【翼】太陽の翼と大地の竜
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■シリーズシナリオ
担当:BW
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:15 G 20 C
参加人数:10人
サポート参加人数:6人
冒険期間:03月11日〜03月20日
リプレイ公開日:2007年03月22日
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●オープニング
旅人の視線の先。二体の巨大な魔物が戦っていた。
魔物の片方は、深緑と茶褐色の斑模様の鱗を持った竜。その咆哮は天を震わせ、その羽ばたきは旋風となって大地を揺らした。
対峙していたのは、美しい金色の翼を持った巨大な鳥だ。
その姿はこの世のものとは思えぬほど気高く、その羽の輝きは地に降りた太陽と言うほどに眩い。
旅人は、自分が夢の中にいるのではないかと思った。
だが、そうではなかった。これは、紛うことなき現実。
彼は自分がいかに危険な場所にいるかを悟り、ただひたすらに、その場から逃げ出した。
キエフ冒険者ギルド。
ここには様々な問題を抱えた人々が、冒険者達の力を借りるべく集まってくる。
「‥‥という話なのだが、どう思う?」
依頼人が旅人から聞いたという、巨大な竜と金色の鳥の話。それについて意見を求められ、ギルドの係員は少し考えた後、こう応えた。
「簡単には信じられない話だと思います。旅の吟遊詩人が路銀を稼ぐために考えた作り話だというなら、素直に納得しますが」
ギルド員はその依頼人へ慎重かつ冷静に意見を返した。話の内容から推察するに、巨大な竜は大地の竜クエイクドラゴン、金色の鳥は陽の精霊ホルスだろう。どちらも世界的に極めて個体数の少ない、滅多に人の目に触れることのない存在である。それを同時に目撃するなど、そうそうあることではない。
「そうだな。俺も最初はそう思った。だが、これが本当の話だとしたら?」
まさか‥‥と、ギルド員は思ったが、依頼人の真剣な表情を前に、それを口には出さず、黙って彼の話の続きを聞くことにした。それというのもこの依頼人、ガルディア・ローレンが他人の嘘に踊らされるような人物ではないことを知っていたからだ。
ローレン商会。開拓のすすむロシア国内において、急速に力を付け始めた商会であり、今回の依頼人、ガルディアはその商会の代表である。彼は、特に対人交渉の面で非常に秀でた能力を持つ商人であると言われている。観察力、洞察力に優れ、ものごとの真偽を的確に見抜くという。
「さて、本題に入ろうか‥‥」
新たな依頼がギルドに張り出された。同時に、ギルド員が冒険者達に声をかける。
「目的地はキエフより北東の地域にある山岳地帯。目的は、陽の精霊ホルスの存在の確認です」
それを聞いて、冒険者達の間から、ざわざわと声が上がる。
「存在の確認‥‥って、どういうことだ?」
「ただ姿を見て帰って来れば報酬が出るってことか。簡単じゃないか」
「いや、それにしては報酬の額が高すぎる。きっと何か裏があるぞ」
「それにだ、ホルスがいると分かったとして、依頼人はそれからどうするつもりだ?」
次々と湧いてくる疑問。それに、ギルド員はこう応えた。
「依頼主の意向で、ホルスの存在を確認した後のことについては、まだお答えすることができません。ただ、報酬が高額である理由についてはお答えできます」
真剣な表情で、ギルド員はこう続けた。
「問題の山岳地帯では、ホルスの他にクエイクドラゴンがいるとの情報があります。地理的な状況から、このクエイクドラゴンは先日、近隣の村から討伐の依頼を受けた冒険者達と交戦したドラゴンではないかと思われ、その時の戦闘で冒険者に傷を受けたことから、人間に対して非常に強い敵対心を持っているものと思われます。そのため、場合によってはホルス捜索の際に、このドラゴンに襲われる危険性があります」
強大な力を持つ精霊と竜。
不明なままの依頼人の目的。
この依頼、果たして冒険者達はどう挑むのだろうか‥‥。
●リプレイ本文
冷たい雪の大地で精霊は最期の時を迎えようとしていた。
止めなければ‥‥。
でなければまた、多くの命が奪われる‥‥。
自分の大切な人も‥‥危険にさらされる‥‥。
守らなければ‥‥。
薄れゆく意識の中、その想いもまた、深い闇に沈もうとしていた。
‥‥けれど、光はまだ‥‥。
「見つけました。まだ、はっきりとは分かりませんが、大きさから考えれば、おそらくクエイクドラゴンと思われます」
穏やかな微笑みを浮かべ、シェリル・オレアリス(eb4803)は仲間達にそう伝えた。
スクロールの魔法によって得た望遠視力と赤外線視覚による索敵能力。さらにはレインコントロールで視界を遮ると思われていた雪も止んでいれば、その巨大な竜の姿を見つけるのには、さして苦労はしなかった。
「ダージボグの‥‥ホルスの姿は確認できませんか?」
落ち着かない様子でシェリルにそう訊ねたのは、オリガ・アルトゥール(eb5706)。彼女は先日、問題のクエイクドラゴンと戦った冒険者の一人であり、今回の依頼で確認しなければならい対象であるホルスが、その時の戦いで生き別れとなった自分のホルスではないかと、そう考えていた。
「‥‥いえ、残念ながら‥‥」
「そう‥‥ですか‥‥」
落胆の表情を隠せないオリガ。いつもは笑顔を絶やさぬよう心がけている彼女だが、今回の依頼ばかりは、いつもと同じというわけにはいかないらしい。
「まだ、やられたと決まったわけじゃないよ。どこかに身を隠しているだけかもしれない」
「そうだな。どっちにしろ、ホルスを探すのが今回の依頼だ。見つからないなら、見つかるまで探すだけだ」
オリガを励ましたのは、彼女と同じく先の戦いに参加していたブレイン・レオフォード(ea9508)とシンザン・タカマガハラ(eb2546)の二人。先の戦いで瀕死の重傷を負いながらも共に生き延び、同じ苦しみを味わった者同士。ホルスの無事を願う心も同じだ。
「それにしても、ホルスがいることを確認できたら、後はただ帰ってくれば良いなんて、おかしな依頼だよね」
「‥‥確かに。依頼人の方が学者であれば納得もいきますが、商人が何の思惑もなく大金を出すとは思えません。ホルスを捕らえて売るつもりか、でなければ存在そのものを利用して、何かを企んでいるか‥‥」
ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が抱えていた疑問を口にすると、同じ疑問を抱えていたマリー・アマリリス(ea4526)も自分の考えを述べた。十分にあり得る話だ。一部の冒険者が飼っている魔獣や精霊に類するペットは、エチゴヤに見せれば高額で買い取りの値段を提示されることもある。またロシアには、オーストラリアから恐竜の卵が密輸されているとの噂もある。
「依頼そのものはともかく、クエイクドラゴンか‥‥倒すとしたら相当手強いのだろうな」
「まあ、オリガ達の話を聞く限りでも、かなりの化け物だってのは良く分かった。余り戦いたい相手じゃないな」
「しかし無視できる相手でもござらんよ。放っておけば、またどこかの村が被害に遭わないとも限らないでござる」
イワノフ・クリームリン(ea5753)とマナウス・ドラッケン(ea0021)、そしてアンリ・フィルス(eb4667)。いずれもドラゴンとの戦闘を警戒してか、かなりの重装備に身を包んでいる。確かに、クエイクドラゴンに並みの武器や鎧は意味を成さないだろう。ただ、雪が止んだとはいえ、これまでに降り積もった雪はかなりの量だ。動きが制限される状況下でのこの選択は、果たして吉と出るか否か。
「あの‥‥ドラゴンだけど、食料を探しているんだったら、そもそも食料を探す理由があるはずだし、何か原因があるのかも‥‥。もしそうだったら、話し合いで何とか出来ないかな‥‥?」
皆の視線が一斉に、言葉の主に集まった。
竜との戦いは避けられない。そう考えている者が多い中、あえて説得をしたいと言い出したのは、マリス・メア・シュタイン(eb0888)。
「正気か? 村一つ滅ぼした相手だぞ。まともに話し合いが出来ると思うのか?」
交戦経験のあるシンザンが考え直すように薦める。
「分かってるつもりだよ。でも、そんなに攻撃的になるってこと自体、何か理由があるのかもしれないでしょ?」
マリスの決意は固いようだった。そして、これに関しては他の仲間達も判断が難しいところだった。戦いを望む者もいれば、戦いを避けたいと望む者もやはりいて、そして結局、説得も試してみようという結論に至る。
小まめに休憩を挟みながら、ゆっくりと、冒険者達は雪山を登っていった。マナウスの提言もあり、なるべく木々の多い道を進んだ。野営の際、煮炊きの煙でドラゴンにこちらの居場所を気付かれないための選択だったが、木々が多いということは、そこは雪崩が起きる危険の少ない地帯ということでもあり、そういう意味でも良い選択であったと言えるかもしれない。
そして、障害物の多い山の中では、できるだけクエイクドラゴンに気付かれぬよう近づくことも、思ったほど難しいことではなかった。これに関しては先の捜索時同様、シェリルの活躍によるところが大きい。マリスはテレパシーの魔法の有効範囲ぎりぎりまで近づき、物陰に隠れたままスクロールを開いた。
『どうして、人間を襲ったりしたの?』
『‥‥誰だ? 私に呼びかけるのは‥‥?』
通じた。ここからだ。
『今までは、人が暮らす場所に行ったりはしなかったんでしょう? どうして急に‥‥』
『おかしなことを言う。私が人の領域に入ったのではなく、人が私の領域に入ったのではないか』
言われて、マリスは大きな勘違いをしていたことに気付く。国王の政策でロシアの開拓が進められるようになったのは、つい最近のことだ。そして、急な開拓によって多くの魔物や動物達が棲む場所を失っており、冒険者達がその討伐の仕事を請け負うことも少なくはない。クエイクドラゴンの話が本当であれば、先の悲劇の起きた原因は、人の側にもあると言える。
『どうすれば、人を襲うのをやめてくれる?』
『‥‥貴様まさか、私の邪魔をする、あの鳥の仲間か?』
ドラゴンの言う『あの鳥』というのは、ホルスのことだろうか。マリスは詳しく訊こうかと思ったが、その前にドラゴンは言葉を続けた。
『‥‥まあ良い。もし、貴様が私の飢えを満たせるだけの獲物を用意できるなら、その願いも聞いてやらんではない。そうすれば、私も人間の棲む場所になど用はない』
『それは‥‥』
少なくとも今のマリスには、その余裕はない。国にかけあったところで、魔物の要求に屈するはずがないだろう。こうなると交渉の余地は無い。
『‥‥無理か。では仕方がない‥‥貴様を喰って、少しは腹の足しにさせてもらおうとしよう』
「え‥‥っ?」
いつから気付かれていたのだろう。クエイクドラゴンはマリスの方へ顔を向け、真っ直ぐに向かってくる。
「マリス、逃げて下さい!!」
――ビュウウゥッ!!
突如、クエイクドラゴンを強烈な吹雪が襲った。オリガのアイスブリザードだ。マリスに気をとられていたクエイクドラゴンは、達人級の威力のそれをまともに受けたが、やはり思う通りにはいかないようで、カスリ傷程度しか負わせられなかった。
「やはり、やるしかないようだな」
「マリス殿、下がるでござるよ!」
「う‥‥うん」
イワノフとアンリが声をかけ、前に出て行く彼らと入れ替わるように、マリスは後退する。
しかしイワノフとアンリより速く、前に飛び出した二人がいた。
――ザシュ!! ドゴオッ!!
『グオオオオォッ!?』
「こいつは効くだろ? 手前の為にワザワザ借りてきてやったぜ。竜殺しの魔剣をなあ!!!」
「あいつらの仇‥‥とらせてもらうよ!!」
シンザンとブレイン。二人の手にあるのは『ネイリング』と『アスカロン』。共に、ドラゴンスレイヤーと呼ばれる魔剣だ。それを、シンザンはスマッシュEX、ブレインはさらに助走をつけた突撃での一撃である。
『おのれぇ!! 何故だ、あれほどまで吹いていた風が、何故止んでいる!?』
ドラゴンは翼を羽ばたかせてみるが、空を飛ぶことも、暴風で冒険者達を吹き飛ばすこともできない。
「不思議なことではありませんよ。ただ、風の精霊をこちらの味方につけただけのこと」
シェリルのウインドレス。効果範囲内を無風状態とするこの魔法は、空を飛ぶ魔物の自由を奪う。
「‥‥駄目‥‥か」
側面から竜に近づいていたジェシュファが、スクロ−ルで唱えていたのはサイレンスの魔法。しかし、二度試して不発に終わった。三度目を試す前に竜がこちらを振り向いたために距離を取って逃げた。この竜の抵抗力の高さは、彼のような魔法使いには辛い。
ただ、彼が竜の気を引いたことで、ある男に、最高の攻撃の瞬間が訪れる。
――シュッ!!
『ガアアアッツ!?』
突如、一閃の矢が竜の眼を射抜いた。
「まあ、これで少しは戦いやすくなるかね?」
マナウスの鉄弓から放たれた、急所狙いの矢だ。これはさすがの竜にも効いている。
『人間どもがぁ! 調子に乗るな!!』
「来るぞ!」
「構えろ!」
――ブゥオオオオオッツ!!!!
クエイクドラゴンの強力な酸の息が、前に出ていたシンザンとブレイン、そして、やや後方でオリガ達の盾代わりとなっていたアンリを襲う。
「‥‥生きてる‥‥か?」
「何とか‥‥かな」
盾で防いでなお、シンザンとブレインは重傷を負ってしまう。驚くべきことに、強力な魔法の武具に身を固めたアンリは無傷。
「ドラゴンの攻撃、恐るに足らんでござる」
そのままじわじわと、偃月刀を構えたアンリは前に出ていく。
「二人とも、一度下がれ!」
マナウスの言葉に、シンザンとブレインは後退。待機していたマリーがすかさず魔法で治療に入る。
「大丈夫、すぐに治します」
「すまない、助かる」
――バシャ!!
その彼らの横を、凄まじい速さで打ち出された水の塊が飛んでいく。
オリガとジェシュファのウォーターボム。
勢いのあるその水弾は、クエイクドラゴンを怯ませ後退させた‥‥が、それが狙いというわけではない。
「くっ、少し無理がありましたか‥‥」
竜の足下の雪を、ぬかるみに変えるのが二人の狙い。だが、竜の巨体に対してウォーターボムで作れるぬかるみは小さすぎた。何発か打ち込めば思うような効果はありそうだが、魔力の消費が激しく効率の良い策では無い。
しかし、全体的に見て今回は冒険者が優勢。このままいければ‥‥皆がそう思った時だった。それが姿を現したのは。
「‥‥あれは‥‥!」
マナウスの優れた目が、上空から驚異的な速さで急接近してくる、あるものを捉えた。
金色に輝く翼を持つ、巨大な鳥‥‥そう、陽の精霊ホルス。
「まさか‥‥!?」
「本当にいたのか!!」
クエイクドラゴンさえも含めて、その場にいた全員が戦いの手を止めた。目の前の、その神々しい輝きを放つ精霊は‥‥。
「ダージボグ‥‥じゃ‥‥無い‥‥」
呟いたのは、オリガ。
何故、彼女がそう思ったか。答えは簡単だ。ウインドレスの範囲に入らないギリギリの距離の上空。見えるホルスの大きさは、彼女が知るダージボグの‥‥スモールホルスと呼ばれるそれの数倍。クエイクドラゴンでさえ小さく思えるほどの巨大な霊鳥。
『竜よ、戦いを止めよ。そして、冒険者と呼ばれる者達よ‥‥、急ぎ来た道を戻るのだ』
頭に直接響くかのように聞こえてくる声。
「な‥‥っ!?」
「どういうことだ!? お前は一体‥‥」
オリガ同様、ブレインやシンザンも驚きを隠せなかったが、ホルスは静かにこう言った。
『いずれ再び話す機会も来よう。今は、汝ら自身のために、我の言葉に従え』
皆の注意がホルスに集まる中、マリスはクエイクドラゴンの声も聞いていた。
『おのれっ‥‥』
竜は身を翻し、冒険者達に背を向けた。
「むっ‥‥、逃げるでござるか!」
もっとも近い距離にいたアンリが追おうとしたが、クエイクドラゴンは想像以上の速さで雪の大地を進んでいき、全く追いつけない。
「くっ‥‥」
マナウスも弓で狙おうとしたが‥‥。
『もう一度だけ言う。急ぎ来た道を戻れ。それが汝らのためだ』
響くホルスの言葉に、手が止まる。
「どうするオリガ?」
何がどうなっているのか分からず、イワノフは傍にいたオリガに訊ねた。
「‥‥戻りましょう」
訊きたいことは山ほどあった。だが、それはあくまで自分の都合だ。クエイクドラゴンは去り、ホルスの姿も確かめた。既に依頼の目的は十分に果たしている。それに、このホルスからは敵意は感じなかった。信じて良いと、そう思った。
帰り道、冒険者達はホルスの言葉が何を意味していたのかを知ることになった。
「酷いよ‥‥誰がこんな‥‥」
山の中に連れていくのは危険と、ジェシュファが麓に置いて来た恐竜のヴァズモージュナスチに、数本の矢が刺さっていた。
「きゅい‥‥」
弱々しく鳴き声を上げるヴァズモージュナスチに、マリーは急ぎ魔法で治療を施す。
「一体何が‥‥」
現場から少し離れたところに、何者かの足跡と‥‥血の跡。
はっと気付いて、イワノフはジェシュファが恐竜の護衛につけていたというゴーレムを確認した。その拳に、べっとりと赤い血の跡がついていた。
「‥‥嫌な予感がします。急いで、ここを離れましょう」
何があったかを確かめたくはあった。が、残っている依頼期間を考えれば、寄り道をしている時間は余りない。マリーは無理をするのは避けるべきだと提案し、他の冒険者達もそれに納得した。
こうして冒険者達は、ひとまずキエフへと戻ることにしたのであった。