【黙示録】高尾に集うは勇者のみ

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:12 G 67 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月09日〜12月18日

リプレイ公開日:2008年12月14日

●オープニング

 江戸から最も近い霊場、高尾。その一角を激震が覆った。高尾から一歩離れた地では、さざ波のひとつも立たない、されど順調なれど、ひとつの予兆。
 高尾山を覆いし、莫大な量の風の精霊力も、千々に乱れきっている。
「地も風が哭いておる──白乃彦(しろのひこ)変事がないか?」
 白虎『白乃彦』を呼ばわるは、高尾の大天狗『大山伯耆坊(たいぜんほうきぼう)』の声。高尾山の滝裏にある、隠里の深奥から返答があった。
 隠れ里には十人ほどの鴉頭の鴉天狗に、狼の頭を持った白狼天狗らが住む。更に深奥に位置するは高尾の結界の要。
 風の精霊である白虎はその魔法円の古代魔法語で描かれた一角にに座していた。
「ああ、確かに精霊力に異変がある。これでは大山津見神(おおやまつみかみ)の結界を維持仕切れぬ──大山伯耆坊よ。お主が肉体を変えた事で、封印は盤石ではなかったのか?」
 大天狗は自らの肉体に衰えがあると、女性と契りを持ち、自らの後継者を産ませる。そして、その肉体に自らの全てを移し替える。
 何百年に一度という事件であるが、近年、大山伯耆坊は肉体を移し替えたばかりであり、肉体は青春の若さに溢れたままであった。
 故に老いによって肉体の盛りを過ぎ、白虎と大天狗の法力による黄竜の封印の維持が困難になるという事態は既に過ぎ去り、その為、封印の中身を知りたいという冒険者の言葉も袖にしたのであった。
──好奇心、猫を殺す。それが大山伯耆坊の判断だ。実際、聞いた所で封印の中身を解放するような、単に収拾がつかない事態をもたらす気はなかった。
 封印の中には大山伯耆坊、黄竜──地の大精霊である大陸渡りである風水の始祖であった。
「おそらく──先日見た夢に何か関係があったのか? 白乃彦判じてはくれぬか」
 大山伯耆坊が結界の要であるほこらまで降りていくと、白乃彦と視線を会わせるように腰を下ろした。
「一面の白い鳥の羽が降り注ぐ下、このほこらが褐色の光と共に砕け散る夢であった。そして、女性らしき声で、新たな時代に新たな試練が訪れる、下の門が開かれる心せよ──後を何か続けようとしたらしいのだが、そこで夢は終わってしまった」
「試練か──天らしい言葉だな?」
「うむ。先程の地鳴りも精霊力の異変に連なるものであろう。まあ、一言で言えば、お主にはそれしか判らぬ──という事だな」
「はっきり言うな。鍍金が剥がれる」
「ともあれ、人への失望を抱いたままの大山津見神が目覚めれば、板東全ての益荒男、武人、賢聖が集おうと防ぎきれない程の災厄が襲う。黄竜の怒りは大地の怒り。地の上に住む限り避ける事は適わない」
 大山伯耆坊は白乃彦の言葉を受け流しながら、さらりと凶事を口に出す。
「只でさえ、変事があったのに我らがここを離れて、江戸に依頼を出しに行く訳には行かぬ、いつもの事だが、十郎坊に頼もう」

 それから時は流れ、冒険者ギルド。
 十五歳ばかりの人の良さそうな山伏姿の少年──人間に化けた鴉天狗の少年、十郎坊である──が受付嬢の前で依頼を述べていた。
 今、江戸は源徳家の再編問題で緊張している。
「‥‥高尾の方も大変ですね。依頼を正式に受けたからには、できるだけの手は打ちますけど。具体的な依頼内容を確認したいのですが」
「はい、大山伯耆坊さまの夢で見た内容に独自の解釈を下せる方。そして、精霊力の異変が白乃彦さまが形成していた魔法円に連動していたと思われるので、古代魔法語に精通している方をお願いしたいです」
「難しそうですね。戦闘要員とかは?」
「もし封印が解けた時は‥‥立ち向かうだけ無駄ですから」
「めずらしい依頼ですね‥‥ともあれ承りました」
 四将神を巡る冒険が始まる。

●今回の参加者

 ea7865 ジルベルト・ヴィンダウ(35歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb5540 大沼 一成(63歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec2493 清原 静馬(26歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「動く時に『よいしょ』と『どっこい』とか言うのは老化の始まりっていうけど、それを複合させた『どっこいしょ』っていうのはかなり老化しているんじゃないかしら?」
 高尾への出発、ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は、彼女が貸した馬に大沼一成(eb5540)が肉置の良い体躯をつい声に出しながら乗るのに、つい論評を加えてしまう。
「いや、私はまだ若いぞ」
 一成(五十七)が意義を唱える。
 人生五十年か? という中で不惑を越えて現場に立つ一成は既に長老と呼ばれてもおかしくない身である──まあ、当人次第だが。
「‥‥」
 ひとり軍馬をすすめる清原静馬(ec2493)は、とりあえずバーレスク達の軽口に付き合うつもりはないようである。
 ともあれ、三人は物見遊山ではない。
 伊達の検問をかい潜り、八王子陣営の領内深く、高尾山に一同はついた──山には無理をしなければ馬は上れない──、そこで馬を宿に頼み、予め十郎坊が話を通しておいた山伏が天狗の隠れ里に一同を導く。
 滝をかいくぐり、仄かな光源の内にあるそこで山伏姿の十郎坊が出迎えた。
「みなさん、来ていただき有難うございました」
「十郎坊殿、一別以来ですね。夢占いに来ました。僕は専門家じゃありませんがね、──やるだけやってみましょう」
 静馬が云うのに、十郎坊は黙って頷いた。
「で、積もる話は後でも良かろう。早速だが、その魔法円とやらを見せてくれんか?」
 と急かしたのは一成。
「おう。出家したばかりの身で、煩悩も断ち切れておらぬ未熟者とそしられるかもしれぬがのう、私は古い物には目が無いのでなぁ」
 一成の目は少年のように輝いていた。
「そうね。私達は夢の判じに来たのだし‥‥難しそうだけど。大山伯耆坊様の所に行くのが筋かしら?」
 神秘げな笑みを浮かべたジルベルトもそう云って十郎坊を促す。
「されば、こちらへ。我々も方々の助けを必要としているのです」

『一面の白い鳥の羽が降り注ぐ下、このほこらが褐色の光と共に砕け散る夢であった。そして、女性らしき声で、新たな時代に新たな試練が訪れる、下の門が開かれる心せよ』

 その夢の解釈を尋ねた大山伯耆坊は、隠れ里の奥で結跏趺坐していた。
 しばしの挨拶の応酬の後、大山伯耆坊が冒険者達に夢の解釈を促した。
 まず静馬が一歩進み出た。片手をあげて、ポーズを決める。気障なタチなのだ。
「『試練が訪れる』そして『心せよ』──つまり警告されてるんです」
 彼は一瞬目を瞑って間を取る。
「そして『女性らしき声で』ですが‥‥天の眷属に警告できる女性とは誰でしょうか?」
「それだけでは分かるまい。何か心当たりがあるか?」
「僕は、白の観音様では無いかと考えています。観音が天の眷属へ警告とは、由々しき事態を暗示しているのかもしれません」
 無言で大山伯耆坊は静馬に先を促す。
「そして『一面の白い鳥の羽が降り注ぐ下』です」
 静馬はゆっくりと周りを見回した。天狗達の羽の色は。
「皆さんの羽は黒いですね。という事は、皆さんの羽が散ってる訳じゃないです。‥‥じゃあ、誰の羽でしょうか?」
 それが分かれば冒険者は呼ばない。
 沈黙する一同に、静馬が口を開いた。
「観音様絡みで、皆さんに近しい存在に心当たりは? 特に白い羽を持った方を知りませんか。多分そういう方達が援軍として現れるんだと思います」
「観音の白い羽‥‥と申せば、弥勒の眷属か。倭国の頃は、姿を見せていたが近頃は見ぬ。近頃は皆、姿を見せぬようになったが──もっとも、あれらはこの地に定着せず、この国を嫌っていた。だが自分の法力は当時、天の教えを説く聖者から受けたものだ。彼らはこの国を去ったが、その業は残ったのだ。今も修験者らが伝える法統の中にその影響を見る事が出来る」
「大山伯耆坊様、何を言われます。下界には仏教の寺院がひしめいておりますよ」
 感慨深げに過去を述べた大山伯耆坊の言葉に、十郎坊が修正を入れる。古代から結界を守護していた大山伯耆坊と、若年とはいえ人の中に入り交じっていた十郎坊とでは人間の観察歴が違うようだ。
(───?)
 大山伯耆坊の言葉に微妙な違和感を感じながらも静馬は夢占いを続ける。
「えーと‥‥そして彼らは一大空中戦を展開するんでしょう。でもそれは、きっと負けてしまうんです。だって羽が降り注いでるんですから」
 敗北の予言、身も蓋もないが予言とはえてしてそんなものか。
「ふむ、成る程。白い羽の勢力が助勢に来るが、彼らは負けてしまうから加勢は断るべきという警告だということか」
「さあ、そこまでは。問題は最後の部分だと思います。
 『下の門が開かれる』ですが、『下の門』とは地の下の門だと考える事ができますね。地の下にあるものと云えば、死者の国か地獄の門と相場が決まっています。つまり死者の門か地獄の門、不死者か悪魔が這い出してくるわけです。
 つまり、この祠が砕け散ると地獄の門が開かれデビルやアンデッドが攻めてくる事を観音様が警告しているんじゃないかと」
「ふむ‥‥強引ではあるが」
「強引ですか?」
「観音の警告というが、お主の解釈では予言の最初は観音が敗れて祠が破壊されるのだろう。その後に地獄の門が開くと。地獄の門が開く前から己の敗北を決している観音など、とても信じられん」
 静馬の見立てでは警告が必要なのは観音自身。
「それもそうです。まだほこらは無事なのですから、観音が何かと戦って敗北を決する予想があるなら、それを覆す方が重要に思います‥‥自分達が敗北し、ほこらは破壊されると断定するのは変だ。ふーむ」
 腕を組んで考え込む静馬に代わり、ジルベルトが彼の言葉を引き取る。
「あたしの見解は──まあ、静馬君とほとんど同じなのだけど」
 ジルベルトの衣装はこの場に似合いの巫女装束。それらしく振舞えば本職に見えぬ事も無いが、本業は画商で広く浅くな知識が売り物だ。
「白い羽はねぇ。鴉天狗ちゃん達の羽は鴉って位で真っ黒だから除外するわ。
 高尾山を狙う連中って邪教の使徒なんでしょう? デビルとの戦いに介入する白い羽を持つ存在って云えば、私の見解もエンジェルかしらね」
 そこまでは特に反論も肯定もない。天使と悪魔、冒険者の営業トークとして定着してきたとはいえ、一般にはまだ馴染みのない話ではある。とはいえ、聞き手が天狗ではそれほど驚かないか。
 自分の意見が聞かれている事をジルベルトは確認し──。
「それで『一面の白い鳥の羽が降り注ぐ下』って事はエンジェルが味方してくれたけど負けちゃった事かしら。ここまでは静馬君と同じね。
 それでも『褐色の光』っていうのが判らないわ。褐色ってセピア色の事よね? 得てしてセピア色は過去を象徴する色だから。未来の事だけど、因果律をどう弄っても、この祠が砕け散る事は確定事項だって事かも。ここは条件付けをした静馬君とは違うかしらね?」
 褐色が過去を意味すると考えたのは、画商ゆえの見解か。詰まるところ、予言は聞き手の知識や感性でどうとでも取れる。だからこそ、天狗達は自分達と価値観の違う冒険者の見解を求めたのだが。
「で、『女性らしき声』かあ。この託宣は『大いなる父』からじゃなくて『聖なる母』からの託宣じゃないかしら。貴方達が『天』、『大いなる父』の眷属だって事を考え合わせると異例の事だし。白とか黒とか云ってられない位の非常事態が起こるんだわ。
 静馬の解釈はそういう考え方もあるのかもしれないわね?
 『下の門』は私も多分、『地獄』へ続く門の事だと思う。この国流に言うと『黄泉比良坂』だったかしら。
 つまり、デビルによる大攻勢がもう直ぐ始まる。ここはその時に狙われるって事じゃないかしら」
「『黄泉比良坂』と『地獄』は別物だと聞いた。黄泉比良坂は地中にある根の国に至る道だが、根の国に地獄への道があるとは、黄泉の民から聞いた事がない。そういえば昔、黄泉の民の協力で彼らが根の国を訪ねたと聞いた事があったが。ふむ、冒険者の見解がいずれも一致するならば、やはりデビルの攻勢はある──という事か。あの地震はその先触れか」
 ジルベルトは無言で笑みを浮かべた。
 しばし、一同は隠れ里で過ごす。
 それは一成が自らの着衣が汚れるを厭わず、熱心に魔法円を調査し、その翻訳を行い、更に情報伝達に遅滞の無いよう要約文をポイント毎に記していったからだ。
 一成は最初はスクロール用の紙に記そうとしていたが、天狗側から和紙が提供され、特にスクロール用紙というこだわりのない、一成はそちらの方に記録を残していった。
「いやぁ、白虎を初めて見たぞ! 本物の虎を見る前に、白虎を見るのは、天地狭からずとはいえ、そう居る物ではなかろう?」

『風の司、級長津彦が、ここに大山津見神を戒める。大地の司、竜脈の守護者。大いなる眠りに微睡め。
 千年の年を経る内に精霊の荒御魂は地に還らん。千年の時を隔てぬ内は大気の精よ、理に逆らえども、大地を押さえよ。大和の守護者を配し、神狩りに備えん。
 黄竜よ、汝の怒りは正当なり。されど伝説は終わり、歴史が刻まれん。神も魔も等しく、光と闇の狭間に消えゆかん。人の時代が始まりし時は我らは既に消えゆく定めなり。故に重ねて言う、汝に罪無し。
 我が神霊がこの地を守り、汝の眠りを永久なる守護者として守らん。我を呼び起こす事なかれ。我が目覚めし時、千年の眠りを待たずして、戒めは消えゆかん。更に重ねて語る、汝に罪無し。人に罪在り』
 一成は朗々と言葉を連ねる。その一方で、静馬の顔から血が退いた。
「ひょっとして──現状の原因は僕?」
 源徳長千代を無理強いに級長津彦へと覚醒させた当人は胃の腑に穴が開きそうになった。
 一成はそれに気づかず翻訳を続ける。
 そして、一同が江戸に戻る期日が来た。
 静馬の異変を感じ取ったものは居なかった。
 十郎坊から近いうちにもう一度、江戸に報せを寄越すと、大山伯耆坊からの言づてがあった。
 これが冒険の顛末である。