●リプレイ本文
●悪魔の事情
「わたくしだって知りませんでしたわよ。黄泉人だってアンデッドに違いはありませんから、アンデッドに子供が出来るなんてありえませんもの」
「じゃあ逆に、不死者の中に命が‥‥みたいな反応は分からなかったのか?」
「わたくし、アンデッドの気配しか分かりませんもの。それにイザナミは流石に格が違うのか、気配が濃すぎてその中に何が居ても分かりませんわ」
「それじゃ、悪魔だから分かるって言うわけじゃないのね。ということは、例の頭だけ悪魔が特別なの?」
「ビフロンスですか? 特にそういう能力は無かったと思いますが‥‥。というかその時、何人かで協力して円陣のようなものを組んでいませんでした? なら判別法はそれですわね。詳しくは言えませんけれども」
丹波藩某所。
悪魔ガミュギンことカミーユ・ギンサと行動する四名は、早速カミーユに質問をぶつけてみた。
カミーユはイザナミの腹の子のことを知っていたのかということや、魔王マンモンへの心付けを届ける‥‥要は繋ぎはつけられるかなど、カミーユにしか聞けないことは多い。
こちらの班に回ったのは、鷹村裕美(eb3936)や南雲紫(eb2483)といった、カミーユと仮契約している者ばかり。
本当はカミーユとはすぐに別行動としたかったのだが、カミーユから『マンモン様との繋ぎをしろというなら一緒に居なければ駄目ですわ』と言われてしまい、仕方なく一緒に居る。
「それで、カミーユお姉ちゃん。マンモンさんとは連絡取れましたですか?」
「え? え、えぇ‥‥一応は。しかし、あまり無茶な事を頼まれても困りますわ。皆さん御存知でしょう? わたくしがかなり危ない橋を渡っているのは」
「半分好きで渡っているのではありませんか。肝心の魔王殿は、いつごろ?」
月詠葵(ea0020)の質問に、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をするカミーユ。
言われた仕事を終えた後は自分の好き勝手に動いている以上、いつお叱りを受けるか分からない。
自分からマンモンへの連絡などしたくは無かっただろうが、御神楽澄華(ea6526)が言うように、自己責任が大いにある以上、何を今更‥‥といった感はある。
と、その時だ。
南雲が何かに気付いてばっと後ろを振り返ると、そこには黒いアメーバのようなものがふわふわ浮いており、それが徐々に人型になっていく。
やがて輪郭のみの黒い人間が出来上がり、手を身体の横に添えた自然体で大地に立った。
それは恐らく、分身と言うか影のようなものなのだろう。
しかし、冒険者たちにはひしひしと感じる。その影の向こうに居る、圧倒的な存在を。
『ガミュギンよ‥‥この者たちか? お前と契約しているというのは』
「仮の方が多いですけれどもね。なかなかステキなお味の方々ですわ」
『ふっふっふ‥‥あいも変わらず酔狂なことよ』
「マンモン様もわたくしのことは言えないじゃありませんの。金品だなんて下世話ですの」
『その下世話が良いのだ‥‥。物は裏切らんぞ』
だらだらと冷や汗をかく四人。
背筋に走る悪寒と、吹き出る汗に反するように渇いていく喉。
「‥‥さん? 皆さん? いつまで呆けているんですの?」
「はっ!? あ、す、すみませんです! マンモンさん、このお金と、預かってきた武具で質問に答えて欲しいのです!」
我に返った月詠が、慌てて金と武具を並べだす。
黒い人型はそれを値踏みするように一つ一つ手にとって眺め‥‥やがて呟く。
『質問の内容は、およそガミュギンから聞いているぞ。しかしだ‥‥今回の件はこちらにとっても重要でなぁ。相場より値が張るのは‥‥当然と思ってもらおう。そうだな‥‥この程度では答えてやれるのは質問一つだけだな』
「ちょっ!? 少し強欲すぎるんじゃないのか? 私には目も眩むような大金と武具だぞ」
『ほめられたと‥‥思っておこう! 強欲を司る魔王としてはな。しかし、最近では安易に魔王に何かをしてもらおうなどと考える者が多いから困る。ま、それ相応の物を差し出すと言うならやぶさかではないがな。悪魔に‥‥魔王にモノを願うというのは安くないと知れぃ』
相手が相手だけに、値切りや交渉の類は絶望的だろう。マンモンからしてみれば無理に答える義務はないのだから。
「仕方ないわね‥‥一つしか質問できないとなると、よく吟味しないとね」
「ここは率直に聞くほうが良いのでは? 父親云々より、確実な事実が優先かと」
南雲や御神楽の意見も総合し、鷹村と月詠の意見も交えて四人は意を決する。
大金や貴重なアイテムを差し出すのだ‥‥逃げ道の無いイエスかノーかの質問の方がいい。
月詠は、凛とした表情と口調で問うた。
「現在、イザナミの胎内に‥‥子供は居るのでしょうか?」
黒い人型はしばし沈黙した後‥‥はっきりと答えた。
『その通り! 奴の腹には確かに子がいるぞ。これはサービスだが、どのようなモノが生まれ出でるかはわからん。だが、極上の希望と絶望を与えてくれるのは確かだろうな』
魔王の言葉だけに信じられるかと言えば微妙だが、悪魔であるカミーユと親交の深いこの面々には今更かもしれない。
金とアイテムを取り込み、再びアメーバのようなぐにゃぐにゃした動きで宙に舞い上がるマンモンの影。
それが瞬間移動する前に‥‥マンモンは不気味な台詞を残していった。
『そうそう‥‥人間よ。そろそろおいたは自重しておけよ。質問には答えてやったが‥‥いつまでも甘い顔はしていないぞ。なぁ‥‥ガミュギン?』
「‥‥分かっていますわ」
「‥‥カミーユ嬢? カミーユ嬢!? どこへ行くのですか!?」
「ごめんなさい、御神楽さん。いつぞやも申し上げましたとおり‥‥わたくし、歯牙無い中間管理職ですの―――」
カミーユも空中に舞い上がり、同時に瞬間移動してこの場から気配すら消してしまう魔王と悪魔。
彼らの言によれば、神と伝えられるイザナミの腹には確実に子が宿っているという。
救いの神か、破滅の神か‥‥それとも黄泉人やヒルコと呼ばれる異形の者か。
確定された子がいるという事実は、やはり重苦しいものであった―――
●それはそれ、これはこれ
「くっ、敵の動きが正確すぎます! まるで私たちの行動が筒抜けだったみたいじゃないですか!」
「あの馬鹿でかい象みたいなのはベヒモスか。相手にとって不足は無いが、この乗せられた感は何だろうか」
狩野幽路(ec4309)は左足、アンリ・フィルス(eb4667)は左腕から血を流しながらも必死に応戦する。
マンモン配下の悪魔に情報を聞き出しに行くことにした6人のメンバーは、単独行動を控え全員で行動していた。
事前にカミーユに悪魔たちの居場所を聞いては見たが、ちょろちょろ移動しているからどこと確約は出来ないと言われてしまい、自分たちの足で探すしかなかった。
五行龍たちからの目撃情報などから、ビフロンスと呼ばれる頭だけ悪魔を発見、追跡したのだが‥‥いざ追いついて戦おうとした時、四方八方から悪魔たちが攻め込んできたのである。
仲間が気配を断って潜み、ビフロンスが囮となって冒険者を引き込んだ。つまりはそういうことなのだろう。
六匹もの悪魔に囲まれ、その全てが空中からの攻撃を行ってくる。故に、飛行手段の無い者はじわじわと傷を増やす。
「迂闊だったな。むしろ筒抜けにならないほうがおかしかったんだ。俺たちは獅子身中の虫を飼っていたんだからな」
「私も同じ意見です。カミーユさん‥‥この場合は裏切りと言うより、表返りといったところでしょうね。特に、こちらにはカミーユさんと契約した人もいませんし」
「遠慮なく葬り去れるわけだ。これだから悪魔と言うやつは‥‥」
琥龍蒼羅(ea1442)はペガサスを駆って空中戦を演じることが多いが、今回の場合一人だけ空中にいると逆に袋叩きに合う可能性があるので、早期に地上戦に切り替えた。
ジークリンデ・ケリン(eb3225)も言うように、この冒険者の行動を見切ったような悪魔の動きはカミーユが悪魔側に伝えたものに違いあるまい。
その証拠に‥‥
「‥‥カミーユさん、何故ここに!? それに、これはどういうことです!? 魔王様とは会えたのですか!?」
「レディを質問責めにするなんて、マナーがなっていませんわね」
戦場となっていた林の上に突然カミーユが出現する。
それを確認した山王牙(ea1774)は、サブナクと思われる悪魔と一旦距離を取り、叫んだ。
「安心してくださいまし。他の四人をきちんとマンモン様に引き合わせ、質問にもお答えいただきました。皆さんが満足する答えかは知りませんが、仕事はきちんとこなしましたわよ」
「いやはや、御苦労様です。それで? こちらへは後始末に参られたと‥‥そういうわけで?」
「あら、流石に本職の方は鋭いですわね。ごめんなさい、わたくしも歯牙無い中間管理職ですの♪」
「その割には楽しそうに見えるがな。契約組みが全員離れるのは貴様にとっても好機というわけか」
「はい。イザナミはどうか知りませんが‥‥わたくし、特にあなたのことが嫌いですの。マンモン様のお言いつけもあった以上、あなたたちには死んでいただきますわ」
回避に恵まれている島津影虎(ea3210)だけは傷が浅いが、脅威の防御力を持つ面々にもかなりのダメージが蓄積している。
カミーユと激しく視線をぶつけ合うアンリだったが、七体もの悪魔相手に冷や汗を隠せない。
『ちなみに、誰かが助けに来てピンチを脱する‥‥などという御都合主義な展開を期待するなよ。五行龍が現れにくい場所をわざわざ選んだのだからな』
『キヒヒ! そいつは参ったなァ! 俺ら、こいつら殺せないかもなァ! マンモン様に怒られっちまうかなァ!?』
ヴァブラ、フュルフュールと思われる悪魔たちが楽しげな口調の思念をぶつけてくる。
冒険者の作戦、行動、能力はカミーユによって完全に悪魔たちに把握されている。
挙句友好関係まで詳細に握られていては、完全に手詰まりだ。
カミーユお得意の怨霊召喚も加わり、ダメージは増える一方である。
「遺憾ながら、菊一文字一本ではどうしようもありませんね。魔法使いの方々、どうにかできないのですか!?」
「こう密集していては、自分たちも巻き込んでしまいます。私の魔法の威力は皆さん御存知でしょう?」
「いや、待て。一か八かだが、やってみる価値のある戦法がある」
狩野の声に、ジークリンデと琥龍が即座に打ち合わせを開始。
一体一体でも厄介な悪魔たちが七体も揃えば、いくらこの面子でも不利な陣形で一時間も保たない。
その状況を打開するために‥‥ジークリンデはまず、スモークフィールドを張り巡らせた。
超人的なその効果範囲は、空中に居る悪魔も全部ひっくるめて煙に巻いてしまう。
『‥‥何のつもりだ? 低級悪魔ならいざしらず、我々にこのようなものが通用するものか』
「あら、油断しない方がよろしくてよ。彼ら、時々ビックリするようなことを考え付きますから」
ヴァブラにそう言いつつ、上昇して一人煙から脱するカミーユ。
彼女にはなんとなく分かったのだ。冒険者の‥‥いや、ジークリンデと琥龍の作戦が。
「行きます。上手く行くといいのですけれど!」
ジークリンデの手から小さな火の玉が発生し、直進する。
小さな中に圧倒的な破壊力を秘めた魔法。それが炸裂する直前に合図!
「ファイエル!」
「喰い止めろ、風よ!」
琥龍がストームを使用、冒険者たちに迫り来る爆炎にぶつけて直撃を回避!
煙で冒険者が何をしているのかまでは把握できていなかった悪魔たちは、こぞってファイヤーボムに飲み込まれた。
たまたま冒険者たちの後方にいたベヒモスだけは無事だったが、そこに‥‥!
「‥‥脱出の好機は今しかありません。退いて、もらう!」
琥龍が今度は後方にストームを放ち、そちらの方向だけ煙を晴らす。
続いて山王がベヒモスに斬り込み、その牙と自らの太刀をぶつけ合う。
しかし、まだ!
「ちぃっ、あくまで邪魔をするつもりか、ガミュギン!」
「ただ逃がしましたでは済まないもので。それに‥‥言ったでしょう? わたくし、あなたのことが嫌いですの」
ベヒモスの横を通り抜けようとした冒険者たちに、カミーユが召喚した怨霊がわらわらと寄ってくる。
ファイヤーボムの範囲から逃れていた彼女は、執拗に攻撃を仕掛けて逃がそうとしてくれない。
アンリが足を止めて応戦するが、如何せん数が追い上に怨霊は装備を素通りしてくる。
「こういう有象無象は私のほうが得意なようで。こちらの始末は任せ、皆様方は撤退を!」
「回避はともかく、手数の多さなら負けてはいません。私もお手伝いいたしましょう!」
島津と狩野が怨霊を引き受けつつ、一行は後退して行く。
が、しかし。
『ただでは逃がさないと申し上げましたわよ?』
「っ!?」
ジークリンデに肩を貸しながら林を進んでいた琥龍に、背後から何者かが凄まじいスピードで突っ込んできた。
振り向く間もなく木に叩きつけられた琥龍たち。肋骨の2、3本は確実に折れただろう。
力を振り絞って背後を見やると、そこには蒼い炎を身にまとった小型の馬が‥‥!
「か、カミー‥‥ユ‥‥おまえ‥‥!」
『これくらいしないと、以後皆さんに協力できない状況に置かれてしまいますから。あぁ、もし今ので死んでしまったら‥‥運が悪かったと思ってくださいまし‥‥♪』
そう言って、煙の方へ戻っていくガミュギン。
悪魔側も、死者こそ出ていないがダメージが大きい者が多いらしく、以後の追撃はほぼなかったという。
味方であり敵であるカミーユのせいで、方やマンモンと繋ぎが取れ、方や全滅しかけた。
イザナミの腹の子より前に、この厄介な存在に希望と絶望を突きつけられている冒険者であった―――