●リプレイ本文
●準備
「ちゃお♪ みなさん、ごきげんよう」
『‥‥どうも。見慣れない方もいらっしゃるようですが、小生もお手伝いに来ましたよ』
丹波藩南東部、亀山城。
丹波藩唯一の人類側拠点として運用されているこの城の前に、金髪にフリフリドレスの少女とスモールヒドラ、白金に輝く巨大な埴輪が並んでいる様は、足軽たちからしてみれば異様以外の何物でもない。
とはいえ、これらが冒険者との縁を結び、味方として戦ってくれる存在というのだから文句も言えない。
この依頼にカミーユ・ギンサや土角龍・芭陸、埴輪大魔神が援軍として参加するのも、冒険者が無限にあった可能性や選択肢の中から紡ぎだした未来の結果なのだから。
「カミーユは今回、勿論手伝ってくれるわよね? 丹波の為にこれ以上ない機会だし。でも、今回、私に憑依するのは勘弁してもらいたいわ。私は私ですべきことが山積みなのよ」
「できれば誰にも憑依せずに協力してもらえるとありがたいんだけどなー‥‥なんて」
南雲紫(eb2483)や鷹村裕美(eb3936)が懸念するのは、いつぞやのようにカミーユが親しい(?)冒険者に憑依し、事前の作戦に狂いが生じること。
特に今回、南雲は指揮を執るという立場に就くようなので尚更なのだろう。
が、鷹村の淡い期待は、あっさりと否定されてしまう。
「うん、それ無理♪ わたくしの楽しみを奪わないでくださいまし」
満面の笑顔で無茶苦茶を言うのは、やはり悪魔だと思わざるを得ない。
「うみ‥‥じゃ、じゃあ誰の仮面をらいどしちゃうのです? 実は禁断の指輪忘れちゃった、とか言ったら‥‥」
「す り つ ぶ し ま す わ よ」
「何をですかぁぁぁっ!?」
「カミーユ嬢、大丈夫ですから! きちんと準備はしてありますし、カミーユ嬢の意思を尊重しますので! ですからその黒い石をしまって下さいお願いします!」
おずおずと挙手して冗談を言ってみた月詠葵(ea0020)に対し、黒い笑みを浮かべるカミーユ。
いいかげん付き合いの長くなってきた御神楽澄華(ea6526)でさえ、その思考パターンは理解の範疇を越えている。
埴輪大魔神を操るための黒い石をすかさず取り出す当たり、どこまで本気かわかりやしない。
「冗談はともかく、今日は裕美さんにしましょうか。色んな味を知っておきたいですから‥‥♪」
「‥‥わかったよ。重要な役回りの奴に憑依されるよりはマシだからな」
「おい、そんな簡単に‥‥」
「いいんだ。私が選び、決め、約束したことなんだしさ」
そう素直に呟いて、鷹村はカミーユを受け入れる。
親しい友人が悪魔に憑依されることに待ったをかけた鷲尾天斗(ea2445)だったが、本人が承諾していることなのだからそれ以上のことは言えない。
鷹村の頬を優しくなでたカミーユが、まるで幽霊かのようにその身体と重なり‥‥一つとなった。
モヤモヤした気分が少しでも晴れないかと、少し嫌味がちに鷲尾は言う。
「‥‥んで? 裕美の転び属性はそのまま引き継がれるのか?」
「まさか。このわたくしが転んだりなんてしませんわ」
くるりと優雅にターンして見せるカミーユ鷹村。
普段男のような口調の鷹村が丁寧な言葉を発していると、それだけで違和感バリバリだ。
「‥‥体は裕美でも完璧に別物ってか。埴輪大魔神といい、どうも好きになりきれんな」
「男に好かれても嬉しくありません。ささ、それじゃあそろそろ出発しまっ!?」
ずべっ。
第一歩を踏み出したカミーユ鷹村が、何に躓いたわけでもなくすっこける。
憑依元である鷹村は、世紀末転倒主伝説とまで呼ばれるほどよく転ぶ。
それが憑依されてなお有効であるとは、鷹村自身も、カミーユも全く思っていなかったことだろう。
「だっはっはっはっはっ! うんうんそうか、お前の転び属性は悪魔もこかすのか! さ、出発出発♪」
「ちょっ、なんですのその笑いは!? というか、なぜわたくしが転んで‥‥えぇ!?」
「はいはいカミーユ嬢、急ぎましょう。疑問は道すがらで解決していけばいいではありませんか」
「納得いきませんわぁぁぁっ!?」
御神楽に背中を押され、無理矢理歩かされるカミーユ鷹村。
こんなに緊張感の無い出発で大丈夫なのであろうか―――
●反則の定義
一行は、何度も転ぶカミーユ鷹村をなだめつつ、ついに件の砦付近へと到着した。
砦は山間部に位置し、少しばかり上っていかなくてはならないのだが、木々の間をふらふらしている不死者の姿などは魔法を使わなくても死人できる。
念のため、ジークリンデ・ケリン(eb3225)が前日から使用してある超越バイブレーションセンサーで索敵すると、ひっかかるわひっかかるわ、木や起伏で見えない場所にもかなりの数の不死者がいることが判明する。
誤算だったのは、不死者は基本的にインフラビジョンに引っかからず、BSで探知した連中では超越ストーンの対象にならないということ。
青々とした木々や葉に邪魔され、超越ストーンといえど真価を発揮できないようだ。
「ふむ。まさか木や葉を根こそぎ吹き飛ばすわけにもいかんしな‥‥。いっそ燃やすか?」
「そんなことをしたら後始末どころの騒ぎではなくなるので御自重を(汗)」
冗談だ、と呟く琥龍蒼羅(ea1442)。今回はわざわざ強力な剣を持ってきているくらいなので、こういう事態は想定済みらしい。島津影虎(ea3210)も分かってはいるが、ツッコミ役が少ないので念を押しておくようだ。
冒険者たちの後ろには、京都から出陣してきた兵たちが300ばかり。
この山間部にうろついていると言われる700と、砦内部にいるであろう多数の不死者を相手にするには、例え特殊戦力が手伝ってくれるとはいえこれくらいの人数は居てくれないと困る。
ジークリンデに非効率と分かっていてストーンを連発させるのも拙い。
仕方なく、一行は作戦の第一段階をすっ飛ばし、正面から陽動込みの戦闘をしかける。
「敵は一気に襲い掛かってくるわけではない! 敵に包囲されないよう留意しつつ、敵を駆逐する。数の上では敵が圧倒的に優位だが、此方には埴輪大魔神と芭陸、カミーユもいる。十分に勝てる戦だ!」
南雲の指揮の下、雄たけびを上げる京都兵。
その自信を支えるのが‥‥
「‥‥ここで皆様の出番、と。こう木が生い茂っていると十七夜の接近が恐い所ですが、芭陸様は俺がお守りしますよ」
「戦は燎原の火に等しく、戦に酔い痴れれば最後には自らも焼き尽くす。人も黄泉人も戦の深みに嵌っているような気がしてならん。無論、我々もな」
「あら、生物の生涯は半分くらいは戦いですのよ? 当然じゃありませんか」
『‥‥だからと言って裏で戦が起きるよう仕組むのは許されたことではないと思いますがね』
山王牙(ea1774)とアンリ・フィルス(eb4667)といった凄腕の冒険者たちと、カミーユや芭陸といった特殊戦力。
こちらが近づいたのを気配で察知し、近いものから襲い掛かってくる不死者たち。
だが、山王やアンリの剣で一刀両断にされたり、埴輪大魔神の拳で叩き潰されたりとあまりに悲惨。
組織だった行動を取らない烏合の衆は、中途半端な数では多勢に無勢も演じられない。
「いくのです、埴輪大魔神っ! ‥‥んー、一度乗ってみたかったのー!」
大満足といった笑みを浮かべる月詠は、埴輪大魔神の兜の角に掴まりながらその頭に乗っている。
別に月詠の指示通りに動くわけではないのだが、埴輪大魔神の目線でカミーユに敵の居場所を知らせられるのはいい。
「カミーユお姉ちゃん、埴輪大魔神を右方向に向けてください! 団体さんが居ますです!」
「よくわかりますわねぇ。鷹村さんも目はいいほうなはずですけれど、わたくしには見えませんわ」
歩かなければこけることも無いと気付いたらしく、ふわふわと飛行するカミーユ鷹村。
その手に握られた黒い石が脈動したかと思うと、埴輪大魔神がくるりと右を向いて不死者を駆逐していく。
「まだ城一つ‥‥次は砦。小さな一歩も積み重ねれば、イザナミへ辿りつくと信じて‥‥!」
「気負いすぎるな‥‥と言っても無駄なのだろうが、な。死ぬなよ」
「そこは我々で補佐いたしましょう。仲間の死の後始末など、いくら私でも御免被りますので」
少しずつ、しかし確実に山を登っていく冒険者たちと京都軍。
囲まれそうになってもカミーユがアンデッドコントロール能力で散らしてしまうし、例え多少囲まれても芭陸がその巨体と角で突破口を開いてくれる。
様々な種が協力して初めて得られる大きな力。それを実感できる戦いである。
しかし、相手もただで砦をくれるつもりは無いらしい!
「ぎっ‥‥!?」
「うわぁぁ、何だ!?」
「何やってんだ、お前‥‥がっ!?」
後方の京都軍の中から、突如として悲鳴が上がりはじめる。
フライングブルームで低空飛行をし、ジークリンデが見たものは‥‥!
「うっ‥‥味方の中で‥‥!? これは、まさか‥‥!?」
辺りに撒き散らされた血飛沫と、その発生源であろう深く袈裟斬りにされた兵の死体。
混乱し、迷走する兵が多い中‥‥そいつはただ一人、愉快そうに佇んでいた。
「ここか‥‥祭りの場所は」
返り血を大量に浴びてはいるが、その格好は京都軍の足軽のもの。
だがその男は、首をゆっくりと回しながら深く息を吐き、周りから恐怖の視線を浴びている。
「あん‥‥? 妙なのがいるな‥‥」
姿を見られたジークリンデの背に、直感的に寒気が走った。
まずい、と思ったときにはもう遅い。京都軍の兵士と思われた男の全身がぐにゃぐにゃと崩れて変化し、ジークリンデと全く同じ姿に変わってしまう!
しかも着ている物はおろか、Fブルームすらもコピーしてしまう徹底振りで‥‥だ。
「しまっ‥‥! 皆さん、逃げて!」
「苛々するんだよ‥‥! おいっ! っはっはっはっはっはぁっ!」
凶悪な表情の偽ジークリンデの手から、火の玉が出現し‥‥爆音とともに周囲の全てを焼き焦がす!
中心部辺りでファイヤーボムを炸裂され、京都軍に多数の犠牲者が出る!
本物のジークリンデと偽者も巻き込まれており、かなりのダメージを受けているが‥‥
「くくく‥‥戦いは‥‥いい。苛々がすっかり消えた‥‥!」
ふらふらであるにもかかわらず、偽ジークリンデは嬉しそうに天を仰ぐ。
と、そこへ!
「思ったよりは被害は小さいが‥‥! 無事な者は怪我人を運べ!」
「いや、それより全軍を以って砦を正面突破した方がいいだろう。これでは陽動などと言っていられぬ」
南雲とアンリが駆けつけ、木の陰に隠れてやり過ごした者たちに指示を出す。
確かにアンリの言うとおり、この際無事な者と冒険者、カミーユと埴輪大魔神、芭陸で突破した方が早いかもしれない。
砦を占拠してしまえば、門を閉ざして周辺の不死者をシャットアウトすることもできよう。
「こやつの相手は任せてもらって結構」
「ここに八雷神らしきやつが現れたなら、砦の守りは手薄‥‥だといいが。とりあえず任せるが‥‥死ぬなよ」
「委細承知」
そう言って、南雲は素早く京都軍の建て直しにかかる。
アンリは偽ジークリンデを前に、オーラ魔法込みの完全武装で立ちはだかった。
「っはぁ! お前‥‥強そうだな。楽しませろ‥‥!」
そういうと、偽ジークリンデの姿が再び変化し、アンリと全く同じ姿に変わる。
「情をかける必要は無さそうか。どこまで真似ているか‥‥見極めてくれる!」
「そうだ‥‥戦えぇぇぇっ!」
二本の剣がぶつかり合い、壮絶な火花を散らす。
全く互角の戦いが、山を登る京都軍の後方で展開されていく―――
●人ならざる者たちと
「ぱんちなのです、埴輪大魔神!」
月詠の指示(では実際は無いのだが)で、埴輪大魔神が砦内の不死者を殴り飛ばしていく。
飛行能力で無理矢理砦内に入り、月詠が門を開けて味方を中に引き入れるという作戦実行、砦内ではあちこちで戦闘が起こっている。
「いやはや、力押しとは優雅さに欠けますな」
「贅沢を言うな。優雅さで勝てるのならどれだけ戦争は楽か」
「兎も角、こういう場合は頭を潰すのが一番判り易いかね。さぁさぁ、キバって行こうかね!」
砦内の不死者は黄泉人の支配下という話だが、だからと言って強くなるわけではない。
多数の京都兵が随行している以上、多勢に無勢もかなり解消される。
あとは爆発的な戦闘力を持つ冒険者が多数いる人類が有利となっていくのみ。
島津と琥龍、鷲尾が、京都軍の討ちもらしや強敵の撃破に従事しているのは心強い。
「勝機は我らにあり! 後は指揮官を倒せば勝利は確実だぞ!」
建物の中を進んでいく南雲と京都軍の一部。
襲い掛かってくる不死者の数が増しているのは、敵の指揮官に近い証拠か。
「門の外は我々にお任せを! 皆様は中の指揮官を討ってください!」
『あなた‥‥小生に突かれてみます?』
「‥‥芭陸様、お気をつけて。ここは突破させないことが重要ですよ」
御神楽、芭陸、山王は、芭陸を門の前に据えて野良不死者が砦の中に入るのを防いでいる。
そこにカミーユも加わり、鷹村の体で楽しそうに刀を振るっていた。
「んー、鷹村さんはこの劣等感がステキですわねぇ。自覚しているのかいないのか、『どうせ私なんて‥‥』みたいな心が伝わってくるのがなんとも言えませんわ♪」
一方、八雷神もどきと戦っているアンリは‥‥
「ぬぅんっ!」
「ッハッハァ! 同じ顔の奴は二人も要らないよなぁ!?」
「勝手になりすましておいてよくも言う! 名くらい名乗ればどうだ!?」
「俺も俺の正体を知らないんだよ‥‥! 俺は誰なんだ? どうでもいいがなぁっ!」
超越オーラマックスを使用した状態すらコピーした八雷神(?)。
常人には到底到達し得ないレベルの剣戟が閃き、ぶつかり、空気を揺らす。
薬で回復したジークリンデだったが、とても手出しが出来る状態ではない。
全力でやればアンリを巻き込むし、生半可なことでは効かない。
自分にしろアンリにしろ、能力をコピーするこの敵とは相性が悪い。
だが、今回の目的はこいつの撃破ではない。アンリは、こいつを主戦力のところに行かせなければ勝ちなのだ。
やがて、遠くから鬨の声が上がる。それは砦の指揮官である黄泉人を倒した証だろう。
「‥‥はぁ‥‥祭りはここまでか。苛々させやがる‥‥!」
言いつつ、のったりゆったりと去っていく八雷神(?)。
追わないのか? と聞いたジークリンデに対し、アンリはゆっくりと首を振ったという。
砦は落としたものの、死傷者や新たな八雷神(?)のことを考えれば手放しでは喜べない。
少しではあるが、確実に反撃を開始した人類。
イザナミにたどり着き、倒すまで‥‥真の安らぎは訪れない―――