【破滅の魔法陣】天に星、地に花【前編】

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:11〜17lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 73 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月18日〜12月27日

リプレイ公開日:2005年12月26日

●オープニング

 12月のパリの冒険者ギルド──。
「物騒ですね。自分でアスモデウスの家臣と名乗る輩が出てくるなんて」
「全く武勇譚にもなりはしないわ」
 45歳、その年齢は人間に換算して15歳のエルフの少女、ミュレット・カンはアスモデウスの配下と相対したが、実際の戦闘は冒険者が行っている。
 しかし、遺跡の関係者らしいゴーストと相対した事で、ようやく実戦の痛みを味わったようだ。
「はい。再構成した精鋭の騎士団で撃退はしましたが、アスモデウスの意図は読み切れず──。しかし、その場の魔法陣がまだ残っており、それをどの様に無力化した物か──多分、噂のあれかと思いますし」
 ミュレットを連れて、カンへととんぼ返りする軍師シュー・ドゥモッサーがそう引き取る。
 パリで噂の魔法陣と言えば、シュバルツ城の破滅の魔法陣である。
「魔法陣自体がどこまで無力化出来るか判らないので、この冒険の顛末は、信用の於ける組織──王宮やブランシュ騎士団、ジーザス教会と言った方々以外には非公開で。不確かな噂が流れても困ります」
 要請はミュレットからに切り替わる。
「まず魔法陣の解読支援として古代魔法語に堪能な人材を。あくまで主眼は解析なのだけれど、加えて対悪魔要員の護衛もお願いします。配下を送り込める以上、アスモデウスが来る事も可能なはずだから。なにしろカンの城内にも、なに」
 興奮してきたミュレットを、シューがたしなめる仕草をする。
 恥を忍ぶ、といった風情で我に返った彼女は続ける。
「ええと、予想される対アスモデウス要員は──無茶言っているのは判るけど、魔法陣のスペースが広いので、デビルへの有効な攻撃手段を持つ者で、直接攻撃なら打撃力が高くて、足が速い人をお願いするわ。
 もちろん、カン騎士団員が望ましいし、そうでないなら彼らと同等の実力者で口の堅い者を」
 一応、遺跡内の戦訓を踏まえたのか、ミュレットは言いにくそうな顔で口にした。
「それと騎士団長が古代魔法語に堪能なジプシーのシフールのラモアを伴って現地に向かっていて、もう着いているでしょう。その団長にも魔法の武器を貸して頂きたいの。できれば日本刀系の武器を9キロを超えない範囲内で。得意技がシュライクと、カウンターだから、普通の武器だと実力を活かせないし──貸すだけでいいの、お願いするわ」
「前の冒険の様に無茶をしてスケジュールを詰めてもらえば、それなりに報酬も弾みます。時間との勝負なので」
 シューはこの後聖遺物箱に入れた11年前に戦死した、前のカン伯爵の魂と肉体の結合の方策を求めて、カン城近くの別荘、前のカン伯爵の肉体のある館に詰めるという。
「私は魔法陣の現場に居ても古代魔法語は読めませんから──ここまで用意周到に魔王の陰謀がやられていると嫌になりますね」
 いざとなったら、シューは駿馬で駆けつけるという。別荘からほぼ10キロの場所に遺跡は位置するので、使者を立てて大体2時間程度で到着の見込み。
「魔法陣の浄化は神聖魔法での試行錯誤になると思いますが、まずは皆さんのお力を解析のためにお貸しください。また護衛にも期待しています。
──何しろ魔王は神出鬼没ですから」
 カンの魔法陣を巡る、デビルの陰謀に立ち向かうための冒険の始まりである。
 

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea2449 オルステッド・ブライオン(23歳・♂・ファイター・エルフ・フランク王国)
 ea4340 ノア・キャラット(20歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea4470 アルル・ベルティーノ(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4481 氷雨 絃也(33歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4739 レティシア・ヴェリルレット(29歳・♂・レンジャー・エルフ・フランク王国)
 ea4944 ラックス・キール(39歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8384 井伊 貴政(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 カンへと繋がる整備されざる街道を疾駆しながら、九紋竜桃化(ea8553)は──。
「それにしても、伯爵閣下の父君の復活の儀式ですか、宝玉を手に入れた場所が場所だけに宝玉の中の心を確認した方が良い気がしますわ」
 と呟く。
 氷雨絃也(ea4481)はそれに対し、冷たく言い放つ。
「賛同はするが、現実味はない。もう、走り出した以上、シュー殿達の船は港を出ているだろうし。
 宝玉内の心の確認と言うが、それを具体的にどう行うのだ? それを具体化出来なければ、一刻でも早く心と肉体を調和させる事──でいいのかな? この件は──を急ぐという意見には勝てないだろうな」
「しかし──」
 そこで疲れを感じた身体が休息を求める。早速、オルステッド・ブライオン(ea2449)が女子用に簡易テントを準備する。
「‥‥分散したカンの要人達が気になるが、遺跡以外の警備は騎士団の他のメンバーにお任せするしかない、か」
 この場所も幾度ものカンとの往復で見つけた休息地点であり、いわば定宿であった。
 そこで、少し後悔するカレン・シュタット(ea4426)。
 予め騎士団付きのシフールであり、ジプシーにして古代魔法語解読者のラモアと分担を決めておくべきだった。
「しかし、直径100メートルという、あの空間では分担もなにもないでしょうか。ひとりで心細いでしょうね。早く助けに向かわなければ」
「はいー、皆さん、保存食をそのまま食べるのは味気ないですからね、少しでも火を通したり、湯がいたりして、味わい深く頂きましょう」
 赤鬼の如き鎧武者に身を包んだ井伊貴政(ea8384)は、武力──それも皆の内で、最強レベルとも呼べる──によるそれでなく、日常の休息時の栄養補給に気を配っている。
 そこで物思いに耽る風烈(ea1587)。
「騎士と呼ばれるようになったが、俺は困っている時は手を貸すといった約束を守れるほど強くなったのかな。いや、人を助けるとはそういうものではなかったな」
 天使ノエルならこう応えるだろう──約束であろうがあるまいが、相手が困ったら手を差し伸べるのが、心を持つ者としての有り様でしょう?
「やれやれ、人間性善説にも程があるな。だが、騎士や天使がそれをしないで誰がやるんだ?」
 助け、助けられるとうい関係もいいが、助け、また助け、というのも悪くはないかもしれない。
「『星は満ち、紅い目、金髪、我が約定の時は来たれり、か』と言ったそうなので、ミュレットが贄にされる可能性も十分だな」
 烈の独り言に絃也は──。
「暴走気味の姫君も何だが、もう一人の領主のことも気がかかりだな。
 亡霊や、アスモデウス一の家臣とやらが残した言葉を、『時が満ち、月が消えうせ血に染まり、贄たる魂費える時、総ての事象が成就する』と解釈すれば、俺なりには筋が通るのだが」
「月が消え失せ──やはり、月末の事だろうか?」
「思案しただけだ。正しいかどうかまでは確認は取れん」

 そして、翌日昼過ぎ。
 セシリア・カータ(ea1643)がフライングブルームに跨り、皆を誘導する。更に城の第2部隊の常備騎士団員数十名が警護する中、一同は相変わらず、人を嘗めているとしか言えないトラップの数々を乗り切り、グールの屍体が片付けられ、清められた遺跡の中に立っていた。メルトランも既に到着している。
 シクル・ザーン(ea2350)が提案した、聖なる釘を床に打ち込む事で悪魔の出入り出来ない結界を、ヒスイ・レイヤード(ea1872)のホーリーフィールドと共に各入口に作り出す事も行われた。
 一同が拍子抜けした事に、メルトランを筆頭とする騎士団団員見習も含めて全員が“陰性”であった。
 普通ならばホーリーフィールドに対し、ライバル心を燃やしたり、危ぶんだりする輩も居るかもしれない。しかし、そんな敵愾心は対魔王への結束と、今まで冒険者が見せつけた規格外の実績で消え去る程度のものであった。
「あれ? ロックハート君、居たんですか?」
 マリウス・ドゥースウィント(ea1681)は“デビル憑きテスト”に漸く姿を現したロックハート・トキワ(ea2389)へ呟く。
「いや、もう遺跡内にグールは居ないようだったのでな。いないのを確認させてもらった所で、俺は自分の仕事をさせてもらう‥‥」
 聖なる釘でのテストにはシクルは多量の魔力を費やした。相手が騎士だからてきぱきとテストをやれたが、そうでなければ、魔力は少年ひとりの手には余っただろう。
 ロックハートは続ける。
「魔法陣の中に亡霊もいない事だし。どうやら、ヒールとヒスイの白黒両方の神聖魔法攻撃に消滅したのだろう──しかし、羨ましい」
 その視線の先では、オルステッドがメルトランに小太刀『越中国則重』を貸し出していた。
 シュライクを使うロックハートにしてみれば、お宝の交換である。
 しかし、彼の武器はデビルスレイヤー。
 わざわざ、シュライクで命中率を減退させなくても、同等の破壊力を期待できる。もちろん、シュライクと組み合わせれば、倍の破壊力を持つ事になるが、相手に当たるかどうかの保証はない。
 一方、オルステッドは──。
「ご所望の物はこれですかな? ついでに『霞小太刀』とセットで小太刀二刀流にしますかな?」
「志有り難く借り受ける。しかし、お互いエルフ同志、判るだろう。そんな小太刀二刀流などやっていては、身体の方がついていかなくなる。と言っても得意技はカウンターだがね」
 この後オルステッドはヘキサグラム・タリスマンに魔力を込め、発動させるが、メルトランに目立った変化はない。
 一方、ノア・キャラット(ea4340)は古代魔法文字ではなく、精霊碑文学で解析できる部分はないか、探し回ってみたが、1日の時間を費やして、少なくとも彼女の目に映る部分は全て古代魔法文字であり、彼女の手に余るモノである事が判明しただけであった。
「わー、カレンさん邪魔してご免なさい」
 アルル・ベルティーノ(ea4470)は笑って、カレンとラモアが口述する文章を筆記する。
「どうも、この魔法陣、二種類のモノが混在している様ですね。大地と火の精霊力の精霊力を吸い上げるものと、それを利用した明らかに神聖魔法を駆動するのに使うものとの二種類。
 強いて言えば、おそらく神聖魔法を発動させるモノは、周囲の生命力を吸い取り尽くす、破滅の魔法陣で。
 精霊力云々という方は儀式魔法用の施設だったんじゃないかしら」
 ラモアも言う。
「無途中のカレンさんでも意味不明な場所はその精霊力から、神聖力へと強引に魔力の質を変換させるのに、使用していたもので、魔法技術が高度すぎて解析が不可能なんじゃないかな」
 やがて、船便から来たミュレットが、訪れる。
 オルステッドは馬から荷物を降ろして、ミュレット姫にも『エスキスエルウィンの牙』『短刀“月露”』を貸し出した。
「‥‥守り刀だ。私が守る代わりに、な。
 貴女が遺跡に来るなら、中心部の最後の防衛ラインだろうか?」
「北よ! 北!! 前、相手の一の家臣とやらが来たのでしょう。今度もそこからくるに決まっているじゃない!」
「今、西が人が足りていない‥‥そちらをお願いしたい。この申請駄目か?」
「良いわよ、引き受けてあげるわ」

「入り口から入ってくる敵には、井伊さんの聖なる釘があるから、入り口から少し離れた所に陣取り、中央部が襲われた場合はそっちにも行けるようにしておこう」
 ラックス・キール(ea4944)は解読の静寂と、いくさ人の喧噪の中で縄ひょうの具合を試していた。
(雑兵共にはこれで十分──だが、キャピーの命のツケ取り立たせてもらうぞ、アスモデウス!)
 解読が進むにつれ、この魔法陣が『破滅の魔法陣』と儀式用の精霊力の集合用の魔法陣であるらしい事が明らかになった。
 しかも、それは意味不明の古代語でしっかりと結び合わされ、一部で期待の向きがあった。特定の人物の精霊力を増大させるような効果は期待できないとラモアは呟く。
 他にも星回りに大きく位置されるのではないか? というのがラモアの意見であった。
 破滅の魔法陣として断じて、ただ魔法陣を破壊するにはこの意味不明なブラックボックスの部分が余りにも不安要素であった。

「大変です! 皆さん!!」
 シューが頭を突き合わせている一同の元へと飛び込んできた。
「時が来たか!」
 ラックスは立ちあがる。
「カン城が、魔王とその軍勢に襲われています。
 幸い烈殿の魔法の武器で持ちこたえておりますが、フィーシル様まで毒牙の伸びるのは時間の問題。
 皆さんの助力をお願いします」
 オルステッドはそれに対し、自分の見解を述べる。
「やむを得ない。ここも要所に違いないのだ。是非もなし」
 そこで悲鳴が上がった。
 神の域にまで達する様な忍び足の技を持つロックハートが、西門から侵入しようとした怪しげな──そして、勿論見慣れない、人影を切って落としたのだ。
「成る程、伏兵を忍ばせていたという訳か。だが、そんなものは通用しない」
「ですが、これだけの人数にどれだけの時間、太刀打ちできますかな?」
 ロックハートの行為に、開き直ったのか、嘲笑するシュー。
 それぞれの入り口から十数名は入ってこようとしている。西門近辺に隠れていたロックハートは見事な体術で、それらの攻撃をいなしていた。
「デビルじゃないというのか?」
 ラックスがオーラパワーを付与した縄ひょうを脇から、投げ込んでいく。

 東ではまさしく貴政が返り血に染まり、赤鬼さながらの戦い振りを見せている。
「‥‥決戦が始まる、か」
 オルステッドが、戦いの高揚のままにヴァーチカル・ウィンドを振るうが、如何せん威力に難があり、ラックスの後方支援の元に使う。
 しかし、ラックスにとって意外だったのが、縄ひょうの使い勝手の悪さであった。投げては紐を手繰り寄せ、そして構えては投げ‥‥の3動作が必要になるのだ。
 オーラパワーの時間も切れ、数の暴力が押し寄せつつある。

 更に、南の方も苦戦していた。
 烈が避けたところを、桃化が迎撃しようというのだが、避ければ魔王崇拝者が殺到する空間を作り、ヒスイの所まで一気に浸透する。烈が更にヒスイをカバーしようとすれば、また戦線に穴が出来、悪循環の繰り返し‥‥。
「何、この盾を砕きますか?」
 魔王崇拝者の、全体重を込めての突撃を、盾でいなそうとした桃化であったが、触れあった瞬間、盾の剛性を超える衝撃が彼女を襲う。
 砕け散った盾。それは敗北へのカウントダウンであった。

 西はマリウス、ロックハート、ミュレットの3人であったが、事実上マリウスひとりが戦場を支えていた言っても過言ではなかったろう。
 ロックハートはミュレットが傷つく度にポーションでのフォローに回り、マリウスが全身と己の武具を闘気に包み込み、更に左手に闘気の盾を展開し、奮戦していた。しかし、返し技以外の決定打に欠け、満身創痍となっていた。
 しかも後方からのシューのニュートラルマジックがマリウスの盾を打ち消し、乱戦の最中に放り込ませる。
「手を読まれてますか。こう、数が多くては捌くので手一杯です」
 ロックハートの言葉が紡がれる。
「‥‥後ろに下がれミュレット姫」
「何よ、この数の暴力──」

 北でも猛攻を耐え忍ぶ時間は続く。
 氷雨、セシリア、シクルはコナン流の情け容赦ない攻撃に晒されていた。
「受けてみよ、我が一撃!」
 魔王崇拝者の猛烈な一撃がシクルを襲う。
 楽勝で盾で受け流すが、それは同じくバーストアタックであった。
「ああっ! 盾が」
 黒い十字架の紋章が刻み込まれた盾が砕け散る。

「ノア、ミュレットは任せた。俺ひとりの方がやりやすい」
 負傷したミュレットを抱えて中央部に移動させると、聖剣片手にロックハートは西に戻る。
「そんな──!」
 判っていたとはいえ、戦力外通知に涙するミュレット。
 そんな彼女を、メルトランが優しく抱き寄せる。
 一方で、ラモアの口からは禍々しき言霊が紡がれ、空中に印が描かれる。
 アルル、カレンは呆気にとられる間に、ラモアを中心に漆黒に燃えさかる炎が浮かび上がり、半球状の空間を形成した。
 内外を遮断する、通り抜けようとする魔性の者以外は全て、炎もて炙りださんとするデビル魔法の空間であった。
 メルトランとミュレットもその空間に取り込まれる。
「良くやりましたラモア」
 乱戦の中、盾を再び展開する暇のないマリウスは、シューの声をはっきりと聞いた。
 しかし、一同はその結界内に新たな“何か”の気配を感じた。
「ここまで筋書き通りだとはね──」
 シューが満足げな笑みを浮かべる。
「私を何としてでも中央まで送り届けなさい。されば、悪魔へと到達する道が待っているでしょう」
 ヒスイが叫ぶ。
「ハーフエルフである事を超越するとはそういう事だったの? あんた最低ね」
 言って一瞬の内に成就したブラックホーリーを撃ち込むヒスイ。
 しかし、シューが高速詠唱で発動したホーリーフィールドの壁を打ち砕くに留まるのみ。
「いい、こちらから行ってやろう」
 精悍な男の声。
 ラックスは聞き覚えがあった。
「あのキャピーを俺に殺させた時の声! 姿を現せ!!」
 縄ひょうを投げ捨てると、ラックスはヘビーボウを構える。
 そこに現れたのは異形であった。
 黒髪に褐色の肌。様々な古代魔法文字が入れ墨されており、蛮族じみていた。
 野性味の趣き豊かな、精悍な顔立ちの男。しかし、ジャイアント並の体格があった。纏いしは膝までの、腰布とサンダルのみ。筋骨は逞しく。上腕部などエルフのウエスト程の太さがある。
 だが、真に異なっているのは胸より上であった。首はみっつあったのだ。
 男の首を囲みしは、右に牡牛の頭、左に牡羊の頭であった。
 それぞれの頭が独自に呼吸し、まばたきする。
 足は鵞鳥のそれ。忌まわしき滑稽さ。
 そして、右手に携えしは、古代魔法語で“我それを欲したもう”と刺繍された軍旗を携えし長槍であった。
 一同をみっつの頭で睥睨すると、“彼”はおもむろに口を開く。
「俺は“悪霊の頭”“魔人の王”“剣の王”“裁きの被造物”“地獄の王”“復讐者の公子”“淫乱な公子”」
「やーね、本物かしら──?」
 ヒスイの背を冷や汗が走る。
 だが、言葉は続く。
「などと、古来は呼ばれていたが──今はこう呼ぶがいい、破壊の魔王『アスモデウス』とな」
 その宣言に一同は総毛立った。
 その元へとシューは走る。高速詠唱での、ホーリーフィールドを織り交ぜての逃走に一同は追いつく術もない。
 アスモデウスはそのまま牡牛の頭から火を吐き出し、カレンとアルルを、灼熱でひと舐めする。
 盾を持っていない──いや、持っていたとしても円錐状に放たれる15メートルの長さの炎には、抗する間もなかっただろうが。
 しかし、その炎は自身のリーフィールドから飛び出す形になったシューをも焼き払う。
「ば、莫迦な‥‥今の私の生命力では──アスモデウス様の息に耐えられる事などないと、おわかりの筈でしょう──」
 己の危惧が当たっていた事を知って、シクルは息を呑む。
「メルトランをアスモデウス様の陣営に引き込み“破滅の魔法陣”の為の鍵を、全て揃えた功績を認め──」
 最早シューの息も絶え絶えである。
「魔法陣起動の暁には悪魔の一員に引き立ててくれる、そう約束されたではありませんか‥‥?」
 そう言って前のめりになるシューの手からは、宝玉がアスモデウスの元へと転がっていく。
「俺の炎を避ける程度にしか魔力の底がない奴に魔道の道は歩めない。俺の覇道の礎と成れた事を地獄で誇るがいい」
 アルルとカレンは咄嗟に宝玉へと飛びつくが、同じタイミングでアスモデウスも宝玉を掴み、力の差で分捕られる。
 そこで、ラモアの創造した黒い業火が消え失せる。
 オルステッドが貸し与えた武具のコレクションの片割れは、父から娘の喉元へと擬されていた。
「そんな──お父様‥‥」
「これも伯爵陛下の為だ、大義の犠牲となれ」
「え? な、何で騎士団長閣下が娘を人質に? さっぱり、状況が読めませんよ」
 貴政が聞きかじりの状況を元に、現状を把握しようとするが、唐突な成り行きに、事態を静観せざるを得なくなる。
「全てはカンの為だ。父母ともに亡くしたフィーシル陛下の為に、父だけでも生き返らせてやりたい」
 それは狂ってる。一同はメルトランの十年の歳月を経て尚、変わらぬ想いに戦慄した。
「──その為にお前を犠牲にする、許せとは言わん。あの世でとことんまで責めてくれ──さら‥‥」
 ミュレットの喉を掻ききろうとした次の瞬間、アスモデウスの正確な槍捌きがその動きを止める。
「今はまだ、その時ではない。星が正しき位置に納まった時にこそ、お前は再び、兄と言葉を交わせるだろう。
 その為には多量の魔力が必要だ。英雄とまで呼ばれた者を、煉獄から呼び戻すには相応の犠牲が必要な様だしな」
 アスモデウスは周囲の魔法陣を睥睨して。
「その為にはこの魔法陣の起動が必須だ。
 捧げるには紅き瞳と、黄金の髪を持つ、エルフの聖童こそが適任なのだからな。
 正しく血が捧げられた時、お前の兄の『心と体』は正しく結びつけられるだろう」
「お父様にとって、私は何だったの?」
「かけがえの無い、大事な一人娘だったよ。だが、兄の命には替えられない。
 恨むなら父と母とを恨め、その様な生け贄の宿命を背負って生まれさせた、お前自身の父母をな──」
「そんな非道い──」
 思わずシクルは涙を零す。
 しかし、メルトランの言葉は続く。
「で、シューは亡くなりましたが、兄と今再び、言葉を交わすという契約に代わりはありませんな?」
 それが目当てだったの、とアルル。
「もし、そうでなければ、仮初めにも英雄と呼ばれた名を地に落としてまで行う、まさしく悪魔にも劣る、この非道は永遠に笑い物となりましょうぞ?」
 メルトランの言葉にアスモデウスの人間の顔は目を細めて。
「英雄だと? お前がか? まあ、それは人の事」
 言って再びアスモデウスは一同を睥睨するが、風切り音がする。
「キャピーの敵、キャプテン・ファーブルの仇(あだ)!」
 ラックスが桃色の淡い光に包まれて、闘気をヘビーボウに番えた鏃へと一点集中させていく。
 解き放たれた矢は流星の如き勢いで、アスモデウスを目指す。
 逆手でアスモデウスは空中に印を描くと、野獣の如きうなり声をあげて、矢に黒い炎の塊をぶつける。
 矢は粉みじんに砕け散った。
 それを契機と、忍び寄っていたロックハートが、マリウスの闘気を込めた聖剣を背後から突き立てる。
 しかし、その攻撃はアスモデウスの纏う魔力の壁に阻まれ、ようやくデビルスレイヤーの能力により軽傷を与える程度であった。
「その攻撃は覚えたぞ」
「終わりと思うな!」
 腰布の隙間から毒蛇が飛び出し、ロックハートを不意打ちする。
 奇襲に避けきれない、ロックハート。
 身体が重くなる。
「何っ! 毒か?」
「後ろも駄目か、ならば、これは!」
 オルステッドは遠い間合いから、レイピアの高速の突きで衝撃波を生み出し、そのまま貫こうとするが、呆気なくアスモデウスに避けられる。
 烈はギリギリまで間合いを詰め、そこで木剣で斬りかかるが、闘気を込めたとはいえ、威力は弱く、魔力の障壁によりほとんど止められる。
「堅い!」
「これ以上、好きにはさせません」
 セシリアは駆け寄り、闘気を込めたレイピアでひと突きするが、やはり決定打には欠けるようだ。
「カウンターのチャンスを狙わないと‥‥」
「これならカウンターも出来まい!」
 カウンターをさせまいと、玄妙きわまりないフェイントを織り交ぜて、絃也は魔剣を繰り出す。
 技量差に避けきれず、カウンターをする事も適わずに、アスモデウスは剣捌きに幻惑されるが、魔剣の威力と技で浅くなった剣筋が相殺されて、かすり傷止まり。
 動きを止めるには至らない。
 そこへ少年の声。
「悪は滅びる者です。“大いなる父”の裁きの元に」
 シクルも左手に十字架を握って、魔力が解ける力をもたらされる事を“大いなる父”に祈る。
 黒く淡い光がシクルに収束し、アスモデウスに向かって解き放たれるが、次の瞬間にはアスモデウスは何の痛痒をも感じない表情で立っていた。
「そんなしゃらくさい魔法は利かん。次はそのオカマあたりがやったら、どうだ? 案外利くかも知れんぞ」
 そんなと涙を流すシクルに対し、ヒスイはその言葉にカチンと来て、言い返す。
「やってやろうじゃないの! そんな安い挑発しかできないの? 魔王とやらは? ほえ面かくんじゃないわよ」
 そういうヒスイは必死だった。後1発しか最大出力の魔法を撃ち放てない。ここで乗るか反るかの大博打に出るか? それともこれから予想される仲間の手傷に備えるべきか、判断が迫られる。
「ふん、悪魔祓い師は悪魔の手に乗る者じゃないわ──次の相手を探す事ね」
 その頃、アルルとノアは、上を警護していたはずの第2部隊への治療を行うべく、上に駆け上がる機を伺っていた。
 攻勢に使おうとしていたスクロールも精霊力を吸収されて、思うに任せない。
 カレンも魔力を魔法陣に吸収されて、思うように罠を張れなかった。
 マリウスからオーラパワーを受けた日本刀で貴政は、鋭い踏み込みから斬りかかり、漸くここでアスモデウスは傷らしい傷を負ったのだった。
「しかし、まだ手はあるのだよ」
 槍を脇にかい込み合掌すると、一瞬で白く淡い光に包まれるアスモデウス。
「聖なる母の力を! 神聖魔法の白黒を反転させる失われた魔法技術!!」
 カレンの叫びを余所に一瞬の内に傷は癒やされる。
 ワイナーズ・テイルで鋭く踏み込む桃化。
 重量をかけた一撃が、合掌から槍を構え直す間も与えずに、アスモデウスを直撃する。
 しかし、悪魔の魔法による抵抗力増大はそのコレクションを増やすばかりで、傷らしい傷を負わせないまま、全体を焼き尽くすアスモデウスの炎の連撃、槍の乱舞、背後から迫れば蛇という死角の無さに一同は動きを止めざるを得ないのであった。
 こうして中央に集中している間にも魔王崇拝者達は剣を以て乱入し、メルトランはミュレットを離さない。
 アスモデウスはワイルドな笑みを浮かべ、その光景を見ながら宣告した。
「何人、噛みつかれたかな──良い事を教えてあげよう。私の蛇毒は遅効性でね。噛まれてから1時間で死ぬ」
「何! と絃也」
「まあ、個人差はあるがね。さて、どれだけ経ったかな?」
 オライオンは叫んだ。
「ミュレット姫、星が正しい位置に座する時とやらまでに、必ず迎えに行くからな!」
 アルルも叫ぶ。
「メルトラン様、必ず私が本道に戻して差し上げます。それまで過ちを犯さないでください」
「アルル君、それには遅すぎたのだよ、あまりにもね」
「退きましょう、みんな。毒蛇に噛まれた人の手当と、上で倒れている第2隊の人々の事を考えると、聖なる釘の使いすぎで魔力を消耗した私たちでは勝ち目はないわ」
 こうして、冒険者達は半死半生の第2隊をポーションで癒やし、屈辱には栄誉もて報いる事を誓いつつ、パリへと一旦は戻るのであった。
──ラモアと魔王崇拝者、そしてメルトランとミュレット、なによりアスモデウスを後にして。
 魔法陣の解析結果はアルルによって持ち帰られ、アスモデウス対策と同時に魔法陣の解析も進められるだろう。
 そして、カン城は無事であった。
 しかし、骨肉を分けた戦いの余りの惨状にフィーシルは声もなく、杖を落とした。
「そんな──父様の為に従姉上が命を落とさなくてはならないなんて──間違っている」
 その通りです、とオルステッド。
「叔父はきっと悪魔に騙されているに違いない」
 フィーシルの言葉にやや危惧を覚えるヒスイ。悪魔は人を騙さない、騙し寸前まではやっても。
「それに仮に聖遺物の力であったとしても、その聖人がその様な力の使われ方を望むとは思えない。全てがアスモデウスの仕業です」
「では、俺はアスモデウスを斬ればいいのだな」
 絃也は誰に恥じる事無く宣言した。
 これがカン最後の冒険の始まりの顛末である。