小さな靴屋さん4 未来を呼ぶ靴

■シリーズシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月23日〜03月28日

リプレイ公開日:2005年03月28日

●オープニング

 小さな靴屋奪還の後、冒険者達に心配された手が及ぶ事は無かった。
 家宅侵入による追跡という手が。
 ターグの靴屋は程なく閉店となり、職人達、雇われていた者達は方々に散って行った。
 店主のターグは別の地に赴いたとか、修行をしなおすことにしたとか、結婚したとか、破壊神の怒りを受けたとか噂は多いがその行方はようとして知れない。
 警戒しながらも静かな日々を送る冒険者達の元にある人物が訪れたのは、ほのかに空気も温かみを帯びてきたある日の事だった。
「失礼する。先だってはいろいろとご迷惑をおかけして申し訳なかった」
 丁寧に挨拶を述べ、丁寧に礼を言う老人に冒険者達は笑顔を見せる。
「ああ、病気が治ったのか。良かったな」
「はい、お陰さまでもう直ぐ仕事も再開できそうですわ」
 寄り添う妻も幸せそうに笑う。
 彼はロベール、妻はルシア。パリで靴屋を営む夫婦だ。
「そりゃあ良かった。またいい靴を作ってくださいよ。で、今日は何の用事です?」
 係員の呼び声に、ロベールとルシアは一度だけ顔を見合わせると係員と冒険者の方を見つめた。
 意を決した、という面持ちでロベールは告げる。
「シフールの少年だという、あの靴の作り手に合わせて頂けませぬか?」
「えっ?」
 今まで、自分達からはその正体を探ろうとせず『彼』の意志を尊重してきたという二人の考えの変化に何があったのだろう、と疑問を浮かべる冒険者達から問いを放たれる前にロベールは静かに続ける。
「わしらは知っての通り、子供も無く、弟子もおらん。このまま二人で静かに生きて死んでいくと思っておったのだが‥‥」
「この人は、あの靴の作り手に、もし叶うなら自分の跡を継いで欲しいと願っているのです。才能に惚れ込んだのだと申しまして、本人に出会い頼んで見たいと言って聞かないのですわ」
 困った人、というような口調ではあるがルシア自身も『小さな靴屋』に心から愛情を持っているのがはっきりと解った。
 先日の依頼で行方不明の『彼』が見つかったと聞いた時、とても嬉しそうな表情をしていたのだから。
「断られたら、それはそれで良い。無理強いをするつもりは無い。だが、一度でいいから会って、話をして見たいのだ。願い、聞き入れては貰えぬか?」
「どうだ?」
 ロベールの言葉を聞いた係員は伺うような表情を冒険者達に見せる。彼らそれぞれには考えを巡らせた。
『小さな靴屋』シフールの少年カトルは今、旅芸人の一座にいる。
 数日中にパリを出ると言っていたから、もう直ぐ出て行く筈だ。そうなったら彼の願いは叶えられない。
 それに、彼自身もきっと‥‥。
 そんな時だ。冒険者ギルドの扉が新しいお客の登場を告げる。
 慌て顔で駆け寄ってくる男性に冒険者達の表情はまた驚きを見せた。
 やってきた人物もまた旧知。小さな靴屋の関係者。
「座長‥‥あんた、なんでここに? また何かあったのか?」
 慌て顔の男に冒険者は少し茶化したように声をかけたが、彼はそれにノッては来なかった。
 真っ直ぐギルドのカウンターに向かう。
「うちの‥‥カトルを捜してくれ! また行方がわからなくなったんだ!」
「何! また攫われたのか?」
 立ちあがった冒険者に座長はそれは違う。と軽く手を振る。
「俺達は今夜にでもパリを出てノルマンを出る、と告げた。そしたら、居なくなったんだ。身の回りのものは殆ど残ってる。金も持っていかなかった」
「‥‥どうして、違うと?」
 質問に、暫く黙っていた座長はゆっくりと答えを紡ぐ。
「あいつ荷物が二つ、無くなっていた。一つはアンタ達から貰ってきたという木の板の手紙、そして‥‥もう一つはマフラーだ。この二つだけを持たせる誘拐犯などいないだろう?」
「‥‥マフラー? まさか、貴方は‥‥」
「何だ? あんた」
 お互いがお互いに気付く前に、とりあえず冒険者達は座長と夫妻を少し離した。
 奇しくも二組の人物達が、彼を、カトルを捜している。
 それぞれが、カトルを思う気持ちが冒険者には良く解った。
 だが、同時に消えたカトルの気持ちも解った。何故、行方を眩ませたのかもなんとなく‥‥。
「解った、とりあえず捜してみよう」
 
 ボ〜〜。
 ジャパンの戦に使うホラ貝の音ではない、カトルはそんな音がしそうなほどぼんやりと街並みを見下ろしている。
「おいら‥‥どうしたらいいんだろう?」
 今の気分は中途半端で、どこか足が付かないような気がした。
 実際に飛んでいて足は付いていないのだが、そういう意味では勿論無い。
「パリから離れたくないけど‥‥、また靴を作り始めたら‥‥迷惑をかけちゃうかなあ?」
 暗い、嫌な記憶が蘇る。靴をまた作りたい。でも、今はそれも怖かった。
 本当に宙ぶらりんの気持ちだ。
 自分はただ、靴を作るのが楽しかっただけなのに‥‥。
「どうしよう‥‥」
 小さく呟かれた声を聞くものは無く、返事も帰らなかった。

●今回の参加者

 ea1908 ルビー・バルボア(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea4509 レン・ウィンドフェザー(13歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4658 黄 牙虎(28歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea4822 ユーディクス・ディエクエス(27歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5380 マイ・グリン(22歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0262 ユノ・ジーン(35歳・♂・バード・人間・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文

●いろいろな思い
「おいら‥‥、これからどうしよう?」
 足を組みなおし、空を見上げた彼の革靴がトン、赤い屋根の上でほんの小さな音を立てた。

 冒険者達の前で、二人と、一人は顔を合わせる。
 顔を合わせたことが無かった二人をルビー・バルボア(ea1908)は頭を掻きながら仲介し、紹介した。
「では、この方が‥‥あのシフールの子の‥‥」
「‥‥じゃあ、こいつらがカトルの通っていた靴屋の」
 とりあえず大人同士だ。ちゃんと、礼を交わし目を合わせる。
「あのね、レンたちカトルくんを捜してくるの。おうちでまっててほしいの」
「‥‥とりあえず、焦る必要は無いでしょう。我々が捜します。少し、お時間を下さい」
 ロベール夫妻にレン・ウィンドフェザー(ea4509)が、座長にマイ・グリン(ea5380)がそう告げると、二人はそれぞれに頷き‥‥。
「‥‥あの」
「あのな‥‥」
 また、何かを言いかけた。止まる二人の言葉の先を察し、ユノ・ジーン(eb0262)はふう、とため息をついて肩をあげる。
「‥‥どっちの気持ちも解るけど、最終的に決めるのはカトル君だと思うのよ。何て言ったって彼の人生なんだもの」
「お願いがあります。どんな結果が出ても、彼の気持ちを尊重して貰えますか?」
 フィニィ・フォルテン(ea9114)の真剣な言葉に、二人はお互いの顔を見合わせ、頷いた。
「解っておる。無理強いをするつもりはないでな」
「解ってるつもりだ。何が、あいつの幸せか‥‥」
「じゃあ、行くとしようか? ん? 何してるんだい」
 椅子の上から黄牙虎(ea4658)はユーディクス・ディエクエス(ea4822)とルビーの様子を見て、羽を羽ばたかせた。
「ちょっと似顔絵を描いています。捜す手掛かりに、と思って‥‥」
 テーブルに向かっていたユーディクスはそう言って照れたように笑う。
 一方ユノや、係員になにやら聞いた後、一人ルビーは扉に向かって、外に向かいそれを開く。
「俺は、ちょっとやりたいことがあるんで、別行動させて貰う。カトルのことは任せた」
「まったく、あたしはカマじゃない、って何度言ったら解るのよ!」
 膨れるユノに、マイは聞く。
「何を聞かれたのです?」
 と。それに答えず、ユノは早く行きましょう、と皆を促し扉に向かう。
 歩き出した冒険者の中で、一際小さな背中に向かってロベールは、声をかけた。
「嬢ちゃん?」
「なあに? なの」
「終ったら、店にきて知らせてくれるかい? どんな、結果でもいいから」
「わかったの。やくそくしたの♪」
 手を振りながら開かれ、閉じられた扉を見送った三人は、語り合った。
 不思議なほど、話が弾んだようだった、と後で係員は言う。
 それぞれのもつ、共通の者への思いを‥‥。

●それぞれの思い
「あれ? 冒険者の兄ちゃん、姉ちゃん達だ、どこにいくのかな?」
 横に置いた木の板を軽く一瞥した後それを置いて、彼はそっと屋根を蹴った。

「‥‥まずは、カトルさん捜しですね。多分、ジャパンで言う『糸が切れた凧』のような状態だと思いますけど‥‥? レンさん、どちらに行かれるのですか?」
 スタスタ歩き出したレンに寄り添うようにマイは聞いた。
「‥‥カトルくん、どこいっちゃったのかな? ‥‥かくしんはないけど、あそこへいってみるの! ‥‥レンもだけど、こどもはかんがえがうまくまとまらないとき、たかいところにいくことがあるの。カトルくんもそうじゃないかとおもうの!」
 真っ直ぐに行く先が高台であるのはなんとなく解る。
「根拠は?」
「おんなのカンなの♪」
「くすっ、じゃあとりあえず手分けして捜しましょうか?」
 フィニィは小さく笑って言った。
「僕は、この辺を聞き込みしながら捜してみますよ」
「あとは、シフールさんだと、川辺や海辺で黄昏ているとかがイメージですよね」
「イメージってね‥‥まあ、いいけど」
 とりあえず昼ごろには一度、戻ってみようと約束して彼らは別れる事にした。
 その背後を迷うように飛ぶシフールに、今は気付くことなく‥‥。

「カトルくーん、いないのお?」
 高台にやってきたレンであったが、あっちを見ても、こっちを見てもとりあえず、旧知のシフールの姿は無い。
 少しだけ、ほんの少しだけ落ち込んで‥‥レンはぐっ、と手を握りなおした。
「‥‥おんなのカンにもまちがいはあるの。きをおとさず、つぎにいくの!」
 ぴょん、軽い足取りでジャンプをすると、レンは昇ってきたばかりの坂を元気良く下っていった。

 あちらの細道、こちらの曲がり道。
「‥‥うわっと、猫か。おどかさないでおくれよ」
 聞き込みをしながら牙虎はパリのあちこちを歩き回って、いや、飛び回って捜した。
「ワイン、重いなあ。あいつら折角のワイン飲まなかったのかねえ? っと」
 ふう、とバックパックを下ろし、ちょっと伸びをしてみる。
 春の空は冬よりも少しだけ遠くて、眩しい。
「人生も、まあ、こんなもんだよね。悩んで苦しんで曲がり道寄り道しながら進むもんだよ。あの子にもそれが解るといいんだけど‥‥」
 荷物を背負いなおしてまた、飛んで歩く。
「猫や、犬に追っかけられてなきゃいいんだけどね」
 同じ種族だから、こういう苦労は結構解るのである。多分。

 一座の住処を軽く調べてから、風下方向へ。
 マイは合理的、かつ論理的に推察して居場所を推理した。
 景色のいいところなどを中心に捜しながら思う。
(「‥‥カトルさんの希望は、きっとパリに残ること、ですよね」)
 そうでなければ、わざわざ逃げ出す必要は無い。
 だが、素直にそうできないのは監禁の件が尾を引いている為だろう。
(「私達に、何ができるでしょうか?」)
 風に揺れる草花を見ながら、マイはそんなことを考えていた。

 海辺、水辺、岸辺をゆっくりと歩いてみる。
 水というのは何故だか、心を和ませて、安らかにさせる力があるようだ。
 カトルも、その効果をしっているのだろうか?
 フィニィは、ふとそんなことを思って水を見た。
 漣が押し寄せては消え、消えてはまた押し寄せる。
 不思議なリズムから浮かんだ音を、フィニィは竪琴に映した。
 
「あたしは、歌、あんまり得意じゃないのよね‥‥でも、ま、いっか!」
 ロベールの靴屋の前の通り、人も結構通る賑やかなその前でユノは一度深呼吸をし、高く、声を響かせた。
『♪〜〜悲しい時間を 今は忘れて〜〜』
 男とも、女とも言えない不思議な声が紡ぐ歌に、ふと、通る人々は足を止める。
『〜暖かな心は あなたの手の中に
 どうかひとりで泣かないで
 あなたの笑顔を 私に見せて〜〜』
 それは、まだとても上手い、とは言えなかった。だが、何故か人々の心を惹いた。
 きっと、彼の歌に込められていた思いがそうさせるのかもしれない。
(「私も嫌な事は一杯あったし、歌を歌う事が怖いと思った事もあるわ。でも、あたしは歌が好き。そして、そう言えるようになったのは、それに気付かせてくれたのは周りの人たち‥‥」)
 心は調べにのって空を駆ける。
 人々の拍手の中に、屋根の上からの小さな音があったことを、ユノは気が付かなかった。

 あちらこちらで、絵を見せて、ユーディクスはカトルを捜した。
 途中、仕入れたのか小さな籠を手に持って。
「緑のマフラーをしたシフール? それならあっちに‥‥」
「さっき、向こうに行ったよ」
「あっちですれ違ったよ」
「クルックー! (?)」
 町の人や、シフールや、鳥にまで聞いてぐるりと街を回ったお昼過ぎ‥‥彼はギルドの前に戻ってきた。
 約束の為、ではない。
 実は、聞き込みの指し示す方向が、ここだったのだ。
「まだみつからないの‥‥!」
 俯くレンは、パッと顔をあげた。ギルドの屋根の上。そこに見つけた人影。
「‥‥兄ちゃん、姉ちゃん。ひょっとして、おいらを捜してたの?」
「捜しましたよ。まさか、ギルドにいるとは、思いませんでした‥‥カトルくん」
 呼びかけられて少年は照れたような、顔を見せた。 

「こんなところに‥‥」
 場末の小さな酒場、ルビーは扉に身体を隠した。
 暗い、酒場の奥のテーブルに、彼はいた。
 華美な服は、今は汚れ、その表情は酒場の影よりも暗い。
 酒に逃げる男。人生から逃げた男。
 一時期は華やかとまではいかなくても、光の中にいたのに‥‥
「さて、どうしたもんかな?」
 彼は腕を組んで考えた。

●誰かの思い、自分の思い
「お腹がすいたでしょう? みんなで食べましょう」
 ギルドから少しはなれた川辺で、ユーディクスは籠の中身を広げた。
 パンや果物を軽く、つまみながらも少し離れた所に座ったカトルを皆は、さりげなく見つめた。
 何と、言うべきか‥‥。そんな時トコトコと躊躇いも無く、まず、近づいて行ったのはやはりレンだった。
 ちょこん、と横に座り、パンを半分に折って渡した後、顔を覗き込んで言った。
「‥‥カトルくんがほんとにやりたいことって、なんなのかなぁ? おうた? それともくつやさん? いまは、くつをつくるのがたのしいんだよね?」
「それは‥‥」
 真っ直ぐすぎる眼差しから逃げるようにカトルは答えを避けて顔を動かす。
 だが、逃げた先にも真っ直ぐな瞳があった。
「ロベールさんは貴方に跡を継いで貰いたいと仰っていましたよ」
「爺様が? でも‥‥」
「言いたいことがあるなら、全部吐き出しちゃいなさいよ。大丈夫、ここにいるのは、ううん? ここにいない座長や、夫妻だってあんたの味方なのよ」
 フィニィや、ユノの言葉を噛み締めるように、聞いてカトルは答えた。
「おいら、靴屋をやりたい。靴を作るの好きなんだ。今までのは、好き勝手に作ってきただけだけど‥‥ちゃんと勉強していい靴が作れるようになってみたいんだ!」
「なら、迷う必要はないんじゃねえの? やりたい事をやるのが一番。それで問題が出るなら、仲間や友達と話し合って助け合えば良いの。一人で悩むだけなら何も進まない。皆で悩んで回答を自分で出すのが一番だって」
「‥‥カトルさんは、自分が靴を作ることで、またトラブルが起きるのでは、と心配しておられる、と考えます。‥‥ですが、これは全くの私見ですけど‥‥ロベールさんが靴屋として復帰される以上、二人を助ける為に現れていた『幸せを呼ぶ靴屋』の物語は終わりになると思います。‥‥カトルさんがロベールさんに弟子入りされても、靴屋に並ぶのは腕のいい靴屋さんとそのお弟子さんの靴であって、これまでのように熱狂的な騒ぎにはならないと‥‥」
 心配を先読みするかのように解いてくれた牙虎やマイの言葉に、カトルは下を向いた。俯いたのではなく考えを巡らせる様に
「どうするかはカトル君次第ですよ‥‥」
「あのね‥‥」
 優しく諭すようなユーディクスの言葉に続けるようにレンはその青い瞳をカトルに向けた。
「にげちゃだめなの。カトルくんがこれからあるくじんせいはカトルくんのものだから、カトルくんがえらばなきゃいけないの。だんちょうさんたちとわかれることになるかもしれないけど‥‥でも、はなれてても、こころがつうじてさえいればさみしくないの。‥‥レンもいまは、かーさまとはなれてるけど、さみしくないの♪ とーい、おそらのむこうで、かーさまがレンのこと、ずぅっとおもってくれてるの♪‥‥だから、きっとカトルくんもだいじょうぶなの♪」
「助けが必要な時は、私達を呼んで下さい」
 私達、その言葉に冒険者達は全員が頷いた。誰一人躊躇うことなく。
「もう大丈夫だから‥‥夢、捨てないで下さい‥‥」
 微かにカトルから声が聞こえる。それは泣き声のようでユーディクスは指で、小さなシフールの小さな頭を撫でた。
「‥‥うん」
 その声は小鳥の囀りよりも小さかったけど、確かに全員の耳と心に届いていた。

●思いは春の空の下に‥‥
 暗い、酒場のテーブルをただ見つめる男には、寄ってきた影は見えなかった。
 トン、テーブルの上に鳴った軽い音が彼の顔を持ち上げるまで。
「あんた‥‥何よ? これ!」
「見て解るだろう? 靴だ。あの幸せの靴だよ」
「! い、いらないわよ。もう靴なんてこりごり。文句を言いに来たのならとっと言って帰ったら?」
「いや? 礼を言いに来ただけだ」
 男の前に立つ冒険者、ルビーは首を横に振った。
「訴えなかったな‥‥ありがとう。お前さんの御蔭で、将来有望な靴職人が誕生しそうだ」
「ふん、靴なんてどうせ使えりゃいいのよ。服なんて着れればいいの。職人なんていつかは消えてなくなるわよ」
「でもそれは、今じゃない。人が、何かを求めるものである限り、より良いものを求めて研鑽する限り、いつかは来ないと思うぜ」
 手段は間違っていたが、物を作るもののプライドがあるのなら‥‥
「ふん!」
 男は鼻を鳴らすと立ち上がる。机の上から、一枚のハンカチーフが床に閃いて落ちた。
「落し物だぞ」
「いらないわ! あんたにあげる。見てらっしゃい! あたしだってやるときはやるんだから!」
 カツカツカツ、足音を鳴らして男は遠ざかって行った。
「‥‥でも、靴はちゃんと持って行ったな」
 あいつが、どんな道を歩むかは解らない、でも、とルビーは思う。
「ま、なんとかなるだろうさ」

 ルン!
 嬉しそうにレンはくるり、と回って笑う。
「良かったですね。レンさん」
「うん♪ じじにつくってもらったの」
 真っ白なブーツを履いて嬉しそうだ。
 あれから、カトルは正式にロベールの弟子となった。
 一座からは離れることになったが、充実した日々を送っている。
「カトルさん、いつか僕の靴を作ってくれると言ってましたね」
「レンのも♪」
 指きりして約束した。そのぬくもりを思い出すとユーディクスは心が熱くなるような気がした。
(「夢に向かって、歩き出したカトル君。俺も頑張らなきゃ‥‥」)
「‥‥夢に向かうカトル君、そして皆にとって最良の未来が訪れますように」
 ユノが見上げた太陽は、柔らかな空気を纏い暖かく微笑む。
 その下でフィニィの歌声がまるで未来を導くように明るく、響いていった。

♪信ずる道を 勇気を持って進め
 決して後悔しない様に
 望みし道を 希望と共に進め
 自分を偽らない様に

 一歩づつでも 進んで行こう
 理想の自分になる為に♪


 小さな靴屋の物語は続いていく。
 夜の中ではなく、新しい光の中で‥‥。