●リプレイ本文
●混迷、極まる
「出てきやれ。そこに居るのは分かっておる」
丹波藩南東部の、人類が奪還した亀山城までまだ少しある場所。
まばらな雑木林と藪に身を隠し、イザナミ一行を遠目から監視していた冒険者たちは、不意に立ち止まったイザナミから振り返りもせずにそんな言葉をかけられ、思わず身を固くした。
ジークリンデ・ケリン(eb3225)が複製した地図をバーニングマップで燃やし、道の選択肢を絞る。
そして山王牙(ea1774)のオーラセンサーで周辺を探り、幸いにも先にイザナミたちを見つけることに成功した一行は、気付かれないよう細心の注意を払って接近した。
今回は目立つ埴輪大魔神やうるさいカミーユはお留守番なので、そう易々と気付かれないと思ったのだが‥‥。
「‥‥だんまりかえ? ならば大雷‥‥燻り出してやるがいい。炭の林にしても構わぬ」
イザナミの言葉に、全長5mほどの四速歩行の龍が一歩前に歩み出る。
その周辺に、バチバチと鋭い電撃が発生し始める‥‥!
「しばらく! あいやしばらく!」
今にも解き放たれようとする雷を前に、アンリ・フィルス(eb4667)が慌てて飛び出した。
何をやっているんだと非難の視線を浴びせるメンバーも居たが、どうやら雷の嵐は浴びせられずに済みそうである。
「太母様、御無沙汰しております。御無礼とは思いましたが、我々には四体もの八雷神を従える太母様と面と向かって邂逅するだけの度胸はありませぬ。非礼はお詫びいたします」
「アンリといったか。壮健そうで何よりじゃ」
「は。もったいなきお言葉、痛み入ります」
屈強な冒険者というのは数多と居るもので、今回の参加者も全員そうであると言って間違いないだろう。
しかし、イザナミに顔を覚えられていて、しかも覚えの良い冒険者となると片手の指で数えられるくらいのはず。
アンリはその一人であり、変な話、イザナミに可愛がられていると現してもいいくらいだ。
しかし、今のイザナミは火雷のことでかなり腹を立てている。朗らかな時間など長続きはしない。
「‥‥我は出て来いと申したはずじゃが。おぬしの後ろに隠れている連中は我の言葉を軽んじるか。それとも‥‥ここで我と八雷神を相手に戦うか?」
偽物などでは発し得ない、ずっしりとした重みを含む言霊。
それで観念したのか、冒険者たちはその姿をイザナミの前に晒さざるを得なかった。
「他の勢力の連中も隠れていて、その人たちに言っていた‥‥なんて考えは甘かったようですねぇ」
「当たり前だ。バリバリに警戒されてるこの状況じゃ、無視しきるなんて無理だよな‥‥」
「いざとなれば私の火力を集中するまでです。巻き添えにしましたらご容赦を」
狩野幽路(ec4309)と鷹村裕美(eb3936)が、ジークリンデの姿を隠すように前に立ちふさがりながら姿を現した。
何故そんな真似をするかといえば、イザナミの四方に控える八雷神の中に、見慣れない武芸者の姿を見たからである。
首をぐるりとまわす仕草ですぐ分かる。鳴雷もいるのだから、強力な魔法使いをコピーさせるわけにはいかない。他にも折雷と黒雷の姿も見て取れる。
「聞かせてもらいたい。確かに総大将である貴女と一騎当千の八雷神が四体もいれば、京都に大打撃を与えることも可能だろう。しかし、貴女程の存在がその程度の理由で自ら動くわけがない」
「配下に重傷を負わされたことでお怒りになる‥‥それは慈愛や慈悲にも通じる心でしょう。しかし、総大将はそれで軽率に動くわけには行かないはず。何か‥‥そう、罠でも張っていらっしゃるのですか?」
琥龍蒼羅(ea1442)とマグナス・ダイモス(ec0128)は、腹をくくって直接聞いてみることにした。
わざわざ少数で、しかも目立つ大雷を連れての行動。それは何かあると考えるのが普通だ。
「分かっておるなら聞くまでもなかろう? それ‥‥うぬら以外にも釣られた者どもがやってきたわ」
息を呑んだ冒険者たちが上空を見ると、先の東雲城での戦いの時に見た悪魔たちがぞろぞろと姿を現していた。
その数、七匹ほど。しかしイザナミは、つまらなそうに辺りを見回した。
「‥‥はて。平良坂冷凍の手のものは来ぬのか。折角、機会をくれてやったというに」
「残念ですが、冷凍一派は埴輪大魔神と協力者が抑えてくれています。埴輪大魔神もあなたの前に姿を現すことはありません。あなたが自らを囮にしていることは予想の範疇でしたので」
「‥‥イザナミ様、対抗勢力の精鋭を集めてどうなさるおつもりですか? 八雷神が全員集合しているならともかく、この数全員を同時に敵に回すのは名君であられる貴女様のお考えとも思えません」
御神楽澄華(ea6526)も山王も、イザナミ一行と上空の悪魔たち両方に気を配らねばならない。
この場で争う理由も無いが、悪魔と冒険者たちが協力する言われもない。
いや、最近の諸事情を鑑みるなら‥‥。
「いやはや、どうやら悪魔さんがたはこちらも敵視していらっしゃるようですよ? やはり地獄での事に腹を立てていらっしゃるのでしょうかねぇ」
島津影虎(ea3210)に言われるまでも無く、地上に降下する悪魔たちはどれも憎しみのこもった目で冒険者を見ていた。
この悪魔たちが地獄戦にどれほど関わったかは知らないが、国を人間に荒らされ、魔王まで倒された。悪魔でなくとも怒り心頭だろう。
「カミーユとか言う小娘は居らぬな。この機会に埴輪大魔神も手中に収めてやろうと思うておったが‥‥」
「やっぱり、澄華の睨んだとおりってわけね。ということはまさか、骸甲巨兵も同じように手駒にしようと‥‥!?」
「手駒じゃと? がしゃ髑髏は哀れな魂の集合体、あのように弄ぶなど、我の流儀ではないわ」
南雲紫(eb2483)の相手もそこそこに、イザナミは悪魔勢に向き直って扇子を突きつけた。
「うぬらが最近、丹波でうろちょろしているのは知っておる。我に用事があるということもな。‥‥うぬらの狙いを申してみよ」
「太母様!? まさかデビルと手を組むおつもりですか!?」
「我と組むのは悪魔の方で断るであろ。なれど、話ぐらいは聞いてやろう」
それを聞いた悪魔の一匹‥‥歪んだ人の頭の姿をした悪魔が口を開いた。
ナラバ‥‥命を、と。
「くれてやるわけには行かぬようじゃな」
上空の悪魔たちは円陣を組み、何事か唱和しがら空の上で回り始めた。
『‥‥?』
頭だけの悪魔は首を傾げ‥‥られずに一回転し、衝撃的な、その内容を口にする。
『イザナミ‥‥何ダ、ソノ‥‥ハ ラ ノ コ ハ?』
『っ!?』
これには冒険者一同も、イザナミ一行も等しく驚きを禁じえない。
頭だけ悪魔は何と言った? 腹の子? それはまさか、イザナミの?
「貴様‥‥我を愚弄するか! この身体にやや子など居るはずもないわ、たわけが!」
ただでさえ火雷のことで腹を立てていたイザナミは、怒髪天を突く勢いで怒りを燃え上がらせる。
「大雷、黒雷! この下郎どもを討ち滅ぼせぃ! 折雷と鳴雷は人間を足止めしておけ!」
「はっはぁ! イザナミ様‥‥別に殺してしまってもかまわんのでしょう?」
「こいつらには火雷をやられた借りもあります! イザナミ様!」
「好きにせい。ここで死ぬようならそやつらもその程度ということ。恨むなら我の気分を害したあの下郎どもを恨むがいい」
そう言って、イザナミと大雷、黒雷は悪魔たちへ攻撃を始める。
折雷と鳴雷は、嬉々として冒険者に歩を進める‥‥!
「太母様! 我らも御加勢を‥‥!」
「無用。火雷の一件‥‥我が腹を立てているのも事実よ」
アンリの話にすら耳も傾けず、戦闘が開始される。
そこで、いの一番に動いたのは意外にも島津であった。
斥候などの役を担うことは多いが、後始末屋として率先した行動はしてこなかった島津だが‥‥何か策があるようだ。
「あぁ‥‥? なんだ、この坊主は。お前が楽しませてくれるのか‥‥?」
「さてさて、御期待に副えられるとよいのですがね」
疾走の術で加速した島津が、一気に鳴雷に接近する。
それを受けて、鳴雷は武芸者の姿から島津の姿をコピーしようと変化し始める‥‥!
「それを待っていました!」
変化しきる前に、島津は自分に大量の聖水をぶちまけた。
相手の姿はおろか、技量、装備、状態すらコピーする鳴雷。ならば、引っかぶった聖水も‥‥?
「ぐぉぉぉっ!? な、なんだ、これは‥‥! 身体が焼ける‥‥!?」
島津の姿をコピーしきった鳴雷が、身体をよじって苦しみだす!
どうやら聖水などでダメージを受ける体質のようで、島津の読みはまさに正解だったと言える!
浮かれることなく、島津は一気に鳴雷の目の前へ!
「何っ‥‥!」
「自分の姿を切り刻むのは気が進みませんがね!」
ポイントアタックEXで、コピー島津の右腕を切断する島津!
「ぐがぁっ!? な、なんだとぉ‥‥!」
「畳み掛けます! 修復する暇を与えるわけには!」
「仲間の姿をしていようが、本物が横に居るなら遠慮はしない!」
御神楽の槍と鷹村の刀が鳴雷を襲い、鮮血を呼ぶ。
がくりと膝を突いた鳴雷だったが、それを援護するために折雷が飛び込んでくる!
「よくも鳴雷を! 火雷だけじゃ飽き足らないってわけ!?」
「当たり前だ。お前は降りかかる火の粉を振り払わないのか?」
「‥‥南雲さん、話している時間はありません! 鳴雷は!」
南雲と山王が折雷に攻撃を仕掛けるが、武器を掴まれそうになったためにらみ合いとなってしまう。
そうこうしているうちに‥‥!
「ぁ〜‥‥悪いな、折雷‥‥手間をかけた」
「本当よ! いつだって勝手なんだから!」
マグナスの姿をコピーした鳴雷は、切断されたはずの腕もすっかり元通りになって立ち上がる。
やはり別の姿をコピーすると傷も全回復するという鬼仕様のようだが、それはつまりコピーをさせない状況を作れば連続コピーは防げ、回復もされないということなのか。
「俺の姿を! パラディンの力をも邪悪に染める敵‥‥放置はできません!」
「っはぁ! この身体‥‥飛べるのか。楽しめそうだ‥‥!」
聖なる騎士であるマグナスと、その力を完全にコピーした邪悪な八雷神。
二人のパラディンはフライの魔法で空に舞い上がり、空中で剣をぶつけ合う!
そして地上では、一抱えもある大木を片手で引っこ抜き(!)、武器とした折雷がそれを槍のように回していた。
圧倒的質量の大回転に、パワーの狩野もスピードの南雲も近寄ることが出来ない。
しかし、ここにいる冒険者たちは歴戦の勇士。格上のパワーの相手とも何度となく戦ってきたのだ。
「三人くらいは必要でしょう! アンリさん、山王さん!」
「委細承知!」
「‥‥お任せを!」
大旋風を前に、パワー自慢の狩野を初めとする面々がタイミングあわせ、結集する。
刀、野太刀、轟乱戟が一点に集まり、迫り来る木を受け止める!
この三人を以ってしても‥‥いや、この三人だからこそ、大きく後退したものの回転を止めることに成功する!
「満足させてくれるじゃないのさ!」
「なら、満足したついでにあの世へ行け」
木が止まった一瞬の隙を見逃さず、南雲が跳躍して一気に肉薄し、折雷に一撃を加える!
木を抱えていたので急所を狙うことは出来なかったが、それでも有効打には違いない!
「ぐぅっ! お返しよぉっ!」
「残念だがそれは無理だな」
「どういう‥‥っ!?」
再び木を振りかぶった折雷だったが、琥龍とジークリンデが自分を狙っていることに気付き、戦慄する。
しかし時すでに遅しで、グラビティーキャノンとアイスブリザードが折雷に直撃!
持ち前の怪力のおかげか、踏ん張って吹き飛ぶことこそ無かったが‥‥そのダメージは決して軽くない。
「いける。マグナスが鳴雷を空中で抑えてくれている今、全員でかかれば折雷を倒せる!」
「八雷神撃破の絵‥‥増やせそうですね」
「久しぶりに本業の後始末を達成できそうですかな」
鷹村、狩野、島津が動き、折雷に止めを刺すべく走り出す。
その時!
『ぐあぁぁぁぁぁっ!?』
辺り一帯に電撃の嵐が吹き荒れ、一行を飲み込んで行動力を奪ってしまう。
無事なのは空中に居たマグナスと、電撃が効かないイザナミ、八雷神だけ。よく見れば悪魔勢も大分喰らったようだ。
やったのは、勿論大雷。こちらの戦闘も気にしていたイザナミが、急遽大雷に全力で電撃を放出させたのである。
湿気の多い季節、水分多き緑の葉が多いので、雑木林が延焼することはなさそうだが‥‥。
「遊びすぎじゃ、鳴雷。きちんと折雷と連携せよ。貧乏くじばかり引かせるでないわ。折雷、大事無いか?」
「はい! あたしのこともしっかり見ていていただけるなんて‥‥あたし、大満足です! 幸せです、イザナミ様ぁ!」
「もうそちらは良いからこちらに加われ。人間よりもこの下郎どもを駆逐するのが先―――」
その時、イザナミは最後まで台詞を言えなかった。
感動している折雷の背後に、一羽の火の鳥を見たからである。
そう、居たのだ。
ダメージをもらいながらも、電撃の嵐を耐え抜いた一人の志士が‥‥!
「だぁぁぁぁぁっ!」
槍を前方に構えた状態での、ファイヤーバードの四連撃。
レジストライトニングでの防御が間に合った御神楽は、折雷が隙を見せたところでFバードを発動、攻撃を仕掛けたのだ。
これは流石の折雷もたまらない。悲鳴すら上げられずに倒れ伏した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ‥‥!」
しかし、御神楽にも余裕はない。他のメンバーも電撃のダメージが大きい。
この状況で、イザナミは‥‥。
「‥‥引き上げじゃ。折雷も今なら助かろう。下郎よりも優先すべきことがある」
そう言い残し、折雷を回収して去っていくイザナミ。この状態で、誰がそれを止められただろう?
悪魔も退いたようだし‥‥とりあえず、折雷に多大なダメージを与えたことで良しとするべきか―――