【それぞれの正義】二つの正義

■シリーズシナリオ


担当:BW

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月24日〜06月29日

リプレイ公開日:2005年07月05日

●オープニング

 ――時は、今よりおよそ三ヶ月ほど遡る。場所は遠き異国‥‥ジャパンの都、京都。神皇の住まうその地で、一人の侍がある一つの願いを訴えた事から全ては始まった。

 ――神聖暦1000年3月某日、京都御所。
 一人の若き侍が、何人もの役人を相手に、必死に話を続けていた。
「何故です! 民の命より自分達の利権の方が大事なのですか!?」
「口を慎まんか! ここをどこだと思っている! これは畏れ多くも、神皇様の御意思。一介の侍風情が、これ以上意見すると言うのならば‥‥」
「何度だろうと、私は訴える! かの魔法‥‥精霊魔法を、より多くの民に‥‥!」
 そう。男が訴えたのは、ジャパンにおいて神皇家が管理する技術の一つ、精霊魔法技術の独占の中止と、その普及。
 折しもこの時、京の都は南の地より突如現れた死者達の襲撃に苦しめられていた。陰陽頭である安倍晴明が、京都見廻組や新撰組、冒険者ギルドなどの各種組織にその対処を命じたが、既存の戦力だけでは迫る死人の群れを抑える事ができず、既にいくつかの村が滅ぼされ、多くの民の命が失われた。それに加え、戦いは長期化の様相を見せ、いつ終わるともしれぬ状態。人々の悲しみや不安は広がっていくばかり‥‥。
 だから、彼は訴えた。一人でも多くの民を救うために、人々を守れる力を持つ者を増やすために、かの魔法をより多くの民が使えるようにして欲しいと。
 だが、彼の想いも虚しく、神皇家は断じてその願いを受け入れようとはしなかった。
「忠告はしたはずだ。‥‥出ていけ。今この時より、その方はもはや武士ではない。この御所に足を踏み入れる事、二度と許されぬと思え!!」
「くっ‥‥!」
 彼は武士としての資格を剥奪された。地位も名誉も失ったその男、名は長谷部正十郎といった。

 ――神聖暦1000年5月某日、キャメロット郊外。
 人知れぬ場所で、二つの勢力の戦いが始まっていた。
「この国でも我らの邪魔をするか! 神皇家の犬どもが!!」
「ぬかせ! 祖国を裏切った逆賊が!!」
 その二つの勢力の違いには、ある大きな特徴があった。片や、精霊魔法、精霊碑文学を操る志士と陰陽師。片や、それらを一切使えぬ浪人や忍びの者達。
 そして、浪人や忍者達を率いていたのは、あの長谷部正十郎だった。
「ぐっ!? 身体が‥‥動かぬ!!」
「な、雷を刃にしただと!?」
「ほ、炎が‥‥!? ぬあああーーー!!」
 戦いの中、幾多の精霊魔法の力によって、次々と傷を負う浪人や忍者達。
「‥‥何故、理解しようとしないのだ? その力をより多くの者が持てば、かの死者達を滅ぼす事さえできるやもしれんのだぞ!!」
「お前達こそ、自分達がどんなに危険な事をしようとしているか、分かっているのか!!」
 正十郎は訴えるも、相手の志士や陰陽師達は攻撃の手を緩めようとはしない。
「どうあっても我らの邪魔をすると言うのか‥‥。ならば、たとえ力づくでも‥‥我らは我らの正義を貫く!!」
「やってみるがいい。だが、断じてお前達の好きにはさせぬ!!」
 二つの勢力は互いに一歩も引かず、それぞれの正義の名の下に戦いを続けた。

 ――神聖暦1000年6月某日。キャメロット冒険者ギルド。
 一人の少女がギルドを訪れていた。何やらオドオドした様子で、周囲の冒険者達の様子を窺いながら、おそるおそる受付へと近づいていく。肩の辺りで揃えられた綺麗な黒髪が特徴の、可愛らしい少女だ。
「あの‥‥私、天宮小雪と申します。‥‥冒険者への依頼というのは、こちらにお願いすればよろしいのでしょうか‥‥?」
「ええ、そうですよ。どんなご依頼でしょうか?」
 落ち着いた笑顔で応対してくれた係員の女性の態度に安心したのか、少女の表情が少し明るくなったような気がした。
「あの‥‥ですね‥‥えっと、お耳を貸して頂いても‥‥よろしいですか?」
「はい‥‥?」
 そうして、何やら少女がゴニョゴニョと係員に耳打ちをすると‥‥。
「‥‥え? ‥‥えええーーーー!!?」
 先程まで冷静だった女性が、急に取り乱し始めた。周囲にいた冒険者の何人かが、一斉に彼女の方を振り向く。
「こ‥‥声が大きいです‥‥」
「ご、ごめんなさい! す、すこ‥‥少し待ってて下さい!!」
 そう言って奥に引っ込んだ女性係員。
 すぐに、何やら奥の方からも騒がしい声や音が聞こえたが、しばらくすると彼女は戻って来た。
「分かりました。今回の件、お引き受けします」

 その後、依頼書が作成された。
 張り出されたばかりの依頼書を、一人の冒険者が読み上げる。
「ええと‥‥、ならず者の集団に奪われた精霊碑文学の石版の奪還依頼‥‥か。割と単純な依頼に見えるが‥‥」
 今しがた係員が大慌てで動き回っていたにしては、特におかしな記述はない。
 だが、冒険者達は気づいていただろうか?
 これが、遠き異国の未来を左右する戦いの一幕だという事に‥‥。

●今回の参加者

 ea1169 朝霧 桔梗(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4267 ショコラ・フォンス(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7059 ハーヴェイ・シェーンダーク(21歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea8807 イドラ・エス・ツェペリ(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0911 クラウス・ウィンコール(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb2435 ヴァレリア・ロスフィールド(31歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb2526 シェゾ・カーディフ(31歳・♂・バード・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

クラリッサ・シュフィール(ea1180)/ 夜枝月 藍那(ea6237)/ ベナウィ・クラートゥ(eb2238

●リプレイ本文

 魔法。
 神や精霊の‥‥あるいは生命の内に秘めし力を行使する奇跡の法。
 雨を降らせ、風を生み、大地を割り、敵を焼き払い、死者を浄化し‥‥。
 そう。それは幾多の奇跡を持って、人々に多大な恩恵を生む力。
 だが、大きな力は時に、争いすら人々にもたらす。

「精霊碑文学の石版か‥‥俺には縁の遠そうな物だが、大事なものには違いないんだろ? なら、何とかしてやらないとな」
「そうだよね。無事に取り戻してあげないとね〜」
 クラウス・ウィンコール(eb0911)とガブリエル・シヴァレイド(eb0379)の二人が頷きあう。クラウスは女性に親切で、ガブリエルは困っている者を見過ごせない人間だった。
「あ‥‥ありがとうございます。よろしく‥‥お願いします‥‥」
 本来の性格なのか、それともまだイギリスの言葉にあまり慣れていないのか、ゆっくりとした口調で礼を言い、依頼人の天宮小雪は二人にペコリと頭を下げた。
「こんな異国の少女が、石版を取り戻したい‥‥か」
「何か裏がありそうですね」
 シェゾ・カーディフ(eb2526)と朝霧桔梗(ea1169)は依頼人に聞こえぬよう注意を払いながら、そんな言葉を交わしていた。
 ギルドと言えば、厄介事の溜まり場と言っても過言ではない。普段からそこに出入りする者であれば、大抵の事には驚かないだろう。それを、受付係が声を上げて慌てふためいたのは、依頼人の小雪から余程の面倒な事情を聞かされたに違いないのだ。その依頼内容がただの盗難品の奪還では、素直に納得する方が難しいのは道理である。
「とは言え、現状では下手に事を荒立てるのも‥‥」
「まあ、素直に話してくれるって感じでもないですしね」
 ヴァレリア・ロスフィールド(eb2435)とショコラ・フォンス(ea4267)は、疑問こそ残っていたものの、すぐには依頼の疑問点には触れようとしなかった。まず仕事を優先して‥‥という考えのようだ。
 もっとも、そう思う者達もいれば、やはり気になって仕方ない者もいる。
「何か書き漏らしてない? 俺も、引き受けるからには万全を期したいんだよね。全部話してくれないかな?」
 遠慮する事なく、今回の依頼書を作成した受付嬢にそう質問したのはハーヴェイ・シェーンダーク(ea7059)。
「いえ。依頼書には、『ギルドが今回の依頼のために必要と判断した情報』は全て記してありますよ」
 微妙な言い回しと、ニッコリと営業スマイルでごまかす受付嬢。それは、余計な事を聞くな‥‥という意味の態度であると、一同は何となく理解する。何かを隠している事はほぼ間違いないが、現状では無理に聞き出そうとしても難しいだろう。
 だが、いかなる事情があるにせよ、ギルドが冒険者に犯罪の片棒を担がせるような真似はさせないはずだ。今は、それを信じるしかない。
 最後に、ヴァレリアが依頼人の素性だけは確認しておいて欲しいと受付の者に念を押して、冒険者達はギルドを出発した。

 しばらく歩くと、冒険者達は小雪の案内で、郊外のとある地域までやってきた。キャメロットの中心地に比べれば少し田舎だが、それでも幾つかの家屋が立ち並び、老若男女を問わず、人の行き来する姿が確認できる。
「‥‥あの家‥‥です」
 小雪が指差した先は、それほど大きくはない一軒の古びた家屋だった。見たところ、周囲に見張りがついていたり、小さな庭先に罠らしきものが仕掛けられていたりと、そういった様子は見られない。
「本当に、こんな場所に盗賊達がいるの?」
 ハーヴェイが小雪に聞いた丁度その時。問題の家の正面の扉が開いて、中から日本刀を携えた黒髪のジャパン人らしき男が一人、ゆっくりと出てきた。特に何かするわけでもなく、すぐに通りに出てどこかへ行ってしまったが‥‥。
「石版を盗んだのは‥‥ジャパンから来た‥‥悪い人達‥‥なんです。さっきの人も‥‥その一人です‥‥」
 小雪は簡単にそれだけ教えてくれた。
「ジャパニーズハラキリやニンジャが相手なのですね‥‥。大変なのです」
 布でハーフエルフ特有の耳を隠しながら、そんな事を言ったのはイドラ・エス・ツェペリ(ea8807)。
「ジャパニーズ‥‥ハラキリ‥‥?」
 妙な名称に小雪はどうしたものかと困った表情を浮かべたが、対して同じジャパン出身の桔梗は大して気にした様子はなかった。その桔梗は、すぐに別の質問を小雪にした。
「ところで、盗まれたっていう石版の大きさとか形は?」
「あ‥‥はい‥‥」
 小雪は頭に描いた石版の形をなぞるようにして手を動かした。抽象的ではあるが、何となくで全員に伝わる。
「その石版に書かれている内容って、どういったものなの?」
 ここぞとばかりに、桔梗は質問を続ける。
「え‥‥あの‥‥すみません。私も内容までは‥‥。ただ‥‥兄から聞いて‥‥」
 つい、ハッとした表情になる小雪。
「お兄さんがいるの?」
「あ‥‥えと‥‥その‥‥す、すいません」
 ハーヴェイにすぐさま聞かれるが、どうにも答えられない事情でもあるのか、小雪はそれ以上の事に関しては黙ってしまった。
「う〜ん‥‥。まあ、取りあえず色々調べてみようかな〜」
 あまりじっとしているのは性分に合わないのか、とにかく動いてみない事には始まらないと、ガブリエルは皆に呼びかけた。

 調査のため、冒険者はそれぞれに分かれて行動を開始した。
 桔梗、ガブリエル、ヴァレリアの三人は建物の監視についた。シェゾは一人、周辺地域をあちこち見て回るらしい。イドラは自分の種族的な問題を考慮してか、身を隠して一人でおとなしくしているとの事だった。
(「う〜ん‥‥あまりよく見えないな‥‥」)
 『ミミクリー』の魔法を用いて、ショコラはその姿を鳥に変え、建物の周囲を飛び回っていた。近くに小雪が身を隠しているので、彼女へ注意を払う事も怠らない。
 一方で、ハーヴェイは適当に理由をつけて隣家を訪れ、さりげなく話を聞いていた。
「すぐそこの家ですけど、ジャパンの人達が住んでいるみたいですね」
「ああ、あそこの家ね。ええ、一ヶ月くらい前から引っ越してきたのよ。見た目はちょっと恐い人が多いけど、でも、悪い人達じゃないわ。几帳面なとても親切な人達よ」
 念のために、その後もハーヴェイは近隣住民の何人かに話を聞いてみたが、返ってきた答えはほぼ同様だった。
 周辺住民への聞き込みを重視したハーヴェイとは別に、直接問題の家を訪れた者もいる。クラウスだ。
 扉を叩いてみると、出てきたのは中年の浪人らしき男だった。
 クラウスはジャパンの剣術に興味があり、できるなら話を聞かせて欲しいと頼み込んでみた。
「ふむ‥‥。すまないが、こちらも忙しくてな。悪いが他をあたってくれ」
 残念ながら、あえなく失敗。加えて、応対に出た相手の態度に、特に不審な点は見当たらない。おまけに、噂に聞くギルドとやらに行けば、ジャパン出身の冒険者も何人かいるはずだから、そこで話を聞いてみてはどうかと親切に教えられてしまった。

 一日目の調査が終了して、冒険者達の胸中には更に今回の依頼への疑問が増える事となった。
「何だか、ますます訳が分からないのです‥‥」
 戻ってきた仲間達から話を聞き、イドラは頭を抱えた。
「天宮さん、私達の仕事は、盗まれた物を取り返すだけですよね‥‥?」
 心配になって、ショコラが訪ねてはみたが、
「はい‥‥。そう‥‥ですけど‥‥」
 依頼人の小雪は小雪で、とても嘘を言っている感じではなかった。
「まあ、引き受けた以上、依頼は遂行するが‥‥」
 シェゾは、余り気の進まない様子でそう言った。他の者達も同じような心境らしい。
 だが石版の奪還について、冒険者達は既にある程度の見通しは立っていた。石版の在り処がはっきりしていないのは不安材料だったが、問題の家屋はそう大きくはない。中に入って探そうと思えば、見つけるのは難しくはないだろう。

 翌日の深夜、冒険者達は問題の家屋への潜入を試みた。
「誰だ!!」
「はいやー!?」
 だが、相手の技量が相当上だったのか、最初にイドラが扉に手をかけてすぐ、こちらの動きに気づかれてしまう。
「‥‥予想外の展開ね」
「けれど、今を逃しては、もう機会はありません」
 淡々と冷静に言う桔梗の背後で、ヴァレリアは『コアギュレイト』の魔法を使い、出てきた男の動きを封じた。
「えい〜!」
「うわっ!! 何だ!?」
 中に入ってすぐ、ガブリエルは『ミストフィールド』の魔法を発動させた。
 これにより、暗闇と濃霧の両方によって全員の視界が塞がれ、もはや敵も味方も分からぬ完全な混戦状態となる。
「くそっ、どこだよ!」
 クラウスは姿もはっきり見えない敵とつかみ合いになりながらも、暗闇の中で必死に石版を探した。
 そんな中、動きがあったのは中ではなく外。
「あれは‥‥!?」
 待機していたハーヴェイの視線の先、一人の男が何か重そうな荷物を手に家から飛び出してきたのだ。
 直感的に中身を察して、彼はすぐさま男の足下に矢を放った。
「くっ!?」
 驚いた男はバランスを崩し、その場で転倒する。
「これは、もらっていくぞ」
「何!?」
 転倒した男の手から、何者かが素早く石版を奪って逃げ出す。
 それは、ハーヴェイと同じく外で待機していたシェゾ。
 本来は魔法による追跡の妨害をするつもりだったのだが、予想外の活躍をする事になった。
 この後、潜入した他の冒険者達も混乱の中で何とか逃げだし、一同は無事に合流を果たした。
 
 依頼を成功させてギルドに戻った後も、冒険者達の気分はあまり良くはなかった。
「天宮さん。何か、深い事情がおありなのは分かりますが、もう話してはもらえませんか?」
 ショコラはこの依頼の間、ずっと小雪の様子を気にかけていた。だが、彼女に怪しいところは何もなかった。彼女が幾つもの秘密を抱えている事を分かっていても、彼女が悪い人間ではない事は分かる。だが、『賊』だと教えられたあの男達もまた、とても悪人には思えなかった。どんな事情があるというのか。
「‥‥ごめんなさい‥‥」
 少女はただ一言だけ謝ると、ギルドを去っていった。