激震、堕天狗党! 〜暴走する憎悪〜
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■シリーズシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:04月28日〜05月03日
リプレイ公開日:2005年05月06日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「みなさんこんにちは。江戸冒険者ギルドから転職し、『京都ギルドの若い衆』と化した西山一海です。これから、こっちでも知名度を上げていきたいところですね♪」
昨日一昨日と引越し作業をしていたとかで、もうすっかり京都に根を下ろしたらしい一海。
江戸でも知名度があったかどうかは微妙だが、とにかく京都ギルドの職員になったのは間違いないようだった。
「うむッ、よく参った一海殿ッ! この大牙城、誘った甲斐があったというものッ!」
「あーはいはい城さん、マントをバサバサするのはやめましょう。お茶に埃が入ります」
「むッ、確かにッ! では私も茶をいただこうッ!」
あいも変わらずマントを翻そうとする大牙城を嗜める一海。
年齢は一海のほうが遥かに下だが、何故か一海のほうが城の押さえ役のようになっているから不思議である。
一方の大牙城はと言えば、虎覆面の口の部分から、器用に茶を啜っていた。
「では、私の記念すべき京都ギルド第一号の依頼は‥‥とぉぉぉっ!?」
「どうかしたか、一海殿ッ!」
「だ、堕天狗党の依頼ですか‥‥私もよくよく縁があるみたいですね」
「むぅ、あの江戸でも活動していたと言う堕天狗党かッ! 私も幾度となく刀を交えたものよッ!」
「こっちでも活動してたんですか!? ‥‥っていうか、城さん戦ったことあるんですか(汗)」
「うむッ! 特に荼毘削岩鬼という武人は強かったぞッ!」
思い出話は無視するとして、一海はだんだん京都ギルドに来たのは間違いだったかな、などと思ってしまう。
大牙城に紹介されたから意外とすんなり職員になれたとはいえ、上司に言い含められたことが一つ。
『大牙城殿の暴走を少しでも抑えてくれ。私たちでとても無理だが、旧友である君なら大丈夫だろう。かれも悪い人間ではないのだが、少しばかり常軌を逸しているのが玉に瑕というやつだからな』
とのことである。
「えっと‥‥何々。京都から東に二日ほど行ったところにある集落が全滅!? 老若男女関係なしに斬殺されていて、犯人は未だその集落付近に潜伏中って‥‥そんな、なんてことを!」
「なんと‥‥漢の風上にも置けぬ奴よッ! しかし、何故それが堕天狗党の仕業と分かるのだッ!?」
「なんでも、要請を受けてその賊を討伐に向かった新撰組七番隊が名乗りを聞いたそうです。『私は堕天狗党の騎士、ニグラス・シュノーデン! 私に裁かれることを光栄に思うがいい!』と言ったとか」
ニグラス・シュノーデン。江戸でも辻斬りを働いて、仲間に連れ戻された男である。
通称『憎悪の騎士』と呼ばれ、目標に一切の情をかけずに斬り殺すのが特徴だ。
「新撰組の七番隊と言えば、谷三十郎殿の隊だなッ! して、被害はッ!?」
「さ、さぁ、そこまでは。怪我人は出たみたいですけど、死人が出たとは書いてません。七番隊の皆さんは現在屯所に戻っているらしいですが、話が聞けるかは微妙ですよねぇ」
依頼の概要は、当然ニグラス・シュノーデンの捕縛である。とはいえ、小さな集落の住人数十人を斬殺した極悪人が相手のため、殺傷も厭わないとのこと。
むしろ最初から殺す気で掛からないと、逆に依頼を受けた面々が殺されかねないだろう。
「しかし妙だな‥‥堕天狗党の面々は、少なくとも京都では罪もない人間を無為に殺したりはしなかったはずッ! ある意味彼らも漢だと思っていたのだが、趣旨変えでもしたと言うのかッ!?」
「どうでしょう‥‥ニグラスって人は江戸でも結構酷いことしてましたから、ありえますよ。あぁそれと、集落を襲ったのはニグラス一人だけのようです。他の堕天狗党員の姿は確認されていません。しかし、長らく姿を見せていなかった分、かなり強くなっているようですので、ご注意を!」
命をただ無為に斬り捨てて回っていると言う狂気の騎士。もしかしたら、犠牲になったのはその集落の人々だけではないのかも知れない。
鞘を失ったかのように暴走する憎悪‥‥その真意は、その理由は、一体なんなのだろうか―――
●リプレイ本文
●偵察
京都から東方二日ほどの場所にある、『元』集落。
新撰組七番隊の一部が退けられ、村人が全滅させられたと言う件の場所である。
「さて‥‥ここまでが限界かのう。あまり近づくと、気付かれてしまうかもしれんのじゃ」
三月天音(ea2144)は忍び足の特技を生かし、先行して集落の状況を偵察しに来たのだ。
あまり近づけないので詳細は判断できないが、人が動いているところは見て取れない。つまり、真昼間の集落を観察してなお、人通りを確認できないと言うのは‥‥ほぼ絶望的な状況を容易に想像させた。
「‥‥煙も上がらず‥‥何の物音も聞こえず、か。後は直接乗り込むしかないようじゃな」
無理をする気はさらさらないらしく、三月は早々に偵察を切り上げることにした。
先入観があるのかもしれない。憶測が先走っているのかもしれない。
それでも‥‥そこに『死』が充満していることを、三月の武としての直感が教えていたのである―――
●命の跡
偵察も終わり、8人全員で村へと入る一同。
そこは‥‥例えるなら、地獄。あるいは戦場の跡。
動く物のない‥‥ただ静かに死が支配する、少し前まで人々が生活していたはずの場所‥‥。
「馬鹿な‥‥こんなことを何故出来る。奴の行為は『騎士』を名乗るに値しない‥‥」
「‥‥予想はしていたけど‥‥いざ来てみると酷いね。まさに皆殺しじゃないか」
道端に転がる死体。かつて人だったはずのモノ。
男も、女も、老人も、子供も‥‥斬傷と固まりきった血の跡を伴い、見渡す限りあちこちに倒れている。
デュランダル・アウローラ(ea8820)とヘルヴォール・ルディア(ea0828)は、辺りへの警戒をしっかりとしながらも村人たちのために祈っていた。
「生き残りは居ないだろうって新撰組が報告したのもわかるわね‥‥これじゃそう思いたくもなるわ‥‥」
「まだ腐敗はしておらんな。しかし、このまま放っておけばカラスどもがやってくるかも知れんし‥‥」
苦い顔をして呟くのは、昏倒勇花(ea9275)と三月。
「殺戮の狂気に魅入られたか‥‥ニグラスッ!」
今回の主役と言ってもいいほど憎悪の騎士とゆかりのある蛟静吾(ea6269)。
なんでも故郷から強奪された刀をニグラスが使っているのではないか、とのことだが‥‥。
「確かに戦慄すべき惨状だが、生存者がいる可能性も零ではない。今後のためにも、私たちは救助活動をせねばなるまい」
「‥‥了解‥‥じゃ、忍び足で探索するヨ」
「そうね‥‥じゃあこの辺でブレスセンサーでも使っておきましょうか」
蒼眞龍之介(ea7029)は今後のことも考え、ニグラスの相手もさることながら人命救助も先んじて行うべきと考えているようだ。
忍者である桐生純(ea8793)はその意見に賛成し、生存者確認のために動くことにしたらしい。
そして、今回8人の行動の基点ともなるのが、ティアラ・クライス(ea6147)のブレスセンサーなのだ。
本来ティアラ自身はブレスセンサーを使うことは出来ないが、彼女は精霊碑文学の能力を生かし、スクロールによる術の行使を可能にしているのである。
その汎用性は、所有スクロールの数に比例して上がっていくのだから頼もしい。
「‥‥何これ。人間にしてはちょっと微弱だけど、あちこちから生物の呼吸を感じるわよ? あっちの家と‥‥あっちの倉庫みたいなところからも。あぁ、向うの家の中からも反応があるわね」
反応が一つだけなら、この辺りに潜伏しているであろうニグラス・シュノーデンのものだという仮説も立つが‥‥反応が複数、しかもブレスセンサーの範囲内だけでこれほどの数反応すると言うのはどういうことなのだろうか。
「とにかく‥‥一番近いところから、調べてみるネ」
他の6人は固まったまま待機し、桐生と蒼眞が声を掛け合う形で手近な反応があった家屋を調べてみる。
桐生が注意深く中の様子を探りながら、戸を開けたそこには‥‥。
「‥‥まだ、生きてル‥‥。大丈夫‥‥?」
村人と思わしき男が、重傷状態だがまだ生存していた。
柱にくくりつけられていていたので縄を解いてやると、背中には止血された跡のある刀傷がある。
かなり痛むらしく、息は荒い。最低限の水分しか与えられていないのもまずいのだろう。
「桐生君、どうした。何かあったのか?」
「うん‥‥生きてる人、見つけた‥‥。ティアラさんの魔法、間違ってない、みたイ‥‥」
蒼眞がひょいと覗き込んできたのを見て、桐生が応える。
二人はその村人を担ぎ、他の6人の下へと連れてきた。
「‥‥微妙に急所が外されてるね。わざと生かされてた‥‥と思うのが自然か」
「でも、随分衰弱している。水も最低限、食料は与えられず、この傷じゃ‥‥今まで生きてたことの方が奇跡に近い‥‥!」
ヘルヴォールも蛟も村人を手当てすることが出来ないので、応急処置はもっぱら昏倒任せだ。
かなりの大怪我なので、本当にささやかな治療しか出来ないが、しないよりはマシだろう。
「どうする。ポーション系は自分たちで使わないと危険だろうが、人道的には傷を癒してやるべきだと思う」
「そうねぇ‥‥この分じゃ反応があった場所全部に彼みたいな重傷状態の村人が配置されてると思うから、一人二人だけに薬を使うのは逆に不公平じゃない?」
「しかし、ニグラスがいつ襲ってくるかも分からない今、村人にばかり気を取られていては本末転倒だと思うのじゃ。ここはこの村人を回復させ、ニグラスの情報を仕入れるべきだと思うがのう」
圧倒的な戦闘力を誇るデュランダルも、バックパックに様々なアイテムを持つティアラも、今は手を打てない。ポーションを多少所持している三月が男を回復させ、いくばくかの情報を仕入れた。
曰く、ニグラスは日毎に生き残りのいる家を転々とし、寝床としているらしい。
曰く、毎日水だけは飲ませにきてくれる。
曰く、自分の家に居座っていた時は日中どこかに出かけていて、夜にならないと帰って来なかった。
曰く、今日はまだ現れていない。
曰く、こんな状況になってなおこの村に留まっているのは、誰かを待っているからではないか、等々。
「応急処置した身から言わせて貰うと、正直一刻を争うわね。放っておいたら今にも死人が増えていきそうですもの‥‥」
「集落全体で何人生きているのか分からないが、全て助けるつもりで動かねばなるまい。状況が状況だ、人命優先としても問題ないだろうと俺は思うが」
「‥‥ニグラスさん、見つかってないシ‥‥私と蒼眞さんだけでも、救出活動する‥‥?」
昏倒は厳しい表情をして、生き残っている人間の安否について述べた。
それを受け、蒼眞、桐生は自分たちの行動が命を救いうると確信したのである。
「そうしよう。蛟君、強制はしないが君たちも生存者の救助に当たってもらえないだろうか。どうやら思っていた以上に手間が掛かりそうだからな」
「二グラスのことは気になりますが‥‥分かりました。僕は先生を手伝うけど、みんなはどうする?」
蛟は他のメンバーを見渡すが、一同は悩んでいる様子。
「わしは当初の通り遠慮しておくのじゃ。救出は大事じゃが、それで罠に嵌っては目も当てられぬからな」
「俺も見送らせてもらう。先の相談の通りな」
「‥‥私はデュランダルたちといるよ。助けてあげたいのは山々だけど、分散しすぎは困るだろうからね」
「私は救助に行っても役に立たないだろうから不参加」
昏倒が加わるため、救出部隊は蒼眞、桐生、蛟、昏倒の四人。
一方、ニグラス迎撃のための戦闘部隊として、三月、デュランダル、ヘルヴォール、ティアラが別行動を取る。
別行動と言っても、救出班を護衛するような形で一緒に集落を回るのだが。
一行は道に横たわる遺体を避けながら、集落全体を回る様に移動を開始したのだった―――
●ジャッジメント
いざ行動を始めれば、一行のそれは迅速だった。
回復薬の予備がないため、一気に回復させることは出来ないまでも、昏倒の応急措置のおかげで、放っておけばやがて傷や飢餓で死んでいったであろう人間がすでに6人助かっている。
いずれも重傷、家屋内にのみ生き残りを残すと言う徹底振り。しかも、建物一つにつき必ずしも一人と言うわけではないという辺り、性質が悪い。
「大丈夫か!? ニグラスめ‥‥酷い事をする‥‥!」
この家にいたのは女性のようだ。あまり血の出ない背中ばかりを狙って斬られている上、何故か止血処置を施されてあるため、出血多量で死んでいる村人は今のところいないようだが‥‥。
「嫌になっちゃうわね‥‥ブレスセンサーやバイブレーションセンサーに自分だけが引っかからないようにするためだけに村人を生かしておくなんて‥‥」
「用意周到だね‥‥。でも、肝心のニグラスさんの姿が見えないけど‥‥どうしたのカナ?」
「狂人のやることだ、間違いなくここにいる確証はない。最悪の場合、すでにこの集落を出て他の村や町へ行ったということも考えられる。被害者から聞いた情報は不確定要素が多いし、今確かなのは、目の前に助けられる怪我人がいる‥‥それだけだ」
様々な憶測が飛び交うが、どれも可能性としてはなくはない。
8人は集落のほぼ全域を注意深く調べたが、ニグラスの姿は確認できなかった。
彼と相対した人間もこの場にいるのだから、見間違えることもないはず。
新撰組七番隊の面々がどういう調査をしたのかはわからないが、生き残りはいたわけで‥‥もしかしたら家屋の中を捜索する前にニグラスと戦って退けられてしまったのかも知れない。
「先生、どちらにせよ救助活動を再開しましょう。まだ生存者はいるはずです」
精神力の関係上ティアラのブレスセンサーは乱発できないので、片っ端から家々を覗いていくしかない。
この家の女性だけ意識がないのが多少気になるが、死んでいるわけではないので一安心だ。
救出班の4人が頷き、怪我をしている女性を昏倒が背負って外に出た‥‥瞬間。
「くくく‥‥待っていたぞ!」
『!?』
ガシュッ!
「あぐっ‥‥!?」
突然今出てきた家屋から声がしたかと思うと、桐生が何者かに斬りつけられた!
背後からの攻撃に、達人クラスの回避を持つ桐生も流石に避けられない!
「貴様‥‥ニグラス! ついに見つけたぞ、我が友の仇!」
そう、家屋内に隠れていたニグラス・シュノーデンが、背を見せた一行に攻撃を仕掛けたのである。
特に誰を狙ったと言うわけではなく‥‥ただ単に桐生が近くにいたと言うだけだろう。
「そうだったな‥‥思い出しておいてやったぞ、蛟静吾。蒼き水龍の名を継ぐ者よ!」
金髪の外国人。蒼い刀身に、真っ赤な柄の忍者刀を二本装備するナイト。
江戸では辻斬り‥‥京都では集落の人間を斬殺すると言う暴挙を続ける男である。
「まずいな。怪我をした村人はどうする?」
「こういう事態も見越しておったな‥‥食えん奴じゃ!」
「‥‥とにかく、手を出させないように護衛した方がいいね」
一行は救出した村人に肩を貸すような形でつれて歩いているのである。
再びニグラスに人質に取られても癪だから、という理由だ。
「魔法の詠唱‥‥間に合うといいけど!」
迎撃組みのデュランダル、ヘルヴォールはすぐに戦闘態勢に入り、怪我人を地面に降ろして突っ込む!
三月は鞭で攻撃し、ティアラは魔法を詠唱している!
「その憎悪、この刃で断ち斬ってみせる」
「‥‥本当は囲う陣形を作りたかったんだけど‥‥仕方ないね‥‥!」
桐生は中傷を受けたが、転がりながら距離をとってポーションで回復した。
蛟、蒼眞、昏倒はまだ戦闘準備までに時間が掛かりそうなので、迎撃組みが時間稼ぎに回っているわけだが‥‥!
だん、と踏み込み、ニグラスはデュランダルの懐へスタッキングで入り込む。
距離が近くて当てづらくなったと感じたデュランダルは、スマッシュを使わずに霞刀で通常攻撃をした!
「ふはははは! 感じるぞ‥‥裁きの力を!」
「‥‥デュランダルの攻撃を避けた‥‥!? こいつ、どんな訓練を‥‥!」
それをあっさりと回避し、なお超接近状態を保っているニグラスは、ヘルヴォールの攻撃もひらりと回避!
「背後からならばどうじゃ!」
後ろからの三月の鞭も、多少避けづらそうだがしっかり避けている。
それは偶然でもまぐれでもなく‥‥ただ単純に回避が卓越しているのだ。
「馬鹿な‥‥この俺が、貴様のような男に後れを取るのか」
「貴様も騎士か‥‥なかなかやるな! だが、この私の敵ではない!」
一端離れて放ったデュランダルの二度目の攻撃をもなんとか回避し、ニグラスは反撃に転じる!
シュライクで掠めるように斬られたデュランダルは重傷状態となる。バックパックに薬を入れてあるため、すぐには回復が出来ない!
「なんという男だ‥‥江戸で見た時より遥かに体捌きが上達している」
「攻撃の方は大して変わっていないみたいですが‥‥まずいですね!」
「回避だけは達人級ね‥‥あれじゃあたしでも当てるのは難しいかもしれないわ‥‥」
「‥‥私の立場がない、カモ‥‥」
救護班も戦闘態勢をとり、戦線に加わる。
とはいえ、ニグラスが背後の家屋を背にしているため、完全に取り囲めてはいない。
「魔法完成! 手近な昏倒っち、まずはあなたよ! で、悪いんだけれどこれで打ち止め!」
昏倒にフレイムエリベイションをかけ、戦闘能力を上昇させるティアラ。
そしてすぐに上昇して空中に逃れてしまうが、接近戦に弱いシフールなのだから致し方ないところだろう。「恩に着るわね。一応聞いておきたいのだけれども‥‥なぜ、罪も無い者を殺めるの? 返答によっては乙女ぱわーが許しておかないわっ!」
「何故、だと? 文句ならばそこにいる師弟に言え! 私は貴様らのせいで党を追放されたのだからな!」
「何‥‥!?」
昏倒の問いに、ニグラスは激昂して叫ぶ。その目に、明らかな憎悪を敵意を宿して。
「そういえばそこの赤い女もいたな‥‥! 貴様らさえいなければ、嵐馬も私を無理に連れ帰ろうなどとは思わなかったはず! 私は党のため、あのお方のため‥‥この世に不必要な人間を排除していただけだったのだ! 邪魔などされる謂われはない!」
「‥‥気絶する寸前だったみたいだから、覚えてるか分からないけど‥‥前にも言ったよ。『あんたが殺してきたのは、確かに殺されても当然の相手なのかも知れない。でも、このやり方は認める訳にいかない』ってね」
「貴様らは知らんのだ! この国の闇を! この世界の闇を! 人間と言う生物は、力ある指導者に統治されなければ獣より性質が悪いのだぞ! 私は、理想の国づくりのための地ならしをしていたに過ぎん!」
「理想は他人に押し付けるものではないじゃろうが!」
「そうだよ‥‥現状じゃ、あなたがやってるのはただの虐殺だし、ネ‥‥」
「あのお方の理想をかなえるためだったのだ‥‥理想のために殺して回った! なのに何故あのお方は私を党から追放した!? 働きが悪かったからか!? 命令なく殺したからか!? 何故なのだ!」
「その理想と言うのをまず知りたい。君の、ではない。『あのお方』とやらの理想をな」
「先生、こんなやつに聞くだけ無駄です。こいつは『あのお方』の理想のためと言って、自分の理想や快楽のために人を殺していたに過ぎないんですから! そうだろう!? 追放された後にまで何故人を殺す必要があった!? この集落の人々はお前に何の関係もないだろうに!」
「あのお方の理想の実現に近づく行動を取っていれば、あのお方とて私を追放したことを間違いと思ってくださるはずだ! こいつらはそのための言わば生贄‥‥供物! 新しき世の中の礎になるのだ、むしろこんなちっぽけな命ごときもったいないくらいの最後だろう!」
「貴様‥‥!」
こうなればどこまでも平行線だ。どちらも引く気はない以上、後は戦うしかない。
一対八‥‥本来なら圧倒的にニグラスに不利なはずだが、彼の実力を考えると一概にそうとも言えないのが厳しいところだ。
「最早面倒! 貴様らを裁き、私は理想への道をひたすらに進むのみ!」
ニグラスが勝手に下した裁きで何人の人間が殺されたのかは分からない。
だが、彼は気付いていなかった。この戦いが、自分にとってのジャッジメントになるかもしれないと言うことを―――
●決着ならず
一対多数を生き抜くためのコツとは何だろう。
強大な魔法、熟練の格闘能力、地の利を生かした戦法‥‥上げれば多々あるだろうが、実際問題として一番必要なものとは?
その問いにニグラスが導き出した答えは『驚異的な回避力』だった。
格闘力、コンバットオプションを必要最低限と思わしきものだけに抑え、回避だけを鍛えに鍛え上げたのが今のニグラス‥‥。
「攻撃はそこまでだろう! 眠れ!」
「‥‥くぅっ‥‥!?」
だがそれでも限界はある。
8人がニグラスの予想を遥かに上回る戦闘力を有していたため、『殺すこと』を主目的とするはずの彼がレオンの初歩、スタンアタックを使用したことからもそれは明らかだ。
限界まで動いたヘルヴォールを気絶させ、その勢いで昏倒にも斬りかかったが、さすがに軍配でガードされる。
蒼眞のソニックブームも少々危な気なところはあるものの回避しているし、蛟やヘルヴォール級の腕でも後ろを取らなければほぼ確実に避けてしまう!
「おのれ‥‥数ばかりぞろぞろと! 特にそこの女忍者は鬱陶しい!」
背後をとらせない位置関係だからなんとかなっているものの、手数が足りない。
ニグラスは三月の鞭を回避すると、不利を見たのか背後の家の中へ逃げ込んでしまう!
「待て、ニグラス! 逃げるのか!?」
「なんとでも言うがいい! 蛟‥‥友の敵を討ちたくば追って来るがいい! 一対一ならいつでも受けてやろう!」
裏口から出たのか、村の裏手にある森へと分け入ってしまうのが見て取れた。
これは後で村人から聞いた話だが、どうやらニグラスは一行が村に入るのを目撃し、逃走路まで考えた上で例の家で息を殺して待っていたらしい。
挙句村人全員に、『助けが来ても今日は私を見ていないと言え。でなければ地獄の底まで追って行って殺す』と吹聴して回っていたというのだから念が入っている。
救出班が被害者を救助している最中ではなく、助け終わった後に飛び出したのも、確実に後ろを取るためであると同時に8人を油断させるためだったのではないだろうか。
「逃げながら言う台詞ではないな。騎士の風上にもおけん」
「やっと安全になったみたいね。で、どうするの? 追う?」
ポーションで回復しながら呟くデュランダルの肩にティアラが降りてきて、皆に問いかける。
「勿論じゃ‥‥と言いたいのは山々なんじゃが、止めておいた方が無難じゃろう。一度見失うと何をされるか分からんからのう‥‥あやつの場合」
「賛成ね‥‥ヘルヴォールさんも起こさなきゃいけないし、怪我をしている生存者がまだいるでしょうし、そちらの救護に回るのが正解じゃないかしら」
三月と昏倒の意見に、歯噛みしながらも蛟も頷いた。
「命あっての物種というからな‥‥私たちも村人も、無理はしない方がいい」
「ヘルヴォールさん‥‥起きないと、顔に落書きする、ヨ‥‥?」
「‥‥う‥‥それは、勘弁‥‥」
桐生が揺さぶり、何とかヘルヴォールも目を覚ます。
全員怪我こそないが、ニグラスは取り逃がした。かと言って全滅と思われていた集落の人間を合計10人ばかり救い出したので差し引きゼロと言った具合だろうか。
ふと気付けば、夕暮れ近く‥‥空は赤く染まっている。
「やれやれ‥‥酷い目にあったね。‥‥空まで血の色、か‥‥まるで何かの暗示の様だね」
「決まってるさ。ニグラスが僕に討たれる、その暗示だ‥‥!」
ヘルヴォールの呟きに、決意も新たに蛟が応える。
ぐっと握った拳を隠しながら‥‥憎悪を激しく燃え上がらせて。
一先ず撃退はしたものの‥‥この事件の結末は、どんな運命を導くのだろうか―――