ファーブル大昆虫記〜大蟻の段I〜

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 25 C

参加人数:15人

サポート参加人数:4人

冒険期間:09月16日〜09月25日

リプレイ公開日:2005年09月23日

●オープニング

「むぅ、新しい課題を思いついたぞウィッグルズワース君」
 ファーブル島で独身貴族な悠々自適な暮らしを送っていたキャプテン・ファーブルことシャルル・ファーブルは、最近、同居を始めた相方のドクトル・ウィッグルズワースに囁きかけた。
「で、何を捕まえるんですか?」
「おー、話は早い。今年のジャイアントマンティスの件で判ったのだが、肉食の昆虫を飼い放しにするのは、食費の点から言って効率が非常に悪い、間違いない」
 そのジャイアントマンティスを今は繭になっている、雑食の大芋虫キャピーの餌にしていた人間の台詞とは思えない無邪気さである。
「という事で来年は雑食を飼う。カンの南東にラージアントが見かけられているという報告を最近、手に入れてね。ラージアントがいるなら、女王ラージアントも居るだろう。いや、居なくてはいけないはずだ」
 思いこみたっぷりであるが、今までキャプテン・ファーブルの先入観は外れた事の方が珍しい。判らない事は、判らないと、逆に浪漫を感じる質なのだ。
 そして、その質の思うまま──。
「という訳でウィッグルズワースくん。れっつらごー! だ」
 とりあえずはコメート号で向かったパリで、報告を元に巣穴を発見。以降、襲撃。女王蟻捕獲という流れに冒険者ギルドで話はまとまった。
 ミッションは計3回に分けて行われる事となった。
 最初のミッションは森林地帯での巣穴捜しである。別に立ちはだかる者は女王蟻を除けば、叩いて潰しても構わない。喩え、相手がラージアントであろうとも。
 キャプテン・ファーブルの冒険が再び始まる。

●今回の参加者

 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2022 岬 芳紀(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2554 ファイゼル・ヴァッファー(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea2789 レナン・ハルヴァード(31歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2884 クレア・エルスハイマー(23歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3587 ファットマン・グレート(35歳・♂・ファイター・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea3993 鉄 劉生(31歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea4004 薊 鬼十郎(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4426 カレン・シュタット(28歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・フランク王国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1174 ロサ・アルバラード(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb1502 サーシャ・ムーンライト(19歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb2582 メリーアン・ゴールドルヴィ(38歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ガッポ・リカセーグ(ea1252)/ サイラス・ビントゥ(ea6044)/ 桐生 和臣(eb2756)/ シルビア・アークライト(eb3559

●リプレイ本文

「僕は1班だね」
 と、クライフ・デニーロ(ea2606)。
「あら、そんなわたくしはδ班ですわ──ちょっとおかしいのではなくて?」
 返すは九紋竜桃化(ea8553)。
「おいおい、諸君、班名がαだかδだか、1から3だかで揉めるのは止めてくれ給え」
 カンへと急ぐコメート号船内で、桃化と、クライフが、互いに所属する班を表明しようとするのだが、班を表す記号の段階からして、ちぐはぐになっているのにキャプテン・ファーブルことシャルル・ファーブルは困り果てていた。
「僭越ながら、わたくしが班分け表を冒険者ギルドで覚えてきました。これで皆さんご承認なさっているはずでは?」
 言って、クリシュナ・パラハ(ea1850)が班分け表を暗記したまま、黒板に書き写す。

「以下が、メンバーリストです。

 1班の構成員は──。
 クライフ・デニーロ。
 薊鬼十郎(ea4004)。
 ファットマン・グレート(ea3587)。
 鉄劉生(ea3993)。
 サーシャ・ムーンライト(eb1502)。

 2班は──。
 クレア・エルスハイマー(ea2884)。
 ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)。
 ロサ・アルバラード(eb1174)。
 岬芳紀(ea2022)。
 レナン・ハルヴァード(ea2789)。

 3班の面子は──。
 ルイス・マリスカル(ea3063)。
 カレン・シュタット(ea4426)。
 メリーアン・ゴールドルヴィ(eb2582)。
 九紋竜桃化。
 最後に不肖、わたくし‥‥クリシュナ・パラハで」
 クリシュナは尚も続ける。
「以上、三班に別れて探索を行います。
 各班に探査魔法を備えた魔術師を配置し、攻撃力の高い者たちがガードするという形にしました。ところで、ファーブル教授?」
「キャプテン・ファーブルと呼んでくれ給え」
 爽やかに返すキャプテン・ファーブル。
「では、キャプテン・ファーブル‥‥ラージアントの習性や、特に蟻酸の威力を聞きたいのですが。皆の為に」
 クリシュナが尋ねるのに、キャプテン・ファーブルは。
「何にしろ、群れて行動するという事だ。単独行動しているかに見えても必ず追尾してくる別のラージアントはいる。それを忘れてはならない。蟻酸に関してはノルマンで確認されているラージアントでそれを備えているものはいない、安心してくれ給え。でも、噛みつきは剣の一撃にも匹敵するから、あまり安全材料とは出来ないがね」
「怖い話です」
 とクリシュナ。
「何かこう‥‥巣穴を探してるようで、巣穴に迷い込んだみたいです。キャプテン・ファーブル、ラージアントにインフラヴィジョンって有効なんですか?」
「いや、全く」
「そうですか──」
 と肩を落とすクリシュナ。
「ラージアントを捕獲か‥‥。餌にするのなら,繁殖を御しやすい生き物が他にいそうだが」
 芳紀がポツリと呟く。
「所で囮の餌はやっぱり、キャピーの時の様に、生き餌に限ると思うのだが、ついた先でその当てはあるのか?」
「いんや、ない」
 その芳紀とファーブルの会話に、ファットマンが割って入る。
「安心しろ。戦いのあるところに戦士あり。相手がラージアントという虫だとしてもな。一応、自分も戦士とはいえ、猟師の技も囓っている。なぁに、少々時間はかかるが、活きの良い餌位捕まえてやるさ」
 と、良いながらも自分の猟師としての腕前に自信を見出せないファットマンであった。
 不安からか饒舌になり、キャプテン・ファーブルに尋ねられるのは今回きりだから知っている限りの知識を出しておいて貰おうと、質問を浴びせる。
 何しろ、女王ラージアントを拿捕しようとして殺してしまったり、うっかり油断して死に目にあったりしそうだ。
 しかし、キャプテン・ファーブルの返すには、今まで女王ラージアントを捕まえようという試みはされた試しがなく、試行錯誤で取り組んでいくしかないとの事。
 ファットマンは食い下がる。
「じゃあ、食べ物の好みは何か? 夜行性かどうか?」
「おそらく、甘い物。体温が下がるから、動くのは昼の内だろう。即ち昼行性」
「視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚のうちどれで周囲を認識しているのか?」
「不明。だが、調べるに値するだろうね、まったくもって」
「視覚がまともなら、夜目は利くのか?」
「さあ、夜間行動には不自由していないだろうけど。不自由してたら、巣穴で困るっしょ?」
「仲間との会話は声? 光? 臭い? 接触?」
「ラージアント同志、仲間と触角を触れあわせるという事があるから、おそらく接触、匂いかもしれないけど」
「雑食ならば共食いをするか?」
「しないようだね」
 ジャイアントの劉生はそのファットマンとキャプテン・ファーブルの質問のやり取りを聞くと──マストによじ登り‥‥。
「ひっとぉつ! 非常識な大きさの」
 何物!? と叫ぶキャプテン・ファーブル。
「ふたぁぁつ! 不思議な昆虫退治しに」
 ファットマンがマストを指さす。
「みぃぃぃつ! 皆に呼ばれてここに推参!! “鋼鉄番長”鉄劉生、『万物を超越する』力を恐れないのならかかってこい!!」
 劉生の指さす先には劉生が横桁に立っていた。
「あれは──番長」
 鬼十郎はおののきと共に、フリーウィル冒険者養成学校での一連の出来事を思い出す。
 劉生は切り出す。
「話は聞いた。キャプテン・ファーブルさん。ならば、無理して、強烈な匂いの保存食をやる事はないか。桃化の姐さんも、古めの保存食を1キロくらい、大量に出すって言ってるしな」
「うーむ、多いのか少ないのか、微妙な所の量だな。で、鬼十郎くん。冒険者ギルドや、シフール郵便の方からは何か情報はあったかね?」
「いえ、残念ながら」
 鬼十郎は名前こそ男性的だが、歴とした女性である。
「ウィッグルズワースさん、長いから、呼び名考えて良いですか? 記録係の人も困っていますよ。ウィッグさんとか、薄影さんとか? 案は在るのですけれど」
「うう、あんまりです。記録係の目にとまって初のシーンがこれとは、あんまりですぅ、やり直しを要求する! 今まで目に見えないところで、皆の食料をクリエイトハンドで出していたりしたのに‥‥」
「美味しゅう頂きました。で、薄影あるいは‥‥」
「まあ、鬼十郎くん。カツラとか、あまり短いのもあれだから、ズワースくん位に止めてあげようではないか? どう、この案イカス?」
 一瞬、脳裏に木枯らしが駆け抜ける一同。
「まあ、キャプテンの言うならば」
 鬼十郎は気を取り直した。
「ファットマンさんも聞いてましたけどラージアントは、集団で行動するそうですが、彼等はどうやってそれを可能にしているのですか?」
「それを調べるのも捕獲後の計画でね、いや。断定できない情報で、皆を惑わせるのも問題があるから、ここは敢えて黙しておくとしよう」
「囮の餌に、白い粉が振り落とされる様にして、進路を判るようにしたり、鳴子のついたロープをつけたりして、巣穴の位置を確実に確認しようというのはどうでしょう?」
 鬼十郎がウィッグルズワースもとい、ズワースから同意を求めるが、ズワース曰く。
「白い粉はまた、別のラージアントを呼ぶ種となるでしょうし。鳴子つきロープは、巣穴までの距離が判っていない以上、有効な策ではないと思います」
「それにしても、ラージアントの女王蟻とは、聞いた事が有りませんが、ラージアントも蟻なら女王蟻がいたとしても可笑しく有りませんわね、さすがファーブル様、目の付け所が違いますわ、まだ見ぬ存在と合えるこの依頼、何やら楽しくなって来ましたわ」
 桃化がファーブルを持ち上げる。
「私もクライフさんを始めとする皆の意見に賛成ですわ。餌を持ち帰らせた所で、作戦を終了するという方針に」
「お話の途中だけど、私もそれに賛成だよ。割り込み御免っと。
 はじめまして。キャプテン・ファーブル、 ウィッグルズワースさん。
 私はロサ・アルバラード。レンジャーよ。
 見ての通りハーフエルフだけど、よろしくね」
 これはどうも、とキャプテン・ファーブルが手を伸ばすが、ロサは手を後ろに回す。
「失礼。だけど、私は男性に触れると狂化するので、握手も勘弁。悪いね」
「ま、そういう事情なら仕方がない」
「大変ですが、頑張ってください」
 キャプテン・ファーブルとズワースがそれぞれ言葉を返す。
「ところで、ラージアントって、砂糖たっぷりの食べ物とか好きなのかしら。でかくてもアリだし。でも砂糖ってすんごく高いわよね。樹液や蜂蜜で代用かしら?」
「うーん、代用にしても量を集めるだけで大変そうですね。生き餌の方がまだ実現性はありそうな‥‥」
 ズワースの煮え切らない言葉に、快活にロサは返す。
「じゃあ、生き餌見つかったら、甘味料をかけるという方向でよろしく。あ、出来れば雌の奴ね♪」
「ああ、蜂蜜はルイスくんが持って、セブンリーグブーツで先行しているから、向こうで落ち合ったときに余った分を貰ってくれたまえ」

 ルイスはその頃、全力疾走しながらカン方面へと向かう最中であった。
 何故かクシャミが出る。
「誰か噂しているのでしょうか? 風邪でないといいのですが──」

「蟻の巣探しですか‥‥一風変わった依頼ですね」
 サーシャは受けた依頼の奇矯さに改めて驚きながら、ロサの後を引き取る。
「あの、今回は退治依頼ではないのですよね?」
「それが半分矛盾しますけれど、退治もある程度含まれます。女王蟻はおそらく、巣穴の奥にいるでしょうから、そこまでにラージアントを減らさないと、連れ帰るのは相当にきついでしょうからね‥‥」
 そのズワース氏の言葉にロサは──。
「でも、今回は巣穴発見がメインだしね。
 見つけたら、さっさと逃げていいと思うわ。降りかかる火の粉は払うけど。
 下手に攻撃しすぎると、アリの警戒心強くしちゃうかもしれないし。次回までに巣穴引越しとかされたら泣いちゃうわよ」
「いや、いきなり、巣穴を引っ越すだけの知性があるとは思いにくいのですが‥‥その為にある程度、数を減らしておく必要も‥‥」
 ズワース氏は一応、皆殺しオーケーのサインを出す。
 それを聞いて潮風に髪を弄ばせていたメリーアンは鼻歌を止めると。
「さーて、アリさんの巣はどこかな、っと♪ 大丈夫。落ち着いて戦えば余裕‥‥だと良いんだけど。あはは」
「体捌きに自信があるか、鎧を完全に着込めば大丈夫。前者が推奨だが、後者の場合、手数が減るから、殲滅までに時間がかかるだろうね」
 と、語るキャプテン・ファーブル。
「ははは、どっちも落第だね、あははは」
 メリーアンは少々自棄になってきた。
「ラージアントが生息してるってことは‥‥その食料となるものもそこにあるんだよな‥‥大きいのだろうか」
 とファイゼルは少々季節外れな冷や汗を流しながら、乾いた笑みを浮かべる。
 ちなみに、カンは島の名前ではなく、伯爵領の名前である。そこの一部にファーブル島が含まれているのであった。
 20という年に似合わぬ白髪を頂いたクライフは、そのファイゼルに対して──。
「出来る範囲を見極めましょう」
 ──と優しく声をかける。
 実はクライフもラージアントに関することをキャプテン・ファーブルとズワースのふたりから、出航前にレクチュアを受けたのだが、残念ながら彼のモンスターに関する学識では追いつかない程、専門的な物だったのだ。
 そこでファーブル大昆虫記を読もうと、書物を所蔵している所を探そうとしたが、コメート号の出航時間が来てアウト。
 ラテン語が読めるから、どうにか知識は得られただろうが、時間との勝負という側面を忘れてはいけない。
 ついでに言えば、書物の閲覧は金貨何枚という単位で閲覧料を取られる。
 判った範囲としては──。
・基本的な棲息様式としては女王を頂点に抱く、卵を産まない働き蟻である雌蟻のみの階級社会。羽根を持った雄蟻は春から夏にかけて以外生まれず、生まれた雄蟻は次の世代の女王蟻を追って、巣立ちしていく。
・ラージアントが特に嫌うものの有無としては冷気が挙げられる。昆虫類の延長としての性だろう。
・体液の毒性の諸々は特になし。
・活きるに於いて通常の水場を必要するか否か? 否。雨程度で十分に生活するに足りる。
──という事であった。

「久々のパリだ! と思ったら、もうお別れか‥‥帰る日まで美しき姿に傷がつかない事を祈ろう」
 レナンは船縁に身を凭せ掛けながら、遠ざかるパリを憧憬の眼差しで見ている。
 そこへ歩いてくる赤毛の影と、影薄げなシルエット。
「あ。ども、はじめまして、ファーブルさん」
「こちらこそよろしく頼むよ、レナンくん」
「任せてください‥‥と言いたい所ですが、虫‥‥ムシかぁ。まぁ、蜘蛛じゃなければいいけどさ。ラージアントなら何とか」
「それは心強いお言葉、助力を期待しています」
 ズワース氏が返す。
「ファーブル島に行けば、グランドスパイダという蜘蛛も飼っている、行っても、降りない方が良さそうだね」
 それを想像して、ガクガクブルブルと震え出すレナンを見て、ファーブルは大笑いした。
「それは人が悪いですよ」
 とズワース氏が窘める。
「炎の魔術士、クレア・エルスハイマー参上!」
 そんな3人の下へ、クレアが名乗りも高々と現れる。
 ファーブルが返す言葉は──。
「おや、今回もムーンリーズくんは一緒ではないのかね?」
「あの人はキャピーの方に夢中なようです。私より騎士団を取ったような人ですから」
「ノルマン王国にその名も高いクレア女史の事だ。お手並み拝見と行かせてもらおう」
「噂に負けないよう、頑張ります」

 そのままコメート号はオール河を遡り、ルイスと打ち合わせた合流地点に到着。
「遅かったですね。付近の聞き込みは概ね終了しています。大体の個所は絞り込めました。流石に私ひとりでは群れを成すラージアント相手には太刀打ち出来そうにないので、時間を持てあましてましたよ」
 ルイスが先行して到着した村での情報収集は大方済んでおり、明らかに的外れな個所は除外されていた。
 それを受けて、魔法のスクロールにいきなり、地図を記入しようとするクリシュナを制し、クライフは羊皮紙を取り出すと、その位置を整理する。
「では、大体3個所に別れたので、予定通り3班に分けていきましょう」
「もっとも、ラージアントの大きさからして、全部に巣穴があって、それらが繋がっている可能性も否定できないけれどね」
 とはキャプテン・ファーブルの弁。ルイスは腰を落ち着ける間もなく3班の一同に告げる。
「流石に私も狩りに長けている訳ではないので、一朝一夕に獲物がかかっているとは思えませんが、今日は罠をまだ見ていないので、3班の皆さんも一緒に来ていただけませんか?」

 場所は移り、緑生い茂る、付近の丘陵地帯。一同の鼻をつく、鉄の香りのする血の匂いが艶めかしい。
「何か引っかかったようですが?」
 ルイスの示唆すると、一同は緊張を隠せない。手に手に得物を持ったり、スクロールを確認するなどを始める。
 行ってみると、大きな熊が引っかかっていた、脚を罠に挟まれ、動けない所を片腕を引きちぎられ、そこから失血死したようであった。
 右腕は──ない。
 死体を囲むように、巨大な──1.5メートルはあろうかというラージアントが、その甲皮をひしゃげさせて、2匹ばかり倒れている。
 クリシュナが風向きを確かめ村の方に風が向いていないのを確認すると、ルイスは持ってきた壺から蜜を惜しげもなく熊の死体にかける。
「これでラージアントも一層、食欲をそそられるでしょう」
 蜜の経費はファーブル持ちである。
 そこへ更に桃化は劣化しかかった保存食をばらまく。
「どうせ、捨てるものと思っていましたもの」
「では、私がひとっ走り行って村から、残りの皆を集めてきます。皆さんは風下で隠れていてください」
 ルイスが往復5分ほどで完全武装の1班と、2班の皆がズワースとキャプテン・ファーブルを伴ってやってきた。
「どうやら、何か来たようです」
 カレンが鋭い視力で捉えた、その先には十数匹のラージアントが群れを成してやって来る。
 その光景に思わずレナンは口を突く言葉があった。
「で、でか!」
 滝の様に汗を流しつつ、漏れた言葉にラージアント達は反応したのか、一同に向かってくる。
 そこで開き直って魔法のメイスを構えつつ、劉生は叫ぶ。
「俺のメイスが光って唸る!! 蟲を倒せと轟き叫ぶ!! くらえ! ジィィィィパニッシャァァァァ!!」
 叫びながら桃色の淡い光に包まれ、闘気を左腕から展開させ、不可視の盾と成す。
 クリシュナは魔法を唱えて取り敢えず、手近な芳紀の士気を高揚させる。
「行きます! フレイムフォース、イグニッション!!」
「‥‥感謝!」
 そこまで言って岬は手近なラージアントに殴りかかろうとするが、大きな問題があった。
 かれの愛用のGパニッシャーはメイスであり、隙間を狙う技とはとことん相性が悪いのだ。
「‥‥不覚」
 仕方なく通常攻撃に切り替える。それでもインセクトスレイヤーの効果は十分に発揮されていた。
 甲皮さえ抜ければ案外と中の耐久力は脆かった。
 ファイゼルも、クレアから魔法の支援を受けようと思うが、刹那の詠唱と結印だけでクレアの身が淡い赤い光に包まれると、ファイヤーボムのの一塊の炎と化しファイゼル周辺に集結したラージアントの群れを爆風で吹き飛ばす。
「サンキュ! これでどうだ!」
 豪華な宝石を思わせる複雑な切子面を持つラージアントの目にファイゼルの一刀が突き立つ。
 先程のファイヤーボムとの相乗ダメージで重傷となったラージアントはそのまま、周囲をふらつきだした。
「行ける!」
 ファイゼルは続いて次の目標に斬りかかり、同じく行動不能にする。
 取り出されたスクロールに、クライフが念を込めると淡い緑色の光に包まれ、一条の雷を生み出す。4匹ばかりをまとめて薙ぎ払うと、続けて、レナンが近づいてきたラージアント目がけてロングソードを突き立てた。
「えらい頑丈だな。こいつっ! だが、脇腹は柔らかいと見たっ!」
 適当な事を言って、ロングソードの全重量を込めた一撃を突き立てる。
 ラージアントの小回りは素人以下で、レナンの一撃を面白い様に浴びていく。
「困りました。私は皆さんの様に──一撃必殺の手段を持っていませんから」
 ルイスは前後を挟まれ、両者の一撃を紙一重で──まるで、後ろにも目があるかの様な足運びで──かわしながら、愛用のルーンソードで疾風の様にラージアントを斬り伏せる。卓越した腕力があればこその技。
「時間──かかりそうです」
「〜〜〜リス‥‥!」
 ファットマンはクライフの直衛に盾で牙を捌き、返すモーニングスターの一撃で確実に粉砕する。モンゴル生まれの技の多彩さは伊達ではない。腕力、柔軟さともに極めた精緻な一撃の前に、無事でいられるラージアントはいなかった。
「お、巣穴にご案内かもな? いってみるか‥‥」
 負傷して後方に下がるラージアントを追尾しようとする劉生。
 だが、その存在がばれると、連中からも包囲される形となってしまう。
 Gパニッシャーを捨て、龍叱爪を装備する間、オーラシールドで何とか裁こうとするが、如何せん数が多い。
「ドタマカチ割るぜ、でりゃぁぁぁっ!!」
「こいつはとっておきだ!! あぁぁぁぁっ!!十二形意拳が龍の形奥義!! ロン!フェイ!シャァァァァァァァンッ!!」
 そのまますくい上げる様に重傷の一体を葬り去るが、後が続かない。昇龍悔い在りと言った所か──。
 続けての隙だらけの時間が劉生を襲う。体術ではもはや裁けそうに無かった。
 鬼十郎はその様を見て貧血を起こす。
「や、やらせないです」
 その群れの中に敢えて飛び込み、向こうの攻撃を待って、それに逆撃を返すという策が、剣客ならではの勘が体を動かす。
 木刀なので居合い抜きは出来ないという現状がそうさせるのだ。
 もっとも居合い抜きをした所で、相手がかわせるとは思わないが。夢想流の奥義を信じての突貫であった。
 カレンも淡い緑色の光に包まれ、劉生と鬼十郎を巻き込まない様にライトニングサンダーボルトを叩き込む。
 桃化も右手に太刀、左手にリュートベイルを持って、劉生のフォローに入る。
「昇竜!」
 カウンターの隙に生まれる一瞬の隙にラージアントが噛みつきに入る。リュートベイルで受け止める。弦の切れる不協和音を響かせる。
「桃化危ないわよ!」
 言ってロサが次々と、二本単位で矢の雨を降らせる。アルスターの洗練された矢は呆気なく、次々とラージアントの頭部を破壊していった。
 その頃には白く淡い光に包みこまれながらラージアントにホーリーを撃ち込んでクライフを護る少女サーシャ。だが、護っていたクライフが、淡い銀色の光に包まれながら、シャドウバインディングのスクロール魔法を発動させ、1匹のラージアントをキャプテン達への手みやげに確保した。
 劉生への加勢にメリーアンも参戦する。様々な魔法で傷ついたラージアントは、陽気に鼻歌を歌う死神の参戦で、総崩れになり、巣穴目がけて撤退していった。
「よーし、落ち着いて戦ったから、あたしはノーダメージ! けどね、劉生!」
 劉生もズワースのリカバーで傷を癒やされ、ノーダメージ。

 一方、クライフはシャドゥバインディングで捕まえたラージアントをロープで縛り倒した後、回復させて、観察サンプル1号に。
「一般の蟻でも、6週程度生きるらしいですから、これだけでも半年程度は観察の足しになるのでは」
「ありがとう、早速ファーブル島に持って帰ろう」
 等とやっている間に猟師の技を持っている者達がラージアントにより乱れた痕跡を辛抱強く追い求め、巣穴を絞り込んだ。
 早速位置の確認が行われ、林の荒らされた奥にある巣穴は、一同の知るところとなった。
 クライフの地図に新たな一枚が付け加わる。

「では、ズワース君をよろしく頼む。彼が居れば食費はタダ、ケガも重傷までならどうにかなる。傷跡も治せて、毒も消せる、と重宝できる存在だよ」
 パリの港でお別れの時、キャプテン・ファーブルは一同に主導者の引き継ぎを始めた。
「あー、皆さん、よろしくお願いします」
 力なげなズワース氏の言葉。
「コメート号のスタッフもしばらくは彼の管理で動いて貰うから、よろしく頼まれてくれ。ズワース君、指揮者として最初の一言を」
 促すキャプテン・ファーブル。
「皆さん、無事、女王蟻を捕まえましょう。いざとなれば自分もヒーリングポーションを出しますので、命があれば、どうにかなります。どうかご自愛を」
「では、一同の出立に聖なる母の加護が在らん事を」
「また、迷惑かけるかもしれなけれど、今度もヨロシクな」
 劉生は今日も元気であった。