限界のヤヌス(前編)

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 26 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月16日〜01月28日

リプレイ公開日:2005年01月25日

●オープニング

「失礼します。パリの冒険者ギルドってここですか?」
 その声に、受付嬢が見たものは、薄汚れた旅用のドレスを着込んだ、短い栗色の髪の16,7歳の女性が、ギルドの扉を開けて入ってきた光景である。
 受付嬢が次のシフトへ仕事を引き継ぐ直前の事であった。
 タイミング最悪で入ってきた来客でも、にこやかに営業スマイルを絶やさない受付嬢。
「はい、当ギルドは確かに冒険者ギルドです。冒険者へのご依頼でしょうか、それとも冒険者となるべく、登録に伺ったのでしょうか? 失礼ですが、当ギルドをご利用されるのは初めてですよね」
「依頼? 登録? あ、依頼の方で‥‥す」
「それでは、おかけになって、ご依頼をお聞かせ下さい」
「お心遣い痛み入ります。私、アンジェリカと申します」
 落ち着くよう促した所で、彼女の後ろに小さな影に気づく。純粋そうな10歳位の少年である。
 大きな黒い目と、ふんわりした茶色の髪が印象的であった。
 だが、そこで受付嬢の顔が強張る、異様な違和感や嫌悪感を感じたのだ。それを察してか女性は。
「すいません‥‥あの言い難いのですが、ハーフエルフですが、兄です。名はミッシェルと申します」
「そ、そうですか──では、その年格好からすればると、確かに兄という事になりますね──確かに」
 ハーフエルフは人間の半分の速度でしか心身が成長しない。だから、外見や思考は10歳ならば、暦の上の年齢は20歳という事になる。
 アンジェリカは16,7である以上、受付嬢は納得したのであった。
「でも、ご安心下さい、冒険者ギルドは法と良心に背かなければ、いかなる仕事でもお引き受けいたします。もちろん、冒険者への報酬と、仲介料は頂きますが」

 話を始める『妹』の『アンジェリカ』、彼女は地方の小貴族の子弟であるという。
 彼女が切り出した依頼は、兄共々、婚約者の元に送り届けて欲しいというものであった。
 婚約相手はパリから西に6日程行った街に住む、豪商の息子『アルチュール』であった。
 アルチュールは現在20歳の顔良し、性格良し、度量あり、甲斐性ありという人物である。
 アンジェリカとアルチュール。ふたりは幼い頃にも子供ながら結婚の約束も行い、長じてからは親同士も公認して、正式に婚約を交わし、シフール郵便で綿密に連絡をやり取りしている。
 しかし、その婚約が今、破棄されようとしていた。
 原因はアンジェリカの連れ立っている、ハーフエルフの『兄』である少年『ミッシェル』の存在なのだ。
 アンジェリカにとっては異母兄である彼は、まだ、子供がいない頃、アンジェリカの父親が手を出したエルフが母親である(そのミッシェルの母親のエルフは他界している)。
 彼女の父は近年になるまで、ミッシェルを世間からひた隠しにしていたのだ。
 それが破局を迎えたのは、先日、両家の使用人同士のふとしたお喋りが元で、ハーフエルフという忌み子──ミッシェルの存在が、アルチュールの家に話が流れてしまったのだ。
 ハーフエルフがアンジェリカの家にいる話が流れた事で、そんな汚れた血の繋がりが親族に入るのはまかり成らん、と激怒したアルチュールの両親により、ふたりの婚約は、もはや風前の灯となったのだ。
 とうとう、ミッシェルは愛娘の結婚の障害だと継母の手により、家に軟禁された。
 更にアンジェリカは、軟禁以上の行為へとエスカレートする危険性性を感じ取り、兄を家から連れ出したのだという。
 兄と両親の祝福、どちらも得たい──アンジェリカ以外にしてみれば身勝手な願いであり、逃避行であった。
 しかし、双方に同時にいい顔をしようとする双面は最早、限界を超えていたのだ。

 6日の行程で到着するアルチュールの館のある街では、彼がはすでに婚礼の準備を教会に懇願している。
 とはいえ、実際には婚礼を行わせまいと、教会に両親達の手が回っている可能性があり、最悪のケースを考えると、今度の逃避行には是非、セーラ神に仕えるクレリックも同行してほしいと人員に関して、アンジェリカは強く要望した。
 そうすれば、正式なジーザス教の祭礼の元、ふたりの関係は公然とした繋がりと見なされるのだ。
 だが、アンジェリカが冒険者ギルドに足を運んだのは別の理由もある。街道に最近、腕の立つ、山賊が十数名出没するという旅すがらに噂を聞いての事であった。
 アンジェリカもミッシェルも、剣も魔法も使えない。只の人である。
 そこで冒険者ギルドに、アルチュールの住む街までの護衛も依頼したのである。
 単なる結婚という事態が、話がややこしくなるのは、血族に連なるミッシェルがハーフエルフであるという一点に集約されていた。
「では、ご依頼承りました」
 ミッシェルは終始無言であった。暦の上では兄であれ、精神年齢は外見に相応するのだ。
 受付嬢はわざわざエルフとの間に乱倫してまで、祝福されざる子供をつくるアンジェリカの父親の精神が理解できなかった。
 そんな受付嬢の胸中はともあれ、れっきとした依頼である。
 冒険者ギルドの受付役としては、アンジェリカが手元の宝飾品を売って作った(そして仲介手数料を差し引いた残りの)冒険者達への報酬と、依頼内容を掲示して、冒険者が集まるのを待つのみとなった。
 そして、兄妹がギルドを辞した所で──。
「しまった私の担当時間、とっくに過ぎてる〜!」
 受付嬢は慌てて、次のシフトへの引き継ぎの準備を始めるのであった。

●今回の参加者

 ea1646 ミレーヌ・ルミナール(28歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1662 ウリエル・セグンド(31歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea1908 ルビー・バルボア(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea2022 岬 芳紀(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2731 レジエル・グラープソン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2774 ミカロ・ウルス(28歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4174 シェーラ・ニューフィールド(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea4567 サラ・コーウィン(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea5180 シャルロッテ・ブルームハルト(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6592 アミィ・エル(63歳・♀・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea6597 真 慧琉(22歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7602 リーン・クラトス(26歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

イレイズ・アーレイノース(ea5934

●リプレイ本文

 荒野を、旅人が通り過ぎて行こうとする。
 それを視界に収めると、応じて右手、それ自体がひとつの生き物の様に舞い、全身が淡い黄金に彩られるアミィ・エル(ea6592)。
「まだまだ、わたくしの魔力も足りませんわね」
 リヴィールエネミーに反応しなかったものの、怪訝げな顔をして通りすがる旅人が振り返り、一同を見ている。曰くありげな旅人が視界に入る旅に魔法を使えば、消耗が激しい。力を落としてやると近距離すぎて、逆にそれが反感──いきなり目の前で魔法を使うのだ。何をされるか判らない──となるのも判ってはいるが。
「すみません、何でもありません。失礼しましたわ」
 旅人は露骨な悪意──通りすがりに、魔法を使われた事への嫌悪感からか、敵意の反応を見せた。だが、その彼も僅かな時間でアミィの魔法の感知範囲から出て行く。
「大丈夫? ご主人様」
 アミィの顔を覗き込む、シフールの真 慧琉(ea6597)。
「全然、大丈夫じゃありませんわ」
 とアミィは慧琉から顔を背け、心配そうな顔をするアンジェリカとミシェルに向かって高笑いひとつ。
「大丈夫、わたくしに任せていただけば、問題ありませんわ──ほら、今度は悪意を感じますわ‥‥って、ええ」
 簡単な武装をしただけの3人のグループである。
 旅人としては少々大袈裟な感じがするが、山賊が出るという噂を聞いていれば、納得できる。しかし、それが偽りである事を、陽精霊の力は見通していた。
「なんだ、結構ハンサムだね」
 慧琉は相手のひとりがそれなりに顔立ちが整っているのを見ると、羽音高く飛んでいき、顔面に形の良い胸を押しつけようとする。それを九紋竜 桃化(ea8553)が相手の殺気と腰の剣に手を伸ばそうとするのに気付いて後ろから止めようとした。その達人級の手さばきを、慧琉は更に上を行く達人ならではの羽根捌きでかわそうとする。しかし、後背からの一撃というペナルティーは否めない。それを感じた慧琉は、瞬時に兎がはねる様な俊敏さで桃化の手をすり抜けていった。
 十二形意拳の奥義のひとつ『兎跳姿』であった。
 この奥義は魔法でも使わなければ平然と避けてのけるだろう。
 そして、男の顔に張り付こうとした瞬間、鞘ごと抜かれた剣で、ぺちんと落とされた。
 慧琉は回避の上ではトップクラスの腕前を誇るが、攻勢に回ると(シフールの腕力の無さが災いしてか)からっきしなのであった。
「チビの管理くらいきっちりしておけ」
 言い置いて、3人は早足で遠のいていった。
「向こうも十数人が纏めて歩けば、怪しいって判っている様ですね」
 桃化はひとり頷いた。

 一方、魔法に反応した怪しい旅人の話を聞くと、一同の警戒体制の再確認が行われた。同時に野営の準備も進行する。
 夕暮れ時であり、幾つかのテントが張られた。
(今回は色々また大変そうな‥‥ハーフエルフ、か‥‥ま、依頼なんだし、やるだけか。
──そう言えば、ハーフエルフと話す機会ってあまりないから、少しミッシェルと話してみたいかも。別にハーフエルフだからどうこう、っていう気はないし。少年がどんなことを普段考えているのか、それくらい聴けたらいいかな?)
 等と考えながら、リーン・クラトス(ea7602)はミッシェル達のいるテントの近くで足音を立てる。
「いいかな?」
 打って返る少年の声。
「はい、どうぞ?」
「誰か聞かないとは、不用心だね」
(所詮はお坊ちゃんといった所か?)
「いや、これといった話もないんだけどね、ハーフエルフって何を考えているのかなって?」
 テントに入るとフード付きマントをテントの中でも付けている影がそこにいた。
「ハーフエルフだからといって何かが違うんでしょうか? 確かに、僕には──みんなが凄い早さで年老いていくように見えます。妹のアンジェリカだって、同じ時を過ごせたのは2歳か、3歳の頃までですから、共通した体験ってありませんし‥‥‥‥」
「判った、もういい──辛い事を引っ張り出したようで、ごめんね」
 こうして、彼が中盤にいるのは岬 芳紀(ea2022)とミカロ・ウルス(ea2774)が互いに『殿を努める』『先行する』という一同の中での位置分担をはっきりとさせてなかった為、意見調整が長引いたのである。
「先手必勝。この班で相手を牽制するくらい出来るだろう」
「いや、後ろからの絶え間ない強襲と、送り狼が怖い。ここは殿を守るべきだろう」
 論争の現場に慧琉が飛び込んできて、一同を緊張に陥れる。しかし、同時にフードで顔を隠していたミッシェルの顔を見て、ニコニコしながら抱きつく。
 フードが取れてびっくりした様子のミッシェル。困惑を隠せないようだ。
「なんだ、結構ハンサムだね。フードで顔を隠していたから判らなかったよ」
「あの、サラさんが耳とか、隠していた方が良い、って言って」
 慧琉は、そのフード姿がサラ・コーウィン(ea4567)の指示だと聞くと、少しほっとする。
 流石にテントの中まで、フードを被る様な性癖は怖い。
 一方、シェーラ・ニューフィールド(ea4174)はそんな一同を見つけると明るく笑う。
「千客万来ね。ひょっとして、昔話でもしようとか?」
「何か不自由は無いですか?」
 サラも問う。
「あの──いいんです。僕は行動の自由を奪われていたけれど、生かしてもらえるだけで十分に幸せだと思っているんです。世の中の大半のハーフエルフが迫害を受けている中、自由は無くても、それ以外は不自由なく生きていけるだけでも幸せかなって」
 この言葉にシェーラはハタチ、ハタチ、と騒いでいるが、結局はミッシェルは人間なら10歳の子供に過ぎないのだと、納得せざるを得なかった。
 17歳の自分が、同年代に見えるエルフと話す時、50歳を超えた老人として相手を遇するだろうか? それは違うだろう。時折見せる、時代感覚のズレをのぞけば、精神構造に大差は無いはずである。
 ハーフエルフの宿命は、両親の歳を取る速度のズレ、それに心が引き裂かれていく事ではないかと、シェーラはミッシェルと先程の会話で思い知らされたのである。
 同じ時間の進み方をするドワーフやシフールでも、この喪失感は普通は抱かない。
 そして『狂化』。ミッシェルはまだ行った事がないというが、それは裏を返せば、どんな状況で、どんな振る舞いをするか、それが判らないという事でもある。
 万が一公共の場で何か起こしたら──。
「結婚がらみのややこしい話なんぞ聞きたくねえなあ‥‥だいたい結婚てのは二人いりゃできるんじゃねえのか?」
 ロヴァニオン・ティリス(ea1563)が人だかりに酒臭い息を吐きかける。
「半エルフのガキも、それを嫌がる親戚も当事者じゃねえだろ。何をごちゃごちゃと口はさんでんだ」
「祝福したいからよ! ハーフエルフの血が汚らわしいと言うのなら、神はなぜ血を交えることができるように私達を作ったのかしら? 大丈夫、私はふたりの味方だから」
 その言葉に言い返す、ミレーヌ・ルミナール(ea1646)。
「‥‥そんなに‥‥いけない事か‥‥? わからないけど‥‥それが世間の普通なら‥‥嫌だし‥‥みんなで手助けしたいな」
 訥々と述べるウリエル・セグンド(ea1662)。
「ハーフエルフは‥‥‥‥仲間にもいるし‥‥神様は信じていないから、何で禁忌なのかが‥‥さっぱり判らない」
「あ、その点では賛成だな。何しろ、結婚式で呑む酒は旨い。これが葬式だとそういかねえからな。で、ウリエルだっけか? ジーザスだの精霊だの、宗教を無理に信じろとは言わないが、入る墓もないってのは結構、切ないぜ」
 シャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)も微笑んで会話の輪に加わる。
「シャルロッテ。シャルロッテ・ブルームハルトと申します。まだ修行中の身ではありますがよろしくお願いします。
 ところで‥‥もしかして、また、セーラ神にお仕えしているクレリックは私だけですか?」
 大役に肩が重くなるシャルロッテ。
「こ、これもがんばらないといけませんね‥‥ロヴァニオンさんとは少々違いますけど、結婚なさるお二人に非があるわけではないのに、婚儀ができないのは悲しいです。
 祝福して差し上げたいですね。できればウリエルさんも聖なる母の洗礼を受けて頂ければ嬉しいですわ。
 ウリエルとは古い言葉では『神の焔』という意味があるのですから」
 受け止めたのか、はぐらかされたのか良く判らないロヴァニオンの発言にミレーヌは考え込むが、保存食を暖め直した料理が、くつくつと煮えているのに気づき、一同を食事の場へと引き立てる。
 向かうミッシェルの後ろ姿にウリエルはなおも言葉を投げかける。
「‥‥心配はしないで‥‥皆で送り届ける‥‥から。やっぱり‥‥妹の結婚式ぐらいは見たいだろ? ‥‥と言うより見れない方が‥‥変だろ。だから‥‥何があっても‥‥自分の存在を否定だけはしたら‥駄目だぞ?」
 ウリエルの言葉にこくん、と頷くミッシェル。
「さて、おふたりさん長旅は、初めてでしょ? 無理しないのよ? 疲れたら言ってね」
 ヒスイ・レイヤード(ea1872)の言葉に、妹のアンジェリカ自身はこの冬の中、旅をするのは初めてではない。しかし、街道沿いに馬車でのことである。アルチュールの家と行き来した体験のみだ。
 かたや、ミッシェルは家から出たのもこれが初めてであり、心身ともに疲れ切っている。
「なら、余計に暖かいものを食べないとね、レンジャーの人とかが、食べられるものを摘んでいるわよ、きっと」
 一応、毒はなく、食べられるものをルビー・バルボア(ea1908)とレジエル・グラープソン(ea2731)が集めていた。
 そして、食卓の場でヒスイは──。
「私、ロシアの民だから、言うけど『ハーフエルフ』って何がそんなにいけないの?。先祖と従兄弟にハーフエルフかなり居るわよ。で、結婚するなら人間がいいわよ。私、ハーフエルフでもしっかり育てる自信はあるしね」
 夕食時、ロシア人の彼(?)は堂々と言ってのける。
 微塵も曇りがない態度である。
 そんな中、動じずに芳紀が。
「見張りでは次のとおりだな。大体,2時間毎に班を交代すれば良かろう。最も教会からは遠く、鐘の音も聞こえないから、少々大雑把になるだろう。
 では班分けはパリでの打ち合わせ通り──
 1班 ミレーヌ、シェーラ、サラ。
 2班 ロヴァニオン、ヒスイ、ルビー。
 3班 ウリエル、レジエル、シャルロッテ。
 4班 岬、ミカロ、リーン。
 5班 アミィ、慧琉、桃化」
 ──羊皮紙にゲルマン語で認めた文章を一同は改めて確認する。
「だが、山賊らしい一団とあったのだとすれば、その必要は無くなるかもしれん」
 薪が爆ぜる音と共に、周囲に気配が立ちこめる気配にサラは囁く。
「! なにかいます!」
 その言葉に気配を感じた、シェーラとリーンとヒスイとイレイズが一斉に呪文を唱え始める。
 シェーラとリーンはファイヤーボム。ヒスイはホーリーフィールドで、イレイズのブラックホーリーが夜の闇よりも淡い光に包み込み、ミッシェルとアンジェリカの守りに入る。
 慧琉も前に立ちはだかり──。
「喧嘩を売るなら、あたいが買うよ」
──と、いきり立つ。
 呪文の成就の時間を稼ぐべく、レジエルが、頭上でスリングを振り回し、音源目がけて立て続けに投げつける。ルビーも負けずと弓を引き絞る。そこへ更にイレイズのブラックホーリーが浴びせかけられる。
 そして、ファイヤーボムの爆発音。シェーラの一撃は相手から雷撃が浴びせられ、相殺された様だ。
「何、こんなにウィザードが居たのか?」
「弓だ、弓を」
「同士討ちになる。それより撤退だ」
「甘い! 食らいなさい。突き穿つ牙! 示現流『牙穿』」
 逃げ遅れた相手に良いように攻め立てる桃化。
 山賊の慌てる様が手に取るように判る。
「帰りにくるかもしれんが、今度はもう少し考えてくるだろう──もっとも、ウィザードが早々増員できるとは思えないから、おそらくはそんな事はないだろうが」
 芳紀は断言した。
 その一方で、アンジェリカの左手の薬指に指輪が在った痕跡を見ると、懐から小箱を取り出し。
「私には故国ゆえに無用だが、此方では結婚と指輪は重要な関係が有るのだろう?」
 と、芳紀はアンジェリカに『誓いの指輪』を惜しむことなく渡す、
「ありがとうございます。どう、お礼をすればいいのか」
「いや、私には依頼主殿が幸せになってもらえればいい」
 その一方で、食事を忘れた粗忽な仲間へと、惜しみなく食料を渡している。まさしく、彼こそこの一団の要であった。

「アンジェリカの継母、アルチュールの両親、山賊の残党、周囲の視線。敵は多いですが、頑張りましょう」
 との、ミカロが声を受けて、リーンにミレーヌとヒスイにイレイズ。サラにシャルロッテ、アミィとその下僕である慧琉が街に向かいつつも、万が一の事を考えて適当な廃屋を探しに行く。
「教会に手が回っていなければいいのですが」
 とサラが呟く中、街でアンジェリカに教えてもらった一番大きな教会に到着。
「立派な教会ね。子供達の声も絶えないし? という事は、孤児院か何かがあるという事?」
「確かに──」
 ヒスイとシャルロッテが顔を合わせる。
 納得出来ない一同に、シャルロッテが解説を始める。
「教会で慈善事業として、孤児院を運営する事があります。ただ、そのお金はちょっとやそっとの寄付で賄えるものではありません。金銭的に大きなバックアップがある必要があります──おそらくアルチュールさんの一家も相当に寄付という形で、運営金出しているのでしょう」
 そして、中に入り教会の司祭に話を聞くと、やはり豪商であるアルチュールの家からの寄付金で、孤児院の運営の大半は賄われており、意向を無視できないのだという。
 一同が来た事は伏せておくが、アルチュールがミサにも来ない所から見ると、軟禁状態、いや監禁状態にある可能性があるから、それをどうにかしなければ会うことも出来ないだろうというのだ。
 尚、その場を離れたイレイズが魔法で司祭に化けようとしたが、教会の顔たる者に化けるには、相手との対面時間が足りない為、上手く顔を変える事が出来なかった。
 これでは、行っても逆効果である。ジーザス黒の教え、完全、向上、服従をを改めて噛み締めるのであった。
 一方でアミィはねばり強く──。
「セーラ様は家柄を気にして愛する二人を祝福してくださらないのですか」
 とやるが、アルチュールの家のバックアップ無しでは路頭に迷う子供の前では、術は術に過ぎない事を思い知らされたのだ。現実は言葉よりも重い。
「わたくし、人の幸せは地位やお金ではなく、愛する人々が一緒にいることだと思いますの。あなた方がアルチュールさんの幸せを望むのであれば、彼らのために何をすべきかは分かりますわよね」
「だがな、子供達が飢えるという現実には勝てない」
「それでも聞き耳もたないなら、今、あの両親が望んでいるものは、アルチュールの幸せなどではなく『家柄』ですわ!」
「ああ、その通り。だから厄介なのだ。アルチュール君の意図はどうあれ、自分たちの孫が貴族になり、富ならず貴までも手に入れたい。それがアルチュール君が、アンジェリカ嬢をどう想おうと現実なのだ。
──しかし、私はここに古びた結婚式の用具を納めた、山間の別荘の鍵を置き忘れた。たまたま拾った誰かがそれを使っても、私の知るところではない」
 言って説教壇から離れる司祭。
 かなり大降りの鍵であった。
「ふたりと、それを守る者に聖なる母の加護があらん事を」
 一同はその言葉を背中で聞きつつ、教会をを後にした。

 一方、桃化がアンジェリカにアルチュールとの馴れ初めを聞くと、アンジェリカは頬を赤らめながら、4歳の時、木登りしていた所、降りられなくなって泣いていたところに、通りがかったアルチュールが受け止めようとしたのだと話す。もっとも受け止めきれず、大人達は大騒ぎになったが等々。
「昔はお転婆だったんですか?」
「今も、ですけど」
 頬を赤らめるアンジェリカ。
「‥‥依頼主殿はこのまま,駈け落ちでもしかねんな‥‥」
 この行動力を見れば、桃化もある意味納得せざるを得なかった。
 岬が腕を組む。
 そこへ慧流が飛び込んでくる。
「いいなぁ、あたいもかっこいい人と結婚したいなぁ、じゃなくて! 馬を集めて、ついてきて。教会の司祭様から、古い道具を貸してもらえる事になったから」

 荘厳にそびえ立つ、それでいて不器用な豪華さで彩れた館。そこにアルチュールが住んでいるという。
 露骨に鎧戸の上から板が打ち付けられているのが、アルチュールの居る部屋だろう。 ミレーヌとサラは一同を導いた後、慧琉は一同に結婚の祭具の位置を教えてから、急ぎ合流した。
「準備は整ったわ。たった3人だけどね」
 陽が落ちて、ミレーヌは慎重に歩みを進める。サラは後衛で何かあった時のバックアップである。慧琉はミレーヌの装備品と化して、背中にへばりついている。
 石を投げ、衛士の注意が別方面に向かっている間隙をすり抜け、裏口から侵入。表から見たアルチュールの部屋との位置関係を確認しながら進んでいく。かなりの幸運であった。
 窓から推理したアルチュールの部屋の位置には流石に衛士が居らず、巡回しているだけのようだった。だが、鍵は頑丈。
 急いで開けないと、との想いがミレーヌの指を焦りに曇らせる。
 おとした針金を、辛うじて慧琉が受け止める。
 再び始まる、鍵開けの時間。僅かな時間が途方も無く、長く感じた。
 そして、扉を開けた先にいたのは、金髪の凛々しい美青年である。
「ハ、ハンサム」
 ミレーヌの背中から慧琉が飛び出し、顔面にシフールにしては放漫な胸を押しつける。
 その行動に声を上げようとする彼を制して、ミレーヌがアンジェリカから依頼を受けて来た事を述べ、沈黙の内に旅支度は進む。
「すみません、私はアンジェリカを愛しているので、彼女以外の女性には‥‥」
「ストイック〜」
 慧琉がふてくされる。
 そして、皆の待つ廃屋へ。だが、そこは古びたとはいえ、結婚式には十分な者も物もいる。何より愛する者が。
 互いの名を叫んで抱き合うふたり。
 そこで、皆の拍手が始まる。

 ヒスイが女性陣の見えないところで、アルチュールをコーディネイトし、如何にも凛々しい武者振りを見せる。
 そこで祭壇に立ったシャルロッテが結婚の神聖を説いたうえ、結婚の儀式に移る。
「おふたりに誓約の問いをします。
 神の定めに従って、いのちの限り、かたく節操を守ることを誓いますか?
「はい」
「はい」
 言ってアンジェリカが、岬から受け取った『誓いの指輪』を差し出す。
 そして、小鳥がついばむような口づけの後、シャルロッテが二人の結婚を宣言。
「神と会衆との前において夫婦たる事の誓約をしました。そしてお二人に祝福をささげます」
 すると、ロヴァニオンは樽を幾つも取り出し、皆に振る舞う。発泡酒にワイン、ベルモット。何でもありだ。
「面倒事は置いといて、とりあえず酒を飲むぞ! 一応めでたい結婚式だ。葬式じゃうまい酒は飲めねえからな」
「何か、前もそう言っていたような、でも──」
 ため息を漏らすミレーヌ。
「──そろそろ私も相手を見つけないと、お父様に叱られるかしら」
 アルチュールも初めて会った皆と気さくにうち解けている。
 その中、アンジェリカにミカロは──。
「ハーフエルフの迫害に関しては、柔軟に対応しても良いという雰囲気の態度を取ってくれる人も最近は現れてきた。
 受け入れてくれるにはまだまだ困難であっても、可能性は無いわけじゃない。
 諦めずに頑張りましょう。
 アルチュールとお幸せに」
 慧琉がアミィの脇腹を突きながら問い質す。
「アミィ様、あの中なら誰と結婚したですか」
「わたくしは、ロヴァニオン様がよろしいですわ。退屈しなさそうで」
「イカモノ食いですか?」
 そんな和やかな空気の中、リーンは物思いに耽る。
「‥‥結婚式、か。とりあえず、二人のことは祝福してあげないとね‥‥少し、昔のことを思い出すな‥‥。いや、過去は捨てた──もういい」
 だが、本当の難関は始まったばかりである。ミッシェルを確執の種とした、アンジェリカの父親をのぞいた親族の目が待っている。
 如何にそれを突破するか。
 新郎新婦に成り立てのふたりの予想では、アルチュールの両親が折れれば、アンジェリカの母親も折れざるを得なくなるだろう、との事であった。
 これが楽観であるか、否かはまだ判らない。
 それでも、少年の声が響いた。
「アンジェリカ、アルチュールさん、結婚おめでとう」
 しかし、次の刹那。
「母上!」
 そこへ衛士を連れて、アルチュールの母親が現れた。
「教会の侍祭が教えてくれたぞ。後は荷物を持って歩いた多数の人間の行方を探せば、嫌でもたどり着く。アルチュール、ハーフエルフの落胤付きの血筋など、当家の名誉を汚すばかり。よって、母からは祝福はせぬものと思いしれい」
「なぜ、そう頑なになれるのですか!」
 アルチュールの叫びに、母親は無慈悲に返す。
「妾が欲しいのは貴族の孫。だが、汚された血がぶらさがっていては、迷惑至極」
「ならば問いましょう。なぜ、エルフと人の間にハーフエルフが生まれるのか、を」
「逆に問うぞ。なぜ、カインとアベルというひとつの兄弟の血筋から生まれた『オーガと人』は決して交わる事の無いのか? それに納得のいく返答が応えられたら考えても良いぞ。ただし、疑問形に疑問形で返す答えは無効と知れ!」

 この返答が3人の祝福となるか否か、賽は投げられた。
 これが冒険の顛末である。
「‥‥‥‥やっぱり僕って罪の子なのかな───?」