●リプレイ本文
冒険者ギルド近くの茶屋に一同集う。
向こう見ずな源徳長千代に何か言いたい事がある様子。
開口一番は結城友矩(ea2046)。
「久方ぶりでござる長千代殿。怪しい連中が『ほうおうのまる』の紋章を付けていたという話だが、以前、この紋をつけた依頼人を見た記憶がある」
「本当か」
「左様。たしか『不死鳥教典』でござったか。陰陽師と志士を擁した組織であったはず」
しかし、と友矩はそこでばつが悪そうに額に手をあてた。彼は『鳳凰』絡みの依頼は受けなかったので噂ぐらいしか知らない。冒険者ギルドで報告書を見ればもう少し分かるだろうと言うと、それでも長千代は彼に礼を述べた。
「いや、この程度で申し訳ござらぬ。ともあれ、御曹司、甲府の借りは江戸で返すでござるよ、不死鳥教典に隠密をふたりばかり付けているでござる」
重々しく言う友矩に、源徳長千代は苦い顔を浮かべた───。
「貸し借りか、あんまり堅苦しいのは苦手だな。とにかく仙千代が居なくなって、随分経つか義姉君も悲しんでいるし。兄貴も色々ウワサだけは聞くな。だから、せめて仙千代の事だけでもとな」
「されど今回は無茶が過ぎるでござる、若君。今や江戸は敵地でござるぞ。それを直接乗り込んでこられるとは、いささか無謀ではござらんか?」
友矩は溜息を吐きつつ。
「とはいえども、未だこの江戸は我ら冒険者にとって本拠地でもござれば。こう見えても多少は顔が利く故、お任せくだされ」
「そうだ。せっかく頼ってくれたのだから、それ相応の働きを見せよう」
長千代を安心させるように言う友矩の言葉に頷きながらパラ陰陽師の上杉藤政(eb3701)は少年に謝罪した。
「すまぬ事をした。
以前、長千代殿にけしかけるようなことをしておきながら、さまざまな要素が絡み協力ができなかった。
故に今回こそはこの上杉藤政、長千代殿に助太刀させていただく───堅苦しいのは重々承知」
「あー、もっと楽にしてくれて良いぞ?」
暑苦しい二人の挨拶に、長千代は強張った笑顔。日頃から傅かれるのは慣れているが、好むかと言えば別の話だ。
「ふーん、でもあの不死鳥教典が、ねぇ‥‥」
そっけない声はアイーダ・ノースフィールド(ea6264)。彼女はほうおうのまるを付けた集団、不死鳥教典と若干だけ関係した事があった。その事を仲間達に話そうと思っている。
「まあまあ、貸し借りの話は、それ位にしたら。とりあえず、こちらの感想だけ述べるとさ、『あの』不死鳥教典が、ねぇって感じなのよ。
付き合いが浅いから‥‥正直、白黒どっちとも言い切れないんだけど。
頭首の伊織には正月に一度だけ会ったけど、いい人っぽかったわね。
でも、結果だけ見ると教団は鳳凰騒ぎで江戸の平穏にマイナスの影響を与えたという事になるわ。
何か裏があって皇虎宝団の罠って可能性もあるけど、そこまで不死鳥教典を陥れなきゃならない理由も良く分からないのよ」
アイーダが過去に沖ノ鳥島で設けられた宴に関して相も変わらぬ口調で説明する。
「‥‥要するに、情報不足か?」
腕を組んで話を聞いていた山下剣清(ea6764)の呟きに、アイーダは頷くよりない。皇虎宝団も不死鳥教典も、そもそも良くは知らないのだ。両方とも秘密結社風の組織と考えれば、外部の人間に全体像が見えないのも当然ではある。今回の冒険で何かしら取っ掛かりが出来れば御の字と言えなくもなかった。
「分からない事を幾ら想像しても仕方が無い。それよりも」
ドワーフのバル・メナクス(eb5988)は視点を変えた。
───全ての鍵はジーザス会が握っているのではないか、と。
「こうして異国の地に居ると祖国ノルマンの教会が懐かしい。ジーザス会はイスパニアの方々と聞くが、心の故郷であるジーザス教の教会が、デビルの影響下に有る等、私には信じられない。仮に事実とすれば、絶対に見過せない話だ。
私は不死鳥教典より、彼らに接触したとされる、ジーザス会の方を調べるつもりだ」
バルの目は真剣そのものだ。ジャパンでは馴染みの薄い異教でも、欧州でのジーザス教はまさに人々の心の拠り所だ。それを汚そうとするデビル勢力への憎悪も、ジャパン人には分からないほど苛烈となる。
「それに、これが此方の目を甲府に向ける為の策なら、何かが江戸で起きていた、もしくはこれから起こるのかもしれない。私は江戸でここ最近のジーザス会の動きを調べてみよう」
当てはあるのか? と友矩が聞いた。
「大久保様、長千代様の情報を元に、一から洗い直すつもりだ」
髭に隠れてバルの表情は見えないが、気の長い仕事になりそうだ。
「大きな教会がある訳ではないですから、調べるのは大変そうですね。
俺は――、父の友が道を誤るとは思いたくない。もし理由が有るなら救いたい。だから、不死鳥教典の方から当たってみます。何かの間違いと思いますが、そうでないなら、きっと鳳凰のことで教典が混乱して、付け入られたのだと思います」
ブレイズ・アドミラル(eb9090)は異国に旅立った父親が関わっていたと聞いた不死鳥教典を救うつもりでいた。しかし、彼の父が受けた鳳凰の仕事を直接知る者は今回の面子には居ない。アイーダ達が又聞きで話すのを聞いて、偉大な父の面影を感じる。
「不死鳥教典に余所の勢力か、内部分裂があるとしたなら、頭首の伊織さんが心配です。無事だと良いのですが‥‥」
他生の縁があるルーラス・エルミナス(ea0282)は困惑の色を隠せないまま、言葉の穂を接ぐ。
「問題は何故ジーザス会と不死鳥教典が関連するのか、ですが。接点は無いように思えますが、江戸城落城の折に、翠蘭さんが飛び立ったと聞いています。あの後、何かが起きたのかもしれません」
考え込むルーラス。何かあったなら自分達を頼って欲しかったと思うものの、それも難しい何かがあったのかもと思い悩む。
「その鳳凰だけどさ」
難しい話が続く中、幼い肢体に疲労の色を濃くした日向大輝(ea3597)が言葉を挟んだ。
「ううん、直接には判らない。いやぁ、江戸城陥落の時の鳳凰に関して、ちょっと調べたんだけど、鳳凰だからっていつも燃えているとは限らないらしいのな。大混乱って言っても、一人や二人後をつけてそうなもんだけど、これが全然。もう半年も前の話って事もあって、どこへ飛び去ったかわかんない」
と、疲労回復の甘味である柿をしゃべり終わった後に口にし、飲み下す。日向の視点はルーラスに近い。騎士の方を向いて話しを続ける。
「一神教のジーザス教と鳳凰を崇める教団の教義は相容れないはずなんだ。なのに、そのふたつが接触を持つってのがそもそも変な話だね。
長千代の話を信じれば、不死鳥教典から接触したんだろう? だとすれば、そんな特殊な事態が起きているって事になるよな?
それがどんな事であれ南の島でおとなしくしていた鳳凰が江戸城の乱の時に江戸にやってきたことが大きく動く発端だったんじゃないか?」
仙千代誘拐が、鳳凰や江戸城攻防戦に端を発するとする仮説は興味をひく。しかし、証拠は無いので今は気持ちの悪さだけが残った。
西中島導仁(ea2741)は腕組みをしつつ。
「ううむ‥‥しかし、以前調べた依頼では不死鳥教典に、特に気になるような所は無かったのだがな。たしかに多少はあやしいが、大寺院の干渉を避けたい秘密教団とはそういうものだ。あまり迂闊に動くべきではないと俺は思うのだが」
薮蛇という言葉は冒険者の為にあるようなものだ。導仁の危惧は理解できたが、避けても通れないと仲間達は判断した。導仁も無理に仲間達を止めようとはしない。
友矩が予め仲間を通じてアタリを付けていた、港近くにある不死鳥教典の出先のこぢんまりとした、しかし、如何にもうらびれた館。
そこに伊織を含めた計4名が滞在していた。江戸の不死鳥教典の主要メンバーという事になるらしい。
アイーダと藤政が尾行したのは、買い出しに出た使いっ走りばかりで、特に変わった事件は起きなかった。
その間に、バルと剣清は白の教えを奉じるジーザス会のクレリック(ジーザス会は白派も黒派も居るらしい)の布教所を通じて、長千代の言を信じれば接触があったと思しき、不死鳥教典の関しての話を聞いてみた。
「ああ、あの‥」
意外にもと言うべきか、十数人程度のマイナーな秘密結社にも関わらず、ジャパン土着の精霊崇拝の特異な一例として、理解は無いもののある程度の認識がされていた。江戸中探しても不死鳥教典を知る人間はそうはいまい。何故知るのかとさぐりを入れると、知ったのはつい最近のことで、赤子の引受先に不死鳥教典が含まれているという。
「赤子?」
「ええ、小さいですがこの仮教会は救護所を兼ねていまして、身寄りのない子供の世話などを。それで、どこで聞きつけたのか赤ん坊を置いていく人がいまして」
暫く前、その赤子が捨てられていた当日に、神託があったと言って不死鳥教典の面々が現れ、その赤子を引き取っていったというのだ。
「何でもフェニックスの生まれ変わり、だとか言いまして。他の赤子では絶対駄目だと。まあ、我々も救護所を維持するのにも浄財が必要なので、そこで折れましたが───」
(まあ、ジャパンは仏教と神道の国だし)
剣清が胸の内で呟き、口の端に上げて。
「一応、不死鳥教典の方も当たってみるか。別働隊が回っているはず」
一方その頃、ルーラスは不死鳥教典の真意を探る為に、ブレイズや長千代と共に不死鳥教典の出先機関である館を訪れていた。
表には導仁が万が一の突入に際して───せっぱ詰まった時の裏表余さずさらけ出す役割、あるいは立ち回りになった時の予備威力として───残っていた。
ルーラスは翠蘭様と共に新年を祝った者として、今の教典の状況が気になり、ちょうど近くに立ち寄ったのでやって来たのだと切り出した。
しかし───。
「失礼ながら頭首の伊織殿に会いたいのですが」
「申し訳ありませんが、伊織は翠蘭様が行方をくらまされた事で、些かならず衝撃を受け、未だ立ち直っておりません。故に私が代わってご用件を伺いましょう」
出迎えるのは、ほうおうのまるの紋章をつけた狩衣姿の男。
男の言葉に、ルーラスが電光石火の思考を巡らす。伊織は翠蘭失踪の責任を追求されているのか──!?
「では、どうあっても会わせていただく訳には行きませんか?」
「はい、申し訳ありませんが」
男の声音には取り付く島もない。出直すかとルーラスが思ったとき、ふと赤子の泣き声が奥より響く。
「仙千代か!」
長千代の鋭い声。
飛び出そうとする長千代をルーラスが牽制する。
「ま待って下さい。いくら何でも‥っ」
その小さな騒動に、表で待機していた導仁が駆けつける。
「まて待てぃっ!」
早速、口上を述べようとするが、空気を読んで───。
「あい分かった。今こそ全てを打ち明けよう。その方が早そうだ」
と、導仁は事の顛末を針小棒大に語る口上を密やかに始めた。
「源徳家の嫡孫が!? それはお国の大事」
「そうなんですよ。江戸では大事になりますので、この事はどうかご内密に」
「そう言う事情がおありならば、致し方ありません。確認していただきましょう、できればお会いして欲しくはないのですが、誤解を生まぬ様、恥を忍びます」
と、男は奥まった部屋へと一同を連れて行き、丁寧に挨拶をして、襖を開け放つと、放心状態の伊織が、まだぐずっている赤子をあやしている所であった。
「翠蘭様、どうかお泣きやみ下さい───」
「鳳凰と赤子の区別もつかなくなっているのか?」
ブレイズの口から思わずうめき声がもれた。
しかし、長千代のオーラテレパスに反応があった所からこの赤子は仙千代と断定される。
「そんなバカな?」
教典の者達は勿論抵抗したが、国家の大事と言われて不精不精に引き下がった。一同は仙千代の身柄を、伊織が眠っている内に引き取る。
「伊織さん間に合いませんでしたか───」
ルーラスが残念げに言葉を落とす。
ともあれ、一同は八王子に帰る長千代と左門を見送った。当然、ふたりは仙千代を伴って帰る。
「これで八王子開城の種は無くなったでござるな」
友矩がようやく一息つく。
「いくら何でも仙千代君本当に翠蘭の生まれ変わりなんて事ないよな? 多分、生まれたのは翠蘭が解放される前だろうし」
大輝少年は夕日に向かうふたりの影を見送る。
これが仙千代をを巡る冒険の顛末であった。