僕より幸せな奴は皆やな奴だ【V作戦発動】

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 93 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月21日〜01月28日

リプレイ公開日:2009年01月31日

●オープニング

 杣柳人少年、もし地球に順調に生きていたら、今年の春に中学生になる筈の彼は、湯気で手を温めながら、すきま風と格闘をしていた───もっとも負け試合であったが。
「今年のヴァレンタインは──チョコは無理としても、甘味は外せないよね。モテモテ再興の為に!」
 綿入れを羽織って、ポーズをつける。
「それにしてもジ・アースの女性ってどうしてあんなに背が高いんだろう? 何か秘訣でもあるのかな。まあ、いい懐は温かいんだし」
 そして、冒険者酒場(成人以外酒を飲めないのは江戸幕府が滅びた後の事だ)で、しとしとと噂を流す。
 イギリス、ノルマン、ロシアと言った諸国で行われているヴァレンタインデーは今度は月道を渡ってジャパンにやってくるんだ──。
 一般人ならいざしらず、海外に足を伸ばした事も少なくない、冒険者にとって、ジーザス教のお祭り(?)である、ヴァレンタインデーは遠くの事ではない。
 冒険者街の神社にある『約束の木』の下で、女性から男性に甘味を送ると、永遠の愛が約束される。
 その言葉は戦時下の江戸で浅く広く流布され、様々なヴァリエーションが広がっていった。
『約束の木』で甘味を送りあった男性同士は永遠の絆で結ばれる。
『約束の木』を材料に使うとオールスレイヤーの武具が出来る。
『約束の木』の下で交わした約束を破った者に対して、丑の刻参りをすると、効果覿面。
『約束の木』の木の枝を朝日の下、一呼吸で食べ終わると幸せが生まれる。
『約束の木』には月道が隠されていて、そこには天界に通じている
「やるのだ!! 僕たちの手で!」
 そこまで噂が四分五裂しているとは知らずに柳人少年は以前、お世話になったジーザス会に頼み込んで、西洋風の甘味──ぶっちゃけ言うと、チョコレートの代用品である──の訓練に使わせてもらう事になった。
 聖人の事を祝うのだから、ジーザス会からはNGが出なかった。
 V作戦発動──。

●今回の参加者

 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3350 エリザベート・ロッズ(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb4249 ルーフォン・エンフィールド(20歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec5911 風祭 亜寿佳(20歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 睦月の終わり、ルーフォン・エンフィールド(eb4249)は危地に立たされていた。
 自らの流した、法螺話である『約束の木』の下で、永遠の愛を誓い合ったハーフエルフは狂化しなくなるという、悲劇的伝説──むしろ喜劇であろう──があるという話を冒険者街の面々に、街の子供達を使って流布した。
 それに歓喜し、あるいは物見遊山で集まったハーフエルフ達の前で、その言葉がまったくの法螺話であることが露呈し、洒落にならなくなった為である。
「やっぱり、人の弱点は突っ込むべきではないのかな──ともあれ、ごめんなさい」
 恋愛の機微の判らない、ルーフォン少年はそう言って頭を下げた。
 体の節々が痛む。それが成長痛なのか、単に逃げ回り、どつき回されたゆえなのかは定かでは無い。
 いや、それどころか、少年は今、明日の朝日が拝めるか否かという瀬戸際である。
「大丈夫?」
 見かねたジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が、炎のように赤い瞳を輝かせながら、ルーフォン少年に手を差し出す。
「あの野郎、どっちに行きやがった!?」
「天界人だというが、人の心を玩ぶのは感心せん。ジャパン流に云えば、きついお灸をすえてやらねば!」
 路地から殺気立ったハーフエルフ達が現れた時、ルーフォン少年はジェシュファの背後に隠れていた。正確には、少年の姿を隠しているのは『ヂェーリヴァ』という若いトレント。
「やあ、何かあったんですか?」
 ジェシュファはジーザス教の教会までヂェーリヴァを運ぶ途中だった。教会の片隅においてプチ約束の木としようと考えたのだ。ヂェーリヴァのために『約束の木。傷つけたり枝をもいだりした場合は一切の伝説は無効』と書いた、立て札をジャパン語、イギリス語、ゲルマン語、ラテン語、スペイン語、アラビア語、華国語、ヒンズー語で準備しており、それらを積んだ荷車が怒れるハーフエルフ達とルーフォンを遮断していた。
「ははぁ。その人なら、ここに隠れていますけど」
 ハーフエルフ達から事情を聞いたジェシュファがおっとりした調子で答えると、暴徒の目の色が変わる(何人かは確かに狂化していた)。
「しれっと人を売るんじゃねえ!」
 飛び上がったルーフォンの抗議は、的外れと言えよう。ジェシュファはただ嘘をつかないだけだった。そこに悪意は存在しない。
「人を傷つける噂は良くないよね。もちろん、木もだけど」
 ジェシュファは立札を幾つも立てて、真ん中にトレントを置いた。
「これでよし」
 さすがにアトランティスの言語まではフォローしていないが、こちらにくるアトランティス経由の人は大抵逗留先の言語も嗜んでいる。
 厳重な立札の一種異様な雰囲気もあってか、はたまたトレントの神秘さか、教会にやってきた人々はヂェーリヴァに気づくと、トレントにもそれぞれの流儀に応じて祈りを捧げた。
「はやく戦が終わりますように」
「夫が無事に戻るようお願いします」
 時勢を反映してか平和を求める願いが最も多かった。蜂起した源徳軍は小田原で今も戦っており、先日も江戸で八王子勢と伊達勢が衝突したばかりだ。戦時下と言っていい。
 名残雪のように、恋愛相談の願いもあったが、それは些細なものである。
「約束の木は、どんな願いを叶えるのだろう」
 トレントを見守っていたジェシュファはそんな疑問を口にする。人々の平和の願いを聞いてくれるものならば、どんなに良いだろう。
 そこへエリザベート・ロッズ(eb3350)が、柳人少年を伴ってやって来た。柳人少年の装いは一変している。踵まであった長髪は肩口で切り揃えられ、合成繊維で装われていた四肢は若草色の品の良いダルマティカに包まれていた。
「あれ、柳人くん」
 ジェシュファ少年が小首を傾げる。同調するルーフォン少年。ルーフォンはあのあと、何とか命は取られずに済んだ。
「そうだぜ、柳人の奴、髪切ったのかなぁ」
 エリザベートが兄である、ジェシュファに言葉を放つ。
「で、ちんちくりん、柳人の言い出した事は終わったのね? なら手伝いにいらっしゃい」
「うん、いいよぉ〜? あれ。柳人くん、髪切ったんだ」
「伸ばしただけの髪がみっともないって言ったら、どこかに行って、髪を切ってきたみたいなのよ。まあ、切っただけっていうのも見るに堪えないから、床屋で整えたけど」
 そう言いながら、エリザベートは柳人少年の四肢から若干力が抜けている事や、僅かながら血の匂いがする様な『気がする』事には言及しなかった。
「鬘屋に売ったんだよ。やっぱり珍しい髪だからそれなりのお金になったんだ。これでみんなの甘味造りに役立ててよ」
「それなりのお金なら僕たちはもっているよぉ〜」
 ジェシュファ少年の声に、エリザベートは頷いた。
「お帰り、皆さん」
 彼らが戻ってくると風祭亜寿佳(ec5911)は、干し柿と餡のコラボに頭を悩ませていた。ルーフォン少年から聞いた『いちご大福』を再現できないかというアプローチであったが、家事は人並みである彼女には少々荷が勝ちすぎた。
 組み合わせとしては悪くない。しかし、柿には苺の持つ酸味が無い為、甘さだけが過剰に供給される、要は甘ったるいのだ。
「どうも巧く行かなくて」
「確かにそうみたいね。でも、14日にはまだ時間があるから、工夫は出来るんじゃない」
 エリザベートが論評をする。
「で、ジェラートの具合はどうかなぁ?」
 そんな妹をよそにジェシュファ少年は、亜寿佳に問う。
 ジェラートの撹拌には体力が必要だが、エルフである彼には、それだけの体力がなかったのだ。
 そこで一番体力のある人材にと白羽の矢を射たのだが、当確ラインにいたのは亜寿佳だけだったのである。
「うーん、シーザーみたいにはいかないね〜」
 一説にはジュリアス・シーザーや、アレクサンダーの遠征の際、氷や雪に砂糖や蜂蜜を混ぜて造ったとされるのが源流とされるジェラートだ。
 戦時の中、生乳を高値で買い付け、クーリングで冷やしながら、強引に造ったのだが、やはり指示を出す方も、出される方も家事には疎い為‥‥お察し下さいな結果に陥った。
「桃のピロシキも──駄目っぽいね、やっぱり。スモモの干したものでは戻す為にうまくやらないと──って、一個だけ出来てるね」
「あ、それ僕がやったんだよ」
 ひとつだけ巧く造れているピロシキがある。出がけに柳人少年が手がけたものだという。柳人少年は家事にはそれなりの経験があるらしい、ひとり暮らしで培ったものだろう。
「キエフに来る来ないは別だけど、柳人には出来る事があるじゃないの。その才能があるのに、どうしてあんな格好が出来るのかしら? 普通は見られる事を意識すれば、こぎれいにするものなのに」
「多分、その言葉が正解かもしれないぜ? 他人から見られるのと、自分で自分を見る事は一致しない事が多いんじゃないかな?」
 その言葉に亜寿佳は頷く。
「じゃあ、こざっぱりしたちんちくりん2号を祝って、林檎のキセーリを食べましょう」
 エリザベートが少年少女を促す。味は‥‥論評しない──。
 間もなく如月であった。