●リプレイ本文
まず舞台は、江戸の街道に面した茶屋から始まる。
キャプテン・ファーブルこと、シャルル・ファーブルは、ガユス・アマンシール(ea2563)と、その意見に同調した清原静馬(ec2493)により、経津主神に『級長津彦じゃありませんか?』と問い質す愚を悟り、新たに問い直した。
じゃあ、どうすればいい、かと。
「まず経津主神に級長津彦に関して知っている事が無いか聞いてみましょう」
ガユスは端的に応えた。その言葉に静馬はうなずき。
「確かに先日の白虎の話と、長老の言葉は整合性があります」
「じゃあ、後は任せた」
と、キャプテン・ファーブルが締めくくろうとすると、茶屋の外から、化けももんがのガンの、火の点いたような鳴き声が響いてきた。
「どうしました!?」
慌てて外に飛び出した静馬がガンの視線を追うと、狩衣姿の彦之尊が無表情のまま、腰の打刀の柄に手をかけ、板塀を背にしたパラ忍者の紅林三太夫(ea4630)に向き合う図があった。
「死者への侮辱は許さん‥‥」
「ちょっと、思いついた事を言っただけじゃないか〜。亡くなった長老がもうろくしているんじゃないか? って」
余計な事ばかりしゃべる三太夫の口である。
仲間に助けを求める三太夫。
「馬鹿なことはやめなさい!」
他人は他人の静馬と、無口なガユスはこの手のもめ事に関心が薄い。キャプテン・ファーブルは彦之尊に、街道沿いで刃傷沙汰をする事の愚を説き、一行が分解しないよう鎹となった。
「‥‥私達に任せて帰るような口ぶりでしたが」
「感情で動く人なのでしょう。好奇心を抑えられる方にも見えませんし」
そして舞台は西方へ───八王子の長安屋敷に移る。
「おや、随分と人数ふえたな〜」
三太夫は額に手をかざして、屋敷の内外に集まる武人達を見やった。
長安屋敷近辺には新顔が居た。香取から来た、経津主神の氏子らしい。武田に喧嘩を売り、源徳本家も関東勢とヤル気という噂が広がって、中々の盛況ぶりで混雑さも倍増。
小柄な体を活かして人ごみをすり抜けた三太夫が主君筋の結城家の名前を出した事で、おそらく取り次ぎの時間は短縮できたようだ。
(この場で経津主神が違うなどと、キャプテンに言わせたら───)
ガユスはキャプテン・ファーブルを翻意させなければ、どうなっていたかと想像して身震いした。
口には出さなくても、その思いは静馬にも伝わり、キャプテン・ファーブルの愚挙を予め制しておいた事は正解であったと確信し、両人はほっと胸をなでおろす。
そして刻は至り、彦之尊とキャプテン・ファーブルを伴って、一同は奥の茶室に通される。
待っていたのは派手な顔立ちの大久保長安(もっとも面識のないものには、そう紹介されただけだが)と、かなり背の伸びた源徳長千代こと経津主神。
小姓の柳生左門は召し出されていないようであった。
儀式的な挨拶の応酬の後にガユスが切りだす。
「ここに伺った仔細は話した通りです、そこで経津主神様、こちらの彦之尊殿とガン少年が探している級長津彦様についてご存知の事があれば教えて頂けないでしょうか」
「残念だが───いや、級長津彦と言えば、どこかで聞いた覚えがあるような?」
と経津主神は顎に手をやる。
「うちで預かっている、茜屋慧どのの先祖に構太刀を送った神ではないかと記憶していますが」
長安の言葉に経津主神はうなずき。
「構太刀か、ああ成る程。だが、級長津彦といえばそれくらいしか覚えてないな。あてにされていたようだが、残念だ。名のある神であれば記憶にあるはず。或いは、時代が違うのではないか?」
大昔の神と言っても活動時期にそれほど開きがあるのか。不老不死でなければ当然ではあるが。肩透かしを食らった風情のガユスは精神的な体勢を立て直しながら。
「先日の甲斐武田における金山襲撃。級長津彦様を知っていると思しき、彦之尊の里の長老の遺言と符合するところが多いと聞きます。ゆえに経津主神様と級長津彦様が同じ一柱の神と深読みする者もおりますとか」
深読みした者が誰かは、あえてガユスは言わない、これが水面下での精一杯の駆け引きである。
「ああ、成る程」
経津主神と長安はようやく納得したらしい。
「そのような偶然もあるものかな。話を聞きたいが、その長老殿が亡くなられたのではな」
四方山話と変わらない。何か証しとなるものでもあるなら別だが。
「偶然とするには似過ぎだと僕は思います。二神が同一であるかはともかくとして、これには何かが隠されているのでは無いでしょうか」
静馬が話を引き取り、思い切って博打とも言える勝負を打つ。
「もしかして、近くにいる神様の気配とか感知できますか?」
「近くの定義次第だが、少なくとも別の街とかのは無理だ。この館と少し程度の距離で───知っている相手なら、オーラセンサーで判る程度だな」
がっかりし己を表に曝さないようにしつつ、静馬は食い下がろうとするものの───。
「じゃあ、気配から相手が誰か判別できたりは‥‥って、経津主神様は特別な魔法を使える訳じゃないようですな」
「経津主を過大評価しているようだな。それはうがちすぎだ、所詮は‥‥」
経津主神の言葉を長安が引き取る。
「軍神ですので、あれもこれもという事ではないのでしょう」
「───軍神といえば聞こえはいいが、単なる刀振りという事だ」
こうして、会見は終わり、一同は江戸に向かった。
「いやぁ、手がかりが見つからないで残念でしたね」
三太夫がひとり下がっていたガンの頭をもみくちゃにしながら、慰める。
「今ひとつすっきりしない、幕切れだったねえ」
秋の風に己が身を打たせながらキャプテン・ファーブルは呟いた。
「もっとも、静馬君やガユス君の言葉が無かったら、こちらが血祭りにあったかもしれないけどね? その点は感謝してもしきれないけどね」
彼は兵を集めた事で、八王子の千人同心が再び東進するだろうと漠然と判じていた。
そして江戸の手前で彦之尊とガンは別れを告げる。
多分神無月が、再び経津主神に真実を確認する最後の機会となるだろう、天高く馬肥ゆる秋なのだから。
戦乱の季節は訪れる。