どこかのだれかの笑顔のために戦って逝け!

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:11〜lv

難易度:易しい

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月18日〜05月23日

リプレイ公開日:2008年05月28日

●オープニング

 京都で比叡山を巡る大戦が始まろうとしていた頃――。

「長安───手配帖は見せて貰った」
 大久保長安(おおくぼ・ちょうあん)に今までの江戸を取り巻く状況を確認していた、源徳長千代(げんとく・ながちよ)。
 八王子を出奔し、冒険者が連れ返ってきた長千代は以前と違っていた。高熱を発し、回復した彼は自らを日本書紀に姿が記されている天津神が一柱『経津主神(ふつぬし)』と名乗っている。
「まず、府中まで八王子千人同心を全員進ませ、房総に対する圧力を減らす。府中は平城故、落とすのも楽であろう」
 府中は通常では軍事上の要衝とならない為、兵は百人ばかりが投入されている程度、という読みがあった。
 もちろん、伝令が走れば伊達政宗が江戸に残した予備兵力を投入してくるのは目に見えた事である。
 しかし、経津主神はいつ来るか判らない三河を待って八王子に籠城するのを良しとしなかった。伊達、武田が動く今こそ好機という。無謀とも思えるが、武門の長に相応しいと八王子同心達は受け取る。
「源徳家縁の女房衆は三河に下がらせよ」
 その貫禄と言い、存在感といい今までの長千代がただの洟垂れとしか見えないほどである。
「しかし、まだ小田原が───」
 密書を送られた長安が言葉を濁すと。
「千の兵を割るか? どちらも自滅するだけの事。到底大事はなしえない。ましてやこの時勢、百姓を田畑から引き離せば、秋に響く。軍資金はあるのだろう?」
「は、この長安、一命を賭しても。千人同心ひとりひとりにレミエラを装備させております」
 頭を床にすりつけんばかりにして、長安が返す。
「とはいえ、丁度、義経と入れ違いの形になりますな?」
「幾らかでも武蔵兵を下野に送ってくれるなら、伊達の徴兵に影響が出るな。好都合だ。下野討伐も容易くはない、これで義経が何者か分かるだろう。───総大将が前に出るとは思えないが、戦死でもしてくれれば、後に憂いが無いな。義経と和睦を説こうとした者もいるが、具体案が無ければ、絵に描いた餅にすぎない」
 ぶれの無い、傲慢とも取れる言動。心強し、と源徳家臣達は思った。至らぬ所は自分達が補佐すれば済む。少なくとも長千代は彼らを待ち望んだ戦場に連れていってくれるのだ。

 皆の者の戦支度はいいか?
 と、長安が経津主神に代わり訪ねれば、千人同心の長の獅子吼が返ってくる。
「いつでも、源徳のお家の為に命を投げ出す覚悟は出来ております! どうか、前進のお沙汰を経津主神様に!!」
「───長安、冒険者ギルドの方に沙汰は回してあるだろうな」
 先陣を切る突撃要員、内通を計る為の間諜、軍師役等々、単純な軍略ではなく、如何に巧緻に戦うかの意志が単純な兵力を集めるに止まらず、広い人材を集めるかであった。
「は、準備は出来ております。府中で落ち合う準備は出来ております」
「よろしい、ならば戦争だ───全軍進発、よもや命を惜しむ者は居ないな!」
 千人同心の遠雷の如き怒号が八王子に響き渡る。
 伊達が房総に動いたのを皮切りに、関東諸侯は動き出した。半ば政宗の予想通りだろう。しかし経津主神の事は知るまい。源徳兵の強さも、先の上州戦を手本にするなら誤りだと教えてやらねば。
 関東を巡る決戦の一幕が斬って落とされる。

●今回の参加者

 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7246 マリス・エストレリータ(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb9669 高比良 左京(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ガユス・アマンシール(ea2563

●リプレイ本文

 江戸表より、密かに愛馬を府中へと走らせる、結城友矩(ea2046)の姿。
(拙者の思惑とは違ってしまったでござる。拙者が思い描いたのは長千代君が千人同心を率いる姿でござった。決して経津主神を勧請する事ではなかったでござる。今は如何にすれば好いか判らぬ。故に刀にかけて誓う、拙者が死ぬか御曹司が再び目覚めるその時まで見届ける事を)
 決意を胸に、八王子兵の陣に急ぐ結城。
 伊達の房総攻めを皮切りに、風雲急を告げる武蔵。

「どうしたのぢゃ? 黙りこくって」
 鷹に乗り、ペースを合わせて友矩と会話をするのは青い髪と眼と翼を持つ、シフールのマリス・エストレリータ(ea7246)。結城と同様、八王子方の応援にやってきた冒険者だ。マリスは伝令、偵察───等、シフールの機動力を生かした情報関係全般の協力を考えたいた。
「本当はこう言うのにはあんまり加担したくないのぢゃが‥‥頼まれたしのう、仕方ないのでお手伝いさせてもらうかのう‥‥断りきれぬでな‥‥ぁ」
 鷹の首に腕を巻きつけ、歳に似合わぬ老熟した口調で、つい本音を口にする。
 友矩は苦笑いを浮かべた、それはあまりにも複雑な感情が入り組んでいた。
 
 八王子勢に既に陣借りしている、黒崎流(eb0833)の理想は、国家千年の安定と発展。
 王道楽土を築き、民が安心して暮らせる体制を希求する黒崎が、経津主神の戦列に加わるのは何故か。
 城攻めまでは経津主神の傍に控え、その様子を窺う。
(‥‥長千代殿は今は眠って居られるのだろうか?)
「万が一、いくさの最中に戦嫌いに戻られても困るが‥‥長安殿の事だから、何か手は打っているだろうか」
 八王子軍の陣中で経津主神、源徳長千代の人気は熱狂的だ。彼らは一年待った。ようやく伊達相手の戦が出来ることを皆、喜んでいる。士気はすこぶる高い。
「武蔵国国府(府中城)を陥落(おと)し、八王子勢の狼煙と致したく候」
 アンリ・フィルス(eb4667)は剣を極め、鬼と呼ばれる凄腕の武芸者。長さ3mの巨大な石の棍棒を片手で振るう様は、まさに巨城を想わす居住まいである。徐に口を開いた。
「人が変わったと聞き及ぶが、各々方は如何か?」
「知らずに聞けば他人と思う所だが、現場を見ているからな。確証はないが、長千代殿の意識は眠っている状態なのでは?」
 黒崎が己の懸念を話した。
「経津主神の腹の中か。いや長千代坊の腹の中に神が巣食ったのか‥‥拙者のような浅学の身には見当もつかぬでござるが、長千代坊はわずかとはいえ苦楽を共にした朋友でござる。その朋友が命懸けの戦いを挑むというのに見てみぬふりは出来ぬでござる」
 あやかしの輩に取りつかれている可能性はアンリも考えなくも無い。
 しかし、不義理、デビル、黄泉人───あらゆる負が跋扈するこの乱世ならばこそ、疑心で道を違える気にはなれなかった。天に替って道を行う、人が人の道を忘れぬ為に。
 同席する高比良左京(eb9669)はその言葉に唇を歪め。
「あんた、武士だなぁ。俺はそれほど割り切れちゃいない。出来るものなら、今からでも胸倉掴んで正気に戻れって平手を食らわせたいが、それじゃ立つと決めた八王子の侍が可哀想だ。説得して連れ帰るつもりが、あんな事になるとはな。‥‥どうにも寝覚めが悪いからしばらく付き合うがな」
 ぼやいて見せる高比良だったが、戦自体は歓迎している所もある。成り上がりを目指す彼にとっては、絶好の舞台でもあった。
「勝ってから考えよう」
「そうだな」
 流は府中城の完全包囲を考え、友矩の知り合いであるガユス・アマンシールやマリス通じて連絡を取りあった。黒崎の考えは攻城の道具に工夫を凝らす事だったが、人数も時も足りず、木工を得意とする者も少なかったので上手くいかず、途中で諦めた。

 進軍中の八王子軍に合流した友矩とマリスが、経津主神と長安に騎馬隊による物見を具申する。
「経津主神殿の読みは九分九厘正しいでござろう。されど百聞は一見にしかずでござる。そこで口幅ったきながらも拙者、騎馬武者数騎を率いて府中へ物見に出たいでござる───読み通りでござれば、護りを固められても大した事はござらん」
 府中も八王子の動きには気づいているだろう。優秀な物見を送るべきところ、歴戦の冒険者ならこれに勝る者は無い。
「伊達政宗は謀略に長けた男と聞く───読みが外れた時は?」
 経津主神の声は鋭い。
「経津主神殿の力量を試される場になろうと存ずる」
 望む所であるかのように頷く長千代。平伏する結城は戦嫌いの頃も今の姿も熱病のような錯覚を感じていた。

 府中城が見えてきた所で、整然と布陣する八王子千人同心。
 マリスを従えた友矩が帰ってくる。
「現状は経津主神殿の読み通り。義経が疾病の様に、向上心の高い若者を連れて行ったので、城の増員は微か、数にも入らぬでござる」
「成る程、とはいえ早晩、江戸表より増援が到着しよう。奴らはそれまで持ちこたえる腹だ。
 敵に時間を与える暇はない。各員通達───四半刻過ぎ次第、突入をかける。それまでに休息を取れ」
 矢合わせが始まり、整然と八王子勢は1:10の包囲網を敷いていく。
 経津主神は軍馬に鮮やかにまたがると、侍従の柳生左門を従えて軍配を取った‥‥。
「全軍抜刀全軍突撃───我に続け!」
 大将自らが先陣に立つ、これほど味方を鼓舞する事は無い。我先にと、八王子兵は府中城に殺到した。
(ここで遅れては武士の恥。一番槍は拙者の物にござる)
 友矩は矢雨の中を一騎駆け。死を恐れぬ勇者達の先陣争いに加わった。

「轟ッ!」
 アンリは人の域を超えた腕力で城門を襲った。石の王をまるで片手剣のように叩きつける様は、たった一人の攻城兵器と云って過言では無い。堅固とは言えない城門は瞬く間に粉砕された。
 壊れた門の隙間から覗く奥州武士を友矩が一刀両断する。
「府中一番槍は頂いた! 猪武者、結城友矩が参るでござる。我と思わん者は掛かって来い!!」
「冒険者に負けるな! 源徳武士の力を見せろ!」
 友矩とともに、雪崩を打って場内に入る千人同心。城兵は激しく動揺した。戦闘が始まってから、殆ど一瞬で城門が破られた。どれだけ冒険者達が凄腕といっても、呆気なさすぎる。まさか経津主神の神威だというのか。
 城中のあちこちで銀色の光が輝いた。マリスがムーンアローを飛ばし、大将の位置を探る。何度か自分に跳ね返ってきて目を回したが、後方の流に戦況を伝えるなど戦場を縦横に行き来した。
 弓兵を指揮した黒崎はドラゴンバナーを掲げ、友矩達の正面突撃を援護した。大釜の熱湯をかけられそうになったりしたが、正面が崩れた事で敵兵が乱れ、マリスの情報もあり、少ない損傷で城入りを果たす。半月の陣形を取り、先に入った突撃部隊の支援に徹した。
「見つけたぞ、大将首っ」 
 マリスの連絡で先行した左京が指揮を執っている敵将を見つけた。挑みかかるが、将を守ろうと伊達方の兵が集まる。
「フォローを」
「心得てござる」
 敵将を守る護衛の兵をアンリがなぎ倒す。その隙に愛馬から飛び降りた友矩と左京が肉薄した。
(殺さないで───使い道はあるから)
「承知だ」
 そのまま愛刀虎徹を両手で握り、口上を述べる。
「自慢じゃねぇが、見ての通り頭を使うよりも刀を振り回すほうが得意でな。降参するか、それとも三途の川を渡るかい?」
「ワシは城主だ。相手にとって不足はなかろう」
「うん。そうでなくちゃ、いけねえな」
 相手は身構え、左京の切っ先が揺れる。一騎討ちとみて友矩は手を出さない。
「甘いんだよ!」
 踏み込みのタイミングをわざと遅らせ、出来た隙に虎徹を叩きこんだ。
(殺すなというたじゃろう!)
 頭の中にマリスのテレパシーが響く。
「ちゃんと手加減したぞ。‥‥死なないよ、このくらいじゃ。たぶんな」
 城主の膝が崩れ、勝敗が決したのを認めたか、刀を捨てる。
「辞世の句を詠む程典雅ではないが、切腹は武士の情けとしてなさせてもらう、介錯を願おう」
「それは困る。降伏しろ。腹切っても治すぞ」
 マリスが降りてきて城主説得に加わる。
「兵の退却を認めて頂けるなら、敗軍の将という汚名の烙印を敢えて受けよう」
 府中城陥落、あっという間の勝負で、敵味方の損害は驚くほど少ない。逃げ延びた伊達軍兵を迎えたのは江戸城から急行した援軍。電光石火で府中が落ちた事は伊達をおおいに驚かせた。
 そして、程なくしてその敗軍の将は伊達からの降伏勧告帖を以て現れた。
「この度の戦、見事でござった。しかし、八王子を出た貴殿の軍は孤立無援。押し潰すは容易いが、みすみす死なせるは惜しい。降伏なされよ。さもなくば独眼竜政宗公が兵三千を差し向けようぞ」
 静かなる勧告であった。
 江戸城を出た兵二千が府中城を囲める位置にある。八王子はこの上無い手段で旗幟鮮明とした事で、北の上州新田、背後の甲斐武田にも喧嘩を売った。

 考える事は多いが、戦闘後すぐに左京には源徳家への登用が長安の手により手配され。黒崎は八王子相談役から八王子軍師へと格上げ。マリスには長安が報いる術を知らず、些少の現金の付与にとどまった。
 一方でアンリは経津主神の復活を信じて献策した。
「下総国の香取神宮は、経津主神様を祀り、広く武士や剣士の信仰を集めている故、経津主神様が顕現なされたことを知らせ、関八州より氏子衆を募る、若しくは蜂起を促すことで、兵力の増強ができるものと思われ候」
 対して経津主神は。
「論を立て、口先にて神社から認めて貰おうなどとは思わぬ。肝心なのは俺自身が俺の名を世に知らしめる事だ。すなわち、俺は戦って勝ち続ける事でこの身の証しとする」
 これが江戸を巡る戦いの一幕である。