●リプレイ本文
「冗談を言う顔に見えますか?」
真顔のまま、ガユス・アマンシール(ea2563)は、八王子でシャルル・ファーブル‥‥もとい、キャプテン・ファーブルに問い返した。もちろん、ガユスも、紅林三太夫(ea4630)も、清原静馬(ec2493)も真剣そのものの表情である。
この問答が行われているのは、源徳長千代──否、経津主神と大久保長安の前である。
経津主神と級長津彦の関係を明らかにしたいという3人の申し出は、申し出そのものは至極まともであるにも関わらず、実に冒険者らしいというか乱暴な方法論により聞く者を絶句させた。
「風の神ならば、私の術を身近と感じれば何か思い出すかもしれません」
ガユスは風精霊と契約を結んでいるウィザードとしての力を長千代にぶつける事で、その関係を確認したいという。それも生半な事では無理であろうから、彼ら三人が一度に長千代に挑戦したいという。
唐突な事にリアクションを返せたのはキャプテン・ファーブルだけで、その言葉も端的に。
「マジ?」
というものであり、それが冒頭の言葉に直結している。
それだけ予想外の言葉であり、良からぬ考えを持つ輩が、首脳のマヒしている、この隙に攻め入れば八王子軍は壊滅的な状況に陥っていたであろう。
冗談はさておき――恐るべき事は誰も冗談を言っていないことだが――静馬も膝を乗り出して、
「是非とも武神と手合わせしたい。この機を逃せば次の機会は巡る筈もない」
一方的であり、それだけ言い放ちながら、一対一の戦いを申し出をしない。これは勝ち星を何とでも拾いに行きたい意思の顕れだろう。
「当方、級長津彦でも経津主神でも一向に構いません」
「‥‥清原殿──? 正気か」
長安がようやく精神的な再建をした所に畳みかけるように静馬は斬り返す。
「正真正銘」
返答に困り、閉口した長安を尻目に、三太夫が経津主神に話しかける。
「ねえ、ねえ勝ったらキミが持っているレミエラ、見せてもらえる? とっても珍しいものだって結城のダンナから聞いていたんだ」
「いや、別にレミエラくらい見せてやるが? それだけの為に決闘も申し込んだのか?」
「うん♪」
三太夫は経津主神のよっつのレミエラを見せた貰ったが、その間も経津主神は隙がない。先ほどのガユスの発言が如何に破格なものであったかが判るというものだ。
籠手にそれぞれつけられたレミエラは、武術の奥義をそれぞれ拡大し。数珠につけられたレミエラは魔法と奥義を融合するらしい。最後の御守りにつけられたレミエラは風の精霊力に関するもののようだ。
とりあえず装着しているのはこれだけだそうだ。
「うーん、聞いた事がないってのはよーく判った」
三太夫はとりあえず頷く。
「で、話を戻して」
主導権を取り直すガユス。
「試合を受けていただく訳には──」
「断る」
経津主神は斬り捨てる。その音の如く、ふつと糸を断ち切るが如く。それでもガユスは諦めない。
「何か思い出せば儲けものです。信じたいのです、あやかしと神との時代を超えた絆を」
「で、何も思い出せない場合は?」
経津主神はストレートに言葉を放り返す。
「それはその時の事」
「今は戦時下と判っての言葉か?」
長安がガユスの言葉に対し、圧力を言下に加える。
どんな状況が一分後に待っているとも知れない。いや平和時であろうとも、仮にも一軍の大将にある者に真剣勝負にて、しかも三対一にて正体を確かめたい、等という申し出は受諾出来る道理がない。冒険者がどうこうという話でなく、これが長安の申し出であったとしても長千代は断る。事故が起きれば取り返しがつかない。魔法薬や僧侶の奇跡があっても、どんな状況でも必ず助かる保証は無いし、どこにデビルや忍者の奸計が潜んでいるかも分からない。九割九分九厘まで信じた所で、残りの一厘を以て裏切るのが謀略というものである。
そもそも、長千代自身に己の命を天秤にかけてまで正体を知ろうと思うほどの懊悩は無い。
「それでは‥‥」
諦めるのが得策と───ガユスの合理的な部分は叫びをあげる。しかし、その一方で繊細で傷つきやすい部分は必死に抗う。確かめれば分かるが、確かめられない事など世界には無数に在る。それを聞き分けるのが分別だが。
「御免!」
武神との手合せ、折角の機会を逃してなるものか。
静馬の若さはこの場に暴発し、刀掛けに置いておいた愛剣を引き抜く、や否や、全体重を乗せた斬撃を浴びせかける。
「むっ」
経津主神は高速詠唱で淡い桃色の光に包まれ光の刀を造り出し、突撃をいなしざまに静馬の魔剣を粉砕する。しかし微妙なタイミングで同時に三太夫が、両手の平からそれぞれ手裏剣を撃ち放つ、しかし両手利きでない事により左手の手裏剣はコントロールをそれ威嚇にはならない。
静馬を踏み台にして頭上からの奇剣をえようと、間合いを詰めるが、既に一馬は倒れ伏し、上背を加味しての跳躍はなしえなかった。
逆に頭上から光の刀の斬撃で三太夫のスリルシーカーぶりは満たされていたようだ。満足げな笑みを浮かべて意識を手放す。
ガユスが淡い緑色の光に包まれ、突き出した人差し指から疾風の鎌を、どん欲な死刑執行者の如き勢いで叩きつける。
光の刀で余裕をもって受け止める。しかし、その不可視の刀身は、ウインドスラッシュを相殺した所で砕け散る。緑色の光が溢れて渦を為し、天井を突き抜ける。竜巻を裂いて、雷の刃をもった、源徳長千代が現れた。
「と、殿‥?」
「‥‥長安。この騒ぎ、伊達の忍びに擦り付けておけ───また、級長津彦が覚醒しておいた事はこの場にいるもの以外には喋るな‥‥当然、口は堅いな?」
「あ、あなたは?」
一同を代表してガユスが訪ねる。
「級長津彦。風神級長津彦さ。とりあえず経津主神の記憶も、長千代の意識もこの心中に眠っている」
大久保長安は級長津彦を前にひれ伏し。
「級長津彦───という事は構太刀に関しても、何かご存じで?」
「うむ、あれは高尾山に封印した黄竜───大山津見神、龍脈の祖、地脈の守護者───の人間への地脈を汚し、大地の力をないがしろする事への憎悪が静まるのを待つ、天狗達と他の四神達により、封じられた荒神よ。そして、改心を願い、封印の内部の眠りでも力は削がれていなかったようだな」
どうやら、古代には龍脈の制御する力はまだあり、その謎の力にも精通している超存在だらしい。
だが、戦乱の世は、更に大地を血に染めるだろう。それが人の選んだ道なら。そして、その道を歩む限り、黄竜との激突は避けられない。
大久保長安は一言。
「触らぬ竜に祟り無し。八王子勢の旗頭として戦っていただきます。級長津彦さま‥‥いや、経津主神さま?」
「構わん」
真実は甘いかしょっぱいか?
表で控えていた彦之尊とガンも、どうやら級長津彦が、経津主神として動く事と、現在の状況では直接戦力になりそうな精霊が数限られており(人に化ける怪物は化ける時間が普通の個体は一日持たない為、兵として用いるのは難しそうであった)それでもガンと彦之尊は顔を繋げて戻っていった。
これが経津主神神話の始まりである。