●リプレイ本文
ここはカンの北東の海に浮かぶ孤島、ファーブル島。
そこでかつてはキャピーと呼ばれていた青い大芋虫が変態し、安息の場と化している繭の強度を、コトセット・メヌーマ(ea4473)の発案で計る事になっていた。
尚、彼の本来の目的事は、蛹の強度や内部を探るであるが、これは繭を切り開かないとエックスレイビジョンやデュアラブルセンサーのスクロールでは力不足という事もあって(繭を貫通して、更に蛹の内部を調べるという意味の魔法の二重がけは不可能である)見送られていた。
「いや、別に中を見るのは構わないけれどね──それより」
何より、依頼人のシャルル・ファーブルことキャプテン・ファーブルが大事な標本としてとっておきたい、という事でもあったのだ。
レイ・ファラン(ea5225)は腕に巻かれた紫色のスカーフとは対称的に隆々とした筋肉を持つキャプテン・ファーブルを見て、彼がキャプテン・ファーブルか‥‥‥‥本当にウィザードか?(いい筋肉してんな‥‥)などという感想を持つのであった。
そして、肝心のキャピーに関しては──。
(「蛹の観察‥‥‥‥って話には聞いていたが随分と繭は大きいな、蛾になるらしいが羽を広げたらどんな大きさになるんだこれは?」)
等と皆と同じ感慨を抱くのであった。
「残念ですが、わたくしのライトのスクロールでは先日の様に繭を透かして、蛹の輪郭を露わにするのが精一杯で、蛹の中までは力が足りませぬ、恐縮でございます」
ジィ・ジ(ea3484)が申し訳なさそうにコトセットに述べる。
長い長い梯子がキャピーの繭のある檻に運び込まれ、天井に届くように立てかけられる。
「思ったより早い再会になったわね‥‥。
本当に魔王崇拝者が狙ってるのなら、何としても守らなくちゃ」
ミレーヌ・ルミナール(ea1646)は決意を新たにする。
梯子の頂点でコトセットはスクロールを広げ、念じる。
閉じこめられた精霊力が、彼を淡い褐色の光に包ませ、触れた繭の強度を教える。しかし、繭に浸透していた毒が、コトセットを侵す。コトセットは強張る口からようように言葉を絞り出す
「解毒剤を──毒に‥‥」
「今、行きます」
ノア・キャラット(ea4340)がコトセットのバックパックをひっくり返す手間を惜しんで、自分のバックパックから手慣れた様子で解毒剤を取りだし、梯子を登っていく。
「すまない」
「お互い様です」
ノアによって、解毒剤を流し込まれ、体の強張りが取れるコトセット。
「大丈夫ですか? 今、繭に触れた際、中のキャピーに動きがあったようですが?」
同じくタイミングを合わせてエックスレイビジョンで中を見ていたノアが囁く。
クリオ・スパリュダース(ea5678)はコトセットに肩を貸し、梯子を下りていく。
「気をつけろ、足下がお留守になるからな」
等とクリオは無表情なまま、気が無げな言葉を投げかける。
顛末を見ていたものの、飛び出すタイミングを逸したマリウス・ゲイル(ea1553)は腕組みをしているキャプテン・ファーブルに声をかける。
「キャプテン、前の様にマンドラゴラを入手して、それをプラントコントロールの魔法で操って行動を左右する訳にはいきませんか?」
「まあ、抵抗されるかもしれないし、そもそも、マンドラゴラの生えている場所を知っているズワース君──あ、これ、ドクトル・ウィッグルズワースくんの略称ね──が女王蟻関係で出払っているし、それに前、居場所を知っていたからと言って、このノルマンで百本あるかどうかあやしいし──ま、この前の顛末で、確実に百本は割り込んでいる訳だけど、レア物だからね──生えているのを確保する方法は、この前の依頼で確立できた訳だけど、現物がどこに生えているかはね、別問題だからね」
それを聞いた、ケヴィン・グレイヴ(ea8773)はキャピーの話がドレスタットにまで、広がっているのを知って驚きを隠せなかった。
「何か、ノルマンでも百本しかないものとは、随分ご大層なものまで、エサにしているのだな、キャピーは? モンスター相手にそこまで手間を掛けるとは、報告書通り──いや、それ以上の熱の入れ様だな」
「そりゃ、勿論」
「キャプテン‥‥胸を張られても困る」
そこへ一言──。
「まあ、そう意地の張り合いはしないで。今、体調を崩されたコトセットさんの為に腕によりをかけて、調理してきますから。皆で食べましょう。今日の夕飯に合わせて、いい具合に熟成させた鶏があるから」
──井伊貴政(ea8384)が場を暖めるように振る舞い、厨房へと踵を返す。
「どうでしたか?」
カン伯爵領騎士団団員見習である我羅斑鮫(ea4266)が島の周囲の確認を行い、ついでに小腹が減ったのを満たしに、無音で厨房に現れた所を貴政に見られる。
忍者なのに、肝心な忍びの技はからっきしの斑鮫であった。徹夜ではそうそうひけを取らない自信があるが。
「うむ──島に小舟なら着けられる場所は幾らでもある。コメート号クラスの船舶となると話は別だが。しかし、下船した時にちらりと見ただけだが、この生き物、キャピーは‥‥魔法生物ではないのか? 世界は広い。忍術で作る大ガマの様なものが普通に生きていようとはな」
「それを言ったら、ドラゴンの類だって同じような気がしますけどね。‥‥食べられるのかな?」
「華国人なら食べるというかもしれんな」
互いに根拠のない、貴政と斑鮫であった。
そこへ今回は戦闘要員に徹するつもりのカレン・シュタット(ea4426)は周囲の森に罠を仕掛け、やはり体力に限界を感じ、レイに後を任せ、厨房で体力の回復に努めようとその脚を向けた所、今の会話を耳にしたのであった。
「罠を仕掛けたついでに、森でハーブを摘んできました。少ないですけれど役に立ててください」
「ああ、それは良かった。コトセットさんの為に有効に使わせていただきます」
貴政は器用に手を動かしながら、口も動かし、キャピーの檻の中であった事を、カレンへも手短に説明した。
コトセットへの薬膳を準備し、彼が順調に食べ終えたのを確認すると、小高い丘でキャピーの繭を眺めながら、貴政は半分うたた寝していた。
「受け取りにサインをお願いします♪」
明るいシフールの声。
がばっと跳ね起きる貴政。
「岸で動きがあったのですね? あ、料金はキャプテンに付けておいてください。話は通してあります」
「毎度あり〜♪」
渡された羊皮紙を確認すると、15人ばかりの“普通ではない出で立ち”の面々が3艘のボートを南西の漁村の船主から強奪し、北東目指して進み始めた旨が簡潔に書かれていた。
「急いで皆に伝えないと‥‥」
貴政から情報が流れると、各員が3班に分かれ、予め偵察済みの、予想されるファーブル島内の侵入ルート目がけて移動を始めようとする。
マリウスはそこで──。
「魔王崇拝者が、何故キャピーに興味を持っているのかも気になります。
魔王を自負している悪魔は、キャピーを騎乗にするつもりなのでしょうか?
また、その悪魔にどのような力があるのか、まずは敵を知ることから始めましょう。
まさかキャピーが魔王の生まれ変わり?! いや、そんなはずは‥‥」
「いや、生まれ変わったりすると信じているのは“ブッキョウト”だけだからね。悪魔になった段階で、後は何も残らない‥‥というのがジーザスの教えだし、この辺で生まれ育ったら、普通ジーザスの教えじゃないかな? だから、生まれ変わりというのは飛んだ考えだよマリウス君」
「そうですか、ならば安心して戦えます。ところでキャプテン? 何か、ドクトルとかキャプテンとか、格好良い渾名を考えて貰えませんか? もらったふたつ名がアレなので義父も泣いています」
「いや、マリウス君のふたつ名は知らないけど、ノルマン風に、ラ・シバルリーあたりはどうだろうか、安直だけど」
「──すいませんが、考えさせてください。ノルマン訛りは不慣れなので」
レイもレイで聞いておきたい動きがあった。
「なあ、キャプテン。あんたさあ、ここじゃなくて、カンの方で、魔王崇拝者にきな臭い動きがあるって言ってたけれど、どんな動きがあるんだ?」
「どうやら、ここいらの土地で、神聖ローマ占領以前に、国家的な調査行があったのと関連して、デビルにとっても重要な『何か』があったらしい。まあ、具体的に何かは興味がないから知らないけどね。まあ、インセクト関係じゃない事は確かだ」
「そりゃ、そうだ」
「で、デビルサイドとしても国家レベルの調査行が出来る様、自分達が動きやすい下地として、自分達の現世利益──ぶっちゃけ言えば、悪魔化しての不老不死──を広めているんじゃないかな? ま、憶測だけどね」
「不老不死──そりゃ、いい響きだ」
ジィはちょっと危険なレイの言葉を抑える様に──。
「響きは良いですが、悪魔になって生きる? のは真っ平ですなぁ。魔王崇拝者ですか‥‥今度は何という魔王なのでしょうなぁ」
「いや、上級の悪魔即ち魔王と言っても、幅が広すぎ。具体的な名前までは見当がつかない。中途半端な情報で皆を混乱させたくないしね」
ファービルの声が響き終わると、一同は受け持ちの場所へと向かっていった。
第1班はジィ、レイそして我羅である。
「ひょっとして、前衛に立てるのって俺だけ?」
レイが面子を見渡して困った様に語る。
「三太刀まではいなせるが、ジリ貧じゃないか?」
「勇気だけでなく、智恵も揃っておりますぞ」
と、ジィがスクロールを広げる。フレイムエレベイションとバーニングソードのそれだ。
淡い赤い光が2度に渡り収束すると、手にしたエスキスエルウィンが炎で包み込まれ、魂は情熱で武装され、ジィは中々に軽視し難い存在となった。
「これで生半可な相手ならわたくしのディフェンスラインを突破できますまい。レイ様は魔王崇拝者の指揮塔潰しにご専念下さい」
「智恵は他にもあるぞ」
言って斑鮫が手元のロープを引くと、派手な音と共に仕掛けておいた岩々が転がり落ちていく。
「ここしばらくは、魔王崇拝者の上陸地点を想定して、罠を準備しておいた。相手も只では済まないだろう」
「いや、4人ばかりおられますが? 魔王崇拝者は‥‥どちらにしろ前衛に立たねば──」
「未熟‥‥」
斑鮫の悔恨を余所に、戦端は開かれる。
「行きますぞ、レイ様」
「応!」
バックパックをその場に置き去りにし、ふたりは魔王崇拝者の元へと殺到していく。
「遅れを取ってなるものか!」
斑鮫も忍法で強化された足腰の俊敏さをそのままに前線へ殺到していく。
しかし、ロングソードを持つ相手の懐に飛び込もうとしても、力量差の為、入り身は適わない。
間合いを支配するのを斑鮫は諦め、通常の間合いで打ち合おうとしても、力量の差が大きく出てくる。
一方、ジィがウィザードと思えない見事な体術で、剣と盾を以て前進しようとする魔王崇拝者ふたりを確実に足止めし、その隙にレイが何か印を組もうとしていた後衛に肉薄する。
華麗な脚捌きと、返し技を得意とするレイだが、相手の方から攻撃してこないので、決定打に欠けていた。
そこへ体術でも斑鮫をスルーした魔王崇拝者ひとりがとって返し、レイを防戦一方に追い込む。
エスキスエルウィンで独楽の様に回りつつ、一撃を浴びせようとするジィであったが、一撃の破壊力に欠け、盾で捌かれ、ふたりを釘付けするのに精一杯であった。
戦いは膠着状態に陥った。
それでも斑鮫をスルーした悪魔崇拝者が、レイに攻撃を当てに来るが、彼はその一打を盾で見事に裁いて、逆撃に出る。
迂闊にレイに攻撃をしかけるのを恐れさせるに足る一撃であった。
更に後ろから斑鮫が刺突して、止め。
その動揺の間隙に乗じて、ジィが魔王崇拝者の片方を、手にしたエスキスエルウィンの掬う様な払いで転倒させ、自分と相手を対一の場面に持ち込む。
「魔王、いえデビルと縁を切るまで──攻撃を止めませぬぞ」
相手の体捌きにも限度がある様で、ジィのエスキスエルウィン一撃が決まる。
片割れが立ちあがろうとした所に斑鮫が斬撃を浴びせかける。魔王崇拝者が弱った所で、ジィは『きっ』と向き直る。
「さあ、わたくしは、まだまだ現役ですぞ。キャピーに手出ししようというならかかってきなさい」
「この場は引き上げるぞ」
「人がましく喋れたか」
斑鮫が隙を伺う中、レイにはどうやっても適わぬ、と見てか、3人はそのまま後退を始める。
ジィは皆に向き直り、ピンとした腰を深々と折り曲げる。
「撃退に成功致しまして、皆様方、感謝の極みでございます」
今日、何度目かのライトニングサンダーボルトが緑色の淡い光に包まれたカレンの手から迸った。
オーラエレベイションを発動する際の、桃色の淡い光に包まれたクリオは追い撃ちが無いのを確認して、前線に同じく闘気の盾と防御力とを得たマリウスとで突っ込んでいく。
「まったく、どうして正しい方法で入手するという考えが浮かばないのか。
これだから悪魔崇拝者は嫌われるんだよ。欲しい物があるなら働いて金を貯めなよ──問題はそこかよ、って誰か突っ込んでくれよな」
マリウスはやれやれといった感じで突っ込む。
「教師として言いますが、彼らは、デビルが糞尿に等しいものを買わせようとしているのに──魂という通貨で安値で買っているつもりなのでしょう。デビルの売るものは二束三文なのに」
「我らはただの悪魔崇拝者ではないぞ──魔王と契りを結んでいるのだ」
魔王崇拝者の主張に対し、クリオは気も無げに──。
「気にするな、べつに名前で中身が変わるわけじゃない」
「キャピーの邪魔をする者はとっととお帰りなさい」
ミレーヌがダーツを浴びせる。
「危なっ!」
クリオの鼻先ギリギリを掠めたダーツは魔王崇拝者に命中する。しかし、ローブの下で金属音、鎧で弾かれた。
ミレーヌは舌打ちしつつ次のダーツに持ち替えて連投。
今度は肩の下に当たり、血を滲ませる。
「臭いよ、おたく」
血を滲ませた魔王崇拝者にクレームをつけるクリオ。
儀式で生け贄の臓物を浴びる上、そろそろ水浴びのできない季節になった今、肉薄するクリオには臭く思えた。
「こういう時、闘気で遮っていると、違いますね。なまじっか五感も高めている分、その匂いはきついでしょう」
言いながら、マリウスは両手持ちした十手とその重量だけで、確実に魔王崇拝者を打ち据えていく。
ローブ相手ならスタン狙いで行くつもりのクリオであったが、どうやら下に着込みを付けていると、先程のミレーヌとの一戦で把握し、翻ってバックパックから突き出ている日本刀を抜刀して、斬り込んだ相手の一打を敢えてナックルで受けて、追い打ちをかける。
運悪く避けきれなかったとはいえ、呆気ないくらいに倒れ伏す魔王崇拝者。
クリオは死んだふりの演技を疑い、倒れ伏した相手の延髄に一刀を突き立てる。
血があふれ出した。
「脆いな──」
慌てふためいて逃げ出す相手を余所に、殺した敵を剥いで検分。
「体の印や護符等ないか? あとで誰か専門家に見せれば、崇拝対象がわかるかも」
あとは、売れそうな装備品を選り分け。→報酬に上乗せをと、考えるクリオであった。
「でも、死ぬほど傷ついた相手のじゃ、高く売れないかも?」
ミレーヌの意見に対し、クリオは。
「貰う、安い、タダ。何か手に入れる場合、これに越した事はない。今回はおまけに情報まで手に入るんだ」
全員が身につけていた物は特に共通点がなく、別に高く売れそうな物はなかった。
「タダより高い物はない、という事か」
マリウスはそう締めくくった。
淡い緑色の光に包まれたケヴィンがブレスセンサーで捉えた影は4体。
「なぜ、キャピーを狙うのです」
フードを被り、ロングソードを携えた一団から返るは、問うたノアへの冷笑のみ。
詠唱結印と共に、淡い赤い光に包まれるノア。
「ならば、大気に宿りし精霊たちよ、炎と成りて武器に集い焔の力を開放せよ! バーニングソード!」
ケヴィンがスクロールを収め、ミドルボウに矢を番える。
貴政の日本刀に炎が点り、左頬の傷跡を幽かに照らし出す。
その詠唱が続く内にも一瞬で、ケヴィンに対し、赤く淡い光に包まれたコトセットがフレイムエレベイションを付与。士気を高める。
突っ込むだけの貴政。
「さあ、君から料理しちゃうからね。まかないさんを相手にした事を詫びなさいって」
子供が『ぶつぞー』と右手で刀を振り上げた様に左手を軽く添えただけの『蜻蛉の構え』。
そこから繰り出される一撃は鎧を破壊して尚、相手を両断する。
無論、炎の精霊力の援助はある。しかし、斬れすぎであった。
「手塩にかけたキャピー君を狙うとは不届きな連中めー」
「まだまだ行きますよ。大気に宿りし精霊たちよ、火と成りて我に力を与えよ、煙と化しあの者を包み隠せ! スモークフィールド!」
ケヴィンはその声に、魔王崇拝者を後方に逃げられない様に煙陣の周囲を沿う様に巡る。
一方、飛び込む貴政。
相手も自分もハンデが付いているのは同じ。大技こそ繰り出せないものの、そこは確実な打撃でカバーすればいいという戦術だろう。
中で剣戟の打ち合う音が響き渡り、飛び出した影を、確認した上で、ケヴィンは狙い撃つ。
命中、あっけなく倒れ伏す。
「弱いな」
ケヴィンは感慨も無げに呟く。
だが、呪文が切れ、煙が晴れても貴政は姿を見せなかった。
死体すらない。
ケヴィンがブレスセンサーの魔法をスクロールから解放して、呼吸数のカウントを勘定する。
死体が転がっている魔王崇拝者の4体を除けば、全体的な数には代わりが無かった。
「という事は貴政はどこかにいる筈?」
ケヴィン達は懸命になって探し出した。
そんなケヴィンの前で懸命になって自分をアピールするカエルの影。
「ん、まさか貴政?」
懸命に頷くカエル=貴政。
「こういう呪いを解くのは、汚れ無き乙女の口づけ‥‥というのは冗談で」
ノアが、カエル相手に目を瞑るのを見て、コトセットが訂正する。
「デビル魔法ならば、放っておけば、元に戻る。
相手がそれこそ魔王クラスのかけた呪いでも無ければ大丈夫だ。
これでもキャプテン程ではないかもしれないが、モンスターにはかなり精通しているつもりだ。
嘘じゃない、安心してくれ」
その言葉通り、1時間後、貴政は人間の風体に復帰した。
そして、一同が島を出る事になる日の朝食後。いつも通りのローテーション変更が行われるかと思われたが、1班の面々が繭が揺れているのを確認した。
一同は毒の恐れがあるので、手短に食事を済ませ、急ぎ、檻へと向かう。
繭の突端からは黒い目に小さな触角のシルエットが這い出していた。
「ジャイアントモスだ‥‥一国でも十匹いるかいないかの、珍獣──素晴らしい。一生に一度でも見られるかどうか、という場面に出くわしているのだ。
これは神話と言ってもいいね」
キャプテン・ファーブルが感慨深げに語り出す中、濡れて縮れた瑠璃色の羽根、続いて膨れた腹と、一通り、体を繭から出し終わったジャイアントモス。
しかし、腹部が脈打つ度に体液が羽根へと吹き込まれ、瑠璃色の羽根が丁度、檻の底に着くか着かないかの地点で広がりきる。
朝日を受けて、瑠璃色の羽根が大きくはためかされた。
ケヴィンがファーブル邸のあり合わせの布で、一同に毒の鱗粉を吸い込まない様に配慮していたが、毒は接触毒だったようだ。
一部の高速詠唱できるものを除いて、皮膚の僅かな露出から痺れが広がっていくのを感じる。
もちろん、耐えきる者はいる。耐えた者は動けなくなった一同に解毒剤を配り、風上へと誘導していく。
「いやぁ、致命的なまでにエルフが多かったからね──とりあえずは館の者は窓を閉め切らせておくとして、いつ風が変わるかが、困り物だ」
キャプテン・ファーブルの言葉にマリウスは──。
「もちろん、キャピーの安全が第一なのですが、捕獲からここまで来た者の心境としては、キャピーと共に戦いたいとも感じます。今は無理でもいつかはできるといいですね‥‥」
──と述べる。
「そうだね、そうできたら、素敵だね。でも、あの毒鱗粉は常にまき散らされていて、悪魔などの普通の武器に耐性があるものでなければ、常時、その毒に耐えきらなければならない。まさしく魔王の乗騎か──しかし、私はカンに何という災厄をもたらしてしまったのだろう」
返すキャプテン・ファーブルにジィは黒い目を潤ませながら、
「これでは、キャピーの今後の事も考えねばなりませんなぁ。
羽根や毒鱗粉のこともありますし、なにより檻が狭すぎます。
殺してしまえばいいのですが、ここまできますとと流石のわたくしにも情というものが湧いてございます。
どうしたものやら」
モンスターに肉親を殺された経験のあるジィをすらして、ここまで言わせしめるのだ。
皆がドレスタットから連れてきた日々は無駄ではなかったという事か。
「今度、パリに行く時に、冒険者ギルドでこの件に関して依頼をする事になると思う──その時はよろしく、頼む」
スクロールなり、自力でアイスコフィンの出来る、ケヴィンやカレンが一時しのぎをする事も検討されたが、間合いがあまりに短すぎて、到達する前に麻痺しかねない、というのが結論であった。
次の依頼はキャプテン・ファーブルにとって苦渋の決断となりそうであった