●リプレイ本文
茜屋邸にて、昇り来る太陽に正面から向かい合って、思いっきり背伸びしながら、エリー・エル(ea5970)は──。
「うぅん、何かとうとう動き出したって感じだねぇん。さぁ、皆がんばろう!」
と明るく声をあげた。
大久保長安縁のものからだという報せを受けての事である。
「うーん、相手は厄介ですが好きにさせるつもりはありませんよ」
とエリーの言葉を受けて、山本建一(ea3891)も決意を新たにした。
一方で、大久保長安に面会を求めて、奉行所に足繁く通い詰めていた──そして、体よく追い払われていた──カイ・ローン(ea3054)も、夜番を終え、黎明を背に眠りにつこうとする。
「お疲れ様です。敵が茜屋に来る可能性も高い、と言うことですか。自分の罠が何所まで通用するかが鍵になるかもしれませんね。責任重大です」
闇目幻十郎(ea0548)は重要な節目節目に、対空の防衛網をも敷いているつもりだが、何しろデビルとくれば、ハエサイズにまで変化できる存在である。
「お客にデビルが混じっている場合の用心ですよ」
とはいえ、モンスターの大家である沖田光(ea0029)の弁ではデビル独自の魔法を他人に付与させれば、付与された相手もその大きさまでは変身できるという。
そして、今度の相手は皇虎宝団はデビルの結社だという。大久保長安の考えを全面的に信用するならば、だが。そして、それに対抗しようというなら、それこそ蚊帳で茜屋邸をすっぽり覆わねば、完全な迎撃は無理であろう。
その頃、冒険者ギルドへの道中で、光は──。
「悪趣味じゃないですよね?」
と照れながら、指に光る宝玉の中の蝶が微動だにしないのを眺めていた。
「西洋渡りでござるか?」
面を目深に被った結城友矩(ea2046)が囁く。
「ロシア土産ですよ。悪魔を見つけると蝶が羽ばたくんだそうですよ。前にもこれを持った方に何度も救われていますしね」
でも──と、言いよどんだ光だが、改めて口を開く。
「でも、ほんとに僕達そんな有名なんでしょうか? だって、歩いてて背中叩かれた事も、わらべ歌が歌われてるの聞いた事も無いんですよ」
「貴殿がジャパン最強の志士と噂され始めたのは最近の事だからな。拙者もギルドの受付嬢の話によると、ジャパンに名声が知れ渡っているそうでござる。大輝殿もジャパンの実力者であるそうな」
と、友矩が述べるのに対して、日向大輝(ea3597)は鼻の下をこすって曰く。
「気恥ずかしいけどな。で、今回の話だけど? 全部信じていいかは分からないけど他に皇虎宝団の手がかりがあるわけでもないしさ──ここは飛び込んでみるしかないか」
「おたく気負いすぎ。ま、当てがないから、来たって言うのは皆、同じだけどね?」
ゲレイ・メージ(ea6177)は、自分の『封魔の外套』をペットであるウッドゴーレム『木人1号』に着用させながら、道を歩む。
神無月の風は少々冷たいが、ウッドゴーレムが周囲の理解を得ていない以上、仕方がない。
そこへ、ひとりの老人が角でぶつかり、道にしゃがみ込んだ。
「落とし物でございますよ、お武家様」
拾ったキセルを友矩に差し出す。
「む、落とした覚えはないがな?」
強引に押しつけると、そのまま老人は足早にさっていく。
「デビルの反応はなかったみたいですね。じゃあ、単なる勘違いかな? おーい」
と、光が後ろから声をかけるが、振り返ったときにはその老人の顔立ちを思い出す事は出来なかった。それほどまでに平々凡々たる印象しか残していない。後から服装を思い出そうとしても漠然としたイメージしか惹起できそうになかった。
「ふむん、只のキセルじゃなさそうだな? 何か細工がしてあるらしい」
眼光聡くゲレイがキセルが既製品ではなく、何やら曰くありげな品である事を看破するが、道の真ん中で検分する訳にも行かず、近くの茶屋に入って、確かめる事にした。
無論、一番奥の部屋で、人がいない事を、彼らに可能な限り、調べての事である。
「ふむん、これはジャパン語で『必見』と掘ってあるのだな。まあ、意図は賢明なるおたくらには講義するまでもないな、というより普通は私がされる側なのだろうが、それはそれ。説明の手間が省けたと思っていただきたいモノだ」
ゲレイが蘊蓄を傾けるのを聞きつつ、皆が茶を頼んだ中、大輝少年だけは追加で甘物を頼み、到着までしばし検分は控える。
茶をしばし啜った後、改めてキセルを調べると、簡単に分解できた。吸い口の部分が外れ、中から丸めた和紙が覗く。
一同は固唾を呑む。
「これは──煙草を吸うのに邪魔じゃないんですか?」
光の言葉に一同は脱力する。
「いや、詳しくは知りませんけど、キセルって刻んだ煙草の葉を‥‥あれ、外しちゃいました?」
天然の威力まっこと甚大なり。
「いや、この紙に上忍の人相なり、皇虎宝団へ続く糸口が記されているのだろう──」
と、友矩が合いの手を入れる。
「凄いですね。大久保さんの忍びは。こんなキセルに仕込むのに和紙を使うなんて」
冒険者ギルドの受付に使われる紙でも、羊皮紙、それも使い回しが当たり前のご時世である。
「えーと、凄いな。昨日から一週間分の合い言葉まで記されている。場所は相模原か──」
大輝少年が感嘆している間にも、彼の前の甘物は速いペースで無くなっていく。
「よもや、足下に居ったとは。ま、天狗も万能ではない──という事でござるな」
友矩がまとめた。
「まあ、考えてみれば皇虎宝団の狙っているのは『白虎』っていう話じゃなかったっけ? 確か」
「そう言えば、以前に『おの』を掠った皇虎宝団も、要求は白虎を寄越せって話だったよな」
ゲレイの言葉に触発されて、大輝少年が昔の様に──最近起きた少女を拐かして、白虎を要求した皇虎宝団絡みの忍者集団、鬼面党の事件の話を蒸し返す。
「まあ、それは置いておこう」
当座の目標が記された和紙を懐に、一同は茶屋を後にするのであった。
その頃の茜屋邸。
ロゼッタ・デ・ヴェルザーヌ(ea7209)は自慢の金髪をも噛みかねない勢いで、涙を流していた。
「‥‥ラシュディアさん、確かに機密保持は大事よ。でも、あなたがいなければ、調査は進まないのに、何で依頼に参加しないの」
「ロゼッタさん泣かないで‥‥──」
狼狽えており、如何にも手慣れていない風情の、茜屋慧が隣で慰めているが、茜屋邸に残る古代魔法語を暗号化した書簡は、只でさえ難易度の高い、古代魔法語の解読を一層困難にしたものであり、構太刀の真名を含むそれらの情報は、皇虎宝団側に流出する事を恐れたラシュディアがその頭脳にしまい込んだままである。
当然、文書化や、情報の共有などされている筈がない。
ロゼッタの調べようとする意図は広範に及んでいた。
真名についての物、裏の御稼業の帳簿以外にも、多種精彩な大山伯耆坊さんや風神長津彦様に関する意味を持つものですとかも散見できていたのだ。
今までの調査でも、真名解明を重視していたために見落としている重要な文もあるのかも知れない。
調べる資料は、より古い物からは──『神』或いは『大山伯耆坊』『風神長津彦』や『守護者』の記述を伴う物を、
裏の御稼業が行われ始めた時期のものからは、何方かに会ったとか、何か変事に遭ったことを記している物が無いのかを探して、確認をしたかった。
──したかった‥‥のだが。
そこからロゼッタの頭脳が導き出すであろう、構太刀が茜屋家に下賜貸与された本来の目的。それが本来の目的を逸脱した裏稼業に使われるに至る経緯の解明。
その最終目標は秘密主義の彼女が敢えて晒すと、裏稼業にデビルの影が見え隠れしていないか──であったが、デビルの特徴などは、依頼などで側聞した以上の知識を知らないロゼッタでは、デビルの陰謀を見抜く事は数字の山からでは不可能であった。
「だから、秘密主義なんて嫌いですわ」
自分を棚に上げた彼女は漏らした。
「あらん、まだ泣いてるのん?」
エリーが朝一番に、一姫へ、逢ってきて、書簡の前で泣いているロゼッタを見て呟いた。
その前にエリーは一姫達がいる部屋で、いつも通りに挨拶していた。
「一姫、会いに来たよぉん」
返事がなくても──である。
「本当にこれじゃあ、倭の守護者なんかになりたくないよねぇん」
そう彼女は一姫に向かって、優しく微笑むと、軽い女子学生のノリに戻り──。
「またねぇん!」
と帰っていく。そして、現状。
「結局、一姫達がなんのためにいるのかよく分からないんだよねぇん」
と、エリーは朝の食卓を一同と囲みつつも、自分の所見を述べる。
今日のテーマは構太刀達の存在意義についてらしい。
少なくとも近所に長津彦を祀っている神社はなかった。
ざっと聞いたアウトラインでは、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の子。配偶神である級長津姫神(しなつひめのかみ)と共に風をつかさどる神。級長戸辺神(しなとべのかみ)。竜田神。竜田風神などの異名を持つらしい。
それらとこれまでのことを総合してエリーは──。
「神様が、ドラゴンの力を使って、一姫達を作ったってことでいいのかなぁ?」
──という意見を慧少年に云って相談してみる。
「さあ? さっぱり判りません。ドラゴンなんて異国のものに関して聞かれても、まるで判りませんよ。それに神様ってどの神でしょうか?」
慧少年は古代魔法語を覚える事に精魂を使い果たし、伝承知識やモンスター知識と方向まで手が回らない。
ため息をついたエリーは。
「ジャパンには沢山神様いるものよねん‥‥そう言えば、一姫達も国津神だって言ってたし」
「ドラゴンはジャパンには居ませんよ。もっとも、居たらそれだけで神様扱いでしょうしね」
光がさりげなくフォローを入れる。
そこへエリーがまた──。
「早く一姫達を普通に使役できる様にがんばってねぇん」
──と微笑みかける。
「な、何を言ってるんですか!? 僕は一姫や丹太郎や沙茄子を真名から解き放ちたいから、こうして生きて居るんですよ! 一姫達を使いたければ、話はもっとラクに済んでいますよ!」
エリーの言葉に、珍しく慧少年は激高した。いや──この場にいるもので、慧少年が感情をここまで高ぶらせたのを見たのは初めてかもしれない。
「わ、悪かったのねん。全然空気よめてなかったわ〜、反省しなきゃねん」
ともあれ、大樹少年救出に向けて動く一向であった。
もちろん、禁足令を受けている慧少年が江戸を出るわけにはいかず──同行すれば、見事なまでのアキレスの踵。一向にとってのすさまじいまでの足手纏いになるだろうが──留守居役の何人かと残る事になる。
幻十郎は茜屋邸を包み込む、目となり耳となる。エリーは慧少年に──
「さぁて、がんばって守るからねぇん」
と、たった一言の言葉が生み出した距離を埋めるべく、時を紡ぐ。
健一もまた、守護のため、慧少年と起居を共にする。
「やられっ放しは性に合わぬ、反撃だ。
フッ、鬼が出るか蛇が出るか運否天賦よ」
と、友矩は嘯く。ここは相模原。道中は長かった。
ロゼッタも同行している。解読の手間ばかりかかり、得るモノは少なそうに見えたからだ。
ともあれ、上忍が潜んでいるであろう、森の中の一軒家である。
大久保長安の手の者に、合い言葉が漏洩した事は漏れていないらしく、人の気配を感じると、最初に2回、一呼吸置いてまた2回。フクロウの鳴き真似をするだけで、気配は去っていく。
人目を避ける様、結印と詠唱と共に、大輝少年が淡い赤い光に包まれ、己を昂ぶらせると、深い呼吸と共に友矩が、桃色の淡い光に包まれる。
続けて、淡い赤い光と、淡い青い光が、光とゲレイから立ち上り、大輝少年の様に配慮した位置ではなかった為、一軒家の中が慌ただしくなる。
「むう、近づきすぎたか?」
「もう、やるだけやってしまいましょう。あ、デビルの反応が?」
「遅いっておたく!」
咄嗟に宝玉の中で蝶が羽ばたき始めた指輪に目をやる光の掌から火弾が飛び出し、ゲレイの掌から凍気が吹き出す。
爆風と氷雪が、入り交じりながら、炸裂する。
一軒家の中からわらわらと飛び出してくる、所謂『先生』の集団。
浪人だけあって、精霊力に対する耐性は低い。しかし、飛ばしてきた衝撃波でカイが準備する端から、白く淡い光に包まれ、ホーリーフィールドを展開している所へ、敵陣が殺到してくる。
白の光といえば、回復系を警戒するのが世の常だ。
少なくともホーリーフィールドを展開している間、強力な打撃陣であるカイの戦線への参入は出来無かった。
更に詠唱で身動きできない所へ、遠距離攻撃が雨あられ。
ゲレイや光と違って、魔法の発動が確実でないのは痛い。
その事も相まり、後衛のフォローに入っていた大輝少年が小太刀を手に前に出る事になる。
「本末が転倒したか!」
カイが慌てて、高速詠唱でホーリーフィールドを展開し、前衛に立とうとする。
しかし、前線は乱戦になり、呪文そのものが不発に終わった事もあって、横から回り込む形になる。
その傍ら、友矩は鬼神の如き勢いで、巻き藁の様に『先生』達を斬り伏せていく。
返り血を浴びたまま、中に入り込む友矩。
5人ばかりの老人が一体となって友矩に襲いかかる。無数とも見える刃を受けきり、実体を──
「見切ったーっ!」
──絶叫と共に、動きを封じる。
「お前らのアジトの場所は何処でござる? 喋れば命までは取らぬ」
「信じられるか!」
「大樹の居場所さえ言えば、お前を見逃す」
ゲレイが咄嗟に淡い青い光に包まれて、一発の水弾を老人に撃ち放つ。
「あいつが目当てかっ! ぐはぁっ! しゃ、喋る」
完全に動きを止められ、大樹の居場所を喋る事になった老人。
「天狗の器ならば、この家の下の土牢に閉じこめている」
その言葉を聞いて友矩が一瞬油断した隙に、上忍は高速詠唱で術を発動させる。爆炎が吹き上がり、老人は姿を消していた。
「手当をする。こちらに──」
と、カイが怒りで、顔に朱を昇らせながらも、巡回医師としての本分を弁えて、皆の癒しに入る。
「デビルの反応は消えました」
しかし、カイは癒しの技を終えると呟く。
「大樹は天狗の器ではない。歴とした人間だ──」
指輪を見た、光が報告するが、一同は勢いに乗ったまま、家の下へと急ぐ。
「お約束か!」
友矩が掛け軸を見ると、一刀両断し、そのまま下に続く階段を勢いよく降っていく。
斬撃の音が響き、悲鳴が聞こえてくる。
15才の少年に見えない輩は全て斬る。友矩の心境は神と逢っては神を殺し、仏と逢っては仏を滅すの心境なのだろうか?
ともあれ、一同が追いついた時には、木で出来た、5つ、6つばかりある土牢の扉は全て断ち切られ、中で人間が息絶えていた。
「──」
血なまぐさい匂いが充満する。
光は知識にのみ知っている、天狗の特徴を有した影に覆い被さり、止めの一撃を浴びせんとした友矩の一打を止めに入った。
どう見ても15には見えなかった。20そこそこの青年に見える。しかし、雄々しい鷲鼻といい、白髪交じりの峰髪といい、天狗のそれを光に連想させるには十分であった。
「デビルではありませんよ! 指輪は反応していない!!」
「判らんぞ忍者かもしれんでござる!」
「お前が大樹か?」
大輝少年の声に、力なく頷く青年。
鋭い眼光とは裏腹に、青年の最早命の源は枯れ果てようとしていた。
それを見て──。
「こうなったら、どうとでも──なれ」
──ロゼッタが淡い青い光に包まれ、紡いだ水の精霊力によって自称、大樹少年を凍り漬けにする。
友矩の刃は氷の封印に阻まれた。
とにかく、この大樹少年は表に担ぎ出され、解凍を待つ事となる。
その頃には友矩の凶熱も冷めて、物事を判断できるようになっていた。
「確かに大樹少年の人相風体を知らないまま──というのは迂闊でござった」
そう言って、大輝少年に一礼する。
「な、何だ。15に見えないのはあっちも一緒だろう? こっちは『ちっちゃいタイキ』って呼ばれるのは、判っているんだ」
「なるほど、その手がありましたね」
邪気の欠片もない笑顔で光が手を打つ。
「じゃあ、おたくは『ちっちゃいタイキ』という事で」
深々と頷くゲレイの行動から、思いっきりファイヤートラップを踏んだ事と、気づく大輝少年。
気づかなければ幸せだったかどうかとは、さておいて。
「怪しければ──斬るぞ」
ロゼッタの施した氷の封印が解け、大樹(らしき人影)が現れる。
深手を負ったのを見たカイがポーションを呑ませる。
「落ち着いてくれ、味方になれるかもしれない」
「──礼を言うべきか否か迷ったが、命を拾っていただいた恩義には報いねばな。我は大山伯耆坊の器、生みの親は大樹と呼んでいた」
老成したかの様な重々しい口調。まさしく大空に枝を伸ばし、大地に根を張る大樹であった。
「大山伯耆坊の──って、それを誰から聞いたんだい?」
優しくカイが尋ねる。
「生まれながらに。自然(じねん)に知っていた」
「転生すれば自身は亡くなってしまうのに──それで、本当にいいかい? この世に未練も後悔も一切ないんだね?」
カイが大樹の肩を揺さぶろうとするが、びくともしない。そして、その信念も。
「亡くなる? まるで、死ぬ様な言い方を──天狗道の理について、異国のものならば知らぬであろうが、我は大山伯耆坊の魂の連なりのひとつ、決して滅する訳ではない。未練や後悔があるとすれば、我が本来並ぶべき魂の連なりに並ばずに死する事。この長い幽閉生活で些か参っていたが、これで山に『帰れる』」
その大樹の言葉に、自分とは異質な価値観を持った者がいる事をカイは受け入れざるを得なかった──納得した訳ではないが。
「それが天狗道ってやつなんだな?」
大輝少年の言葉に、大樹は頷いて。
「我、無限に在れど、我の代わりになる我は無し。我、遠くより来たりて、遠くへと去りし。されど常に還るべきところはひとつ」
「う〜ん、そういうのって、坊さんに任せない? コンニャク問答になりそうだよな。とりあえず、江戸へ帰りたいから──逢わせたい人もいるし」
「『現在』の我は相当弱っている様だが、やむを得まい。命を救ってもらった恩義には応えねばな」
「抹香臭いな? かなり」
思わず顔をしかめる大輝少年であったが、友矩がしばし、暇乞いをするとウォーホースの手綱を握って戻ってきて──。
「予想外に目方がありそうだが、拙者の馬はいくさ場での働きを旨とする強靭さが売り物故なんとかなるでござろう」
「これは丁寧な事──痛み入る」
「いや、刃を向けた代償、これしきでは払いきれぬでござるよ」
こうして、一旦相模原から江戸へと戻る一向であった。
そして、江戸の街では、特に襲撃もなく、数日が過ぎていた。
出迎えたエリーが驚きを隠せず──。
「あらあら、お櫃のお米買い足さなきゃ。大樹って随分おっきいのね、びっくりしたわぁん」
──と、紹介された大樹の予想外の大きさに目を丸くする。
「これが天狗の転生‥‥?」
幻十郎は淡々と感想を述べるのみ、半分義務感でやっている様なものであったが。
「みたいですねぇ」
とは健一の弁。
「大山伯耆坊さまにはこのような東屋にお越し頂いて──」
と、慧少年は大樹に畏まる。
それを馬上から睥睨しながらも、大樹は──。
「用事があるなら、早々に終えて、速く高尾の山に帰りたいものよ。白乃彦だけでは封印も長くは持つまいに。長津彦さまから託された使命を受け継がなければならん」
と、述べるに留まった。
こうして、ひとつの長き旅は終わりを迎えようとしていた。
しかし、物事の糸口を知り、そこから改めて聞き出そうとするには、余りにも重圧感のある存在を迎え入れた事に、一同と慧少年は気づいていなかった。
ともあれ、大樹少年、いや大山伯耆坊の器はしばし江戸に留まる事になる。
これが大樹少年を巡る冒険のひとつの顛末であった。