつか落ちているのを後ろのシェーラに注意して、クロウは周囲を見回した。思いなおしてシェーラが踏み越えた小枝の一本を拾い上げ、鼻先を寄せる。
「断面がまだ新しい。最近折れた枝だ」
「これ、あたしたちとかリーニャたちが折ったんじゃないよね?」
「晴やリーニャが調べてたのは街道の向こう側のはずだ。それに」
『このあたりは多分、はじめて通ると思うの』
『だな。この先を調べてみれば‥‥』
「何? ねえちょっと二人で何話してるわけ?」
「いや、だからな」
『クロウさん、シェーラさんはなんて言ってるの?』
「ええと」
シーナが話しても、ノルマン育ちでゲルマン語しか話せないシェーラには通じない。クロウが同時通訳をつとめてはいるのだが、シェーラとシーナ、ふたり同時に喋り出すともう一体どちらから先に訳せばいいのだか。
『だーっ、シーナ! 今度ゲルマン語勉強しとけよ!』
あやうく切れかけたクロウだったが、それでも声の音量を抑えるだけの理性はなんとか残っている。
●悪党の趣味
スリープの魔法がよほどよく効いたのか、むくけつき大男は大の字になっていびきをかいている。その様子を覗き込み、晴は目をわずかに眇め、肩をすくめた。
「あっきれた。魔法とはいえ、よく寝てるわねえ」
「ふふ。まあ、こんなものでしょ。起こさないようにね」
『スリープ』はただ眠らせるだけだから、大きな音を立てたり揺り起こしたりすれば簡単に目を覚ます。魔法を使った当のマリはまるで涼しい顔のまま、ローブの裾を揺らして音もなく立ち上がった。
「見張りはこれで大体片付けられたかしら」
「クロウの話だと、アジトはもうすぐそこのはずよ。時間から考えても、そろそろ突入の頃合じゃない?」
「これ以上待つと、真っ暗になってしまいますしね‥‥」
ショーの言葉通り、頭上の枝の間から見える空はすでに濃い色に変わり始めている。月の弱い光は森の中までは届かないだろうし、明かりを持ったままの戦闘は当然片手がふさがっているから昼間よりも面倒だ。わずかでも視界が利いているうちに、済ませてしまったほうがいい。
「明朝にでも回せれば本当は一番いいのでしょうが、場合が場合ですし」
「その子供を助けるのは、早いほうがいいものね」
ショーの科白の後半を引き取ってマリが言うと、じゃあ、と晴が腰に佩いた刀をすらりと引き抜いた。軽く目を閉じると、刀身はにぶくオーラの輝きを宿し始める。
「一丁、行きましょうか!」
泥と葉で遠目からはわからないように偽装されていた、掘っ立て小屋の戸を思い切り蹴り開ける。
勢い余って横倒しになった戸板を踏み越えると、すでに中の者たちは異変に気づいていた。腐りかけた床をばたばたと踏み荒らしながら、出入り口へと殺到した男どもは、侵入者が皆女性であることに目ざとく気づく。
「なんだぁ? ずいぶん威勢のいい姐ちゃんらだな」
「あなた方が奪った荷と子供を、返していただきたく参りました」
挑発には乗らず、ショーが凛とした声で告げる。
「子供? ああ」
下卑た笑みを浮かべて、先頭にいた男が一歩踏み出す。
「あのガキか」
「どこにいるのです」
「さあなあ。ここにはいろんな趣味の奴がいてな」
「質問に答えてください」
さらに一歩。動かないで、というショーの鋭い言葉には構わず、男は銀髪の神聖騎士に近づいた。にやりと不潔感漂う笑みを見せて、彼女の目をまっすぐに見返して冒涜的な言葉を吐く。
「どいつもこいつも女旱りなもんだからな。子供でも見た目のいいのは、売り飛ばす前に‥‥」
言わんとすることを察して、ショーの白い頬がさっと紅潮した。
たん! と鋭い音が響き渡り、矢が男のすぐ目の前の床板を貫く。盗賊の歩みが止まっていた。柳眉を吊り上げ、弓に次の矢をつがえながら、ショーはいつになく厳しい声で宣告した。
「次は当てます」
その言葉が合図となった。
振り上げられた剣からかばって、晴がショーを突き飛ばす。唸りを上げて過ぎた剣風をしのぎ、晴は大きく踏み込んで刀を振るった。利き手を傷つけられ男が悲鳴を上げる。
「どいて!」
短い指示が飛び反射的に体を避けると、マリの手からムーンアローが飛び出し音もなく別の盗賊に突き刺さった。それと同時に、晴の横合いからふたり、新手が飛び出してくる。下がろうとして、背後は壁であることに気がついた。
ふたたび放たれたショーの矢がそのうちひとりの靴を床に縫いとめて転倒させる。
ジャパン人にはめずらしい、晴の金色の髪が切り払われて一筋宙を散る。反撃として躍った一閃は、しかし剣の鍔にさえぎられて悲鳴を上げ、次いでさらに奥から人が出てくる気配がある。
「撤退するわよ!」
晴の叫びに勢いづいて、盗賊がさらに活気づく。背中を見せぬまま大きく跳び退った異国の女侍を追って、盗賊たちが次々と表へと駆け出してきた。だが。
「いらっしゃーいっ」
待ってましたと、シェーラの陽気な声が彼らを出迎える。
杖の一振りとともに顕現したファイヤーウォールは完全に盗賊たちの逃げ場を絶ち、炎の壁と冒険者たちの挟み撃ちという格好になって、彼らは呆気なく降参した。
●前奏曲
「ここか?」
一番奥の扉をクロウが扉をそっと引き開けると、いきなり何かが飛び掛ってきた。
「うわっ」
反射的に飛び退る。矢のように飛び出してきた影は身軽に床に着地し、すばやく攻撃の態勢をとった。毛を逆立てたまま、フーッ、と唸るのは大きな猫だった。この暗い中でも、耳の先まで真っ黒な毛並みがわかる。
「‥‥これ‥‥例の、猫?」
リーニャがつぶやくが、当然猫は答えない。突然の闖入者を睨みつけ、唸りをさらに低くする。おいで、と手招きをしようとして、シーナがあやうくひっかかれそうになった。
「気が立ってるみたいだ、触らないほうがいい。‥‥おい、お前の飼い主はこの中か?」
答えがないのを知りつつクロウが中を覗き込むと、開いた扉がつくりだした細い光の筋の中に、血で赤くまだらに染まった子供の体がぐったり横たわっているのが見えた。
手遅れだったかと一瞬ぎょっとしたが、駆け寄って抱き起こすと、呼吸の証に小さな肩がかすかに上下していた。目立つ外傷は見られない。気を失っているだけのようだ。話を聞いて懸念していたが、服装も乱れていない。胸をなで下ろして、ならこの血は一体誰のものなのかとクロウは疑念を抱く。
「‥‥血の匂いがする」
『ね、ねえ。アルマン君、早く運び出したほうが』
「しっ」
怯えた様子のシーナの声を、リーニャが鋭く制する。敵が潜んでいるとしたら、居場所を知らせるのは危険だ。
じっと動かぬまま神経を研ぎ澄ましていると、薄暗い部屋の中に次第に目が慣れてくる。薄闇の中に見えたものに、クロウは思わず息を呑んだ。急に黙り込んだクロウの様子を訝しみ、その視線の先を追ったシーナもようやく顔色を変え、リーニャは息を詰めたままゆっくりと『それ』に近づく。
「‥‥むごい傷‥‥」
四肢を投げ出して息絶えたごろつき風の男の目を閉じさせ、リーニャは表情を変えぬままそれだけ告げる。
壁に床に飛び散った赤い色も、室内に充満しているむせ返るような血臭も、そこから発しているものなのだとわかる。アルマンの体じゅうを真っ赤に染めているのは、きっとこの男の返り血なのだ。
男の死体の首から下、たくましく盛り上がっていたのだろう胸の肉は無残にも失われ、血に染まった臓腑がまだ生々しくてらてらと濡れ光っている。即死であったことは、誰の目にも明らかだった。
気を失ったままのアルマンを連れ、シェアトの操る荷馬車で近くの街に到着したのはその二日後。盗賊たちを役人に突き出したという報告を聞いて、依頼人が駆けつけてきたのはそのさらに二日後である。
荷物は三分の二以上が手つかずのままで、感激屋らしい依頼人はもう涙を流さんばかりに喜んだ。飼い猫とともに無事だったアルマンは一連のショックのためか熱を出し、詳しい事情を聞けぬまま契約期間は明けて、冒険者たちはパリへと戻ることになる。