【経】紡ぎ上げた夢がここに【胡蝶と竜】

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:15 G 20 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月29日〜05月08日

リプレイ公開日:2008年05月08日

●オープニング

 大久保長安(おおくぼ・ちょうあん)は推察される通り焦っていた。
 自分の手中の玉であった、源徳長千代(げんとく・ながちよ)と柳生左門(やぎゅう・さもん)の出奔。それに伴う、武家社会と乖離した、思想の路程。
「このままでは俺の栄達どころか、源徳家の存亡に関わる」
 ふたりの少年はジーザス会の療養所という名前の掘っ立て小屋で働いていた。
 ともあれ、いかな深山に逃げた所でもうひとつの玉である、茜屋慧(あかねや・さとる)も構太刀という手駒が無くては押さえの札とはなり得ない。
「しっかりと揺るぎない、理論と感情の両方に訴えて、八王子まで戻ってきてもらい、八王子千人同心の束ねとなってもらわねば───」
 伊達はいつか失政を起こすだろう。
 実際、これまで伊達は上手くやってきた方だが、房総を攻めた事は焦りの一端と思えなくもない。結果も出ていないものを英断と取るか失策と取るかは早計であるが。
 ともあれ、長安も待ってはおられない。伊達の失政、三河の蜂起、いつか判るかしれぬ時機を───待っていられるほど、長安は悠長ではなかった。
「目覚める頃合いは今だ。家康様の後継者として、後のジャパンの支配者となってもらうには‥‥現実を知って貰わねばな、だとするとまさしく天の配剤かもしれぬ。千人槍の演習の準備も急げ。精々、独眼竜を心胆寒がらしめてやろうぞ」
 こうして八王子の冒険者ギルドにひとつの依頼が出された。
───長安の夢をかけた冒険が始まる。

●今回の参加者

 ea0282 ルーラス・エルミナス(31歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7865 ジルベルト・ヴィンダウ(35歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb9669 高比良 左京(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ガユス・アマンシール(ea2563

●リプレイ本文

 ルーラス・エルミナス(ea0282)は、療養所にて、源徳長千代に気さくに───。
「長千代君、お久しぶりです」
 と、声をかける。
「長千代君は、デビルと言う存在に関して、冒険者のみに関わりが深いとお考えの様ですが違います───我が故郷『イギリス』では、デビルの企てにより国が割れる事態が起きました。
 それは、王と諸騎士達に最も信頼される騎士が、不義を行い、そして謀反を企てていると疑いをかけられた事を発端とし、企みは潰えましたが、犠牲は出ました。
 デビルは乱を起こし、魂を集める事を目的にします。記録によれば、ジャパンのフランク遠征で、宰相を操りフランクに築いた藩を取り潰しました」
 ルーラスは淡々と話すが、その言葉には悲痛さが滲む。
「デビルの本懐は上に立つ者を操り、多くの魂を集め食らい力を得る事。それは魂を輪廻から外し消滅させる、外道の所業。決して許されざる者と言う事をご承知下さい」
「デビルは悪魔の事だろう? 悪魔も六道に確たる位置がある。悪道と言えど外道魔縁とは言わないが、西洋では違うのか‥‥すまない、話を続けてくれ」
「重ねて、失礼を申し上げますれば、長千代君が居らずとも、伊達は戦を始め、伊達に臣従を望まぬ者を攻めました」
「伊達が居ても居なくても戦をしたから、俺も戦に出ろと?」
「いずれ八王子も、三河も戦場になりましょう。長千代君様は、江戸の民の為に上に立たれぬとされましたが、それは八王子や三河の民をお見捨てになると同じです」
「見捨てるとは一度でも責任を負った者の言葉。俺は八王子を───ましてや江戸の民なぞ」
「大久保長安様は、伊達の統治を良しとされません。
 長千代君様が立たれねば、指揮が用意ならざる事は、八王子を出られた長千代君様が、一番ご存知の筈、それでは自らの責を負いたくないだけにございます」
「だから負っていない」
 それでもルーナスは畳かける。
「戦を望むも、和平を望むも上の者で無ければ如何にもなりません、長千代君様が八王子の戻られ、未だ作られぬ道を探すのを望みます」
「そうまでして俺か? 信康兄ならともかく、俺程度、都合のいい神輿に過ぎないし」
「少々、待たれよ」
 結城友矩(ea2046)が人目が無いのを確認して割って入る。
「御曹司、改めて説得に参ったでござる」
「御曹司なんてガラかよ」
「以前、御曹司は無関係な人々に殺し合いを強要するならば武士など滅べと申されたが。こと魔物と戦いに関しては無関係な人間などおりませぬ」
 断言。
「何故ならば魔物は人類の敵でござる。我らは生きる為に奴らと戦っている。だが人はひとりでは弱い、故に群れて社会を形作る事で奴等に対抗している」
 そこでレミエラが埋め込まれた胴田貫を緩やかに抜き放ち。
「例えば、この刀一本を作るのにどれだけの者達が関わっているか‥‥砂鉄を集める者、砂鉄を鋼に鍛える者、鋼から刀を造る者、刀の刃を研ぐ者、拵えを造る者、仕上がった刀を流通させる者」
 感慨深げに言葉を零す。
「それだけでは無い、これ程の刀は一朝一夕には出来ぬ。其々の技術を伝え、更なる高みを目指す者達が幾人もおった筈───多くの者達の思いが刀ひと振りに宿っているでござる」
「その刀を振るう拙者達は人々の魔に負けぬという意思の体現でござる」
「‥‥冒険者は口を開けば魔だデビルだと‥‥どれだけの人間が魔などに思い煩って生きていると思う? 関係無いんだ。魔に殺されるより人間に殺される人間の方がよっぽど多い‥‥」
「長千代君‥‥息が荒いでござる。しかし、言葉は止めませぬぞ。そして、社会が悲鳴をあげているでござるジャパンの大勢は既に源徳、藤豊、平織の三家に決まっておりました。しかし、後発の伊達殿はそれに異を唱え、妖狐の出現で乱れた江戸に攻め込んだ。
 あの御仁の本性は覇王でござる。誰かが止めねば際限ない戦いが続くでござろう」
 そこで声を引き締め。
「家康殿は三河から動かぬ。伊達を止められるのは、御曹司、貴殿しかおらぬ」
「俺は御曹司じゃない、ハァ‥‥、ハァ」
 その問答の間にジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は餅と団子を配り終え、ジャパン人に対して異国人(勿論ジーザス会も含めて)としての信頼を築きつつあった。
 作業が一段落した所で意識を失いつつある長千代の頭を膝枕している、柳生家が一子、柳生左門に手渡す。
「これ月道チケットよ。受け取ってくれるかしら」
「長千代様に代わりお預かりします」
「私個人としては依頼人には悪いけど人生は自分で選ぶものだと思うの。キミと長千代くんの人生だもの。大久保長安がどうにか出来るものではないわ」
「お言葉忝ない、主君に代わり、礼を申し上げさせていただきます」
「まだ半月あるけどこれを使えばキャメロットか京都経由でキエフへ行けるわ」
「それだけ高価な物を」
「道は開けるわ、キエフ経由でパリへもね。エチゴヤで売れば1枚で金貨35枚になる筈よ」
「贅沢をしなければ職が見つかるまで位は何とかなるはずよ」
「あ、ありがとうございます」
「何謝っているの? 子は親を選んで生まれる事は出来ないわ」
 ジルベルトは眼差しを遠くした。
「だから全てを捨てて自由に生きる権利がキミにはあるわ」
「長千代様にはあっても、僕にはありません」
「けれど渡す時に忘れないでね。残された者達の事を、キミが、なす筈だった事の重みを」
 すっくと立ち上がるジルベルト。
「私の話はそれだけよ」

(判らんな。恵まれた境遇に背を向けて、こんな所で燻ぶってるなんてな。ま、仕事だからな)
 一方、高比良左京(eb9669)は倒れ伏している、長千代に近づいた。
「いい気なものだ。源徳家の御曹司がこんな所で無為に時を過ごすとは。
 血筋だけでも、そなたを羨む者は多いんだ。
 そう、そなたは人が羨む多くのものを持っている。
 それを捨てるような真似は勿体無い」
 ここで一声斬って。
「だいたい親から受けた恩を返さず。後ろ足で砂をかけて立ち去るような奴は碌なもんじゃない」
「生ま‥‥れた時に古狸に『醜いから捨てろ』などと言われた事はあるか? 母者にはすまない事はするな‥‥」
「馬鹿だな、愚痴は聞いてくれる奴に言えよ。あんたの考えも境遇も知らない俺に語るな。
 俺が言ってるのは世間があんたをどう思うかって話だ。責任を放棄したクズ、家にも恥をかかせた恥ずかしい奴だ。好き勝手するのは自分の負った義務を果たしてからだ。俺は義務を放棄も権利も最初から無いしな」
 何も無いといった高比良は凄く偉そうだ。
「自分の人生を好き勝手に生きるって事は、何ももって無い。いや持てなかった奴の特権さ。あんたは生まれたときから色んな物を背負ってる。その肩に乗ったものはそう簡単に振り落とせねぇぜ」
「家康の一子だからこそ捨てられる、何も持っていない人物が全てを得るくらいの難易度だけどな」
「尻込みしてないで、さっさと覚悟を決めることだ。あんたはもう見かけ通り子供じゃないんだ」
「そのやる気のない子供を捕まえるよりは、江戸の為、自分の売り込みにでも出て行ったらどうだい?」
 全身を汗びっしょりにした長千代が斬り返す。
「大きなお世話だ。俺はあんたに説教かまして日銭を稼いでるんだ。いい商売だろう?」
 高比良は浪人である。ジャパンの階級制度では士に相当する彼が何も持っていないかは別にして、今は腰に虎徹を差せるくらいは物持ちである。長千代は反論を言いかけて、疲れるので止めた。

 説得を見守っていた黒崎流(eb0833)は両手で長千代の身体を支えた。どこか体調が悪いようだが、いかに体格が並外れてもまだ子供。大人達に何度も詰め寄られて不憫にも思う───。
「───そこまで言われるならば仕方ない。
 年端も行かぬ上、拒む相手を無理に戦場に立たせる道理は自分にも無い。諦めましょう。
 但し、やはり八王子には何としてもお戻り頂きたい。
 母君も居られるのでしょう。このまま御自分の我侭で消えてしまうのも不義理と言うもの。
 そうまで戦を望まぬのであれば、自分も口添えしますので長安殿を説き伏せてみては如何。
 どの道、戦を収束に導く手立ても必要です。いずれ御曹司の手で伊達と誼を結ぶ道もあるでしょう」
「ないね。来たら青葉城の天守閣にくくりつけてやる」
 眼を閉ざし───しばしの時の後、全身から桃色の淡い光が吹き出す。
「な、なんなんだ!?」
「これは‥魔法、か‥‥?」
「おのおの方、油断めさるな!」

『この国には未だ、デビルが跳梁跋扈しているのか? ならば天津神一柱『経津主神(ふつぬし)』が戦いを終わらせる戦いに立とうではないか。
 愚かにして悟りなく、眼あれど見えず、耳あれど聞こえざる民よ、我が声を聞け。
 何百年か眠りについていたようだが、八王子とかいう所に連れて行って貰おう」

 錆を含んだ声であった。
 動いたのは長千代の唇であるが、まるで別人。
「長千代!!」
「‥‥」
 光が消えると共に長千代は昏倒した。
「‥‥訳がわからん。どうする?」
「俺も正直ついてけないが、どうするかは決まってる。本人が云ったんだからな」
 という事で、意識の無い長千代を連れて一同は八王子にとんぼ返りした。ためらいはあったが、この状態の長千代を療養所に置いていく訳にはいかない。
 
「何、ふつぬし‥とな? ふむふむ、上杉謙信が毘沙門天ならこちらは経津主神か。悪くない‥‥さすがは源徳家の御曹司よ。何彼と申していても、お家の為に悪しき事はせぬものだ」
 狐につままれたような冒険者達をよそに、大久保長安はこの成果にご満悦。真実、神仏が下りたのか質の悪い熱病に冒されたのか原因など二の次で八王子同心に長千代の帰還を喧伝した。
 八王子同心達の士気向上は事情を知る冒険者達が見ていて気の毒に思ったほどだ。これで伊達を討てると、涙を流して喜ぶ者も居た。
 千人槍の軍事演習は江戸まで届けという大音声で行われた。
 
 無論、ただでは済まない。 
 そんな大久保長安に、というより八王子に様々な声が届く。
 まず房総、小田原より救援要請が来た。房総の緒戦は伊達氏優勢であるらしく、事態は切迫している。また小田原の密使は尋常でなかった。駿河の北条早雲が、小田原が上杉謙信に下るよう工作しているというのだ。藩主忠吉は揺れているという。手紙は家老の一人からで、早急に八王子から小田原に救援を派遣し、この企てを阻止してほしいと言ってきていた。
「見よ。時が動く時とはこのようなものだ。我らの一挙手一投足が関東の情勢を決めようぞ。長千代様の帰還こそ天佑に相違ない」
 三河の源徳本家からも、この時期に軍事演習を行った八王子の意志を確認する使者がやってきた。江戸から最も近い出城として、源徳家ここにあり、という意気込みである事を繰り返し主張した。三河本家が立たずとも源徳家の端くれとして八王子は動く時は動くと明言。
 入れ違いに、江戸の伊達からも繰り返し伊達家への臣従を迫る使者が来た。
「是非に及ばず」
「それで宜しいのか? 聞けば都では天下布武を標榜する平織家が上洛を果たしたとか。いつまでも関東の武士がいがみ合っている場合ではござるまい」
「仕掛けたのはそちらでござる。何の、八王子如き小勢が歯向かおうと心配には及びませぬ。伊達殿は武蔵の過半を抑えられ、奥州金を使えば総兵力五千は下らぬ筈。負ける道理がござらぬわ、好きな時に来られるが良い」
 武蔵のような大国で総動員を懸けるのは戦費も莫大であり、角も立つ。源徳家康は一度も総動員をかけた事は無かったが、伊達政宗はどうだろう。未曾有の大戦が起こるのか。

 ジルベルトの手にチケットは返された。
「ご厚情忝ない」
 頭を深々と下げる左門。
 これが長安の夢のひとつである。