僕より幸せな奴は嫌な奴だ【V作戦決行】
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■シリーズシナリオ
担当:成瀬丈二
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:1 G 56 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月05日〜02月20日
リプレイ公開日:2009年02月18日
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●オープニング
鬘屋に行って、所持金を増やしたという天界は横浜出身の小柄な少年、杣柳人(そま・りゅうと)。
彼の以前の踵まであった見事な栗色の髪は、いまや肩口で切り揃えられており、天界から持ち込まれた服飾に代わり、西洋風のこざっぱりした衣装に身を包んでいる。
それでも、そばかすの浮いた少女めいた顔立ちと、度の強い眼鏡は変わらなかった。
そして、今ではジーザス会のお助け小屋から、冒険者街に居を構えるだけの財産を手にしているが、それが髪一束の値とは中々に信じ難い事。
ともあれ、柳人少年が、地球風のバレンタインを広く流布して、モテモテになろうとする計画はまもなくクライマックスを迎えようとしている。
というより、性急すぎる計画である事は否めない。しかし、時期的には外せないタイミングであった。
「同情するなら、甘味を──」
そこまで言って、江戸の冒険者ギルドで一度たたらを踏む、柳人少年。
若干、青ざめているようにギルドの受付には思えた。
『バレンタインデーを広めてくれる冒険者募集』という依頼を受け取った、その受付は──。
「顔色が優れないようですが、医者か神聖魔法の使い手の所に行った方がいいのでは?」
病気を治す魔法は印度、モンゴルの阿修羅神の教えのもの、あるいは神聖魔法白の極めて高位の使い手だけに限られる。若干ならば気休めにはなるだろうが、完治には魔法ではほど遠い。
医者も万能ではない──これは天界も同じ事だ。
「大丈夫だよ、だから契約書にサインさせて」
そして、ヴァレンタインの日に江戸は加速する。
──V作戦決行。
●リプレイ本文
「時々センスがない‥‥って言われる事無い?」
ルーフォン・エンフィールド(eb4249)が、杣柳人の出資の元、天界の知識を駆使して造った顔料によって描かれた鮮やかなポスターにエリザベート・ロッズ(eb3350)が寸評を加えた。
日本スタイルのヴァレンタイン──天界でも国が違えば文化は異なる──に不慣れなルーフォン少年が描いたポスターのキャッチフレーズは。
『嗚呼、う゛ぁれんたゐん、おとめのまつり、いとしのかたへかんみを送ろふ』と、エセ日本語であり、更に自他共に認めるエセ浮世絵風のポスター。
「なんだよ悪いか? 別にいいだろ、お祭りなんだから」
異世界に迷い込んで以来、久しぶりのバレンタインに少々浮かれ気味だった。突っ込まれて少々恥ずかしくなったルーフォンだが、それで止めるほど素直でも控え目でも無い。
柳人少年の金で人手を雇い、ジーザス会の教会を中心に、ポスターを張った立て札を立てて回った。
「うーん。思春期だわね」
エリザベートに温かな目で見つめられて、ルーフォン少年は居心地悪そうにその場を離れる。教会の中ではバレンタイン用の甘味を作っていた。
すっかり身長が伸びたルーフォン少年を見て、風祭亜寿佳(ec5911)は──。
「ほんとニュキニュキ伸びる」
と評した。まさに成長期の神秘である。
「それはエリザベートさんの言葉だよね? 著作権料取られるんじゃない」
成長と逆行して幼くなったのか、ルーフォン少年の口調も砕けている。
「著作権って何? 難しい言葉を知ってるのね」
「原作者の権利だよ。こっちの世界にもあるだろ。それとも著作権フリーなの?」
「さあね」
天界人とは文化が違うなぁと亜寿佳は目を落とした。もっとも、最近まで鎖国同然のジャパンではそれも数多の外国の一つぐらいにしか思われない。
「何やってるの?」
「柿が甘過ぎるなら、と今度はへんな虫――じゃなかった、干し芋をあんこに混ぜてみたの」
机の上には悪戦苦闘の跡が残る。改良した芋大福を、やはり依頼人の助けを借りた人海戦術でジーザス会を訪れる人々に配って回った。
そして14日、聖ヴァレンタインの日。何かを期待して目を輝かせる柳人少年に亜寿佳は 万感の思いを込めてため息をつく。
それでも、頬に手を添え──
「随分とすっきりしましたね、昔の柳人くんは可愛かったけど。今の柳人くんはもっとステキ」
「え、昔の方が良かったって事?」
とまどう柳人少年。亜寿佳は微笑みながら。
「キエフに行っても元気でね。髪は魂が籠もっているといいますから、その髪で幸せになって下さいね。でも、エリザベートさんには負けません」
こんどは尊敬の念を込めて握手。
ルーフォン少年が咳払いをする。
そこで亜寿佳は思い出した。
「はい。バレンタインの甘味」
小さな手に甘味を手渡す。
ありがとう、と満面の笑みを浮かべる柳人少年。
つい、亜寿佳も表情がほころぶ。
初対面でキスをされるのは嫌で、顔なじみになってから甘味を受け取るのはオーケーなのか、その当たりの柳人少年の思考回路は考えていない。
ともあれ、エリザベートにとっては、バレンタインを『好きな人に甘味を贈って告白する日』と、認識していた。
「イマイチよく判らないけど、聞いた限りでは問題なさそうね。柳人が鬼気逼る思いでやりたがっている事だし、協力してあげるわ」
と言う意図の元、『好きな人に甘味を贈って告白する日』として酒場を中心に、噂を広めて行った。
彼女のその言動を勘違いして、バレンタインに訪れる人物には、蔑むような目線で見下ろすのみ。
それでも、柳人少年に対しては、嫌いではないので、あげてもいいかな? 程度には考えていた。
食糧事情も相まって(そう、江戸は厄介な──控えめに言っても厄介な戦時下なのだ)、前回しっくり来るものが出来なかったので、柳人少年には店で買った和菓子を渡す。
「まぁ、敢闘賞って事で。いい男になりなさいな。男の魅力ってのを磨けば女は黙っていても惚れるものよ」
と言って買ってきた甘味を手渡します。
「ありがとう! でも、僕の知っている相手だと、ウソは多くつけって言われたよ」
「真実が少ない場合の方が多いんじゃないかしら? それにしても、まだ、顔色悪そうね? 医者に診てもらった方がいいんじゃないの?」
「だ、大丈夫だよ」
「駄目じゃないの。健康管理は異郷の地では必須事項よ。甘く見ると大変な事になる場合があるんだから、きちんと治しなさい」
「う、うん」
エリザベートはそれ程旅慣れている訳ではないのが、異国に行くたびにその土地土地を色々とリサーチしていた。
彼女の故郷である、ロシアで有り体に言って、過酷な地なので体調を崩す事が死に繋がり易かった。その為に健康維持にはかなり敏感である。
癒し手に身を委ねる、という事で一番手近なジーザス会で柳人少年は健康診断を受ける事になった。
しばし、一同をやきもきさせた後、医師を兼ねる、クレリックのひとりが厳かに告げる。
「体力不足からなる疲労ですね。しばらく養生した方がいいでしょう、どこか安全な地で」
薬を投与すれば完治するモノではないらしい。根気が必要な治療だとの見立てであった。
(江戸に来ただけでも体調を崩すのに、これでキエフに移住となったら‥‥)
エリザベートはしばらく様子を見る必要があると踏んだ。少なくとも体を労る必要がある相手では、色々な意味で問題である。
「しばらく江戸を出ようと思うんだ」
「そうだね、戦争とかで養生とかには向いていないからね」
柳人少年の言葉に、ルーフォン少年も同意した。
「どこか、オススメの土地とかってある?」
「さあ、日本の事詳しくないよ」
ルーフォン少年が振られて困っていた。そこへ亜寿佳が助け船を出す。
「温泉などどうでしょう」
「ああ、温泉か。それはいいな〜」
「早く健康を取り戻すのよ。少なくとも健康でいて悪い事は何もないのだから」
と、エリザベートは締めくくった。
こうして江戸を抜け落ち、柳人少年は一時舞台から下りていく。
これが冒険の顛末である。