激震、堕天狗党! 〜狂気の同心現る?〜

■シリーズシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月21日〜05月26日

リプレイ公開日:2005年05月25日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「困りましたねぇ‥‥どうしたものでしょうか‥‥」
 依頼の紙を持ったままギルド内をうろうろしているのは、どこに行っても自称『冒険者ギルドの若い衆』を貫く西山一海。
 どうやら堕天狗党関連の依頼が来たようなのだが、素直に紹介しようかどうか悩んでいるらしい。
「あ、いえ‥‥なんというか、私もどうしたらいいか分からないんですよ。前回ニグラス・シュノーデンを惜しくもとり逃してしまったものの、また冒険者の皆さんに追ってこられたのではかなわないと思ったのか、憎悪の騎士の足取りがぷっつり途絶えちゃったんです。どこかの集落で人が虐殺されたって言う話も聞きませんし‥‥目撃情報もさっぱりで」
 冒険者ギルドに調べられる情報などはたかが知れているが、とりあえずそういう情報はない。
 前回の集落の事件などはあっさり噂が広まったくらいだから、影を潜ませているのは間違いないだろう。
「こんな時藁木屋さんがいてくれれば、アルトノワールさんに頼んでもらって捜索も出来たんでしょうけど‥‥藁木屋さんは江戸奉行所の同心ですからねぇ。頼めるべくもない‥‥と」
 本名、藁木屋錬術。一海が言うように江戸奉行所の同心で、常にマントを羽織っているのが特徴の男である。
 とは言っても、誰かさんのようにバサバサ翻してポーズを決めたりはしないのだが。
 その藁木屋の密偵として活動していたアルトノワール・ブランシュタッドという女性は、どこから仕入れてくるか知らないが、恐ろしい速度で正確な情報を手に入れてくるので、便利な存在だったのだが‥‥生憎ここは京都である。
「とりあえず、情報は一切ありません。依頼内容は『憎悪の騎士、ニグラス・シュノーデンの捕縛。生死問わず』としか書かれておらず、どこに行けばいいのか、どうやって捕まえろというのかということはまるで書いてありません。『これで何をしろと!?』という感じですよね‥‥」
 溜息をつきながら依頼内容を話す一海。
 手掛かりが一切ない状況で捕まえられるほど甘い相手ではないし、そもそもジャパンはそこまで狭くない。
 依頼を出す側も半ば期待しないで出しているような気配があるそうで、とことん手詰まりのようだ。
「だいたい、京都の周辺だけでどれだけの村や集落があると思ってるんでしょう。ちょっと人里離れた場所にある一軒家や倉庫、山小屋なんかそれこそ確認のしようがありません。依頼を出す方も、しっかりとした目的や基本方針を持った上で出してもらいたいもんですよね、藁木屋さん!」
 そう言って手元のお茶を一気に飲み干すと、だんっ! 机の上に置いた。
「‥‥ん? 藁木屋さん!?」
「‥‥‥‥」
 ふと気付いて、自分のすぐ横でお茶を啜っている男に目をやる一海。
 そこには、マントを羽織った見慣れた男‥‥藁木屋錬術の姿があったのである。
「あ!? え!? わ、藁木屋さんがなんでここに!? 江戸にいるはずじゃ‥‥!」
 一海がわたわたしていると、藁木屋はにやりと笑って立ち上がる。そして、やおら腰に帯びていた太刀を引き抜くと―――
「え‥‥」
 間抜けな息を漏らす一海に、全力を以って右手を振り下ろす!
 ガギィッ! ギリギリのところで別の角度から太刀が割り込み、一海はなんとか事なきを得ていた。
「一海殿、無事かッ!? 冒険者ギルド内で殺人未遂とは‥‥この痴れ者がぁッ!」
 虎覆面を常用しているギルド職員、大牙城。彼が一海を助けてくれたらしい。
 藁木屋はまたにやりと笑って距離をとると、あっというまに走り去っていってしまった。
 後に残されたのは、状況がまるで分からない一海と、大牙城と、その他の職員及びたまたま来ていた冒険者たち。
「‥‥い、一体‥‥なんで藁木屋さんがあんなこと‥‥!」
「むぅッ! 依頼内容の変更を伝えに来て見ればこの有様ッ! 彼とは知り合いかね、一海殿ッ!」
「え、えぇ‥‥友達です。それより、依頼内容の変更って‥‥?」
「うむッ! ニグラス・シュノーデンの捕縛は後回しにし、新たに京都に現れた辻斬りを捕縛せよとのことッ! その男は常に外套を羽織っており、江戸から京都へ至る道筋で何件もの殺人を犯しているという話だッ!」
「まさか‥‥藁木屋さんが!? そ、そんな馬鹿な‥‥!」
「信じたくないのは分かるが、これは事実ッ! 彼は最近妖怪が跋扈する右京の一角に住み着いているとのことッ! だが、友人の友人は私にとっても友人ッ! 一海殿、ここは一度彼を捕縛し、何故このようなことをしたのか問い、真っ当な道へ引き戻してやるのが真の漢への道ではないだろうかッ!?」
「‥‥私には‥‥私にはわかりません! もう何がなんだか‥‥!」
 一海は依頼の紙すら投げ捨て、奥に引っ込んでしまう。流石の大牙城も、それを追おうとはしなかった。
 いや‥‥そうすることが、彼の言う『真の漢への道』だと信じているのかもしれない。
「‥‥一海殿‥‥例え友人であろうと親であろうと、はたまた命の恩人であったとしても、悪は悪と割り切らねばならぬ。割り切った上で正すのが、『義』や『情』というものぞ‥‥」
 呟き、マントを翻した大牙城の背中は‥‥いつになく寂しそうな、それでいて大きく見えるような気がした―――

●今回の参加者

 ea0828 ヘルヴォール・ルディア(31歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2144 三月 天音(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6114 キルスティン・グランフォード(45歳・♀・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7029 蒼眞 龍之介(49歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7246 マリス・エストレリータ(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea8793 桐生 純(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●殺意の街角
 某月某日、京都内、右京の一角。
 今回の依頼を受けた8人の冒険者たちは、班を3つに分けてとある人物を追っていた。
 即ち‥‥連続殺人の容疑者、藁木屋錬術を。
「しかし、本当に物騒なところだね、右京ってのは。街中でもモンスターが出るというじゃないか」
「まったくじゃのう。治安維持を担当している人間は何をしているのやら」
「‥‥‥‥」
 こちらの班は、キルスティン・グランフォード(ea6114)、三月天音(ea2144)、ヘルヴォール・ルディア(ea0828)の三人組である。
 本当はマリス・エストレリータ(ea7246)というシフールの女性もこちらの班に加わる予定だったのだが、空を飛べるという大きなイニシアチブを鑑み、1人で上空からの監視・偵察班に割り当てられてしまっていた。
「どうしたヘルヴォール。随分暗いじゃないか」
「できれば手伝ってもらえるとありがたいんじゃがな」
 ちなみに、彼女らはこれまでに問題の右京の一角を捜索し、日が傾くまで歩き詰めだった。
 市街地だというのに死人憑きに遭遇し、さくっと撃破したいところなのだが、ヘルヴォールは他の二人にその相手を任せてしまっていたのである。
 寂れているとはいえ、京都内である右京に死人憑きが現れるのはやはり大問題であり、騒ぎにならないうちに倒せたのは運がよかったと言っていいだろう。
 昼と夜が交錯する黄昏時というのも、何か関係があるのだろうか?
「‥‥わかってるよ。ただ、なんとなく‥‥ね」
 理屈では分かっているが理解は出来ない。
 懇意にとまでは行かなくても、藁木屋とは堕天狗党を追う為に幾度となく協力してきたのだ。
 それがいきなり殺人犯だと言われても、ピンと来ないのだろう。
 それは三月も同じだが、彼女はヘルヴォールと違ってある程度割り切っている様子。
「おぬし、そんなことでは死ぬぞ。例え偽者だとしても、相手は相当の手練じゃろうからな」
「そうだね。自分はあったことがないからわからないけど、話を聞く限り本物ならもっとヤバイんだろうし」
「‥‥そうだね‥‥わらっきーが、こんな凶行に走るなんて有り得ない‥‥だから、私達で確かめなきゃね」
 どちらにせよ戦いは避けられない。そう判断したヘルヴォールが気持ちを切り替えて前を見た瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁっ!?」
『ッ!?』
 どこからか男の悲鳴がこだまし、三人の耳に入った。
 この感じ‥‥近い!
 三人は声のした方向にあたりをつけると、その方向へと駆け出していた。
「‥‥お前は‥‥!」
 マントを風になびかせ、見慣れた顔の男が一人、静かに佇んでいる。
 よく似ている‥‥というレベルではない。一度会ったことがあるなら最早本人としか思えない顔だ。
「藁木屋‥‥本人じゃな。剣を打ち合わせたことのあるわらわが間違えようはずがない」
「そうなのか? 状況としては最悪‥‥か」
「‥‥‥‥!」
 声には出さないが、それはヘルヴォールも気付いている。
 あのマントも、手にした太刀も、見慣れたものなのだから。
「‥‥お前ら‥‥強い、のか‥‥?」
 藁木屋(?)は浪人と思わしき、倒れた男から太刀を引き抜くと、ゆらりと揺れながらそう呟いた。
 その声もまた、藁木屋錬術そのもの‥‥。
「‥‥わらっきー‥‥!」
「ヒ‥‥ヒヒッ‥‥ヒャハハハハハハ! 強いやつ、殺す!」
「なっ!?」
 藁木屋(?)はそれだけ叫ぶと、なんの躊躇もなく三人に斬りかかってくる!
「速い!? 任せろ!」
 キルスティンが先頭に立ち、藁木屋の迎撃に回る。
 カウンター+スマッシュを用い、武器を破壊する狙いで、軽傷を受けつつ反撃‥‥したが!
「避けた!?」
「ええい、それならばわらわが‥‥ッ!?」
 言葉の途中で藁木屋(?)の攻撃を受け、中傷状態になる三月。
 攻撃も回避も卓越したその動きは、およそ一介の同心のそれではない。
「‥‥これが本気のわらっきー‥‥けど、後ろからなら!」
「ヒヒヒ‥‥ヒャハハ、脆い! 脆いよなぁ!」
「‥‥う、受け止め‥‥ぐぁっ!?」
 間を空けてしまったのがまずかったのか、藁木屋(?)はあっさりとヘルヴォールの攻撃を受け流し、反撃する。
 中傷を受けて一旦距離をとったヘルヴォール‥‥その身に受けた太刀筋もまた、見知ったもの‥‥。
「‥‥ぐ‥‥こ、こんな‥‥本当に‥‥わらっきー‥‥!」
「ククク‥‥弱いヤツは、死ね!」
「そこまでですぞ!」
「キ!?」
 空から偵察していたマリスが一連の戦闘を発見したのか、別働隊を引き連れて姿を現した。
 そういえばどこからか、『ぴきー!』という調子の外れた笛の音が聞こえたような気もする。
「‥‥藁木屋君。本当に君か? 現状を見てなお、私には信じ難い」
「見えているものだけが全てでは無い筈と思っていたけれど‥‥現実はこんなものか‥‥!?」
「‥‥戦うしかないなら‥‥弓で牽制する、ヨ」
「血か‥‥。だがまだ、この程度なら‥‥」
 別行動をしていた蒼眞龍之介(ea7029)、蛟静吾(ea6269)、桐生純(ea8793)、デュランダル・アウローラ(ea8820)の四人もまた、戦闘体制を取る。
 桐生を除く三人は藁木屋と面識があるが、その誰もが本人としか思えないという意見のようだ。
「ヒヒヒ‥‥また、出てきた‥‥。お前らも、強いか‥‥!?」
「僕たちのことを覚えていないとでも‥‥? なら、やはり‥‥!」
「蛟君、答えを焦るものではない。剣を交えてからでも遅くはないだろう」
「‥‥はい」
 だんっ! と地を蹴り、蛟が藁木屋(?)に接近する。
 蒼眞が遠距離からのソニックブームで援護するが、藁木屋(?)は二人の攻撃を回避する!
「何っ!?」
「なんと‥‥!」
「強い‥‥強いぞおまえたち! ヒャハハハハハハハッ!」
 高笑いしながら蛟に太刀の一撃を叩き込む藁木屋(?)。
 蛟にも身に覚えのある太刀筋‥‥そして、戦闘能力。
「‥‥蛟さん、退いて‥‥。私が撹乱してみるヨ‥‥」
「ぐぅっ‥‥だ、駄目だ桐生君! 藁木屋君相手では、いくら君でも‥‥!」
「次はお前か!? お前は強いか!? 俺を満足させてくれるのか!?」
「‥‥っ! す、鋭イ‥‥!」
 蛟を後ろに引き戻し、入れ替わるように藁木屋(?)と対峙した桐生だったが、避けるのが精一杯のようだ。
 いつ当たってもおかしくない‥‥そんな状況。
「デュランダル殿、おぬしなら止められるじゃろう? なんとかして欲しいのじゃ!」
「そうですの‥‥あのままでは桐生様もいずれやられてしまいますぞ‥‥」
 三月とマリスにせっつかれたデュランダルだったが、厳しい表情で呟いた。
「‥‥正直、自信がない。確かに俺ならなんとかできるだろうが、狂化の問題がある。今でさえなるべく抑えているのに、錬術殿を攻撃して血が流れた場合、それで狂化しないかどうか微妙だ」
「仲間意識の強いことだね。こっちに攻撃しかけてくるやつを仲間だなんて」
 キルスティンの言葉にも、デュランダルは少し眉をひそめただけ。
 彼女も多少の血を流しているので、狂化に至らなくてもいい気分はしないのだろう。
「‥‥静吾、正直な感想を聞きたい。あれはわらっきーだと思うかい?」
「‥‥顔、声、太刀筋から考えれば、答えは『是』だね。しかし、あの雰囲気‥‥そして、僕たちのことを覚えていないというのが妙だと思うんだ」
「‥‥意見は同じ、か‥‥。ならマリス、例のムーンアローでの確認を頼むよ。もうそれしか判別方法がない‥‥!」
「‥‥わかりましたがの‥‥どんな結果が出ても恨まないでくだされ‥‥」
 ふと見れば、桐生が攻撃を喰らい、リカバーポーションで回復したところだった。
 どうやらあれこれ考えている暇はなさそうである。
「俺の狂化条件は、強い相手と戦えば戦うほど危険度を増すものだからな‥‥相手が本物の錬術殿でなければ、躊躇する理由などないのだが」
 デュランダルがぶつぶつ言っている間に、マリスの術は完成する。
 目標は‥‥『藁木屋錬術』!
「ムーンアロー‥‥いきますぞ」
 ひゅんっ‥‥くるっ、どかんっ!
「あう」
「戻ってきた!? ということは、あれは藁木屋君ではない‥‥?」
「‥‥他人の空似と言うには似すぎている。キルスティン君が言っていた『デビル』とやらか?」
「さてね。ジャパンでもデビルらしきモンスターを見たことあるけど、あそこまで姿を似せられるデビルなんて聞いたこともない」
 談義もそこまで、桐生が二度目の攻撃を喰らった。
 一旦距離をとり、こちらに合流する。
「‥‥ごめん、無理みたイ‥‥。避け続けるには、きつい相手‥‥」
「仕方ない、自分が行くよ。ワンヒットキラーはタフでないとやってられないからね」
 今度はキルスティンが藁木屋(?)に接近し、みなの考えがまとまるまでの時間稼ぎをしてくれるようだ。
「けほっ。今度はテレパシーを試して見ますかの‥‥」
 マリスがめげずに別の魔法を使用し、会話を試みるが‥‥。
「‥‥通じませんな。‥‥もう帰りましょうかの‥‥」
「いきなり弱気になってどうするのじゃ。桐生殿とキルスティン殿の頑張りを無にするつもりか、おぬしは」
 三月にツッコミを入れられ、マリスは頭を掻く。
 状況を整理すると、姿形、声、太刀筋、戦闘能力は藁木屋本人としか思えない。
 だがムーンアローが対象不在で術者に戻ってきたり、藁木屋と何度も面識のあるはずのマリスが使ったテレパシーが通じないなど、魔法的には相手が藁木屋ではないという回答が出ている。
 限りなく偽者だが、万が一本人とも言い切れない‥‥そんな感じだろうか。
「‥‥‥‥」
「‥‥ん? どうかしたのか、蛟君」
「あ、いえ‥‥藁木屋君の動きなんですが、少し変だと思いませんか?」
 ふと、蛟がぼーっとキルスティンと藁木屋(?)のやり取りを見ていたのを、蒼眞がいぶかしんで訊ねた。
 逆に問われた蒼眞は、注意深くその戦闘を観察してみる。
「‥‥そういえば妙だな。義明日の一件の時、奉行所の目を誤魔化すために君たちが戦うのを見ていたが、その時と何かが違う。何が違うのだと問われると困るが」
 動きそのものは、藁木屋が得意としていた円を描くような身のこなしで背後に回る戦法だ。それは見覚えがある。
 二人が引っかかっているのは、キルスティンの攻撃を藁木屋(?)がほぼギリギリで回避しているということなのだ。
 派手な技がない分、命中回避が卓越し、背後からの攻撃にも容易に対処する‥‥それが藁木屋のスタイル。
「む‥‥藁木屋殿、どこから用意したのかリカバーポーションなど携帯しているぞ。ダメージを回復された」
 デュランダルの言葉どおり、せっかくキルスティンが与えたスマッシュなしの攻撃のダメージを回復されてしまう。
 逆にキルスティンはちまちまと生傷が増え、回復薬が減っていく。
「‥‥俺が行こう。これ以上無理をされて血が流れても困る。俺からは手出しをしないから、できれば速めに結論を頼む」
 言葉どおり、デュランダルはキルスティンと交代して防御に専念したまま戦闘を開始する。
 ディスティニー(愛馬の名前らしい)に跨り、重装備による機動力の低下を抑える作戦のようだ。
「畜生に用はない! 貴様が戦えぇぇぇっ!」
「何だと‥‥! くっ、ディスティニー!」
 なんとか刺又で受け止めたが、このまま連続攻撃を受ければ、いくら戦闘馬といえど斬られて大怪我するだろう。
 仕方なく、デュランダルは馬を下りて対峙する。
 この8人に一斉に掛かられれば、藁木屋(?)とて無事ではすまない。というか、確実に殺されるだろう。
 しかし、8人は本物か偽者かという迷いがある上、デュランダルの狂化という爆弾を抱えているのだから、そうそう思ったようには事が進まない。
 ‥‥と、そんな時だ。
「‥‥わらっきー! アルトは‥‥アルトノワールはどうしたんだい?」
「キ?」
 ずっと黙って何かを考えていたヘルヴォールが、突然藁木屋(?)に声をかけたのである。
 恋人の名前を出されて流石に興味を引かれたのか、藁木屋(?)はしばし動きを止めた。
「‥‥そうだよ、アルトノワールだよ。よく一緒にいたじゃないか。彼女はどうしたのさ」
「あると‥‥のわーる‥‥。ヒヒヒ‥‥そうか、あの女はアルトノワールというのか! あの女は駄目だ! あの女は強すぎる! 流石の俺でも、あんなモノの真似は出来ん!」
「‥‥決定。あいつは偽者だよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれヘルヴォール君。流石にそれだけで偽者と決め付けるのは‥‥」
「‥‥私も偽者説に賛成ですな‥‥。あの二人のばかっぷるぶりを考えるに、あの台詞はありえないとおもいますがの‥‥」
 あっさりと言うヘルヴォールに、蛟が慌てて制止をかけるが、マリス、三月、蒼眞が頷いて賛同する。
「‥‥根拠はあるヨ‥‥。『あんなモノの真似』なんて台詞、人間は吐かないと思う、ノ‥‥」
「じゃあ仮に、化けるのが死ぬほど上手いデビルと仮定すると、それはそれで厄介だね。武器が通じるかどうか」
 桐生とキルスティンも偽者説を推す。というか、そうとでも思わなければやっていられないというのも正直なところだ。
 見れば、デュランダルもちまちまと負傷ばかりが増えていく。
「なるようになれ、というところじゃな。半々だった疑惑が8:2くらいで偽者に傾いたのなら、決断するには充分だと思うのじゃが‥‥」
「私の知る藁木屋君は真っ直ぐな男だ、あの様に歪んではいない。あれではまるで悪鬼羅刹だ」
「キ!? ‥‥キキキキキキキ!」
 どうやら8人の意見は『偽者、故に抹殺』という線で固まったらしい。
 その殺気を感じ取ったのか、藁木屋(?)はジリジリと後退していく。
 それはそうだろう、一人一人でも厄介な猛者が揃っているのに、その全員にまとめてこられては適わない。
「ヒ‥‥ヒヒッ‥‥ヒヒャハハハハハハ! いいだろう、お前たちの強さ、この身に刻んでやるぞ!」
 藁木屋(?)も腹をくくったのか、マントを広げ、構えを直した‥‥その時。
「単細胞が! もっと頭を使えと言っただろう!」
「この声‥‥ニグラス!?」
 流石に蛟は一瞬で理解したらしく、辺りを見渡す。すると、少し離れたところにある塀の上に、憎悪の騎士の姿があった。
「貴様は‥‥強くなりたいという願いを聞き入れて強い身体の持ち主を見繕ってやったというのに、こんなところで何をしている! 私に協力しないのならば、私が貴様を殺すぞ!」
「キ‥‥お前に今の俺が倒せるとは思えないが、わかった。協力するから助けてくれ!」
「ふん、初めからそう言えばいいものを。調子に乗って行く先々で殺人などするから目立つのだ。逃げおおす知恵も戦略もない分際で、偉そうに吠えるな!」
「悪かった‥‥」
 この間、冒険者は置いてけぼりである。
 もっとも、蛟を含めこの中の誰もがニグラス・シュノーデンが京都内に現れるなどとは思っても見なかっただろうが。
「ニグラス‥‥お前の仕業か!? その藁木屋君の偽者は、お前の手下か何かか!」
「蒼き水龍‥‥蛟か。まぁそんなようなものだな。見ての通り、言うことを聞かなくて困っているが」
 含み笑いをした見下したような台詞。
 神出鬼没で、すぐに足取りを断ってしまうニグラスを、このまま逃がすわけには行かないが‥‥。
「悪いが今回は貴様らの相手をするつもりはない。大人しくしていれば命までとろうとは言わんぞ」
「戯言を! 覚悟するのはお前の方だろう!」
「ほう? 言っておくが前回とは状況が違うぞ。貴様らは回復薬を消耗し、私には協力者がいる。この挟み撃ちの状況で、私たちを倒す‥‥と?」
「‥‥くっ‥‥」
「くくく‥‥そうだ、状況はよく把握した方がいい。貴様がそんなことでは、先代の蒼き水龍も浮かばれまい」
「貴様‥‥!」
 蛟が言い終わる前に、ニグラスに向かってソニックブームが放たれる。
 この中でこの技の使い手といえば‥‥。
「‥‥それ以上の愚弄は止めていただこう。私の弟子を愚弄するならば、それは私を愚弄するも同然」
「せ、先生‥‥」
「ふん‥‥穏やかなる伏龍、蒼眞龍之介か。まぁいい、先ほども言ったとおり今日は貴様らとやりあうつもりはない」
 跳躍して攻撃を回避したニグラスは、軽やかに地面に降り立つ。
 そして藁木屋(?)に目配せすると、一言叫んでそれぞれ逆方向に走り出す。
「いいか、例の場所で落ち合うぞ! 今度は必ず来い!」
「‥‥ヒヒヒ‥‥了解!」
 どちらを追おうにも中途半端な距離で、しかも迷いやすい町並み。
 ニグラスたちのほうが迷うのではないかと思うくらい入り組んだこの右京を、二手に分かれて捜索するのもまた危険な話だ。
「‥‥また逃げられたか。騎士として、あの男にだけは引導を渡しておきたいのだが‥‥」
「やれやれ、無茶苦茶だね。あんたら何回もあんなやつらを相手にしてきたんだろ? ご苦労なことだねぇ」
「‥‥ニグラスさん‥‥騎士って言うより、忍者なんじゃない、カナ」
 デュランダル、キルスティン、桐生は警戒を解き、一息ついた。
 とはいえ、今回分かったことといえばあの藁木屋が偽者だとわかったこと‥‥そして、背後でニグラスが糸を引いていたことの二つだろうか。
「‥‥逃げた後みたいね‥‥残念」
『!?』
 突然、予期せぬ方向から女の声がする。
 腰まで伸びた長く艶やかな黒髪、整った顔立ち、均整の取れた体格‥‥それに見覚えのある人間が多数。
「‥‥アルトノワール‥‥あんたは本物なのかい?」
「‥‥さぁね。それはあなたたちが勝手に判断すれば? 私は錬術のためにニセモノを追ってる‥‥それだけよ」
「失礼ですがの‥‥アルト様、あの藁木屋様が偽者と言い切れる理由はなんなのしょうかな?」
「‥‥悪いけど、あいつを追わないといけないから、あなたたちと話してる暇なんてないの。じゃあね」
 ヘルヴォールやマリスが話しかけても、そっけなくはぐらかすだけ。
 挙句さっさと立ち去ろうというのだから、アルトノワールという女性も神出鬼没である。
「私たちは藁木屋君のためにも、ニグラスとあの偽者を追いたいのだよ。少でも情報をもらえるとありがたいのだが」
 蒼眞の言葉に、アルトは少しだけ足を止め‥‥。
「‥‥ドッペルゲンガーってモンスターよ。後は自分たちで調べて。説明するの面倒だから」
 それだけ呟き、今度こそ足を止めずに去っていくアルトノワール。
 問題として、藁木屋本人の犯行ではないという確たる証拠にはならない情報ではあるが‥‥一同の中に安堵が広がる。
 追うべきは偽者。倒すべきは仇。
 友人とも呼べるかもしれない人物の無実を胸に、憎悪の騎士の追跡は続く―――