【神は死んだ】闇と影の乱舞

■シリーズシナリオ


担当:宮本圭

対応レベル:8〜14lv

難易度:易しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:01月05日〜01月12日

リプレイ公開日:2006年02月07日

●オープニング

 ぶるりと身を震わせてユベールは覚醒する。目の前が暗い。
 ゆっくりと身を起こそうとして、じゃらりと聞きなれない金属音が耳についた。両足が妙に重い。どうやら鎖か何かで戒められているようだった。驚いて手を伸ばしてみるが、つめたい金属は固く頑丈で、非力なユベールにはどうにもできそうにない。
「確か‥‥」
 そうだ。自分は兄のレオンの策にはまり、彼の手に落ちた。破滅の魔法陣を発動させ、地上の人々の魂を刈り取る儀式のための生贄として‥‥そこまで考えてはっとする。レオンに魂を奪われて以来ずっと全身につきまとっていた、あの虚脱感が消えていた。
「この遺跡の魔法陣を発動させるためには」
 聞き覚えのある声が暗闇の中に落とされる。
「必要なものが三つある。ひとつは遠い昔、『鍵』としての属性を与えられた魔の短剣。これははじめ封印すべき宝物として祀られていたが、長い年月の間に男爵家の家宝のひとつとして数えられるようになっていた。途中で伝承が変質したのだろう」
 どこから声が聞こえてくるのか注意深く窺ってみたが、声がやたらと反響してよくわからない。
「ひとつは、相応の魂の持ち主。それは神を敬い、人を愛し、罪を赦そうとする心。己の弱さ無力さを自覚し、どれほど裏切られようと他者を思わずにいられないもろく愚かな魂が、鍵穴にはもっともふさわしい。皮肉だろう? お前の神を信ずる心こそが、お前を破滅へと導くのだ」
「レオン‥‥」
「この暗闇の中でお前の兄が味わったのが何だったか、お前は本当の意味ではわかるまい。仲間の死体の山の中で、悪魔の暇つぶしとしておもちゃの人形のように扱われた。狂った悪魔の炎に炙られ、己の体がただれて焦げる匂いを嗅ぐのがどんな気持ちか、想像もつかないだろう? どれほど叫んでも、おまえの神はレオンを救いはしなかった。ただ沈黙していた」
 ユベールに何が言えただろう。そのころ自分は何も知らずに、ただ安穏と故郷で司祭として暮らしていた。ときどき思い出したように、兄の無事を祈るだけだった。そしてその祈りさえも、何の意味も持ってはいなかったのだ。
「今さら幾千幾億の言葉で飾ったところで、あのわずかな時間の沈黙を補えはしない。神などいないのだ」
「レオン」
「違うというなら俺が神を殺してやる。お前の胸の裡に巣食う神というまぼろしを」
 暗闇の奥から手が伸びてきた。凍るような冷たいてのひらが喉笛をつかむ。そのまま締め上げられるのかと恐怖したが、鋭い爪を立てられて首筋に痛みが走った。目の前にあるレオンの顔は覆面をしておらず、ひきつれて醜い火傷に彩られてほとんど原型をとどめていなかった。
「魔法陣を動かすために必要なものは、三つあると言ったはずだな?」
 ユベールの首をつかんだまま、彼は弟の体を高々と差し上げた。首が絞まって苦しげに身をよじる彼を見ていたレオンは、ふと何かに気づいたように唇の端を吊り上げて笑う。
「最後のものが何か教えてやる。お前を追いかけて、冒険者たちがやってきたからな」

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1241 ムーンリーズ・ノインレーヴェ(29歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2843 ルフィスリーザ・カティア(20歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea6337 ユリア・ミフィーラル(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea7814 サトリィン・オーナス(43歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ヴィグ・カノス(ea0294)/ 月詠 源九朗(ea0521)/ フォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)/ 源真 霧矢(ea3674)/ サラフィル・ローズィット(ea3776)/ 竜 太猛(ea6321

●リプレイ本文

 足の下の石床が小刻みに震えているのを感じ取って、冒険者たちは足を止めた。
「‥‥またや」
 やがて遺跡全体が啼いているような震動が収まると、ミケイト・ニシーネ(ea0508)がほっと息をつく。たとえ遺跡が崩れるような大きなものでなくとも、地面が揺れるというのはやはり、
「ぞっとせえへんわ」
「まったくね。これでもう何度目? ちょっと異常よね」
 ミケとマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)の意見に、他の仲間たちも概ね同意見らしい。
 生贄としてユベールを得たレオンが行き着く先は、破滅の魔法陣の敷設された地下遺跡以外ありえない。彼の消息を追ってこうして地下へと足を踏み入れるまでは、地震など誰も感じなかった。もしかしたら本当に、この遺跡そのものが震えているのかも‥‥と、胸元の聖印を握り締めながらサトリィン・オーナス(ea7814)が呟いた。
「なんだか本当に不吉な感じ‥‥」
「道筋はわかっているのですよね?」
 ムーンリーズ・ノインレーヴェ(ea1241)の問いに、先を行くクロウ・ブラックフェザー(ea2562)が頷く。
「おう。ここは前に一度、ユベールさんと一緒に探索してるからな」
 そのときに最奥、破滅の魔法陣が描かれた広間までたどり着いている。そう複雑な構造というわけでもなく、そこへ至るまでの道筋はクロウもほぼ記憶していた。先の依頼のとき、遺跡に巣食っていたアンデッドの類も片付けているから、レオンが何か仕掛けていない限りまっすぐ行くことができるだろう。
 歩を進めるほどに、黴と埃の匂いに満ちた空気は足元からますます冷えていくようだ。前方の闇は黒々とわだかまったまま冒険者たちを待っている。寒さかそれとも不安か、ルフィスリーザ・カティア(ea2843)がわずかに体を震わせた。
「ユベール様はご無事でしょうか‥‥」
「大丈夫だよ」
 明かりだけでは消しえぬ冷え冷えとした空気の中、元気づける言葉をかけたユリア・ミフィーラル(ea6337)の吐息が白い。
「まだ破滅の魔法陣の力は働いてない。もし作動してたら‥‥」
 発動していれば、自分たちは何が起こったのかさえわからないまま、肉体から魂を遊離させられているはずだ。魔法陣が発動していない事実は、そのまま生贄が無事だという証左に他ならない‥‥説明しようとしたとき、また床が揺れた。
「うわ」
 今度は前よりも震動が激しい。周囲の石組が軋み、天井からぱらぱらと埃が落ちてくる。崩れる? と一瞬誰もが息を詰めたが、頑丈な石組はどうやら持ちこたえたようだ。やがて揺れがおさまり、皆が胸を撫で下ろす。
 床や壁の強度をあらためて確かめながら、ムーンとマリが顔を見合わせた。
「‥‥なにやら、徐々に揺れが大きくなっていませんか」
「そうね‥‥それに、揺れる間隔もだんだん短くなってる気がするわ」
「ねえ、クロウ」
 嫌なことを思い出したというように、レオンスート・ヴィルジナ(ea2206)が眉を寄せながら口を開いた。
「前にユベールさんが魂を奪われたとき、レオンがそれを使って魔法陣を発動しようとしたわよね?」
 あのときはレオンも、おそらく魔法陣の正確な発動方法を知らなかったのだろう。結局その試みは失敗に終わったが、図形の片鱗が床に浮かんでいたから、魔法陣は不完全ながら起動しようとはしていたらしい。
「ああ、そうだったな。だけど」
「あのときも、確か床が揺れたわ」
 一瞬クロウは沈黙し、当時の記憶をあらためて反芻した。その意味するところに気づいて、くそ、と吐き捨てる。
「時間がないってことかよ。急ぐぞ!」

●輪舞
 魔法陣のある最下層へと足を踏み入れるなり、目が眩んで一瞬立ちすくむ。
 足元の図形が放つ禍々しい光が、足を踏み入れた薄闇に慣れた冒険者たちの眼球を刺していた。血のような赤光は脈動するように明滅しながら闇を照らし出し、壁を床を赤々と染めていた。その中心には。
「‥‥レオン!」
「ユベールさんっ」
 広々とした室内中央、いつかレオンが祭壇と呼んだ石の塊に、司祭の青年が力なくもたれている。その傍らでは見覚えのある男が、弟の面を覗き込むように屈みこんでいた。呼びかけにレオンがすいと振り返ると、顔の半分以上を覆う生々しい火傷に一瞬誰もが息を呑む。
「思ったよりも遅かったな」
「そうでもないよ。魔法陣の発動には間に合ったでしょ」
 ユリアが言い返すと、レオンは傷跡でひきつれた唇に薄く笑みを浮かべた。
「いや、遅い」
 言葉の意図を理解できずクロウが眉根を寄せる。その後ろからルフィスが目を凝らして祭壇を窺うが、ユベールは動く様子がない。まさか‥‥と青ざめるが、視力のいいミケがそれを察して首を振った。
「息はあるで。意識がないだけやと思う」
 だが室内は広い。突入前にヘキサグラム・タリスマンを発動させてはいたが、レオンたちのいる位置までは結界が届いていないだろう。後衛が攻撃されるのを防ぐ意味では結界も有効だろうが、ユベールを奪取するにはこの結界から出なくてはならない。
「手順はすべて整った。あとは破滅の箱を開くのみだ」
「本当に‥‥弟を憎んでいるの? 殺したいほど」
 マリの問いかけに、レオンは少し沈黙した。冒険者たちはその間に、各々が動きやすい位置にじりじり移動している。リョーカやクロウはいつでも走り出せる位置に、ミケは矢を遮るものがない場所に。魔法使いたちは、味方を巻き込まぬように。
「この男を憎んではいない。俺が憎むのは」
 矢をつがえる、得物に手をかける。あるいは詠唱すべく軽く唇を湿らせる。冒険者たちが身構えていることにも構わず、レオンはちらりとも動かない。そっと、目を閉じたままの弟の姿を見下ろす。
「神だ」
 先手となったのは、敵めがけてムーンの放ったウインドスラッシュだった。不可視の刃は砂埃を舞い上げながら躍り、レオンの体を浅く裂く。同時にレオンを含む全員が、一斉に動いていた。ムーンが不敵に笑いながら、場違いに気障な科白を吐く。
「いかがです? 風の乙女の苛烈な口づけは」
 魔法の風の勢いにレオンが数歩たたらを踏んだのを認め、ミケが弓を構えたまま走り出した。立て続けにユリア、ルフィスのムーンアロー。ひとつひとつの威力は然程ではないがさすがに不快だったらしく、レオンが小さく舌打ちし剣を抜く。
「あまり効いてませんか」
「何もしないよりはマシ!」
 ルフィスが眉間を狭め、ユリアはめげずにまた詠唱を始める。そもそも月魔法に攻撃力を求めるほうが間違いだ。ルフィスも頷いて次の魔法を編み始める。
 サトリィンのレジストデビルの援護を受けたクロウ、まっすぐ走る。レオンめがけて抜き打たれた魔剣の軌道は、相手の短剣によって軌道を逸らされた。
 続いて二度、三度と斬撃を加えられる。魔法の加護で傷は軽いが、レオンの力量はかなりのもので、防戦に回ってすら少しずつ負傷が増えていく。急所めがけた鋭い突きを止めたのは、レオンの肩口に突き立ったミケの矢だった。
 一目で骨まで達しているとわかる傷にも関わらず、血は一滴も流れていない。やはり人間ではないのだと、わかってはいたがマリが息を呑む。
「もらったわよっ」
 その隙を見逃さず、追いついてきたリョーカが刃を振り下ろす。剣はとっさに急所を庇ったレオンの腕半ばまで食い込んだが、やはり血はまったく流れなかった。唇が紡ぐのは、デビル魔法の兆候だ。
「次の武器!」
 言われて、サトリィンが渡されていた武器を取り出す。互いに激しく切り結びながら、リョーカとレオンはユベールのいる祭壇からじりじりと離れつつあった。危なくなればミケやムーンが遠距離攻撃で適宜援護し、クロウはレオンをリョーカに任せて走る。

 残りの矢がだいぶ頼りなくなったのを感じながら、ミケはようやくユベールのいる祭壇の傍までたどり着いた。あらためて息を確かめると呼吸は安らかで、ひとまず胸を撫で下ろす。何度か揺さぶると、ユベールはうっすらと目を開く。
「助けに来たで」
「ミケ‥‥さん?」
「どや? 起き上がれるか」
 起き上がろうとする司祭の動きに、じゃらりと重苦しい金属音が重なった。見下ろせばユベールの足に、頑丈そうな鎖が絡まっている。何重にも複雑にからんだ鎖は、解くのに相当の苦労を要しそうだ。
「こらあかん」
 不器用に鎖を外そうとするユベールの手つきでは、一日かかっても戒めを解けそうもない。鎖をほどこうと手を貸すミケの足元が、また小刻みに揺れはじめた。破滅を秘めた匣が、哭いている。

 ぶつかり合った刃同士が火花を散らしてはじけ消えていく。
 半ば予想はしていたがメロディーの呪歌は効果はないようで、ルフィスもマリも見切りをつけて攻撃に参加していた。もっとも他の攻撃魔法に比べて威力の低いムーンアローは、ここでは牽制以上の役には立たない。なかなか決定打となる損傷を与えられず、じりじりと前衛が消耗していく。
 結構な深手を負わされたリョーカがサトリィンの治癒魔法を受けるべく後退し、予定ではユベールの戒めを解く役だったはずのクロウがやむなく足を止めている。
 クロウは剣技と射撃、双方ともこなすが、どちらの力量も抜きん出たものではない‥‥それでも並の騎士や剣士と遜色のない実力の持ち主なのだが、レオンと剣を交えるごとに分の悪さが浮き彫りになるのは如何ともしがたかった。なかなかレイピアの間合いをとらせてもらえない。
 硬く鋭い音とともに、華奢な刀身が打ち払われ跳ね上げられる。
「‥‥!」
「風の乙女よ!」
 同時にソルフの実を飲み下したムーンのウインドスラッシュ、ユリアのスリープが発動した。精霊魔法の風に裂かれ、次いで月魔法に一瞬だけ精神を揺るがされ敵の切先が鈍る。隙を見逃さず、クロウは後退しながら剣を振るった。剣筋の甘さを見透かしたように、レオンも一歩退いてかわす。
「あとは任せてちょうだいっ」
 サトリィンのリカバーを受け、得物を斧に持ち替えたリョーカが突進する。武器の重みを充分に活かし横薙ぎに斬り払う。さすがにこの一撃を受ける気はなかったのか、レオンはひらりとその場から飛び離れた。その間にクロウが祭壇へと向かう。
「クロウはんっ。この鎖が、こう、変に絡まっとって」
「ミケ、どいてくれ。悠長にほどいてる暇はねえ」
 じゃらじゃらと鎖を相手に悪戦苦闘しているミケの傍に屈みこみ、クロウはスクロールを引き出した。巻物の呪によって赤熱した手が、金属製の鎖の形を水飴のように歪めていく。鉄をも溶かす高熱の輻射に肌を焼かれユベールが息を詰めたが、我慢してくれと言うしかなかった。
 リョーカの斧はなかなかレオンを捕らえることができない。
「ちょこまかとっ」
「今度はあの程度の傷では済まないぞ」
 斧を振りぬいた一瞬の間に距離を詰められる。本能で身の危険を感じてリョーカが体をそらすと同時に、心臓めがけ切先が繰り出された。ろくな防具をつけていないリョーカは身軽なかわり、一度攻撃を避け損ねただけで致命傷となりかねない。いくら彼でも重い武器をいつまでも振り回していられるわけではなく、長期戦が不利なのは明らかだった。
「神は何をしている」
 魔法に肌を裂かれ、ミケの援護の矢を何本も受けながらも、レオンは攻撃の手をゆるめなかった。問いかける口元は魔法陣の放つ光に赤々と照らされ、凄惨な表情を映し出している。
「破滅の匣の蓋が開きかけ、己が写し身たる人が危機に瀕してもなお、座して何も語らぬままか? どれほど人が苦しもうと、どれだけ屍が積み重なろうと、神は何も成しはしない。神がいようといまいと、ただ沈黙するだけのでくのぼうなのは間違いない」
「本当に、そう思っているの?」
 魔法陣の力を少しでも削ごうと、回復の合間に神聖魔法を注ぎ込んでいたサトリィンが面を上げる。
「思う気持ちが強ければ、たとえ叶わぬ願いであったとしても、きっと誰かが応えてくれたでしょうに」
「奇麗事を!」
 リョーカの一撃がついに命中する。肩口からまっすぐ斜め下、腰のあたりまで。人間ならば即死ものの傷を受けてもなお、レオンは舞うように短剣を振るいながら、サトリィンの言葉を一笑に付す。
「反吐が出る。非業の死を遂げた者どもがそれで納得するか? お前たちが死んだのは、生きようとする思いが足りなかったからだと? 神に届かなかったからだと? 地獄から唾を吐きかけられたいなら、もう一度同じことを言ってみるがいいさ」
「全能の神が存在するか否かなど、ここで議論する気はありません」
 ムーンが溜息とともに、首を振る。
「だがこのムーンリーズの名にかけて、魔法陣を作動させるわけにはいかない」
「どんなことがあろうと、大勢の人間を巻き込んでいい理由になんかならねえ! 俺たちが止めてやる」
 ユベールの周囲に張った聖なる釘の結界は、悪魔は決して出入りできない。
 マリのシャドウバインディングがレオンを捉えたのと同時に、遺跡の足元が大きく揺れた。よろけそうになりながらも、しっかりと床を踏みしめてクロウが突きを繰り出す。
 エボリューションは有効なはずだが、まだ彼はレイピアの攻撃をレオンに当てていない。影にまだ捉えられたままのレオンの胸は、鋭い切先に貫かれ風穴を開けた。次ぐリョーカの斧に薙がれ、短剣を持った腕がごとんと落ちた。それからミケの矢、ルフィスのユリアの魔法。そして。
「雷神の鉄槌、味わいなさい」
 ムーンの全力で放った雷光の中で、レオンの体は黒く細かな塵と化した。それがさらさらと崩れていくさまを嘆くように、もう一度遺跡は大きく震動し、そして二度と啼くことはなかった。

 ユベールを連れて冒険者たちが遺跡から出ると、あたりは彼らが降りていったときとほとんど変わっていなかった。長いように思えた戦いの時間も、実際にはほんの数時間のことだったらしい。
 レオンの持っていた『鍵』はその後、冒険者たちがパリへと持ち帰り、怪盗を経由してプロヴァンへと戻されることになった。もちろん伝承の風化していた今までとは違い、今度はきちんと危険なものとして管理するよう手を回すそうだ。大方、マント領の令嬢を経由して口添えするのかもしれない。
 ユベールはパリに戻り、少し体を休めたあと、またプロヴァンに引き返したという。ギルドの受付嬢の話では、兄の墓を作るつもりなのだそうだ。本人も神様も喜ばないかもしれないわよと言うと、それでもいいんですと言ったらしい。
「神のためではなくて‥‥自分のために墓を作りたいのです。兄のことを忘れないために」
 その墓がどこに作られたか、冒険者たちは知らない。