●リプレイ本文
神聖歴1001年江戸──茜屋宅。
この高尾山を巡る、というか発端にして、終演の幕を引く事になる舞台へ、ルーラス・エルミナス(ea0282)は──。
「元服の儀の立会人ですか、些か納得出来ない道ですが、本人が望んだ道なら、致し方有りません。
その元服、見届けさせて貰います」
と、大樹少年を前に決意を新たにしていた。
「ありがとうございます」
と返す大樹少年。
「此処に辿り着くまでに多くの人の血が流れた‥‥この儀式を決してデビルに汚されるわけにはいかぬ」
結城友矩(ea2046)が拳を握り締める。
「まだまだ謎は沢山残っているから、もちろん参加させてもらう」
ふたつ名の通り、青い武具に身を固めたカイ・ローン(ea3054)は力強く宣言する。
「で、儀式や封印に関して何か、知っている事はないのか?」
「さあ? ありません。命を救っていただいたご厚情にお応えできなくて申し訳ありませんが」
問うカイに大樹少年は迷い無く返す。
神聖騎士の貴族の兵法にデビルに対してのそれもあるなら──と、先程までカイは自分の知識を反芻していたのだが、そんなものは全くなかった。そもそもカイ自身がデビルに関して、経験則でしか知識を持っていないのである。
「ふう、間に合ったか?」
日向大輝(ea3597)が息を切らせながら、高尾山に居場所を得た、というか得させた少女『おの』の身柄を当たるべく、手近な奉行所、掛札場、迷子石を巡ってきたが、流石に馬で巡っても、依頼に支障をきたさない範囲となると、自ずと限られてくる。 それに月日が流れすぎていた。
「こういうのは時間が経てば経つほど難しくなるってのに。──なんで今まで思い至らなかったんだろ」
大輝少年はひとりごちるが、その意味の深層を汲み取れるものはこの場にはいない。
『おの』の扱いの、一番大きな可能性としては、既に死人として鬼籍に入れられている事かもしれない。
「まあ、まずは茶でも呑んで気を落ち着けたらどうだ?」
と、雅とは少々違うが、堂々たる風格で湯飲みを勧めるのはジェームス・モンド(ea3731)。冒険に出て、お姑さんから解き放たれて寛いだ様子である。
「俺も天狗に直接関わりがあるわけではないが、高尾の事件に関わった事もある身。あの地の情勢を聞いて放っておくわけにもいかなかったのでな」
ジェームスはニヤリと笑みを浮かべ、これまでの顛末を聞いていた沖田光(ea0029)に向かってサムアップサイン。
「見届けますか」
ボソリと山本建一(ea3891)も呟く。
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は健一の言葉に首を横に振りながら──。
「高尾山も久々ね。
以前の依頼では配下の忍者に苦労させられたから、今度はこっちが皇虎宝団に一泡吹かせたいわね」
「そうなりますか」
光も返す。
「全ての解決の足がかりにも、まずは高尾の地を安定させたいですから。それに、天狗様の儀式をこの目で見れるなんて、なんかドキドキします。結構軽薄かな?」
そして、愛馬に目をやると光は──。
「ああ、お隣さんに預けてきたはずの小宇宙が、いつの間にか馬の鞍に。しかも、拗ねてこんなに小さく‥‥って、モンドさん家の猫さんでしたか、あーっ、吃驚した」
「いったいどんな猫を飼っているんだ、光?」
ジェームスの言葉に光が返して曰く。
「小宇宙は全長がメートル単位で、まるで虎みたいに大きいんですよ」
一般的には虎という。
「天狗ってぇ、そういばぁ、会うの初めてだなぁん。高尾山にも行ったことないしねぇん」
と、今更気づくエリー・エル(ea5970)。
彼女はカイとジェームスに──。
「この儀に出ちゃってもぉ、聖なる母は怒らないよねぇん?」
とちょっと不安がる。
カイは微笑んで──。
「光の話では天狗はオーガだそうだ。オーガの儀式に立ち会いに行くのに、聖なる母の意向を気にするのか?」
頭を抱えてジェームスは──。
「異宗派故、ああだこうだと指図する気はないが、一般の門徒ならいざ知らず、神聖騎士がその程度の事を自分で判断できないのかね?」
そこへ落下するゲレイ・メージ(ea6177)と、その相方のウッドゴーレム『木人1号』の大音声。
高尾山までフライングブルームで移動しようとしたようだが、その一歩も踏み出さない内から落下するようでは、先が思いやられる。
「うむ、結論は出た。普通の人のふたり乗りもフライングブルームではムリなのに、ウッドゴーレムとでは更にムリ。という訳でおたくら、誰か馬に乗せて」
ゲレイは断定するように一同を見渡す。
「まあ、それは置いておいてデビルが化けてるかもしれんので、すまんが調べさせてくれ」
と聖遺物箱を取り出す。
茜屋慧も含めた一同が箱に触れていく。
そこで光は──。
「でも、デビルが憑依していたらどうなるか──までは判りませんよね。何かに憑依できるデビルは殆どが上級に位置する様な存在ですので、魔法への抵抗もそれなりに高いでしょうし、低レベルの相手ならともかく、大物に出てこられたら、まるで意味はないですね」
「おたく。駄目で元々という言葉を知っているか?」
「いえ、デビルが近くにいればこの『石の中の蝶』に反応がある筈ですから、いないのは余程、特殊な魔法の品か何かが無ければ判るはずですし。そんな特殊な魔法の品を準備できる存在ならば、大抵は箱の魔力に耐えきれる筈だと思いますよ──多分」
ジークリンデ・ケリン(eb3225)も『石の中の蝶』に注意していたが、デビルがいる兆候は見られなかった。
もっとも光の話では前回の依頼でも、このマジックアイテムへの反応は無かったそうなので、最早、大樹少年への嫌疑は立証する手段が事実上無い。
「天狗さんも大変なのですね。でも、儀式に立ち会えるのは光栄ですから、非力ではありますが頑張らせていただきますね」
「もう少し有効そうな品を準備してまいりました」
と、闇目幻十郎(ea0548)が『白光の水晶玉』を取り出す。
「これは、相応の祭祀の腕前を持つ者が祈れば、悪魔を100メートル以内からでも発見できる、月道渡りの品だそうです。こちらには使いこなせる品はいませんが、高尾山の修験者の方々などなら、いない事もないでしょう」
修験者の大半は『天』の教えを選んだ僧兵、僧侶か、『天』の道を歩む事を選択した侍が僧形をし、オーラを使いこなす(とも限らないが)者で構成されている。
だが、この場にいないので、結果は先延べにするしかない。
「では、皆さん落ち着いたところで、どうか江戸から出られない僕の分も存分に高尾山の事をよろしくお願いします」
と茜屋慧が一同に告げて、少々馬の割り振りで揉めたものの、高尾への道のりを踏み出していった。
大輝少年が冒険者ギルドから持ち帰った保存食を食べながら、一同は進む。
その行軍の最中、アイーダが鷹のヘイゼルに命じて偵察させたが、街道沿いに進む故、人が集まっているのを見たら旋回しろ、という命令に片端から反応して、鳥並の知性では、行軍の際の偵察にはこの命令は不適当というのがはっきりしただけであった。
街道の要所要所を通る際、光の連れているウッドゴーレム花鳥風月『月』は誰何され、余計なトラブルを引き起こし、ゲレイが自分の外套で隠していた木人1号もその煽りを受けて、誰何の対象になり、ゴーレムが世間に認知されている訳ではないのが鮮明になったのである。
更にペットのドラゴンパピーも拍車をかけ──。
結局、冒険者街の常識は、世間のそれと必ずしも一致している訳ではないのがくっきりとした。
そんな旅でもめげずに光は豊富なモンスターに関する知識から、デビルに関する知識の反復と、天狗の転生に関するそれを惜しみなく、披露する。
「油断大敵、デビルって1匹見たら100匹はいると言うから念の為です!」
とは言うものの、ジャパンではデビル勢力は強くない。
ジャパン最古の歴史書、古事記以前の事故、経緯は不明だが、イギリス、ノルマン、ロシア諸国に比べると悪魔崇拝者も少ない『らしい』。
ともあれ、難所でも襲撃らしい襲撃はなく、高尾山に着いた。
「ここが高尾──」
大樹少年の感慨深げな言葉とは裏腹に、一同は馬を降りて頂上へと急いだ。友矩はいつもの如く、修験者とつなぎを取り、烏天狗の長、最年少にして、もっとも力の強い、十郎坊が接触してくるのを待つ。大山伯耆坊は動けない程、老衰しているのは高尾関係の依頼が初めてのものにもレクチュアされていた。
しばしの間待つと、山を登ってくる多数の影が、淡いピンク色の光や、黒い淡い光に包まれるのを見いだす。
「俺が様子を見てくる。何、心配するな、俺には神の加護が付いているからな。心配なら、帰ってきたら思いっきり魔法をぶつけてみてくれ」
と、言って服を脱ぎ、合掌すると、ジェームスは巨鳥に身を変じ、中空に舞い上がる。
アイーダとジークリンデはさりげなく眼を逸らし、エリーが真剣に周囲を観察しているのとは好対照であった。
相手方で黒い淡い光が集まるとジェームスが変身した巨鳥は元の人間の姿に戻り、そのまま林の中に落ちていく。
「あらあら、大変なのねん!? でも、ジェームス君も神聖魔法にそれほど弱いなんて、妙なの?」
それぞれの適正はあるだろうが、少なくともジェームスの神聖魔法の腕前は、エリーよりは確からしい。才能か修行の成果かはさておいて。
「これはどうした事でござる。十郎坊、十郎坊どのは居られぬでござるか!」
友矩が呼ばわるが、包囲網を狭めるばかりであった。
ジェームスも慌てて戻ってくる。
後ろから黒い光の礫が浴びせられ、ジェームスは咄嗟に合掌し、神聖魔法を成就させようとするが、上手く行かないようである。
「修験者に混じった神聖魔法『黒』を使うデビルの仕業か? 駄目だね種類が多くて特定できない。それともデビルの力で魅了されている? いや、無理矢理デビル魔法で動かされている?」
光の頭がぶんぶんと唸って、答えを弾き出そうとするが、上手く思考が纏まらない。
そこまで来て、ジークリンデが近寄ってくる足音に、ようやくに『石の中の蝶』に眼をやる事を思いつくが、反応はない。デビルはいないという事だろう。もっとも、このマジックアイテムでは、デビルを崇拝して魔力を借りた存在の位置までは特定できないが。
「ええい、ならば突破口を切り開くまで」
友矩が鯉口を切るが、釈然としない。
そして、淡いピンクの光が立ち上り──。
(大輝? 本物の大輝なら、この声が聞こえる筈。聞こえたら小太刀を手にしたまま一歩前に進み出てくれ給え)
(だ、誰だよお前?)
大輝少年が頭の中に響く声に問い返す。
(私か? 私は枝理銅(えりどう)。おのと一緒にいたものだ)
「ちょっと待って、友矩。何か状況が見えてきたみたいだから、ちょっと任せて」
「ちょっと、だけでござるぞ」
大輝少年は友矩の突撃を制して、前に一歩進み出る。
「修験者のみなさん、あれは本物の大樹だって枝理銅がいっているよ」
包囲網を作ろうとしていた修験者の後ろから一角獣と、浅黒い肌の少女が現れた。
「『おの』か! 何だこれは! おーい、みんな、状況は良く判らないけど誤解らしいぞ‥‥多分」
ジェームスの手当は修験者達のポーションによって行われ、一応、矛を収めた一同はあっけに取られた。
十郎坊はそもそも依頼などしていない、というのだ。
「大体、自分は普通の武器じゃ傷つきませんから、壺に引っかけただのなんだの気にしません。人遁の術で化けた忍者か何かが、大樹さんを引っ張り出そうとして、一芝居打ったんじゃないんですか?」
修験者達が調べたところ、保存食には思考を散漫にさせる毒が盛られていたとのこと。 これでジェームスが魔法を上手く達成できなかったのも、皆が短絡的な思考に走った理由だろうと結論づけた。
ルーラスは挨拶をした後で、
「儀式の参加者や、大樹少年に、デビルが乗り移っており、その記憶を消されていた場合、どのような事態が起きるか」
と十郎坊に相談するが──。
「さあ、さっぱり判りませんね」
──と、呆気なく斬り返された。
「そもそも記憶を消すなんて都合の良い真似できるでしょうか?」
「僕の知っている限りではありませんね。それにそんな事態が怖ければ、お坊さんに頼んでレジストデビルかクリエイトハンドで身体から弾き出す──って、それは『菩薩』の奇跡でしたね」
と、光がフォローを入れる。
とはいえ、光とゲレイが連れているウッドゴーレムにも十郎坊は難色を示した、というより、話を聞いて、多分に大樹少年は大山伯耆坊の転生先なのは間違いないだろうが、儀式に人間が立ち会うのは抵抗があるようであった。
「何しろ自分は10年ちょいしか生きてきていないので、大天狗である大山伯耆坊様の転生に立ち会うのは勿論、未経験ですし‥‥というより、天狗の転生に自体が希ですからね。多分、大山伯耆坊様は古事記が編纂されるより前に転生されたのだと思いますけれど」「え、十郎坊って俺より年下なんだ」
と大輝少年が思わず口から言葉を飛び出させる。
「いえ、最初にあった時は『絶対』大輝くんの方が年下だと思っていたんですけど。まあ、大天狗の転生に関して皆さんが詳しく知っていたのは驚きましたね。ただ、自分のような小天狗は普通に女天狗の腹から生まれて、成長して、子を為し、老いては土に還る存在ですので‥‥」
「で、具体的にはおたくらの儀式って何をするの?」
ゲレイが口を突っ込む。儀式に立ち会えないでも、詳細はしりたいのだろう。まあ、このウンチクを知りたがるのは余程奇矯な人物なのだろうが──。
「子供の頃聞いた話では首の血脈掻き斬って血を浴びせるそうです」
もっとも、記憶自体が大山伯耆坊が耄碌する前の、十郎坊が幼児の時の話故、どこまで正しいかは判らない。
ともあれ、一同は滝を潜り、その奥にある天狗の隠れ里にある洞窟に入った。
アイーダは対空用に霞み網でトラップを張りたかったが、そんなものの持ち合わせはなく、一朝一夕に作れるモノではない為、梓弓を携えて、洞窟の入り口に入り込んだ。
大輝少年は、洞窟の入り口に魔力が尽きる程のファイヤートラップを侵入者対策として、敷き詰めていく。
「後は内通者の心配だけど天狗がってありえるのか?」
一応十郎坊にそれとなく怪しい動きをしている奴がいなかったかを聞いてみる。
「それは有り得ないとは言い切れません」
大天狗大山伯耆坊のように、長すぎる生涯をひとつの使命に縛られているならともかく、小天狗ともなれば、血肉のある存在。堕落する事もあるだろう。
しかし、可能性だけであって、実際に10人に満たない共同体で、それだけの逸脱は『事実上、有り得ない』。
という事である一方──。
「発動の基準が少々厳しい上、発動すると動かせないのが玉に瑕ですが、使える方がいるのならば貸し出します」
と、幻十郎は修験者に『白光の水晶球』を貸し出し、聖職者としての職分から、冠婚葬祭に知識のある高位の修験者が担当する事となる。
「とりあえずこれで一段落する、と言うことでしょうか」
「だといいのですが‥‥」
光る水晶球を前に、高位の修験者は言葉少なく応えた。
ただでさえ、莫大な力が満ちている精霊の力とは異なり、神聖魔法、特に『白』に属する力の使用は制限された。『天』に属するのが、大山伯耆坊である以上、それとは相反する力では何が起きるか判らない──この為、エリーとカイの力は現実世界に振るわれる事となった。
水晶球の明滅する光が敵襲を告げる。
軽装の忍び刀を持った一団が、この周囲を包囲する修験者と小天狗の結界を突破したものか、10人ほど一気に突っ込んできて大輝少年の仕掛けた罠に引っかかり爆炎の中で踊り狂う、続けてアイーダの矢の雨が降る。
更にジークリンデがタイミングを合わせて、ファイヤーボムで爆風を吹き荒らさせて、ほぼ一瞬で先鋒は壊滅した。
しかし、石の中の蝶ははためき出す。
前衛陣はジークリンデのファイヤーボムを恐れて、迂闊に飛び出せなくなった。
第2陣が飛び込んでくる。
友矩の鋭い目が滝の水の異様な動きを捕らえた。
姿を隠して、現れた敵。デビルには透明化の力があるとは光から聞き及んでいる通りである。
「光殿!」
と、友矩が剣先で指し示すや、一瞬の内に結印と詠唱を済ませた光が炎の鳥となって、不可視の対象の気配目がけて飛び立っていく。
「みんなの笑顔の為にも、お前達の好きにはさせない。この儀式を守り通して、高尾の平和と人々の未来は僕達が守る!」
最初の一撃で鋭い音がした。火の鳥の火力を一点集中して、獲物をへし折ったのだろう。続けて鈍い音。今度は鎧を破壊。三打、四打は殺傷に特化。しかし、返す一撃が光の腕を捕らえ、滝目がけて投げ込む。水は火に克つが四大精霊の倣い。火の鳥は消え去り、光はそのまま滝壺に放り込まれる。
しかし、ジークリンデのファイヤーボムが無差別な爆風となって、荒れ狂う。地面に叩きつけられた先に、ルーラスが殺到する。
『蒼き戦撃!』
オーラが籠もった槍が、不可視の肉体に突き刺さり、動きを封じる。
「月道渡りの剣が鳴いておるデビルとその眷属が斬れるとな──ぬぅおおおおおー!」
友矩が防御を考えず、デビルを滅ぼす為だけに鍛えられた魔剣を真っ向上段から斬り降ろす。
二撃振り下ろされても息は絶えない。
そこへ魔力を失っても、霊刀を両手持ちにした大輝少年は、叫ぶ!
「今回は右腕だけで済むと思うなよ!」
突き立てる、手応え在り!」
水晶球は明滅をやめ、蝶は羽ばたきを止めた。
残る潜入を試みる忍者集団はアイーダの矢の雨と、ジークリンデの爆風の惨劇が前に散った。
ふたりとも執拗に責め立て、ジークリンデは魔力が尽きればソルフの実を囓りながら、追い立てる。
カイが背後関係を生き残りから調べようとしたが、皇虎宝団に関係する上忍がひとりだけではない、というのが判明しただけであった。
無論、上意下達の彼らに上層部の物事を知る術はない。
戦いが終わった頃。
大樹少年と大山伯耆坊が籠もった小屋から絶叫が聞こえた。
そして──。
「儀式はなった。我再び立ち上がれり」
全身に血潮を浴びた赤ら顔に高い鼻。そして、背中の翼に修験者姿の大天狗、大山伯耆坊が姿を現した。
一同はこの洞窟を覆っていた風の精霊力が一弾と引き締まるのを感じる。
「若さを取り戻されたか、善哉善哉」
洞窟の奥の方から若々しい声がする。
「白乃彦、今まで負担を強いて済まぬ」
そこへ滝壺から引き上げられた光が尋ねる。
「あなたが大山伯耆坊の転生なさった姿ですね?」
「いかにも。十郎坊、葉団扇をもてい」
「はっ!」
十郎坊は大山伯耆坊の足下にひれ伏し、幾重にも葉が連なった、団扇を渡す。
「冒険者ギルドから依頼を受けた一団、大儀であった。大樹の頃の記憶から、お主らが結界やその中にある者に興味を抱いているのは判る」
「多くのモノ達に悲劇を強いてまで護るモノとは何でござる。答えよ、大山伯耆坊」
友矩が声をからして叫ぶ。
「答える必要はなくなった。何故なら、封印は元の力を取り戻し、この肉体が衰えるときまで、地の精霊力を、風の精霊力で押さえておくのに十分な強度を保つ故。それに、だ」「‥‥」
「この封印の中身をしってなんとする? 我か、白乃彦が欠いて封印が破壊される危機があった時には、対処すべくこちらから教えたろうが、我は見ての通り、最盛期だ。我らを倒して封印を解放できる程の相手では、人の子の手には余ろうし。我らが倒せる相手ならば封印は決して解けぬ。問うべき時を間違えたな? しかし、全ては無事に終わった事。我が再びの再生の時にはまた人の子の胎を借りる事もあろうが、それ以外に人の子の力はいらぬ。というより──ここに封じられし者は人の子の営みを全て否定するもの、故に荒ぶる。かつての封印のいくさより尚、大地を埋め尽くせし人の子を見れば、更にその荒ぶりは増そうぞ。我が言えるのはその事のみ」
こうして超越者は何も語らず、物語の幕は閉じられた。
竜。構太刀。長津彦。
全ては幕の向こう側。
これが大山伯耆坊の死と再生の物語の顛末である。