【経】ここから逃げたりしない【胡蝶と竜】
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■シリーズシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:16 G 29 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月01日〜04月11日
リプレイ公開日:2008年04月10日
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●オープニング
神聖歴1003年、八王子。惣代官、大久保長安(おおくぼ・ちょうあん)が沈黙の内に自分の子飼いの忍者から、報告を聞いていた。
「───成る程、高尾ではその様な次第があったのか‥‥だが、霊的な事項より、現世の事に眼を向けねばなるまい、報告大儀であった」
この大久保長安という男。顔の部品の造りが一々大きく、色男であった。しかも、かなり派手な出で立ちを好む。
ともあれ、現在、八王子に身を寄せている、源徳家の女御衆の内、お茶阿の局(あちゃ−つぼね)の元に伺い、八王子健在である事を示す為の軍事演習を八王子千人同心で行い、その頭領にお茶阿の局の一子、源徳長千代を据えたいのだが、と自分の思惑を申し立てる。
「家康様のお子も去られ、信康様のお子も、嫡孫としては微妙な雰囲気である事。今のところ、最も江戸に近く、伊達家からの関心も比例する身となっては───まさか、赤子に軍を動かせはしないでしょう」
「それを長千代に───? と」
「左様、ご令息には今までの冒険で培ってきた仲間達の力添えもあるでしょう。万夫不当の猛者達ならば、後ろで采配をふるも良し、前に出て前線を任せても良し───まあ、長千代君の側仕えの肝心の柳生左門が‥‥まあ、疾れ者ですが、戦争を嫌がる、長千代君への人質となってくれるでしょう───兄の穴埋めをする為にも」
「本当に長安殿の言葉をきいていると、まるで将棋の駒のひとつが如く扱われますね」
「戦争に必要なのは有能な指揮官と、その指示に従う優秀な駒です」
ところがどっこい。肝心の長千代が姿を現さない。
八王子の山中に行ったか、江戸の城下町に流れたか、大久保長安の館から姿は消えてなくなっていたのだ。
書き置きがひとつ。
『武士の都合で、人を動かして、命のやりとりをさせる、そんな事させるに値する道義などない。源徳の家からも籍を削っても噛まないから、やりたい様にさせてくれ』
そこに添える様に、ご同道させていきます、誓いの為。
と、源徳長千代の側人、柳生左門(やぎゅう・さもん)の添え書きがあった。
長安の依頼は二種類ある。まず、千人同心の江戸城開放戦に向けての再編成。残るものは長千代がどこに行ったかを探し出し、長安屋敷に連れ返す事。
この館で世話になっているパラ陰陽師少年、14才の茜屋慧(あかねや・さとる)、が陽精霊にフォーノリッヂで伺いを立てた所、ジーザス会の紋章をつけた建物に出入りしている姿が見えたという。
未来はかならずしも確定している訳ではないが、八王子にはジーザス会はない。
自ずから目標は定まったかに見えたが。
御曹司を巡る冒険が始まる。
●リプレイ本文
黒崎流(eb0833)は寒気未だ厳しき八王子にて、八王子千人同心の再編成を担当する事になった。
一隊、百人の半農、半武士達からなる千人の郷氏達をとりまとめる立場だ。
八王子を家康から預かる大久保長安への質問として、流は───。
「江戸奪還の目処が立ったのでしょうか?」
長安が返しては───。
「いや、全体として動きは鈍い。しかし、只座しているだけでは、状況を変える事は出来ないだろう。その為の『火中の栗』を敢えて拾う再編成だ」
「つまり、まるで目処が立っていないと? それでも奥州、伊達の動きを何か掴んでいるでしょうか」
「奥州や伊達の、春は未だ遠い。独眼竜は自分の方から、荒らした江戸を改善しようと金倉を開いている様だ。自分で自分の首を絞めている。それに気づかず江戸城に居座り続ければ、それが奴の器の限界よ」
「それはさておき、再編成との事ですが。兵科や割合、現在の指揮官など状況はどのようになっているのでしょうか」
流の言葉に長安は一巻の書簡を取り出す。
「うむ、書き出しておいた」
「全員歩行ですか───機動線には向いていませんね? 成る程、元々は西に退却する際の、しんがりを勤める部隊という事ですか。
兵法に付いては最低限の知識はあるかと思いますし、伊達の江戸支配を面白く思っているわけもない。
必要とされるならばご協力したいと思っていますが‥‥とりあえず大将が戻るのを待ちましょうか」
「その言葉、万金の重みがあるな。さてはジャパンに鳴り響いた名声だけはある。だが、長千代君を待つよりも、出来る所から手をつけて欲しい。何しろ軍神がいないからと言って事を遅滞させる訳にはいかん」
「軍神?」
さすがに元服前の子供に関して大仰な言葉に、流がいぶかしげに問い質すと、長安は口元を閉じた扇子で隠して───。
「いや、ただの戯れ言だ。黒崎どのには今後とも相談役として励んでいただきたい」
「長安殿にもお聞きしたいが‥‥。
伊達は兎も角、伊達の手を離れた後ならば、義経殿と誼を結ぶ事は出来ないでしょうか?
彼の方が奥州軍の大義であるなら、江戸城を取り戻した後、義経殿と和睦致せば‥‥大戦を前に少なくとも停戦に持ち込めるのでは?」
「策としては面白い。しかし、本家に対して、分家が何を以て報いるか、思案の為所だな。軒を貸すだけに留めなくてはな、少なくとも三河に耳打ちするだけの価値はありそうだな」
「つまらぬ戯言かもしれませぬが、お耳をお貸し頂き感謝します。
また、このように考えるのは、人‥‥源徳に仕掛けられた奥州の戦も、人同士の争いですが。
本質はその裏で進む何らかの魔性の謀略に思えて仕方が無いのです。
その過程で起こるただの現象であるなら、根本を止めねば、勝ち負けに関わらず人の世は‥‥」
「いくさの裏に常に魔性有りと考えるのは───判りやすいが。ただ、それだけに過ぎない。人の世はもう少し複雑に出来ている」
やや、辟易したかの様に長安は流に退席を促した。
「大体のアウトラインは判った───と、しておく」
ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は結城友矩(ea2046)の説明でおおよその長千代の人格を掴んだ様な気がした。
頷くジルベルトに友矩は───。
「それは話が早い。源徳の御曹司がジーザス教の紋章をつけた建物に出入りでござるとは、その建物は、おそらく去年の仙千代君誘拐事件で出てきた教会でござろう。
御曹司達はデビルに関して何か掴んだのかも知れぬな。夢々、デビルに遅れをとる二人ではないが。心配でござる」
一方、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)が十字架を買うという名目で、その建築物『掘っ立て小屋』に向かったが、オーラテレパスを使うまでもなく、けが人や病人達の看護に励む、長千代と柳生左門の姿を確認できた。
(あいかわらず剛毅な王子様ね。
まあ、長千代様が調べたがってるのはおそらく、仙千代様誘拐を計画した犯人でしょうね。
依頼してくれれば、調べてもよかったのに)
しかし、彼の真意も確かめたいし、皇虎宝団には今まで辛酸を嘗めさせられている事から、アイーダは、ジルベルトと友矩を伴って長千代様に会って話をする事にした。
「おや、久しぶりだな」
意味もなく気配を隠す程、アイーダは暇ではなく、そこで普通に近寄っていく所で声をかけられる。
「多分判ってると思うけど、あなたが抜ければ誰かがその穴埋めに使われることになるわ。
赤子を総大将に戦をする‥‥なんて事も絶対ないとは言い切れないわね」
「ないな」
アイーダの言葉に断言する長千代。
「兄貴は尾張との関係で、廃嫡されている。兄貴らしい豪放磊落なやり方だけどな。で、そこで更にその子供で自分で立つのもままならない赤子が頭首では、兵が集まらない。親父はまだ老いぼれちゃいないのに、弟たちが出てくる訳ないよ。長安も自分が立って、兵を率いるという選択肢を捨てたんだろう?」
そこへ咳払いをひとつして友矩が言葉を挟む。
「ともあれ、長千代殿、見つけたでござるよ。左門殿も、立ちなおられたようだな? しかし、このような事を諫めるのも側にいるものの勤めではござらんか。
‥‥さて、若君、この様な所で何を探しておられるのかな?
よもやデビルの手掛かりでござろうか」
「いえ‥‥それは───」
言葉に詰まる左門。口出しさせず、友矩は淡々とつなげる。
「若君達だけでデビル退治だとすれば。水臭いでござるな。拙者らに一声掛けて下されば馳せ参じたものを」
頷くアイーダ。
「今からでも遅くはないしね。私達が調査を引き継いでもいいわ」
そして声を潜めて。
「私ならジーザス教徒だから訪問もできるし、隠密能力にも長けてるからね。適役だと思うけど?」
長千代は納得したように思えない。強情だ。しかし、自分達がここに来た以上、逃げ続けるのは無理という事も分からせなければならない。
友矩が淡々と言った。
「それはさて置き、長安殿が御呼びでござる」
事務的な口調。依頼を受けた冒険者として、拒むなら縄をかけてでもという態度だ。
長千代は動かない。友矩は嘆息した。
「武門の長、源徳家康が一子たるもの戦から逃げるのは感心しませんな。貴方が戦陣に立つ事で兵の集まり具合も士気も違ってくるでござる‥‥ましてや犠牲者の数もでござる」
「嫌だ。書き置きにも記したとおり、武士の面子と、領地の切り取り合いで、関係ない人間を闘わせ合う事に関与するのは、絶対に嫌だ。
伊達は金蔵を開いて江戸の救済に当てている。奉行所は十手持ちを再雇用する事で治安を維持している。源徳家臣と伊達家家臣の諍いは続いてるけど、それは武士の面子の問題で。源徳が江戸を取り戻そうとすれば江戸の町を焼く事になるのに、犠牲者の数が違うだって? 武士の都合は民人をいくさに狩り出す理由にならない。何で自分に関係のない事で命を落としたいんだい?」
むう。友矩は唸った。もし長千代が己の子供だったなら殴っていたか。
源徳が伊達と戦えば民が苦しむ。長千代の云う通りだ。だが源徳はこのままでは源氏の棟梁としての立場を失う。安祥神皇の治世にも影響する。天下のため、伊達を討つ。そのために江戸を破壊する事になろうとも。それが源徳の立場というもので、そして長千代はそれが嫌だという。
「‥‥駄目ね。これでは説得の算段に欠けているわよ。一度、引き直したらどう?」
ジルベルトが一旦休戦のサインを出した。
「嫌という言葉は理屈を超越しているのよ」
「ならば、非常の手段をとる事も考えねばならぬか───」
三人の報告を聞いた長安は深々とため息を吐いた。
大名の息子に生まれても必ず戦わなければならない訳ではない。僧籍に入る道もある。しかし、今の源徳家はそれを許せる状況でなく、長千代を必要とする声があるのだ。
流は自分も行くべきだったかもしれない、と千人同心を相手にしていた事を悔やんでいた。とはいえ、千人同心を能く従わせるには流の用兵の才が必要であった事は事実である。
「家康公がそう仰せられたと聞きますが、江戸を落とせば済む話ではないと。
厄介な話ですが、こちらが黙っていたとしても、政宗殿は源徳に纏ろう領地を切り取り続け、戦は起こり、多くの血もまた流れてしまう事でしょう。
ならば、戦を早期に終わらせる為尽力した方が結果として人の為になるのではと愚考致します」
「その通りだ。伊達には江戸を治める大義が無い。義経を利用して源氏の内紛の形を取っているが、大義を得ねば戦い続けねばならぬ道理だ」
安祥神皇は間違っても江戸統治の資格を伊達に渡さない。五条と繋がる事を危惧する声もあるが、太宰府は遠すぎるだろう。気になるのは平織上洛の動き。上洛した平織が安祥神皇を押えて伊達を容認する可能性は低くない。
下野や房総、この八王子や相模と関東に残る親源徳派には予断を許さない状況である。伊達に降伏し、関東を捨てて三河に引き籠るというのでもない限り、戦争回避は難しいのだ。
しかし、この言葉も武士の面子で斬り捨てられるのは必至であったかもしれない。
これが長千代君を巡る冒険の一環であった。