【鳳凰翔ぶ!】勇気を胸に進もうよ

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:17〜23lv

難易度:易しい

成功報酬:17 G 52 C

参加人数:9人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月01日〜06月16日

リプレイ公開日:2006年06月10日

●オープニング

 冒険者ギルドに奉行所から御触書が回った。
 先日、冒険者ギルドの仲介で、鳳凰(西洋風に言えばフェニックスである)の翠蘭と接触した冒険者には、この度の鳳凰は無害であるとする、陰陽師、志士を中心とした結社、『不死鳥教典』の主張を裏付ける航海に是非とも同行して欲しい、と。
 主な任務は同行する源徳家の若君『源徳長千代』の護衛と、不死鳥教典の党首『伊織』の逃亡阻止である。
 相応の手柄を立てた者には、十両以上の現金が渡されるとの事。
 それの触書の写しを江戸城で見た。侍女に扮した、というより艶めかしい13、4才の細身の少女にしか見えない長千代の侍従、柳生左門と、その主、源徳長千代君は渋い顔をしていた。
 長千代の肖像は筋骨逞しい、まだ11程度の筈なのに、もう14、5の体格を持ち、浅黒い肌に吊り上がった切れ長の眼というエキゾチックなものであった。
 その少年が顔を歪めて言うには。
「たった1日ちょいで鳳凰の言い分を聞いて来いとは親父も良い度胸をしている」
「逆に考えてみてくださいよ、一日もある──ですよ」
 長千代君がいきり立つのを左門は押さえようとする。
「逆だ。友になるのなら、一言言葉を交わせば── 嫌、眼が合っただけでも友足り得る事もあろう。だが、吟味には時間をかけねばなるまい」
「兵は拙速を尊ぶと、かの孫子も言ってますよ」
「巧速ならば尚もいいとな」
「家康様が信頼なさっている御証拠ですよ」
「ならばいいがな。一度は親父に捨てられた身だ──ま、京の動乱で、元服前の子供しか動かせないという奴だろう」
 こうして──今度こそ、本当に、多分、沖ノ鳥島への最後の航海が始まる。




●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea0294 ヴィグ・カノス(30歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2557 南天 輝(44歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea4202 イグニス・ヴァリアント(21歳・♂・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea4481 氷雨 絃也(33歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

ドナトゥース・フォーリア(ea3853)/ 神楽 香(ea8104)/ ウェンディ・ナイツ(eb1133)/ リチャード・ジョナサン(eb2237

●リプレイ本文

「全く以て男臭い所帯だ。これでは仮にも陰陽寮に席を置いている方をお迎えするには相応しくない」
 龍深城我斬(ea0031)は伊織が再び──いや何度目になるだろうか──沖ノ鳥島に向かうに際して、集まった冒険者の一同の男むささに辟易して、奉行所に女性を何人かよこして貰えぬかと、直談判に詰め寄った。
 船が出るまでの短い時間に、4名ばかりの女与力が名乗りを挙げ、伊織の側仕えとなる事に同意する。
 もっとも、同意した彼女らとてあの江戸の大火を乗り切った名うての女与力達だ。女らしさより、逞しさに自分たちの美点を見いだしている様な風がある。
 もっとも不死鳥教典の構成メンバー、12人の中にも少数派ではあるが、女性はいる。
 とはいうものの、彼女らも世話をするより、される立場の身分であり──ジャパン生粋の精霊魔法の使い手とはそういうものだ──我斬の采配がなく、気配りの行き届かなかった、今までの航海では、かなり窮屈な思いをしていたようだ。
「お偉いさん連れて鳳凰との面会か‥‥これで事態が収集できれば良いんだがな。鳳凰──翠蘭──と会えること自体は楽しみだったりするが」
 それに『待った』をかけようという気概があったのは、ヴィグ・カノス(ea0294)であった。
 いたずらに随行人数を増やしても、悪魔や何処かからの回し者が入り込む隙を増やすのみである。
 そうヴィグは主張するのであった。そこへ──巨体が。
「はじめまして。
 イギリス出身の神聖騎士で、シクル・ザーンと申します。
 今回の件には最初に依頼から関わっております。
 どうかよろしくお願いします」
 自分で名乗った通り、その巨体はシクル・ザーン(ea2350)であった。
「失礼かとは思いますが、デビル‥‥ジャパンではアクマでしたか‥‥などが紛れ込まぬよう、魔法で確認いたします。女性の方々には非礼でしょうが、どうか、ご了承下さい」
 シクル少年は十字架のネックレスを掲げ、ラテン語でジーザス黒の教えの力の源である『大いなる父』に祈りを捧げる。
 すると黒く淡い光に包まれ、デティクトライフフォースが発動する。
 彼女たちが真性の『通常の生ある者』であるという反応がシクル少年に返ってくる。
「どうか、ご非礼を詫びさせてください」
 2メートルに近い巨躯を折り曲げ、シクル少年は女与力達を疑った事を謝罪する。
「待った──まだ俺の試しが済んでいない」
 ヴィグはシクル少年の詠唱の間に解いていたスクロールを広げ念を込める。
(デビルである線が薄いなら、忍者が人遁の術とかいう魔法で化けている可能性がある) 精霊牌文字で綴られた、言葉の連なりが精霊力と化して、ヴィグの魔力を食いつぶしながら、銀色の淡い光──月精霊の力の顕現としてのそれ──になって現れた。
 そして、収束した銀の光は一閃の矢尻となって、ヴィグを貫いた──いや、貫こうとする。
 しかし、かすり傷程度で納めるヴィグの強靭さ。
「ヴィグさん」
 その光景に涙を思わず零すシクル少年。
「大した傷ではない。唾でもつけておけば治る程度だ」
「でも──」
「泣くな」
 与力のひとりがサラシを裂いて、傷口に当てるのも構わずにヴィグは考える。
 答えとしては、今、この場にいる忍者の数はひとつではない。それだけがヴィグに断言できる事であった。
 指定した対象が存在しなくても、複数あってもムーンアローの一撃はそれを唱えた術者に返る。
(船内でひとりひとりに対して、こっそり行う時は、射程を決めてからやろう)
 ヴィグはそう決意するのであった。
「しかし、依頼内容に伊織の逃亡阻止が含まれている、か‥‥。現時点での彼女への世間での信頼度はそんなものだという事だろうな」

 一方、江戸城から港へと輿が長々と連なる。
 デュラン・ハイアット(ea0042)が聞いた話では神皇の従兄弟君である、源徳家康の息子のひとり、源徳長千代がこの沖ノ鳥島を目指す船目がけて行進しているのだという。
(兎に角、今回はあの行列にいる『長千代』と言う小僧に、翠蘭の安全性と、不死鳥教典の活動内容に理解を示してもらえば良いのだろう。
 ならば、このミッションを成功させるには、長千代と翠蘭殿のより良い人間(?)関係の構築から始めるのがよかろう)
 と、ひとり風の中、デュランは絹のマントを潮風に弄ばせていた。
 驚くべき事に、支えはない。彼自身の操る風の精霊力で浮かんでいるのであった。
 デュランに言わせれば、風のウィザードたるものこの程度の手妻、出来て当然という所であろうが、
 そこへ足下辺りから声がかかる。
 まだ声変わりしていない澄んだ少年の声だ。
 その声の内容はラテン語で──。
「ちょっと、ものを尋ねたいが── 不死鳥教典の伊織というご婦人の乗る船を知らないか?」
「ふ──人にものを問うときは己の名前から先にいうものとは教わらなかったか? て、この高さだぞ!?」
 驚いて見下ろすと、180センチを超す己の長身に匹敵する、浅黒く眦吊り上がったりりしい面立ちの14、5ばかりの少年が近くの船のマストの天辺で、腕を組んでいるのがデュランに見て取れる。
「悪かった。俺の名前は『源徳長千代』。上の名前は五月蠅いから、長千代でかまわん。デュランの事は狭苦しい所にいても、風の噂で色々と入ってくる」
「それほどまでに知れ渡ったか。私の名前は──」
 デュラン自身は、己の、ツンデレだの、ツンデレだの、ツンデレだの、という噂がひとり歩きをしている事を知らない。
 しかし、格好から見ると、そこいらの漁師の衣装である。到底、源徳家のお坊ちゃまには見えなかった。
 とは見たものの、いきなり見知らぬ異人にラテン語で話しかけるあたり、ジャパンでも相当の暇人か、相当の外国語環境に恵まれた身でなければできない芸当だろう。
「長千代さまーっ!」
 上方からでは良くは判らないが、今ふたりが会話している下方に位置する船の甲板から、振り袖姿の、におい立つような滑るような色白で、鴉の濡れ羽色の黒髪美人が手を振り乱して、降りてくるようにしきりに合図しているのがデュランには見て取れる。
「長千代殿。あなたを待っている翠蘭はどうやら女性の様だ。ならば、相応の扱いをせねば友好関係は築けませんぞ。まずはあの側仕えを落ち着ける事から始めませんとな。
 と言うわけで私が長千代殿に女性の扱い方をレクチャーしてさしあげましょう。船旅の中でみっちりと」
「女性というものがそんなに良いものか?」
(成りは大きくても、まだ子供という事か。初々しいモノだ)
「それも──じき、教えてさし上げましょう」
 と良いながらも、長千代がマストを猿のように器用に下り── 下にいる美人を落ち着かせるのを見届けてデュランは仲間達に輿より先に中身がついた事を一同に知らせるのであった。
「はじめまして。
 イギリス出身の神聖騎士で、シクル=ザーンと申します。
 今回の件には最初に依頼から関わっております。
 どうかよろしくお願いします」
 えー、ジャパンの貴人の方をこの様な形でお迎えするとは異例ですけれど、まずは源徳家の方としては、現れ方があまりにも突拍子もなかったので、魔法で調べさせていただきます。すみません──」
「何、カンの騎士団でもデビル対策にやった事だろう。前にアルルから聞いた。信頼できるさ」
「──恥ずかしながら」
 と、赤面したシクル少年は、船に乗った者全員に行ったように『デティクトライフフォース』の魔法を発動させた。黒く淡い光に包まれながら、長千代と左門を範囲内に入れるようにして。
「確かにアクマやアンデッドではない、と確認させていただきました」
 と、シクル少年の『消毒』が済むと、行列を為してやってくる、『長千代君』を迎えに行き、デュランの報せで息せき切って船に戻ってきた、カイザード・フォーリア(ea3693)。
 初見のイメージが悪いと問題になると考え衣装も意匠を凝らし、長千代を迎えに行く時の装束は、盾は『ライトシールド』、上に羽織りしは『クリムゾンサーコート』という格式張った出で立ちであった。
「長千代様、ようこそお出で下さいました。カイザード・フォーリアです。つつましき船ながら、どうか最後まで良き航海であります様に」
 と、カイザードが西洋流の様式で礼を尽くせば。
「出迎え、ご苦労。確かに良き航海だと、いいな」
「ジャパンにその名も轟くと噂される“白鳥の騎士”の忝なきお言葉、しかと拝聴させていただきました」
 最初の言葉は自然体の長千代のもの。続くは、腰を折っての小姓の左門の言葉であった。
 そこへ片肘ついた南天輝(ea2557)が、意外と子供好きな一面を見せて、微笑を浮かべながら。
「輝だ、よろしくな。もっと頭の固そうなのを派遣してくると思っていたがな。年相応以上の能力者ということか凄いな。しかし、端的に言う。判断は外部の言動に惑わされるなよ」
「── そうだな。こちらこそよろしく。なーに、腕の方は、師匠の爺様が凄かっただけだ」
 と長千代は返す。
「忝ないお言葉。まだまだ、若輩の身故、何かとご面倒をおかけいたします」
 叩頭して左門。
「長千代。はっきり言うが、俺は不死鳥教典と言うか伊織に六兵衛、それに翠蘭を信じている。
 俺はその証しとして武装をそちらに解除して預けてもいいのだが如何するね? その状態でもふたりの壁になることは約束するぜ、出来れば得物は戦いの間は返してくれるとありがたいのは本音だがね」
 長千代は“ひらひら”と手を振った。
「──そうか判った」
 意を解した輝は、白い歯を見せる。
「で、皇虎宝団という輩なんだが──鳳凰を初めとする四神を狙う物に、そういう者達がいるらしい友が教えてくれた、奴等に雇われた者がいることもな。左門、その事も考えておくといい。俺達も気にはするが、不死鳥教典の情報が漏れた事自体、事実なんだが、疑わしい者が発見出来ていない」
 そう、話を振られ、困惑気味となる、振り袖姿の左門を見て、イグニス・ヴァリアント(ea4202)は──。
(ふむ‥‥源徳の若君の護衛と、伊織の逃亡阻止が、主な依頼内容ということだが‥‥前者も問題なさそうだし、後者は特に必要はないだろうな。
 不死鳥教典の連中も、ここで騒ぎを起こすほど愚かではないだろうし。一応名目上、定期的に様子を窺うに留めるか?
 警戒すべきはやはりデビルなどの妨害か。そういえば、輝の言っていた様に皇虎宝団とかいう忍者を操る連中も絡んでいると言う話も聞くな。
 どちらも、こっちの常識の隙をつくような奴らだからな。十分気をつけていこう。しかし、ハードだな、どうにも‥‥)
 ともあれ、イグニスも挨拶。
「今回同行させていただく、冒険者のイグニス・ヴァリアントです。以後お見知りおきを」
「こちらこそ宜しく頼む。鳳凰の是非を確かめるなんて、当の翠蘭にとっては失礼な依頼、良く来てくれたな」
 ちなみに、イグニスの視線が左門の格好を捉えても、も特に気にしない。イギリスにも、変わった趣味の奴はいたしなレベルである‥‥そんな船壁を貫いた遠い目であった。
「さていよいよ最後の冒険だな。
 伊織の無実を晴らし、翠蘭様の気性を解って貰えれば、不死鳥教典も安泰だ。
 しかし、伊織を罪に問おうとした者の目的は、一体?
 機会が有れば、その一件調べて見たいものだ」
 斬馬刀を肩に担いだマグナ・アドミラル(ea4868)が呟く。
「ともあれ、俺は伊織をこの戦場から逃がさない為、まあ、我斬が手配した女衆がついたら、潮を待って、港を出るか」
「少し待て。失礼して、一応、確認させてもらおう」
 とヴィグがスクロールを広げて、月の精霊力の審判を仰ごうとする。
「本物なら、この魔法の矢が当たる筈。少々痛いが、ポーションの準備は出来ている」
「ならばこちらも悪いが、魔法を使わせて貰おう」
「私も失礼します」
 と言ってふたりは闘気を高める。淡い桃色の光がそれぞれを包んだ。尋常ならざる量の闘気である。
 スクロールに念じるヴィグ。
「この矢は源徳長千代に当たる」
 果たして矢は真っ直ぐ飛んでいき、長千代を覆う魔力に弾かれた。
「この矢は柳生左門に当たる」
 結果は、対象こそ違えど、同じ事を繰り返した。
「もう、良かろう」
 氷雨絃也(ea4481)が女与力衆を連れて一同の元に訪れる。
 潮加減も良い様だ。
 船は滑る様に港を出て行った。

 我斬がその鋭い目で絃也と共に四方を見渡す。どっちを向いても大洋である。わだつみの声を子守歌代わりに聞いて、はや幾夜──。

 空中で腕組みをし、マントに風を靡かせ──こればっか──のデュランがデュラン流恋愛術を長千代にレクチュアする。
 ちなみに船も動いているので、デュラン自身もこまめに動いて、相対的な位置関係を保持するのに大変である。こんな事に使う魔力って‥‥。

・デュラン戦法その1『女性は贈り物に弱い』
「当然何か手土産を持ってきているのだろうな? 何? 無いだと! 用意しろ!」
「まあ、横笛とかなら、出来るかな?」
「女を舐めるな!」

・デュラン戦法その2『しつこくない程度に褒めろ』
「何でも良いのだ、羽根の美しさなり嘴の形なり何でも何か褒めてみろ!」
「鳳凰っていう位だから、神々しくて、褒めどころは沢山ある様な気が‥‥」
「よし、それを海の向こうまで聞こえる位、大きな声で言ってみろ。腹の底から力を込めて──」

・デュラン戦法その3『深追いはするな』
「女性に対して色々と詮索するものではないよ。何も判らなくても──」
「言わなくても判ってる」
「──と言える位の余裕を持って接しろ! ──何、もうお前はそんな余裕があるのか、おそるべきジャパン男子‥‥」
「いや、左門それ言うと喜ぶし」
 デュランは白目を剥いて一言──。
「怖ろしい子──」

・デュラン戦法その4『女性の友達を利用せよ』
「男に対して警戒心を持っている女性でも、自分の友人の執り成しならば男に対する警戒心も薄れる!
 つまり、この場合先に伊織と仲良くなっておいてから翠蘭への執り成しを頼む事だ。
 その為にはまず伊織に対してデュラン戦法を1から実践せよ! 待てよ──1の段階で挫折してるのか‥‥」
 どことなく空虚な気持ちにデュランは囚われた。
 さて、その頃ヴィグはそんな漫才めいた光景を耳で聞きつつ、目は遙か北方、江戸の方を見つめていた。
 サンワード、テレスコープといった、淡い金色の光に包まれ、陽精霊の恵みを存分に受けても、追尾する船はない。
「護衛もだが、警戒もしっかりやらねばな」
「ここ数ヶ月の出来事にようやく一応の決着が付きそうですね。
 残念ながら『デビルがどこから何者の意志で現れたのか』の確証にまでは辿り着けそうにないですが、今はその何者かの陰謀を阻止する事に集中しましょう。長千代様一連の事件の話をしたいのですが」
「いいよ。不思議な話はいつ聞いてもいいものだ」
 と、シクル少年が一番得意なイギリス語で語り出す。
「そもそも事の始まりは──」
 と、冒険者ギルドに来たあまりにも不審な依頼。直接関わる以外の者は連絡も取らさず、唐突に港から見知らぬ南洋に出る。
 その航海で明かされる伊織の愛犬が実はデビルであったという事実。
 そこから生まれる疑心暗鬼。
 沖ノ鳥島に救う一つ眼巨人の群れ。
 一旦は撤退したものの、逆襲に転じ、不死鳥教典の力添えもあって、事実上彼らを屈服させた事。
 そして、太田道灌が封じた、山の山頂に独り置き去りにされた石化された鳳凰。
 唯一、その力を持っていたシクル少年当人が“大いなる父”の御力を以てその呪縛から振りほどいた事。
 命に関わる深手を負い、自分が本来持っている再生の力さえ、発揮出来なくなるほど、魔力が枯渇した状態であった事。
 翠蘭と名乗った鳳凰は、非常に理性的であり、人間への復讐など露ほども考えておらず、ただひっそりと生きていたいだけの事。
 伊織はそんな翠蘭と不可思議な縁で結ばれ、不死鳥教典をその翠蘭の氏子として、自分たちを位置づけるつもりな事。
 その神と氏子の契りの祭祀の儀式に冒険者が招かれた事。
 太田道灌の配した四神相応を破壊し、国家転覆の容疑がかけられ、伊織が白州に引き出された事。
 国家転覆の情報の入手経路があまりにも異様な為、デビルか、忍者ではないか? さらには、白虎を狙うという皇虎宝団の影も取りざたされた事。
 これにより、国家転覆の疑いが晴れた事。
 しかし、最後に四神である翠蘭の是非を問うべく、源徳家のしかるべきものが遣わされる事になった次第。
「ここから先は長千代様がお父上でしょうか? それとも兄君様でしょうか? に、語るべきお話となります」
「ハッピーエンドになるかは俺次第か‥‥左門の奴、伊織殿の護衛上手くやってるかな?」
「多分‥‥ばれないと思いますよ」
 そこへカイザードが金銀妖瞳を輝かせながらふたりの後に座り込む。
「どうやら、長い話だったようだな? では、私からノルマンの海にまつわる小話をしよう‥‥もっともバードの様にはいかないがね?」
 言いながら、先ほどカイザードは伊織と交わした言葉を思い出す。左門をはじめとした何人もの女性陣が見守る中での会話であったが、当たり障りはない筈だ。
(鳳凰を祭る事を、認めて貰えると良いな。まだ幼く、まあ少し形容は違う様な気がするが、妾腹とはいえ、源徳家直系の男児を向わせてくれるとは信頼されてるかも知れんな)(私は不安なのです。翠蘭様がいつ怒りを思い出されて、その破壊の力を民草に向けるのではないかと。私に好意を持っているだけに却って不安なのです)
「さて、鳳凰の話はシクルにやられたようだから、英雄達の物語を語るとしよう。
 人身売買組織の一部を潰した英雄達。
 だが海賊達は噂を播き、英雄の追撃を封ずる事に成功する。
 それに抗すべく、証拠を集め。無実の罪を晴らし、更に人身売買の現場を押さえ。翻っては、遂には首領をも討ち倒さん。
 民の祈りこそが騎士の力。歓声を聴く事こそは騎士の誉れ」
 カイザードが、貴族の嗜みとしての話術を駆使して、語り終えた後、長千代は問う。
「だが、歓声を聞く事ではなく、平和のみを求めて、山野に埋もれる騎士もいるだろう? 名誉、寛容、奉仕の騎士道に則って」
「如何にも。だが、大抵の場合、山野とは冒険者ギルドを指す様で」
「やっぱり、冒険者になりたいな──以前、俺は城の高みからなら、救える人物も多くこそある、って言った人と会ったけど。城の高みに居たって万を超す、大火の被害者は救えなかったじゃないかって」
 その言葉に吊られ、つい涙を零すシクル少年。いつともなく、座り込んだ絃也はただ静かに耳を傾けるのみ。
 マグナもいつしか、側に来て、昔語りを語り出す。祖国ビザンチンの話を。
「わしの生まれ育ったビザンチンはアジアとヨーロッパの狭間にあってな、多くの民が交わり、いくつもの文明が興亡を繰り返し、最後に残った古代ローマ帝国も、宗教戦争によって、西と東とに別れてしまった。ビザンチンは東じゃ。西の事は良く判らないが、東はローマ文化を受け継いだ上に、ジーザス文化、アラビア文化といった様々な影響を受けながらも、自由に溢れる大帝国として、多分今も君臨しているだろう。
 中でも自由に溢れるモノとしては闘技会があってな、そこでは休日毎に開催された大会で、優勝してチャンピオンになれば、奴隷や捕虜ならば自由を。自由人ならば、出世や金を。罪人ならば免罪を与えられたのだ。最も今は武闘大会自身が武官の選抜試験と化している様だがな。
 そこで出世を選んだ自由人は剣闘士の称号を与えられ、更に兵法を納めるとエル・レオン──獅子の騎士と呼ばれる名誉を得られるのだ。そこから、不死の百人隊と呼ばれる魔法の武具を持ち、自らも魔法を修めた皇帝の親衛隊が選抜される。
 多分、ビザンチンは冒険者ギルドなみに出世の道が拓けて、冒険者ギルドなみに多彩な人々が集う我が故郷だ」
 長千代の瞳はまだ見ぬ異郷に輝いていた。

 そして、沖ノ鳥島に一同は到着する。
 マグナの姿をみただけで、一つ眼巨人達は逃げの一手を打った。
 最早、島の反対側である。
 安全を確認して、一同は上陸した。
 デュランが淡い緑色の光に包まれて、周囲の生物の吐息を感知する。我斬はその呪文詠唱の間の防衛に徹する。
(お偉いさん連れて鳳凰との面会か‥‥これで事態が収集できれば良いんだがな。鳳凰と会えること自体は楽しみだったりするが)
「吟味、か。まあ確かにそれが役目なんだろうが‥‥見定められるのはどっちかねえ?」「我斬、何か言ったか?」
 魔法を発動し終えたデュランが尋ねるが、我残は幼げに見える顔ににこやかな笑みを浮かべたのみ。
 翠蘭が来る──。以前逢った時の大きさと、空中を飛ぶ存在からしてデュランは断言した。
「伊織! 伊織!」
「──翠蘭様」
 甲板上に翠蘭は舞い降りた。前と変わらぬその身、まさしく不死鳥。
 不死鳥教典の一同は平伏する。
 ヴィグは北方を向いて有事に備える。
「ここで何かあれば事だからな。話し合いの結果は後で訊けば良い」
 手を振る輝。
「久しぶりだな、今回は客を連れてきた。俺達との出会いと、今感じている事、結界は壊さない事を話して欲しい」
「人は人の営みをすれば良い。徒に触れ合う事は互いにとっても良くは無かろう。こちらからも徒に干渉する気はない。故に結界は崩さぬ。それが意味のある事なら」
 カイザードはその言葉に乗っかって銀の舌を振るう。
「こちらの源徳長千代様は不死鳥経典を正式な祭祀集団とする確認の為、参られた」
 と、悪感情を長千代達に抱かぬ様に紹介。
 翠蘭と長千代達の問答では、円滑に進む様に接待を勤める。
「別に人の子の間で、正式も異端も私には関係ない。ただ、静かに伊織と暮らしたいだけ。それを妨げるなら──」
「まあまあ、これは伊織様の為にもなる事です、ね? 伊織様」
「その通りです。ただ、ふたりで寄り添って暮らしていきたい。それが伊織の望みです」 イグニスは問う。
「ところで、何故それ程伊織を気に入っているんだ? 共にした時間は僅かだろう」
「さあ、判らぬ。一緒に居たいという事に時間は関係なかろう」
「一目惚れというやつか‥‥」
 そこへマグナが──。
「翠蘭様、この地と江戸を守る意思を問いたい。伊織と共に、江戸の鎮護を願う事を誓って貰いたい」
「翠蘭様──」
 伊織の言葉に翠蘭は。
「伊織が必要とするならば誓おうぞ」
「その言葉、確かに聞き遂げた」
 今まで沈黙していた長千代がようやく口を開く。
「翠蘭様は、争いを望まれない方故、自分から戦う事は無いが、守ると誓われた者を守る意思は捨てぬ方故、その方と争う事は、要らぬ災いを招く事ではと」
 マグナの言葉に頷く長千代。
「そうだな。この事はこれ以上、情報が漏れない様に手を打とう。皆の口の堅さには期待していいのだな」
 誰も否定の言葉を出さない。
「そうなると後は皇虎宝団か──厄介だな。ともあれ、翠蘭の意志は確認した」
 そこで今まで四方の監視をしていた絃也が近寄り、翠蘭に囁く。
「翠蘭、江戸と伊織を宜しく頼む、俺の役目はここまでであろうからな」
 そのまま不死鳥教典の一同は別れる事になった。
 絃也は最後の言葉を告げる。
「言うべき事、語るべき事も無い。後はお前さんの心がけと手腕のみだ、達者でな」
 と、肩を軽く叩いて立ち去ろうとする。
 人気はなかった。
 伊織に振り返る絃也。
「そうそう記念だ」
 ──と天使の羽飾りを簪に見立てて伊織の髪に挿す。そして、そのまま──。
「ではな」
──とだけ言って立ち去る。
 泣き崩れる伊織‥‥絃也は振り返らなかった。
 そして、帰港後、一同に源徳家から幾ばくかの金が渡される。これをどういう意味で取るかは各人次第だろう。
 これが鳳凰にまつわる冒険の顛末である。