●リプレイ本文
怨嗟の声が闇の森に轟く。
血を、肉を、生を求め、死の影を背負いし鬼が歩く。
その果てに‥‥。
森の中、死霊と化した狼と対峙する男の姿。深紅の外套を風に揺らし、勇壮な獅子の兜に、その目を飾るマスカレード。
「私、参上!」
仮面レッダーことレドゥーク・ライヴェン(eb5617)が、そこにいた。
「あなた、お気をつけて‥‥」
見守るのは、天使の弓を携えた聖なる母の僕、美女仮面クラースヌゥィことカーシャ・ライヴェン(eb5662)。
先に動いたのは狼の死霊。負の感情に満ちた悪しき魂が、レドゥークへと襲い掛かる。
「ふっ、先のような失敗はしません。そんな攻撃など‥‥!」
相手が接近するのに合わせ、仮面レッダーはその攻撃を軽やかに‥‥。
「ぐはっ!?」
「あなたーっ!?」
軽やかに‥‥かわせなかった。
「何だ、この状況は‥‥? というか、何がしたいんだ、あの二人は?」
「って、言われてもね‥‥。まあ、少しだけ放っておいてあげようよ」
理解に苦しんでいる様子のゼロス・フェンウィック(ec2843)に、チルレル・セゼル(ea9563)は苦笑を浮かべた顔で言葉を返す。
「何ということを‥‥。闇に染まりし魂、たとえ冬の精霊様が許しても、この美女仮面が許しません!」
夫の側に寄り添い、治癒の魔法をかけるクラースヌゥィ。
「くっ、迂闊でした。やはり、私の力ではまだ‥‥」
仮面レッダー。どうやら回避行動は不得意のようである。
「しかし、勝つのは私達です。見せてあげましょう、これが私の必殺技、パート2!」
――ザン!
死者を葬る剣に生者の気を宿し、その一撃にて仮面レッダーは襲い来る穢れし魂を切り裂き、無へと帰す。
「やりましたね、仮面レッダー」
「あなたの応援のおかげです。クラースヌゥィ」
互いの手を取り、静かに見つめ合う瞳と瞳。
「‥‥さて、大物はこちらの奥の方へ進んだみたいですね。狼のアンデットが今の一匹のはずは無いでしょうし、気をつけて進みましょう、皆さん」
まるで何事もなかったかのように、周囲の草木の踏まれ方を確かめ、進む道を選んだのはアカベラス・シャルト(ea6572)。魔法だけでなく、知恵に優れたる者をウィザードと呼ぶのだ、とは彼女自身の言葉。
「‥‥だな。余計な敵が増える前に、さっさと進むか」
足元に柴犬を供として歩くエムシ(eb5180)も、サクサクと歩を進めていく。それに続く仲間達。表情を見ると反応は様々である。
今回もフェノセリア・ローアリノス(eb3338)のペガサスに荷運びのペット達やキャンプ地の護衛を任せ、冒険者達は森に入った。そこから、最初に遭遇した狼の霊が、先のものだ。前回ほど次々に押し寄せてこないのは、やはり以前ほど敵の数がいないせいだろう。
敵が一匹と見て、やっておきたいことがあると前に出たのがレドゥーク達だった。
「いやいや、まさか、こんなところで夫婦漫才が見られるとは思わなかったな」
狭霧蓮(eb1419)は笑っていた。少しのことには動じない、快活な男のようだ。
英雄や豪傑と呼ばれる者もいれば、一方で奇人や変人と呼ばれる者も少なくないのが冒険者である。名声も実力も一級の冒険者が、その一方で妖しげな通り名の一つや二つ持っていることも珍しくはない。案外、レドゥーク達には大物になる素質があるのかもしれない。
しばらく進めば、やはり新たなアンデットと遭遇する。今度は、ズゥンビと化した狼が二匹。
「生命の歪みは正さねばなりませんね。強制的にでも」
翳した手からアカベラスが激しい吹雪を放てば、生ける屍達は途端に足を鈍らせる。
「それじゃ、やるとしますか」
「潰す‥‥それだけだ」
蓮の手には、レドゥークから貸受けた魔剣カターナ。エムシの手には、片刃反身の刃と、ゼロスから預けられた細長い針のような短刀。
それぞれに狙いを定め、森を駆ける。
掠めるように流れる刃の一閃と、急所を貫く二連の斬撃が死狼達を切り払う。
しかし、それでもまだ敵は牙を剥く。
「ならば‥‥」
「これで!」
ゼロスが風の刃を放ち、カーシャはその手にした魔法弓より矢を撃つ。
確実に効いている様子はあるが、それでもまだ狼達は冒険者達を狙う。死せるものの執念、怨恨とは、かくも恐ろしきものか。
「随分と頑張るのね。でも、そろそろ眠って欲しいのよ」
チルレルの身体が淡く光る。しかし、周囲に変化は見えない。魔法の発動に失敗したのか‥‥。
――ボウッ!!
狼達が歩を進めた時、突如、燃え上がる炎。
これこそが、チルレルの仕掛けた炎の罠。紅蓮の炎が、冥府への手向けであるかのように死狼の身を覆う。その炎の後には、変わり果て動きを止めた、狼のなれの果ての姿だけが残っていた。
「どうか安らかに‥‥」
二度と迷い子とならぬようにと、祈りを込めて十字を切るフェノセリア。
「‥‥来る」
エムシの足元、愛犬のアキが低く唸る。エムシ自身、耳に届く足音から、何かがこちらに近づいてきているのが分かった。
「大物が出てきたな‥‥」
呟いたのは蓮。
腐り果てた肉体。醜く歪んだ顔。変わり果ててしまった人喰鬼の姿がそこにあった。
「なるほどねぇ。狼達のズゥンビを見て、身体のあちこちがエラく損傷していると思ったら‥‥。あんなもので殴り殺されれば、当然ってわけだ」
見つめるチルレルの視線の先。屍鬼の手には、その豪腕に似合いの長い鉄の棒がある。
「近づいてきたのは奴だけではないな。新たな狼の屍達も、何匹か‥‥」
「結界を張ります。オーグラ相手では力不足でしょうが、ウルフ達の牙では容易には破られないはず」
ゼロスの言葉を受けて、フェノセリアが慈悲の神へと助力を願う。
生まれるのは、目には見えざるも確かにそこに存在する、強固な結界。
「ドラン、後ろは頼みましたよ!」
まだ幼いながらも他の魔物と戦う力を持つ金色の竜にレドゥークが命を与えると、美しい翼は死狼の一匹へと勇んで飛んだ。
レドゥークは正面の死鬼へ対峙する。
――ゴッ!!!
「くっ!?」
振り下ろされた鉄の棒を、かろうじて篭手で受ける。速い。そして、重い。
アンデットと化し、生前より攻撃の腕は大きく鈍っているはずだが、それでも人喰鬼の技量はレドゥークに劣るものではないようだ。そして、今の一撃。その手に十の指輪を宿し、強固な魔力に守られた自分の身でも、まともに受ければ無事では済まないだろう。
「受けてみなさいっ!」
カーシャの祈りによって聖なる力が集められ、邪悪となった死鬼の身を襲う。
間違いなく、抵抗されることなく直撃したはず。だが、死鬼には全く通じた様子がない。
「そんな‥‥」
「並の攻撃では歯が立たないようですね」
「なら、今のうちに周囲の狼達を」
アカベラスは凍える吹雪の、ゼロスは風の刃の、チルレルは炎の魔法を唱え始める。
距離を詰めようと、狼達は冒険者達に接近を試みるが、それを防ぐのはフェノセリアの結界。狼達の攻撃の一切を弾いてみせる。
「主よ。迷い出し魂に、導きと安息を‥‥」
聖職者の呟いた言葉の、少し後。冒険者達の放つ魔法が、狼達を飲み込んだ。
「神よ。どうか、そのご加護を、かの者に‥‥」
カーシャのその身が淡い光を放ち、魔法の発動を知らせる。それは、神の祝福を身に宿す魔法。
「助かる!」
援護を受けて、蓮はレドゥークと共に死せるオーグラへと挑んだ。
「喰らいな!」
技を交えて放つ蓮の一撃。それが死鬼の身を捉えると、感じるのは確かな手応え。だが、浅い。
「おいおい。普通の人間や鬼なら、今ので重傷になっててもおかしくねぇってのに。‥‥軽傷ってとこか。ったく、とんでもねぇ化け者だな」
骨の折れそうな相手だ‥‥と思いながらも、蓮は再び剣を手に向き直る。
「隙ありです!」
蓮の攻撃に合わせ、レドゥークが追撃を放つ。その剣技には、蓮のような技はない。けれど、死者を滅ぼすための魔力が宿っている。
小さな傷も、積み重ねれば確かなものとなっていく。
「どんなに強くても、多数の前には散るのが定めなのでしょうね」
「さて、仕上げだ」
周囲に集まってきていた狼の屍や霊を全て片付け終え、アカベラスやエムシも加勢に入る。フェノセリアが呪縛の魔法を使い、死鬼の動きを止める。
「哀れな鬼‥‥。でも、その苦しみもこれで終わりだね」
チルレルの見守る中。吹雪と、そして冒険者達の剣を受け、その鬼はついに永久の眠りについたのであった。
森の中を歩き、全てが片付いたことをあらためて確かめると、フェノセリアはオーグラや狼達の墓を作り、弔った。
「主よ、迷える魂達に、どうかお導きを‥‥」
その安らぎを祈り終えると、仲間達と共に森を後にする。
この世に生を受ける者がある限り、その果てに必ず死がある。
今回のような悲劇は、けしてこれが初めてではない。そして、終わりでもない。
これからも幾度となく起こるだろう。
けれど、案ずることはない。何度、同じ悲劇が起こされようと、その負の連鎖が大きく広がる前に、それを断ち切る者もまた存在するからだ。
ここに集った、勇気ある冒険者達のように‥‥。