ファーブル大昆虫記〜大蟻の段III〜

■シリーズシナリオ


担当:成瀬丈二

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 38 C

参加人数:12人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月26日〜11月04日

リプレイ公開日:2005年11月02日

●オープニング

「めっきり冷え込んできましたね」
 パリの冒険者ギルドで、カン方面の依頼のために最近足繁く訪れている、白クレリックのドクトル・ウィッグルズワースことズワース氏は受付嬢に薬草茶を出されると同時に、時節の挨拶を述べられた。
 返すズワース氏は、湯気を顎にあてつつ。
「もうすぐ11月ですからね。なんとしてもカンのラージアントの女王捕獲作戦は次回でケリをつけたいものです」
 女王ラージアント捕獲、それはキャプテン・ファーブルことシャルル・ファーブルの悲願であったが、同時期に、別口のジャイアントモス──皆からは、キャピーと愛称を付けて貰っていた──青い大芋虫と魔王崇拝者の確執とがバッティングし、キャプテンは島から動けない立場にあったのだ。
 そこでキャプテンに代わって、女王ラージアントの捕獲に動いているのがズワース氏という事になっている。
 ここで普通なら表向きはとか入るのだが、普通ではないので入らない。ズワース氏は裏も表もない人である。
「迎撃に出てきた相手は冒険者の皆さんが返り討ちにしましたが、まだ、相応数のラージアントが巣内にいそうですからね、やはり冒険者達の数は必要です」
 そこで薬草茶を飲み干すズワース。
「それはそれとして、食料の確保より、回復力の維持の方が、多数を相手どる場合は必要ですから、食料はこちらで全部持ちます。
 皆さんのヒーリングポーション──保存食100食分──が無造作に飲み干されるのを見ると、さすがに心が痛みますからね」
 そんなこんなで女王ラージアント捕獲作戦の契約は成された。
 死なない程度に痛めつけても、ズワース氏がどうにかしてくれるとの事であり、周囲にいるラージアントを排除する事が第一義となった。
 ズワース氏、この秋、最後の冒険の幕が上がる。

●今回の参加者

 ea1628 三笠 明信(28歳・♂・パラディン・ジャイアント・ジャパン)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2022 岬 芳紀(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2554 ファイゼル・ヴァッファー(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea2606 クライフ・デニーロ(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ea2884 クレア・エルスハイマー(23歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3587 ファットマン・グレート(35歳・♂・ファイター・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea3993 鉄 劉生(31歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 ea4107 ラシュディア・バルトン(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea5934 イレイズ・アーレイノース(70歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea8553 九紋竜 桃化(41歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アルクトゥルス・ハルベルト(ea7579

●リプレイ本文

「深き巣穴へ潜る冒険者達、見方を変えると、深き迷宮へ旅立つ勇者かもしれませんね」
 と苦笑を浮かべるイレイズ・アーレイノース(ea5934)。
「タロンの神聖騎士として、願っても無い依頼、他の方と比べ力量、経験共に劣る私ですが、全力で支援いたします──不退転、進軍せよ」
 その言葉通り一同は、徐々にラージアントの奥底に近づいているようであった。
 クリシュナ・パラハ(ea1850)が、先日作ったスクロール用紙でのマップを元に、不可知地域へと一同は歩みを進めていく。
「泣いても笑っても、これが最後ですね‥‥!」
 言うクリシュナの前に、光源を持ったクライフ・デニーロ(ea2606)が中央に立ち、まんべんなく、前衛にも、後衛にも明かりをもたらしていった。
「クリシュナさん、前回との地図の補正お願いします──」
「と、言われても‥‥」
「建造物や街区と同じですよ。きっと一番広い道が奥に続く道だと思います」
 正論、正論。
 その合間合間をラシュディア・バルトン(ea4107)がクレパスセンサーにブレスセンサーでラージアントの大体の位置を把握し、的確に導く。その答えはクライフと同じであった。
 クレパスセンサーでメインとなるトンネルを発見し、そこを一同は下へと下っている。
 しかし、ラージアントとしては一回り大きな個体がいる所にはその他に14体のラージアントがいるのだ。
 推測ではない。確定情報である。
「どうだろう? 昔よりは遙かに役に立てたと思うんだ」
「大似我蜂ですな、懐かしい話です」
 とは、ズワース氏ことドクトル・ウィッグルズワース氏の言葉。 その一方で、クライフの言葉は続く。
「しかし、ドクトル。今回の保存食は其方持ちということでよいのですか? 一応自分の分は準備しましたが前回より人数が多いので‥‥」
 するとズワースが返すには──。
「いや、あんまり良く無さそうです。すいません、皆さんの手持ちもあてにさせてください。足りない分だけ魔法で出しますので。人数の読みが甘かったようです」
 一方、ファットマン・グレート(ea3587)は新装備のシールドソード──と、言ってもクライフから借り受けたものだが──の具合を試す。
「さて、難しい事は良く判らんが──終わりの始まりの幕を上げるとするか‥‥」
 ファットマンはそう言うが、流派“モンゴル”ではダブルアタックの技を伝授していないため、レアもののシールドソードとはいえ、通常の盾と比べて大きなメリットはない。
「終わりの始まりですか──ですけれど、これで最後かと思うと名残惜しい反面、いよいよ女王蟻の捕獲と思うと嬉しく思いますわ」
 闇を見透かす九紋竜桃化(ea8553)から囁かれる妖艶な言葉。
 妖艶さとは裏腹に心遣いの人で、防寒着を持っていない者に、自腹で準備したものを渡すなど、意外に緻密な点がある。
 片やシャクティ・シッダールタ(ea5989)は──。
「‥‥ずっと頭を低くしているのは、やはり辛い所ですわねェ。
 御仏に仕える者ではございますが‥‥仲間の皆様を守る為です。
 我が金剛の一撃を秘めた投げ技、とくとご披露致しますわ!
 鉄様、三笠様、準備は宜しいですか?」
「力士だけに全ては任せん! 今日の俺は一味違うぜ!! いくぜ、オーラコォォォトォッ!! おっとその前に‥‥おやくそくぅっ! おうっ!?」
 長身のジャイアント故、頭を天井に打ち付ける鉄劉生(ea3993)。
 しかし、めげない。
「ひとぉぉつ!! 光るメイスは正義の証!」
 Gパニッシャーを振りかざす劉生。
「ふたぁぁつ!! 不屈の闘志! 見せてやる!」
 甲冑に覆われた胸を張る。
「みぃぃつ!! 三度遅れはとらないぜ!! “フルアーマー番長”鉄劉生。呼ばれなくてもまたまた推参!!」
「いえ‥‥私が呼んでいますって──」
 とズワース曰く。だが、気にせず劉生は叫ぶ。
「だが、今回の俺は一味違うぜ! 名づけて『フルアーマー番長ABC(オーラボディカスタム)』!!」
「すこし、静かにした方がいいと思いますよ」
 とりあえず、異国とはいえ、ジャイアント仲間という事で窘める三笠明信(ea1628)。
 手には岬芳紀(ea2022)から借りたGパニッシャーが佇んでいる。
 明信はズワースに話しかける。
「わたくしの、ここでの仕事は今回でお終いですから、九頭竜さんの言ではありませんですけれど、名残惜しいですね」
「いや、キャピーを捕まえた時は大騒動だったが、それに比べればまだマシだろう」
 別に混ぜっ返した訳ではないが、関係者ではないと直接には判らない、芳紀の言葉に一応の解説を依頼する一同。
 芳紀によると、キャピーというのは、ズワースの黒幕(?)であるインセクト学者“キャプテン・ファーブル”が春頃大騒ぎして、捕まえた巨大な青い芋虫。最近繭を作ってから羽化し、全幅12メートルというジャイアントモスの正体を露わにしたそうだ。
 クレア・エルスハイマー(ea2884)も知らぬがジーザスとは良く言ったもので、あのビビットな青い巨体を久々に思い返すと、背中を何かが走るものがある。
 一方で、ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)は所々狭まっているところを、退却に於ける便を考えて、少しずつでも掘り崩している。
 例え、そこから後列にラージアントが潜入しても、前衛は2班あるのだ。早々突破はできまい。
 ファイゼルは何にせよ、前衛が負傷して下がる際の、デメリットを少しでも減らそうとしているのだ。
 そして、ラシュディアの言葉通り、そして、クライフの読み通りに大きな回廊に出た。
 ラシュディアのブレスセンサーでの感知通り、そこにいたのは卵を咥えた一匹のラージアント。
 既に位置が判っている事もあって、出だしで、1班のファットマンと芳紀。そしてイレイズが先制する。
 視界に入るや否やイレイズは詠唱開始。黒く淡い光に包まれながら、十字架のネックレスを握りしめると、大いなる父の力をぶつける。それがラージアントを怯ませ。
  続けざまの芳紀のGパニッシャーとファットマンのハンマーの、息のあった強打が、ラージアントを打ちのめす。
「残り14匹か‥‥」
 ファットマンが呟く。
「しかし、ラージアントとの戦いで恐ろしいのは突撃される事。
 あの重量で狭い穴を突撃されたら一たまりもないのが実情だ。
 ただでさえ一撃しか与えてこない相手だというのに、その一撃の威力が、倍付けされてはたまらん」
 ラシュディアの呪文を複合した感知で幼虫や蛹のような動かない存在を除外して、残ったラージアントは奥深くの10メートル程の空間に籠城しているというのは確定情報である。
「いよいよ最終目的の女王蟻の確保ですわね。腕が鳴りますわ! ‥‥といっても、ある意味私の私たる所以であるファイヤーボムが使いにくい場所なので、活躍出来るか少し不安はありますが‥‥」
 尋ねたクレアはファイヤーボムが使えない、危険が多すぎるというズワースの結論に落胆した。
「やっぱり、内部が土壁を固めた程度ではファイヤーボムは危険でしょう。多分落盤しますよ」
 彼女の戦力を当て込んでいたズワースは、落ち込むクレアに対し、同じく残念そうに語る。
 それほどまでに、炎の魔術士としてのクレアの知名度は高く、ノルマン王国の実力者との噂も流れる程である。
 そんな彼女の戦闘力を十二分に活かせない事実は、ズワースと当人を含む一同にとっては、全く以て勿体ない話であった。
 しかし、それでも専門レベルのバーニングソードを前衛にむらなく施す事が出来るというのは、並のウィザードとは一線を画した技倆である。
 無論、尋常に出来るわけがない。ソルフの実などの補助があっての事だ。
「でも、大丈夫です。まだ、スクロールが残っていますわ。使える回数も、消耗する魔力の関係上、数は減りますけれど、クライフさんもそれは同じです」
 芳紀がそれを聞いて、つい癖のまま腕を組んで頷く。
「つまりは如何に速攻で、前衛が雪崩れ込んで、クライフ殿とクレア殿の魔法がどれだけ効果的に撃ち放てるか、に勝負の焦点はかかってくるわけだ」
「そして、最後の勝負はスクロールから放つアイスコフィンによる封印と──で、魔力的には保ちますかな? 解凍まで?」
 ズワースは聞くが、アイスコフィンの船までのローテーションを誰も考えていなかった──非常に希だが、こういう例は全く無いわけではない。
「休みましょう。第2班の人達には番に立って貰って」
 ズワースが提案するが──イレイズは姿勢良く、銀髪の頭を振り、否定する。
「私は大丈夫です。ブラックホーリーを一発高速詠唱で放っただけですから。ラシュディアさんの魔力を優先しましょう。あの人の魔法が帰る時にも必要になるかもしれません」
“帰る”という単語に桃化は反応する。艶やかなため息をついた彼女が言うには──。
「そうですね──それにしても残念です。私、ここでの体験を手記にしようと頭に焼き付けるつもりでしたけれど、緊張の連続で、今が何時かさえ把握できていません。筆記用具と羊皮紙は必須です。でも、両方持てば、武器は持てません──文武両道を能くするのは至難の業です。やはり、記録者になるには皆を雇わねばならないでしょうか?」
 華も綻ぶような唇の形であったが、朴念仁のズワースは反応しない。
 桃化は続けて──。
「ジャパンでは、体験出来ない依頼と、見聞を深める機会を与えてくれた事に感謝します。待望の女王ラージアントとの対面楽しみに致しますから」
「おや、ご存じない? ジャパンでも“大蟻”という、ラージアントの類が居りますよ。やはり、“あの”キャプテン・ファーブルの下に居なければ、普通はラージアントでもご存じないでしょうから、当然と言えば、当然でしょうが‥‥」
「おや、でしたら、私がジャパンに凱旋しましたら、キャプテネス・桃化とでも名乗って、珍しいモンスターの書物でも認めてみましょうか?」
 ズワースの言葉に、ストレートに返す桃化であった。
「でも、それでも私は何よりも強くありたいと思うのです──魂の追求するべき所でも言うのでしょうか?」
 その言葉にイレイズは、感嘆し。
「そこまでの求道ぶりは見事です。あなたも“大いなる父”の洗礼を受けてみませんか?」
「さて、どうしましょう?」
 言って前衛二班は交代で休息につくのであった。後衛はフルタイムで眠り、魔力の完全回復に努める。
 ラージアントも気温が下がったためか、夜襲はかけてこず、暗闇の中で、まんじりと一同は一晩を過ごした。
 そして、多分、朝。
 夜の冷え込みが収まると、一同は戦闘装備を調える。一部の者は桃化が用意してくれた防寒着を着込み、クライフがスクロールで準備するフリーズフィールドでの耐寒に備える。
 もはや、突撃あるのみ──。
「不退転、進軍せよ」
 イレイズが角笛があれば、そのまま吹き鳴らしそうな勢いで、前衛に立つ。
 まさしく思いこんだら命がけである。十字架のネックレスを握り締めながら、ライトシールドを左手に持ち。右手には日本刀。
 芳紀とファットマンも彼の両脇を固める。道も前述の通り、比較的広くなっており、ドワーフな為、背の低いファットマンが頭上からハンマーを振り下ろす分には、3人でも前線を構築できる。
 そこへラシュディアがブレスセンサーを唱えると、女王と思しき個体を残して、全13匹のラージアントがこちらに迫ってくるのを感じ取る。
 笑いながら芳紀はひとり4匹ですね、いなす。
 残り1匹程度は後方に逃しても平気という算段なのだろう。
「まだ、近接する前に──」
「先手はこちらが取ります。久々の実戦ですから、少し緊張しますわね。足手まといにならないようにしないと‥‥」
 呟くクレア、続けてクライフがそれぞれ緑色の淡い光に包まれながら、スクロールを広げる。広げた掌、ひとさし指の先、それぞれから一条の雷がラージアント達に一撃を浴びせる。
「続けてもう一発。人蟻、絡み合っていては、攻撃は出来ませんからね」
 ラシュディアが同じく緑色の淡い光に包まれ、呪文と結印をなす。
 ウインドスラッシュである。
 真空の刃、という魔力をもってしか実現できない不可思議な存在が大気の揺らぎからか目にも見える。その三日月型の大鎌がラージアントに斬りかかるが、先頭の1体の動きを鈍らせただけに過ぎない。
「やはり、出力不足ですね──止めと足止めに使います」
 言っている間にクライフが自分達の前方にフリーズフィールドを数発放ち、零度以下の結界を作る。
 一方でイレイズから渡されたソルフの実を飲み下して魔力を回復させながら、前衛陣にバーニングソードを施すクレア。
 後衛がそんなこんなしている内に、前衛1班の3人に、4匹ずつラージアントがのしかかってくる。はみ出た一体は壁を伝って後衛に回ろうとするが、劉生がGパニッシャーで足止めというより撲殺している。
 既に命の色、桃色の淡い光に包まれ、全身をオーラで固めた劉生は、左手にはオーラシールド。右手にGパニッシャー。額には鉢金、レザーローブを羽織った上からチェーンレザーアーマーという、殆ど己の限界との戦いの様な出で立ちであった。
「無駄無駄ぁっ!! ABCは伊達じゃないぜ!!」
 後方からの必死の援護も空しく、前衛は傷を負っていく。無傷なのは劉生くらいなものである。
 そして、と言うべきか、やはりと言うべきか、前線で真っ先に崩れたのはイレイズであった。
 当人も自己の鍛錬の為、敢えて過酷な冒険に挑んだのだが、数の暴力には敗北せざるを得ない。
 彼がファイゼルと位置を入れ替える刹那の隙間を縫って、ラージアントが割り込もうとするが、そこへラシュディアが一瞬の内に以前の物とは規模が違うウィンドスラッシュを叩き込む。
 更にスクロールを広げたクレアが、赤い淡い光に包まれながら、スクロールからマグナブローを、ラージアントの脚が止まった所に、タイミング良くたたき込む。
 一方で、二刀流で三方からの相手の攻撃力を削ぐのに四苦八苦する芳紀。
「そろそろ──女王が出てこないと、厳しいな」
 空気が凜と張りつめる。
「昇竜!」
 自らの通り名であり、奥義の名を叫びつつ女傑、桃化が前線に立つのと同じ頃、ファットマンも満身創痍になり、後ろへと下がる。
「後ろから大きいのが!」
 ラシュディアの警告と同時に、全長2メートルはあろうかという腹部の大きなラージアントが走り寄ってきた。
 その後方で体躯を屈ませながら、シャクティがポーションをファットマンに飲ませている間に、劉生は自分の所に来ていたラージアントを存分に殴り倒して、撃破していた。
「多分、あれが女王ラージアントです」
 シャクティはもう十本目になろうかというリカバーポーションをイレイズに飲ませている治療の手を休めて、ズワースからの目標の指示を聞く。
 それを受けて、明信が叫ぶ、どなたでもいいですから、あいつをアイスコフィンで氷漬けにして下さい、と。
 アイスコフィンのスクロールを持って、クライフが腰にランタンを下げ進む。上下にちらつく明かりの中、一同の戦いは続く。
 明信がクライフの護衛の役目をその巨体を壁として、敢行する。
「むう!」
 アイスコフィンとして一番下級なものの射程は短い。更にフリーズフィールドで、魔力を乱発した事もあり、一発に勝負がかかっている。
「助太刀するぜ」
 劉生が全力で走り寄り、Gパニッシャーで女王ラージアントに一撃しようとする。が、逆に弾き飛ばされるのを懸命に堪える羽目になる。
「くおっ!? トータル200Kgの俺を吹き飛ばすなんてよ‥‥。だが、詰めが甘いぜ、一発殴ればほら逆転、頼むぜクライフよぉ!」
 劉生の会心の一撃が決まり、女王ラージアントの抵抗力が弱まった所でズワースが叫ぶ。
「皆さん、クライフさんが女王ラージアントを封印したら、即座に全力で撤退してください。
 クレアさん、みんなが引いたらファイヤーボムで、天井も含めて吹き飛ばして下さい。どうせ、普通のファイヤーボムを撃った程度ではアイスコフィンの封印は破壊できません。女王も纏めて生き埋めにして下さい!」
「判りました」
 ずらっとクライフがスクロールを広げる。
 そして、クライフが青い淡い光に包まれ、精霊牌文に意識を集中した。
 通常の精霊魔法の様に精霊と契約して用いられたものではない、言葉の理に従って流れゆく精霊力が迸り、氷の棺に女王ラージアントを閉じこめる。
 必死に逃れようと女王ラージアントはもがくが、体力はあっても、魔法への抵抗力はそれほどでもなかったらしく、劉生の一撃で弱った事もあって、呆気なく氷の中への眠りへと女王ラージアントは封印された。
「皆さんお下がりを──お茶の一杯の前に、この一撃!」
 クレアが詠唱すると同時に印は結ばれ、赤い淡い光に包まれる。そして、放った彼女最大級のファイヤーボムが幸運にも炸裂し、殆どのラージアントはそのダメージ・プラス・落盤のダメージで死亡する。
 岩盤の崩れた中から、まるで冗談で出来たオブジェの様に、氷で包まれた生き残った唯一のラージアント──女王ラージアントが現れる。
 皆で力を合わせてほじくり出し、溶けては暴れ、凍らせては動かしのローテーションを組む。眠る時はフリーズフィールド。その為の魔力も莫迦にならなかった。
 坑の上下移動にはクレアのリトルフライのスクロールを用いる。
 それぞれクライフの縄ばしごで足場を確保し、一歩、また一歩、太陽に向けて前進する。
 クリシュナのマッピングが正しいため、タイムロスはなかった。
 一同が出た頃合いはそろそろ、次の夜明けがその昇る準備をしている所だった。
 村には幸い氷室があり、ズワースが身銭を切って、女王ラージアントを事態が収拾するまでの一時預かりに拝み倒した。
「ふぅ、やっと目的達成か‥‥今回の戦いはいろいろ勉強になったぜ。
 人外相手は戦闘の仕方を考えなきゃいかなくておもしれぇ。
 そういや、この手のでかい虫ってどっからきたんだろうな? うわさの魔法王国が発祥の地だったりしてな、うちの華国にもあるんだよ、失われた王国とかが」
 言って劉生があははと笑った後、腹がなる。
「保存食より、酒場で飯がくいてぇなぁ‥‥」
「丁度良かったな劉生殿、今は収穫祭の真っ最中だ。ズワース殿も完璧とは言えませんが、やれるだけやったんだ。私からの振舞酒を味わっていただこう」
 芳紀が一同に持参したベルモットを勧める。シャクティは般若湯は少々──と言いながら遠慮したが、他の一同は大いに飲み干す。ベルモットは元を正せば香草入りワイン──ワインはジーザスの血、あるいは、ただのうまい酒である。
「うん、うまい。今年はベルモットの当たり年かな?」
 明信は一口飲んだだけで、そう言って誤魔化そうとするが、もう鼻まで真っ赤であった。
「芸とは言えぬがこれも一興とおぼしめされよ──」
 横笛に口を付けながら、芳紀が一曲奏でようとするが、そこへクリシュナが耳に息を吹き込む。
 乱れる和音。
「な、何をするクリシュナ殿?」
「なーに、言ってるのよ、収穫祭よ、冒険成功よ、無礼講に決まっているじゃないの? それとも耳たぶ噛んで欲しい? それとももっと?」
「やめろー、クリシュナさんをとめろー!」
「彼女は酒が入ると止められなくなるのです」
 普段、酒を飲まないシャクティでも、その酒乱は見て取れた。
 それだけこの冒険の間のストレスが溜まっていたのだろうが‥‥。
 宴は朝が明けるまで続いた。

 ズワースがキャプテン・ファーブルにラージアント回収要員を要請にファーブル島に一同を引き連れて向かった所、皆を出迎える筈の、青い12メートルのジャイアントモスの姿はなく、キャプテン・ファーブルは冒険の一部始終を聞くと、一同を前に沈痛な面持ちで言った。
「丁度良かった、現在は非常事態で新しいインセクトを受け入れる事が出来ないんだ。実は──魔王崇拝者にキャピーが連れ去られていて、討伐を考えている。丁度良く、コメート号が戻ってきて良かった。自分はこれから急ぎでパリに行ってギルドと今回の顛末を知っている者に再契約を願うつもりだ。ズワース君、済まないが、留守番を頼む。急いでいるんだ」
 疾風怒濤の様な幕切れであった。しかも、自分達とはまるで関係の無い所で行われた──これが女王ラージアント捕獲の結果であった。彼女は一段落するまで氷室で封印され続けているだろう。
──これが女王ラージアントを巡る冒険の顛末である。