【破壊神の僕】予兆

■シリーズシナリオ


担当:BW

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:16 G 29 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月04日〜03月14日

リプレイ公開日:2008年03月20日

●オープニング

 その声は、何の前触れもなく男の『心』に語りかけてきた。
「誰だ、貴様は‥‥?」
 その声の主に、男は心の中で返した。
「私の魂を‥‥イペスの‥‥そうか、奴から‥‥」
 聞こえてくる声に、男は実に冷静に応えていた。普通の人間であれば、その相手が誰であるかを知っただけで恐怖し、震え上がってもおかしくない程の存在。それを相手に、実に堂々とした物言いだった。
「‥‥強大すぎるが故に‥‥なるほど。この国を覆った、この異常な魔力は‥‥冒険者とホルスが‥‥そのせいで‥‥」
 全ての事情を飲み込むと、男は声の主にこう返した。
「よかろう。貴様が手にした私の魂の一部を証に、ここに契約を結ぼう」
 男の言葉に、声の主は望みを告げた。
『破壊を』
 その言葉に男は‥‥ロシア国内で屈指の大商会であるローレン商会の代表、ガルディア・ローレンは、己が周囲を地獄へと変えた。

 キエフに‥‥いや、ロシア全体に、原因不明の異常が起き始めていた。
「また大きな地震が‥‥」
「東の方の湖に、見たこともないアンデッドが出たって‥‥」
「聞いたか? 西の方、黒の神聖魔法を使うオーガが現れたって話‥‥」
「そんなのなら、まだ良いぜ。北の方じゃ、巨大な精霊に村が襲われて、酷い有様だってよ」
 人々の間を行き交う様々な情報。キエフの街中に、不安と混乱ばかりが広がっていた。

「‥‥頃合ですかね」
 牢に囚われていたその男の名は、ディーク・リエラス。通称、ディー。
 力と引き換えに悪魔に魂を売り、魔物の群れを率いて村々を襲い、冒険者達の手によって捕らえられた魔術師である。罪の重さから死罪は免れず、処刑の日をただ待つばかりの身‥‥そのはずであった。
「来ているんでしょう? お願いしますよ」
 ディーが誰にともなく呟くと、その手を厳重に縛っていた鎖が一瞬にして錆付き、崩れた。
「ご苦労様です」
 そして、ディーはその後、大きな声を上げ看守を呼んだ。その手に、魔法を使うための印を結んで‥‥。
 数刻の後、キエフの街に集団脱走の報が流れた。逃げ出したのは、いずれも死刑を宣告されるほどの、凶悪な犯罪者ばかりである。

 キエフ冒険者ギルド。
 囚人達の脱走の報せは、ここにも届く。
 もちろん、依頼内容はその捕縛。
「場合によっては生死も問わないとのことです。憲兵達も全力で事態の収拾にあたっていますが人手が足りず、元傭兵や魔術師のような、特に力のある犯罪者の捕縛には手を焼いているようで、それらの捕縛に関して、協力の要請がきました」
 捕縛対象は五人。
 一人目はダリムという名の元傭兵。郊外の街道で盗賊行為を行い、何人もの人々の命を奪っている。一撃の破壊力より、技に重きを置いた戦い方をするという。
 二人目はデアキス。月の精霊魔法を使う元バードである。罪状は魔法を悪用し、人心を巧みに操作しての様々な殺人教唆。悲劇こそが至高の物語、というのが本人の言葉である。
 三人目はドーレ。元は騎士の身分にあった貴族の血筋でありながら、家の正統な後継者である実の兄と、その妻子を惨殺した罪により捕らえられた。剣よりもオーラ魔法に秀でているとの情報である。
 四人目はテリティア。暗殺を生業としていた元殺し屋の女で、隠密行動に優れ、背後から敵の急所を突くような戦術を得意としているらしい。
「そして、五人目は‥‥」
 ディーク・リエラス。風の精霊魔法を修めた魔術師であり、相手を強制的に命令に従わせる悪魔法『フォースコマンド』の使い手でもある。

 これが、新たな一連の事件の始まりであった。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8769 ユラ・ティアナ(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0655 ラザフォード・サークレット(27歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb1568 不破 斬(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2363 ラスティ・コンバラリア(31歳・♀・レンジャー・人間・イスパニア王国)
 eb5706 オリガ・アルトゥール(32歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0140 アナスタシヤ・ベレゾフスキー(32歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0199 長渡 昴(32歳・♀・エル・レオン・人間・ジャパン)
 ec0502 クローディア・ラシーロ(26歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文

 長い夜が始まる。
 憲兵達の手にした灯りがキエフの街を照らし、喧騒が広がっていく。
 それはまるで、誰かが投げ入れた小さな石が、水面に波紋を生み出すかのように。

 ――キィンッ!!
 交差する斬撃。刃のぶつかり合う音が、夜の闇に響く。
「はあっ!」
 九紋竜桃化(ea8553)は剣を握る手に力を込め、目の前の相手を押し倒す。
「がはっ!?」
 薄闇の中、浮かび上がるのは紅に染まった瞳。その相手は、彼女にとって味方であるはずの、国の憲兵の一人だった。
 立ち上がり、再び桃化へと剣を向けようとした憲兵。だが、無音の影がその背後へと忍び寄ると、闇の中に風を切る音。
 ――ドサッ。
 その男、以心伝助(ea4744)の一撃によって急所を打たれ、憲兵は気を失い倒れた。
「次から次へと‥‥」
「まさか、ここまでの状況になってるとは思いやせんでしたね」
 逃走した死刑囚の一人、デアキスを追い、街を駆けてきた二人が出会ったのは、正気を失い狂化した幾人ものハーフエルフ達だった。
『ははっ。さすがは世界にその名を轟かせるお二人さんだ。この程度の憲兵達では相手になりませんか』
 闇の中、どこからとも知れず響いてくるテレパシーの声。
「ギルドで話に聞いてはいやしたけど、随分と趣味が悪いっすね」
「姿を見せたらどうです!? この卑怯者!」
 近くのどこかに身を潜めているのだろうデアキスに、二人は苛立ちを覚える。
『生憎と、私は舞台に上がる役者ではなく、それを影で支える演出家の方が性に合っていましてね。それより、どうです? このハーフエルフ達の無様なこと。優良種として、この国では優遇されていますが、私がちょっと歌を聞かせて差し上げたら、揃い揃ってこの通り。こんな醜い化物どもなど、いっそ滅びてしまった方が私達、人間にとっても都合が良いと思いませんか?』
 まるで二人の心を試し、揺さぶるかのように言葉を続けるデアキス。
 だが‥‥。
「言いたいことは、それだけでやんすか?」
「‥‥っ!?」
 狭い路地の物陰。デアキスが身を潜めていたその背後。いつの間に近づかれたのか、伝助の姿があった。
「不思議そうな顔っすね。これでも忍び足と身のこなしには、そこそこ自信がありやしてね。まあ、忍びの術もちょいと使ってるっすけど。それに‥‥」
 どうやって、デアキスの位置を見つけ出したのか、その答え。
「柴丸、助。よく見つけてくれやした」
 笑みを浮かべる伝助の視線の先。闇の中に浮かぶ獣のシルエット。それが、いつの間にか小さな刃をデアキスの身体に突きつけていた。その辺をうろつく野良犬と思ったそれが、主である伝助に勝るとも劣らぬ優れた忍びであったことを、デアキスはこの時に知ったのだった。

「おら、どけどけー!!」
 憲兵達の包囲を前に、その男、ダリムは正面からの突破を試みていた。
 ただし、無策というわけではない。
「た‥‥すけて‥‥」
「どうした!? このガキがどうなっても良いのか、お前ら!!」
 見れば、ダリムはその手にしたナイフを小さな男の子に押し当てて人質としていた。迂闊に手を出せず、憲兵達は対応を決めかねている。
 だが、ここに一人の英雄が現れる。
「そこの貴様。大人しく、その子供を解放しろ」
「あぁ!? 俺様に生意気な口を叩くのはどこの‥‥‥‥え?」
 誰もが寒さに身を震わせるキエフの夜。
 その寒さが、一段と厳しいものになった気がした。
 月明りを背に、威風堂々とダリムの前に立ちはだかった一人の男。それは‥‥。
「ふ‥‥どうした? 私の格好良さに驚いて声も出ないのか?」
 ポカンと口を開けたままのダリムを前に、その男、ラザフォード・サークレット(eb0655)は挑発するかのように言った。
 ‥‥が、ダリムより先に反応を見せたのは、周囲にいた憲兵達だ。
「変態だー!! 変態が出たぞーー!!」
「くそっ、囚人どもだけでも厄介だというのに!」
「今なら見逃してやる! さっさと某国に帰れ、この変態!」
 散々な言われようである。ただ、それも無理はない。
「見事に妖しさ全開じゃなぁ‥‥」
 物陰から様子を見ていたアナスタシヤ・ベレゾフスキー(ec0140)の視線の先。ラザフォードの頭に、長い耳が付いていた。それは、ウサギの耳を模した飾り。俗にウサミミと呼ばれるものである。
 大の男がそんな物を付けて深夜の街中に突然に現れたら、そりゃまあ、多くの者は警戒するだろう。少なくとも、憲兵達から好意を持たれるとは考え難い。
「憲兵達よ、慌てる事は無い。私はギルドの依頼を受けてきた味方だ。知る人ぞ知るうさ耳レンジャー、ゴブリンキラーの称号を持つ男、ビィダブ・リュー惨状! さあ、経験不足で仕方なく使った許可証の為にも、大人しく掴まるのだな、ダリム!」
 参上ではないのか、という質問は野暮だ。実際、現場は惨状であった。主に、周囲から彼に向けられる視線的な意味で。
「‥‥ふざけやがって!」
 明らかに舐められていると感じ、ダリムはラザフォードへと駆けた。
「はははっ! そんな攻撃では当たらんなぁ!」
 持ち前の機敏な体裁きを用いて、ダリムの攻撃をかわすラザフォード。ダリムの剣は中々のものだったが、人質を抱えていることで剣先が鈍っているようだった。
「だああっ! 邪魔だ!」
「うわぁっ!?」
 苛立ちが我慢の限界を超えたのだろう。人質の子供を乱暴に投げ捨てると、ダリムはラザフォードの懐に入り込み、その刃を至近距離で急所に突き刺そうとしてきた。
「かかったな」
 ラザフォードの顔つきが変わる。その手に、魔法を発動するための印を結んで。
 ――ズンッ!!
「なっ!?」
 強力な重力の波に、ダリムの身体が押し出された。
「上手くやってくれやようじゃの。まあ、人質さえ引き剥がせば、後はこちらのものじゃわい」
 人質となっていた子供の身を受け止め、アナスタシヤが手に印を結ぶ。
 紡がれる韻に生まれ出でる氷の棺。それで、勝負はついたのだった。

「さて、どこにいるのか‥‥?」
 エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が供とするボルゾイ達を使役し、探索するのは暗殺者テリティア。
「見つけたか」
 ゼロが合図のように一声吼え、その後に駆け出した。エルンストも走る。
 時間の浪費になるのは分かった上で、わざわざ破られた牢まで出向き、愛犬達に臭いを覚えさせていた。その甲斐があったようだ。
 幾つもの路地を回って、その途中で、ゼロの動きが止まった。
「この辺りか。なら‥‥」
 息を整え、呪文の詠唱に入る。呼吸探査の呪文を発動させ、周囲の生物の息づかいを感じ取る。
 過去を視る魔法により、牢で知ったテリティアの体格を思い出す。金色の髪をした、背の高い細身の女。それに外套する呼吸は‥‥。
 ――ザッ。
「っ!?」
 闇の中の、一瞬の攻防。
 飛び退くのが少しでも遅れていたら、エルンストの命は無かったかもしれない。
 いや、気付くには気付いたが、その咄嗟の反応だけで相手の攻撃をかわしたわけではない。彼に向けて振るわれようとした刃は、その動作の途中で妨害を受けたのだ。
「‥‥まだ仲間がいたのね。私に気取らせずに撃ってくるなんて、ちょっと驚いたわ」
 呟く女こそ、捜していたテリティア本人。その腕に、矢が一本刺さっていた。
 その矢が、窮地のエルンストを救った。
「足音の静かさ、一瞬で相手との間合いを詰める機敏さ。さすがに暗殺が本職だったというだけあるわね。エルンストさんが囮になってくれて良かったわ。私も奇襲を受けたら危ないところだったかも‥‥」
 魔弓を手に、ユラ・ティアナ(ea8769)が闇の中に紛れた敵の姿を目で追う。
 街中ゆえ、障害となる物は多い。だが、ようやく見つけ出した対象だ。そう簡単に見失いはしない。
 それに姿を捉えたことで、エルンストも攻撃魔法を使える。彼のボルゾイ達も加えれば四体一。この数の差は大きかった。

 黒く染まった世界に、淡い光が生まれ、ぶつかり合う。
「くっ、強い‥‥」
 長渡昴(ec0199)がその受けた傷は、身に纏った武具やオーラの加護により軽傷で済んでいたが、そう何度も受けては身がもたない。
「この私を、そこらの軟弱な騎士と一緒にされては困るな。思えば、私の兄も自らを鍛えることを忘れた騎士だった。そんな者より私の方が家の名を継ぐに相応しかった。ただ、それだけのことだったのだがな」
 男の名はドーレ。その両の手には、オーラで生み出された剣と盾。重量を持たぬそれらは、攻撃の手数という大きな武器をドーレに与えており、剣の技量では同程度にあった昴だが、この優位性に押されていた。
 ――バシュ!
「ぬっ!?」
 高速で放たれた水球が、ドーレの身にぶつかり弾けた。
 姿を見せるのは、オリガ・アルトゥール(eb5706)。
「その不満が爆発して、狂化した貴方は実の兄とその家族を殺した。そう話に聞きましたよ。ハーフエルフゆえの不幸でもあったと。同族としては少し情けをかけたくなるところですが、罪は罪。仕事は仕事。残念ながら、見逃すつもりはありません」
「大層な口振りだな。ただの冒険者風情が」
「先の貴方の言葉を返しましょうか? 私達を並の冒険者と同じと思わない方が良いですよ」
 微笑むオリガ。実際、それだけのことを言ってのける経験を彼女はしてきた。ドラゴンや悪魔、グリフォンを駆る傭兵達との戦い。何人もの仲間が死を経験し、時に荷を奪われ、オリガ自身も、その手で育てた大事な翼を失ったこともある。破滅と隣り合わせで、何かを得るために何かを犠牲にしなければならず、迷い躊躇えば、何も得られず全てを失うこともある。
 そんな死線を幾度も戦ったのだ。そこらの冒険者とは、超えてきた地獄の数が違う。
 ――ッ!!
「くっ!?」
 オーラの盾が、放たれた衝撃波を受けた。
「よそ見をしている暇があるのですか? 勝った気になるには、まだ早いですよ」
 エル・レオンの名を持つのは、けして伊達では無いとばかりに、昴は構えを取る。
「面白い女どもだ。なら、その力を見せてもらおうか!!」
「望むところ!」

「アハハハハッ!! さあさあ、もっと踊って下さい、皆さん! 夜の宴はこれからですよ!!」
 闇に、ディークの嘲笑う声が響いていた。
 その視線の先に、冒険者達を捉えて。
「はあっ!!」
 懐に飛び込み急所を狙い打つ。その技で不破斬(eb1568)が眠らせた憲兵は何人目になったろうか。
「この混乱‥‥まるで破滅の魔法陣があった時のよう‥‥」
 戦いの中、ラスティ・コンバラリア(eb2363)は異国の地であった出来事を思い出し、そう呟いた。
 周囲は混乱に包まれていた。灰で生み出した分身を作っても、ディークに操られた憲兵達によってすぐに消されてしまう。戦わなければならない相手は、予想を上回るほどに多かった。
 そして、ディークへ容易に攻撃できないことも問題の一つだった。操った憲兵達を盾にしており、迂闊に接近すれば悪魔法の餌食だ。隙を生み出すために鷹を一羽、仕掛けたが、その息を探知されたのか、奇襲としても十分な役目を果たせぬまま、今は斬の連れてきた鷲と同士討ちをさせられていた。
 なかなか隙を見せない相手に、上手く身動きが取れない。
 だが、この状況を打ち破った者達がいる。
 ――ビュウウ!
 吹き荒ぶ強風に、操られた憲兵達の幾人もが吹き飛ばされた。
「下らん人間が何人死のうが私の知ったことではないが‥‥」
 そう言いながらも、殺さずに済むよう細心の注意を払うデュラン・ハイアット(ea0042)。
「それでも、無駄に命を散らせる必要はありません」
 神の呪縛を用いて、憲兵達の動きを封じていくクローディア・ラシーロ(ec0502)。魔法に高い耐性を持つ二人が、ディークへの道を開いていく。
 下手にフォースコマンドを使っても成功率が低いということを、ディーク自身も分かっているのだろう。雷の攻撃魔法で迎撃に出てきたが、これはデュランが相殺して見せた。
「ちいっ、これほどとは‥‥」
 追い詰められ、焦りの表情を浮かべるディーク。時間はかかったが、冒険者達の勝利は明らかになっていた。
「聞きたい事は山ほどある。が、一つだけ教えろ。イペスの後ろにはまだ大物がいるのか?」
 距離を詰めたデュランは、ディークへと問いを投げた。
「さあて? 彼女が誰の指示で、何を目的に動いていたか。私もその辺りは、まだ詳しく聞いてないんですがね。もっとも、詳しく聞くにも本人がいなくなってしまったようですが」
「いなく‥‥死んだというのですか!?」
 その言葉に、疑問を感じたラスティがさらに問う。今回のディークの行動は、裏でイペスが指示したものだと思っていたからだ。
「詳しいことは、私もここを出てから他の悪魔に聞くつもり‥‥だったんですがね」
「な‥‥!?」
 その目に映った光景に、斬は驚きの声を上げた。ディークの後方。彼に操られているのだと思った憲兵の一人が、その剣でディークの背を貫いていた。
「どう、やら‥‥私も‥‥いらな‥‥く‥‥」
 その命が尽きる最期の瞬間まで、ディークは狂気を含んだ笑みを浮かべていた。

 夜が明ける頃、キエフ中を騒がせた一連の事件は収束を見る。
 冒険者達の働きの結果、ディーク以外の四人の囚人は無事に捕縛され、再び牢へと収監された。今回の一件について、何かディークから指示を受けてのことかとの疑いもかかったが、尋問の結果、どうやら特別な指示などはされておらず、ディークが自身の逃亡率を上げるために、陽動として利用しただけのようだった。
 ただ、キエフ内部では今回の集団脱走騒ぎにより、人々の間に国の治安を疑問視する声が増えた。もしかしたら、人々にこうした国への疑心を植え付けることが悪魔側の目的だったのではないか、とも考えられる。
 なお、ディークの命を絶った憲兵だが、彼もディーク以外の存在から、フォースコマンドの魔法によって操られていたようだ。ただ、その相手は、彼に魔法をかけた後ですぐに姿を消しており、あの現場にはいなかったとのことで、ディーク自身も、やはり捨て駒として悪魔に利用されただけのようだった。

 なお、冒険者達も、この一件の後にそれぞれに独自の調査を行ったとのことだ。その内容については、後にギルドにあらためて知らせが届くだろう。

 そして、もう一つ。
「ありがとう、お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
 礼を言って去っていく子供を、笑顔で見送る二人の冒険者。
「あの子供、友達にわしらのことを話して聞かせるのじゃそうな」
「そうか、それは‥‥しまった‥‥」
「なんじゃ?」
「本当の名を、名乗っていない」
 この後、小さな子供を救った英雄『ウサミミのリュー』の真似をして遊ぶのが、一部の子供達の間で流行ったという。
「おぬし、もう戻れん道に入ったのかもしれんのう」
 当の英雄は、複雑な表情を浮かべていたという。