呪われた兄妹(後編)

■シリーズシナリオ


担当:宮崎螢

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 1 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月14日〜04月17日

リプレイ公開日:2005年04月20日

●オープニング

 灯りを持った使用人が、たまたま仲間から呼ばれ、灯りを置いてそちらに向かう。
 穏やかな日だったけれど、その時にたまたま、一瞬だけ強い風が吹く。
 転がり落ちた灯りは空を舞い、たまたま、倉庫脇に落下する。
 ところが、その場所にはたまたま、運び出される予定の枯れ木が積み上げられていた。
 一つ一つは取るに足らない、小さな偶然。
 だが、それが積み重なった時、それは災厄と名を変え、人に襲い掛かる。
 生まれた炎が、倉庫の壁を駆け上がり、包み込もうとその魔手を天高く伸ばす。
 引き離された母子像‥‥それは母を求める赤子の嘆きか、自分と母を引き離した人間への恨みなのか。
 或いは、寂しさに耐えかねた絶望なのだろうか?

「この母像の腕に、赤子の像が抱かれてはいなかったでしょうか?」
 無事に取り戻す事が出来た家宝の像。異国よりの兄妹が喜んだのも、束の間。家宝の像はそのパーツを、欠いていた。
 引き離された母子像。それ故か、像を手にした者達にはことごとく不幸が降りかかったという。
 憔悴する二人。けれど、問題の赤子の像の居場所は程なくして知れた。手違いで、仕入先の倉庫に残されてしまったのだという。
「我々は取りに行きたいと思います」
 居ても立ってもいられない兄妹は早速、赤子の像があるはずのパリ郊外の倉庫を目指す事となった。
「何だか嫌な予感がするんだ」
 冒険者ギルドにも改めて、依頼を出した後に。

「兄上、あれは‥‥っ!?」
 そうして、問題の倉庫にたどり着いた二人と、同行した冒険者達を待っていたのは、空を焦がす炎だった。
 火事‥‥燃え盛る炎に追われ、人々の悲鳴と混乱の声とが入り混じっていた。

●今回の参加者

 ea3826 サテラ・バッハ(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea5765 アミ・バ(31歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea7359 ギヨーム・ジル・マルシェ(53歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea7468 マミ・キスリング(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea8210 ゾナハ・ゾナカーセ(59歳・♂・レンジャー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●その先にあるもの
「‥‥兄上、私達は本当に使命を果たす事が、像を取り戻す事が出来るのでしょうか?」
 異国より遥々、失われた家宝の母子像を取り戻す為にやってきた、ハヤテとユキハという兄妹。
 けれど、ようやく手にした像はそのパーツが欠けていた‥‥母の腕に抱かれているはずの赤子がいなかったのだ。
 かくして、兄妹は取り残された赤子像を見つける為、パリ郊外を目指したのだった。
 サテラ・バッハ(ea3826)やフィニィ・フォルテン(ea9114)といった冒険者達を伴って。
「私達がこのまま向かったとして、既に赤子像はどこかに失われているのではないでしょうか‥‥これまでのように」
「ユキハ‥‥」
 妹が口にした弱音は、或いは兄のものでもあったかもしれない。証拠に、咎めるはずのハヤテの言葉は途中で途切れた。
「お二人とも、弱気になってはいけません。大丈夫、きっと見つかりますから諦めないで下さい」
 見かねたフィニィが懸命に励まし、マミ・キスリング(ea7468)もまた確りと頷いてみせた。
「そうですわ。私達はその為に、同行しているのですから」
 正直、マミには兄妹の詳しい事情は分からなかった。それでも、分からないなりに分かる事がある‥‥兄妹が酷く憔悴している事、今とてつもなく不安を抱えている事、それらを察する事は出来たから。
「だから、希望を捨てないで下さいね」
 マミは心を込めて言葉を重ねた。
「‥‥はい、そうですね」
「確かに我等が弱音を吐いている場合ではなかった、すまぬ」
 マミ達の励ましに、兄妹も気を取り直したようだった。恥じるように告げた後、上げた顔には血の気が戻って来ていた。
「っ!? 皆さん、何か来ます!」
 と、マミの表情が引き締められた。警告の示すもの。前方より土地煙を上げ、一行に向かい突っ込んでくる‥‥それは。
「暴れ馬とは珍しいデ〜ス」
「いや、馬車だな。何かあったのか?」
 ギヨーム・ジル・マルシェ(ea7359)に言葉を添えてから、李風龍(ea5808)は「それより」と皆を振り返った。
「とにかく避けよう」
 風龍はハヤテを庇い、マミがユキハを抱きかかえるように、皆それぞれ両側に避ける。
 勢い余ったのかバランスを崩したのか、兄妹がそれぞれすっ転んだのが印象的だったが‥‥そして、倒れた地面には何故か丁度、大きな石があったりしたのだが。
「すまない。俺の配慮が少々足りなかったようだ。大丈夫か?」
「いや、大丈夫だ。このくらい日常茶飯事だからな」
「日常茶飯事‥‥」
 サラリと何事もなかったように返され、何となく口ごもってしまう風龍。
「まったく、トラブルが多い兄妹だな。不運を呼ぶ才能があるのかねぇ」
 そんな二人を見ながら、アミ・バ(ea5765)は苦笑混じりに呟いた。
 家宝の像が失われてから‥‥分かれてしまってから、像を持つ者は不幸になると言う話だった。
 子供像を持ち、母像赤子像を探し続けた兄妹もまた、不運爆走続行中なのかもしれない‥‥勿論、確証も因果関係もハッキリしてはいないが。
 それでも、兄妹が不運の連鎖によって、かなり酷い目に遭ってきたのは事実で。
「確かにおたくら、不運すぎだね。実はタロン神の試練の一環でしたというオチでも驚かないよ」
 だから、サテラは兄妹にわざと‥‥殊更軽く言って、苦笑混じりに肩を竦めてみせた。
(「まぁ、そういうパターンよりは母子像に憑き物があってそれが原因という‥‥ホラーな展開もあるけど」)
 実際、サテラ的には色々と思うところもあるが、そちらの推理はとりあえず胸中だけに留めて置く。憑き物付きのホラーな像を家宝にしてる、というのはハッキリしたらイヤンな感じだし。
 代わりに、というわけではないが、サテラはふと遠くに視線を彷徨わせ‥‥行き先を指差した。
「あ〜、さっきの馬車はもしかしてアレが原因か。不運がまた、起こってるようだぞ」
 白い指が指し示す先。そこには、空に向かう黒い煙があった。
 そういえば、見送った馬車の後ろ、商人風の男が必死で赤い何かと戦っていたような‥‥?
「急いだ方が良さそうだな、ハヤテ殿」
 風龍は顔を引き締めながら、ふとハヤテの手の中‥‥抱かれた像を見た。
「離ればなれの母子像か‥‥。離ればなれでは寂しいのかもしれないな」
 母のその表情が酷く悲しげに、感じられたから。だから、軽いフットワークで風龍は皆に発破をかけた。
「急ごう。誰も、誰にも辛い思いをさせない為に」

●それぞれの救助活動
「おおっ、これはデンジャラ〜ス! とにかくミーが様子を見てくるデ〜ス」
 火災現場。シフールのギヨームは言うなり、その背の羽を羽ばたかせた。
 風に、というか、熱気に煽られながら空中から倉庫周辺に視線を走らせるギヨーム。
 火元は倉庫外壁脇のようだった。外側を舐めるように上がる炎。しかも運悪く、風の向きのせいで火は倉庫内にも侵入してしまっている。
「早く何とかしないと、シャレにならなくなるデ〜ス」
 と、たまたま風に煽られた燃えカスが、たまたまギヨーム目掛けて飛んできた。何だかたまたま直撃コースで‥‥羽に触れたら燃え移る事間違いなしだ。そして、墜落ピュ〜グシャリ。
「ohそれは勘弁デ〜ス」
 しかし、ギヨームはいっそ楽しそうに言って、魔法を唱えた。瞬間、その身を包む青い光。レジストファイアー、炎に対する耐性をつける魔法だ。
「これで熱くない怖くないデ〜ス」
 完全防御で炎をやり過ごし、ギヨームは意気揚々と仲間達の元に戻った。
「火が強いのは、あっちデ〜ス」
 出火元だろう位置を聞いたサテラの行動は早かった。アミ達に声を掛けつつ、その足はもう駆け出していた。
「消火は我々に任せてくれ」
「私もお手伝い致しますわ」
 申し出、続くマミに「あぁ」と頷いてから、
「それと、避難誘導を頼む」
「分かりましたわ。とにかく今は消火が先ですもの。赤ちゃん像を探すのはそれからでも遅くありませんわ!」
 サテラはフィニィとアミに頼んだ。避難誘導が上手くいかねば、現場は混乱する‥‥結果、消火活動にも支障をきたすのだから。
 了承の印に一つ頷くと、アミもまたフィニィと共に、混乱する人々に向け駆け出した。
「私も彼女の意見に賛成だが‥‥?」
 見送り、ゾナハ・ゾナカーセ(ea8210)は思い詰めた様子の兄妹に顔を向けた。
 正に不審な動きを見せようとしていた兄妹は、悪戯を見つかった子供のようにギクリとした。それで、ゾナハはピンとした。まぁ薄々勘付いていた事だが‥‥二人が、倉庫に飛び込もうとしているのだと。
「フィニィ殿の言う事はもっともだと思う。だが、もしこの火事に赤子像が関わっているとしたら放っておくのは危険だ」
「確かに、な」
 そして、もし像が聞き及んだように不運を呼び寄せるのなら、このまま無事に消火活動は済まないのかもしれなくて‥‥それに。
「不幸な偶然によって中に取り残されている人がいるかもしれない」
 だとしたら、助けなければならない。だから、ゾナハは小さく首肯し、告げた。
「私も同行しよう。像を探しながら、取り残された人がいたら救出する為に」
「仕方ない人達デ〜ス」
 ギヨームはそんなゾナハ達に、やれやれと肩を竦めてから、魔法を掛けてやった。
「これで少しは楽になるハズデ〜ス」
 レジストファイアーの魔法。それは無茶しそうな兄妹達をきっと守ってくれるだろう。
「まず、荷物は美術品を優先に探索するのが良いデ〜ス」
「すまぬ、恩に着る!」
 忠告に礼を返してから、兄妹は今度こそ倉庫に飛び込んで行った。ギヨームの魔法に守られながら。
 そして、その後にゾナハも続く。
「強い想いと絶望が結びつくと、悲しい呪いに変わる。それに縛られる事が呪われる事。兄妹と人形達が解放されればいい」
 そう、願いながら。

●炎の舞う中で
「あそこだな」
 出火元に駆けつけたサテラは息を整えると魔法を唱えようとした。
「危ないっ!?」
 その腕をマミは咄嗟に引いた。直後、正にその場所に、狙ったように枝が落ちてきた。
 見ると、上がった炎が近くの木に燃え移っていたのだった。
「大丈夫デスカ〜?」
 不幸の連鎖を止めるべく、後を追って飛んできたギヨームが即座に消火、その場は事なきを得た。
「すまない。‥‥これも、不運な偶然というヤツか」
 サテラは小さく、苦笑した。不幸は伝染するのか、或いは、件の像に関わった者に等しく降りかかるのか。
 とはいえ、最早ここまで来て引けるはずもなく、引くつもりもなかった。サテラもマミもギヨームも‥‥だから。
「先ず、ここを叩く」
 一つ息を整えて、サテラは呪文を唱えた。淡い青の光をまとう身体、その手に集まる空気中の水‥‥作り出される、水球。
「ウォーターボム!」
 叩き込まれたそれは炎とぶつかり合い、派手に水煙を上げた。炎の勢いが、僅かに弱まる。
「もう一度、行くぞ」
「ミーも行くデ〜ス」
 その横を、炎を突き抜けるように、再び空高く飛び上がるギヨーム。
「hahahahaha、アイムファイアマーン!」
 ご機嫌ポーズを決めながら、ギヨームもまた空からウォーターボムを放った。サテラの動きに合わせ、邪魔にならないように注意しながら。
「私も負けていられませんわ」
 マミもまた、表情を引き締めると作業に取り掛かった。ブスブスと黒煙を上げる近くの木の枝を斧で落としたり、周囲に置かれたままの燃え移りそうな荷物を移動させたり、精力的に身体を動かす。
「私は私に出来る事をするだけですわ」
 急いで、けれど、冷静に。サテラ達のフォローをこなしていく。
「それにしても、もしこれが呪いの類なら‥‥」
 そして、この元凶であると目される母子像に思いを馳せるマミ。
「母親の元へ連れて行くという信念を持ち行動すれば、きっと赤子にも分かってもらえるはずです!」
 その為にも、今は自分の役目を果たすだけだった。

「姿勢を低くして、煙を吸い込まないで!」
 その頃、アミは混乱している人々にテキパキと指示を与えていた。
「落ち着いて、他の方を押したりしてはいけませんよ」
 その横ではフィニィが優しく声を掛けて回っている。ノドを痛める危険性はあった。それは歌手として避けるべき事態のはずだ。
 それでも、フィニィは放っておけなかった。母子像を兄妹を、そして、目の前で苦しむ人達を。だから、澄んだ声を響かせ、懸命に避難誘導を続けた。
 突然の火事に驚き恐慌状態に陥っていた人々。けれど、指示される事で、やるべき事・進むべき道を示される事で、人々は安堵し落ち着きを取り戻していくようだった。
「怪我をしている方がいたら、手を貸してあげて下さい」
 それが分かるからフィニィは、よく通る人々に告げた。人の流れで道を作るように。風龍の居る、風上へと誘導する。
「そこのあなた!、呆けている暇があったら手伝って!」
「余力の有る方は、消火活動にご協力お願いします」
「あっ、あぁ‥‥」
 途中、二人共で使えそうな人材は確保、手伝うよう指示を出しつつ。
「ケガ人はこっちに来てくれ。あぁ、重傷者を優先させて欲しい」
 誘導先。風龍は連れて来られた怪我人の治療を受け持っていた。火傷を負った者、避難途中でケガを負った者、煙を吸って気分を悪くした者‥‥それら患者の手当ての為、忙しく動いていた。
 全てを完璧に看られるわけではない。それでも、自分の出来うる事を風龍は手早くこなしていった。

「‥‥ちょっと待て!」
 一方。倉庫内に突入して暫し、ゾナハは兄妹を留めた。ゴトン、次の瞬間その足元に、重い音を立てた物が落下した。内部に積み上げられていただろう荷物、それが崩れてきて。
 更に熱風が襲いかかってきたが、それはレジストファイアーの効果で影響なし‥‥ただ。
 直後、微かな異臭が上がったのは、品物の何かが反応したからなのだろうか?
「二人共、駆け抜けるぞ」
 爆発物ではなかろうが、敢えて近づきたいとは思わないのもまた、事実。
 三人は早々にその場を離れようとし。
「あっ待って下さい‥‥あそこ、誰か倒れてます」
 しかし、それから直ぐ。ユキハの声がゾナハの足を止めた。
「‥‥助けよう」
 ハヤテも、また。像は気になるし気は焦るものの、さすがにケガ人を放っておくわけにはいかないから。
 倒れていたのは、荷運び人らしき男性(推定20代)だった。幸か不幸か、気絶している為、煙自体はあまり吸っていないようだった。
「‥‥偶然逃げ遅れて、偶然崩れてきた荷物が頭に当たって、それが偶然打ち所が悪くて気絶して、しかも偶然倒れたのが影で、気付かれなかった感じか?」
 手の平に乗るほどの、大して重くもない品物を手にゾナハは軽く溜め息をついた。よく見ると男性の後頭部にタンコブが出来ている。
「重さもある、炎から守るようにして三人で運ぼう」
 体力にはあまり自信がないのだがな、と呟きながらゾナハと兄妹は救助に当たった。
「この火事が赤子像によるものならば、寂しくて周囲を弁えず泣き叫んで母親を呼んだ結果なのかもしれない」
 その中で、ゾナハは思った。
「倉庫に閉じこめられたままよりは、騒ぎを起こして何かが起こった方がいいと」
 この要救助者のように、赤子像もまた自分達の助けを待っているのかもしれない、と。
「だが、これほどまで互いを求め合うのならば、母親像も何かを感知するのではないだろうか」
「その意見には、私も賛成です」
 それから数人、倉庫内で発見したケガ人を連れて引き上げた風龍の元で、ゾナハにフィニィが頷いた。
「そうです。ハヤテさん、そのお母さん像を貸して下さい」
 そして、思いついたフィニィは、母像に魔法を掛けた‥‥自分のゾナハの思いを伝える、テレパシーの魔法。
(「お子さんは私達で必ず助けますから、落ち着いて下さい」)
 この不運の一旦は、もしかしたらこの母像にもあるかもしれないから。
(「もう暫く我慢して下さいね、お母さんは近くにいますから」)
 そして、赤子像にも。この声が届くといいと祈りながら。
「たとえ像だとしても、親子が引き離されているというのは悲しい事ですもの」
 そう、思うから。
 そんなフィニィから倉庫に視線を移し、風龍はふと目を細めた。
「サテラ殿達が頑張っているからかもしれないが‥‥火の勢いが急に弱まったような気がするな」
 それは気のせいかもしれなかった。だが、フィニィの、自分達の気持ちが赤子像に通じたなら嬉しいと、風龍は思った。
 だから、言った。
「さぁ、もう一頑張りだ。大丈夫、もう火は心配ない。後はケガ人を治療して、迷子を迎えに行くだけだ」
 改めて気合を入れ直して。

●残り火を消して
「後少しだ、皆、気合を入れていこう!」
 その間もサテラ達は必死に消火活動を行っていた。クリエイトウォーターで作り出した水、それを避難して来た人々にバケツリレーしてもらっていたのだ。
「火の勢いが弱まってきました。もう一息、頑張って下さい!」
 もしもの場合は近所の家を壊してでも延焼を食い止める‥‥そんな悲痛な覚悟さえしていたマミもまた、ホッと安堵しながら、最後の一頑張りをしていた。
「此処にはどれくらいの人がいたの? まだ中にいる、逃げ遅れた人はいるの?」
 その様を遠く見ながら、アミもまた事業主の答えに、ホッと安堵の息をついていた。倉庫の従業人や取引相手の人数は、避難誘導した人数とほぼ合う。
 逃げ遅れたと思しき者も、ゾナハ達が救助済みのようで。
「よし、後は念の為に風下を調べておきましょう」
 避難誘導が一段落ついたのを見届け、アミは経路を外れた。
「万が一、飛び火でもしていたら大変だもの」
 そして、その可能性が皆無ではない事、不運な偶然が積み重なる危険性がある事を、アミは知っていたから。
「あの二人も、無茶してないといいのだけど」
 アミは一度倉庫に目を向けてから、踵を返した。

 その兄妹はといえば、やっぱりと言うかお約束と言おうか、アミの心配どおり細々した不運に遭っていた。
「あ、そこは‥‥ッ!」
 ゾナハアイで焼け崩れてそうな床にちょうど足を突っ込んだり(そして、踏み抜く)、ゾナハ鑑定眼的にもどうみても違う系な美術品に突っ込んでいったり(そして、焦げたそれらの下敷きになってみたり)。
 ただ、それらは連鎖せず、一つ一つ途切れたような他愛無い感じの不運だった。
「‥‥あの、十分痛いのですけど」
「あぁ、二人共気を付けてくれ」
 そんな風に、ほぼ火の気の消えた倉庫を、三人は捜索して行った。

「さすがに‥‥火は消えたようデ〜ス」
 上空から消火活動を行っていたギヨームも、火の気がなくなった事に安堵していた。
 名残の細い煙がゆっくりと空に上がっていく。だが、見下ろす光景に、赤い炎の姿は最早なかったから。
 けれども。
「‥‥やっぱり」
 風下にやってきたアミは疲れたように溜め息をついた。
 偶然、火のついたままの馬車から落ちた幌が、風下の草を焼いていたようだ。
 チラチラと草を舐める赤は、燃え上がる勢いはなかったようだが。
 それでも、放っておいたら、もしここで不運が積み重なるような事があれば‥‥二次災害にも発展しかねないのもまた、事実だ。
「何かさ、こんな事じゃないかなって気がしてたのよね」
 用意してきた葉のついた生木の枝。アミは注意しながら火を叩いた。まだ小さな火はそれだけでその勢いを失くしたのだった。
 こうして、消火活動は終わった。炎の勢いと規模に反して、死者・重体者がいなかったのが不思議といえば不思議といえた。
 勿論、冒険者達の迅速な対応があったからこそ、だったのだけれども。

●巡り合う母と子と
 その小さな像は、倉庫の片隅に在った。届けようとしたのだろうか?、小さな箱に入れられて。
「これが、そうか?」
 問うゾナハに兄妹は頷いた。震える手が、赤子像をそっと掴み、煤で幾分汚れたそれを丁寧に拭った。
 そして、母像の腕に抱かせる。赤子は、今までそこに無かった事が嘘であるかのように、母の腕にぴったりとはまった。
 母は一つ腕に赤子を抱き、もう一つの手でもう一人の子供と手を繋ぎ‥‥長い時を道のりを経て、親子はここにようやく再会を果たしたのだった。

「良かったデ〜ス」
 ギヨーム達もまた、依頼が果たされた事を素直に喜んだ。
「はい、皆さんには本当に何とお礼を申し上げたら良いのか‥‥」
「ようやく‥‥ようやく‥‥」
 兄妹も感極まったように、その頬を止め処なく流れる涙で濡らしていた。
「うん、うん、良かったわね。ずっと苦労してきたんだものね」
 アミはユキハの肩を抱き、何度も何度も頷いてやった。おそらく、今までの苦しく辛い不運な旅路を思い返しているだろう、その感慨を苦労を受け止めるように。
「もう、大丈夫だから。もう、お家に帰れるから、ね」
 安心させるように、これが現実であると確かめさせるように、アミは温もりを贈り続けた。
「良かったな、会えて」
 とうとう再会を果たした母子像に、風龍もまた疲れた顔に喜色を浮かべた。母の顔はここに来る前より、何処か嬉しそうに幸せそうに見えて、それが喜ばしかった。
 と、風龍は小首を傾げると、指先で母像の顔に触れた。
「水か‥‥いや、幸せの涙だな、きっと」
 滴り落ちた水に触れたのだろうか?、母像の顔は微かに湿っていた。
 実際にはそれはただの水だったのだろう。だが、風龍には、母が我が子と再会できた幸せの涙に見えて仕方無かった。
「とにかく、良かったな。それに、人死にや重傷・重体者も出なかったし」
 何より、風龍にはそれが嬉しかった。
「不運と幸運‥‥幸運の反動で不運になる、逆もまた然り、か」
 そんな中、サテラは呟いていた。だとしたら、あの母子像は破壊するなり破棄するなりした方が良いのかもしれない‥‥本当は。
 けれど、必死で像を追い求めた兄妹にそれを言うのは躊躇われた。
 何より、サテラの瞳に映る母子像は、やはり幸せそうに見えたから。
「まぁ、いいか」
 サテラはただ、そっと微笑みをもらすだけに留めた。
「良かったです、本当に」
 母と子と。寄り添う親子にマミはそっと瞳の端に浮かんだ涙を拭った。
「はい」
 フィニィはマミと微笑み合うと、そっと胸の前で手を組んだ。
 そして、祈りを込めた澄んだ歌声が、響き渡った。

♪親子の絆 深きもの
 離れし悲しみ 災いを呼ぶ
 今悲しみを 拭い去り
 寄り添いあって 福を呼ぶ
 親子の絆 深きもの
 二度と離れる 事なかれ♪

 気のせい、だっただろう。けれども、その瞬間、母子は微笑んだような気がした‥‥限りない感謝を込めて。