●リプレイ本文
ガユス・アマンシール(ea2563)は硬直しているガンの前で、ゲルマン語でまくし立てキャプテン・ファーブルを牽制する。
「キャプテン・ファーブル、慧眼には感服いたしますが。無闇に知識をひけらかすのは感心できませんな──ここはジャパン、欧州ではありません。人と人にあらざる者が共存する国です‥‥勝手に彼の正体をばらすのは野暮ってものです」
「それは君の幻想ではないかね? 人と人にあらざる者が共存できる土地なぞ、千里の果てまで探した所までみつかりっこない、況や、足下に置いては尚」
そういう象牙の塔の者の言葉に対し、ガユスは断らないという返答を確信しつつ、ジャパン語に切り替え手代に問う。
「仮に彼が人で無いとして、江戸冒険者ギルドは正当な依頼を断るのかな」
手代が首を横に振るのを確認した言葉だったが、ギルドの受付は──。
「すみません、流石に妖怪変化の類からは‥‥ちょっと」
と、歯切れの悪い返事。
「バーッド、伊達の占領下にあって気骨を失いましたか!」
ガユスは天を仰ぐ。
「何、私がこの妖怪変化の生態を観察をするという事で、改めて人を集め直そう。そういう事で構わないかね? 小金は余っている、まとまった資金に手を伸ばすチャンスという事で」
微笑みながらガユスは。
「ならば、この依頼引き受けましょう」
その言葉を聞いた、青目、青髪のシフールのマリス・エストレリータ(ea7246)は歓喜の調べを、一オクターブ吹き鳴らし、言葉を継ぐ。
「‥‥とりあえずガン様から話を聞くのが先ですかのう。
見た所、悪事を為す者には見えませぬな。悪意が無いのなら、依頼も大丈夫じゃ。
さてガン様、事情を伺わせてもらっても宜しいですかな?」
ガンは自分が『様』づけ扱いで呼ばれた事が理解できず、目を白黒させていた。
マリス自身は口調こそ老翁のそれであるが、外見は麗しい美少女であり、かなりのギャップを産んでいた。
それでも丁寧な質問で、するすると細かい状況をガンから引っ張り出していく。
「西に行った一軍の長というと、長千代様もそうじゃが‥‥経津主神って言っておったので違いますかな。
行き先は高尾山で尋ねるとして」
彼女の口から発せられた『高尾山』という言葉に、雷に打たれたかの如く居住まいを正す少年、日向大輝(ea3597)。
(──おの)
まぶたの裏に焼き付いた少女の影を追想する。
(もう、半年以上待たせちまったな)
そんな感慨に気づかぬふりをして、ナイスバディな実年シフールの、ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)曰く。
「シナツヒコさんは風の神様らしいのだわ。よく分らないけれど、あってみたいとは思うのだわ」
ガユスも、キャプテン・ファーブルと一緒に腕を組みながら頷く。
その言葉を聞いて、ガユスは遠い目をして──。
「以前パラっ子の里で神を名乗る天手力男と出会うことが出来ました。そして彼が地の上位精霊である事を確認しました。級長津彦も上位精霊なのでしょうか。楽しみです」
「楽しみなのだわ」
「高尾山といえば天狗ですね。一度会ってみたかったんです」
そして旅路へ。
高尾山への道すがら、ガンの相手をしている青年志士、清原静馬(ec2493)は。
(神様探しとは面白い。はたして鬼が出るか蛇が出るか)
と好奇心に茶色の目を輝かせつつ、丁寧に己の知っている事を依頼人に聞かせていた。
「長老が語っていたのは経津主の事じゃないですか?
実は先日、経津主の依頼がありましてね。小田原に進駐している武田軍の規模を物見してきたばかりなのですよ。もっとも、早々に追い払われてしまったのですが。
ここだけの話しですが‥‥今頃、源徳の御曹司に宿った経津主は、八王子軍を率いて甲府の金山へ攻め込んでいます。
いえ、心配無用です。経津主は簡単に殺されるタマじゃない。しかし何ですな、話を聞くと、その長老の話は経津主の行動とダブっているような。マリスさんの仰る事もごもっともかな、と」
その言葉に頷くマリスと裏腹に、大輝少年は──。
「化け狸が依頼出してたこともあるし、多分、ガユスのツッコミがなければ、金子さえ本物なら受けちゃうギルドも懐が深いっていうか‥‥なんでもありだよなぁ。
まぁ、俺としては高尾山に超大事なこと残してあるのに、戦の影響で証書でもないと関所抜けられないから渡りに船なんだけど」
大輝は少年らしい純粋さで依頼を受けたように見える。
が、その心中は結構複雑だ。
(長千代に憑いて、伊達と戦してるって話だけど。俺としては長千代からの体から引き離したい。
あいつは殺生とか戦とか嫌いなのに、体乗っ取って勝手に戦させるってのはあんまりだろ‥‥。
いくら『級長津彦』を名乗ったって世間の大半は『級長津彦を名乗る長千代』って見るんだし。
話を聞いてなにかちょっとでも掴めないかな)
八王子にとって危険とも言える考えを少年は胸に秘めている。
「失礼だが、級長津彦さまと経津主神どのを混同されているのではないか?」
と、江戸を出た所で合流した、銀髪の青年『彦之尊』が冒険者達の話に軽くツッコミをいれた。
「道すがら聞いていたが、その源徳の関係者が級長津彦だとして、何故? 自分ではない他の神を装うのだろう? それが理解できない」
「さて。それはこっちが聞きたい話じゃな」
神という連中は妙に謎が多い。大昔の神話の生き残りだとすれば、失伝があるのも仕方ない事なのか。冒険者達は絡まった糸には割と無関心で、関係者が増えたが、その悩みを『他人は他人』と割り切る静馬は分かち合わず、専ら関心はガンに向かっていた。
「ギルドでキャプテン・ファーブルが言ってた事は本当?
キミの本性って何? 狐、それとも狸かな。もしかして狢とか─」
「あ、あのっ」
「ああ。明かせないなら、無理に答えなくて結構ですよ」
「え、え、えっと?」
静馬の言葉に恐慌状態に陥るガン、頭からぴっと三角の耳が立ち。お尻から平べったい、篦のような尻尾が生えてくる。
「大丈夫ですか?」
「ご──ごめんなさい」
唐突にて、ガンは姿を無くした。
「──!?」
ふぁさっと軽く服の布地が、街道に崩れ落ちる、その中欧に何か蠢く、鼠程度の存在。
「ガン?」
襟足から這い出した影は眼をくりくりさせた──モモンガだった。
「そうか、キミは化けモモンガなのか」
笑みを浮かべる静馬。
道中で時間を作って大輝少年は『級長津彦』に関する情報を集めるが、有名所ではない神格の為か、情報ははかばしく集まらなかった。
ヴァンアーブルも思案して──。
「一軍を率いている神様といえば、八王子のフツヌシさんが有名どころだけれど、シナツヒコさんと、どんな関係があるのか分からないのだわ。基本的な事から、調べないと駄目だわね。
だけど、フツヌシさんの八王子の食客になっている茜屋さんならなにか知っているかもしれないのだわ」
「成る程、有益な情報かもしれぬな。それはこちらで受け持とう」
と、彦之尊が言うのに対し、ガユスは笑って、紹介状を一筆したためる。
高尾山に満ちあふれる風の精霊力に眼を細めるガユス。ここなら大きな業が使えるような気がする。
そして自分の持ち駒を確認すべく口に出す。
「白虎か。確か知り合いの『結城友矩』が、高尾山で繰り広げた冒険に出てきた名前だ。
白虎に繋ぎをとるには高尾山の修験者に頼んで天狗に伝言して貰うんだったな」
一方で大輝少年は──。
「いよいよか、どんな相手よりもびびるな‥‥」
高尾に到着し、緊張を隠しきれない。だが、依頼が先決である。修験者に繋ぎを試みた。目的は鴉天狗の十郎坊だ。
「十郎坊?」
「高尾の天狗の、いや妖怪の窓口、取り次ぎみたいな奴なんだ」
「‥‥間違ってはおりませんが」
十郎坊が現れる。簡単に事情を説明する。
「ふむ」
警戒心を見せる十郎坊に、大輝は
「証を立てるから」
どのようにと聞くと、記憶を読んでほしいと言った。ガンの記憶をリシーブメモリーで読んで貰い、身の潔白を証明する。何でもない事のように話したが、凄い事を云うものである。
「疑ってかかられて気分よくないだろうけど、身分の証を立てる意味でも頼むよ」
「ま、魔法?」
おびえるガン。当然だ。
「大丈夫痛くないから」
説得され、修験者たちが一通りガンの記憶を確認した。言っている事に間違いは無いらしい事は分かる。記憶の精査には時間がかかり、その間にひとりの少女が一本の角を額から生やした馬を連れて現れる。
「一角獣か?」
キャプテン・ファーブルの声があがる。
そして感極まった大輝少年も──。
「おの!」
「はい。お久しぶりです、大輝さん。十郎坊さんから──枝理銅と一緒に行けば判るって」
「五ヶ月も来られなかったけど時間としては十分だよな、返事を聞かせて欲しい。
武家って言ったって、俺は冒険者やってても平気なような三男だし気にすることはねぇよ。
冒険者は‥‥ごめん、やめる気はない。
でももっと腕を磨いてお前を悲しませるようなことはしない、これだけは信じて欲しい」
「信じたい──信じていいんだよね?」
おのもまなじりに泪を匂わせる。
「信用商売だからな冒険者は。嘘は言わない」
「嬉しい」
「笑ってろよ。おのにはその方が似合う。ずっと、ずっとだ」
「うん、ずーっと一緒だね。多分これは夢じゃないから」
「ここは‥‥言うだけ野暮」
背中を向けたガユスは近くに居るであろう存在を呼ばわる、同じく静馬も。
「十郎坊殿、白虎の白乃彦様と対面したいのです。どうか紹介していただけないか」
「白虎様と是非にも会いたい者を連れてきたので紹介していただけないだろうか」
13歳ばかりの山伏姿の影が現れる。
「これはこれでレアな鴉天狗だ。魔法か銀の武器でなければ傷つかぬとは」
キャプテン・ファーブルが詳細な解説を述べようとするのを少年山伏、鴉天狗の十郎坊が手で制する。
合流したおのと大輝少年も滝の裏にある隠れ里に入るべく、余計なデビルの類を入れぬように慎重に服をはたく。
ヴァンアーブルは『石の中の蝶』に反応がないから大丈夫かと思うが、何やらを封印しているという所だけあって、慎重論が勝った。
襲撃を受けないよう、慎重に大輝が周囲にファイアートラップで陣を敷く。そして、入域。
奥深くで、最近肉体を取り替えた大天狗の、大山伯耆坊(たいざんほうきぼう)も、かつての大輝と知り合った中である為、旧交を温めなおし、奥の間に通される。
ガユスが御簾の奥にいる白い巨体に話しかける。西方の将神、白虎の白乃彦だ。圧倒的な風の精霊力を身に纏っている。
「白乃彦様、彼はガンといいます。最近甦った級長津彦なる神を探しているそうです。貴方なら御存知の筈と云っています」
「あの──よろしくお願いします」
ガンが進み出る。
「ふむ、探し人か」
「いや、神ですが」
と、ガユスが問うと。
「まあ、古来この国では、伝え聞く異国の神ほど、超越者の敷居が高いものではない。人知を超えた存在全てに人は神と呼ぶ。人であれ龍、魔性であれ、等しくな。人であれ人知を超えれば即神になる、まあ人知を超えた人という事柄そのものが矛盾しているが。級長津彦と言えば、古代に精霊や妖怪変化を率いて闘った存在だと、先代から聞いた。伝聞だ」
「なるほど、ジャパンではそういう神の定義なのですか、単純な精霊崇拝という訳ではないのですね。ともあれ──ガンの頼みを早く聞いてあげて下さい」
ガユスに同調するヴァンアーブル。
「聞きたいのはシナツヒコさんは、どんな格好でどんな姿かたちをしているかという基本的なところからだわ」
「服装はすぐ変わるぞ。級長津彦は肌の色も髪の色も、ジャパン人として変わったものではない。それに伝聞だぞ──この闇から出た事もない身としては、実際の時の移ろいなどしれた物ではないから」
「太陽の光を見た事がないから真っ白になったのじゃな」
マリスが白虎の身を案じて呟く。
「さてな。ともあれ級長津彦がどこかで封印を受けるなり、自ら眠りについておらねば、時の流れに抗う事は出来まい。
白虎の先代も滅びるほどの時では、大妖怪や大精霊とて、殆どは身を滅しておる。或いは――転生か」
「転生──それはわらをも掴むような話。たしかにガンの話では精霊の長老も滅していた、といいますからな」
ヴァンアーブルがやきもきするのを、白乃彦が言葉をつなげる。
「さもなくば負の生命力により、輪廻の輪から踏み出すか。もっとも最近に高尾山にそれらしき力が立ち寄った感触はある。大山伯耆坊の転生前の事だ」
「えらく間尺の長い──白乃彦様は軽く百年を生きておるのじゃろう? 雲をも掴むような話──」
感極まったかのように言葉をはき出すマリス。
「それはやっぱり、長千代の奴かい。二年前だろ?」
『ちょっと高尾へ』のケースだろうと、大輝少年は納得して確認を取ろうとする。明言を避ける白乃彦。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
八王子を立ち去る間際に彦之尊と合流する一団。彼の口からは茜屋慧が、風の精霊の達者ではなく、むしろ古代の力に振り回されている少年の等身大の図が浮かび上がった。
かくして白乃彦のもとから立ち去る冒険者。これがひと夏の一幕であった。