【昏き祝福】真夜中の迷走曲

■シリーズシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 48 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月21日〜10月27日

リプレイ公開日:2004年10月30日

●オープニング

「や。もう起きて大丈夫なのかい」
 だみ声の商人が扉を開けたとき、アルマンはちょうど上着を羽織ったところだった。ごわごわした麻のシャツに毛織りの上着。誰かのお下がりなのか、丈が合っていなかった。
「もう平気です。今までありがとうございました」
 頭を下げられ、商人は眉根を寄せてアルマンを見下ろした。まるでお別れの言葉みたいじゃないか。
「ありがとうございました、って」
「もう熱も下がったし、帰らないと家の人間に怒られるので」
「おいおい! ここからお前さんの町までどれだけあるのか知ってるのかい? 子供の足じゃ何日かかるんだか」
「でも」
「いやだめだだめだ。もう朝夕はだいぶ冷えるんだ、病み上がりの子供に野宿なんてさせられねえ。大体お前さん、あんな恐ろしい目に遭ったばかりじゃないかね。せめて護衛でも雇わんと、街道なんて危なくて」
 無思慮な発言だったのは認めよう。アルマンにあまり手持ちがないのは見ればわかることだし、たとえ護衛を雇えるだけの金を持っていたとしても、子供にすすんで雇われようという傭兵はそうはない。むっとした様子で言い返された。
「冒険者を雇って助けてくださったのは感謝してます。医者を呼んでくれたことも。でも、僕がひとりで帰るのが駄目だっていうなら、一体どうしろっていうんです? あなたが町まで送っていってくれるんですか?」
 痛いところをつかれ、商人は顔をしかめた。荷物を取り戻したはいいが、予想外の出来事で彼の商隊にはもうあまり時間がない。盗賊退治のために冒険者を雇い、取り戻した荷物を回収しに道を引き返して、すでに予定は相当遅れ気味である。一度は彼の家に連絡するために回り道をしたが、またアルマンの住む町まで寄るほどの余裕はなかった。
「心配してくれなくても、ちゃんと帰れます。子供扱いも無用です。おいで、ミロ」
 呼ばわると、それまでじっとうずくまっていた黒猫は音もなく床板を蹴って足元までやってきて、アルマンはそれを抱き上げた。ミロというらしい黒猫はかなり大柄で、アルマンの腕にはずっしりと重そうだ。声をかけようとした商人の手を振り切り、子供が宿の階段を下りていく足音だけが、ぱたぱたとただ遠ざかっていった。

「どういたしました? 旦那さま」
「今の子っていうのはみんなああなのかねえ」
「ああ、と申しますと」
「俺があのくらいの時分は、うまいメシのことと、次にしでかす悪さのことばっかり考えてたもんよ。それがどうだい、あの子‥‥アルマンは。あんな小せえのに、子供扱いはいらない、護衛もいらない。大人みたいな言葉遣いしやがって」
「確かに礼儀正しい子でした。旦那さまよりもよほど」
 言葉の過ぎる下男を振り返ると、下男はそ知らぬ顔で新しい蝋燭に火をつけた。
「‥‥捕まっている間のことは、何も覚えていないのだそうですね?」
「嘘か本当かは知らねえがな。この間の冒険者の話じゃ、取り返しのつかない事になる前に間に合ったって話だが‥‥実際に何が起こったのかは誰にもわからんさ。くそったれの忌々しい盗賊どもめが」
「旦那さま、下品です」
 うるせえぞ、と注意を一蹴し、宿の鎧戸を開けて外を見る。空は濃い色に染まり、夜の帳が降り始めようとしていた。夜の間灯りをともす建物はごくわずかで、ほとんどの人々は日没とともに寝入ってしまう。
「ここんとこ、めっきり日が短くなったなあ」
「あと二ヶ月もすれば冬でございますから」
「冬か‥‥」
 言われてみればもう十月である。下男の相槌に考え込んで、商人は冷たい風が吹き込んでくる鎧戸を閉めた。
「‥‥街道じゃ盗賊ばかりじゃなく、夜中にゃあ野犬も出るよなあ」
「旦那さま」
「あ?」
「お気にかかるようでしたら、冒険者ギルドにあの子の護衛を頼んでみてはいかがかと」

●今回の参加者

 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3228 ショー・ルーベル(32歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4159 リーニャ・アトルシャン(27歳・♀・ファイター・人間・ロシア王国)
 ea4174 シェーラ・ニューフィールド(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4955 森島 晴(32歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea6405 シーナ・ローランズ(16歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)

●リプレイ本文

「ついてこないでください」
「そんなこと言われてもな」
 開口一番そう言われ、クロウ・ブラックフェザー(ea2562)は頭をかいた。アルマンに敵意に満ちた視線を向けられてもこちらとしては弱るばかりで、とりあえず抗弁を試みる。
「もうギルドを通して依頼を受けちゃったんだから、そうですかって引き返すわけにもいかないんだ。お前、冒険者雇うのにいくらかかるか知ってるか? 盗賊の中に置き去りにした負い目があるにしてもさ、それだけじゃなかなか払える金額じゃないぜ?」
「‥‥‥‥」
「男気ある人だよな、うん」
 感じ入った風にうなずくクロウの論旨がいつのまにか本題からずれている。アルマンは引き離そうと精一杯早足で歩いてはいるが、所詮は子供の足にすぎない。普通の歩調のまま、シェアト・レフロージュ(ea3869)が小首を傾げて呼びかけた。
「あなたに損のあることではないと思いますよ。お金をいただいている以上私たちも仕事ですから、護衛する対象がいくつであっても関係はありません。‥‥商人さんのご厚意も、同じだと思いますよ?」
「‥‥だ」
「え?」
 少年の唇が何事かを紡いだ気がしてシェアトが問いただそうとしたとき、アルマンの腕からするりと黒猫が抜け出し、静かに着地した。にゃあ、と一声鳴いて先を歩き始めたところを見ると、どうやらただ抱かれているのに飽きたらしい。
「ずいぶんと貫禄のある猫ですね。お友達ですか?」
 目を細めてたずねたショー・ルーベル(ea3228)のほうは見ず、アルマンはわずかに頷いた。
「お名前をお聞きしても?」
「‥‥ミロ」
 ぶっきらぼうな返答を受けても、いいお名前ですねと微笑するショーのたおやかな声はちっとも揺らがない。そのまま黙り込んだアルマンのつむじを見下ろしながら、冒険者たちはどうしたものかと顔を見合わせた。
「こう‥‥考えるといい」
 そんな中ひとり悠々とした様子で、リーニャ・アトルシャン(ea4159)がぼそりと提案した。
「リーニャたちも‥‥こっち‥‥行きたかった。たまたま‥‥方向一緒」
 それで結局そういうことになった。

「正直、ああいうガキは苦手」
「晴さんたら。聞こえますよ」
 焚き火の具合を見ながら、シェアトは森島晴(ea4955)の率直な意見に眉をひそめる。
 日が落ちてからすでに数刻。交代で見張りをすることに決め、他のメンバーは天幕を張って眠りについている。ほとんどが女性の冒険者たちの中で、多感なお年頃のクロウはさぞ肩身が狭かろう‥‥晴がちらりと目を走らせると、冒険者たちのテントから離れたところで、アルマンは自前の毛布一枚で丸くなっていた。黒猫のミロも、おそらく少年と体温を分け合って眠っているはずだ。
「さすがに、いきなり一緒のテントでは寝てくれませんね‥‥」
 誘ったことは誘ったのだが、毛布はあるからと断られたのだ。最低限の荷物は持ってきていたらしく、食事も輪から離れてひとりで食べていた。歳のわりには確かにしっかりしている。
「警戒してるのは、まあああいう目に遭ったわけだから差し引くにしても‥‥なんていうか、生意気よねえ」
「あんまりお話もしてくれなかったし」
 道中アルマンの頭のまわりをひらひらと飛び回りつつ、覚えたてのゲルマン語で怪我の具合などを尋ねては無視されていたシーナ・ローランズ(ea6405)は、気の毒なほどしょんぼりとしおれている。
「‥‥あたしのゲルマン語、どこか間違ってたかなあ」
「シーナは何も悪くないわよ! 大体それを言うならあたしだって、ゲルマン語の勉強あんまり進んでないし」
「しーっ。皆が起きちゃいます」
 励まそうとつい声が高くなった晴をシェアトがあわててなだめ、見張り組全員が口をつぐむ。誰も起き出す気配がないのを確認してから、深呼吸して晴が口を開いた。
「‥‥とにかくあんまり好感持てないガキではあるけど‥‥子供扱いするのはできるだけやめとくわ。逆効果な気がするし」
 なんといってもこっちは大人だもの、余裕を持たなくちゃ‥‥などと得意げに呟いている時点で、晴自身もまだ大人とは言いがたい気がしなくもない。
「そうしてあげてください。色々‥‥難しい子のようですから」
「あたしは? シェアトさん、あたしは?」
「シーナさんは、今のままでいいんじゃないでしょうか」
「そうかあ。じゃあ、明日も頑張って話してみるね」
 他愛もない話をしながらふと月を見上げる。街道筋をあまねく照らす月は冴えざえとした色をして、まだ東のほうの空を漂っていた。あれが頭上に来るころには、次の見張りと交代の時間だ。

「悪いわね、ショー」
「いえ、ついでですから」
 マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)の言葉に、馬を引いて歩いていたショーは快く応えて微笑する。
 マリの荷物は、ショー自身の荷物と一緒に彼女の馬の背に積み込まれていた。おかげでマリはほぼ手ぶらである。おもに魔法が戦闘手段である彼女には、腰に佩くべき剣も必要ない。
「冬は荷物がかさばって大変ですよね」
「そーなんだよー」
 深く深くうなずいたシェーラ・ニューフィールド(ea4174)の背には、ふくらんだ大荷物。保存食やランタン、火をつけるための油なども入っているが、彼女の荷の中でなにより嵩が張っているのは寝袋とテントだ。
「夏の間なら、星空の下で寝るっていうのも乙だけど‥‥さすがに冬はそうもいかないもんね」
「でも、シェーラさんがテントを持ってきてくれて助かりました」
「ま、そう言ってくれると、でっかい荷物の背負い甲斐もあるけどね」
 おかげでバックパックは必然的に大きくなり背負うのに一苦労である。テントも寝袋も嵩ほどの重さはないが、同じようにテントを持ってきている晴は、それを当然のごとく愛馬『戒』の背に積み込んでいた。晴のように剣を扱う者にとって、かさばる手荷物はそのまま命取りになるし、シェーラのような魔法使いであってもいざというとき身軽であるにこしたことはない。
「今はまだ寝袋だけでもなんとか夜を過ごせるけど、そのうちテントや火が欠かせなくなるぞ。本格的に雪が降るようになれば、普段着とは別に防寒具も必要だし‥‥何かと物入りだよな、冬は」
「そうなればますます大荷物かあ‥‥あたしってば、非力な乙女なのに」
 レンジャーであるクロウに当然のごとく告げられて、シェーラがため息をつく。
「寝袋はともかく、テントがねえ‥‥かさばるしたたむのは大変だし」
「でも、やっぱり寝袋だけじゃなにかと不自由ですよ。たとえば‥‥」
「あ」
 言いかけたショーの言葉を遮り、それまで黙ってアルマンのあとについていたリーニャがふと面を上げ空を見た。
「雨」
「え?」
 唐突なリーニャの言葉につられて頭上を見上げたマリの鼻先に、ぽつりと最初の雨粒が落ちてきた。

 夕方にはどしゃ降りになった。
 本降りになる前に適当な木陰を選んでテントを張りはじめたので、芯まで濡れねずみという状態はなんとか免れた。中で髪や体を拭き、外の様子にもう今日は進むのは無理だろうと判断して、ひとまず寝る支度を始めることにする。
「やっぱり、僕は外で‥‥」
「何言ってんの。こんな雨の中で寝られるわけないでしょ」
「そうそう。あんたは良くても猫が可哀相じゃない」
 行きがかり上引っ張り込まれたテントを出ていこうとするアルマンの袖を、シェーラと晴がふたりがかりで引き止める。痛いところをつかれて言葉に詰まった少年の前に、シーナがひらりと躍り出る。
「猫さん、寒いの苦手だもん。中でみんなで寝たほうがあったかいよ、ね?」
 しぶしぶといった様子でアルマンが頷き、そうと決まればと皆が彼のために場所を空けはじめる。
「ほんとは四人用のテントだから、狭いのは我慢してよね。それとも、お姉さんの人肌で暖めてあげようか?」
「‥‥遠慮します」
「何それ、かわいくなーい」
「可愛くなくて結構です」
 アルマンがぷいとシェーラからそっぽを向いたのを、聞こえないように晴とシーナが忍び笑った。ごまかすように立ち上がる。
「さて、そろそろクロウの着替えが終わった頃かな」
 同じ冒険者同士、男性と同じテントでも皆特には気にしないが、さすがに着替えともなるとそうもいかない。隣に張った二人用のテントで、ひとりさみしく体を拭いたクロウである。
「この雨じゃ野犬も盗賊も、きっとお休みだよね」
「そうね。何かあったら呼んで」

「‥‥眠れない?」
 小さな影が暗い中で身じろぎしたのを感じ取ってリーニャが呼びかけた。動きを止め、アルマンはゆっくりと息を吐いたようだ。テントの外では、まだ雨音が続いている。
「アルマン、家‥‥もうすぐ。嬉しい?」
「‥‥‥‥」
「嬉しくない?」
 ぎゅっと抱きしめられ、黒猫が迷惑そうに毛布から抜け出した。窮屈なテントの中、わずかな隙間を見つけてそこで丸くなる。
「リーニャ、親いない。‥‥友達も、言葉教えてくれた人も‥‥いなくなった」
「‥‥」
「アルマンも‥‥ひとり‥‥?」
 わずかに頷く気配。そう、とだけ言って、リーニャはふと思いなおした。
「でも‥‥アルマン、ミロがいる。ひとりじゃない」
「‥‥そうですね。おやすみなさい」
 闇の向こうで、今度こそ少年が毛布にもぐりこむ気配がある。何かひっかかって軽く上半身を起こしたリーニャは、じっと会話に耳をそばだてていたらしいマリと目が合ったのに気づいた。同じ疑問を、相手も感じたのだと視線が教えあう。
 ――アルマンの最後の相槌はまるで、そうだといいですね、と言ったように聞こえたのだ‥‥。

 きりりと引きしぼった矢を一気に解き放つ。
 ショーの弓は狙いをたがわず、野犬の右足を正確に射抜いた。バランスを崩して倒れた体を越えて飛び掛ってきた別の犬を、クロウの短刀が切り払う。浅く毛皮を裂かれて血が飛び散る。
「皆さん、起きてください!」
「野犬だ! アルマンは中に入ってろよ」
 次の矢をつがえながらショー、飛び退り刃をふるって群れを牽制するクロウ。鋭いふたりの声に、テントで休んでいたほかの冒険者たちも起き出してくる。
「やれやれね。もうすぐ到着だっていうのに」
 落ち着き払ったマリが、手近な獣に視線をあわせスリープの呪文を放つと、犬は急に失速し力なく横たわる。ショーとリーニャの矢が鮮やかに野良犬たちの足元へと突き立ち、わずかに群れが浮き足立った。
「いっくよー!」
 そこへシェーラの放ったファイヤーボムがはじけ、何匹かが派手に吹っ飛ぶ。ぎょっとした様子の群れにだめ押しをするため、刀をまっすぐ構えた晴が切り込んだ。
 ジャパンの二刀流においては二本の刀のうち一本は攻撃、もう一本は防御のために使われるのが普通である。片手で相手の攻撃をあしらいつつ、もう片手で敵の隙をつく、たとえば『二天一流』などはその代表格だろう。
 だが彼女の修める示現流は受けの太刀を使わない攻撃的な剣だ。
「は‥‥ッ!」
 踏み込むと同時に鋭い呼気がもれ、ふるわれた刀が野犬の耳を浅く斬った。眼帯で死角になったほうから飛び掛ったもう一匹の腹を、左の短刀があやまたず斬り伏せる。
 ひるんだ犬たちを、すかさず弓を捨て追いついてきたリーニャの描く、刃の軌道が切り裂いた。
 躍るようにひらめくリーニャのダガー。鋭い切っ先が毛皮をかすめ、灰色の獣毛が風に舞い散る。彼女も晴と同じく、二本の武器を両の手で操るタイプだった。リーチこそ短いが、動きに迷いはない。野犬ごときにひけをとる腕ではなかった。
 野生の動物は、勝ち目がないとわかればさっさと逃げをうつ。
 群れのリーダーらしき犬が鋭く鳴くと、群れはじりじりと冒険者たちを警戒しつつ遠ざかっていった。
「‥‥皆さん、お怪我は?」
 気配が失せてようやく、ショーは周囲の仲間たちを見渡して尋ねた。
「リーニャは大丈夫」
「あたしはちょっとだけ」
 涼しい顔でリーニャ、牙がかすめたのか傷を押さえている晴。前衛組がしっかり戦っていたためか、他はたいした傷を負っていない。ファイヤーボムが放たれたあと、野犬たちが腰が引け気味だったせいもあるだろう。
「晴さんの傷、あたしが治すね。ショーさん、アルマン君を見てあげて」
「お願いします」
 癒しの呪文の腕はシーナもショーも似たようなものだが、見たところ晴の怪我は難なく治せる程度のものだ。申し出てくれたシーナに後を任せて、ショーは天幕の入り口をめくり上げる。アルマンは毛布をかぶったまま、テントの隅にうずくまっていた。
「終わりましたよ。もう安全です」
 そっと声をかけると、幼い顔がおそるおそる上がった。
 恐怖にひきつった顔は年齢相応のものだ。すこし躊躇したのち震える背を軽く叩くと、すがるようにその手にしがみついてくる。事前にシェアトがムーンフィールドでテントを守ってはいたが、本能的な恐怖はそれだけでは打ち消せなかったのだろうか。
 すがりついてきた体は、服の上からでもあばらの感触がわかるほどに痩せていた。

●昏き祝福
「なーんか、別れまで素っ気なかったの」
 パリへの帰り道。つまらなそうにシェーラが口を尖らすと、そうよねえと晴が同意する。
「ここからはひとりで平気ですから、だって! 家まで送ってあげるって言ったのに」
「まあ、街までの護衛が俺たちの仕事だし‥‥事情があるんだろ」
 クロウの言葉に、シェーラはまだぶつぶつと何事か呟いている。首をすくめたクロウに、でも、とシェアトが助け舟を出した。
「別れ際にありがとうって、言ってくれましたから」
「えへへ。あたしも、猫さん撫でさせてもらったよー」
 シーナが嬉しそうに言い、リーニャも、と言葉少なに女戦士が同意する。くすりと笑いをもらしたショーは、ふと、隣を歩くマリが先ほどから口を開かないことに気がついた。
「マリさん?」
「‥‥だとしたら、笑えないけど」
「え?」
 聞き返すと、マリははじめてショーに気づいたように顔を上げ、そして首を振った。
「なんでもないわ。きっと‥‥多分、考えすぎよね」

「誰にも心をゆるしてはいけない」
「知ってる」
「心など肉が見せるまやかしに過ぎない」
「わかっているよ」
「そう、わかっているはずだ。お前は世界に満ちた欺瞞を生まれながらに知っている。人間の皮膚の下にあるものを知っている。愛情も優しさも恐怖も憎しみも、一皮むいてしまえば湿って臭い臓腑と肉でしかないことを知っている」
 少年は答えなかった。
「お前が望むなら、いくらでもまやかしを暴いてやろう。いくらでも‥‥」

 冒険者たちは、まだ何も知らない。