呪われた兄妹(前編)

■シリーズシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月02日〜04月05日

リプレイ公開日:2005年04月08日

●オープニング

「貴方が手に入れた像を、譲っていただきたい」
 商人であるゴードン氏が異国より来たという兄妹の訪問を受けたのは、麗らかな春の日だった。
「我等はずっと、その像を‥‥奪われた家宝を探していたのです」
「家宝を取り戻すは、我が一族の悲願。何とぞ、我等をお救い下さい」
 真剣な眼差しであり訴えだった。
「お客人、実はこれは娘の為に手に入れたものなのです」
 暫し悩んでから、ゴードン氏は告げた。ゴードン氏にはクララという病弱な一人娘がいる。最近ではようやく少し元気になってきたが、父親としてはまだまだ心配な、可愛い我が子だった。
「数日後の娘の誕生日に、贈ろうと思っているのです。この像は何やらご利益があると聞きましたので」
「事情は分かりました。ですが、そこを押してお願いしたいのです」
「我等に出来る事なら、何でも致します故」
「‥‥分かりました。ですが、条件があります」
 悲痛な面持ちで切々と頼む兄妹に、ゴードン氏は遂に折れた。
「娘への贈り物。この像の代わりに、娘に楽しい誕生日を贈っていただきたい‥‥生まれてきて良かったと思わせるような、そんな誕生会を」
 兄妹は顔を見合わせてから、ゴードン氏に承諾の意を伝えた。

「良かったですね、兄上」
「うむ。後は娘子の為に尽力するだけだ」
 けれど、それが容易くない事、二人は分かっていた。家宝の像は誕生会とやらの成功と引き換え‥‥だが、消息不明な像を求め続けた長き旅は、二人の身体と精神をひどく衰弱させていた。なればこそ、楽しい誕生日会というのは今の二人より最も縁遠い‥‥至難の事柄であった。少女が喜ぶような事など、思い付かないのだ。
「ここは一つ、専門家にお願いするのはいかがでしょう?」
「ふむ、冒険者と言ったか‥‥成る程、彼らならきっと力を貸してくれよう」

●今回の参加者

 ea3826 サテラ・バッハ(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea5765 アミ・バ(31歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea7401 アム・ネリア(29歳・♀・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea7586 マギウス・ジル・マルシェ(63歳・♂・ジプシー・シフール・ノルマン王国)
 ea8210 ゾナハ・ゾナカーセ(59歳・♂・レンジャー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0933 スターリナ・ジューコフ(32歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

「兄上、今度こそ‥‥今度こそは、あの像を手にする事が出来るのですね」
 異国よりの兄妹‥‥兄に向けられた声には、抑え切れない喜びがあった。
「あぁ。だが、まだ安心は出来ない」
 それは兄もまた同じ‥‥しかし、兄は逸る心を諌める如く表情を引き締めた。
「実際にこの手にするまでは、油断してはならぬぞ」
「勿論、心得ております。ですが、あの方々なら‥‥冒険者の方々ならば、きっと」
 信頼と祈りを込める妹に頷く兄。その手には、小さな像が握られていた。

●ハッピーバースデー
「皆様、よくおいで下さいました。今日はよろしくお願い致します」
 ゴードン氏の屋敷、冒険者達を迎えたのは温和そうな老執事だった。
「準備等、何かお手伝いする事がありましたら遠慮なく声を掛けて下さいませ」
 口々に礼を述べ、屋敷内を案内される中。
「誕生日って素敵な日。神様がこの世界に自分の存在を許してくれた日。そしてお母さんが難儀してこの世に生み出してくれた日」
 マギウス・ジル・マルシェ(ea7586)は知り合いであり事前準備を何かと手伝ってくれたサテラ・バッハ(ea3826)を始めとする皆に、ニコニコしながら言った。
「クララさん本人には勿論だけど、その闘病する姿を見守ってきたゴードンさんと執事さんにとっても感慨深い日となるでしょう‥‥佳い日になるといいのね」
「良い日にするんだ、私達でな」
「確かに。それに、1つの依頼で4人を幸せに出来るというのは、とてもやり甲斐がありますね」
 クレリックであるアム・ネリア(ea7401)は穏やかな笑みを浮かべた。依頼人の兄妹とクララとクララの父と‥‥人々に幸福をもたらすのは、セーラ様の御心にも沿う。
「病弱なクララちゃんのお誕生日会、是非成功させましょうね」
「はい。私達で誕生パーティを盛り上げましょう」
 アムに、フィニィ・フォルテン(ea9114)もしっかりと頷いた。
「ですから、お二人も安心して下さいね」
 フィニィの澄んだ青い瞳が捉えたのは、異国よりの旅人。ハヤテとユキハという兄妹は、失われた家宝の像を取り戻す為に長き旅をしてきたのだという。
 そして、その像は今、クララの父であるゴードン氏の手にある。アムの示唆したように、この依頼を無事に果たせば、クララの誕生日パーティーを成功させる事が出来れば、皆が幸せになるのだ。
「私達、頑張りますから」
 だから、頑張りますと真剣に注げるアムに兄妹は、やや固かった顔を少し緩めたようだった。

「まぁ‥‥これは」
 執事に連れられて部屋に足を踏み入れた途端、その少女‥‥クララは目を見張った。
 キレイに飾り付けられた部屋と、色とりどりの花が並ぶ机と。何より、自分を笑顔と拍手で出迎えてくれたサテラ達と忙しかった父とに。
「お誕生日おめでとう」
 アミ・バ(ea5765)は、眼前の光景が信じられずに立ち竦むクララを、祝いの言葉と共に手招いた。
 そして、手渡す‥‥木製の短剣を。
 花柄のパターンが彫り込まれたそれは、アミお手製の作品だ。
 けれど、アミが本当に贈りたいのは、この短剣ではない。
「友達の証として、ね」
「あ‥‥ありがとうございます」
 アミが込めたのは、本当に贈りたかったのは『友』。身体が弱く友達が少ないクララが欲しているだろう、その暖かさと心強さ。
 何よりそれを贈りたかった。
「お姉ちゃんはオーガ程度なら一人で倒せるぐらい強いから、頼りにして良いわよ。友達は助け合うものだからね」
 ウィンクして見せたアミに、涙ぐんだままクララは「はい」と頷いた。

「ではこれから、クララさんの誕生日パーティーを行いたいと思うのね〜」
 司会を担当するマギウスは礼服をパリッと着こなし、宣言した。クララだけでなく、ゴードンもまた期待に満ちた眼差しを向けている。
「一番手は魅惑の舞姫、スターリナ嬢なのね」
「踊り手は言葉ではなく、踊りで語るものです。しばし、お付き合いくださいませ」
 その期待を受け止めたスターリナ・ジューコフ(eb0933)は言って、笑みを返した。
 それも一瞬。ピッと伸びた背と腕と。ピンと張り詰めた空気をまとうスターリナ。その耳に届く、微かな竪琴の音。
 伴奏を買って出てくれたフィニィの伴奏を聞きながら、スターリナの腕がゆるやかに動いた。
 静かに静かに、けれど、どこか情熱的に。スターリナの舞が表すのは、出会い。美しいお姫様が一人の騎士に出会い、心引かれていく‥‥そんな場面。スターリナは踊りで表現しようとしていた。
『クララお嬢様がお好きな物語と言えば、あれでしょうね。亡くなった奥様が、幼かったお嬢様にねだられるまま何度も繰り返した、あの物語‥‥』
 それは、事前にリサーチした際、執事さんがこっそり教えてくれた物語。
 お姫様と騎士が出会い恋に落ち、悪い魔法使いに攫われたお姫様を騎士が助けに行く。そんな、ある意味定番とも言える物語だ。
 とはいうものの、物語を舞で表現するのは簡単な事ではない。
 更に、クララを気遣い動きをゆっくりにする分、動作の美しさに気が抜けない。指先一つ、一瞬でも集中を乱せば、途端に幻想は消えてしまうのだから。
(でも、それでこそやり甲斐があるというもの!)
 激しい、体力気力の消耗。けれど、スターリナは優雅な微笑みさえ浮かべて、踊り続けた。
 そして、場面はクライマックス。姫を助け出すべく、騎士が悪い魔法使いに挑む、そんなシーン。
 そこで、異変が起こった。
(‥‥なっ!?)
 信じられない事に、足が取られた。正確には、衣装の裾が何かに引っかかったのだ。
 だが、スターリナは、プロだ。この広い部屋の様子は予めチェックしてある。キレイに掃除してある事も、勿論確認しておいた‥‥念の為、スターリナ自身でも掃いておいたくらいだ。
 だから、足を取られた原因がゴミやホコリという可能性は低い。
 一瞬の十分の一ほどの刹那、チラリと視線をやった足元。衣装は塵一つない床の一部、たまたま傷のついた一箇所に僅かに引っかかったようだった‥‥偶然に。
(あの小さな傷の上で偶然ステップを踏んで、その時丁度、偶然衣装が引っかかった‥‥?)
 可能性が無い、とは言い切れない。ただ、釈然としないものがスターリナの胸に生じたのは致し方なかっただろう。
 と、冷静に考えているスターリナだが、状況は中々にピンチだった。足を取られた事によって、身体は傾いだ。このまま放っておいたら先ず間違いなく倒れる。それが偶然机に当たる位置というのは‥‥ハッキリ言ってマズい。
 だが、スターリナはプロだった。瞬き一つほどの間に様々な事を考え‥‥というより無意識に感じ取り、対処した。
 強靭なバネで身体に回転をかけ、ターンを加える事で転倒を回避したのだ。僅かなズレを、フィニィもまた竪琴を合わせフォローしてくれたし。
 その後、騎士が姫を助けてめでたしめでたしまでを、スターリナは危なげなく踊りきった。

●呪いってマジですか?
「‥‥実は、我等が探している像について、よからぬ噂があるのだ」
 次の出し物の準備、という名目で集まった一同に、ハヤテは言い辛そうに口を開いた。
 スターリナの追求に早々に白旗を揚げたのだ。
「‥‥噂?」
「はい。曰く、あの像を手にした者は不幸に遭う、と」
「具体的には?」
「商売が失敗したり、家族間で上手くいかなくなってしまったり、天災に遭ったり、色々‥‥」
 ユキハの言葉にスターリナはちょっと考えた。自分の身に起こった事と照らし合わせて。
 確かに一つ一つは些細な偶然だ。けれど、そんな「不幸な偶然」がどんどん積み重なっていけば‥‥?
「おたくらはそんな物騒な代物を家宝にしていたのか?」
「勿論、我等が家宝として祀っていた頃、そんな事は起こらなかった。寧ろあの母子像は、我が家の守り神だったのだから」
「‥‥母子像?」
 サテラは微かに眉根を寄せた。
「これを見て下さい」
 疑問に答えるように兄妹が差し出したのは、小さな‥‥子供の像。
「元々、母子像だったのです。けれど、我が家が賊に襲われた際、別たれてしまって‥‥それからです、我が家や我等が身に災厄が降りかかるようになったのは」
「災厄‥‥ですか」
 アムは小さく呟くと、胸中でセーラ様に祈った。
「でも、ならば最初からゴードンさんに事情をお話になった方が良かったのではないですか?」
「だが、今まで素直に信じてくれた者はいなかった。我等自身とて、確かな確証があるわけではないのだ。証拠もまた、ない」
「確かに‥‥」
 スターリナにも分かる。あれを論理的に説明しろと言われても、難しい。
「母子像が我が家に祀られていた頃の話‥‥あれが幸運をもたらす像であるという話だけが伝わってしまったらしくて」
 そこで「これは不幸を呼ぶ像なんだ!」と訴えても持ち主は到底聞き入れてくれなかったのだと、兄妹は顔を曇らせた。
 更に子供像を示せば、それを手に入れようと反対に襲われる始末。
 そうこうしている内に不幸は起こり像の行方は分からなくなってしまった‥‥何度も。
「それでも‥‥今度は違っていたかもしれませんよ」
 それでもと、フィニィは小さく呟いた。他人を信じ続けるのはとても大変な事だけれど。
 何となくシンとしてしまった一同の中、マギウスが動いた‥‥その手を像に伸ばし。
「その像、少し見せて欲しいのね?」
 マギウスは子供の像にそっと手を触れ、目を閉じた。意識の集中が高まるにつれ、その身は淡い金色の光に包まれる。
 それは魔法の発動の合図だ。リヴィールマジック‥‥この像が魔法の効果を受けているなら、分かるはずだ。
「‥‥魔法、とはちょっと違う感じがするけど、うん、何かしらのオーラを感じるのね」
 マギウスは言って、ふっと視線を巡らせた。
「引き合う力‥‥やっぱりお母さんに会いたいのかもしれないのね」
 根拠も証拠もないけれど、そんな風にマギウスは思った。
「会わせてやろう、今度こそ」
 そうして、サテラは不敵に笑った。

●呪いには負けない!
「お待たせしたのね、今度は皆で冒険してみるのね」
 それはサテラ考案のゲームだ。室内で行う、擬似冒険‥‥簡単に言うと、劇に分岐を作る事で可能性を広げる試みだ。
「一応、さっきの物語をベースにしてるけど、展開を決めるのは皆次第、という事で」
 誘うサテラに、戸惑いながらクララも立ち上がった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。言ったでしょ?、友達は助け合うものだ、って」
 騎士に扮したアミに手を取られ、物語は始まった。姫は騎士や妖精役のアム、舞姫スターリナに出会い、己が世界から外の広い世界を知る。
 様々な事に出逢って、世界を広げていく。
 先ほどより音を抑えないフィニィの竪琴が、物語に鮮やかな彩りを添える。
「さぁ、選択を‥‥進むべき道を示すが良い」
 何より、場面の最後に現れるサテラの問い。自分がどの道を選ぶのか、どう行動するのか‥‥それはちょっぴりスリリングで、それ以上にわくわくする。
(勿論、このまま上手くいくはずだと、楽観は出来ないが)
 そう、サテラの予想通り、様々なアクシデントは襲い掛かってきた。
 何故か花の中で眠っていた蜂が姫に向かってきたり(これはアミが叩き落した)、劇に見惚れた執事さんがお菓子を落としかけたり(これはマギウスがキャッチした)、悪い魔法使いに扮した兄妹がローブの裾を踏んでスッ転んだり(これはスルーされた)、転んだ先が窓で偶然空いちゃってまたまた偶然カラスが飛び込んできそうになったり(サテラが冷静に閉めた、パタン)。
 そんな細々したトラブルを未然に防ぎつつ、心を合わせて劇を進めていく。
「では、最後の選択だ。この悪い魔法使い達をどうする?」
「あの、えっと‥‥友達になって下さい。一緒だったらきっと、もっと楽しいはずですから」
 手を取るクララと兄妹の周りを、スターリナがクルクルと踊った。高らかにかき鳴らされた竪琴が、そして、物語の終わりを‥‥ハッピーエンドを告げたのだった。
「すごく楽しかったです。まるで私自身も、サテラさんやアミさんと一緒に冒険してるみたいで‥‥とても楽しかったです」
 頬を紅潮させたクララ。その息は少し上がっていたけれど、やり遂げたその顔はキラキラと輝いていた。
 サテラの視界の端、ゴードン氏がそっと目頭を押さえていた。

「では、ここでお食事タ〜イムなのね」
 興奮さめやらぬクララを休ませる意味もあって、一先ず休憩‥‥というか食事になった。
「二人はずっと旅をしてきたんでしょ? なら、その話でもしてくれないかな? それは十分、クララさんへの贈り物になると思うのね」
 食事をしながらのマギウスに促され、ハヤテが些か緊張気味に語りだした。
「うっ、うむ。そうだな、色々な事があった。乗っていた馬車が賊に襲われたり船が沈没したり」
「ご苦労なさったんですね」
「そうですね、色々‥‥不審者と思われて捕まったりとかもありました」
 遠い目をする兄妹に「そうでしょうねぇ」と思わず頷いてしまうスターリナ。
 突っ込んだらもっともっとありそうな、積み重なった不幸話。でも、楽しいお食事タイムにはあまり相応しい話題ではない。
「えっと、もっと楽しいお話はありませんの? 土地土地の美しい景色などのお話とか」
 だから、フィニィは話題転換を図った。異国の風景や出来事は、物語を紡ぐフィニィにも興味深かったし。
「あぁ、そうだな。ジャパンから出てすぐ‥‥」
 フィニィの思惑通り、ハヤテの話題は変わった。いつしか、兄妹の顔も懐かしげな穏やかなものに変わって。
「食事はちゃんと食べるんだよ。育ち盛りの時に食べないと体が強くならないから」
「‥‥はい」
 クララもまた始終、嬉しそうだった。隣の席のアミに何やかやと世話されながら、サテラやフィニィと談笑しながら、その微笑みは絶える事がなかった。

「ではここで、私からも贈り物をするのね」
 デザートの段となった頃、マギウスは得意の手品を披露した。
「ワン、ツー、スリー!」
 手の上、掛けた布をパッと取ると、そこに一瞬前までなかった物が現れた。可憐な花束と、二匹の仔ウサギだ。
 と、仔ウサギがその手から飛び出した、ホップステップジャ〜ンプ。実は元々食用ウサギ、命の危険を感じたか否か。
「放っておいたら、また何か厄介事を起こしそうだな」
「同感」
 素早く捕獲するサテラとアミ。
「可愛い‥‥」
「撫でてみる?」
「可愛がってやって欲しいのね」
 マギウスの言葉に、仔ウサギに触れようと伸ばされた手がふと、止まった。
「あの、でも‥‥」
「そう。動物を育てるのはすごく大変なのね」
 惑いを正確に掴み、マギウスは一つ頷いた。花束を、クララの眼前にそっと置く。
「食事や排泄、運動もさせなくちゃだし、病気になったら看病もしなくちゃいけないのね」
 だから、もしクララが育てられなさそうなら市場に返す心積もりもあった。花束だけを渡そう、と。
 けれど、執事さんから話を聞いたりクララと実際に会ったりして、マギウスは「大丈夫」だと感じた。
「でも、クララさん。私は貴女ならいいお母さんになると思うのね‥‥それは貴女自身がとっても愛されて育った人だから」
 ゴードン氏や老執事の様子を見れば分かる。いや、この屋敷を見ただけでも分かった。
「だからこそ、自分が受けた愛情を注ぎ返すのも上手いはず。私も占い師の端くれだから、太陽の精霊にかけて保証するのね」
 言い切るマギウス。
「‥‥温かい」
 クララは僅かな逡巡の後、意を決したように仔ウサギを受け取ったのだった。

●君に捧げる歌声
「私は派手にパーティーを盛り上げる事は出来ませんが」
 そんな様子を満足げに見やり、スッと立ち上がったアム。その手には、聖書。
 そして、歌う。セーラ様を讃える賛美歌。
 クララの為に、兄妹の為に。
(それだけではなく、もしも届くなら‥‥あの親子の為にも)
 引き裂かれた親子。像には心なんかないのかもしれなくて。呪いとか不幸とかも全部、ただの偶然の重なりなのかもしれなくて。
 だけど、それでも、もしも誰かが何かが悲しんでいるのなら、泣いているのならば‥‥癒してあげたいと、慰めてあげたいと思うから。
(この歌を聞いた皆さんに、セーラ様の御心が伝わりますように)
 思いを込めて歌われた賛美歌。空間を満たす、静謐で‥‥だが、どこか優しい空気。
 アムが歌っている間、不思議と何事も起こらなかった。
「私も本職として、アムさんに負けるわけにはいきませんわ」
 最後に、と衣装替えを済ませたフィニィが姿を見せた。
 その青い瞳と同じ、清楚なドレスに身を包んだフィニィ。
 そして、朗々と歌声を響かせる。

♪雪の下 春を待つ
 耐えし花々 夢を見る
 太陽の下 輝く様な
 己の姿 夢を見る

 雪が解け 春が来る
 芽吹き花々 咲き誇れ
 風に揺られ 微笑む様に
 可憐な花よ 咲き誇れ♪

 先ほどのアムの賛美歌とはまた違う、柔らかで優しい‥‥けれど、よく通る声。
 クララの為に作った、クララに捧げる歌。
「お花に負けない素敵なレディになって下さいね」
 そうして、歌い上げたフィニィは、歌詞の書かれた羊皮紙をクララに手渡した。
「それから、もう一つ‥‥皆からのプレゼントです」
 合図を送られた皆が立ち上がる。
「全員でお祝いの歌を歌いましょう、気持ちを込めて歌えばきっと喜んでくれますよ」
 そんな風に、フィニィは皆に声を掛けていたのだ。皆‥‥アムやスターリナ、ハヤテ達だけではない。執事やゴードン氏、そう、この場に集まった者みんなに。
 皆で、クララに歌を贈る為に。上手な者もいる、途中音を外す者もいる(主にクララパパ)、けれど、皆それぞれ一生懸命に。クララの為に、クララを思って歌った。だから、それは聞く者の心を打つ。
「ありがとうございます。こんなに楽しくて嬉しい誕生日は生まれて初めてです」
 歌が終わった時、その頬を涙で濡らしながら、クララは言った。とびっきりの笑顔を、浮かべて。

●されど時はまだ満ちぬ
「今日は本当にありがとう。君達には感謝しても仕切れないよ」
 パーティーの終わりに、ゴードン氏は礼を述べた。
「約束通り、これは君達に返そう」
 ハヤテに手渡された、像。女性を模ったそれは、間違いなく兄妹の捜していた物だろう。
「その像‥‥面差しが少しだけ、母さまに似てますね」
「あぁ。だから、お前に贈りたかった」
 照れたように笑む父に、娘は緩く頭を振った。
「私は今日、もっと素晴らしいモノをいただきました。ありがとう父さま‥‥そして、皆さん」
 親子からの感謝の眼差しを受け、サテラとマギウスは小さく微笑み合った。
「これでようやく、お二人の旅も終わったのですね」
 だが、声を弾ませたフィニィは、見た。顔面蒼白な兄妹を。
「どうかしたの?」
「‥‥これは、この像だけでしたか?」
 励ます意味を込めてアムがその肩に手を添えると、ようやくユキハは声を絞り出した。
 そして、ゴードンに問う。
「この母像の腕に、赤子の像が抱かれてはいなかったでしょうか?」
 ゴードンは困ったように首を振った。

 ようやく取り戻した家宝の像‥‥けれど、それは不完全なものだった。
 取り戻した喜びが大きかった分だけ、兄妹の落胆は大きかった。
「焦る気持ちは分かりますが、今はゴードンさんを信じて、連絡を待った方がいいわ」
 一先ず戻って来た冒険者ギルド。
 今にも飛び出そうとする二人を、スターリナはやんわりと止めた。今、ゴードンは仕入先に問い合わせていた。その結果を待ってから動いても遅くはない‥‥というか、こんなショック状態で動いてもロクな事にはならないと思うから。
「休息をとる気にはなれないかもしれませんが、鋭気を養わないと‥‥次の段階にうつれませんよ?」
 そして、緩やかにステップを踏む。自らの踊りで二人の心を癒す為に。少しでも、浮上して欲しいから。
「スターリナ様の仰る通りです、兄様。今はただ、良き知らせを信じて待ちましょう」
 その心根が通じたのだろう、ユキハの言葉にハヤテもまた小さく小さく首肯した。
「そうですか、母子像‥‥母と二人の子供の像だったんですね」
 一方。今は二人となった像を見つめ、アムは小さく溜め息をついていた。あれから特に異変‥‥不幸な偶然とか不運な出来事とか‥‥は起きていないが、像はやはりどこか淋しそうに見えた。
「会わせてあげるのね、きっと‥‥だから、もう少しだけ待ってて」
 マギウスは言い聞かせるように優しく、像に囁いた。

 連絡が来たのはそれから直ぐだった。赤子の像は確かに、仕入れた時は母像と一緒だったらしい。
 ゴードンに渡される際、手違いで離れてしまったらしく、先方は時間が空いたら届けてくれると言ってきたらしい。
 だが、勿論、兄妹が大人しく待っていられるはずもなく。
「我々は取りに行きたいと思います」
 二人はゴードンから紹介状(というか証明書)を受け取り、早速、赤子の像があるはずのパリ郊外の倉庫を目指した。
 その際、サテラやアミ達に、「可能ならば」と引き続きの手伝いを願い。更に、冒険者ギルドにも改めて依頼を出した。
「何だか嫌な予感がするんだ」
 今までの経験から、と呟く横顔は、ひどく厳しいものだった。

●ピンナップ

フィニィ・フォルテン(ea9114


PCシングルピンナップ
Illusted by 彩瀬カノン